フェンリル極東支部通称『アナグラ』
ゴッドイーターの本拠地にしてフェンリルの前線基地とも呼ばれるこの施設のとある一室に2人の男が対峙していた。
「君から呼び出しがあるとは珍しい。どうしたんだペイラー。」
「やぁヨハン。どうしても君の耳に入れときたい話があってね。」
ヨハンと呼ばれた金髪の中年くらいの男。彼の名はヨハネス・フォン・シックザール。ここフェンリル極東支部の支部長を務める謂わば極東支部のトップであり、第1部隊所属のソーマ・シックザールの実父でもある。
そのヨハネスからペイラーと呼ばれた灰がかった髪色とどこかの民族衣裳のような衣服を纏った眼鏡を掛けた男。彼はペイラー・榊。アラガミ研究の第一人者にして神機の生みの親とも呼ばれている科学者である。2人の呼び方で分かるように旧知の仲でもある。
「リンドウ君が保護して連れて来た子を覚えてるかい?」
「ああ。気を失って今も医務室で寝てる彼がどうかしたのか?」
ヨハネスが言った通りリンドウが保護した青年はアナグラ内にある医務室で今も眠っている。因みにリンドウが連れてきたのは3日前であり、3日前から一向に目を覚まさない。
「それがね。彼は人為的に身体を弄られた形跡が見られたんだ。それも1回だけじゃない。何度も筋肉や神経系といった箇所の破壊と再生を繰り返している。さらには脳まで至っている。恐らく気を失ったのもその脳の負担による影響だと思われる。」
「人体改造と言いたいのか?」
「おかしいとは思わないかい?アラガミが存在している今の世界でフェンリル以外で人体実験を行える組織があるとは思えない。」
「そうだな。他の支部が行なっているならばある程度納得できるがなら彼は何故極東に現れたとなる。」
「そのことだけど彼の血液を調べたらどうやら彼は東洋人と西洋人のハーフらしいよ。」
「ハーフか。まぁそのことは彼が目覚めた時に彼自身の口から聞くとしよう。」
「そうだね。」
「一応本部や支部に彼について連絡をとってみよう。それで?それが私の耳に入れときたかったことかい?」
「ああゴメン。もう一つ彼についてわかったことがあるんだ。」
そう言うペイラーの掛けている眼鏡が一瞬光った。
「彼は君や私、いや、極東支部が欲していた"新型"神機使いの適合する可能性を持っている。」
???side
暗い。
辺り一帯が夜よりも暗い闇のような黒に染まっている。
それに真っ暗故にどうにも身体が重い。まるで海の中に引きずり込まれているような感覚。
だけど何故だか居心地がいい。
怖いとか恐ろしいとかそんな感情が不思議と芽生えてこない。
ただただこの闇に呑まれるのもいいかもしれない。
そう思った時だった。
闇一色の視界にふといろんな色のついた丸いものが映し出される。
紅か、蒼、黄、緑、白、紫、茶といったあらゆる色の球体が目の前に現れる。
でもその色の輝きも闇の黒を照らすにはもの足りず一つ、また一つとその闇に消えていく。
それが恐ろしく見えた。何か大事なものを失ったような気がして…
そう思った途端、急に怖くなった。
嫌だ。怖い。助けて。置いていかないで…
声にならない叫びをあげ重い枷のがついたような見えない手足をジタバタさせ暴れさせる。
そうもがいているうちにも色の球体は消えていく。
そしてようやく右手か左手か分からないが球体の方へと手を伸ばせた気がした。
残る球体は蒼。それを掴もうと必死に手を伸ばす。
だけど手は蒼の球体を捉えることはできなかった。
蒼の球体も闇の世界に溶けた瞬間、自分の中から"何か"が音もなく崩れた気がした。
その気がしたとき、不意に思った。
"懐かしいなぁ"と…
目を開ける。すると鼻に入ってきたのは消毒液などのような刺激臭だった。
「……あっれ?」
ぼんやりする頭。脳が正常に機能するにはもうしばらく掛かりそうだ。
そして右手が何故か虚空に向けて伸ばしていた。まるで何かを掴もうとして結局掴めなかったような哀愁を漂わせた。
「良かった。目を覚まされたんですね。」
無理に身体を起こすと同時に白衣のようなものを着た女性が入ってきた。
「気分は悪くないですか?どこか変なところを感じるとかはありませんか?」
「あ…いや…」
「あ、すみません。私はここフェンリル極東支部の医療班に所属するものです。」
「フェン…リル?」
フェンリル…確か北欧神話に登場する神狼だっただろうか。
「あの…貴方のお名前を聞かせてもらっても?」
「名前…」
はて?僕の名前…
「あ…あの?」
「ああ、すまない。僕の名前は『ライ』だ。…多分。」
「え?多分?」
「そう呼ばれていた気がするんだ。だけどこれが本当の名前なのかは分からないんだ。」
「それって…記憶喪失ということですか?」
「そうなる…のか…な?」
医療班の人が慌て始めてる中、僕は記憶喪失という言葉に何故か懐かしさを感じていた。
そして無意識のうちに呟いていた。
「また…か。」
この呟きは誰の耳にも届くことなく虚空へと消えた。
そして今の僕の今の表情は呆れたような困ったような笑みを浮かべていることを想像できた。
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