エリックの妹
ヨハネスによるアーク計画は失敗に終わった。
人工ノヴァとシオという特異点を用い終末捕食を起こし、宇宙に逃れた千人の人類を残してアラガミと取り残された人類を生贄として新たな地球(大地)を手に入れる壮大な計画。
しかしこの計画には多くそして大きな穴があった。
助かるのは千人。その千人はヨハネスの独断で決められた。
そのほとんどが上流階級の人間やヨハネスにとって都合の良い人間だった。
しかしこの計画は失敗した。
フェンリル極東支部第1部隊と…
彼等と交流して人に近しく成長(進化)した特異点のアラガミの手によって…
人らしく成長した特異点は自らの意思で世界(地球)から新天地(月)へと旅たった。
これにより地球で行われる筈だった終末捕食は月で行われその結果月は緑に包まれた。
これがアーク計画失敗の顛末である。
しかしアーク計画の傷跡はあまりにも大きすぎた。
助かる筈だった人々の落胆、失望。
犠牲になりかけた人々の怒り、不条理。
そして極東支部への不信感。
あらゆるものが絡まりなんともいえないやるせなさが人々には残った。
「お疲れさん。」
「タツミさん。お疲れ様です。」
アーク計画失敗は現状維持の意味も表しており、極東支部所属のゴットイーターは今までと変わらぬアラガミと生死を賭けた戦いに身を投じていた。
「最近は多数のアラガミが極東支部の近くにアラガミが多発してるようですが。」
「まぁな。だけどオウガテイルが増えただけで危険ではなかったよ。かわりにカレルとシュンがやる気を失くしてそっちの方が大変だったよ。」
「こっちも同じようなものです。数が増えたけど精々小型種か中型種。まるで質を数で誤魔化してるみたいです。」
「確かにな。数は増えたけど苦戦はしない。単純に俺らが場数を踏んできたからだろうけど。」
「極東支部ゴットイーターはヴァジュラを単独で倒したら一人前ですからね。」
ちょうど討伐任務を終えたライは神機保管庫で偶然会ったタツミと共にエントランスに向かっていた。
「そういや戻る途中コウタを見かけたけどまた仲裁か?」
「……ええ。戻る時にヒバリさんから連絡があって。」
アーク計画失敗による波紋は当然の帰結だが助かる筈だった人と犠牲になりかけた人の衝突。
外部居住区出身のコウタが顔役として仲裁に入っているが当然根は深い。
「やらかしたことは仕方ないですが今更ながら後悔するのは身勝手ですよね。」
「いや、確かに身勝手かもしれないけどアンタたちは真正面に受け止めてるだろ?ちゃんと責任取ろうとしてるのは皆分かってるさ。」
既にアーク計画を阻止したのは第1部隊と知られている。故に第1部隊には良くも悪くも視線に晒されている。
一応サカキやツバキが弁護してくれてはいるがやはり善悪入り交じった感情を向けられてるのは仕方のないことではある。
「ねぇ。今日もおにいちゃんからのお手紙は届いてないの?」
「は…はい。届いてないですねぇ。」
エントランスに着くと上記のような会話が耳に入る。
「よう。ヒバリちゃん。」
「あ…タツミさんにライさん。お帰りなさい。」
受付にはヒバリと高貴そうな身だしなみの幼い少女がいた。
「はい。報告書。」
「はい。お預かりしますね。」
「こっちもお願いしますね。」
「はい。報酬はターミナルに入れときますね。」
「ねぇ!!」
報告をしているとさっきからいた裕福そうな少女が割って入ってきた。
「どうしたの?」
「私のおにいちゃん知らない?」
「おにいちゃん?」
ライが少女に目線を合わせて問いかけるとそう返してきた。
ライはタツミとヒバリの方を見るが2人ともバツが悪そうな顔をしながら目を合わせなかった。
「名前は?」
「エリック。とても強くて華麗で頼りになる自慢のおにいちゃんなの。」
「エリック…」
エリック。その名をライは知っている。
まだ新兵の時、一度だけ共に任務に出た。
…これが彼の最期の任務だったが。
どうやらこの少女はエリックの妹らしい。
「ねぇ。エリック知らない?最近会えてないしお手紙書いても返してくれないの。」
純粋に聞いてくる少女。彼女は兄が生きてると信じている。
「そっか。君のお兄さんはきっとゴットイーターとして今も大活躍してるよ。今は偉い人から特別任務を言い渡されたみたいでね。極東支部を出ているんだ。」
「本当?」
「うん。腕が立つゴットイーターにしか頼めないからね。きっとお手紙の返事が書けないほどに忙しいんだよ。」
「それとも君はその強いお兄さんを疑うのかな?」
「そんなことないもん!!」
「じゃあ君は帰ってくるお兄さんを笑顔で出迎えないとね。」
「わかった!!ありがとう。」
ライに御礼を言うと少女は去っていく。
ライは嘘をついた。
彼女は二度とエリックには会えない。既に死んでいるのだから当たり前だ。
「いいのか?あんなことを言って。」
「仕方ないですよ。仮に死んだと伝えてもあの子は信じない。いや、理解できないでしょう。」
「それなら残酷かもしれないけど希望を与えとくべきです。」
「それに僕の名前は“嘘つき”ですからね。」
そう言い哀しげに笑うライにタツミとヒバリは何も言い返せなかった。