幻想白徒録   作:カンゲン

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後半からがこの作品本来の雰囲気だと思いますw


第四話 八雲紫は名付け親

 

 あれから十数分後、俺は落ち着いた妖怪からこれまでに何があったかを聞いた。

 生まれながらに特殊な能力を持っていたこと。それ故に他の妖怪に狙われ続けたこと。そんな生活に疲れ果て、平和に暮らす人間に憧れたことなどなど。

 十数年しか生きていないというのに、大変な苦労をしてきたようだった。

 

「お話、聞いてもらってありがとうございます」

「いや。ずいぶんと苦労してきたんだな」

「……あなたの話も聞きたいんですが、よろしいですか?」

 

 む、確かに一方的に話を聞いていたがこれは会話とは言えないな。それに相手は自分のことを話してくれたのだ。ここは俺も自己紹介がてら自分のことを話すべきだろう。

 

「ああ、そうだな。と言っても俺の今までの人生なんか普通もいいところだけど」

「そうなんですか? あっ! そういえば私まだ名前を言っていませんでしたね。私は八雲紫(やくもゆかり)といいます」

「俺は…」

 

 俺は名前がない。六百年以上よく名無しでいられたと思うが、実際は名前を呼ぶ人もいないから名前がないことすら忘れていた。

 だが、名前がないのはやっぱり不便だな。特に会話をしようとするときは。この際、八雲紫と名乗るこの妖怪に名付けてもらうのも悪くない。

 妖怪が人間の名前を付ける。ちょっと面白いな。

 

「名前がないんだ。良かったら名前、付けてくれないか」

「え? えっと…あなたは人間ですよね?」

「そうだよ」

「失礼ですが、ご家族は…?」

「わからない。目が覚めた時は森の中でそれ以前の記憶がないんだ。だから名前もわからない」

「そうなんですか。じゃあ、今まで他の人に会ったことはないんですか?」

「いや、あるよ。人里に住んでいたこともある。でもみんな俺のことは仙人と呼んでいてな。名前を付けてもらおうとしても恐れ多いとか何とかで付けてくれなかった。俺も普通の人間なのに」

「えっと、普通の人間はそこまで力を使いこなせたりしないんですが…」

「力の操作は練習したからだよ。百年以上は練習していたからね」

「えっ?」

「えっ?」

 

 えっ? 何かおかしなこと言ったか?

 

「…百年以上?」

「うん。頑張ったよ?」

「いえ、そうではなくて…。えと、あなたは今何歳ですか?」

「記憶がなくなる前がわからないから正確には言えないけど、目を覚ましてから六百年以上たったな」

「…………」

 

 八雲紫がぽかんと口を開けたまま呆然としている。なんでだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?

 

「…普通の人間はそこまで長生きできません。せいぜい四、五十年も生きれば十分長寿です」

「…は?」

 

 今度は俺が口をぽかんと開ける番だ。四、五十年も生きれば長寿だって? じゃあその十二倍以上生きている俺は何だ?

 いや、そもそも何故今まで疑問に思わなかったのか。それは俺が忘れていない常識ではそうだったからだ。

 俺の常識ではたかが数百年程度で人は死なない。だから他の人もそうだと思い込んでいた。

 

「それにあなたから感じる生命力は普通の人とは少し異なります。よく似てはいるのですが…」

「そうなのか…」

 

 確かに。考えてみれば傷の回復が早い時点で普通の人間とは違うと気付くべきだったな。

 だが、俺の常識がすべて的外れだったわけではない。もしそうなら、他の人とはまともに会話もできなかっただろう。

 俺の持つ常識の中の一部だけが、周りの常識とはかけ離れている。だったらその非常識はどこで身に付いたものなのだ。俺は一体何なんだ…?

 

 などとつらつらと考えてはみたが実際のところは。

 

「まぁ、どうでもいいや」

「え?」

 

 そう、どうでもいい。今更自分が何なのかなど、興味はあるが重要ではない。それを知ったところで自分は変わらない。

 たとえば、妖怪だったとしても、神だったとしても、化物だったとしても、人間だったとしても。それでも今まで生きてきた俺は何も変わらない。

 ただただ、俺として生きていく。少なくとも、記憶が戻るその時までは。

 

「人間か人外かはあまり重要じゃないからね。まぁそんなことはいいさ。それより早く名前を付けてくれよ」

「え? えぇ~…?」

 

 すまないな、八雲紫さんよ。今は名前を付けてもらえるということのほうが重要なのだ。ものすごくワクワクするなぁ。

 

「えーっと……。じゃあ『ハク』っていうのはどうですか? 白いって書いて『(ハク)』」

「…それは髪の毛が白いから?」

「ご、ごめんなさい。やっぱり単純すぎましたよね? 考え直しますから少し待って…」

「気に入ったよそれ! いいなぁ~。『白』か~。かっこいいな!」

「え、ええ? よ、よかったです?」

 

 単純かもしれない。でも誰かに名前を付けてもらえるということ自体が嬉しすぎて二つ返事で決定した。それに自分にはぴったりの名前だ。

 髪の色も白いし、肌も白いし、持っている直刀の名前も『白孔雀』だし、記憶も真っ白だし。

 …ちょっと卑屈だったか?

 

「白、ハク、はく。えへへへへ~」

「えと……ちょっと気持ち悪いです…」

「ひどい!」

 

 何気に心をえぐってくる妖怪だ。うれしいんだから仕方ないだろ。こっちは今までずっと名無しだったのだから。

 

「誰かと会話するのは楽しいな」

「はい…そうですね」

「そうだ! よかったら俺と一緒に旅をしないか? 今まで一人旅だったんだが、話し相手がいたほうが絶対楽しいだろう」

「…ありがたいのですが、私は他の妖怪に狙われています。ご迷惑をおかけするかも…」

「そんなの気にするな。ほれ、妖力が漏れないようにする結界を張ってやる。万が一襲ってきても俺が退治してやるよ。人里では妖怪退治の仕事もしていたからな」

「え…?」

「あ! 言っておくが、悪い妖怪限定だぞ。といっても今まで悪い妖怪としか会ったことはなかったけれど。俺が会ってきた中では八雲紫さんがいい妖怪第一号だ」

「そうなんですか」

「で、どうする? 一緒に来るか?」

「はい! 一緒に旅をしてみたいです!」

「よし! 決まりだ、早速出発しよう。そうだな……。目指すは人里だ。憧れているのなら一緒に行ってみよう、八雲紫さん」

「紫でいいですよ」

「そうか。俺の名前はハクだ。よろしくな」

「フフフ。はい、わかりました」

 

 旅の仲間が増えた。それも妖怪の。今まで続けていた旅とは全く違った旅になるだろう。今から楽しみでしょうがない。

 右腕を切断された分のもとは取れたな、なんてことを紫に言うとすごい勢いで謝ってきた。これをネタにいじるのはもうやめようと思った。

 

 

 

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 紫と旅を始めてから二百年くらいたっただろうか。一人旅の時と違い、紫と共に旅をするのは実に楽しく新鮮で、退屈な時間などほとんどなかった。

 紫も出会った時よりもずいぶんと成長して、今では少女と呼べるくらいになった。…ん? ずいぶんと、かな?

 妖力もかなり高くなって境界を操る能力も使いこなしている。当初は紫を見るたびに襲い掛かってくる妖怪がたくさんいたが、今では本人が十分強くなったためそんな妖怪も少ない。もう俺よりもはるかに強い。

 

「ハクー、そろそろ出発するんでしょう?」

「そうだな。荷物は持ったか?」

「面倒だから全部スキマの中に入れたわ」

「あ、ずるいな。俺の荷物も入れさせてくれ」

「さすがに二人とも手ぶらで旅に出たらおかしいと思われるでしょう? どっちかは荷物を持たないと」

「くっ、確かに…」

 

 おまけに紫のやつ、相当に頭が切れる。何故その頭をこんなところに使うんだ。才能の無駄遣いとは紫のことを言うのだろう。

 俺たちの旅は基本、人里巡りだ。人里を見つけたら何年か滞在した後、また次の人里を目指して旅に出る。そして今まさに次の人里を求めて旅に出る直前なのだ。

 ちなみに、人里に向かう時はいつも紫に道案内をしてもらっている。俺が先導すると何故か見当違いの方向に行ってしまうのだ。

 

「道案内は頼むぞ、紫」

「まっかせて! ハクに頼むと何年も到着しないからね」

「いや、地図があったりすれば大丈夫なんだよ」

「でも、適当に歩くと面白いくらい人里を見つけられないじゃない」

 

 はい、その通りです。

 

「…もう出発するぞ」

「あはは、ごめんごめん。謝るから拗ねないでよ~」

 

 拗ねてねーし。

 

 

 

 人里を出発してから数日。今は森の中を進んでいる。次の人里はまだ見えてこない。

 俺は歩いて移動しているが、俺の横にいる紫は少し浮いたまま進んでいる。今誰かに会ったらちょっと面倒なことになるぞ。

 などと考えつつ、その実俺も荷物を力を使って浮かせながら歩いている。人のことは言えないのである。

 

「ハクも飛んだらいいのに」

「俺は紫と違って、一度に使える力は多くないんだ。荷物に加えて俺まで飛んだら、力が持つかわからない」

「でも、なくなった先から回復するんでしょう?」

「まあな」

 

 紫には俺の体質については話してあり、力についても知っている。

 

「ハクの中の力を覗いたことがあるけど、ものすごく強力な封印がされてたわよ」

「ちょっと待て、初耳だぞ」

「言ってなかったもの」

 

 なるほど~そりゃ初耳なわけだ~。と、現実逃避はこれくらいにして。また一つ謎が増えたな。

 

「そこは言ってくれよ……俺の体のことなんだから。というか、勝手に覗くんじゃないよ、まったく」

「…ハクさえ良ければ、封印を解いてみてもいいわよ」

「できるのか?」

「さぁ? かなり強力だったからやってみないとわからないわ」

「…まぁ、次の人里についてからでいいよ」

 

 紫の言う封印とやらが解ければ使える力の量が増えるのだろうか。今より便利になるのならやってもらったほうがいいな。それに万が一、今の紫クラスの妖怪に襲われでもしたらさすがに対処するのは難しい。白孔雀に溜めた力を使えば逃げるくらいはできるかもしれないが。

 歩きながら考え事をしていると、横で飛んでいた紫が停止した。かく言う俺も強力な妖力を感知してその場で立ち止まった。

 この妖力の量は…紫に匹敵するほど強大だ。しかもそれが二つ。

 

「ハク、どうする?」

「本来なら来た道を引き返すのが正解なんだが…」

「なんとなくだけど、大丈夫な気がするわね」

「俺も同じだ」

 

 なんとなく。根拠とは呼べない曖昧なものだが、紫の勘はよく当たる。それにおそらく、向こうももう紫の妖力に気付いているだろう。

 

「私と同じくらいの力、ね。……ねぇハク。私行ってみたいわ」

「いいんじゃないか? 俺もついていくよ」

「うん。じゃあ、目的地変更! 向かうはこの妖力の発生源!」

「はいはい。元気だな、紫」

 

 強い力を持っているやつのところに行くんだから少しは警戒しろと注意しつつ、俺も地面から足を離し、紫と共に発生源まで飛んで行くことにした。

 

 

 

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 飛行を始めてから一時間。妖力の発生源はどちらもほとんど移動しないで一つ所に留まっている。まるで俺たちが到着するのを待っているようだ。

 発生源に近づくにつれて、感じる妖力の数が増えてきていた。どうやら複数の妖怪が集まっているらしく、しかもその一つひとつがかなり強力だ。

 

「強い妖怪が集まっているようだ。もし戦闘になったら俺が対処できる数は限られるぞ」

「その時は私がハクを守ってあげるわ。もし危なくなってもスキマで逃げられるから大丈夫よ」

「その時は頼むぞ、紫」

「まかせて、ハク」

 

 紫と話しながら飛んでいるうちに発生源にかなり近づいてきた。この分だと、数分以内に接触する。どうやら相手は山の中にいるようだ。

 するとその時、今まで動きを見せなかった大きい妖力の内の一つが、こちらに向かって移動してきた。

 

「今気づいた、ってわけじゃないと思うが」

「出迎えでもしてくれるのかしらね?」

「まったく。勝手に人の家に来ておいて、なんとも自分勝手だね」

 

 そんなことを話していると聞きなれない声が会話に交じってきた。誰だろうと周りを見ると前方にずいぶんと小さい少女が現れた。というか幼女の部類だな、ありゃ。

 だがそんな可愛らしい見た目に反して、釣り合っていないほど大きな二本の角と、強大な妖力を持っている。少なくとも俺は、まともに戦ったら勝てないな。

 

「大きな妖力を感じたと思ったら真っすぐこっちに来るから何事かと思ったけど。妖怪と人間だなんて、ずいぶんと珍しい組み合わせだね」

「失礼したわ。私も大きな力を感じたから気になってね。今まで私と同じくらいの力の持ち主は見なかったものだから」

「ふーん。確かにかなり大きな力を感じるな。それじゃ、そっちの人間は?」

「初めまして。この妖怪と一緒に旅している者だ。俺もここから感じた妖力が気になってな。悪いとは思ったが寄らせてもらった」

 

 人の家、ってことはここに住んでいるということか。俺たちは確認を取らずに家に上がり込んだ、言うなれば不法侵入者ということだ。確かに失礼だったな。

 それなのにこうやって自分から来てくれるあたり、予想通り悪い妖怪ではなさそうだ。

 

「それで? その妖怪さんと人間さんがここに何の用だい? 鬼退治に来たというのなら相手になるよ!」

「「興味があったから来ただけです」」

「……あれ?」

 

 なんか意気込んでいるところ申し訳ないが、特に用事があって来たわけではない。興味があったから来ただけだ。まして鬼だなんてことも今知った。

 

「あなた鬼なのね~。その妖力にも納得だわ」

「俺も会うのは初めてだ。話に聞く限りだとずいぶんと厄介な妖怪らしいが…」

「なんとも可愛らしい姿をしているのね」

「すごいちっちゃいな。なでなでしたい」

「……」

 

 俺と紫が正直な感想を述べる。妖力は絶対的な強者のそれだが、外見がそれに追い付いていない。力を感じることができなければ、目の前の幼女が危険であることに気付く者はいないだろう。絶対みんななでなでしたいって思うよ。

 

「…ふ、二人とも馬鹿にしてぇ…! 絶対私のほうが年上だよ!」

「あれ? マジか」

「一体何歳なのかしら?」

 

 見た目幼女が私のほうが年上だと言っている姿は、ありえないと呆れるよりも微笑ましくなってくる。こう、ぷるぷると体を震わせ、顔を赤くしながら叫んでいる姿を見ると余計に。

 今まで俺より年上のやつには会ったことがない。俺よりも長く生きているやつとは色々なことを話してみたいので会ってみたいとは思っているが、できればこの幼女は年下であってほしいと思った。そのほうがしっくりくるから。

 

「こう見えて三百年は生きているんだから!」

「あら、年上だったわ」

「なんだ、やっぱり年下だった」

「え?」

 

 よかった。年下だったみたいだ。五百年くらい。

 

「あれ? あんた人間だよね?」

「俺は人間だよ」

「少なくとも妖怪じゃないわね」

 

 俺は確かに普通の人間とは違う。だが妖力は持っていないし、神のような存在とも違う。じゃあ何に一番近いかといえばやっぱり人間なのだ。

 

「人間が三百年以上生きれるはずはないんだけど…」

「まぁ色々あってな。何があったか知らないけど」

「それって色々あったっていうのかしら…?」

「今ここでは紫、お嬢ちゃん、俺の順番で長生きだな。紫はまだまだかわいいもんだな~」

「な、なによ。すぐ追いついてやるんだから」

「いや、一生追い付けないと思うけど…」

「ハクの年齢の境界をいじって…」

「おいやめろ」

 

 紫が何やら恐ろしいことに力を使おうとしている。年齢の境界ってなんだ。そしてそれをいじられるとどうなってしまうんだ。怖すぎる。

 

「ユカリとハクか。そういえば自己紹介がまだだったね。私は伊吹萃香(いぶきすいか)。この山を治める鬼の一人だ」

「よろしく。私は八雲紫。ちなみに歳は二百と少しよ」

「どうも。ハクという。白いって書いてハクだ。歳は八百と少しだ」

「えっ!? 思った以上に年上だ!」

「わはは、敬いたまえ。あ、あとでなでなでしていい?」

「なんでさ!?」

 

 さっきよりも顔を赤くして怒鳴っている萃香を見ながら、内心言葉の通じる妖怪との遭遇をとてもうれしく思っていた。

 紫と会うまでは妖怪は問答無用で人間を襲うものだと思っていたが、こうやって意思疎通ができる妖怪もいる。

 普通の人間よりも長寿の俺にとっては、人間の世界より妖怪の世界のほうが合っているのかもしれないなと、楽しそうに笑う紫と腕をブンブンと振り回して怒っている萃香を見ながら思った。

 

 

 




そういえば、刀の名前は適当ですw
最初は「直刀」とだけで書いていたんですが、なんか寂しいと思って名前を考えました。
白い花の名前で検索して、かっけぇー! と思った名前を付けました。
なので深い意味はないですw

ちなみにどうやら海外の花らしく、この時代の日本にはないと思われますw

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