幻想白徒録   作:カンゲン

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ハクは みちにまよわなく なった!


第九話 同い年の土着神

 

 紫と幽香と別れてから数ヶ月。俺はかなり大きめの村に着いた。今回は力が集まっている場所を探し、見つけてから移動したので迷うことはなかった。

 村の入り口には門番が立っている。なんて言えば通してくれるかな? まぁ正直に言えばいいか。悪いことしてるわけじゃないんだし。

 

「止まれ。何者だ、ここに何の用だ?」

「村々を巡っている旅人だ。怪しい者じゃないよ」

「……白髪。腰にある直刀と短刀の二刀。…もしや『白髪の仙人』様でしょうか?」

「え? 俺ってそんな風に呼ばれているの?」

「私が聞いている特徴と一致していますね。なんでも不思議な術と血液を使い、怪我を瞬時に治すとか…」

「あぁ~…、俺だわ」

 

 自分がそんな風に呼ばれているなんて知らなかったな。幽香の花畑の近くの村には時々行っていろいろしていたから、そこの村人が他の村に伝えたんだろうな。

 

「それで、通っても大丈夫?」

「仙人様でしたら問題ありませんね。歓迎します。一応規則なので言っておきますが、くれぐれも村の中で不審なことはしないように」

「はいよ」

「でないと、ミシャグジ様の怒りに触れますので」

「ミシャグジ様?」

「この村の神です。いくら仙人様でも、神の怒りに触れたらただではすみませんよ」

「了解した。気を付けるよ」

 

 神様ね。そういえば俺は会ったことはないが、存在しているとは聞いたな。もしかしたら、この村では神様に会えるかもしれない。

 少し楽しみになってきた俺は、門番に礼を言い、村に入れてもらった。

 

 

 

「それにしても本当に大きな村だな。これは見て回るのに時間がかかりそうだ」

 

 今まで訪れてきた村の中でも一番大きい。それに比例して人口も多いらしく、道行く人の多いこと多いこと。いっそ飛んでしまおうかなんてことも考えてしまうほどだった。

 普通、村に訪れてまずやることは宿の確保だと思うが、俺一人の場合は宿はあまり重要ではない。いざとなったら空中でも眠れるし、そもそも眠る必要がない。まぁ荷物を置いておける場所はあったほうがいいんだが。

 なので、観光がてら宿を探すというなんとも適当なことをしているのだが、ふと奇妙な力を感じた。

 妖力でも霊力でもない。感じたことのない力だ。気になった俺はその力を感じるほうへ向かうことにした。

 

 

 

「ここら辺だな…」

 

 到着した場所は神社だった。ここから感じたことのない力を感じる。だが、今感じているものは残留しているもののようで、この場所そのものが力を発しているわけではないようだ。

 それにしてもこの神社も大きいな。先程門番が言っていた神を祀っている場所だろうか。だとすると、この力は神様の力ってことなのかな。

 

「そこの君。見ない顔だねぇ。ここに何の用?」

 

 考え事をしていると背後から声をかけられた。随分と幼い声だと思い振り返ると、案の定幼い少女がこちらを見上げていた。髪型は普通なのだが金髪と珍しい髪色の少女だ。だがそれよりも気になるのは、この少女から何か圧力のようなものを感じることだ。

 

「初めまして、さっきこの村に入れてもらった旅人だ。少し散策していたら気になるものを見つけてここに来たんだ」

「ふーん…。旅人かぁ」

 

 少女が値踏みするような目で見ながら俺の周りを回る。俺もその間、少しこの少女について調べてみた。

 俺の感じた力はこの少女から発せられている。さっきまでの考えからするとこの少女がこの村の神、ミシャグジ様ということだろうか。

 

「…もしかして、君が『白髪の仙人』かな?」

「そう呼ばれているのはさっき知ったばかりだけど、そうだよ」

「へぇ。噂に聞くとなかなか強いみたいだね。でも、こうして会ってみて納得したよ。妖怪なら強いのも当然だ」

「……は?」

 

 ちょっと待て。その言い方だと、まるで俺が妖怪だと言っているように聞こえる。姿かたちは人間とほぼ同じだし、妖力だってない。この少女は何を根拠にこう言っているのだろう。

 

「図星って顔だね」

 

 違います。驚きと呆れが混ざっている顔です。

 少女は最初に見た時とは雰囲気を大きく変え、感じていた圧力はさらに強くなった。

 

「私は神だ。相手の力を読み取ることくらい造作もない。お前の力は人間のそれと比べると不自然だ。仙人でもそんな力は持っていない。大方狐か何かの妖怪が人間に化けてでもいるんだろう?」

「いいや、俺は人間だ。確かに普通の人間と比べると少し変わっているかもしれないが」

「む…。まだしらを切るの? 言っておくけど君より私のほうが強いよ? でも、今正直に言えば戦わないであげる」

「だから人間だってば…」

 

 この子、いや神様か。どうやら人の話を聞いてくれないタイプのようだ。あまりこういう人に会ったことがないからどうやって説得すればいいかわからない。

 そういえば紫も最初は俺の話を聞かなかったな。あの時は確か腕を消し飛ばされて、気を失って、起きたら話を聞くようになっていた。ということは…。

 

「腕を切り落としたら信じてくれる?」

「余計に疑うよ!」

 

 そりゃそうだよな。

 

「………本当に人間なの? 君みたいな力は見たことないけど」

「よく言われる。だけど人間だ。……もしかしたら違うかもしれないけど、一番近いのは人間だから人間を名乗っているっていうのが正直な話だけど」

「うぅ~~~~~ん…………」

「なんにせよ、ここで暴れたりするつもりはないよ」

「…………わかった、信じよう。大体紛れ込むのが目的なら、そんな目立つ髪色の人間に化けるわけがないよね」

 

 そう言って神様は、先程まで感じていた圧力を弱めてくれた。とりあえず信じてくれるようだ。正直に話したのがよかったのか、それとも冗談を言ったのがよかったのか。安心した俺は一つため息を吐いて緊張を緩めた。

 

「それで? 人間モドキの人間さん、ここに一体何の用?」

「人間モドキって…。俺も神様と同じで力を読み取ることができるんだが、感じたことのない力を見つけてね。気になって探してみたらここだったってだけだよ」

「へぇ、そんなことできるんだ。っていうか私が神様ってことは疑わないんだね」

「まぁね。小さい見た目の割には存在感というか、威圧感みたいなのがすごいからね。それに、探していた力は君から発せられているし」

「そこまでわかるとは…。これでも結構抑えているのに」

「ふっふーん、崇めるがいい」

「普通崇められるのは私だけどね」

 

 言われてみればそうだな。彼女は神様なんだから崇められるのはもはや当然のことなのだろう。俺もこの神様を崇めたりしたほうがいいのだろうか。

 とりあえず、手を合わせて一礼してみる。

 

「…何してんの?」

「崇めてる」

「絶対バカにしてるでしょ」

「そんなことない。そういえば君ってどういう神様なんだ? 知っていたほうが崇めやすい」

「崇めやすいって…、まぁいいか。では自己紹介をしよう。この村の神、ミシャグジ様を統括している洩矢諏訪子(もりやすわこ)だ」

「あれ? 君がミシャグジ様ではないのか?」

「違うよ。私は昔からこの地にいる土着神。もう千年ぐらい前から存在している」

「おお! 同い年だ!」

「へ?」

 

 神様、改め諏訪子様の年齢を聞いて俺のテンションが上がる。今まで俺と同じかそれ以上の年齢の人物に会ったことがなかったから感動したのだ。

 一方諏訪子様のほうは俺の発言の意味をとらえるのに時間がかかっているようで、目を点にして呆けている。

 しばらくすると、ハッとした顔になり頭をブンブンと振って、慌てた様子で問い詰めてきた。

 

「お、同い年って、君も千歳くらいってこと!?」

「うんうん。正確にはわからないけど、少なくとも千年以上は生きているよ」

「それ人間じゃないよ!」

「だから少し変わってるっていったじゃない」

「全然少しじゃない!」

 

 この神様、ツッコミのキレがすごい。

 

「まぁまぁ、次は俺が自己紹介する番だな。ハクという。白いって書いてハクだ。諏訪子様と同じで千年以上生きている。妖怪退治の専門家兼医者だ」

「ホントなんなのさ…まったく。ああ、私のことは諏訪子でいいよ。同い年ならなおさらね」

「わかった。俺のことは……まぁハクとしか呼べないか」

「苗字はないのかい? ハクだけ?」

「そうなんだよなぁ。今更欲しいとは思わないけど、少し簡単すぎるかな?」

「ん~、別にいいんじゃない?」

 

 思えばこれまでに会ってきた妖怪も人間も、ある程度名前が長いんだよな。たった二文字しかないのは俺だけだ。それでも、紫にもらった大切なものだから改名する気もないけれど。

 これから苗字が欲しくなったらその時考えるとしようか。今はこのままでもいいや、神様もそう言っているしね。

 

「ところで、ハク。君はいつまでこの村にいるつもりなの?」

「さぁ…。この村は大きいからな。見て回るには時間がかかりそうだ」

「すぐに出ていくつもりじゃないんだね?」

「そうだな」

「だったらさ、しばらくここで妖怪退治の専門家として仕事してくれない?」

「まぁ滞在する間はそうしようとは思っていたけど、神様直々にとはどうしてだ?」

「ここには妖怪に対抗できる人が少ないからさ。今まではほとんど私が対処していたけど、最近は力の強い妖怪も出始めたからね。私はそっちに集中するから、ハクには雑魚妖怪のほうをお願いしたいんだ」

 

 なるほど。これほど大きい村だと人間だけでは妖怪に対応できないということか。

 妖怪に対抗できる人間は少ない。才能ある人間ならすぐに戦えるかもしれないが、そんな人間はほとんどいない。修行すれば普通の人間でもある程度戦えるようになりはするが、そうなるには数年、もしくは十数年かかる。だから妖怪退治の専門家は少ないのだ。

 旅人で、しかも素性もわからない人間に頼むくらいだ。今この村は猫の手も借りたい状況ということだろう。

 

 だが、こう言ってはなんだが俺は猫じゃない。さっき諏訪子は自分のことを俺よりも強いと言っていたが、俺からすれば諏訪子のほうが弱く感じる。

 

「俺もそれなりには妖怪に対抗できる。強い妖怪相手でも問題ないぞ?」

「退治人とはいえ、ハクからはあまり強い力を感じない。少し妖怪に対抗できるからって調子に乗っていると、あっという間に死んじゃうよ?」

「力を感じないのは抑えているからだ。それに俺はそう簡単に死にはしない。案じてくれるのはうれしいが…」

「抑えてるって、どれくらい?」

 

 うーん。ここで力を解放してもいいけれど、周りが吹き飛ぶかもしれないし、近くにいる妖怪を刺激する可能性もある。何かいい方法はないか…。

 

「じゃ、俺が妖怪と戦える人間かどうかテストしてくれ」

「テスト? どうやって?」

「今からここに結界を張る。諏訪子がその結界を制限時間内に壊せたら、言われた通り雑魚妖怪でも相手にしてるよ。でも壊せなかったら…」

「ハクの力を認めるよ。ありえないと思うけど、その時はよろしくね」

「うん。よし、いくぞ。制限時間は三十分だ」

「え? 長くない?」

「全然。ほれ、壊してみろ」

 

 俺は目の前に一辺五十センチメートルほどの立方体型の結界を張る。この結界を維持できなくなるほどの負荷を与えることができれば諏訪子の勝ちだ。

 

「よーし! あとで言い訳しないでね!」

 

 諏訪子が結界の下のほうに手を向ける。すると地面が変形し、鋭い刃のような形となって結界にぶつかった。だがこの結界はこれくらいではびくともしない。

 

「あれ? 結構強めにやったのに」

「『結構強め』じゃこの結界は壊れはしないよ。全力でやらないと」

「む、ちょっと調子に乗ってるんじゃない? だったら全力でやるまでさ!」

 

 諏訪子が今度は結界に向かって手をかざす。その瞬間、結界の四方に負荷がかかるのを感じた。どうやら力を使って結界を押しつぶそうとしているようだ。だが結界にはヒビ一つ入らない。

 

「ぐぬぬぬぬ~! な、なんでこんなに頑丈なの…!?」

「わはは、がんばれがんばれ。あと二十九分あるぞ」

「くやし~! 絶対壊してやるぅ~!」

 

 その後、二十九分間。諏訪子はあらゆる手を使って結界を破壊しようとしたが、結局ヒビどころか変形させることもできなかった。

 

 

 

「……ぜぇ……はぁ……ふえぇ……」

「時間切れだ。俺の勝ちだな」

 

 時間切れで勝負は俺の勝ち。俺は維持していた結界を解くと、地面に大の字で転がっている諏訪子を見下ろさないようにしゃがむ。

 

「もう…はぁ…力が…ふぅ…出ない…はぇ…」

「大丈夫か? ほれ、手を出せ」

「? はい……」

「俺の力を分けてやる。少しはマシになるだろ」

「……! なくなってた力が回復してく…!」

 

 諏訪子の手を取り、自分の生命力を譲渡する。神様が俺の生命力で回復するかはわからなかったが、どうやら大丈夫のようだ。

 回復中の諏訪子は俺にまだ力が残っていることに驚いているようで、目を見開いている。

 

「はい、終わり。ほとんど全回復しただろう」

「あ、ありがとう…。あれだけ強力な結界を三十分維持してたのに、まだそんなに力が残ってるなんて…」

「さて、勝負は俺の勝ちだ。強い妖怪相手でも問題ないだろ?」

「それだけの力があるなら心配いらないね。じゃあ、強力な妖怪は私と協力して退治するとしよう!」

「おう。よろしく」

「それはこっちのセリフだよ。頼みを聞いてくれてありがとう」

「あ、そういえば頼まれていたんだった」

 

 いつの間にか、俺が諏訪子に妖怪退治を手伝わせてくれと頼んでいるように感じていた。そう思っていると、諏訪子が笑いだした。

 

「あははは。そうだよ、私が頼んでるんだ。それなのにハクのほうから面倒な仕事を手伝うって言うなんてね。お人よしだなぁ、まったく」

「むぅ…」

「さて、頼み事を頼んだ以上に聞いてくれたハクに何かお礼をしたいんだけど、何かあるかい?」

「う~ん、ありがたいけど今のところ思いつかない……あ!」

「お? 何か思いついた?」

「話をしたい!」

「へ? 話?」

「そう! 同い年の人に会ったことないし、神様に会うのも初めてだからいろいろと聞きたいんだ」

「…そんなのでいいの?」

「そんなのがいいんだ」

 

 俺と同じだけ生きてきた俺とは違う存在は、今まで何をしてきたのか。千年の間にどんなことがあったのかを聞いてみたいのだ。

 

「ふふ…、わかったよ。お礼に私の話をするとしよう。ところで、もう一つ頼み事ができたんだけど」

「なんだ?」

「君の話も聞いてみたい。私と同じだけ生きてきた私とは違う存在が、今まで何をしてきたのか、いろいろ聞いてみたいんだ」

 

 諏訪子のした頼み事が先程自分が考えていたことと全く同じだったことに驚き、呆然としてしてしまった。

 そうだな。俺がそうであるように、諏訪子も同い年の存在などほとんどあったことがないのだろう。故に、話を聞いてみたいんだろう。

 思わず出た笑いを隠すことなく、頼み事の返答をするとしよう。

 

「喜んで引き受けよう」

「ありがとう。さて、今の頼みのお礼なんだけど…」

「なんだよ。もう思いつかないぞ?」

「ならこっちから提案しよう。私の神社で一緒に暮らさないか?」

「え?」

 

 さっきとは違う理由で呆然としてしまった。神社で人間が暮らすって……大丈夫なのか?

 

「話を聞くにしても聞かせるにしても、遠くからここに来るのは面倒でしょ? だったらいっそ、一緒に暮らすほうが楽でいいよ」

「確かにそうかもしれないが…」

「宿だってまだ決めてないんでしょ? 一石二鳥でいいじゃない!」

「むぅ…確かに…。だが年の近い男女が同じ屋根の下とはいささか…」

「何言ってんのさ。年が近いとはいえ、お互い千歳以上でしょ。それに私神様、あなた人間。種族も違うんだから問題なーし!」

「そうだな。爺さんと婆さんが一緒に暮らしても何もないし、犬と猫が一緒に暮らしても何もないわな」

「…たとえがアレだけどそういうこと。さぁ、どうする?」

 

 実際、一緒に暮らして何かあるとは思えない。諏訪子はちっちゃい姿だから余計にな。宿も提供してくれるというのならありがたい。いいことづくめだ。

 ということで、断る理由がないな。

 

「わかった。そのお礼、ありがたく受け取ろう」

「うん。これからよろしくね、ハク」

「よろしく、諏訪子」

 

 どちらからともなく手を差し出し、握手する。また面白い出会いをしたものだ。神様と握手したことのある人間なんて数えるほどしかいないだろう。

 同業者で同居人か。まぁ同業者とは少し違うとは思うが、仕事するときは一緒にだ。長い付き合いになるかはわからないが、濃い付き合いにはなりそうだ。

 

 

 

「そうだ。言っておくけど、俺が退治するのは悪い妖怪だけだぞ。いい妖怪なら退治はしない」

「知ってるよ、噂で聞いたからね。『仕事を選ぶ退治人』さん」

 

 そんな風にも呼ばれているのか…

 

 

 




二つ名が増えるハク。
そしてなんだかんだでミシャグジ様がどういう神か聞いていない。しばらくしてどういう神か聞いて、複雑な気持ちになります。

ちなみに諏訪子はまだ、例の帽子を被っていないイメージです。

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