Cross Ballade 2nd mov.(けいおん!×School Daysシリーズ)   作:SPIRIT

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まさか執筆に半年もかかるなんて、自分の遅筆さを痛感する限り。


第3話『断層 ~Urd×Verdandi~』

「ディズニーランドへ、行きたいかあ!!」

 皆の前で泰介は大声を上げる。

「おーっ!!」

 という大歓声。

「ミッキーやミニーに、会いたいかあ!!」

 泰介と腕を組むさわ子が、続いて大気炎を上げる。

「おーっ!!」

 再び大歓声。

「おーし、それでは『ディズニーリゾート全征服したるで計画』、開始!!」

「うおおおおおおっ!!」

 泰介とともに、皆に鬨の声が沸き上がった。

 すると、冷めた一声。

「澤永も山中先生も、2人きりのデートを妨害されちゃっていいの? 界隈の高いホテルに予約までして」

 机に座って落ち着いて紅茶を飲む、刹那の声である。

 2人とも青ざめ、

「あ……」

「そうだった……」

「はあ……」先ほどはノリノリだった梓がため息をつき、「そんなら最初から言わなきゃいいじゃない」

「ごめんなさーい」

 泰介は思わず謝った。

「うっわ、やべえ。最近彼氏とのデートに夢中で、金ほとんどねえんだった……」

「私も。ディズニーランドのアトラクションって高いしなあ」

 財布を見ながらぼやく律に、世界も同調する。

「それなら2人とも、なぜさっき一緒に声上げてたわけ?」

「いやー、こういう時には乗ってやるのが定石だと思うしよ」

 突っ込む梓に、律はにべもなく答える。

 ここは桜ヶ丘高校の音楽室。

 今日も今日とて軽音部の部室には、放課後ティータイムのファンクラブに入った榊野生徒がやってきて、茶色い机を固めて一緒にお茶を飲んでいた。

 しかし今回は、世界とその友達ばかりであり、誠と言葉、七海の姿がない。

 それも気にかけず、音楽室の片隅の水槽では、スッポンモドキが1匹悠々と泳いでいる。

「甘露寺、いないんだな」

 挙動不審な調子で澪は律に切り出す。

「相変わらず落ち込んでるようだからよ。まあ、それがいいのか悪いのかわかんねえけど」

 律はため息をつく。榊野学祭の事があってから、澪は七海を苦手としている。

「そういえばよう、澪」律がちらりと澪に言った。「伊藤と桂はどうした?」

 すると、澪は深刻な面持ちになり、

「西園寺と言葉はまだぎこちないようだからな。幸い私のところにベラ・ノッテのコーヒー無料券が2枚あったから、言葉に伊藤と一緒にお茶をするよう勧めたよ」

「そうかいそうかい」

 部屋の端っこで、小声で話したつもりだが、唯と世界の体がピクリとなる。誠に関しては耳ざとい。

「もうすぐ期末試験も近いよな」澪は続けた。「ベラ・ノッテは静かだから、勉強をするにはうってつけかもしれない」

「ああ、試験やだなあ」

 唯がぼやくと、世界が笑顔で近づき、

「あれ、平沢さん、勉強って苦手なんですか?」

「苦手だよー。小学生のころから苦手ー。答案にだるまさんの絵、結構描いてたもん」

「は?」

と、律。

「手も足も出ない、ってことですよね」世界は苦笑いしながら、「もしよろしければ、一緒に勉強しませんか? 一応桜ヶ丘と榊野のカリキュラムって、進行スピードに差はあっても中身は同じみたいですし」

「本当!? ありがとう、西園寺さん!! いっつも憂に教わっていたから、ちょっと恥ずかしかったんだー」

「妹さんに教わってたんですか。ちょっとびっくりです。あ……でも平沢さんは2年で、私は1年でしたね……」

「大丈夫だと思う! 先生と生徒という立場よりも、一緒に学んでいくというスタイルのほうがお互いレベルアップしやすいという話も聞いたよー」

唯と世界が話していると、

「うげぇー」

 という光の声。ガマガエルの鳴き声がさらに濁ったかのよう。

「どうしたの、光?」

「世界、見てよ……。伊藤の奴、何で女装してんのよ……」

 皆々、光の見ている方向をのぞき込む。梓は露骨に苦い顔になるが、律とムギは、ほう、と声を上げた。刹那は飄々としている。

 そこには集合写真ぐらいの大きさのフィルムがあり、真ん中に黒いメイド服を着て、腰までかかる金髪のかつらをかぶった誠がやけくその両手ピースをしている。女装した彼に抱き着く形で唯が写り、2人を挟んで変顔の笑顔をしているさわ子と泰介が両手ピース。写真の両端で澪と言葉が控えめに片手Vサイン。言葉の視線は冷たく、唯の方向を向いている。

 澪は苦笑しながら、

「さわ子先生がメイド服を新しく作ってね。それで伊藤が犠牲になったんだ。唯と澤永の3人に無理やり着せられてね」

「ま、最近までノリの悪い奴だったんだから、こういうのもいいだろうよ。うんうん」

「私の作ったメイド服と、うまくマッチしてるでしょー」

 泰介が勝手にうなずいている。さわ子はうまくやったぜとばかりにドヤ顔。

「すっごい似合ってたよ! 本物の美少女メイドっぽかった!」

「唯先輩、何言ってるんですか。大体男が女装するなんて悪趣味すぎ――」

「ひゃっひゃっひゃ、なかなか似合うじゃねえか」

「伊藤さん、筋肉がついてなければ、顔はぱっと見女っぽいもんね」

 呆れる梓に対し、律は腹を抱えて爆笑。ムギは感心の表情。皮肉ではなく本音で言っているらしい。

「私だったら誠に、筋肉落とせば本物になれるってアドバイスするかな――なんちゃって」

 どうやら世界も似合うと感じたようだ。

「……みんな似合うと思ってるのね、はあ……」

 梓はため息をついた。

 世界はそこから誰よりも早く動き、真っ先に唯にお茶を配る。

「西園寺さん?」

「きっと喉が渇いてると思いまして」

「ありがとう!」

 唯はとりあえずお礼を言う。

 澪は知らず知らずのうちに、そんな世界から間合いを離していた。

「しかし、最近の西園寺って、唯に変に親切だよな……」

 妙な違和感を抱えながら、澪は本人に聞こえないように言う。

「あいつってあんなもんだぜ。あたしと宮沢の時も熱心に仲介をしてたし。伊藤と桂も、それで近づけたらしいしよ」

 律は意に介さない。世界と2人の彼氏と、4人でダブルデートを続けてきた『相棒』だけあって、最近は澪よりも親しくなっているような気がする。

(考えてみれば私も私で、言葉の世話をするのに夢中で、律のことをほったらかしにしてきたか)

 澪はそう思った。

「ならいいんだけど……。あの人、その裏でよくないことを考えてないといいんだがな……」

 すると、律がむっとなり、

「世界はそんな奴じゃねえよ!」

 少しムキになりすぎてないかと澪は感じたが、

「ああ、そうなの……か」

 とりあえず返した。

 そんな話はつゆ知らず、世界が唯に、そっと耳打ちをする。

「誠のことで、ちょっと話があるんですけど……」

「え……?」

 

 

「ええと、この問題はこうやって解くのか」

「そうそう」

 唯と誠がかつて初めてデートした喫茶店『ベラ・ノッテ』で、言葉と誠はつややかな机を挟んで勉強をしていた。この喫茶店は非常に静かで、ところどころに抽象画や、魔除けと思しき金色の仮面が壁に掛けられていて、独特の雰囲気を出している。言葉の後ろ側には木のカウンターと、白地に色とりどりに花や虫の絵が描かれたティーカップがびっしりと並べられていて、おしゃれである。

「誠君、ちょっと気がそぞろな気がしますよ」

「え?」

「平沢さんの事、考えてました?」

 その通り、ちょっと考えていた。唯が初めて誠をデートに誘った場所。あの時の笑顔が、彼の心の一部で常に顔を出している。

「ちょ、ちょっとはね……やっぱ、まずいよな……」

 一瞬だけ彼女は眉をひそめた後、穏やかな顔になり、

「あの時の平沢さんと誠君は、どんな話をしてたんですか?」

 誠は、あの時のことを思い出しながら、

「最初はぎこちなかったかな、平沢さんの笑顔がとっても魅力的なんで、だんだんスムーズになったんだけど。

自分がどうして軽音楽部に入ったのか、すっごく嬉しそうに話してた」

「……平沢さんにとっても、あそこは心地よい場所なんでしょうね」

(とっても?)

 誠は言葉の、この言が気になった。

 そうこうしているうちに、ブルーマウンテンとブラジルの入った白いティーカップが運ばれてくる。

 優等生の言葉はさらさらと問題を解けるが、誠は結構苦戦している。が、途中から回答のスピードが急に速くなった。

「あ、この問題はこう解くのか」

「誠君、ヒントをつかむと結構飲み込みが早いんですね」

「ヒントをつかむまでに時間がかかるけどね。小学生時代は結構、答案にオタマジャクシの絵を描いてたかなあ」

「え……どういうことですか?」

「手も足も出ないってこと」

「えー、くすくす」

 久しぶりに言葉の含み笑いを見たような気がする。誠も笑顔を返しながら、

「そういえば、言葉は榊野の『伝説の解答案』って知ってる?」

「え、何ですか、それ?」

 彼女の体が、好奇心でやや前のめりになった。

「『問題を見てピクリン酸、腋の下にはアセチレン』……ええと、それから、何だっけ?

とにかく、そうやって出題された薬品の名前を織り込んでいって、最後を『どうかスコンク、クレゾール』とまとめたアッパレなものがあるんだ。

その時の教師も採点に厳しかったそうだけど、感心して5点中1点をくれたらしい」

 ぷーっと言葉は吹き出してしまい、ケラケラと涙をにじませて笑った。誠も思わず声を上げて笑ってしまったために、周りの客が皆2人を睨む羽目になった。

「あ……すみません……」

 誠は真っ先に頭を下げた。

 やがて彼の解答スピードは、言葉をも追い抜く。本当にひいひいと高校受験をしたものだが、その時もある段階から妙に頭がさえてきたなあと自分で思う。

「誠君って、ウサギと亀で言うならウサギ派なのかもしれませんね」

「そうか?」

「私は亀派だって、小さな頃からよく言われていました。長い時間をかけてコツコツやるタイプ」

(そうか、だとするとまずいかな?)

 誠がそう思っていると、言葉が感づいたのか、慌てて首を振って、

「い、いえ、どちらがいい悪いかという問題ではなくて、特性上そういう違いが出るという言うことです」

「……そういえばものの漫画に、『受験は1位にこだわって競争する必要があるが、本当に1位になる必要は無い。どのような方法でもゴールを通ればいい』とあったなあ」

「そうです、そうです」

 そう言うと言葉は、金の鳥が描かれた白いティーカップを持ち上げ、ブルーマウンテンに口をつけた。

 誠も少し眠くなったので、ブラジルをすする。普通の喫茶店で出されるより濃い気がするが、ぐっと目が覚める気がした。

「秋山さん、ずいぶん俺たちのことを気にかけてくれるよな」

「本当に、ありがたいですよね。私にとっては、澪さんも大切な人になりました」

「そっか……。言葉は榊野では浮いてるもんな。頼れる友達がいなかったんだよね……。

俺がもう少し頼りがいがあれば、ああならなかったんだろうな……」

「ううん。こうして、誠君の彼女でいられて、こうして時を共に過ごせるのがうれしいくらいです」

「あれから、学校のほうはどうだ? いじめられていることは、先生には話した?」

「一応言いましたし、あれから加藤さん達も大人しいようですが……」

 もともと引っ込み思案の言葉は、学校でも同級生と1日中会話しないことが多かった。最近になって誠や泰介、それに放課後ティータイムには比較的よくしゃべるようになったのであるが。

「とはいっても、教員は知育一辺倒で人間関係は生徒達に任せっきりなところがあるからな……校長は事なかれ主義だし」

「すっかり慣れちゃいましたけどね」

 苦笑いしながら、言葉は答えた。

(だからこそ、俺自身がしっかりしないといけないんだよな)

 誠はそう思いながらも、1つのことが気になっていた。

(加藤……。やっぱり、言葉のことをいじめてるんだろうか……)

 

 

 すでに夕闇になり、秋の深まった中で、風の寒さはひとしおになっていた。紺色の空の中で、カラスの群れが10匹ほど、V字型の形状を作って羽ばたく。

「か~ら~す~♪ なぜ鳴くの~♪ カラスの勝手でしょ~♪」

「誠君?」

「あ、いやいや……。子供の頃、よく歌ってたものだから」

 誠は頬を赤らめて答える。

榊野学園駅前の線路は高架線ではなく、陸に線路を通した感じ。それでもプラットホームの蛍光灯は明るい。

 白い光が駅内部全体を照らしていく中で、誠と言葉は改札口を通る。

「言葉、ちょっとトイレ行ってきていいかな?」

「あ、はい。じゃあ私、プラットホームで待ってますね。飲み物買いたいし」

 誠はトイレの中に入る。内部はかなり年季が入っており、白い壁は黄ばみ、黒いタイルは淀んでいる。彼以外に誰もいない。

 小便器で用を足し、ズボンにチャックをして振り返る。

 と、ハッと胸を突かれた。

「唯ちゃ――」

 彼が言いきる前に、唯は無言で誠の肩をつかみ、そのまま早足でぐいぐいと押して、手近の洋式トイレの中に入り込んだ。後ろ手でトイレのドアを閉める。

「ちょ――」

 唯はたまらなかった。ようやく2人きりになれた。自分のことを『唯ちゃん』と呼んでくれたのもうれしかった。

「やっぱり私のことを『唯ちゃん』って、呼んでくれるんじゃない、マコちゃん」語りかけるように、唯は口を開いた。「それなのに……どうしてなの?」

「どうしてって、それは……」唯が何を言っているのか。彼女の潤んだ瞳で、誠はそれを理解した。「俺には、言葉がいるから……。言葉を選んだから……。唯ちゃんとは、あくまで、友達として……」

「だめ! 我慢できないよ!!」

 唯は紺色の上着と、首のあたりの赤いリボン、白いYシャツの第1ボタンをはずし、誠の温かい右手を、自分のYシャツの中に突っ込んだ。

「……!!!」

 唯の胸の柔らかさと温もりが、誠の手にこんこんと伝わる。

「わかるでしょ……私、こんなにドキドキしてる。マコちゃんとこうして、そばにいるだけで……。

好きにして……いいんだよ……」

 再び唯が、誠に訴えるように言う。

「唯ちゃん……」

 両者、体が芯からほてり始めていた。その温度は何秒もたたないうちに高くなっていく。

 胸が高鳴る。

 唯と誠の唇が、少しずつ近づいていった。

 当然、1体の生き物――ビッグワンをあしらったかのような模様の白いシルクハット、手に2つのUSBメモリを持っている――が見ていることには気づかなかった。

 

 

「誠君、遅いな……」

 北風が激しくなる中、言葉はプラットホームの黄色い線のすぐ前で、自販機で買ったホットなお汁粉を口につけていた。

 黒いコンクリートの床と、所々剥げ落ちて赤さびた鉄がむき出しになっている白い天井が、妙に不気味な感じを醸し出していた。蛍光灯に蛾がたかっている。

 言葉は、1人の人間が背後から音もなく忍び寄っていることに気づかなかった。言葉より小柄でセミロングヘア―、服は白いYシャツに、胸元に赤スカーフという榊野の学生服、その上にピンク色のファーコートを着ていて、一本のアホ毛をたらした黒髪の少女。

 彼女は、後ろから、言葉を両手で押そうとして――

 ぱしっ

 何者かに手を突き出され、止められた。人ではなく、空中を浮遊する小さな生き物。

「!!」

 白い体に青い足、任天堂の星のカービィを思わせる愛くるしい姿。が、少女を止めていない手には2つのUSBメモリ、頭にはビッグワンをあしらったかのような模様のシルクハット。

 そして何より、銀縁の伊達眼鏡の奥にあるつぶらな黒い瞳には、どす黒い思念が渦巻いていると彼女は感じ取った。

「西園寺世界、桂言葉は死なせるわけにはいかないのでね……。ちょっとくすぐったいがこらえてくれ」

 その生物は、片手で世界の鎖骨に触れる。

 次の瞬間、

「きゃああああああああああああああああああああああああっ!!」

 ガシャアン!!

 世界の体は小石のように吹き飛び、ホームの真ん中にあった青いベンチもろとも地面に倒れ伏した。

「!!」

 皆が世界を注目する。とはいってもホームには言葉以外、3人ぐらいしか人がいない。

「西園寺さん!?」

 言葉は、誰よりも早く彼女に近づいた。とはいっても、言葉もまだ世界にわだかまりがあり、話す言葉が見つからないが、とりあえず手だけ差し伸べる。

「触らないで!!」

 世界はバシッと、言葉の手を払いのけた。

「貴方が……誠のそばにいるのが……それ自体が気に入らない……」

「え……?」言葉の体が凍る。それでも言ってしまっていた。「そんなんで私に誠君を紹介したんですか……? 私が困っているとき、アドバイスまでして……」

「うるさい、うるさい……」

「今度は、平沢さんに譲ろうとするつもりですか?」

「平沢さんでも気に食わない……。誠は1人でいればいい……。

何もかも、壊したい……!!」

 そこまで言い切ると、世界は後ろを向いて、全速力で逃げ出してしまっていた。最後までその瞳は、前髪に隠れて見えないままだった。

 風が急に、寒くなる。

 

 

 唯は、洋式トイレから飛び出し、夢中になって駆けだしていた。入ってきた男性1人の奇異な目にも気づかず。

 誠と一緒に入ったトイレでの中のことが、どうしても忘れられなかった。

「唯先輩!?」

 という声も聞こえなかった。足がつんのめるほど必死に駆け下り、一瞬階段から落ちそうになった。気が付くと、黒色のプラットホームの地面が。

「平沢さん! こっちです!」

 世界の一声に反応し、唯は左手の方を向いた。折しもやってきた赤ライン・銀色の電車がドアを開けた真ん前で、世界が大きく手を振っている。

「あ、ちょっと待ってて!!」

 慌てて唯は駆け出す。が、電車の前で急停止。

「平沢さん?」

「いやあ……。電車に駆け込み乗車するのはダメって、よく言われてるじゃない」

(何もこんな時に、律儀にならなくても)

 そう思いつつ、一足早く乗車した世界は、

「早く!」

 と、唯に右手を差し伸べた。

 唯は彼女の手を力いっぱい握りしめる。ぬくもりと思いが伝わる気がした。ぐいと彼女に引っ張られる形で、唯は電車に乗り込んだ。

 すぐに電車のドアが閉まり、出発をした。

「ふうー、間に合ったあ!」

「そうですね!」

 2人はほっと安ど。世界は髪と白い制服についた砂埃を両手でぱんぱんと払う。

「西園寺さん?」

「いやあ、誰かに突き飛ばされちゃって、思いっきりベンチに倒れちゃって、あいたたた、腰が……」

「え? 誰に?」

「それがね、人じゃなくて変な生き物――」

 そこまでいいかけて世界は、ハッと息をのんだ。

 自分を突き飛ばした奴、しかもあの感触だとデコピン程度の力で自分を軽く押しやった人物の記憶だけが全く思いだせないのだ。

 似たようなことが、前にもあった。

(これは……真鍋さんと加藤さんの時と同じ……)

 唯と世界を追って、中野梓が2人の乗った電車に乗り込んだことも気づかなかった。彼女の両人を見る視線にも。

 ごとごとという音と、無機質なアナウンサーの声だけが、むなしく響く。

 

 

「ごめんごめん、言葉」

「あ、誠君!」

 続いて、誠が駅員たちの中に紛れる言葉と合流した。

 誠は、制服も物々しい駅員たちが、ひっくり返った青い椅子を直しているのを見る。

(何か事故でもあったのか?)

「言葉、何があったんだ?」

「いえ……気が付いたら、西園寺さんがベンチと一緒に倒れているのを見て……」

「世界が? いつの間にいたのか?」

 榊野学祭で自分の人間関係には一応の決着がついたとはいえ、彼は世界に後ろめたい思いがある。なんと口を開いたらいいのかわからなかった。

「何もかも……壊したい……」

「え……?」

「分からないです……。西園寺さん……言ってました……」

「……」

(こうなったのも、俺のせいだろうか……)

 誠は、後ろめたい気持ちがしてならなかった。

 トイレの中でのことも、何と説明をしたらいいのかわからない。

 

 

 夜は深まっているが、星1つない。今や田舎でない限り、どこも同じであろう。

 年季の入った3階建ての白いマンション。そこが世界の家である。

「はあー、到着うー!」

「西園寺さんの家、来るの初めてだなあ。どんな家かなあ」

「あんまり自信、ないかな」世界はまた苦笑い。「お母さんは働いているから、うちに誰もいないことが多いし」

「あれ、西園寺さんって、お父さんはいないの?」

 すると、先ほどまで澄んでいた世界の目に、急に暗い炎がたぎった。

「あ……」唯はさすがに申し訳ない気分になりながら、「あ、そうだよね……。西園寺さん、お父さんがとんでもない人だったんだっけ」

「……まあ、そうといえばそうなんだけど。とにかく、早くいきましょう」

 再び世界は唯の手を引っ張り、自分の家に連れて行こうとする。

「待った!」

 マンションの入口の前に、1人の少女が立ちはだかる。

 Yシャツに紺のブレザー、灰色のミニスカートに白い靴下、胸元には赤いリボン。釣り目でツインテールの少女である。

「中野さん……」世界は、鋭い目でにらむ梓の眼光から目を背けたかった。「なんか、怖いよ」

「見てたんだ……唯先輩が榊野学園前駅の男子トイレから出てきたところ……その後で伊藤が出てきたところも」

「え……まさか、そんなことは……」

世界は心のうちで、ぎくりとなった。

「あ……ばれちゃった……」

 こんな時に唯はあっさりという。嘘をつけないのがこの子の弱点か。

「どういうこと? 男子トイレに女の子が入ること自体おかしいじゃない。トイレの中で何があったの?」

 梓は唯のほうを向く。唯は眼をそむけた。

「唯先輩、もう伊藤のことはあきらめたかと思ってたのに……もしかして……」

「そう、とうとう平沢さんは、誠とやっちゃった!」

 世界の開き直ったかのような弾んだ声が、3人の間を走り抜けた。

「な……そんな……」

 呆然として梓は言う。

 唯は申し訳なかった気がして、

「あ、あのね、あずにゃん――」

「もちろんこのことは、みんなに伝えるからね!」唯の力ない声に多いかぶせるかのように、世界は続ける。「桂さんもどう思うかな? 中野さんも放課後ティータイムのみんなに伝えたほうがいいかもよ! 特に秋山さんには!!」

「ちょ……西園寺!!」

「さ、さ、平沢さん、いこ! いこ!」

「西園寺さん……!!」

 半ば強引だった。世界はどこにあると思うぐらいの力で唯の腕を引っ張り、梓を通り過ぎて自分の家に入った。

「西園寺!! 西園寺ったら!!」

 詰ろうとする梓だが、世界は強引に黒色の重いドアを閉め、内側から鍵をかけた。

 力いっぱいドアを引っ張る梓だが、もう開く気配はなかった。

 

 

「はあ!? タイムマシン!?」

 お菓子をつまみながら誠は、仰天の声を上げる。

「タイムマシン!? 言葉おねーちゃん、わたしものりたーい!!」

 誠の隣にいる妹のいたるは大喜び。

「はいはい、完成したら、きっといたるちゃんも乗れると思うわよ」

 言葉はいたるの頭をなでながら、にっこりと言った。

 ここは誠の家のリビング。

 部屋の広さはコンパクトだが、ヒノキの椅子やチェックのカーテン、つややかなキッチンの戸棚が奥に控え、ネスト型のバスケには誠の手製の七宝焼き、シルバーアクセがある。女の子を迎え入れるには及第点といえた。

「ほんとかよ!? 言葉」

「はい、コトブキコーポレーションで機体を作っているのですが、時空間転移に私の会社の技術が必要になりまして」

「コトブキコーポレーションって、ムギさんの会社だよな……。

でもタイムマシンなんて……。完成できたらノーベル賞モノじゃないか」

 言葉は時候の話でもするかのように会社の事情を話す。ムギと言葉もある程度の仲になっているが、親同士もよき提携先になっているという。

「その時は一緒に、ストックホルムに行きましょうよ」

 言葉は割とあっけらかんという。どうやら自分の代で完成できると思っているらしい。

「って、この時代に完成できると思ってるのかあ」

「お父さんからよく聞くんです、『うまく飛ばせない』とか、『だいぶ転移装置の完成が視野に入ってきた』とか。誠君はタイムマシンで、どこか行きたくないんですか?」

 あまりにも非現実すぎて頭が混乱しているが、それでも彼女の話に合わせるのは人情というものであろう。

「『ヒーロー雄々(1600)しく関ケ原』で、関ケ原の戦いをリアルタイムで見たい気はするなあ」

「私は過去なら、外国に行きたいと思ってるんですけどね。カール大帝の城とか見てみたいです」

「そうなのか」

 誠は大きく溜息をついた。

「なんで溜息をつくんですか?」

「いやあ、亀仙流の巻物といい、ゴムゴムの実といい、タイムマシンといい、最近ちょっと現実になさそうなものばかりが出てきて、ちょっと混乱しちまって……」

 彼は言いかけてから、はっと息をのんだ。

「誠君?」

「言葉、ひょっとしたら、誰かが『タイムマシンを作れ』と言ったとか、『タイムマシンの作り方』を教えた、とかいうのないかな!?」

「え……?」

 真剣な、気のはやる声に、言葉は呆然としてしまう。

「君……じゃないにしても、ムギさんとか、君やムギさんの両親とか、会社の重役や研究機関に教えたとか、そういうのは!?」

「い……いえ……聞いたことないです……」

 圧倒されつつも、言葉は小声で返す。

「そう……なのかな……」

「誠君、どうしたんですか? なんか変ですよ?」

「いや……」誠は少し気を落ち着かせながら、「ごめん……最近、超常的な現象が俺たちの周りに起きすぎてると思ったから」

「考えすぎですよ、誠君。自然っていうのは奥が深いから、ぱっと見存在するはずがないものもあるんです。あのナスカの地上絵だって、いまだにだれが描いたのか分からないといわれてるんですから」

「そう、かな……ところで、どうして言葉は、季節外れなのにスイカなんて買ってきたんだ?」

 言葉は何かを思い出したかのようにはっとなった。机の脚のあたりに、スーパーで買ってきたスイカが、白い袋の中に入って置かれていた。

「亀仙流、だいぶコツをつかんできたので、このスイカで試してみるつもりだったんです」

 言葉は穏やかな声で返し、スイカを机の上に置くと、

「はっ!!」

 打って変わった威勢のいい掛け声とともに、スイカに鋭い手刀を振り下ろす。スイカはポコッと間の抜けた音を立てた後、ぱっくり2つに割れた。

(まるでスイカ割りだな)

 そう思いつつも、誠は、

「ひえー、空手チョップでスイカを割るなんてすごいじゃないか」

「いえ、この程度の破壊力じゃ全然だめで、初歩をマスターしたら、スイカは粉々に砕けて飛び散るはずなんです」

「そ、そうなんだ……」

 誠は唖然としていう。というか、本物の悟空やベジータなら、スイカどころかダイヤモンドすら手刀で粉砕するのではないかと思った。

(この分だと、いつか言葉はサイヤ人みたいにムキムキになるのではなかろうか……?)

 そんな彼の心中を察したのかどうか、言葉は立てた右人差し指を口に近づけながら、誠に顔を近づけ、小声で、

「せっかくですから、誠君……久々に、一緒にお風呂に入りませんか……?」

「え……」誠の芯から体がほてり始めてきた。「あ……言葉が、そういうなら……でも、いたるが寝てからにしてよ」

 作戦成功とばかりに、言葉は心のうちでほくそ笑んだ。

 その様子を、件の生き物はしっかり見ている。

 

 

「西園寺……」

 世界の家の前で、1人取り残された梓。

 ふと、肩をポンとたたかれる。

 刹那であった。

「清浦……」

「中野、世界は、自分の思いを平沢さんに託そうとしてるんだ」

「でも、どうして……?」

「世界は伊藤とは結ばれちゃいけないから。沢越止が外に作った子供が世界で、伊藤と世界は腹違いの兄妹だから」

「……」

 梓も難しい表情でうつむいた。榊野学祭1日目の夜、泣きながら自分と唯の前から去っていった世界を思い出した。

「でもそれなら、桂だっていいじゃない。なんで桂じゃ駄目なの?」

「……。それはね――」

 言いかけようとすると、急に刹那の携帯から、

『YouはShock! 愛で~空が~おちてく~る~♪』

 着うたが鳴ってきた。

「何この着うた……」

「子供っぽいけど好きなんだ。朝もこの着うたで起きてるし」

 気を取り直して、刹那は携帯をとる。

「はい、もしもし。私、刹那」淡々とした声で応対する彼女だが、「え……?」

 携帯で話を聞く刹那の顔から、血の気が引いていく。梓も彼女の表情から、ただならぬものを感じる。

 電話を切ると、刹那は暗い表情で、梓に向き合った。

「私……パリへ行かなくちゃいけないの。お母さんの仕事の都合で」

「え……清浦……」

 梓は呆然として言う。

 こんな時に、なぜなのか。刹那は悔しくてならなかった。

「私から、世界が考えていることをすべて話す」

「え、何でわかるの?」

「私と世界は幼馴染とは以前言った。何も言わなくても、あの子の考えていることはわかる」

「以心伝心ってやつ?」

「まあ、そうだね。私と世界は、前世は恋人か夫婦だったと今も信じてる。

じゃ、聞いてくれる?」

「うん……」

 

 

 そのころ、例の生き物は、ある人物と連絡を取り合っていた。

「ヴェルダンディ、平沢唯と伊藤誠の仲は、いいところまで進んでいる。ウルドにも伝えておけ。

なに、スクルドは必ず来る。楽しみにしていろ」

 白い手の上にある、純金のチェスのビショップの駒に語りかけ、それを手品のように消した。

 連絡を取りやめると、彼は不敵な笑みを浮かべ、ひそかにつぶやいた。

「伊藤誠……。頑張っているじゃないか。そうでなければ僕の計画も実行しがいがないのだがな」

 ビッグワンをあしらった模様をつけた白いシルクハットをかけなおし、2つのメモリをこすり合わせて。

 

 

続く

 

 

 




あとがき


 実をいうと、さわ子と泰介がディズニーランドへ行って楽しみ、界隈のホテルで一夜を共にするという小説のアイディアがありまして、それを特別編という形でやろうと思っていました。(そのためにわざわざ僕自身がディズニー界隈のホテルに泊まってきました)
 今にしてみれば、サブタイトルにある『~けいおんキャラ×スクイズキャラ~』の部分は、R-18特別篇に入れたほうが適していたのかもしれないけれど。


『問題を見てピクリン酸……』の元ネタは、北杜夫の『どくとるマンボウ青春期』から。
 彼が通っていた高校に語り継がれている伝説の解答らしいです。


 榊野学園駅のトイレで、唯と誠の間に何が起きたのかは伏せます。
 ただしこれが、のちの放課後ティータイムと榊野生徒達関係に揺さぶりをかけてきます。そしてまた、唯と誠が恋人に戻れるかどうかのカギ。


 いやっほぅぅぅ!! 唯誠、最高だぜぇぇぇ!!(秋山優花里風です)

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