義輝伝~幕府再興物語~ 《完結》   作:山中 一

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幕間 2

 最上義守は最上家の十代目当主である。

 成人してはいるものの、未だ幼さの抜けきらない容貌から、侮られることも多い。

 当主だからといって偉そうにできるほど、この少女は豪胆ではないし、何よりも最上家の現状がそれを許さない状態にある。

 

 最上氏は足利一門の斯波氏の流れを汲み、南北朝時代に奥州管領を務めていた斯波家兼の子、斯波兼頼が出羽国按察使として山形に入り、最上屋形を称したことに始まる。

 以後、南朝方に属していた北出羽の豪族寒河江氏を漆川に打ち破り、一族を各地に配置して隆盛を極めた。最上氏は足利一門ではあるが、中央から非常に離れているという地理的な要因もあり、応仁の乱の影響も小さかった。

 しかし、だからといって彼らが平穏な日々を過ごせたかと言うとそうではない。

 応仁の乱の影響は小さかった。しかし、それは直接の害がなかったというだけであり、間接的に害を受けてはいた。

 中央の統制は地方に行くほど効かなくなる。

 中央が混乱していては、当然京から離れた出羽に騒乱が起こっても不思議ではない。

 

 最上氏は確かに、応仁の乱以前には出羽を統一し、一族を分散配置することで安定した統治を行っていた。しかし、日本中で火の手が上がり始めると、最上氏の統治も崩れていく。

 最上氏の敵は大きく分けて二つ。

 一つは天敵とも言うべき奥州の伊達氏。

 幾度となく合戦を繰り返した仲だが、義守が生まれる前に、最上氏は戦いに敗れ、長谷堂城を奪われてしまっている。この城は、最上氏の本拠である山形城の重要な支城であり、対伊達氏の最前線であった。故に、ここが攻略されたことは、最上氏にとって喉元に刃を突きつけられたに等しい最悪の事態であった。

 これ以降、最上氏は零落の一途を辿ることとなる。

 二つ目の理由は、一族の分散配置政策である。

 最上本家が勢力のあるうちは、これも問題なく機能した。しかし、時が経つにつれて最上本家は力を失ってしまった。結果、出羽国内に配置した一族はそれぞれが独立した国人となっていくのである。

 それは、奇しくも応仁の乱で力を失った守護と、逆に力を増した守護代の関係によく似ていた。

 この傾向は応仁の乱が起こる前には兆しを見せ始めており、伊達氏に最上本家が敗れたことで加速し、そして、当時の当主最上義定が跡継ぎを作ることなく死去したことで決定的になった。

 最上本家は、当時二歳の義守を分家筋の中野家から養子に迎えることで家を保ちはしたものの、幼い義守に政治ができるはずもなく、伊達氏の風下に立つその姿に、かつての栄光を偲ばせるものは存在しなかった。

 

 

 

 

 それでも、義守は忍び難きを忍び、耐え難きを耐えた。

 臥薪嘗胆という言葉がそのまま当てはまる屈辱の日々を乗り越えて、最上本家は昨年伊達氏から独立を果たした。

 伊達氏の中で内訌があったのだ。義守は頼れる家臣と共にその内訌に乗じて伊達氏の支配を断ち切った。

 これで、しばらく外患は遠のいた。

 後は、内憂を排除するのみだ。

 

 『最上八楯』。またの名を天童八楯ともいう国人連合が、義守にとっての内憂。出羽の病巣である。

 

 最上八楯は、最上氏の一族分散政策の果てに誕生した八つの主要分家の連合名だ。彼らは主家が伊達氏に敗れた長谷堂城の戦い以後、天童氏を盟主として連合を組んだ。それは、主家の没落を期に独立しようという野心よりは、むしろ自分の身は自分で守らなければならないという戦国に突き動かされてのことだろう。

 

 天童氏、延沢氏、飯田氏、尾花沢氏、楯岡氏、長瀞氏、六田氏、成生氏

 

 これらが、最上八楯を構成する八家である。

 特に盟主の天童氏は、村山地方北部を中心に勢力を広げ、その版図は主家にすら匹敵するほどである。

 現当主の天童頼貞は、惰弱な本家に取って代わろうと画策しており、幾度となく挑発的行動を取ってきたのだ。彼は国内を統一し、天童氏を中心とした出羽国の運営を実現させるという野望を明確に打ち出していた。そして、従来の最上氏ではこの明確な謀反を掣肘するだけの力はないのである。なんとかして実権を伊達氏から取り戻した義守が直面したのは、身内での争いという不毛極まりないものであり、しかし出羽の安寧を願うなら、彼等をなんとしても懐柔するなり殲滅するなりといった決断をしなければならないのである。

 

 

 

 かくして戦いは始まった。

 

 

 

 しかし、最上義守は天真爛漫で戦いを好まない性格の少女で、その才能は大半が内政に向いている。慈愛の心を持って領民、家臣に接し、笑顔と確かな施政で持って国を治めていく。そんな人柄なのだ。それは平時太平のころならば何よりも尊ばれた力だろう。だが、哀しいかな時は戦国。刀槍を振るい首兜を上げたものこそが誉れ高い世情にあって、彼女の才覚はなかなか発揮されない。むしろ、争いを厭う気性は弁慶の泣き所ともなりうる、という危惧は驚くほど早い段階から、それこそ義守が元服するよりも前から家中には存在していたし、それが原因で離れていった者も多い。いかに義守の人望が篤かろうとも、利によって動く者を引きとどめるにはまだ幼すぎた。

 そしてそれを敵は利用し、引き抜き工作を行っていたのだから、義守を守らんとする家臣たちの心労は想像に難くないし、天童頼貞も義守を追い落とし自身が新たな出羽の覇者となるのも時間の問題であると確信していた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 開戦から二年の月日が経っていながら両者とも倒れることなく存続していた。

 大規模な軍の動員をしたのは初めのみで、以降は各家と最上家との小競り合いに終始していた。これは主家である最上氏に敵対することに道理がないと反発した家があるなど、連合内の足並みが揃っていなかったことに加えて、模索していた伊達家との共闘が事実上水泡となってしまったことが影響している。

 

 伊達家のお家騒動から当主となった伊達政宗が内憂に対処せざるを得ない状況に陥ったことで、伊達家との連携が望めなくなったのである。

 もちろん、最上一門にとって伊達氏は天敵である。連携するといってもそれは主家を討ち果たすための一時的なものに過ぎないし、彼らを頼らずとも討ち果たして見せようという意気込みは当初から頼貞の中にはあった。

 伊達氏を頼らずとも勝てるというのは、希望的観測ではなく、自分たちと主家との戦力を冷静に比較すればすぐに分かることだったし、たとえ連合の中に二、三現実よりも道理を重視して向こうに就いた家があったとしても覆るものであなかった。

 だがしかし、ここで『白寿』なる人物が現れたことで、一挙に最上八楯の崩壊が始まってしまった。いや、むしろすでに瓦解したといっても過言ではなかった。

 

 

 

 自らの居城で、義守は不安げな表情で空を見つめていた。

「白寿は大丈夫でしょうか?」

「それこそ無用の心配というものでしょう。白寿殿のお力は義守様がよくご存知のはず」

 口髭を蓄えた細身の男性が、落ち着き払った声で言った。

 氏家定直。

 義守が『最上』になったその日からずっと彼女を支えてくれている重臣である。

「そうですね。定直さん。わたしは白寿を信じて戦況を見守ります」

 自分の胸にそっと手を当てて、朗らかにほほえむ義守。

 そうしたやり取りが天幕で行われている間にも、戦場では多くの兵が傷つき死んでいく。そのことに義守は胸を痛めながらも、だからこそ止まれない。自分を支えてくれた人たちのためにも、この一戦をなんとしても戦い抜かねばならないのだ。

 

 

 

「どうした、足が止まっておるぞ? 疲れたのか? それとも妾の武威に恐れおののいたか?」

 戦は圧倒的に最上の優勢だった。

 刀ではなく黒々とした鉄製の指揮棒を振り回しているのが白寿。白い髪をもった最上義守と瓜二つの少女。しかし、その気性は義守とは真逆で、才も内政を得意とする義守とは違い軍事において稀有な才能を持っている。

 彼女はある日突然義守が連れてきた出自の定かならぬ人物である。しかし、その容姿が主君に瓜二つであることと。義守自身が親族であると宣言したことでどうにか家中に入ることができたのである。 

 性格は傲岸不遜、わがまま、しかし身分の別なく困っているものには手を貸し、礼を言われるまえに姿を消すという不器用さが、疎まれることなく、むしろ愛らしい外見とともに彼女の美点として認識されている。

 内政の義守、軍事の白寿。この二人がそろった結果、最上家はかつてない大躍進を遂げることになったのだった。

 

 

 振り下ろされる指揮棒がまた一つの命を摘み取った。

 狐の如き老獪さと鬼神の如き強さをもち、心の内に慈愛の種を持つ小さな少女に旗下の兵は心酔し勢いづく。

 

 オオオオオオオオオ!!

 

 長年の仇敵たる天童家の兵卒を押して押して押しまくる。

 

 ――――――――――しかし

 ――――――――――先行しすぎだ

 

「白寿様! ここは危険です!お下がりください!!」

「なんじゃ満茂か。そう興のないことを申すでない。此度の戦は出羽国の統一を図るための最も重要なものなのじゃ。妾が戦わずしてどうするのじゃ」

 白寿に近づく敵を、させじと満茂が切り伏せた。

 彼女もかつては最上八楯の一角を成す楯岡の人間だった。しかし戦いの中で白寿の器にほれ込んで自ら白寿の旗下となることを望んだ人物なのだ。

 

 これが、天童頼貞最大の誤算だった。

 

 白寿に惚れこみ、また彼女に誘われて寝返った武将も多い。この戦でも、緒戦において優勢だったのは天童家でありながら、白寿の施した離間の計によって瞬く間に追い込まれてしまった。

 今、頼貞は城のなかで、唇かみ締めて激しく憤っていることだろう。

 そんな頼貞をあざ笑うかのように最上軍は進んでくる。

 

「指揮をなさる方が前線にでられるなど……何かあってからでは遅いのですよ!?」

「まったくお主は。妾がそうやすやすと首をさしだすと思うておるのか?」

「そのようなことはありませんが」

 バキバキッと豪快な音が聞こえてきた。

 見れば白寿配下の兵達が天童城の最後の門を破却したところだった。これで城は丸裸も同然。すでに包囲は完了していて、敵将は王手をかけられた形だ。

「もうよいな。戦は終わりに近い。妾は行くぞ」

 そういって、指揮棒を肩に担いで城内になだれ込んでいく兵とともに駆け出そうとした。

「それでは一つ」

「なんじゃ?」

「わたしを共につけてください。足手まといにはなりませぬ故」

 白寿は満茂をじっとみる。

 戦場で相対したときはまさかここまで忠義に篤い武将になるとは思ってもいなかった。基本的に他人と親しく付き合わない白寿も満茂に対してはそこまで避けるような真似はしていない。

 もともとは満茂の熱意に白寿が根負けし、誼を通じるようになったのが始まりであるが、そこに至るまでには、それなりの時間と義守の仲裁が必要だった。

 白寿は真っ直ぐに自分を見つめてくる家臣にため息をつきながら投げるように言った。

「好きにせい。ただし、死ぬでないぞ」

「はッ!!」

 本当に嬉しそうに、返答する満茂はとっとと進んでいく白寿を慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しいな天童。妾はお主と語らう口は持ちとうないが、これも勤め故、尋ねねばならぬ」

 城内に潜む敵をたたき切りながら進む最上軍はついに敵の総大将を追い詰めるところまで来た。

 大将の兜首を取らんとする兵卒たちを白寿は見事に一喝して動きを止め、その目前まで歩を進めて傲岸にも言い放った。

 

「貴様、母者――――――――――義守様に下る気はないかの?」

 

 それを聞いた家臣たちが目を丸くする。

 とはいえ、義守の性格ではそうすることもありうるというのは彼等も意見を同じくするところだ。だが、自身最大の敵にまで声をかけてしまうのは器の大きさを示すにしてもやりすぎではないか?

 

「――――――――――ふッ。生憎だが、某は貴様等に下る気など毛頭ないわッ! 愚かにも某の面前に歩み寄ったこと、後悔するがいい!!」

 

 頼貞は刀を鞘から引き抜き、一歩踏み込んで白寿に切りかかった。

 腐っても武士である彼にとって目の前の少女の首を刎ねることは何の労苦もなくできることである。

 が、次の瞬間には彼の手から刀は消えうせていた。

 さらにドンッと胸を突かれて尻餅をついた。

「ぐぁッ!? 何が……」

「義守様の恩情を無碍にした挙句白寿様に刃を向けるとは。万死に値する」

 視線だけで人を殺せるのではないか。そう思わせるほどの殺気を放つ満茂がそこにいた。

 さらに、首を刎ねようとする満茂を白寿が止めた。

「よい。こやつは妾が手ずから討つ。そもそも生きてこの城を出すつもりもなかったしの。ちょうどよいわ」

「なに?」

「ふん。母者の手前あのようなことを言ったがの。妾は母者を悩ませ続けたうえに命まで狙った貴様を生かしておきたくないのじゃ。故に貴様の答えに関わらず死んでもらう予定ではあったのじゃ……貴様が剣を抜いてくれたおかげで、暗殺などというムダな仕事をしなくて済んだわ」

 侮蔑のこもった瞳で頼貞を見下ろす白寿はそう言うと同時に指揮棒を振り上げた。

 一般的な刀の実に二倍に相等する重量をもつ鉄の棒は白寿の驚異的な腕力があって初めて扱える代物だ。それほどの武器、しかも鉄の塊が脳天に落ちてきたら、どんな人間でも死ぬだろう。

「このッ……雌狐がッ!」 

 

 もはや言葉を交わすことすらせず、白寿は鉄槌を振り下ろした。

 




新三ルートをやり終えてふうと言ったところ。
天下統一宣言の直前でセーブできるようにしてくれないかなと思ったり、合戦モードきつすぎて諦めたりしました。
東北は歴史から混迷しているので、もう政宗がいたり最上八楯がガチで本家とやりあったりしていますが、そういう世界だということで。
長谷堂城といえば、直江兼続VS最上義光。天地人。

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