幻想白徒録   作:カンゲン

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本当にお久しぶりです。
もうどんなお話か忘れちゃってますよね~。

【簡単なあらすじ】
幻想郷の基盤ができ始めてきたころ。
月の都の存在を知った紫が月の技術を求めて話し合いに向かおうとしていたが、血の気が多い他の妖怪たちが欲しいものを力ずくで奪うため、勝手に月に向かってしまう。
戦争になることを止めるため紫、幽々子、ハク、シロの四人が月へと向かうが――?

といった感じです。


第三十四話 月面戦争の影響

 

「それにしても何というか……妙な組み合わせね」

 

 しばしの沈黙のあと、今一度俺たちをじっくりと観察した目の前の女性は先程とは逆向きに首を傾げながらそう言った。

 俺たちはその間ずっと手を上げっぱなしだ。疲れはしないが……何だかな。

 

「妖怪と亡霊と、それと一番小さい子は付喪神かしら?」

「……はい、合っています」

「それで貴方は……人間? でも全然力を感じないわね」

「事情があって抑えるようにしてるんでね」

「なるほど。でも普通の人間にはそんな芸当はできない。妙な人間ね」

「よく言われる」

 

 ピリピリとした緊張感を肌で感じながら、努めていつも通りの声色で話す。網代笠のおかげか、どうやら俺が輝夜の一件を邪魔した地上人だとは気づいていないらしい。同時に、月人であるとも。

 表面上は何気ない会話だが、内心ではお互い警戒しまくっているだろう。いや、警戒しているのは俺たちだけか。

 

「それで? 一体何の用かしら?」

 

 そんな俺の考えを証明するかのように、全く緊張した様子のない女性が手に持った刀を弄びながら問いかけてくる。厄介なのは余裕そうなのに油断していないというところだろう。だが幸いなことに問答無用で排除してくるようなタイプではないらしく、一応こちらの話も聞いてくれるようだ。

 相手の様子を見た紫は一つ深呼吸をして手を下ろし、俺たちの代表として話し始めた。

 

「……話を聞いてくれるのは助かるわ。まず初めに、私たちは貴方たちと戦いに来たんじゃない」

「じゃあ何しに来たのかしら?」

「交渉をしに、よ。いえ、そのつもりだったというべきね」

「それは私たちに武力では敵わないと知って方向転換したってこと?」

「いえ、もともと交渉だけが目的で道を繋げたの。もちろん話し合いとしての交渉よ」

「ふむ……?」

 

 顎に手を当てて考え始めた女性に紫が今回のあらましを説明し始めた。説明を聞いている間、女性は口を挟むことなく黙考していた。

 

 

 

 紫の説明が終わったあと、女性は目を閉じて考えていたようだが、しばらくすると一つ頷いて口を開いた。

 

「なるほど。確かに貴方たちの話に矛盾はないわね」

「はぁ……わかってもらえて何より――」

「でも」

 

 ピリッ……と、電気が走るような感覚がした。

 

「その話が真実であるという根拠もない」

「っ! 紫! 今すぐ地上へのスキマを――」

「させると思う?」

 

 嫌な予感を感じた俺が撤退の指示を出すよりも早く、目の前の女性が手のひらをこちらに向ける。その瞬間、俺たち一人一人に結界が張られた。

 この結界は……!

 

「これは、移動制限結界!?」

「どうしてハクと同じ結界を、あの人が……」

「だ、ダメです! 解除できません!」

 

 移動制限結界。それも普段俺が使っているものと基本的な構成が同じやつだ。だがこれに込められた力量や術式の複雑さは段違いで、おまけに能力制限の効果も付与されているため、いつもならあっさりと解除出来るはずの紫やシロでさえ動けずにいる。

 思わずといったように紫が言った内容を聞いた女性は少し驚いた表情をした。

 

「あら、結界の性質を見抜くのが早いわね。慌てずとも殺すつもりはないし、ちゃんと地上に帰してあげるわよ。ただ、このまま何もせずに帰ってもらうわけにはいかないわ」

「……一体何をされるのかしら?」

「単純よ。私と貴方たちの格の違いというものを叩き込むだけ。二度と月の都を侵略しようなどと考えられないほどに」

 

 女性はそこまで言うと、俺たちを見ていたその視線を一点に集中させる。中心にいた紫に。

 

 マズい――!

 

 俺はそう思うと同時に自分に張られていた結界を解除して急いで紫の前に立った。その瞬間、視界が白に染まる。

 

「ハクっ!?」

 

 紫の切羽詰まった声を背後に聞きながら、眼前に迫ってくる一発の弾丸を見て全生命力を短刀『黒竜』に注ぎ込む。時間が引き延ばされるような感覚を覚えながら、西行妖の一件のときの妖忌を思い出し、全集中力をもって慎重かつ正確に魔力弾を切り伏せた。

 だがそれでも圧倒的な力の差から完璧に防ぐことはできず、生じた余波が全身を襲う。切り刻まれるような痛覚に耐えながら、せめて後ろに被害が行かないよう、みんなの周りに防御結界を張った。

 

「――はっ」

 

 何とか生き残ったと、思わず息が漏れる。被っていた網代笠は吹き飛び、着ていた服はボロボロだ。体の至る所から血が流れ出し、地面に血だまりを作っている。

 

 俺の中の力の封印は、永琳に解いてもらったのが一番最後だ。輝夜が寝たきりとなった老夫婦に付き添っているときにやってもらっていた。もちろん封印がすべて解かれたわけではないのだが、力の上昇量はこれまでで最も大きかった。正直今の俺ならば、単純な妖力のぶつけ合いなら紫にだって勝てるだろう。

 

 その力をすべて使っても相殺しきれなかった。まともにくらえば素の防御力が高い妖怪でも戦闘不能にまで追い込まれるような威力だ。普通の人間と大差ない脆弱さの俺がくらえば消し炭になっていただろう。

 

 気が抜けない。

 緩みかけた緊張の糸を限界まで張り直して白孔雀も鞘から引き抜いた。俺たちが地上に脱出するには紫の能力が不可欠だ。何とか紫に張られている制限結界を破壊してスキマを繋げてもらわなければ。

 

 俺の役割は目の前の彼女を足止めすることだ。両の刀を強く握りしめ、半ば睨むように月人の女性を見やると――。

 

「…………あ、貴方、まさか……」

 

 金縛りにあったように体を固まらせて目を見開く女性が目に入った。

 

 急な女性の変わりように少し困惑していると、またも俺の周りに結界が張られた。先程と同じような制限結界だが、構造がさらに複雑になっている上、三重に張られている。

 とはいえ俺にはあまり関係がない。いかに複雑で難しくとも、すでに解き方がわかっているものに苦戦するはずもない。俺は先程と同じように結界に干渉し解除した。

 

「やっぱり、本当に……」

 

 その様子を見ていた女性はそう呟くと何故か悲痛そうな表情をし、顔を俯けた。

 

 既視感を、感じた。

 

「……貴方たち、今すぐお姉様を呼んできなさい。白髪の剣士がやって来たと言えばすぐに来るわ」

 

 今までの堂々とした様子からは想像できないほど小さく呟くように言ったその命令は、それでも兎耳の少女たちを慌てされるには十分だったようで、少女たちは逃げるようにこの場を離れていった。

 

 やがて月人の女性と俺、そして未だ結界に囚われている紫と幽々子とシロ以外誰もいなくなると、女性は構えていた刀をゆっくりと下ろした。

 

「真っ白い髪。それとは対照的な真っ黒い瞳。その二つを模したような二刀。そして何より――我々の力を使い、我々の術を知っている」

 

 女性はそこまで言うと、困ったような、それでいて安心したような複雑な笑みを向けながら一つ息を吐いた。

 

「貴方が八意様が言っていた……ハク様、でしたか」

「……っ!」

 

 その言葉に俺は息が詰まるようだった。湧き出てきたたくさんの疑問が気管を圧迫してしまったのかと錯覚する。

 

 何故俺のことを知っているのか。それを女性に聞く前に、彼女は一つ指を打ち鳴らした。同時に、紫たちに張られていた結界が解ける。

 自由になった紫たちは一瞬ふらつきながらもすぐに態勢の整える。その様子を見ていた女性はゆっくりと首を振った。

 

「もう戦う気はないわ」

 

 そう言いながら肩をすくめる女性に、面食らった紫たちも自然と拳を下げた。戦闘が終了したのは喜ばしいことなのだが、展開が急すぎてついていけないのだろう。かく言う俺もそうだ。

 

「どうして俺のことを知っている?」

「八意様からの手紙に書いてあったので」

「八意……永琳が? 手紙? 一体どうなってるんだ?」

「説明します。なのでとりあえず、その刀をおさめてくれないかしら?」

 

 困ったような笑みを浮かべた月人の女性にそう言われ、俺はようやく白孔雀と黒竜を握りしめたままだということに気が付いた。戦うつもりがないと言ったのはこちら側なのにと、少し自分に呆れながら俺は二刀を鞘におさめた。すでに傷も塞がり、地面を染めていた血も消えている。

 

「悪い」

「いえ、それはこちらもですので」

 

 短く言葉を交わす。

 

「私の名は綿月依姫(わたつきのよりひめ)。貴方のことは先程言った通り、八意様の手紙で知ってるわ」

「逃亡者の永琳が月に手紙を送ったのか?」

「いえ、手紙は姫様のいた屋敷に隠してあったの。私たちにだけわかるように」

「……だとしても、永琳と輝夜が逃亡者だということは変わらないし、それを手伝った俺も要注意人物じゃないのか?」

「大きな声では言えないけど、八意様は私たちの恩師なのです。あの人が間違ったことをするとは思えない。それに姫様のこともよく知っているわ。確かに今の私たちはお二人を罰する立場にいますが、その日が来ることは永遠にないでしょう。当然、その二人を助け、その上私たちの送った使者を誰一人傷付けなかった貴方も」

「……そうか。永琳に感謝しないとな」

 

 ふー……と、大きく息を吐く。戦いを止めてくれた理由を知れて安心した。知らずのうちに永琳に助けられていたようだ。

 こうなることを知っていたのだろうか。まさかとは思うが……否定もしきれない。あいつは少し頭が回りすぎる。

 

「話の全部を理解できたわけじゃないけど、間接的にハクに助けられたらしいわね……」

 

 後ろにいた三人も安心したように胸をなでおろしている。特に紫は今回の件の中心だったため、安堵も人一倍だろう。

 

「理由はどうあれ、戦いを止めてくれて感謝するわ」

「少なくとも一度は我々月の民と接触したハク様が、月の都に攻めようとするはずがないもの。元月人とは言え、今のハク様の力は地上人と大差ないからね」

「え……?」

「ハクが……元、月人?」

 

 依姫の発言を聞いた紫と幽々子が呆けた顔でこちらを見る。その表情は驚いているというよりも何を言われているのかわからないといったものだ。

 少しばかり頭を抱える。そんな俺の様子を見ていた依姫は少し首を傾げたあと、ハッとした表情をした。

 

「あ、そういえば周りには隠していると手紙で……」

「まぁな。でも多分、いい機会だったんだろう。いつか知られることではあったし、話すつもりでもあった。俺以外が言うとは思わなかったけど」

「すみません……」

「いいよ」

 

 気にしている様子の依姫に肩をすくめて見せた俺は、後ろにいる紫と幽々子を見た。

 

「紫、幽々子。この話はあとでな」

「……はぁ、わかったわ」

 

 いろいろな感情が渦巻いているだろうに素直にうなずいてくれた二人に内心で感謝しながら、依姫のほうへ向き直る。

 ひとつ大きく深呼吸をした紫が前に出て、俺の隣に立った。

 

「聞きたいのだけれど、私たちの前にここに来た妖怪たちはどうしたの?」

「彼らには先ほどの貴方たちと似た対応をさせてもらったあと、すぐに地上へ戻したわ」

「そう。彼らは本気でここを攻撃するつもりだったはずだけど……。地上の妖怪を代表して謝罪します。そして寛大な対応に感謝を」

 

 ゆっくりと頭を下げる紫に合わせて俺たちも頭を下げる。

 

 やつらの独断専行とはいえ、制御しきれなかった俺たちには当然責任がある。何かしらの対応策はあったはずだし、できたはずなのだ。

 だができなかった。結果的に穏便に済んだものの、一歩間違えれば戦争状態になってもおかしくない状況にまでなってしまったのだ。

 

「頭を上げてください。地上にいる妖怪と一口に言っても、その思想は様々で一枚岩とはいかないでしょう。私たちも似たようなことがあったのでよくわかるわ」

 

 少し遠い目をしながら苦笑する依姫の言葉に俺たちは頭を上げた。

 

 似たようなこと、か。高度な知能を持つ月人でもそういうことがあるのか。

 少しばかり親近感を覚えた。いや、俺自身彼女たちと同じ月人であったため、そう感じるのは不自然でもなんでもないのだが。

 

「ともかく、この一件についてはハク様への僅かながらの恩返しということで、不問とします」

「それはありがたいが、いくら恩があるからって俺に様をつける必要はないぞ。輝夜と永琳のことは俺がしたくてしたことだし、使者たちに危害を加えなかったのは単純にできなかったからだ」

「い、いえ、ですが……」

「まぁいいじゃないの依姫? 本人がこう言っているのだし」

 

 突然知らない声が背後から聞こえ、反射的に振り返る。するといつの間にいたのか、腰ほどもある長さの金髪に金色の瞳をした女性が扇子を口に当てて笑んでいた。

 その女性がいたことに驚いたのは俺だけではなく、紫たちも同様だったようで皆一様に固まっていた。

 俺と紫の真後ろという位置的に後ろにいる幽々子とシロがその女性に気づかないはずがないのだが……。瞬間移動のような能力でも持っているのだろうか。

 

「お姉様、来てくれたのですね」

「ええ、急いで来たわ。ところで、私も貴方のことをハクと呼んでもかまわないかしら?」

「あ、ああ。もちろんだが、あんたは?」

「申し遅れました。私は綿月豊姫(わたつきのとよひめ)。月の使者のリーダーの一人で、綿月依姫の姉です。よろしくね」

 

 くるりと回りながら自己紹介をする彼女は依姫の姉とのことだ。姉妹で月の使者のリーダーをしているのか。

 

「私は八雲紫。この度は地上の一部の者の独走で大変なご迷惑をおかけしました。同じ地上の妖怪として謝罪します」

「はい、謝罪を受け入れます。まぁこっちの被害はまったくのゼロだから気にしないでいいわ。貴方たちの前に来た妖怪たちは体もプライドもボロボロでしょうけど」

「自業自得よ。これでもまだ世界の広さがわからない井の中の蛙ならそれまで。むしろこちらがやるべき教育をしてくれて感謝だわ」

「あら、授業料でも取ればよかったかも」

 

 紫との掛け合いでくすくすとひとしきり笑った豊姫は、少し体を横に傾けて俺たちの後ろに目をやる。

 

「さて、後ろの二人はどなたかしら?」

「私は西行寺幽々子よ。紫はここの技術とかを聞きに来たみたいだけど、私は特に用事はないの。ただ興味があったら寄らせてもらったわ」

「あら、好奇心の強い亡霊なのね。隣の小さなお嬢さんは?」

「白孔雀です。長いのでシロと呼んでください」

「白孔雀……。確か八意様の手紙に書いてあったわね。そう、貴方が白き刀『白孔雀』の付喪神さんなのね。よろしく、シロ」

「よろしくです」

 

 一通りの自己紹介を聞いた豊姫はうんうんと頷く。

 

「今回の件、先ほど依姫が言った通り不問とするわ。とは言え、なかったことにはできないから、そこは許してね」

「とんでもない、十分すぎるほどだわ。感謝します」

「―――――」

「え?」

 

 豊姫が紫の耳元で何かぽつりと言ったような気がしたが、声が小さすぎて聞き取れなかった。何と言ったのかを尋ねようとする前に豊姫は紫の肩をぽんと叩き、薄く微笑んだ。

 

「そうそう、貴方たちが来た目的であるこちらの技術の話だけど、私たちの一存では決められないし、だからと言って上と掛け合っても反対されるはず。だからこれで我慢して頂戴?」

 

 そう言って豊姫がどこからか出した大き目の包みを紫に渡す。当然受け取った紫は首を傾げていた。

 

「これは?」

「ただのお酒。でも結構古いものだからおいしいと思うわよ?」

「……ありがたく頂戴します」

 

 少しの沈黙のあと、軽く礼をする紫。

 こちらは迷惑をかけただけなんだが……。懐が大きい、なんてものじゃない気がする。

 

「じゃ、皆さんを私の能力で地上へ送るから、この辺りに並んでくれる?」

「ええ、お願いするわ」

「あ、あの」

 

 豊姫の言葉に従い彼女の近くに歩み寄る途中で依姫が声を上げた。

 どうしたのかと見てみると、彼女は少し驚いたような表情で口に手を当てていた。無意識に言葉がでてしまったのだろうか……?

 

「あ、いいえ。何でもありません。話せてよかったです、ハク」

 

 穏やかに笑みを浮かべながらそういう依姫に、言葉が詰まる。

 どう反応すればいいのか少し困ったが、正直に心の内を話すことにした。

 

「できれば、もう少し平和なシチュエーションで話をしたかったが。でも、俺も話せてよかったよ」

 

 俺の言葉を聞いて笑みを深める依姫と豊姫。

 

 今回の事件を未然に防ぐことはできなかったが、最悪の事態は回避できた。それは話のわかるこの二人がいてくれたからこそだろう。感謝してもしきれない。

 

 さて、とひとつ前置きをした豊姫は俺たちのほうへ向き、こちらに向かって手をひらひらと振った。

 

「それでは皆さん。願わくは、次に会うときはゆっくり話ができるといいわね」

「ええ、そうできることを願うわ」

「お邪魔したわね」

「お騒がせしました」

 

 紫たちの一言を聞いた豊姫と依姫はゆっくりと頷き俺に目を向けた。

 俺は一度頷いて、二人にひらひらと手を振った。

 

「またな」

 

 たったそれだけだったが、豊姫はにっこりと、依姫は少し頷いて小さく笑みを返してくれた。

 

 その笑顔を見た瞬間、視界が暗転した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 気が付けば俺たちは一つの大きな屋敷の前に立っていた。上を見てみれば明るく輝く月がいつものように辺りを照らしている。

 地上に戻ってこれたと、大きなため息が同時に四つほど聞こえた。

 

「何とか最悪の事態は回避できたわね。一時はどうなることかと思ったけど」

「まったくその通りね~。私なんか何の役にも立てなかったし」

「最初のゴタゴタのこと? ならハク以外役立たずだったわよ」

「すみません、ハク様……」

「気にするな。あの結界はお前らにはキツイだろ」

 

 こちらに向かって申し訳なさそうな顔をする三人に苦笑が漏れる。

 そこで紫がそれにしてもと前置きをして俺のほうを向いた。

 

「どうしてハクはあの結界を解除できたの? あんな複雑な結界、私は見たこともなかったのに」

「……俺は知っていたからだ」

 

 制限系の結界はただ張るだけでも難しい。干渉するのも同様にだ。だから対策なんかしなくても干渉できる者は少なく、地上では問題にはならなかった。

 

 だが依姫の張った結界には干渉対策用に複雑な術式が組まれていた。月人の基準ではそういう対策をしなければすぐに無効化されてしまうからだろう。

 

 そして俺はその結界を無効化できた。月人を基準に張られていたはずの結界を。

 

「……ハクは元月人だったから、最初からあの結界の構造を知っていた、てこと?」

「そういうことだ」

 

 理由を簡単に説明した俺は、改めて二人に向き直り頭を下げた。

 

「月人だってこと、黙ってて悪かった」

「ハク……」

「……」

 

 二人が今どんな表情をしているのか、頭を下げている俺にはわからない。

 

 怒りか、失望か。それとも不信か。

 少しばかり不安がよぎった。

 

 そんな俺の頭を細い手がぽんぽんとなでてきた。いつも俺がやっている手つきと同じだ。

 

「別に怒ってないわ、ただ驚いていただけ。幽々子もそうでしょ?」

「ええ、そうね。まさかハクが宇宙人さんだなんてね。まぁなんとなくそんな気もしてたけど」

「ほらね。だから頭を下げる必要なんてない」

「……悪い」

 

 ゆっくりと頭を上げる。視界に入った二人はやけにニコニコとしており、なんとなく気恥ずかしくなった俺は頬をかいた。

 

「俺も自分のことを知ったのは割と最近なんだ。きっかけができたのはちょうどここ」

「ここ?」

「ああ。ここはかぐや姫の住んでいた屋敷の前だ」

「へえ、これが噂の……」

 

 俺の言葉に二人が目の前の屋敷に目を向ける。この屋敷はかつてかぐや姫と彼女を育てた老夫婦が住んでいた場所だ。豊姫がここに送ったのは馴染みがある場所だったからだろうか。

 

「月の使者たちが輝夜を連れ戻しに来た日、俺と輝夜ともう一人の協力者は仙郷にさっさと逃げた。そこでその協力者に自分のことを教えてもらったんだ」

「ふーん……って、あれ? ハクは最近まで自分が月人だってことを知らなかったの?」

「ああ。俺には昔の記憶が無いんでな。ずっと前の自分のことは知らない」

「記憶喪失ってこと?」

「そうだ。幽々子とおそろいだな」

 

 少し心配そうな表情をしていた幽々子の頭をぽんぽんとなでながらニッと笑う。しばしキョトンとした様子の幽々子だったが、すぐにクスクスと笑ってくれた。

 まぁ、暗くなるよりは何倍もいいだろう。

 

 一つ息を吐き、頭を振りながら話を続ける。

 

「月人であることを黙っていたのは悪かったが、積極的に広めるつもりもない」

「……そうね、下手に広めれば無用な混乱が起こる」

「でも妖怪の山のハクのお友達なら問題ないんじゃない? 貴方の正体が何であっても、それで態度が変わるような人たちじゃないと思うわよ?」

「そうだな……。とりあえず、天魔と萃香、それに勇儀には話しておくか」

 

 昔からの友人である三人のことを思い浮かべてみる。

 ……うん。俺が月人だといったところで何かが変わるような感じはしない。

「あ、そうなんだ。で? それが何か問題?」とか言われそう。

 

「……まぁ、妖怪の山に帰るか。紫、頼む」

「そうね。すぐスキマを繋げるわ」

 

 そういって紫はすぐにスキマを開いた。ここを通れば妖怪の山に着く。大して時間はかかっていないはずなのにずいぶん久しぶりに戻るような気がするのは仕方ないことだろう。それくらい濃密な時間だった。

 

 少々……いや、かなり疲れていることを自覚しながら俺たちはスキマに飛び込んだ。

 妖怪の山の連中に結末を伝えないと。帰ってからも少し忙しそうだ。

 

 そういえば、網代笠拾うの忘れてたな。

 

 

 


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