闇鍋 in 幻想郷   作:触手の朔良

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なんか書きました。



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1話 魔女二人、男一人


「おいおい!? 遅いぜ遅すぎるぜアリスー!」

「別に、速さを競うものじゃないでしょ……!」

 魔法の森の上空を、二人の魔女が飛翔していた。

 御伽噺に出てくる様な、テンプレートな魔女の衣装に身を包んだ普通の魔法使い――霧雨魔理沙は法定速度? 何それ食えんの? ってぐらいに箒のスピードを出していた。

 片や暴走魔女をそれなりの速度を出して、アリス=マーガトロイドは追従していた。

 常に余裕たれ、をモットーにしている彼女が本気を、こんな下らない事で出す訳が無かった。

 しかし、全く口惜しいが事だがこと速さに関して言えば、全力を出しても魔理沙には叶わないのだから、益々もって本気で飛ぶ筈が無かった。

 それ故に二人の距離は開く一方。魔理沙が何某か叫んでいるが、それすらも聞き取れなくなるぐらいに離れてしまった。

 それでも慌てず騒がず、のんべんだらりマイペースに飛んでいると、小さくなっていた魔理沙が再び大きくなってゆく。

「なんだよー。ノリが悪いぜ……」

 そう、己の横にまで戻ってきた彼女は愚痴を零した。そして両足で跨る様にして乗っていた箒の柄に「よっと」一声、横乗りに体勢を変え、速度を合わせるまでに落としてきた。

「あら、良いのよ? 一人で、先に行ってくれたって。魔法の実験中だった私を、貴方が、無理矢理、連れ出したのも、全然気にしていないわ」

「つれないこと言うなよー。一人で飛ぶのは暇過ぎるんだぜ」

「あのねぇ……」

 普通の魔法使いの口は悉く勝手なことを言う。

 大切な実験を潰されてまで連れ出された理由が、博麗神社の道すがら、その暇潰しの為だけだと思うと呆れて怒りも覚えなかった。

「いいじゃないか。私とアリスの仲だろー?」

「そうね。不倶戴天の敵とは貴方の事を言うのかもしれないわ」

「おっ。近頃そんなのが口癖の女が幻想郷に来たらしいぜ?」

 魔理沙はかんらかんらと笑った。

 皮肉も相手を喜ばせるとなれば、いよいよアリスは口を噤むしか無かった。

 黙りこくってしまったアリスを前にしても、魔理沙のお喋りは止まらない。

 やれ里の貸本屋の品揃えが意外と良いだの。

 やれ仙人が霊夢の所へ入り浸っているだの。

 その内容はアリスの興味を引くものもあれば、至極どうでもいいものもあった。

「それでなー。パチュリーが、喉が乾いたら自動で紅茶を飲ませてくれる使い魔を召喚しようとしたんだけど――おっ?」

「……どうしたのよ?」

 二人の共通の知人の物臭が遂にそこまで達したかという感想を抱いた所で、アリスは魔理沙を追い抜いてしまった。

 何てことはない、魔理沙が急に止まったからだ。

 彼女の視線は一点、眼下の魔法の森へと注がれていた。

 釣られてアリスも魔理沙の視線の先を追うも、鬱蒼と生い茂る木々が密になった、いつもと変わらない魔法の森が鎮座していた。特に変わったところがある様には見えないが……。

「どうしたのよ魔理沙――ってちょっと!?」

 何も告げず、魔理沙は再び全速力で飛んだ。その方向は、矢張り彼女が見詰めていた方だった。

「何よもう!」

 仕方なくアリスも後を追う。

 魔理沙の姿はあっという間に森に飲まれた。続いてアリスも、木の幹に気を払いながら魔法の森へと侵入した。

 視界は一気に狭まり、先を行った魔理沙の姿を見失う。「本っ当に勝手なんだから……!」と怒りがアリスの胸中で芽生えた直後。

「おーい、アリスー! こっちだぜー!」

 そう遠くない場所から自分を呼ぶ声が響いた。

「アリスー!? アリスってばー!!」

「もうっ! そんなに呼ばなくても聞こえてるわよ恥ずかしいっ!」

 アリスも叫び返して、声のする方へと急ぐ。

 一体、こんな深い森奥で誰がいる訳でもない。何を恥ずかしがると言うのか。兎も角、気分の問題であった。

「遅いぜアリス」

「もうっ。貴方が先走るからでしょ。それで――その(ひと)、誰?」

 ようやく追いついたアリスが見たものは、膝を折る魔理沙とその傍ら、大木を背もたれに寄り掛かる、息も絶え絶えな男だった。

「いや知らん。コイツを見つけたから降りてきたわけで」

「……どれだけ目がいいのよ」

 へへっと、魔理沙は照れ臭そうに鼻頭を掻いた。

 アリスは視線を下げる。男の顔色は悪く、胸も薄くしか上下していない。

 それもそうか。瘴気の満ちた魔法の森の、こんな奥地にいるのだ。その濃さと言ったら、通常の生物が存在出来ぬ程だ。代わりにいるのは単純な菌類か、魔法生物ぐらいだ。

 彼の顔は黄土色していて、瘴気の中毒になった者特有の症状を現していた。

 静けさの中、男の荒く短い、繰り返される呼吸音だけが響く。

「……それで、どうするのよ?」

「何言ってるんだ。助ける決まってるだろう!」

 はぁ……。当然、そうなるかとアリスは嘆息した。

「ま、好きになさいな」

「何言ってるんだ。アリスが助けるんだぞ?」

「ハ――?」

 この女は、遂に頭がイカれてしまったのか? 元から常識が有って無いような輩だ。端からおかしいにはおかしかったのだ。

 アリスは憮然と、当然の権利として文句を言う。

「何で私が助けなくちゃいけないのよっ」

「いやぁ、だって。この箒は一人乗りなんだぜ?」

 悪びれもせず言う魔理沙。

 流石のアリスも痺れを切らし、背を向けた。

「助けないんだぜ?」

「そんな義理ないわ!」

「酷い女だぜ。折角見つけたのに見捨てるんだから」

「それは貴方が――ッ!」

「夢見が悪くなっても知らないんだぜ?」

「知らないわよっ」

「化けて出て来るかも?」

「ッ~~!」

 この女は、どうしても自分で助ける気はないらしい。だのに見捨てる気はなく、どうやっても私に助けさせたいらしい。

 なんという傲慢、なんという身勝手。

 次々放たれる屁理屈に――アリスはついに折れた。

「一つ、貸しよ」

「分かった。死ぬまでには返すぜ」

 魔理沙はニヤリと笑った。

 本当に返す気があるのかどうか疑わしく、アリスは期待していなかった。

「――上海」

 アリスが宙に腕を振るい一声人形の名を呼ぶと、スカートの中からワラワラと可愛らしい小さな人形たち(リトル・レギオン)が現れた。

 一体どういう絡繰で動いているのだろうか。素質のある者が視れば、アリスの指先からか細い魔力の糸が伸びているのが解るはずだ。

 アリスの白魚の如き指先、その繊細な動きに依って命を吹き込まれた人形たちは一斉に男へ群がった。

 そうしてガリバー旅行記もかくやという風に、男を簀巻にしてしまう。

「はぁー。いつ見ても大したもんだぜ」

 魔理沙が感嘆の声をあげるが、大してアリスの心には響かない。彼女にとってすれば、人形の操作なんて余りにも当然過ぎるもの。例えば、きちんとトイレが出来て偉いねぇ、なんて褒められて喜ぶのは小さな子どもだけ、と云う事だ。

 えっちらおっちら。人形たちはバケツリレーで男をアリスの目の前にまで運ぶ。

「ありがとう」

 そう、人形たちに感謝を口にするアリス。

 人形(アレ)らはアリス自身が動かしているんだから、彼女の台詞は結局は自分に向けられてしまうのでは? 魔理沙はちょっと疑問に思ったが、そんな心内を読まれたか、アリスに睨まれてしまった。気まずさを覚え、魔理沙は広い帽子のツバで表情を隠した。

「う、うぅん……」

 自分の身体の違和感を覚えたのだろう。男の意識が僅かながらに取り戻される。

 朦朧とした意識を抱え、重い瞼を開いた視線の先、見たこともないほど美しい金髪の少女がいるではないか。

「――て……、天使、か?」

 そう一言だけ発し、男は再び意識を手放した。

 彼の口を吐いて出た、思いもよらぬ言葉に、アリスの顔が真っ赤に染まった。

「ははっ! アリスが天使だって! 良かったなぁ」

 魔理沙はおかしそうに腹を抱えているが、当のアリスはそれどころではない。

 心臓は矢鱈に早く鼓動を刻むし、身体もやけに熱く感じる。突然の不意打ちについ集中が途切れ、魔力の供給を立たれた人形たちは簀巻の男に押し潰されてしまった。

「――アリス? おいっアリスってば!」

「は、えぇ……?」

「おいおい、大丈夫か?」

 いつの間に接近を許したのだろう。心配そうな表情の魔理沙が、こちらを覗き込んでいた。

 幾分か正気を取り戻したアリスは再び指先から魔力を放ち、人形を動かし始める。

 簀巻した部分に糸を括り付け、人形たちが男を空中へと引っ張り上げた。

 ミイラ男は宙ぶらりんのまま、徐々に高度を上げていく。何処と無く魔女狩りを想起させる光景だった。

 男を引っ張り上げる人形。その人形を操作するアリス。わざわざ人形を介する意味があるのか? 魔理沙はそう、思わずにはいられなかった。

「って、置いていくなよー! アリスー!」 

 何故だかアリスは心此処に在らずな様子で、男を伴い一人飛んで行ってしまう。

 下らない思考に意識を割いていたせいで、魔理沙はつい反応が遅れた。慌てて箒に跨り、どんどんと小さくなってゆくアリスを慌てて追い掛けるのだった。




好感度状況

魔理沙:☆
アリス:★★★

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