幻想白徒録   作:カンゲン

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天魔様のイメージです。服の構造は適当。私もよくわかりませんw
なんとなく、苦労人のイメージがあります。

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第六話 小さな一歩、大きな飛躍

 俺と萃香の模擬戦の後、山の妖怪全員で宴会が行われた。噂には聞いていたが、鬼の酒を飲む勢いはすごい。さっきまでなみなみと酒の入っていた壺が空になってそこら中に転がっている。見ているだけで普通の人間は酔ってしまうんじゃないだろうか。勇儀なんかは壺を持ち上げ、直接飲んでいる。あれもラッパ飲みというのだろうか…。

 

 紫は萃香と共に飲んでいる。さすがに鬼と同じ勢いで飲んではいないが、紫も酒は好きだからな。人間と比べると飲んでいる量はかなり多い。

 

 俺も酒は好きなほうで、今も結構飲んでいる。だが、かなりの量を飲んでも酔ったことはない。おそらくだが、傷が治る体質に関係しているんだろう。でも悪くはないと思っている。皆が楽しく騒いでいる様子を冷静な頭で見ているのも楽しいものだ。

 

 そんな風に俺は俺で楽しんでいると、他の天狗と飲んでいた天魔がやってきた。彼女もそこそこ飲んでいるようだが、あまり酔ってはいないようだ。少し顔が赤いが、足取りはしっかりしている。

 

「ハクさん。楽しんでいますか?」

「うん。こんな賑やかな宴会は久しぶりだ」

「それならよかったです。それにしても、大分飲んでいるようですが全然酔っていないみたいですね」

「なかなか酔わない体質でね。でも楽しいのは本当だ」

 

 どうやら、楽しんでいるかどうか確認に来たようだ。めちゃくちゃいいやつだな。天魔は俺の隣に腰を下ろすと、近くにある酒を飲み始めた。

 それにしても、自分より強いと思われる妖怪が近くにいるというのに、全く恐ろしくない。妖力を感じないからだろうか。妖怪としてはどうかとも思うが、変に緊張することがないからありがたいな。

 

「どうぞ、ハクさんも」

「お、ありがとう」

「……ところでハクさん。少し、お願いがあるのですが」

「なんだ?」

 

 天魔がついでくれた酒をありがたく飲んでいると、少し不安そうな顔をして天魔が話してきた。どうやら頼みがあるとのことだが。

 俺は天魔が気に入っている、というと上から目線のような気もするが、とにかく俺は天魔とは友好的な関係を築きたい。力の操作をあそこまでできるやつはなかなかいないし、いろいろ話してみたいのだ。

 願い事というのもできる限りで聞いてやりたい。

 

「…この山に住んでいる妖怪はみな強力です。鬼はもちろん、私たち天狗もそれなりに強い力を持っています」

「そうみたいだな。少なくともそこらの退治人では歯が立たないだろうな」

「はい。ですが、それ故に私のように力の扱いに精通している者は少ない。そんなことができなくても十分すぎるほどに強いのですから」

「確かに」

 

 なるほど。最初から力が強いとそういうこともあるのか。俺や紫は最初は力が弱かったから技術のほうを鍛えて何とかしていたからな。まぁ、俺は今でも力が弱いけど。

 鬼や天狗のような最初から強力な妖怪の中では、むしろ天魔のように力の扱いが上手い妖怪のほうが珍しいということか。だが、それがお願いとやらと何の関係があるんだろう?

 

「なので、今まで私と同じくらいに力を扱える者に会ったことがなかったのですが、あなたは私以上に力を扱って見せた」

「普通とは違うが、それでも人間なんでね。妖怪に対抗するためには、今ある力だけでどうにかしなきゃいけなかったから」

「なるほど。それで少ない力を有効に使うために、私たちの年齢以上の年月を訓練に費やしたと」

「そういうこと。で、結局何が言いたいんだ? 天魔」

「…さっき言った通り、私以上に力の扱いに精通している者に会うのは初めてなのです。なので……えぇっと……」

「?」

 

 天魔の歯切れが悪くなる。そんなに頼みづらいことなのだろうか。天魔は赤かった顔をさらに赤くし、俯いた。

 

「……この山にしばらく滞在してほしいのです。そして、いろいろとお話を聞かせてほしいのです」

「……は?」

「萃香さんも勇儀さんも、力の操作にはあまり興味がなかったので話し相手がいなかったのです。ダメでしょうか…?」

「……」

 

 正直驚いた。話の通じる妖怪に会うこと自体あまりなかったのに、まさか妖怪のほうから話したいと言われるとは。そして、俺と同じことを考えていたとは。

 俺も以前は、紫に力の使い方を教えてきたが、最近はほとんどの妖怪よりも強くなってしまったからな。俺が教える意味もなくなってきてしまっていた。まぁそれでも紫はいろいろと聞きに来るのだが。

 要するに俺も天魔も、共通の何かを持つ友人が欲しかったのだ。周りの環境も自分自身もよく似ているもんだな。

 

「……はは」

「……ハクさん?」

「あっはっはっはははは!」

「ハクさん!? なんでそんなに笑うんです!?」

「くっくっく…。いや、ただ単純にうれしくてな」

「うれしい…?」

「そう。俺もここにもう少し滞在したいと思っていたんだ。俺とよく似ている天魔ともう少し話したいと思っていたんだ。同じこと考えていたんだ。だから面白くて、うれしかったんだ」

「同じことを…」

 

 バカにされたと思ったのか不機嫌な顔をしていた天魔は、俺が笑った理由を説明すると一瞬でキョトンとした顔になった。不安そうな顔になったり、紅潮したり、怒ったり、呆けたりと、まさに百面相である。かわいい。

 

「うん。さて、返答だけど喜んで滞在させてもらうよ。むしろ俺からお願いしたい」

「ふふ…。ありがとうございます」

「おーう! 天魔が人間に興味を持つなんて珍しいな!」

 

 天魔と話していると先程まで酒をがぶ飲みしていた勇儀がやってきていた。人間なら死んでいる量の酒を飲んでまだまだ余裕そうなのはさすがは鬼といったところか。

 それにしても人間に興味を持つのが珍しい、か。

 

「そうなのか?」

「そうさ。私と萃香が人里に勝負を挑みに行くときもついて来ないからな。むしろ見下している感じだよ」

「いえいえ、見下してなんかいませんよ。ただどうでもいいと思っているだけで」

「…興味がないのは本当みたいだな」

 

 まぁ、萃香や勇儀のように人間と戦いたいってわけでもなさそうだし、俺みたいに力を扱いなれている人間も珍しいしな。。人間に興味がないというのも不思議な話じゃない。

 

「あ、そうだ。勇儀、しばらくここに滞在したいんだが、いいか?」

「ああ、もちろん。話は聞いてたしね。それに私としてもぜひ歓迎したい。私らとまともに戦える人間は珍しいからね」

「…あれはルールとハンデをつけたからだ」

 

 歓迎してくれるのはいいのだが、この先ことあるごとに戦いを申し込まれたんじゃ体が持たない。今のうちにあれが限界であるということを教え込まないと。

 まぁそれは後にして、このことを言わなければならないやつがまだいる。

 

「紫ー! 萃香ー!」

「んあ? なんだいハク?」

「しばらくここに滞在させてもらうことになった。大丈夫か?」

「ぜーんぜん大丈夫!」

「紫はどうだ? お前はもう人間や妖怪に襲われても返り討ちにできるほど強くなったから、わざわざ俺に付き合わずに好きな所へ旅に出てもいいんだぞ?」

「いいえ。私もハクと一緒にここに邪魔することにするわ。萃香とは気が合うみたいだし、ハクともまだ一緒にいたいしね」

「…まったく。ほれほれこっち来い、頭なでてやる」

「えっへへ~」

 

 俺も一人旅は少し寂しいからな。できれば紫にもここに残ってほしかったのでよかった。

 だが、いつまでも一緒にいるというわけでもないだろう。いつかは別れる時が来ると思う。とはいえ、紫の能力があればどこにいようとまた会えるわけだが。

 その時のことはその時に考えるとして、今は何百年たっても変わらない紫のさらさらした髪を楽しむとしよう。

 

 

 

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 三日三晩続いた宴会もようやく終わり、鬼も天狗もそこいらに転がって爆睡している。萃香や勇儀、紫と天魔も例外じゃない。今起きているのは俺だけだ。少しばかり残った酒を飲みながら、夜空に浮かぶ満月を楽しむ。

 相変わらず酒に酔いはしないし、眠くもならない。だが、こうしてみんなの寝顔を見ているのも悪くない。むしろ、夜空の満月よりも見ていて面白いのかもしれないな。

 立ち上がって少し離れているところで眠っている紫のもとへ向かう。横を向いて丸まって寝ている紫はとてもかわいい。ほっぺたつまみたい。というかつまんだ。

 

「…うーん、うぅーむ……」

「やわっこいな~、和むわ~」

「……ハク? まだ起きていたの…?」

「あ、悪い。起こしちゃったか」

 

 紫の頬で遊んでいると紫が起きてしまった。俺は頬をつまんでいた手をはなして謝った。もう少し楽しんでいたかった…。

 紫は寝ぼけ眼をこすりながら起き上がり、こっちをジト目で見つめてくる。

 

「…眠っている少女の顔で遊ぶなんて~」

「悪かったよ、ついな」

「……ふふ、別に怒ってないわよ。それにしても、相変わらずお酒に強いわね」

「まーな」

 

 ジト目で見ていた紫が微笑む。あまり怒っていないようで安心したが、確かに寝ている女性の顔をいじるというのはあまりよろしくないことだな。次からは自重しよう。

 

「…そうだ。この前言ったハクの封印を解いてみましょうか。次の人里に着いたらと言っていたけど、それは少しばかり時間がかかりそうだものね」

「確かにそうだな。でも、酔いを醒ましてからでいいよ」

「む、ちょっと待っててね…」

「?」

 

 酔った状態の紫に境界をいじられたくはない。下手すると変なところの境界をいじられるかもしれん。能力が能力だけにおっかないのだ。素面の状態の時に頼みたい。

 そういうと紫は目を閉じて深呼吸をし始めた。集中でもしているのだろうか、

 

「……よし、大丈夫よ。境界を操って酔いを醒ましたわ」

「お前の能力は便利だな、おい」

 

 何をしていたかと思ったが、酔いの境界を操っていたらしい。それで素面に戻れるんだから、本当に応用性の高い能力だ。ということは酒を飲まなくても境界を操れば好きな時に酔えるということか。

 

「じゃ~行くわよ~」

「……安心すればいいのか不安になればいいのかわからんな」

「私を信頼しなさい。変な風にはいじらないから」

「もちろん信頼はしてるんだがな…」

「そ、そう…、ありがとう…。えへへ…」

「?」

「んんっ! じゃあ行くわよ」

 

 なんだが急に顔が赤くなったようだが、まさか照れてんのか? 何年一緒にいると思ってるんだ、かわいいな。あとでなでなでしてやろう、かわいいから。

 紫は咳払いをすると、両手の手のひらをこちらに向け目を閉じた。しばらくすると、自分の中の何かがむず痒い感覚を覚えた。何というか、上手く説明できないおかしな感覚だ。

 安心感のような、疲労感のような、脱力感のような、陶酔感のような、喪失感のようなものを一度に味わったかのような違和感。だが不思議と不快ではなかった。

 自分の力は自分ではよくわからない。だから紫に言われるまで封印なんて知らなかったわけだが、今は自分の中の何かをこじ開けられているような感じがする。これが封印されているものなのだろうか

 ふと紫のほうを見ると、冷や汗をかきながら険しい表情を浮かべていた。力の流れからしても苦戦しているのがよくわかる。無茶するなと声をかけようかとも思ったが、逆に集中を切らせてしまいそうだったので黙って任せることにした。

 

「…………」

「…………」

 

 ただただ沈黙が続く。今聞こえるのはわずかな風の音と、俺と紫の呼吸音と、萃香の寝言と、勇儀の笑い声と、天魔のうめき声と、周りの鬼や天狗たちの寝言といびきと……。すまん、全然静かじゃなかったわ。お前ら本当に寝てるんだよな?

 そんなことを考えて呆れていると、一瞬だがこれまでにない解放感を感じた。同時に紫のほうから大きなため息が聞こえる。

 

「ふぅ~~~……」

「大丈夫か? 紫」

「ええ。でもごめんなさい。封印はほとんど解けなかったわ」

「なに? 紫の境界を操る能力でも不可能だったのか?」

「不可能というわけではないわ。実際少しだけ解けはしたから。でも全体の一パーセントも解けなかったの。ものすごく強力で複雑な封印よ。全く、誰がこんなことできるのかしら…」

「紫ほどの強さと能力を持っていてもほとんど解けない封印……」

 

 八雲紫は俺が今まで出会ってきた中では最強クラスの強さを持つ。そして持っている能力は神にも匹敵する強力なものだ。その彼女ですら苦戦する封印。本当にわからないことだらけだ。

 

「……取りあえず少しは解けたんだよな。一応どれくらい力を出せるか確認はしておくか」

「そうね。一パーセント未満とはいえ、解けたは解けたからね」

 

 ほんの少しとはいえ、最大値が上がったのだ。確認はしておかなくてはならないな。『100』が『101』になってもあまり変わらないかもしれないが、その『1』に助けられることもあるのだ。

 俺は今出せる力の限界を知るために全力で力を放出した。

 

 

 

 結果。紫に匹敵する量の力が放出された。

 

 

 

「は……?」

 

 俺はいまだに放出され続けている強大な力を制御することも忘れて、呆然とした。今まで使ってきた量とは比較にならない。そして相変わらず、俺の生命力は消費した先から回復していくようで、紫が全力の時に出すような量の力を放出してなお、一切疲れることがない。

 紫も俺と同じく呆然としているようで、その場で固まっていた。しかし、この場にいるのは俺と紫だけじゃない。

 

「な…! 何ですかこの力は! 一体何事……って、ハクさん?」

 

 少し離れていたところで寝ていた天魔が跳ね起きた。自分の状態で頭がいっぱいになっていたようですっかり忘れていた。萃香や勇儀、他の鬼や天狗もさすがに起きたようで、みんな一様に放心している。

 俺はとっさに放出されていた力を抑えて、両手を上げる。戦闘の意思はないという意味なのだが…。

 

「す、すまん。少しいろいろと試していたんだ。まさか、あれだけの力が出てくるとは思わなくてだな…」

「……」

 

 まずい。せっかく滞在を許可してもらえたというのに、不審なことをしたら追い出されるかもしれない。

 

「ハク……」

「な、なんだ、勇儀?」

「それだけ力があるんなら、ハンデつけなくても勝負できそうじゃないか!」

「……え?」

 

 勇儀が心底うれしそうな声を出しながら、俺に詰め寄ってくる。後ろにいる萃香もご機嫌な様子だ。天魔は呆れているようだが、訝しんでいる様子はない。

 え? こんな感じの反応なのか? てっきり「力を隠しているなんて怪しいやつ!」とか「さっきは手加減してしていたのか!」とか言われるものかと…。紫も俺と同じことを考えているのか、納得できないという顔をしている。

 

「そんな感じなのか? 怪しいとは思わないのか?」

「なにをバカな。お前はもうここの一員だよ。仲間を信じない仲間はいないさ」

「勇儀…」

「だから今度は私と勝負だ! ハンデはなし! どちらかが倒れるまでの全力戦闘だ!」

「ちょっと待て。いや待ってください」

 

 感動したと思ったら死刑宣告に近いものをされた。勘弁してくれ、冗談だよな?

 萃香も天魔も、周りにいた鬼も天狗も楽しそうに笑っている。紫も呆れているような態度をとっているが口元が緩んでいる。

 ここのやつらは本当に面白い。だからもう少しここにいたくなったのだが、その判断は正解だったな。

 

 だが、またこれで謎が増えたな。解けた封印は一パーセント未満。だというのに、出てきた力は今までの比じゃない。では完全に解けた時、一体どうなるのか。

 まぁ、考えてもわからないことを考えても仕方がない。今ははしゃいでいる鬼連中を落ち着けるとしよう

 まずは、紫と天魔に手伝ってもらってまた酒を飲もうとしている勇儀を止めるところから始めよう。

 

 

 

 

 

 

「はっはっはー! 酒はまだまだあるぞぉ!」

 

 すまん、力不足で止められなかった。これじゃまた三日三晩宴会だな…。

 

 

 




勇儀さん…宴会好きやねぇ…

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