闇鍋 in 幻想郷   作:触手の朔良

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大分遅くなって申し訳ありません。
前後編に分けると、モチベーションが落ちるのかしらん?


8B話後編 人里クエスト 

「それ()ね、魔理沙(まりひゃ)ったら非道(ひろ)いのよぉ! ひょっ()()いてるの○○!?」

 改めて店内を見回す。古めかしい、どころかタイムスリップしかたの様な町並みの幻想郷にしては珍しく、店の内装はモダンクラシックの落ち着いた空間を醸し出している。これだけ洒落た雰囲気ならば、成る程、少女らも足を運ぶというものだ。

 だが、今いる客層は――想定しているのかいないのか――そんな人物から掛け離れており、ガハハと絶えず下品な笑い声が響いている。

 そう、思い出して欲しい。一行が入ったのは居酒屋である。洒落てようが何だろうが、喫茶店では無いのだ。 

 とどのつまり、酒が入るのは時間の問題だったのだ。それも我慢とは無縁の幻想郷の少女達である。

 酒が入るにつれ口数が減る霊夢とは対象的に、アリスは乱れに乱れた。

 絡み酒であった。それに加え若干精神年齢が退行している。普段生真面目に生きている反動なのだろうか、抑圧から解放された彼女は饒舌に、且つ舌足らずに絶え間なく愚痴を零している。

 いやま、彼女らがこうなったのも原因があるのだ。それも直ぐ側に。

 突如迷い込んだ異世界で、真逆の同郷との遭遇である。会話が弾むのも必然であった。それも、彼ら彼女らにしか解らないトークの内容だ。ならばアリスと霊夢が自棄になって酒を頼むのも必然と言えよう。

「ねぇ~、○○~?」

 アリスの言動に合わせるように、彼女の操る人形がテシテシと太腿を叩いてくる。所詮綿の身体である、痛みなんて当然無い。

 平然と酒を煽る霊夢は解らないが、アリスはそろそろ、マズイのではないか?

 彼女の焦点はきちんと結ばれているのか怪しく、呂律も明らかに回っていない。時折テーブルにしなだれこちらを見上げるアリスの相好が、訳もなくにへらとだらしなく崩れる。

 矢張りと言うべきか――アナタの懸念は当たってしまった。

 アリスは突然「うっ!」と短く呻き声をあげたかと思えば、赤ら顔を蒼白にしては美少女がしてはいけない顔を晒す。

 アナタは急いで――。

 

 ――【手付かずの水を渡した】

 ――【手元のジュースを渡す】

 

 

 

 

 ――【手付かずの水を渡した】

 

 手渡されたソレをアリスは一息で飲み干す。

 大分血色の戻った顔はアナタと再度視線が絡むと、やっぱりだらしのない笑みを浮かべるのだった。

「○○ってば、(やしゃ)ひいんだぁ~」

 少しは酔いも覚めてくれれば、そう儚くも願っていたアナタの望みは虚しく散った。

 アナタは若干の頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

 ――そろそろ店を後にした方がいいんじゃないか?

 そんな思考が過ぎったところで、カランと、軽やかな音が耳に届く。

 見れば霊夢が氷だけになったグラスを傾けて覗き込んでいるところだった。

 嫌な予感を覚えたアナタは身構えると、霊夢がスッと腕を上げようとするではないか。これで何度目の注文(おかわり)になるだろうか。アナタは急いで彼女の腕を抱え込み、必死になって霊夢の注文を阻止するのであった。

 そんな折、ふと早苗と目が合う。余程可笑しかったのだろう、早苗はクスリと笑った。

 ――【※】

 

 

 

 

 ――【手元のジュースを渡す】 アリス好感度+1

 

 霊夢も大概だが、アリスの酔いっぷりは拍車を掛けて酷い。目も当てられないとはこの事だろう。

 もし、アリスが正気に戻り今の出来事をきちんと記憶していたら、真面目な彼女の事だ、大層自己嫌悪に陥る事だろう。

 後の彼女の名誉の為にも、アナタは早急に彼女の酔いを覚ますべく手元のジュースを渡した。

 ――あぁ、訂正しよう。手元の、飲みかけのジュースを渡した、だ。

 そこに親切心以外の他意は無い。だが、アリスの焦点の合わぬ瞳が、手渡されたジュースへ熱心に注がれる。

 そうしてちょっと躊躇を見せつつも、ちびりちびりと口をつけ始めた。

「ありがと……」

 先の傍若無人っぷりは鳴りを潜め、ともすれば聴き逃してしまうほどのか細い声。そう、呟いた顔は先程よりもよっぽど真っ赤に染まっていた。

 アナタが自身の行為その意味に気付いたのは、二人の巫女から白い目を向けられてようやくであったそうな。

 ――【※】

 

 

 

 

 ――【※】

「それで、誰が会計するのよ」

 霊夢の言葉に、周囲はしんと静まり返る。

 会計の準備を行うべく、伝票片手、傍らに佇む赤毛の店員に青筋が浮かんだ。

 アナタはゆっくりと無感情な瞳を霊夢と、彼女の前に積み上がったグラスの山を交互に見やり、一条の汗が頬を撫でた。

 無意識にポケットを(まさぐ)る。指先になめした皮の、滑らかな感触が触れる。

 取り出したる財布の中身を確認し、安堵の息を吐く。そうしてお札を見た早苗が「わっ、懐かしいですっ」と声を上げたので、またもや背筋を冷たい汗が這う。

「残念だけど○○……。外のお金は幻想郷じゃ使えないのよ」

 霊夢の哀れみの篭った目が、アナタの胸を深く抉った。

 何という事だろう。折角の諭吉も幻想郷(ここ)ではちり紙にも等しいだなんて。

 いいや、ばかりか、アナタは現在無一文の素寒貧も同然という事だ。いやさ、年若い少女の世話になるならば、それよりも劣る存在では無かろうか。

 ヒモ――という単語が過ぎる。

 アナタが己の現況に悲嘆に暮れるも、そんな事は関係無いとばかりに店員は苛立ちを露わに、脚を揺すり始める。伝票を覗き込んだ早苗が、書き込まれた桁の数に目を見開いた。

「わ、私は自分の分だけ払いますね……!」

 幻想郷の貨幣価値の解らぬアナタだが、目の泳ぐ早苗の様子を見て、何となく状況を察した。

 絶望の視線を霊夢に向ける。彼女は面倒くさそうに頬を掻き、アリスの肩を叩いた。

「この場は任せたわ」

「ほぇ?」

 まだ状況が飲み込めていないアリスは目を丸くしている。

 そんなアリスに追い打ちを掛けるように、霊夢は小さく耳打ちした。

「○○にいいとこ見せるチャンスよ」

「――払うわ」

 アリスの応答はやけにハッキリと、強い意志が篭められていた。

 ――本当にいいのだろうか?

 霊夢が何と囁いたのかは解らないが、まるで酔いにかこつけて強請っているようで、アナタはアリスに念を押す。それに応えたのは霊夢だった。

「いいのよ○○。アリスが払うって言ってるんだから、黙って奢って貰えばいいのよ」

「えへ、そうよ奢るわ奢っちゃうわよ~。○○の為だもの~」

「アリスさんごちになります~!」

 受け答えこそハッキリしているものの、矢張りアリスの酔いは覚めきっていないようで。

 罪悪感を感じながらも、不承不承この場の会計はアリスに任せる事にした。

 ――働こう。アナタは強く、そう決意したのだった。

 というかちゃっかりと自分も奢って貰っている辺り、強かな早苗であった。

 

 

 道往く人々の視線が一々刺さる。そりゃぁそうだろう。

 両手に収まらぬ花を、それも極上のやつを持っているのだから。

「ちょっと。○○が歩き難そうにしてるじゃない」

(ひや)ぁよ。○○、霊夢がイジワル()うのよぉ」

「この……っ!」

 自分を挟む美少女らが火花を飛ばし合わなければ、アナタとて喜びに浸る余裕を持てただろう。

 美少女二人に、両の腕を絡まれているアナタは、連行される宇宙人の写真を思い出した。

 ――どうしてこうなったのだろう?

 気付かれぬよう、そっと嘆息し記憶を辿るも、現状を好転させぬ無為な行為である事を悟り再び小さく溜息。

「何暗い顔してるのよ○○。こんな美少女相手に、もっと喜びなさいよ」

 霊夢が口を開く度、色濃く残る酒気が鼻腔を襲い、思わず顔を顰めてしまう。自分を指して、憚ること無く美少女と言う辺り――全くその通りなのだが――、彼女もまだ酔いが残っているのかもしれない。それを裏付けるかの様に、彼女の頬は若干の赤みを残していた。

 摂取したアルコール量を鑑みれば、これでも随分と平然としているものだ。

 対してアリスはと言うと――。

「えへへ~。○○の腕ぇ~」

 大変嬉しげな声を上げながら、満面の笑みを絡めた腕に押し付けてくる。その、蕩けてしまうのではないかと心配になるぐらい崩れた相好は、それはそれで愛嬌があるのだが、だらしなく開かれた口元から溢れる涎はご勘弁願いたい。さりとて振り払う訳にもいかなかった。

 彼女の足取りは覚束ず、一人では立つこともままならないのだから。

「お酒って怖いですねぇ」

 一塊に歩く三人から少し離れて、早苗は他人事の様に呟いた。

 アナタは心底、早苗の言い分に同意した。

「それで、皆さんどこへ向かっているんです?」

 一体彼女は、何処へ往くとも知らずに付いてきたというのか。

 今更であるが、アナタは早苗に目的地を告げた。鈴奈庵という場所に行くらしい、と。

 早苗は「へぇ」と感心したような言葉を吐くだけだった。

「アンタ……、いい加減離れなさいよ」

「いーやー! そう()う霊夢こそくっつきすぎぃ」

「私はいいのよ。私は」

(らに)よソレ、意味(ひみ)がわからないわぁ……!」

 二人の舌戦は激しさを増す一方で、アリスがぎゅぅっと腕に力を込めれば、負けじと霊夢も更に力強く腕を絡めるのだった。

 少女らの淡い感触が腕に押し付けられる。それだけならば、軍配はアリスへと上がった。

 アナタとて健全な男子だ。ともすれば口元がにやけてしまいそうになるも、往来の手前、理性を総動員して必死で堪える。だが、観衆のひそひそ声と早苗の白い目がアナタに容赦なく突き刺さっている事実を、薄々ながら感じていた。

 ――どうしてこうなったのだろう?

 益体のない事だと理解しているものの、矢張り考えずにはいられない。

 ことはただ、霊夢が里を案内してくれる、という話ではなかったか。それから里の有力者を紹介しておく――顔を合わせておけば便利だからという理由で――という流れになり、その人物がいるという鈴奈庵を目指す道中、あれよあれよと人が増えていった訳だが……。

 もう一度云おう。どうしてこうなった。

 行く先々で人が増えてゆく様は、まるでRPGである。

 となればパーティーは巫女二人に魔法使い一人と、随分と偏った面子である。

 内二人が酩酊の状態異常を帯びているとなれば、アナタの悩みも尽きない。

 アナタは――さしずめ遊び人といったところだろう。口が裂けても勇者だとは、言える筈もない。ある意味では、勇者と呼べなくもないのかもしれないが閑話。

 ではこの先――鈴奈庵で待ち受けるボスとは何者であろうか?

 未だ酒気を帯び、口喧しく言い合う霊夢とアリスを見ると、きっと碌でもない人物に違いない。

 ……いやいや! 何を、これはゲームではなく現実なのだ。幾ら常識外れの世界だからと言って、そんな出来すぎた話、ある訳が無い。

 しかし、アナタは胸に巣食う不安を拭い去る事がどうしても出来なかった。

 酔っ払った霊夢から鈴奈庵への道のりを聞き出し、どうにかこうにか目的へと辿り着く。

 思えばここまで、やけに長い道のりだった。

 稗田のお屋敷や街中の一等地立つ豪邸なら、鈴奈庵は郊外の、築五十年の一軒家という様相である。

 身も蓋もない言い方をすれば古い。殊更に言葉を取り繕うなら、侘び寂びに溢れているとも言えよう。

『鈴』『奈』『庵』と、一文字ずつに区切られた看板の下をくぐる。

 立て付けの悪い引き戸を開け放つと、瞬間ぶわと、ホコリ臭さが広がった。そうして目に入るのは所狭しと古書が詰められた沢山の書架だ。

「ふんむ? 珍しい組み合わせじゃの」

 部屋の奥から声が響く。

 視線を向けると、幻想郷では中々に珍しい、眼鏡を付けた茶けた長髪の女性が立っていた。

 分厚い眼鏡をしているものの、これまた美人と想像に難くない顔立ちである。だがアナタは、それ以外に何とも云えぬ違和感を覚えた。それが分かったのはもう少し後、彼女の着ている着物がおはしょりの無い、男性用の着物を身に纏っているという点であった。

 その眼鏡の女性の背後から、覗くようにひょこりと小さな顔が現れた。

「あら。いらっしゃい霊夢さん」

「いらっしゃったわよ小鈴ちゃん」

「うわ……。霊夢さん酔ってるんですか……?」

 霊夢が珍しく砕けた口調で柔和に挨拶をするも、小鈴、と呼ばれた少女は露骨に嫌そうな顔を作った。

「小鈴ちゃん、阿求はいるかしら?」

 しかし霊夢はさして気にした様子もなく、アナタですら忘れかけていた本題を、早々に切り出す。

「阿求ですか? 彼女なら、もうだいぶ前に出ていきましたけど……」

 そりゃぁそうか。ここに来るまで寄り道をしすぎた。阿求という娘さんが居ないのも当然だろう。

 とんだ無駄足である。

 しかしそれすらも霊夢は興味無さげに「そう」とつぶやくだけだった。

 早苗は珍しいのか、ズラリと並ぶ背表紙を見回しては、時折手に取って戻す、という動作を繰り返している。

 アリスは――。

「○○~」

 ……言うまでもないか。

 そんなアリスとアナタを、眼鏡の女性は興味深そうに見比べてはしきりに頷いている。

 ――なんだろうか?

 じろじろと睨め付けられるような視線だが、不快感よりも恥ずかしさが先に立った。

 アナタが女性に話し掛けようとするよりも一瞬早く、霊夢が口を開く。

「それじゃ帰りましょう○○。邪魔したわね」

「えぇ!? もう帰っちゃうんですかぁ!?」

 いやほんとその通り。阿求という少女に会いに来た為なのは分かるが、いないとなれば用はないと言わんばかりに転身するのは流石に愛嬌に欠けるのでは無かろうか。

 此処までの気苦労がまるで水泡に帰す思いである。

「悪いわね。代わりに早苗を置いてくから」

「えっ? 何か言いましたか?」

 何が何の代わりだと言うのだろう。話を聞いていたなかった早苗はきょとんとした表情を浮かべた。

「そう言えば守矢の巫女は外の世界の――」

「え、えぇ。東風谷早苗と申しま、す?」

 ぎゅるんと、小鈴の首が早苗に向いたと思えば、爛々と瞳を輝かせ始めた。その奇妙な圧力を感じ取ったのだろう、早苗は少し気圧された様子で自己紹介をした。

「それじゃ小鈴ちゃん。そいつ好きにしちゃっていいから」

「えっ? えっえっ?」

 未だ事態が飲み込めず目を白黒させる早苗。しかし外堀は既に埋められているのだ。

 小鈴の行動は早かった。本の山から一冊を抜き出すと、ずいと早苗の顔に寄せた。

「コレ! この本は外界の本なんですけど、ちょっと教えて欲しい事が――!」

「ちょ、ちょっと! 落ち着いて、ねっ?」

 小鈴という少女は小さい身体ながら、見た目とは裏腹に随分とアグレッシブな性格のようで、流石の現人神もたじたじである。

 一方、霊夢の視線は眼鏡の女性に固定されたまま動かない。

「そういえばアンタも最近まで外にいたんじゃ――」

「さて。そろそろ儂もお暇しようかの」

「あっ、待ちなさいよっ」

 騒ぐ二人を他所に眼鏡の女性はそそくさと退出してしまった。霊夢とアナタ(とアリス)はその背中を追うように鈴奈庵を後にした。

「やれやれ。勘弁しておくれよ博麗の」

 出て直ぐ、少し憔悴した様子で眼鏡の女性は、文句を言いたげな目を霊夢に向けた。

「何よ。アンタまだ小鈴ちゃんを騙してるわけ?」

 霊夢とて負けてはいない。目を細めては女を睨み返す。その鬼気迫る迫力に、アナタは困惑する。

「ま、性分でな」

 鋭い眼光を向けられているにも関わらず、女はおどけた風に肩を竦めるだけだった。

 女性からしたら嬉しくない評かもしれぬが、アナタは図太い女性だなぁと思った。

 霊夢は気を緩めない。どころか女の態度が気に入らなかったのか、その柳眉を更に吊り上げた。

 険悪な空気が立ち込め、戦鐘が鳴るのをただ待つのみかと思われた。しかして戦端を切ったのは意外な人物であった。

「うぇぇ~、○○~……」

 今の今まですっかり空気と化していたアリスだった。

 彼女は場の空気を読んで大人しかったのではない。気持ち悪さの第二波を、ひたすらに耐えていただけだった。

 その音色は凄まじく不穏で、三人を別種の緊張感が包む。

「……ちょっとアリス」

 声を掛ける霊夢もおそるおそると云った感じだ。この場で■■を吐かれるのも困るが、かといって自分に被害が及ぶのはもっと嫌だ。そんな意思が感じ取れた。

 しかしアナタにもアリスの背を撫でる以上の良策は思いつかない。

 このままアナタの腕が美少女の■■に塗れるのも時間の問題に思えた。

「やれやれ。仕様のない喃《のう》」

 女は苦笑した。

 まるで打つ手があると言わんばかりの台詞に、アナタは女に救いの目を向ける。

「アンタ何を――」

「よっと」

 霊夢の言葉も途中に、女は軽やかな掛け声と共に、これまた軽やかな身のこなしで宙を舞った。瞬間彼女の身体を濃煙が覆い、それは直ぐに晴れた。

「ま、こんなものかの」

 アナタは目を見張った。

 何故なら、煙の中から現れた人物とは、何を隠そうアナタ自身なのだから。

 馬鹿な事を言っていると思われるだろうが、そうとしか表現が出来ない。顔立ち髪色は勿論、背格好も服装すら瓜二つの(アナタ)が、アナタの目の前に存在しているのだ。

 まるで鏡像である。だがそうではないのだと解る。

 アナタの動きに合わせて、目の前の(アナタ)は動かない。アナタが驚愕に染まる一方で(アナタ)はニヤリと口角を吊り上げていた。

「……どういうつもりよ」

 霊夢の発する怒気は先程と比べ物にならない。今にも襲いかかりそうな怒りを発しながら、その肩は僅かに震えている。

 それでも尚、(アナタ)は余裕の笑みを崩さない。

「なぁに。ちょいと恩でも売っておいたら、後々役に立ちそうじゃと思っての」

 (アナタ)の発した言葉は口調こそ事なれど、声質もアナタのものと寸分違わない。

 如何なる術の成せる業か。感心すれば良いのか、はたまた気味悪がれば良いのか。激しい混乱の只中にあるアナタにはそれすら判断出来なかった。

「○○に化けて、何が恩よ」

「そりゃぁ、売るのはお前さんにじゃないからの」

 そう言って(アナタ)は含みを持った視線をアナタへと向けた。

「うぅ……。○○が二人いるぅ?」

 飲み過ぎたかしら――。今更、己の行いを後悔するアリス。

「ほれ。しゃきっとせんか」

「うぅん……?」

 (アナタ)がアリスを引き剥がしに掛かると、彼女は青褪めた顔で(アナタ)を見つめることしばし、アナタと勘違いしたのだろう。思いの外、素直に(アナタ)の腕へ縋り移った。

 久方ぶりに解かれた腕は、二重の意味で解放された訳だ。

 肩の荷が下りるとはこういう事か。アナタは凝り固まった腕をぐるりと回した。

「それじゃぁの、博麗の」

「ちゃんと帰しなさいよ」

「やれ現金なことじゃわい。ほれ、もそっとしゃんと歩かんか」

「うぅ~、○○~」

 霊夢の怒りは何時の間にか霧散しているようで。

 (アナタ)の腕にぶら下がるアリスの姿を、アナタは何とも奇妙な面持ちで見る。

 そうして別れ道、二人の背が小さくなるまで見送る。

 ――大丈夫だろうか?

 アリスの足取りは未だ覚束ず、そう、アナタが心情を吐露すると、霊夢はいつもの通りに答える。

「ま、大丈夫じゃないの」

 無責任にも聞こえる発言。

 それが信頼に依るものなのか、はたまた言葉通りのものか、判断に窮したアナタは只曖昧に頷くのだった。

 神社への道中、アナタはふと、疑問を思い出し霊夢へと尋ねる。

 あの女性は何だったのだろう、と。

 嗚呼――。霊夢は一つ言葉を区切り何でもないように言い放つ。

 曰く、女――二ッ岩マミゾウは化け狸だと。

 その答えはアナタに驚きより納得を与えた。

 しかし、狸は化けると聞いて疑問を抱かぬ辺り、大分アナタも幻想郷に染まってきたようだ。

 しきりにウンウンと頷くアナタを見る霊夢の目は、珍妙な物を見る目であった。

「……気をつけなさいよね」

 はて? 何をどう、気をつけろと言うのだろう?

 言葉の真意が読み取れず、アナタの面は大層な阿呆を晒していたことだろう。

 一方で警告を発した霊夢自身、何に対しての言葉か自覚がなく、それ以上具体的な言葉を続ける事は無かった。




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆☆
アリス:★★★(★)(★)
文:☆
咲夜:★★
慧音:★
早苗:☆
マミゾウ:☆

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