「こちらこそよろしく。」
「……普通に返すとは思ったが実際に返されるとどうにも変な感じがするな。」
「レンに会っていたのが大きいだろうね。これでも驚いているけど。」
呑気に返事を返すライに少し戸惑うアラガミ。
「そんなところか。まぁしばらくはよろしくな。宿主様。」
「しばらく?」
「ああ。俺はアンタを“喰らう”つもりだからな。」
「それは怖いな…と言えばいいのか?」
「分かっていたつもりだがアンタは本当に
脅すことを言っているのに対して反応が変わらないライにアラガミはそう言う。
「記憶がないからなのかねぇ。この心象も本来は“色”がついてるはずなのに。この通りモノクロだ。」
「確かに。でも忘れているだけでこの場所は“知っている”。」
「だろうな。ここはお前の心象だから知っていて当然だ。」
「それで?挨拶の為に僕をここに呼んだのか?」
「それもあるが少し宿主様を手伝ってやろうと思ってな。」
「手伝う?」
「俺は今のアンタよりはアンタのことを知っている。血液を通してアンタの情報を得ているからな。」
「アンタの知り合い曰く“血液は情報の宝庫”らしいからな。」
「確かに何処かで聞いた言葉だ。」
「それと“妹”が世話になったからな。」
「……妹」
妹と聞いてふと“月に旅たったアラガミ”を思い出すライ。
「シオのお兄さんなのか?」
「さぁな。俺も記憶が曖昧で覚えてない。だがアイツが言うならそうなのだろう。」
「話を戻すが記憶を取り戻したければアンタは行かなければならない場所がある。」
リンドウを救出してはや5日。リンドウは目覚めたがライは未だに眠り続けていた。
「本当によく眠ってるわね。」
「そうですね。5日間も寝続けるのは流石に寝すぎだと思いますが。」
この5日間、第一部隊は交代でライの様子を見に来ていた。特にアリサはほぼ毎日といっていい。
「それだけリンドウのことで苦労をかけたってことね。今は寝かせておきましょう。」
「サクヤさんもリンドウさんと同じことを言うんですね。何故そこまで…」
「起きるって信じられるかって?そうね…」
アリサの問いにサクヤは少し考える素振りを見せると答えた。
「彼だから…かな。」
「彼なら信じられる。今までいろんなことを成し遂げてきた彼だから信じてあげられる。この長い眠りも次に何かを成し遂げる時に必要なことなのかもしれないしね。」
「でもこれからは貴女が彼を信じてあげないとね。私とリンドウは”別働隊“になるわけだし。」
サクヤの言う通り第一部隊はライ、アリサ、コウタ、ソーマの4人体制となる。リンドウとサクヤは第一部隊所属ではあるが基本的に別行動になると通達があったのだ。
「さて、私は行くわね。できれば”式“までには起きてほしいけど。そこは祈っとこうかしら。」
「そうですね。リーダーもリンドウさんとサクヤさんの”結婚式“には参加してほしいですから。その時は引っ叩いてでも起こしましょうか?」
「それはやめて。リーダーが可哀想だから。でもそうね…」
苦笑いを浮かべるサクヤだがすぐに悪戯っぽい笑みを見せる。
「昔読んだ物語とかだと眠りについたお姫様を起こす方法は王子様も口づけだったけど逆はどうなのかしらね?」
「な…!?さ…サクヤさん!!」
「あはは。ごめんなさい。でもねアリサ。チャンスを逃したらダメよ。」
そう言いながらサクヤは出て行った。残されたアリサは顔が真っ赤だ。
「……そんなこと…できるわけないじゃないですか…」
「……何ができないんだい?」
「え?」
ふと呟いただけなのに返事が返ってくるとは思わず変な声を上げてしまうアリサ。
「イタタ。なんか全身が痛い。寝違えたかな?」
「……り…」
「ん?あ、そうだった。おはようアリサ。」
「リーダー!!!!????」
呑気に身体を伸ばしながらアリサに挨拶するライ。そんなライをアリサの奇声が襲うのは数秒後のことだった。
「浦島太郎のような気分だ。」
「浦島?なにそれ?」
エントランスではリンドウとサクヤの結婚披露宴が催されていた。極東支部職員全員スーツやドレス姿でバイキング形式で料理を取りながら談笑している。
「極東に伝わる昔話だよ。海岸で子供に虐められた亀を助けた男が亀に竜宮城っていうところに連れて行かれるんだけど竜宮城から帰ってきたら時間が数百年も経っている話。」
「へぇ。そんな話があるんだ。今度妹達に聞かせてよ。」
ライとコウタも例外なくスーツ姿で料理を食べながら談笑していた。
「でもリーダーって記憶はないのにそう言う話は知っているんだな。なんか不思議。」
「そうだね。自分に関する記憶はないけどそれ以外は知識として知っている感じかな。」
「それで浦島太郎のような感じって?」
「起きたら5日も経っててリンドウさんとサクヤさんが婚約してるし第一部隊は4人編成になってるしで少し混乱してるよ。」
「あー、確かにリーダーが寝てる間にトントン拍子で話が進んでたなぁ。」
「5日も寝てたから文句は言えないけど勝手に話が進むのはどうかと思う。」
「それだけお前らを認めてるんだよ。」
「あ、リンドウさん。」
「いろんな人に絡まれてましたね。」
「まぁな。だが今日の主役はサクヤだからあとは全部任せて逃げてきた。」
「うわ…薄情者。」
「そう言うならコウタ。お前がどうにかしてこい。」
「えー嫌っすよ。」
「この宴の主役命令だ。行ってこい。」
半ば強引にサクヤの救援に出されたコウタだが恨みつらみ言いながらも救援に向かった。
「今更ですが御結婚おめでとうございます。」
「おう、ありがとな。」
「でも本当に急でしたね。」
「だろ?俺がまたいなくならないように首輪を着けるという意味合いがあるんだと。」
「前科持ちに厳しいですね。」
「人ごとじゃねーだろ。お前もいづれアリサあたりにつけられるんじゃないか?」
「アリサはそんなことはしないと思いますが…」
「どうかね。サクヤに似てアリサも依存するところあるしなぁ。」
飲み物を飲みながら談笑を続けるライとリンドウ。
「これからはサカキ博士の直属部隊になるんでしたっけ?」
「ああ。籍はこれまで同様第一部隊に入っているが基本的に別行動だろうな。俺とサクヤは遠征に出ることが多くなるだろうし。」
「サカキ博士曰くまだ極東には未知のアラガミが存在する。現に俺たちはこの極東を全て把握してるわけじゃないからな。」
「そうですね。極東支部のある
「だな。とはいえいきなり遠くまで行くのは装備的に不可能だから時間をかけて徐々に広げていくことになるだろう。しばらくは日帰りかできて一泊二泊くらいか。」
「それまでは新人教育をしつつアラガミとやり合う日々が続くだろう。まぁいつもと変わらんか。」
「結局はアラガミとの殺し合い。そこに落ち着くんですね。」
「それが宿命だからな。その為に
アラガミとの戦いを宿命と評するリンドウ。その表現にライは同意するも何処か考えてしまう。
アラガミとの戦いに終わりがあるのか…と。
「どうした?」
「なんでもありませんよ。今の状況では考えるだけ無駄なことを考えていただけですから。」
「でもリンドウさんがアナグラにいるなら少しは僕も余裕ができそうですね。」
「なんだよ。俺に何かさせようってか?」
「いえ、僕も多少の時間的余裕ができそうなので少しばかり“自分”について調べようと思いまして。」
「……記憶か?」
「はい。自分のことを本腰入れて知ろうと思います。」
「どうやって?なんか思い出したのか。」
「いえ、でも手がかりが手に入りました。」
そう言ってライは一度言葉を止めて改めて言い放った。
「“トウキョウ”に行こうと思っています。かつてこの極東の首都と呼ばれた場所に。」