義輝伝~幕府再興物語~ 《完結》   作:山中 一

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第十一話

 三好政長はその名の通り三好一族の人間だ。父親は長慶の父、元長の従父兄弟である三好之長の弟勝時で、堺より活動をはじめ、兄と共に桂川で細川高国と戦った。早くから細川晴元に付き従い、また、対高国戦で多くの武功を上げながら、政治にも参与する重鎮として政権の中枢に入り込んだ。

 現細川政権には、茨木長隆や木沢長政などがいるのだが、政長はこの年、新たに淀に居城を移し、多大な収益を上げて軍事力を高め、商業面に多くの影響を出すまでに成長したことを考えると、今現在最も政治的影響力が強いのは、この三好政長であると考えられる。

 まさにこのときの政長は人生の絶頂期にあるといっても過言ではないだろう。

 対立する三好長慶とは三好家惣領を争う仲だ。だがしかし、今の状況下においては政長に正面から挑んでくるだけの力は持ちえていない。ほんの数ヶ月前ならばいざ知らず、淀という富裕な地を得、商業を掌握しつつある今の政長は、長慶と同等以上の戦力を用意することが可能なのだ。

 しかしながら、盛者必衰が世の常というのならば、彼にもまた衰退する時がやってくるというもの。それを回避するためには、どうあっても足元を固めておかなければならない。

 この時代、足元を固める手段は大きく二つ。

 外交をするか、戦をするかだ。

 政長は今、自らの権威と権力を見せ付けるための行動をしなければならない。

 とすれば、とるべき行動は一つだ。

 軍事行動をとる上で、必要なのは晴元の認可だ。

 そして、今の晴元は畿内が一定の安定を得たことで気が緩んだのか居城で放漫な生活を送っていると聞く。誰もそれを諫言しないのは、そのほうが様々な意味で都合がいいからだ。

 案の定、特に時間をかけることもなく戦の許可を得た政長は、早速命を下した。

「管領様の許可がたった今下りた。これより、逆賊内藤を討ちに動く」

 内藤にとって不運だったのは領地が山城と接していたことと、他の地域の国人たちに比べて弱すぎず強すぎない程度の戦力だったこと。そして、昨今、晴元政権下において、批判的な行動を見せ始めていたということもある。

 政長にとっては最も与しやすく、討ち取る大義があるものとして認知されてしまったことから彼の示威行為のための犠牲となってしまうのだった。

 

 

 

 通常、畿内で戦が起こるとなると京の人々は戦々恐々とするものだ。それは畿内で起こる大規模な、それでいて政治性の強い戦の場合、将軍という最高権力者の身柄を確保するなどで明確な正当性を得ることができるという特異性に端を発する。つまり、京にいる将軍を真っ先に押さえてしまおう、という思考が武将の中にあるために、京が各武将の最終的な目的地になってしまうからである。

 しかし、このときの戦は、様相が違っていた。

 むしろ、京の人々の生活は大きな賑わいを見せていたのだ。

 確かに、戦が近くで行われるということで不安を口にする者もいるし、家財を荷車に載せて避難しようとする者もいるにはいる。それでも、天文法華の乱であったりと主戦場が京であったころに比べれば、当然の事ながら対岸の火事といった雰囲気で日々を送っていし、戦の際に必要な食料や軍需品を賄うために大量の金と人が動いたために、商業の面では大きな稼ぎが期待できると活気付いているのもまた事実なのである。

 そうした京の人々に見送られ、山城を出た政長軍は、総数にして二千五百。大軍と呼ぶには、まだ少ない数だが、これはあくまでも政長が彼の領土内で集められる人員の中から、後々に響かない程度に徴兵した数だ。

 戦は政長だけでおこなうのではない。

 彼の部下達や、協力を命じた国人豪族等が合流するし、何よりも丹波国内において内藤家と長年敵対してきた波多野秀忠とも通じている。

 政長だけで二千五百もの勢力を用意したことそのものが驚異的なことだろう。

「政長様」

「ん、おお! 秀忠殿か」

 床几にこしをかけていた政長は、やってきた人物を見て立ち上がった。

 短い赤毛が特徴的な、中年の女将だ。背は高いが、多少横に広い体格のおかげで遠目からはそうは見えない。

「お久しぶりでございます。政長様。最近はますますお盛んなご様子で。羨ましい限りですわ」

「はっははは! そうであろう。すでに山城近隣は我が庭に同じだというものよ!」

「それがわからぬ者も、あちらにいるようですが?」

 秀忠は眼前に聳える八木城を見上げている。

「ふん。国貞めが。おとなしく従っておれば痛い目を見ないで済んだものを……!」

 波多野家の現当主であるこの秀忠は、なかなかに強かな女性だ。

 元来、丹波においてそれほど大きくない勢力だった波多野家は、両細川氏の乱に関わることで所領を大きくし、彼女の代で一応の決着を見た頃には、丹波を二分する一大勢力へとなりあがっていた。

 小豪族からのなり上がりゆえ、時勢を見極める目は鋭く、晴元と反晴元の間を行ったりきたりしながらこうして勢力を拡大している。

 今や、内藤家と丹波守護代を争えるほどにまでなったのだ。

 その秀忠が、この戦を見逃すはずがない。

 政長の呼びかけに即座に呼応したのも、内藤を潰すことで、自身の勢力が丹波最大になるからであるし、丹波で唯一の守護代として、国内の諸将に号令できる立場になることも夢ではない。

 心の底から完全に信服しているわけではない。

 彼女の他にも、複数の地元国人が集っているが、それは単に政長が『今』の権力者だからにすぎない。

 政長が一旦劣勢に立てば、瞬く間に背信する程度の仲。

 だが、それでも構わない。政長としては、彼女達がこうして集まり、自らの指揮下に加わったということこそが、自分の権力を自認し、かつ畿内一帯に喧伝することのできる有力な材料なのである。

 目の肥えているものならば、それがわかるが、そうでない者や誰かの風下に立たねば生きていけない小勢力にはそれで十分なのだから。

「集まった兵力は万を超えているようですわね」

「うむ。波々伯部、宇津、川勝もわしに味方しておる。内藤は孤立無援だ。とりあえず降伏勧告は出したが突き返してきおったしな。勝てるとは思っておるまいに」

 内藤家の領地を囲む勢力が敵に回っているのだ。逃れる術はない。政長は自信満々にそう言った。

 秀忠は城山の麓に陣を敷く味方の軍勢を一瞥して、太陽のまぶしさに目を細めた。

「そのようですわね。ですが、ご覧の通り八木城は丹波でも屈指の堅城。一万の軍勢で囲ったところで囲みきれはしませんよ」

「わかっておる。干攻めも降伏もありえぬよ。折を見てもみ潰すことにしておる」

 城内の兵は多くて千と少しくらいしかいないと見ている。農民たち非戦闘員を含めれば数は跳ね上がるだろうが、それは戦闘には余り影響ないだろう。武具を揃えられるわけでもなし。ただ悪戯に糧食を損耗するだけである。貯えも多くはないはずだし遠からず落ちる。しかし、時間がないのもまた事実。内藤は見せしめなのである。自らに逆らうとどうなるのかということを天下に示すための生贄なのだ。簡単に降伏はさせないし、首を取らねば意味が薄れる。何よりも、政長の背後が気になる。茨城や木沢がどう動くのか。時間をかけていられないというのは、そういうことも関わってくるからだ。

「でしたら、先鋒は小勢力にお任せしてください。わたくしとしては、第二陣において頂きたいですわ」

「いいだろう。そうしたいと言うのならそうするがいい。だが、戦うところは戦ってもらうぞ」

「ええ、当然ですわ。ここに集まるすべての勢力の中で、最も内藤を敵視しているのはわたくし達なのですから。……彼の首はわたくし達で獲りますわ」

 秀忠は、この戦に政長以上の執念をもって挑んでいる。

 波多野単体ではこの城は落とせない。これまで無益に小競り合いを続けてきたのは、野戦でしか決着をつけられそうにないからだった。これほどの大軍で、最大の敵を囲むことができる機会は二度とはあるまい。

 秀忠の瞳は戦意に燃え立ち、来るときを今か今かと待っているのが政長にも理解できた。

「秀忠殿の力。期待しているぞ」

 政長は戦の勝利を確信し、満面の笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 

 

 

 八木城は丹波国の中でも特に強固な城として知られている。

 城山と呼ばれる山の上に築かれた山城であり、山頂に本丸を置き、その支尾根に無数の曲輪を配置したきわめて高い防御力を有する城だ。

 これまでに幾度も波多野をはじめとする丹波豪族と戦いながら一度として落城を見ていない、要害中の要害である。

 その鉄壁の守りの中にいながらも憂いの篭った表情を崩さないのは城主内藤国貞である。

 現在丹波国の守護代を努め、肩書きだけで言えば丹波国内でもっとも高い地位にあるのだが、その権威も張りぼてに過ぎなかった。

「徹底的に交戦する。あのような道理を弁えぬ連中に降れるか!」

 と、勢いよく降伏勧告を突っぱねたはいいが、はっきりとした打開策があるわけでもなかった。

 唯一の心のよりどころはやはりのこの城であろう。

 敵が始めて攻撃に出たのはこの日の明朝のことだった。篭城してから実に丸一日が過ぎていたわけだが、敵が何か奇策を用いるようなこともなく、見覚えのある幟が次々と押し寄せて来たのだった。

「哀れな連中だ。こちらの戦力を測るために使い捨てにされておるわ……」

 同じ丹波の国人として時に手を結び、時に鎬を削りあった者達が、ああして決死の形相でこの城に挑みかかってくるのは初めてだった。大抵はこの城に篭った時点で撤退する。落ちるはずがないとわかっているからだ。しかしながら、今回は普段の丹波国内での小競り合いとは様相を異にしている。背後には三好政長が構えている。丹波守護代の内藤家ですらこうして亀のように閉じこもるしかないのだ。彼らに逆らうだけの力があるはずもない。

「不幸中の幸いは、相手の戦意が低いということか」

「波多野はともかく、他の勢力は政長の威におびえて従っているだけ。おまけにこの八木城を無理に力攻めさせられているわけですから致し方ありません」

 家臣の一人が国貞に意見を同じくした。

「憎むべきは波多野秀忠。あの女狐めが裏で糸を引いているに違いない! 見よ、あの布陣を! 波多野め、第二陣に陣取っておるではないか。国人衆は、少しでも逃亡しようとしたらヤツに後ろから討たれることになるぞ」

「この戦で我等を落とした後は、丹波全域を狙うでしょうからな。ここで他勢力をできるだけ消耗させようと目論んでいるのでは?」

「であろう。ゆえに女狐よ。自らは極力表に出ず、戦功だけを上げようとしておるわ!」

 波多野秀忠の姑息な手段は、これまで幾度となく体験してきた。何れ引導を渡してやると、日頃から豪語していただけに、こうして追い詰められることが屈辱でならない。

「殿。気をしっかり持ちなされ! ここで挫けてはなりませんぞ!」

「わかっておる。今はこうして篭っているしかないが、これは負け戦ではない! 必ず好機は訪れる!」

 自分よりも年上の家臣に叱咤され、無理矢理にも前向きになる。

 城主が消沈していては全体の士気に関わる。城を守るには、なによりも士気を維持することが大切なのだから。

 士気のくじけた城は如何に堅城であろうとも落ちる。

 外からではなく、内側からの攻撃によって崩壊するのである。

 城は外からの攻撃よりも内からの攻撃に弱い。多くの城攻めは力押しではなく、姦計をもってするのが一般的である理由の一つである。

 そうして、奮い立ったとき、城外から喊声が響いてきた。

「来たか!」

 跳ね上がるようにして、国貞は外を見る。

 大地をどよもす足音と、鉄板が軋み、ぶつかりあう金属音が圧となって耳を襲う。

 城の最上階から見下ろすと、黒々とした鎧が一本に連なり、城山の登山道を勢いよく駆け上ってきているところだった。

「殿!」

 そこに駆け込んできたのは、一人の伝令兵だった。

「紋は対い鶴丸。波々伯部の軍勢にございます!」

 報告を聞いた国貞には、もはや何の感慨も浮かんでこなかった。一度は哀れと思いはしたものの、敵となったからには打ち破るよりほかにない。情け容赦をかけることこそ、武門の恥とも思えた。

「性懲りもなく。よかろう。存分に相手をしてやる!」

 自らも具足に身を包んだ国貞には寄って立つべき堅城がある。

 勝利するのは難しくとも、負けるつもりは毛頭なかったのだ。

 


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