リンドウの行方不明
それはフェンリル極東支部に所属する神機使い達に大きな衝撃を与えた。
リンドウを探しに行こうとする者も少なくなかった。
しかしそれをツバキは許さなかった。
ツバキの決定はフェンリル極東支部の決定と同義だ。
神機使いもフェンリルという組織に所属している以上、組織の決定には逆らえない。
無論、実の弟を探しに行きたいという思いに駆られているのは誰よりも姉であるツバキだろう。
リンドウが隊長を務めていた第1部隊も深刻な状態に陥っていた。
精神的支柱を失い、情緒不安定に陥ったサクヤ。
精神的ダメージで医務室に収容され戦線離脱となったアリサ。
ライ、コウタ、ソーマは幸い、サクヤやアリサほど大きなショックを受けることはなかったがそれでもリンドウの損失は大きな陰を残した。
結論から言えば第1部隊はバラバラな状態だった。
さらに、今回の件の元凶はアリサだ。
アリサの暴発により起きてしまったアクシデントと言える。
そしてこれによりクローズアップされるのは今迄のアリサの行動と言動。
新型としての矜持故に第1世代の神機使いを下に見る発言や独断行動。
先輩にあたる神機使いの注意も聞くそぶりもなく、むしろ反論するなど目に見えて問題行動が多かった。
故にこの事故は起こるべくして起きた事故とも言えるだろう。
そしてこの事件を巻き起こしたアリサをよく思わない輩が調子付くのも当然の理だった。
ライは今、医務室の扉の前に佇んでいた。
その表情は険しく、暗かった。
医務室内からは発狂したかのようなアリサの叫びとそれを落ち着かせようとしているツバキの声が聞こえる。
アリサの叫びはまるでトラウマを引き起こされたような幼子のようにも聞こえた。
その叫びを聞き、意を決したのかライは医務室に入ろうと足を動かす。
その時だった。
「ああ、君か。」
不意に呼び止める声を聞き、ライは声の主の方を見る。
そこには白衣を着た褐色肌の小太りの男がいた。
「今は会わない方がいい。薬が切れるといつもああなんだ。」
「貴方は‥」
「そういえばこうして話すのはじめてだね。私はオオグルマダイゴ。アリサのメンタルケアを行なっている主治医だ。」
「僕を知っているような口ぶりですが…」
「君の適正試験のときに居合わせていてね。」
「そうですか。」
ライはオオグルマを警戒していた。
特にアリサの"主治医"と"メンタルケア"という単語に引っかかりを覚えたからだ。
「主治医というならアリサの過去に何があったかは貴方は知っているのですか?」
「知っている。だけど教えることはできない。アリサのプライバシーに関わるからね。」
「そうですか。分かりました。貴方の言う通り今日はやめときます。」
「そうしてくれると助かる。でも落ち着いたらアリサと仲良くしてほしい。」
「はい。それでは僕はこれで。」
オオグルマに一礼し、その場を後にするライ。しかし、エレベーターの扉が閉まるまで警戒を解くことはなかった。