Cross Ballade 2nd mov.(けいおん!×School Daysシリーズ)   作:SPIRIT

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誠を取り戻し、さらに放課後ティータイムと仲良くなって明るくなった言葉ですが……。


第2話『陰謀 ~Nodoka×Otome~』

「桂!」

 教室から出ようとする桂言葉に、加藤乙女は乱暴に声をかけた。

 榊野学園のお昼時。

 日の光が程よく差し込む中で、殆どの生徒は皆弁当を食べ終え、ゲーム機を取り出して遊んだり、立ち話をしたりしている。

「はい、何ですか?」

 ひところと異なり、言葉の声にはおびえもなく、表情には微笑がある。

「桂、日誌どこに出せばいいのよ!!」

「あ、ごめんなさい。浅野先生に出せばいいと思います」

 それを聞いて、乙女はぶっきらぼうに、

「めんどくさい! 桂が行ってきなさいよ!」

 と言った。

 ところが、言葉は嫌な顔一つせず、

「はい、いいですよ」

 と答える。

 逆に乙女の方が戸惑いながら、

「え? いいの?」

「はい、お昼空いたので、全然大丈夫です。じゃ、行ってきますね」

 言葉はにこやかに学級日誌を受け取ると、教室の外を出ていく。

 唖然とする乙女に、友達である3人の少女が寄ってくる。

「何なの、あいつ?」

「最近、妙に明るいよね……」

「男、かなあ」

 3人は内輪で話をする。が、すぐに乙女の表情が、嫉妬で苦虫を噛み潰したような顔になっていることに気付いた。

 言葉はそのとびぬけた美貌や、時折見せる周りを読めない言動から、榊野の女子からは非常に嫌われていた。

「伊藤と付き合うようになって、舞い上がっちゃって……おまけに桜ケ丘で友達ができたからって……」

「乙女?」

「みんな、ちょっと話があるの。聞いてくれる?」

 

 

 茶色く鮮やかな檜の床。

 アベックも同性同士の群れもたむろす廊下で、言葉は学級日誌をかかえて走っていた。

 ふいと彼女は、西園寺世界と目が合う。

 あからさまに嫌な顔をして目を背け、言葉は世界を通り過ぎた。

 世界は薄暗い光の宿った瞳で、彼女の後姿を見つめ――

 

 

 放課後。

 桜ケ丘高校と榊野学園の間に位置するコンビニでは、今日も桜ケ丘・榊野生徒のどちらもたむろしている。

 漫画や本を立ち読みする者。食べ物を物色する者。

 生徒会が休みである今日、真鍋和は1人、コンビニに寄っていた。

「また買おうかしら。豆板醤チキン」

 カウンターの隣には、透明なヒーターの中で、オレンジ色のチキンがいくつも温められている。

(そういえば、ここで唯が初めて、伊藤君に声をかけたんだっけ)

 あの子供っぽい唯が、異性に恋をして告白する。ちょっと今でも信じられなかった。

 日用品と雑誌の間を歩いていると、榊野生徒の噂話が耳に入った。全部で4人。

 その中に、自分と因縁の浅からぬ乙女の姿がいることに気が付く。思わずわからないように身を隠す。

「調子ぶっこいている桂を、どうしてくれよう?」

「そうは言っても今のあいつには、伊藤がいつもくっついてるからなあ」

「あいつがいない時って、どうにか作れないもの?」

 伊藤の名前を聞いた時、乙女が後ろめたげな表情になっていることに和は気づく。

「そう言えば乙女って、伊藤の中学時代からの親友だったよね」

「あ……それは……」

 積極的だった乙女の態度が、急に控えめになる。

「やっぱり、伊藤にばれたくないと思っている?」

「いや……それは……」

「ならいいよ、私達3人でやるから。ちょうど変な奴に『麦わらの力』をもらったところでさあ。試す相手がほしかったのよ」

 乙女を無視して、3人はコンビニから出ていく。

「な……伊藤にはくれぐれも手を出さないでよ!」

 彼女の声も、3人には聞こえないようだ。

 自分の存在に気づかれないように、和は素知らぬ顔で雑誌を持ち上げた。

 もちろん雑誌を読むふりである。

「麦わらの……力……?」

 

 

「ははは、作っちゃいました」

 伊藤誠が、手に抱えている白い箱を開けると、黄色いスポンジに白いクリームがたっぷりついたショートケーキが顔を出す。

 深赤色のイチゴが10個乗っており、中央には白いデコペンで『HTT 放課後ティータイム』と綺麗な字で書かれた楕円形の板チョコが飾ってある。ホイップは見事に煙状の形を作り出している。

 今日も今日とて誠、言葉、澤永泰介は、放課後ティータイムのお茶会に顔を出していた。

「これ、伊藤さんが作ったものなんですか?」

「ムギさん、誠君は料理が得意なんですよ。でも、ショートケーキをこんなにうまく作れるなんてびっくりです」

 ムギこと琴吹紬と、言葉が寄って言う。言葉は割と慣れた感じだが、ムギは驚きの表情だ。

「いやいや、大したものじゃないよ……スポンジとクリームの素は出来合いの物だし、苺は熟れてから結構時間がたっているし」

 誠は、頭に手を当てながら照れる。

「手先が器用なのは、モテ男の条件だよな」

「だからモテ男言うなよ」

 泰介が冷やかすと、誠はすぐ拒絶する。

「ねーねー、私が作った新曲も聞いてくれる?」

 そこに顔を出したのは、平沢唯。榊野学祭以降、桜高軽音部の音楽づくりに熱心だ。

「平沢さんも、新曲作ったんだ」

 泰介が真っ先に首を突っ込む。

「『クロスバラード』みたいな曲はやめてくれよな」

「あれ、秋山さん?」少し不安げな秋山澪に対し、誠が尋ねてきた。「嫌いですか『クロスバラード』? 俺はX JAPANのバラードっぽくていいと思ったんだけどなあ」

「嫌いではないんだけど……何というか……短調のスローバラードだから、どうも私たち放課後ティータイムらしくないんだよ。歌詞の内容も失恋ソングだしな」

『失恋ソング』と聞いて、澪は心のうちではっとなる。

「澪ちゃん、ひどいよぅ」唯がむくれてみせる。「音楽は流行に敏感でなきゃということで、流行りのものを取り入れたんだから!」

「……とりあえず、聴いてみるか……」

澪をはじめ、皆々向き直って、唯の曲を聞いてみる。

 

曲名:ペンパイナッポーアッポーペン

『ペンパイナッポーアッポーペン ペンパイナッポーアッポーペン

ペンパイ ナッポー アッポー ペン

ペンパイナッポーアッポーペン ペンパイナッポーアッポーペン

ペンパイ ナッポー アッポー ペン

ペンパイナッポーアッポーペン ペンパイナッポーアッポーペン

ペンパイ ナッポー アッポー ペン

ペンパイナッポーアッポーペン ペンパイナッポーアッポーペン

ペンパイ ナッポー アッポー ペン

…………』

 

 ………………………………

 皆、目が点。ちなみに曲はチャルメラ調。

「……何ですか、これ?」中野梓はあからさまに呆れた表情。「『ペンパイナッポーアッポーペン』ばかりじゃないですか」

「いや……だってだって、流行ってるじゃない!」

「ゆ……平沢さん」誠は苦笑いしながら、「『ペンパイナッポーアッポーペン』ばかりじゃワンパターンじゃん。

荒井注の『ジスイズアペン』も加えたら?」

「あ、そうだね! マコちゃんいいアイディア!」

「同じよ……。というかなんで伊藤君、荒井注を知ってんのよ……」

「誠の奴、平沢さんに似てきたなあ……」

 にっこりしてメモする唯と笑顔の誠に対し、さわ子と泰介はさらに唖然として言う。

 梓は田井中律の所へ来て、ぼそぼそと話をする。

「やっぱり西園寺達……来ませんね」

「世界の奴、桂がいつここに来るかをいつも聞いてくるからな……あからさまにさけてやがっか……清浦以外は」

 部屋の片隅で、清浦刹那は複雑な表情で呟いた。

「世界……」

 すると、ノックの音。

「ちょっといいかしら?」

 放課後ティータイムにとっては、なじみのある声。

 真鍋和。

 表情は真剣。

「あ! 和ちゃん!!」

 幼馴染の唯が、真っ先に声を上げる。

「和? どうしたんだ?」

「澪、貴方の妹分の桂さんのことで、話したいことがあるんだけど……」

 誰よりも早く動いた澪に対し、和は抑揚のない理知的な声で答えた。

「私が桂言葉ですけど……誰ですか?」

 それを聞いて、黒い上着、胸元に赤スカーフという榊野の制服を着ている言葉も寄ってきた。

「え、貴方が桂さん? というか、貴方達榊野の生徒じゃあ……」

 考えてみれば、他校の生徒がここにいるのはおかしい。誠は言葉のそばに寄りながら、頭に手を当て、顔を赤らめて、

「すみません……僕達放課後ティータイムのファンクラブになったんですけど、軽音部で飲み食い自由と言われたもんだから、つい厚意に甘えてしまって……」

「恥ずかしがることねえよ!」泰介がにゅっと出て、「桜高軽音部の顧問、山中さわ子と、その恋人でこの俺、澤永泰介の保証付きだ!!」

「いや、お前は関係ないだろ……お前も他校の生徒じゃないか……」

「いやいや、泰ちゃんの言う通りよ!! 伊藤君と桂さんがいい子ってことは、今まで付き合っていて分かるんだから!!」

 さわ子もにゅっと出てきた。律と梓は、『伊藤君と桂さんがいい子』と聞いて、顔を見合わせた。

 和は一時、あんぐり口を開けていたが、すぐにいつもの理知的な表情に戻り、

「まあいいわ。話が終わったら、桂さんと直接話したいと思っていたし、手間が省けたわ。

私は、桜高生徒会の真鍋和。

実は桂さんのことで、話があるのよ。澪と伊藤君も聞いてくれるかしら」

「分かった」

「あ、はい」

「何々、桂さんのことなの?」唯が首を突っ込んできた。「私も聞いていいかな?」

「貴方は聞いちゃ駄目です。私のことを何もわかってない」

 言葉は邪険に唯を扱う。唯がヘラヘラ笑っているように見えたこともある。

「……あのね、桂さん。唯は私の幼馴染なの。悪い子じゃないし、この子も参加させたら?」

「そうはいきません。一時は私の誠君を取ったんですから」

 諫める和に対しても、言葉はそっけない。

(こういう冷淡なところが、敵を作りがちなのかもしれないわね。ただでさえ飛びぬけたプロポーションで、同性の子に物凄いコンプレックスを抱かせるのに)

 和は言葉の大きな胸と、腰までかかる長い髪を見て、ちらりと思いながらも、

「わかったわ。じゃあ伊藤君、澪、桂さんで、生徒会室に来てくれる?」

 3人は和に連れられ、音楽室を出ていく。

 取り残された唯は、立ち尽くすしかなかった。

「…………」

「まあよ、桂もいろいろ気が立ってるんだろうさ」律が駆け寄ってきて、「じゃ、あたしたちで先にケーキ食おうや」

「そうね。唯ちゃんの好きな伊藤さんが作ったケーキもあるもの」

 ムギも同調してくる。

「そ、そうだね、りっちゃん、ムギちゃん……」

 唯はもどかしかったが、皆とケーキの席に戻ることにした。

 誠の作ったケーキは、クリームの滑らかさと甘さがうまくマッチして、涙が出るほどおいしい。

 

 

 たくさんの書物がおかれた棚と、青い仕切りを背にして、言葉と誠は隣り合わせに座る。

 机を挟んだ向かいに、和と澪が腰かけた。

 ここは桜ヶ丘の生徒会室。

 別の人間が事務を担当しているが、和は許可をもらって、話し合いの席をもらうことにした。

「すみません、真鍋さん……僕、ここに来るの初めてで、緊張して」

「伊藤、『俺』でいい」と、澪。「和は唯の幼馴染で、私の友達でもあるんだ。かしこまることはない」

「あ、はい。言葉に言いたいことって何ですか?」

 和は少し目を背けてから、

「澪から聞いたんだけど……桂さん、榊野で浮いた存在なんですって?」

「え、はい、そうですけど……」

「それで、いじめのターゲットになっているらしくって……」和はまた思案顔になり、「桂さんを襲撃しようという話を、ちょっと小耳にはさんだのよ」

「え……確かに、このスタイルだから人目引くと思ってたんだけど……でも、どうして真鍋さんは言葉のことを?」

 誠は呆然となる。

「主犯格が私と因縁深い人でね。それで不安に思ったの」

「因縁深い人……」

「和」澪が口を挟む。「それって、甘露寺のことか?」

「甘露寺って、たしか榊野学祭の時、桂さんと澪を襲ったという人のこと? ……私とは接点がないの」

「そうなのか……」

 澪はほっと肩をなでおろしたが、気になることがあった。

(そういえばムギの奴、甘露寺に恋してたって言ってたな。榊野学祭の後も、甘露寺のことを吹っ切れたわけではなさそうだし)

「そうだ」誠はふと思い立って、「俺の友達にも相談してみます」

「友達?」

「俺には中学校時代からの友人が4組にいまして」誠は続ける。「女バスだから、クラスをまとめるの得意なんです」

「女バス……」

 それを聞いて言葉は、はっと息をのんだ。

 和はさらに勘繰るように、

「4組の女バスって、もしかして、加藤乙女さんのこと?」

「え……? よく知ってますね。

あ、そうか。噂では真鍋さん、加藤と彼氏取り合ってたんでしたっけ」

「それもあるんだけど……実はその加藤さんが、桂さんのいじめの主犯格みたいなの」

 和は真顔で言う。

「え、まさか……」誠はぽかんとなる。「加藤は親分肌でクラスの面倒見がいいし、そんなことは……」

「そのまさかなの」

 誠は半信半疑である。

 少なくとも誠にとっての乙女は、多少どぎまぎしているけれどいい子だ。

「実は、本当なんです、誠君」なぜか落ち着いた声で言葉は言う。「いつも私のことを使いっ走りにしたり、私の机や下駄箱に落書きしたりしていて……」

「そんな……」

 誠はまだ、信じられない。

「幸い私、今日は生徒会の仕事がないし。桂さんのボディーガードができるかなと思って」

「「え?」」

 和の言に、顔を見合わせる澪と言葉。

「真鍋さん、何言って……」誠は言いかけてから、桜ヶ丘と榊野の噂を思い出して、「って、真鍋さん! 亀仙流の技を身に着けたって噂では聞いてるけど、噓でしょ!」

「実は本当なのよね。ある人に巻物を渡されたんだけど……」

 頬を赤らめて言う和に対し、他の3人は顔を向けた。

「ちょっと私も信じられないな。それに、相手が女の子だとしても、集団で襲い掛かって来たらひとたまりもないぞ」

 澪も和を諫める。しかし和は理知的な声で、

「他に方法はあるの?」

 誠は腕組みをしながら、

「うちの教師は本当に頼りないからなあ。成績によって生徒への態度が露骨に変わるし」

「……じゃあ伊藤君、家まで桂さんを送ってくれないかしら? 私が張り込むから」

「え?」

「その前に、今日も私、誠君の家に遊びに行く予定なんですけど、真鍋さんは大丈夫なんですか?」

「少なくとも、今の加藤さんを止められるのは、私1人しかいないと思うし。やってみるに限るわ」

(この人も、自分が手に入れた亀仙流の力を試したいだけなのではないだろうか?)

 誠はそう思いながらも、

「とりあえずお願いします。こういう時には人が多いに越したことはないと思うし」

「じゃあ、約束ね。とりあえず連絡先を交換しましょう」

 携帯の赤外線システムを使って、4人はお互いの連絡先を交換した。

「澪」誠と言葉を外に出してから、和は澪に行った。「貴方にも頼みがあるの」

「え?」

 

 

 放課後ティータイムのお茶会も終わり、めいめい外に出る。

 桜ヶ丘高校の白い門にきた唯は、先に出て行った誠が1人きりでいることに気づいた。

 今なら自分とで2人だけだ。

「マーコちゃ……あ」

 白い門の陰から、言葉が出てきて、彼の腕に抱きつく。これ見よがしだ。

「桂……さん……」

 大きな胸を彼の腕に押し付けながら、言葉は唯に対し、勝者の笑みを向けた。

「誠君、帰りましょう」

 明るい声で、言葉は誠に声をかける。誠は唯に向け、苦笑いして片手で合掌しながら、

「今日はちょっと言葉と2人きりで遊ぶんで、ゆ……平沢さんとは付き合えないんだ、ごめんね」

 踵を返し去っていく。言葉も彼の腕に抱きついたままついていった。

 唯は立ち尽くすしかなかった。

「ええい、こういう時は、みんなと一緒に帰るに限る!!」

 やけになって唯は、携帯のメールを入力し始めた。しかし、

『ごめん唯、今日ちょっと用事があって一緒に帰れないんだ、また今度!  澪』

『すまん唯、今日ちょっと無理!  律』

『ごめんね、唯ちゃん。私今日予定があるの。  ムギ』

『ごめんなさい、唯先輩。私は夏の補修があるので一緒に帰れません。  梓』

「あれ……」

 1人きりで帰るしかなかった。

「やっぱりマコちゃん、私より桂さんが好きなんだ……」

 唯は1人になってから、下を向いてぼそりと独りごつ。

 学校帰りの道は、人もまばらで非常にさみしい。日は西に傾き、唯の影を長く濃く伸ばしていた。

「でも……なんで……」

 確かに言葉は、澪に似て美人で胸も大きいし、髪は腰までかかる美少女だ。自分なんて彼女の足元にも及ばない。

 だがしかし、だがしかしだ。

 自分だって、笑顔が魅力的だって、よく言われる。自分が笑顔を見せると、たいていの人はつられて笑う。

 これだけは、言葉にだって負けてはいない気がするのだ。

「でも……なんで……」

 なんで誠は言葉を選んだのか。

 あの時、榊野学祭で自分が誠を誘った時、「唯ちゃんにはこういうこと、してほしくなかった」と彼は言っていた。

 自分は誠の恋人になるには、純粋すぎる……?

「私は……マコちゃんの……何……?」

 呟いていると、ふと後ろから、ポンと肩をたたかれる。

 振り向くと、意外な人物。

「……西園寺さん……?」

 世界の表情は神妙だ。

「平沢さん、ちょっと話いいですか?」

 

 

 誠と言葉は夕暮れ時を、2人きりで、腕を組んで歩いていた。

 原巳浜(はらみはま)駅を降りて、少し先の誠の家へ向かうのであるが、本当に人が少ない。彼が小学生だった頃は、よくこの通りで駄菓子などを買ったものだが、郊外に大手ショッピングモールができたことから、ほとんどの店がつぶれてシャッター通りになってしまっている。

 言葉の大きな柔らかい胸と、温もりのある腕を押し付けられながらも、誠はあることが気になっていた。

(そういえば唯ちゃん、榊野学祭で俺に振られてから、心の底から笑わなくなった気がするな)

 あの屈託ない笑顔に、どこか影ができてしまった。あれが非常に惜しまれる。

(俺のせいだろうな)

 思い屈して顔を上げると、小さな白いものがすごい速さで飛んでくる。

 卵!?

「言葉っ! 危ない!!」

 言葉を守ろうと思わず彼女を突き飛ばし、再びそちらを向くと、

 ぐしゃっ!!

 喉仏のあたりに軽く痛みを感じ、そこから強烈な腐卵臭が立ち上った。生卵が誠の首のあたりでぶつかったのだ。

 卵が割れ、黄身と白身が赤いネクタイと白いYシャツを汚す。

「誠君、大丈夫ですか……っ!?」

 言葉は卵が飛んできた方向を見て、はっと息をのんだ。

 誠もそちらを向くと、シャッターが下りている八百屋の前に、1人の少女がいることに気づく。茶髪でショート、ややたれ目。服装は白いシャツに胸元に赤スカーフと、榊野の服装だ。

 それ以上に気になったのは、茶色いガムパチンコが左手にあるということ。

「小渕さん……」

 言葉はやや震える声で言う。小渕は、

「外したか……。でも、もう逃げられはしない。『榊野のソゲキング』となったこの私。ちょうど試す相手がほしかったのよ。あんた最近有頂天だったし」

(『ソゲキング』って、ワンピースのウソップの真似してんのかこいつ……)

 誠は半分呆れた。言葉は、

「有頂天って、私そんなことは――」

「問答無用!!」

 小渕は次の生卵を、茶色いガムパチンコにあてがう。

「言葉、逃げるぞ!!」

 誠は言葉の腕を引っ張って駆けだした。

 大量の卵が飛んでくる。誠は言葉の腕を引っ張りながら、全速力で逃げ回った。2人をそれた生卵が、店のシャッターに次々に激突し、割れて黄色い中身を溢れ出させる。

「ふんっ、遅い遅い! 手加減してたけど、今度こそぶつけてやる!!」

 小渕は次の生卵を、ガムパチンコにつがえた。

 その時だ。

 彼女の目の前に、急に和が現れた。3人の目には、瞬間移動で突然現れたように見えた。

「ま―――」

 ドンッ!

 小渕が言いかけるより早く、和は彼女の水落に、強烈な左肘打ちを食らわせた。

「な……べ……」

 小渕は、がっくりとその場に頽れた。

 右肩に昏倒してきた小渕を、和は体を振って落とす。

「危ないところだったわね」

 大きく息をして、和はそちらを向く。

「すごい……」

「真鍋さんがこんなに強かったなんて……」

 言葉と誠は、呆然とするしかなかった。

 ふと誠は思った。

(あの動き、あの肘打ちの癖……どっかでみたことがあるような……)

 が、しかし、

「真鍋さん、危ない!!」

 和の後ろに、少女が長棒を高々と振り上げているのを見て、思わず声を上げてしまう。

 和は振り向きざま、相手の鳩尾に強烈な右正拳を食らわす。

 ドン!

 一撃で少女はうつ伏せに倒れた。長棒が開いた手から転がり、カランと音を立てた。

「森さん……」

 言葉は再びつぶやく。

 森という名の少女は、ウェービングのかかった茶髪セミロングヘア―、黄色いカチューシャの子で、長棒は自分の身長とほとんど変わらず、黒いマジックで『クリマ・タクト』と書かれてある。

(ナミのつもりか?)

 誠はさらに呆れ気味に思う。

「みんな『麦わらの力』を手に入れたって有頂天になってるけど、さもありなんのようね。あとは加藤さんと、もう1人知らない子がいるはず」

 和は抑揚のない声で言った。言葉は恐怖に凍った目で、誠は狐の落ち着かぬ目でキョロキョロ周りを見回すと、

「よくもみなみと来実をやってくれたわね!」

 3人はそちらを向く。1人の少女がいた。紫色のざかざかのセミロングヘア―、目は釣り目。服装は胸元に赤スカーフと、やはり榊野の服装。

 左腰に木刀を3本さしている。

「小泉さん……」

 言葉が再び息をのむ。

「やはりこの騒ぎ」和は神妙な顔で向き合い、「全部あなたたちの仕業かしら?」

「その通り! 桜ヶ丘生徒のあんたがちょっかいだすのが余計気に食わないわね!! 『海賊狩りの夏美』、参る!!」

(こいつはゾロのつもりか)

 誠が呆れているうちに、小泉は腰に差していた木刀を、両手と口に1本ずつ咥えた。女の子でも『三刀流』は意外と様になる。

 突進してきた小泉を見て、誠は言葉の前に立って大の字になる。

 和は再び瞬間移動のように姿を消すと、小泉のすぐ背後に現れ、右手刀を高々と振り上げる。

 が、

 バシッ!

 その腕が振り下ろされるより早く、小泉の右木刀が振り返り様、鋭い動きで和の右脇下に命中。急所をやられ、和はひるむ。

 ドッ!

 続く左木刀の片手突きは和の両目の間に炸裂。眼鏡の赤いフレームが曲がり、宙を舞う。

「があっ!」

 悲鳴とともに仰向けに倒れかかる和。小泉は両腕を交差させ肩にあてがった。

 必殺技『鬼斬り』の構えだ。

「真鍋さん!!」

「っ……くそっ!!」

 誠は毒づくと、弾丸のように駆け出し、技の構えで隙ができた小泉の背に強烈なタックルをぶつけた。

「ぐっ!?」

 小泉の体が崩れた。両手と口から木刀が離れ出る。

 その時体制を整えなおした和が手刀を振り下ろし、前に出てきた小泉の後頭部に、強烈な一撃を与えた。彼女は意識を失い、倒れた。

 和と誠は、大きく安堵の息をつく。が、言葉だけが口に手を当て、眼を見開いていることに気づく。

 誠はそちらを向く。和の後ろの電柱に、今までの戦いを見守る乙女がいたのだ。右手を顎にあてがって。

 彼女は誠に気づくと、後ろめたげな表情になって、一目散に逃げ出した。

「加藤さん……」

 和は振り向き、低い声でつぶやいた。

 

 

「いやあ、ごめんねー、西園寺さん。本当は年上だから私が奢らなくちゃいけないんだけど、貴方に奢ってもらっちゃって」

 唯は世界に奢ってもらったチーズバーガーを食べながら、にこやかに笑う。

(いえ、それなら奢ってくれた方がよかったのですが……)

 世界は半ば呆れながらも、唯の屈託ない笑顔を見て、安らいだ気持ちになった。

 それでも話したいのは、唯自身にも触れられたくないことではある。

 ここはピュアバーガーの店。コンパクトだが落ち着いた雰囲気と、清潔な感じの店で、榊野生徒行きつけの店になっている。

「ねえ」話を先に切り出したのは、世界だ。「私があえて貴方と2人きりで話をするのは、K-POPのようなどうでもいいことじゃないんです」

「え?」

 唯の笑顔が消える。

「榊野学祭1日目の夜、私が話したこと、覚えていますか?」

 世界の言に、唯はひやりとなった。誠のことは、正直話題にしてほしくはなかった。

「……マコちゃんのそばにいてほしい。私がマコちゃんのそばにいれば、マコちゃんはいつでも笑える、だよね」

「ええ」

「でも」唯は俯き、「最終的には、マコちゃんは桂さんを選んだ。

私にも言ってたよ。桂さんがloveで、私はlike。

悲しいけど仕方ないよ」

 すると、世界は急に厳かな表情になり、

「誠は、本当に心の底から言ったと思いますか?」

「え?」

「誠は優しすぎて、流されやすく優柔不断なところがあるから。きっと本当の自分の気持ちに正直になってないだけ」

(マコちゃんは……自分の気持ちに正直になってない……?)

 正直唯もそう思いたかった。でも、言葉といる時の誠は、とても幸せそうだった。

「見ればわかるでしょ。桂さん、腰までかかる長い髪に、あの大きな胸」

「うん」

「男の欲望は、時に自分の本当に好きな人をぐらつかせるものですよ」

「え……」唯はどぎまぎしながらも「う、うん……そうなのかもしれないね」

 精神的に幼かった唯も、榊野学祭の騒動以降、恋愛や性のことに関して本やネットで調べている。

 誠も男で、それは持っている。

「で、でも……それで桂さんを選んだとしても、マコちゃんはそれで幸せそうだから、それでいいと思うよ」

「平沢さん」世界は目を凝らし、「誠は貴方のことを、名前で呼ぼうとしてなかった?」

「あ……」

 確かにそうだ。

「本当は名前で呼びたいんだけど、きっと周りを憚って言えないんじゃないかしら」

 世界の言に、唯はぐっと唾をのむ。

「そ……そうかもね」

「誠はまだ、貴方に未練を残している、そうじゃないんですか? それに、貴方だって誠の事をまだ好きなんじゃないんですか?」

「う……」

 唯は周りの風景が、意識できなくなり始めていた。世界のつぶらな瞳と、黒いセミロングヘアーの髪も。

 世界は戸惑い気味の唯から、一瞬目をそらして、再び向き直る。

「桂さんはあれからも、貴方に冷たくないですか?」

「あ、うん……でも、仕方ないんじゃないかな……私はマコちゃんに彼女がいると知りながら近づいたんだし……」

「でも、それにしては度が過ぎませんか?」

 そう言えば、そうだ。

「貴方は誠が好き。貴方が愛情表現としてスキンシップをよく使うのは、律さんから聞いてはいるんだけど」

 唯の耳元に、世界の低い声がささやきかける。

「桂さんのせいで、貴方は目いっぱいの愛情表現ができない。

桂さんさえいなければ、貴方は誠と添い遂げていたし、思いっきり自分の思いをぶつけていた。

そうじゃないんですか?」

「う、うん……」

 唯は気づいていた。

(桂さんさえいなければ、私は好きなマコちゃんと結ばれていたんだ)

 その思いが、ぐっと頭をもたげているという事を。

「もう一度やり直すことはできるはずです。自分の本当の気持ちに正直になったほうが、私はいいと思います」

 再び世界の真剣な、しかし低い声。

(私は……)

 唯は気が付くと、言ってしまっていた。

「私……やっぱりマコちゃんが好きだから……好きだから……絶対……マコちゃんを……私のものにしたい……」

 絞りだすような声だった。言葉のことも気になったが、どうしても抑えられなくなっていた。

「私もできる限りサポートしたいです。平沢さんの笑顔なら、きっと誠も向いてくれます」

「うん! 私、もう一度やり直してみる!!」

 ようやく唯は、周りの景色と世界の顔が意識できるようになった。悶々とした思いが晴れたのか、それとも別の理由か。

 世界はこれまでの話などなかったかのように、ふっと顔を崩して、ムードメーカーの軽い口調で、

「暗殺教室って好きですか?」

 ジャンプ漫画の話を持ち出してきた。

「ああ、見てる見てる」

 唯も無邪気な笑顔を取り戻し、世界の話に食いついた。

「よかったあ、私、速水凛香が好きなんだけど、平沢さんはどんなキャラが好きなのかと思って」

「凛香って、あのクールスナイパー? なんか、りっちゃんに似てムードメーカーの西園寺さんとしては意外な好みだなあ」

 その傍らで、鈴木純は興味本位で、2人の話を聞いていた。

「なになに、唯先輩、もう一度伊藤にコクるつもりなの……?」

 

 

(桂……!! 真鍋……!!)

 歯を食いしばりながら、乙女は走り続けていた。

 赤いネクタイにこびりついた腐った卵をふき取りながら、それを茫然と誠は見つめる。

「加藤……どうして……」

 こんな風に卵をぶつけられたのもショックだが、それ以上に信頼していた親友の『裏の顔』に愕然とさせられる。

 原巳浜のシャッター通りを見回すと、いたるところに生卵がぶつけられ、黒みがかった黄身がこびりついている。

「伊藤君、最も身近な人が、最も見えないこともあるのよ」和は沈痛な面持ちで、フレームが折れて掛けられなくなった眼鏡を取る。「そうだ、澪!」

 すると、誠の後方にある古い雑居ビルの陰から、恐る恐る澪が顔を出した。両手には白いビデオカメラ(本来は桜高軽音部のもの)があり、膝はがくがく震えている。

「秋山さん……もしかして、今までのことをずっと見てたんですか?」

 誠はそちらを向き、ぽかんとして言う。

 言葉は深々と頭を下げて、

「ご、ごめんなさい!! とんだ修羅場を見せてしまって……」

「ははは……本当に怖かった……」

 苦笑いしながら、震える声で澪は言う。

「ありがとう、澪。これで証拠はそろったわね。110番を」

 和は、自分の周りにいる昏倒した3人を見て言った。

「わかった」

 澪はうなずいて、110番を入力した。

 誠ははっと気づいて、

「さっきの真鍋さんの動き……あれ、ドラゴンボールの亀仙流の技ですよね。

信じられないけど、亀仙流の技を身に着けたというのは本当だったんだ……」

 和は再び、頬を赤らめた。裸眼であることもあり、なかなか可憐。

「ほんと、桜ヶ丘の学生服だと動きにくいわね。……どうしよう、眼鏡がないからあまり見えない……」

「和、私が送っていくよ」

 視力が衰えて困っている和を、澪はねぎらった。

 その様子を、1人の人間――というより、1体の生き物が陰で見ていることには気づかず。

「やれやれ、あいつら……。加藤乙女と違って軽薄だとは思っていたが……。

麦わらの力、『にわか仕込みの教え』で本当によかったわ……」

 

 

「じゃ、ピュアバーガーごちそうさま!」

 再び唯は世界に、屈託のない笑顔を見せる。

「忘れないでくださいね! 私は桂さんより貴方のほうが、誠に合っていると思っていますし、私も貴方を、ずっと応援してるということを!」

 世界は唯に対して、激励の言葉をかけた。夕陽に照らされて、唯は家路についていく。

 1人残った世界の前に、友人の甘露寺七海と黒田光が姿を現す。刹那も。

「平沢さんをこんな風にあおって、何をするつもりなの、世界?」

 七海が勘繰るように言う。

「それは……」

「世界は、自分の叶えられなかった願いを、平沢さんに実現してほしいんだよね」

 刹那が言う。世界と幼馴染の刹那は、何も言わなくても彼女の本心がわかる。

「でもそれなら」光が口を挟む。「桂さんでもいいじゃない。現に今、伊藤と付き合ってるんだからさ」

「バカ! 桂はみんなから嫌われてるのを忘れたの!?」

 七海がたしなめる。刹那はそれと世界の顔を、かわるがわる見つめながら思う。

(それ以上に、世界の狙いは……)

 周りに言えるようなことではなかった。いや、この中でなら言ってもいい気はするが。

「世界」七海が世界に向き合い、「私に手伝えることがあるなら何でも言って。できる限りのことはするから」

「ありがとう。でも、平沢さんとはなるべく私1人で話したいの。みんながいると平沢さん、圧倒されそうだし」

「そうか」

「あれー?」部外者の声。「黒田じゃん! それに甘露寺に清浦、西園寺まで!!」

「鈴木さん……」

 両手にハンバーガーとソフトクリームを持って笑う純に対し、光はあからさまにしょっぱい顔。

「そういえば西園寺、唯先輩と話してたよね。伊藤のことで」

 世界もぎょっとなる。

「唯先輩、やっぱり伊藤にアタックするの? しないの? どっちなの?」

「鈴木!」見るに見かねた七海がたしなめてきた。「世界と平沢さんが話したことは、誰にも言っちゃだめだよ!」

「えー? なんでー? 面白そーじゃない」

 こうも軽々しく言えるのは、色恋沙汰であるうえ、彼女にとっては他人事だからか。

「当たり前だろ! あの牛チチ女に誘惑されてる伊藤の目を覚まさせるためとはいえ、はたからすればすでに彼女のいる男にアタックさせるんだからさあ!」

「いいじゃない、ブーブー」

「鈴木さん」今度は世界が声をかけてきた。「平沢さんと一緒にいた時のほうが、誠の笑顔は明るかった。誠はまだ、平沢さんに未練を残しているような気がするの。

平沢さんも誠も、幸せにできると思って。ね」

「でも私、口が軽いからなあ……。約束はちょっとできない気が……」

「お願いだからさあ。うちんとこのケーキ、好きなだけ食べていいから」

「いいの? サンキュー」

 光がお菓子で釣ると、純はすぐに乗ってくれた。

 3人は、ほっと胸をなでおろす。

 が、刹那だけ後ろめたげな視線で俯いていた。

 

 

「なるほど、大変だったな」

 翌日の放課後、桜ケ丘軽音部のティータイムで、泰介は誠の肩に手を差し伸べた。誠はまだ、やや鬱々としている。

 和が暴行事件の一部始終を、皆に話していた。とりあえずの代用品として、赤縁の四角い眼鏡の代わりに、青いフレームの丸い眼鏡を使っている。

「でもまあ」さわ子が教師としての穏やかな声で、「その子達、学校をやめたからいいじゃない」

「暴行の一部始終は澪に記録させましたから。警察も逮捕しやすかったし、そうなってしまえば学校側もうやむやにできないと思ったんです」

 和は理知的に解説するが、澪がそれでも不安げな表情で、

「だが、加藤って子には追及できなかった。直接手を下したわけではないし、あの3人は関わりを問われても知らぬ存ぜぬだった」

 誠がやや俯き加減になり、

「加藤、あれはたまたまだよな……。いじめなんてしてないよな……」

 すると、和は言った。

「何度も言うわ。信じられないだろうけど、これが貴方の友達の裏の顔。

 桂さんの彼氏ならば、受け入れて、この子を守ってあげて」

「加藤さん……私のいる4組のまとめ役ですから……周りをあおることなど簡単なことです。小泉さん達は退学したけど、すぐに別の女の子を見つけるはずです」

 言葉は暗い顔で言う。

「麦わらの力を何者かに学んだとか言ってたな、あの3人」誠は顔を上げて、「それで図に乗ったこともあるのだろうけど……ねえ真鍋さん、同じ質問で申し訳ないんですけど、貴方が亀仙流の巻物を、加藤がゴムゴムの実を何者かに渡されたってのは本当なんですか?」

「実はそうなのよ。足利君を彼氏にしたいなら、実力行使で挑めと言われてね。相手は……だめ、やっぱり思い出せない」

「和ちゃんでも、忘れることあるんだ」

 唯がぽかんとして言う。

「というより、思い出せない……何でここだけ思い出せないのよ……」

 和はもどかしげだ。

 律は横から、

「おいおい、本当だったのかよ」

「律、知ってたのか?」

 澪が言う。

「世界とボーリング行った時言ってたのよ。ま、どこまで本当だったか分からなかったけど」

「そういえばあの3人も、自分たちに『麦わらの力』を授けた人物の記憶がすべて欠落していたな。どういうことだ?」

 青縁の眼鏡奥にある和の瞳は、やや迷いがあるようにも見える。

「とりあえず、亀仙流の極意を示した巻物持ってきたから、とりあえず見てくれる?」

 

 

「これが、私がもらった亀仙流の巻物よ」

 和は誠、言葉、泰介に青い巻物を見せた。放課後ティータイムも横から見る。

「これがですか」誠は眉をひそめながら、「でもおかしくないですか? 渡した者のことを何一つ思い出せないなんて」

「そこなのよ。渡した人の記憶がざっくりとなくなっている。まるで私の記憶を操作したかのよう」

 和は、腕組みをしながら言った。

 誠の腕を自分の大きな胸に引き寄せる言葉に対し、唯は冷えた目で彼女を見る。

(唯先輩……?)

 梓は唯を気にしつつも、ため息をついて、

「どうせ胡散臭いまがい物でしょ。普通亀仙流の技なんか身につかないって」

 が……。

 途中まで読んでいた泰介が、はっと息をのみ、

「いや、違う!」能天気な泰介は、普段見せない真剣な顔つきになった。「これは……」

 さらさらさらさらと巻物を開き、さらに目を見開いていく。

「どうしたんだよ、泰介?」

「これは……本物だ!! 現実に亀仙流の技を発動できる!!」

 ええっ!?

 他の皆は、驚愕の表情になる。

「ありえねえだろ、普通!! いくらドラゴンボールのコアファンのお前に言われたって!!」誠は信じられなかった。「亀仙流の技とか、現実に出せるはずがない!!」

「いや、これはどのようにすれば技を発動できるか、どのような動きをすれば亀仙流を身に着けられるか、科学的に詳細に書かれている」

「澤永さん……嘘でしょ」

 言葉は呆然としながら言う。

「凄い奴だぜ……!! これを書き上げまとめ上げた奴は……!!」

「泰介……」

「この巻物さえあれば、誰でも亀仙流の技を身に着けることができる。しかもその力は本家の孫悟空にも劣らない。

より安く、より簡単に亀仙流を学ぶことができるんだ!」

「そんなことができるんですか?」

 言葉も信じられない。

「これさえあれば、俺達全員が亀仙流の技を身に着けることだってできる!」

ええっ!?

 一同は重ねて驚きの声を上げた。

「それって、強くなれるってことだよね」

 唯が見当違いなような、そうでないようなことを言う。

 泰介は興奮の表情で、

「真鍋さん、俺にしばらく、この巻物を貸してくれねえか? 俺もかめはめ波を撃ちたいんだ!」

「え……」真鍋は両手を挙げて戸惑いつつも、「む、無理よ……この巻物で本当に私も発動できたんだけど、威力が強すぎて危険なのよ! まあ……いじめられている桂さんになら、貸していいけれど」

「え? いいんですか? 私、覚えられるかなあ……」

「今の言葉なら、覚えたほうがいいんじゃないかな。とりあえず俺にも見せてくれ」

 誠は、昨日のことをもう引きずっていられなかった。信じられない気持ちと、好奇心でいっぱいになった。

(あの能天気でお調子者の泰介をうならせるとは、この巻物を書いたやつは誰なんだ?)

 誠は、亀仙流の技を科学的に解析・指導した巻物を、文字に指をあててじっくりと見ながら思う。

 難解な数式。様々な角度でかめはめ波のポーズをとった時のエネルギーを示したグラフ。相手に最大のダメージを与える理想的な拳の型。

 それらが綿々と書かれている。

(そう言えば、あの時の3人も、三刀流やらガムパチンコの射撃術やらの手ほどきを受けながら、教えた奴のことを何も覚えていなかったそうだな。

やはりそいつは、俺達の記憶を操作できるのか?)

 自分で信じられなかったが、彼はこのような考えを抱いた。

(俺達のバックに、超人的な力を持つ奴がいて、俺達のことをずっと見ているとしたら……?)

 

 

 その人物――というより生き物は、人のいないところで、青と赤のUSBを片手ですり合わせながら、1人物思いにふけっていた。

 銀縁のメガネをぎらつかせて。もう片方の手で、ジャッカー電撃隊のビッグワンのマスクをあしらったかのような白いシルクハットを動かして。

「西園寺世界……よく動いてくれた。さて、他の皆はどう反応するかな?」

 

 

続く

 




あとがき


 てなわけで、今回は乙女達の陰謀のストーリー。
真鍋和と加藤乙女がそれぞれ亀仙流とゴムゴムの力を身につけて戦うというのは、没案になった『Cross Ballade Lost』でありました。これは足利勇気を取り合う過程で身に着けたという設定も同じ。
 今回2人を登場させるにあたり、この設定は無くそうかとも思いましたが、両者により強い個性をつけよういう意図と、修羅場のみならず熱い戦いも見せたほうが面白いのではないかと思い、この小説のオリジナル設定として取り付けました。
 唯と誠たちを見守る『あいつ』を登場させた理由の一つに、この設定のつじつま合わせという側面があります。
 乙女が和より年下にもかかわらず、彼女のことを『真鍋』と呼ぶのは失礼極まりないと我ながら思うのですが、逆にそれでキャラ立ちできると思ったので使うことに。


 もともと『Cross Ballade』執筆当時は、平沢唯が『加藤乙女の代わり(世界と言葉を顧みず告白するという点で)』、伊藤誠が『真鍋和の代わり(割と落ち着いた物腰という点で)』という風に見えていたんですね。かつほかのキャラクターの役割を決めていったら、和と乙女の出番がなくなっちゃった感じで。
 ただ、今回の続編を描くにあたってオールスターにしたかったのです。


 乙女の取り巻きたちの出番はそんなにないと思います。……たぶんこれっきりかな。
しっかし「自分の力を試す相手になれ」って、ジャイアンの「むしゃくしゃしたから一発殴らせろ」と同レベルだなあ。


 世界にあおられる形で、再び唯は誠を恋人にしようと動き始めます。

 ちなみに世界が『暗殺教室』の速水凛香を好きというのは、声優つながりのネタ。(同じ河原木志穂なんですね)

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