月との一件が終わったあと。
妖怪の山に戻ってきた俺は事の顛末をみんなに説明しようとしたのだが、月に行った俺以外の三人に今日はさっさと寝ろと言われ、一足先に天魔の屋敷の借りている部屋に戻ってきていた。
実際、精神的にはともかく物理的に消耗したのは(もう治っているとはいえ)俺だけだし、服ももうボロボロだった。紫たちには申し訳ないが、大怪我を負った影響でかなり疲れているのは本当だったので厚意に素直に甘えることにしたのだ。
部屋に戻るとすでに布団が敷かれていた。気の利いた誰かがやってくれたのだろう。心の中で感謝しつつ、すぐに布団へ倒れこんだ。
ああ……風呂には入った方がいいよな。ていうかせめてこのボロボロの服を着替えないと。でも動きたくない。今日は本当に疲れたのだ。
本当に……疲れた。
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気が付いたら、真っ白い空間にいた。
……突然のことに流石に動揺した。
「なんだ、ここ……? 仙郷じゃないよな、俺の荷物ないし」
一瞬寝ぼけて仙郷に入ったのかとも思ったが、辺りを見回しても本当に何もない。俺の仙郷もこんな風に真っ白い空間だが、今は食料やら道具やらといった荷物が大量に置かれているはずだ。何もないということは俺の仙郷ではないだろう。
「ていうか、何をしてたんだっけ? 確か……」
わからないときは順を追って考えよう。
月の一件が終わり妖怪の山へ戻ってすぐ部屋に戻った。それで……そうだ。あまりに疲れていたため、着替えも風呂にも入らず横になってしまったのだ。
ということは、そのまま眠ってしまったのか、俺は。
「じゃあこれは夢か……?」
「ええ、そうよ。少し話があってね、繋げてもらったの」
ひとりごとに返事が返ってきた。声のした後ろへ振り向くとこちらに歩いてくる一人の女性が見えた。
「久しぶり、ハク。元気そうでなによりだわ」
「永琳か……?」
近くまで来て立ち止まり、ふわりと笑顔を浮かべたのは八意永琳だった。蓬莱の薬によって寿命がなくなっているため、俺が知っている頃と見た目に変化はない。
と、そこまで考えて思わず頬をかいた。いや、これは夢だったな。
「月絡みのことがあったばかりだから、同じく月絡みの永琳が夢に出てきたってことか」
「? ……ああ、そういうこと。ハク、これは確かに夢だけど、今あなたの目の前にいる私は正真正銘本物の私よ」
「え、そうなのか?」
夢なのに本人? そんなことあるのか?
いや、夢なのだから全部俺の想像という可能性も十分にあるのだが。
「ええ。さっきも言ったけど少し話があってね。でもハクが今どこにいるのかわからないから彼女に手伝ってもらって私と貴方の夢を繋げてもらったのよ」
そう言いながら永琳は自分の後ろの方を手で示した。その方向を見ると、いつの間にかもうひとりの女性がいた。
青い髪に青い瞳、頭には妙な帽子を被っている少女だ。彼女もこちらを見ていたようですぐに目が合った。何やらにんまりとした笑顔で手を振ってきたので同じように手を振り返すと、心なしか笑顔を深めてこちらまでふわふわと浮いてきた。
「初めまして、でしょうかね? 私はドレミー・スイート、夢の支配者です。よろしくどうぞ」
「初めまして、俺はハクという。白いって書いてハクだ。よろしく」
相変わらずにんまりとした笑顔で自己紹介をする彼女――ドレミ―に俺もいつもの自己紹介をする。それにしても、普通にんまりした笑顔というと何か良からぬことを企んでいるときにするようなイメージがあるが、彼女のそれは悪意を感じない自然なものだ。不思議と彼女によく似合う表情だと思った。
しかし、夢の支配者か。もしかしなくてもすごい大物なのでは。隣にいる永琳の反応を見るに、嘘ではなさそうだし。
「えーと、それで話って言うのは?」
「ああ、そのことだけど――」
「まぁまぁちょっとお待ちを。お話をするにしてもこんな殺風景なところでは気が滅入るでしょう」
わざわざ大物の手を借りて呼び出した要件は何かと聞こうとしたところで、その大物のドレミ―から待ったがかかった。
何かと思い彼女を見ると、ドレミ―はおもむろにどこからか一冊の本を取り出した。そしてその本を開いた瞬間、真っ白だった空間から様々な色が噴き出した。
「こ、これは……!」
噴き出した色が形を成し、物が、景色が出来上がっていく。
見る見るうちに世界が変わる。いや、これは正しく『世界が創られている』。
とんでもないな。
目を疑うような光景に思わず乾いた笑いが出てしまうほどだった。
気づけば俺たちはとある屋敷の一室にいた。幽々子の屋敷などと似ているかなり広めの和室だ。外からは緩やかな光が差し込んでおり、大きな池とそれを囲む鮮やかな緑が目に入った。こういうのは池泉庭園というのだったかな。
「すごいな……! これ全部、ドレミ―が創ったのか?」
「ええ、まぁ夢の支配者なので。お茶とせんべいもありますよ、どうぞ」
「ああ、どうも」
「いただくわ」
部屋の中心にある座卓でお茶とせんべいを用意しながらドレミ―が手招きしている。こんな大それたことをした人物とは思えないななんて、少し失礼なことを思いながら俺と永琳は一つ礼を言って座った。
今の状態は俺の対面に永琳が、左側にドレミーがいるような座り方だ。
「さて、場も整ったことだし本題に入らせてもらうわ」
一口お茶を飲んだ永琳は湯呑を置きながらそう言った。
さて、話とは一体何なのか。
「まず一つは貴方から預かった血液のことよ。ある程度検査が終わったわ」
「お、そうか。わざわざありがとうな。何かわかったか?」
「いたって健康ね。病気なんかの兆候も見られないわ」
「おお、そりゃよかったが……」
永琳の話は俺と彼女が初めて会ったときに預けておいた血液の話だった。俺の血液は体外に出ると気化してしまうので、輝夜の永遠を操る能力で気化するのを防いで持って行ったのだったかな。
結果は問題なしとのこと。だが俺が知りたかったのは健康状態ではなく、俺自身のことについて何かわかることがあったかどうかなのだが。
というかその血液、もう結構昔のものだろ。今更当時の健康状態がわかってもな。
そう思い微妙な表情にでもなっていたのだろう。しばらくじっと俺を見ていた永琳が、ふいにクスッと笑って肩をすくめた。からかわれていたのか。
はぁ……。俺もお茶をいただくか。
「詳しい説明はあとでね。話はもう一つあるの」
「もう一つ?」
「ええ。ハク、貴方月の都へ行ったわね?」
永琳のその言葉に持っていた湯呑を落としそうになった。
「……確かに行ったが、なぜ知ってる?」
「現での別れ際に貴方にちょっと仕込ませてもらっていたの。月の都に張られている結界に入ると起動する術式をね。知ることができるのはあくまで『結界内に入ったことだけ』だけど」
「マジか……全然気づかなかった」
「そうでしょうね。この術式は貴方に施されている封印を参考に作ったから」
「どういうことだ?」
「貴方の封印、自分じゃ認識できないでしょう? それはその封印に認識阻害の術式が組み込まれているから。対象となるのは貴方自身だけだけれども、その代わり強力よ。私が仕掛けた術式はこの部分を参考に組み上げたものなの。だから貴方では絶対気づけない」
「はぁー……なるほど」
確かに俺の封印に最初に気づいたのは紫だ。俺はその時点でかなりの年月を生きていたはずなのにまったく気づけなかった。そういうカラクリだったのか。
「月の都で何をしたのかは知っているのか?」
「いいえ。さっきも言ったけど私が知っているのは、『ハクが月の都に行った』ということだけ」
「そうか。なら、事のあらましを説明するよ」
俺は月の都を目指した理由、そして彼の地で何があったか、どう決着がついたかを永琳に説明した。
俺が話している間、永琳とドレミ―は時折質問を加えつつ真剣に聞いてくれていた。
◇◇◇◇◇
「なるほど、そんなことがあったのね」
「全面的にこちら側に非がある。戦争を回避できたのはひとえに依姫と豊姫が寛大だったからだ。それと永琳の手紙があったことも大きいな、助かったよ」
説明を終え、お茶を一口飲む。
今思い出しても冷や汗が出る。本当に危なかった。
月の代表が依姫と豊姫じゃなかったら。永琳が手紙を残していなかったら。俺が月へ行かなかったら。
こうはならなかっただろう。
もちろん、それでも最善ではなかったのだろうが。
「そんなつもりで手紙を残したわけではないけど、助けになったのならよかったわ」
「こうなると予想していたんじゃないのか?」
「まさか」
俺の問いに肩をすくめながら答える永琳。彼女ならマジで全部見通してやっているかもとも思ったのだが、今回は違ったらしい。
そんな永琳の様子を見た俺は軽く苦笑が漏れ、それをごまかすようにもう一口お茶を飲んだ。
乾いたのどを潤したところで永琳を真正面に見据える。俺も永琳に聞きたいことがあったのだ。
「なら、どういうつもりで手紙を残した?」
「え?」
「いや、そもそもその手紙には何が書かれていたんだ?」
「……」
「俺を『永琳の手紙に書かれていたハク』だと気づいた依姫の様子は、はっきり言って妙だったぞ」
「……何が言いたいのかしら?」
ふー、と大きく息を吐く。永琳に向けていた目を閉じて少し俯きながら口を開いた。
「永琳、お前は知っていたな。『記憶を失う前の俺』のことを」
目を閉じているため、永琳の表情はわからない。聞こえるのはドレミ―がせんべいを食べている音だけだ。
「……どうしてそう思ったの?」
「ずっと違和感はあったんだ、初めて会ったときのお前の反応に。自分でも不自然ってわかってただろ? あれは『地上にいないはずの月人に会って驚いた表情』じゃない。例えるなら『死んだと思っていた知り合いに不意に会った時の表情』だ」
そもそも月の都に月人を地上に落とすという罰が存在する以上、地上に月人がいるというのは絶対にありえないことではないはず。
にもかかわらず、あの時の永琳は俺を見て過呼吸の一歩手前になるまで驚いていた。まさにありえないものを目撃したかのような反応だったのだ。
「お前は月人に会ったから驚いたんじゃない。『俺』に会ったから驚いたんだ」
「……」
「同じような表情を依姫もしてたぞ。おまけに『今のハクは』なんてことも言っていた。まるで前の俺を知っているかのような、な。たぶん手紙には俺が記憶を失った元知り合いだってことを書いたんだろ?」
依姫にしても同様だ。
俺を手紙に書かれていたハクだと気づいたときの彼女の反応は、地上に住んでいる月人に対する嫌悪でも、月の都を攻め込んだ敵に対する敵意でも、自分の恩師を手助けした人への感謝でも喜びでも、その人を知らなかったとはいえ攻撃してしまった後悔でもない。
あの悲痛な表情はそういうものではなかった。
「…………はぁ」
俺の推測を黙って聞いていた永琳はしばらくの沈黙のあと、小さく息を吐いた。
そしてどこか諦めたような目をしながら穏やかに微笑んだ。
「本当にすごいわね。相変わらず鋭いわ。今も昔も変わらず、ね」
「前にも思ったが、お前は俺を過大評価しすぎだ」
確定だ。永琳は記憶を失う前の俺を知っている。
それにしても、俺が述べたのはすべて推論だ。証拠なんて一つもない。否定しようと思えばできたはずだ。
それをしなかったところを見ると、永琳もそれほど隠そうとはしていなかったのかもしれない。
そう思いながら永琳へ目を向けると、顔を少し俯けて申し訳なさそうな表情をしていた。
どうしたのか、と思った直後に俺はハッとして彼女に声をかけた。
「言っておくが永琳。俺は怒っちゃいないぞ」
「え……?」
「当然だろ。俺はお前のすべてを知っているわけじゃないが、どういう人間かはある程度知っている。かつての教え子のために永遠を生きる覚悟すら決めることができる優しい奴だ。そんな奴がただの意地悪で隠し事をしていたわけがない」
「……!」
俺の今までの言い方はもしかしたら隠し事をしていたことを責めているように聞こえたかもしれないと思い、訂正した。
すると一度は顔を上げた永琳が再び俯いてしまった。表情は見えないが頬がほんのり赤いようだ。えーと、これは本当にどうしたのだろう。
もしや怒らせてしまったかと思い始めたとき、俯いていた永琳が小さく笑い、顔を上げた。
「……いろいろと話す前にこれだけは言わせて。記憶を失ったあとの貴方が『貴方』で本当によかったわ」
そう言いながら笑みを見せる永琳。真正面からそれを見ていた俺は何だか気恥ずかしくなり目をそらした。
移した視線の先にはドレミ―がいた。俺と永琳の話に割って入ることはせず、黙々とお茶とせんべいを楽しんでいる。そこでふと気になったことをドレミ―に聞くことにした。このなんともむず痒い空気を変えたかったというのもあった。
「あー……、そういえばドレミ―も『前の俺』のことを知ってるのか?」
「むぐ? ……どうしてそう思いました?」
「いや、最初の初めましてが疑問形だったから。もしかしたら前に夢で会ってて俺が覚えていないだけかもしれないけど」
「ああー……なるほど。お二人の話を聞いてて私も思いましたが、貴方の視野の広さと注意深さは健在ですね。お察しの通り、私も『前の貴方』とは面識があります」
こちらも証拠なんてないただの推測だ。だがどうやら当たりだったらしく、ドレミ―は少し驚いたような表情をした。
「時たま夢の中で私の元へ雑談しに来ました。本来夢の世界に勝手に干渉されるのは困るのですが、『彼』の場合は他に全く影響を与えずに来れるので安心でしたね」
「自分の意思でドレミ―のところへ行けたのか?」
「ええ。『彼』の能力はそういうことにも使えたので」
「能力?」
「そこからは私が話すわ」
ドレミ―の話に気になる単語が出てきた。
『前の俺』の能力か。少し、いやかなり気になるな。
そのことについて詳しく聞こうとしたところで、永琳が解説役を買って出てくれた。
「でも、まずは謝らせてちょうだい。貴方について、知っていることを黙っててごめんなさい」
「さっきも言ったけど、気にしてないよ」
「ありがとう。黙っていた理由だけど、やっぱり確信がなくてね。99%『彼』だと思っていたけど、どうしても残りの1%全くの別人だという可能性も捨てきれなかったの。でも貴方の血液を調べた結果、100%貴方が『記憶を失った彼』だという確証が得られたわ」
「その根拠って言うのは……」
「能力よ。ハクの血液から『彼』と同じ能力が検出されたの」
なるほど。能力というのは千差万別だ。それが一致することは珍しい。おまけに月人であることも同じだ。同一人物である可能性はあるだろう。
だがこれだけの理由では100%確信するには全く足りないはずだ。能力は千差万別といったが、同じ能力は決して存在しないなんてこともない。
たとえば同じ種族だったり、同じ環境で育ったりなどで同じ能力を二人以上が持っているなんてことも十分ある。何だったらまったく接点がなく境遇も似ていない二人が同じ能力を持っていることもなくはないのだ。
なのに何故能力が同じだというくらいでこれほど確信しているのだろう。そんな疑問が顔に出ていたのか、永琳は一つ頷きながら続きを話し始めた。
「もちろん普通はこれだけでは同一人物だなんて結論には至らないわ。でもね、貴方の能力はとても特殊なの」
「特殊?」
「そう。とても、とってもね」
そこで永琳は一呼吸置いた。
「『変化を操る程度の能力』。それが貴方の、そして『彼』の持っていた能力よ」
「変化を操る程度の能力……」
繰り返して呟く。それが俺の、そして『彼』の能力。
変化を操る程度の能力。
……そんなに特殊だろうか?
「そんなに特殊だろうか?」
口に出てた。
「能力自体はとてもシンプルよ。変わるものを変わらないように、変わらないものを変わるようにできる」
「はあ……」
「でもこの能力は一つしか存在しないの。『彼』が能力でそうしたから」
「そうしたって……そんなことができるのか?」
「できるらしいわ。『彼』は能力について詳しく話さなかったから詳細はわからないけど。でもこれが事実なら、もうわかるでしょ?」
一つしか存在しない能力を持っている。なるほどこれは同一人物であるという証拠になる。ここに地上にいる元月人という条件を付ければ証明にもなるだろう。
しかし、能力……能力か。
「俺も持っていたんだな」
「能力のこと? そうね、無意識のうちにも使っているでしょう。穢れのある地上で生き続けられているのはこれのおかげよ。寿命を変化しないようにしている」
「な、なるほど。俺が長寿なのはそういう理由か」
「貴方の傷を治す体質もこの能力で元の状態に戻しているからだと思うわ。あとは……貴方の仙郷とかかしら。確か時間が止まっているわけでもないのに物が劣化しないんだったわね」
「変化しないようにしてるってことか……。そういう能力があるならそれで説明できるな」
ちょっと待て。確かにシンプルな能力だが、応用性が高すぎないか。
自身を不老にし、怪我や病気を治し、周りの物の劣化を止める。これだけでも強力すぎるのに、これがすべてではない。応用の幅はまだあるはずだ。
こんな能力、万が一悪人が手にしたら――。
「――だから一つしか存在しないようにしたのか」
「……そういうこと。その能力はシンプル故に強すぎる」
「私のいる夢の世界に悪影響なしで干渉したりもできますしね」
「そうだった。さっき言ってたな」
ドレミ―の言葉で先ほどの話を思い出す。変化を操る能力を使えば夢の世界にも干渉できるらしい。本当に応用性が高すぎる。
「なら使ってもすぐに補充される俺の生命力もその能力によるものか?」
「うーん……多分だけど、それは違うと思うわ。補充される生命力はもともと貴方が持っている、封印されているところから零れだしたものじゃないかしら」
「ああ、なるほど。さすがに生命力の量を変化しないようにする、なんてチートみたいなことはできないか」
「そうね。何でもできるってわけじゃなく、いろいろ制限もあったみたい。特に自分自身に能力を使うのはかなり難しいと言っていたかしら。寿命ぐらいなら操れたらしいけど」
「いや、十分だろ」
自分の寿命を操れるのなら、十分自分自身に能力を使っていると言えるのでは?
永琳との感覚の違いに少々呆れる。そしてそんな彼女は顎に手を当てて何やら考えているようだった。
「でも、今のその能力は私が知っているころのものと何か違うわね。力が封印されてるからかしら。能力の見た目も違うし」
「そうなのか? ていうか、能力の見た目?」
「ええ。言い忘れてたけど、ハクの血液が消えるときに出る白い煙。あれが能力そのものって考えていいわ。でも『彼』のときは黒い靄みたいな見た目だった。それをいつも手足……とは違うんだけど、手足のあたりに纏ってたわ」
おいおい、あの煙そんなに重要なものだったのかよ。
「ただ、血液がどうして消えるのかはわからないわね。能力が関係しているのは間違いないと思うけど……。さっきも言ったけど、私もその能力の詳しいところはわからないの。ごめんね」
「いや、十分だよ」
「あ、そうそう。血液で思い出したけど、貴方は血を他の人に与えて怪我や病気を治したりしていたのよね?」
「ああ、そうだが?」
「それ、あんまり多用しない方がいいかも。貴方の能力を考えると、正確には怪我を治しているんじゃなくて元の状態に戻しているの。回復を促してるわけじゃないからそれだと免疫とかが弱くなるかもしれないわ」
「あ……なるほど。今まで考えたことなかった」
「人間、多少の怪我や病気はあったほうが体が丈夫になるわ。もちろん、命にかかわるようなものだったらその限りじゃないけどね」
永琳の話を聞いて感心の息が漏れる。
そうか。今までいろいろな街や人里で医者の真似事をしていたけど、免疫力のことなんて考えたことがなかった。治せるなら治そうと深く考えずに医者の真似事をしていた俺の行動は本職からすれば考えが足りないと言わざるを得ない、ということか。反省。
「さて、私の知っているハクの能力についてはこんなものかしらね。聞きたいことはある?」
「あー……いや、今は情報を整理するので精一杯だ」
「まぁそうよね。少し休憩しましょうか」
「お饅頭用意しましょうか。せんべいばかりでは飽きるでしょう」
「すまん、いただくよ」
「ええ、どうぞ。それにしても、お二人のお話は間の説明をいくらか飛ばして進むので、私はついていくのも大変です」
「む……自分勝手に話を進めて悪い」
「いえ、これは貴方自身のことについてのお話なのでお気になさらず」
一つ礼を言ってドレミ―が出してくれたお茶と饅頭をいただく。
俺と永琳とばかりで話をしているせいでドレミ―は少し退屈だったかもしれないのだが、それを表に出さずにもてなしてくれる彼女は大人だなぁ。
さて。一息ついたところで、永琳に聞いた話を整理するか。
◇◇◇◇◇
その後、聞いた話を整理したり確認したりなどして、聞きたかったこともある程度は聞けた。
もっとも、得られた答えはあくまで永琳の知っていることであり、正確ではないかもしれないということを念押しされた。
今の俺にかかわることは思いつく限りは聞いたと思う。ならあとは――。
「あとは、一体何があったのか。それを聞きたいかな」
『彼』に何があったのか。
きっと楽しいことではないだろう。だから永琳が話したくないというのならこの質問はなしにするつもりだった。
だが永琳はゆっくりと頷いてくれてた。
「……私の知っていることだけでいいのなら」
「えーと、それは私も聞いて大丈夫なのでしょうか?」
過去のこと聞こうとしたところでドレミ―が同席していいのかをおずおずと聞いてきた。にんまりとした口元はそのままだが眉が少し八の字になっている。
もう結構な時間話を聞いていたのだから何を今更とも思ったが、これまで話していた体質や能力のことはただの情報で、しかもドレミ―には既知のものもあっただろう。だがこれから話すことはプライベートなものも含まれる可能性がある。まぁ今の俺のプライベートではないのだが。
「ハクのことなんだからハクの意思を尊重するわ」
「……と、言われても俺も内容がわからない以上、判断しにくいな。だけどドレミ―と『前の俺』が友人ならむしろ聞いてもらった方がいいんじゃないか、とは思うが」
「……だそうよ。ドレミ―はどうする?」
「では一緒に聞かせていただきます。私も『彼』に何があったのか気になっていましたから」
「うん。じゃあ頼むよ、永琳」
「わかったわ。念押しするけど、私の知っていることを私の主観で話すからね」
俺とドレミ―が永琳に向かって一つ頷く。それを見た永琳も同じように頷くとゆっくりと話し始めた。
「では話しましょう。『彼』に――『ヒルコ』に何があったのかを」
こんなに『』を使ったのは初めてです。