幻想白徒録   作:カンゲン

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すごいお久しぶりでございます。
ひたすらにほのぼの会話文多めで、どうぞ。


第三十二話 閑話 妖怪の山と白玉楼での一幕

 

 ―伝説の人間とは?―

 

 妖怪の山に戻って十日ほど。

 

「あ、文ー」

「おや、ハクさんではないですか。何か用ですか?」

「ああ、いや、大した用じゃないんだが、少し聞きたいことがな」

「私の知っていることならばお任せください!」

 

 胸をとんと叩いてにっこり笑っている文はかわいいし頼もしく感じる。そんな彼女を見て一つ頷き、聞きたかったことを口にした。

 

「俺がここにいない頃、俺ってどんな風な人間だって言われてたんだ?」

「へ? ハクさんがどんな人と言われていたか、ですか?」

「ああ。久しぶりにここに帰ってきたときのみんなの反応が気になってな。お前なんか気絶の一歩手前みたいになってたし」

「そ、それは忘れてもらえると~……」

 

 あの時のことを思い出しているのだろう、文の顔が赤くなっている。

 しばらくするとコホンと一つ咳払いをして話し始めた。

 

「えーと、私もハクさんの噂はいろいろと聞いていたのですが、どれもあやふやなもので、しかも矛盾したようなものもあったので一概には言えないんですよ」

「そうなのか?」

「はい。一致していたのは今の妖怪の山を統べる天魔様や萃香さん、勇儀さんと並ぶほど強かった、ということだけです。逆に言えばそれ以外は不確定もいいところ。男性ということは知っていましたが、身長が高かったとか低かったとか、かっこよかったとか童顔だったとか、怖かったとか優しかったとか、冷静だったとか戦闘狂だったとか、それはもういろいろありました」

「へぇ……」

 

 いろんな憶測が飛び交っていたということか。

 

「なるほどねー。でもそんなの天魔とかに聞けば真偽はすぐわかりそうなもんだが」

「いやーそのー、私のような下っ端天狗が天魔様や大天狗様などに興味本位で話を聞くなど、とてもとても」

「そういえば天狗は上下関係を重んじる種族だったな」

 

 たははーと笑いながら頭に手をやる文。

 

「それで? 今はよくわかったか?」

「はい! 男性で身長は高め、かっこよく優しく冷静ですね」

「はは、ありがとう」

「いえいえ、事実ですから。あ、ですが一つ疑問が……」

「なんだ?」

 

 何を疑問に感じているのか聞いてみるが、文は気まずそうな顔をしてうーんうーんと唸っている。

 

「いえ。流石にこれは、その、失礼かと……」

「んん? よくわからんが、聞きたいことがあるなら聞いていいぞ。ちょっと変なこと聞かれても怒らないから」

「そ、そうですか? では……その、ハクさんって本当に強いんでしょうか?」

「ぶふっ……」

 

 吹き出してしまった。

 

 そ、そうか……。性格や容姿は一緒にいればわかることだが、戦闘は実際にしてみないとわからないもんな。おまけに俺に関する噂はどれもあやふやなものばかり。たとえ一致していたとはいえ、俺が強いという噂も本当かどうかはわからない、ということか。

 

「……よし! じゃあ手合わせしてみるか?」

「ええ!? い、いや流石にそれはちょっとー……」

「もちろん手加減するよ。俺は文の半分くらいしか力を使わない。これでどうだ?」

「む……。いくらハクさんと言えども、そんな条件では勝負になりませんよ。私だって最強クラスの妖怪、天狗の端くれです。あまりなめないでくださいね」

 

 表面上は穏やか。しかし少しばかり目つきを鋭くした文が言った言葉は、聞いていた俺を笑わせるには十分だった。

 

「あっはははは…………そりゃこっちのセリフだ。かかってこいよ、新人(ルーキー)ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

「きゅう~……つ、強すぎですよ、ハクさ~ん……」

「まぁ、なんだ、精進しろよ」

 

 今日も平和で騒がしい。

 

 

 

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 ―白玉楼のとある一日―

 

 白玉楼の一件を終え、それなりに経ったころ。

 

 短い木刀を右手に持ち、自然体で前を見る。対面には長い木刀を持つ妖忌。

 

「悪いな、俺のわがままを聞いてもらって」

「いえ、私もハク殿の剣技には興味があるので」

「俺のはそんな大層なもんじゃないけどな。だから本場の技を体験してみたいっていう感じだ」

「はは、勉強熱心ですな」

 

 会話が途切れる。

 

 俺は少し腰を落とし、妖忌は木刀を両手に持ち正面に構える。

 

「いざ」

「尋常に」

『勝負!』

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 木刀同士がぶつかり合う乾いた音を聞きながらお茶を飲む。

 滅多にみることのできない強者同士の打ち合いを楽しんでいると、すぐ隣にスキマが開いた。

 

「やっほー幽々子。遊びに来たわよ……って、あら、喧嘩中?」

「いらっしゃい紫。違うわよ、ただの手合わせ」

「ま、そうよね~」

 

 スキマから出てきた紫は器用に一回転しながら隣に座った。私は紫用の湯呑にお茶を入れる。

 

「はい、紫」

「ありがと。……それで、何がどうしてこうなってるの?」

「別に特別なことは何もないわよ? ちょっと前にハクが来て、妖忌と戦いたいって言って、妖忌が了承して、こうなってるの」

「ふーん」

 

 普段の穏やかな様子からは想像できないほど、右へ左へ上へ後ろへ激しく動くハク。そしてそれに冷静に、かつ的確に対処する妖忌。

 このレベルの戦いはもはや美しい。

 

「……こうしてみると、二人の戦い方は大分違っているのね」

「そうね。妖忌は一つ一つの動きが正確で無駄がない。その動作だけでもはや芸術の域だわ。対してハクは緩急をつけつつ高速で動いて相手を翻弄。刀だけじゃなく手足も最大限に使って攻撃と防御をしているわ」

「妖忌の木刀を素手で弾いているけど、真剣だったら切れてるんじゃない?」

「いえ、ちゃんと刀の腹を狙って弾いているわ」

 

 右へ行ったかと思えば左へ、正面から来たと思えば背後に。遠目から見ている私でも追い切れないのだ、実際に対峙している妖忌は私以上にハクの動きに翻弄されるはず。なのに顔色一つ変えずにハクの動きに対応する妖忌。

 そして逆にその正確無比な剣筋で相手を切り伏せるはずの妖忌の刀を、手で、足で、全身で弾き、逸らし、躱しているハク。

 

 二人とも達人を通り越して神業だ。

 

「それにしても、どうしてこんなに戦い方が違うのかしら?」

「妖忌は人間たちから対人間用の剣技を習い、それをもとに自分なりに研究して研鑽して剣技を極めたのだったわね。でもハクはすべて独学、かつ対妖怪用の剣技を求めた。おまけに相手は獣型の妖怪が多かったからね。違いが出るのも当然だわ」

「なるほどね……」

 

 紫の説明を聞いて納得する。そもそもの始まりが違うというわけか。

 

 

 

 違う経緯で積まれてきた二人の剣技に見惚れていると、あっという間に二人の手合わせが始まってから三十分が経っていた。

 

「……ふぅ。ここまでにしよう。相手してくれてありがとな」

「いえ、私にとっても大変有意義な時間でした。新しい世界を目にした気分です」

「はは、大げさだな」

 

 二人で楽しそうに話しながら屋敷のほうへ歩いてくる。私はそんな二人にお茶を入れて差し出した。

 

「はいどうぞ。ちょっと冷めちゃってるけど、運動したあとならこっちのほうがいいでしょ?」

「お、ありがとう幽々子」

「ありがとうございます、幽々子様」

「あれ、紫も来てたのか。全然気づかなかった」

「私もです。申し訳ありません」

「別にいいわよ。面白いものも見れたし」

 

 頭を下げる妖忌にひらひらと手を振って構わないという紫。

 

「しかし、流石に疲れたな。汗も結構かいてるし……。妖忌、風呂を借りてもいいか?」

「ええ、もちろん」

「……というか、妖忌も一緒にどうだ? 今の手合わせのことも話したいし」

「よろしいのですか? では喜んでご一緒させていただきます。私もちょうど同じことについて語らいたいと思っていました」

「おう。てことで幽々子。風呂借りるな」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 二人が並んで風呂場へと向かう。その二人を見送っていると、近くから妙な笑い声が聞こえてきた。

 

「ふへへ……ハクと妖忌が二人でお風呂……」

「……紫」

「大丈夫よ~幽々子。私の能力をもってすれば、あの二人に気づかれずに覗くなんてこと朝飯前なんだから……ぐへへ」

 

 正直気持ち悪い笑い方をする友人……の後ろを見た私は何も言わずに目を閉じた。あとは彼が相応の対応をするだろう。

 

「紫」

「え? へ!? ハクぅ!?」

「俺も仙郷を使えば離れた場所からお前の動向を見るくらいわけないんだが?」

「い、いやー、あははー、今のはただの冗談で……」

「……お前ともあとで手合わせしよう。妖術を使っての模擬戦だ。本気でかかってこい、本気で叩き潰してやるから」

「ごめんなさ―――い!」

 

 今日も平和で騒がしい。

 

 

 

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 ―影狼はかわいい―

 

 妖怪の山にきて百年ほど。

 

「あ」

「む?」

「あれ?」

「わ」

 

 特に待ち合わせしていたわけではないが、私こと妹紅と慧音、影狼、シロがばったりと鉢合わせした。

 

「こんなばったり会うとは、面白い偶然だな」

「ほんとに。みんなどうしたの?」

「私は散歩の途中です。みなさんは?」

「私も散歩」

「私もだ」

「私も」

 

 しばしの静寂のあと、小さく笑い合う。

 少しの雑談のあと、慧音が思い出すように話し始めた。

 

「そういえば、ここに来てもう百年経ったな」

「妖怪といるのも、すっかり慣れちゃったよ」

「私は……まだちょっと」

「影狼さんの敬語が取れるのは私たちとハク様の前でだけですからね。敬語を使うな、とは言いませんが、もう少し肩の力を抜いてもいいかと」

「シロは誰に対しても敬語だがな……」

 

 慧音のツッコミをものともせず、瞳を輝かせたシロがこう提案した。

 

「ではここで、少し強気な口調や態度を練習してみましょう!」

「え、えぇ? 私はこのままでもいいと思うんだけど」

「いえいえ、妖怪は人間に恐れられてなんぼですし、無駄にはならないと思いますよ? 口調だけでも変えれば印象も変わりますし、自分に自信もつきますしね」

「い、一理あるかも」

 

 む、無駄に理由がちゃんとしてる……!

 

「では手始めにまず、オラーとかコラーとか言ってみてください」

「お、オラーコラー……?」

「もっと語気を強く! 視線はえぐりこむように!」

「お、オラー! コラー!」

「かわいいな」

「うん、かわいいね」

 

 声はどこか甘ったるく、視線は上目遣いなため、オラーコラーと言われてもただかわいい。

 

「ふむ、わかっていましたが、影狼さんにこの路線は合いませんね」

「なんでやらせたの……」

「ではミステリアスな妖怪を目指すのはどうだろう」

「いいアイデアです、慧音さん」

 

 ……人間大好きの慧音が、影狼を人間に恐れられる妖怪にするのを手伝うってどういうことなの。

 

「足を組んで、腕は……うん、こんな感じだ。少し顎を上に、相手を見下すようにして、薄く笑みを浮かべてみろ」

「……こ、こう?」

「かわいいですね」

「うん、かわいいね」

 

 にっこり笑う影狼。かわいい。

 

「わかっていたが、ミステリアスとか影狼から最も遠い属性だったな」

「な、なんでやらせたのぉ……」

「うーむ……妹紅、何かアイデアはないか?」

「ええ、私?」

 

 急に話を振られて少し動揺する。

 アイデアと言われてもなぁ。

 

「なんかこう……攻撃的なことを言ってみれば?」

「例えばどんなことだ?」

「えぇーと……『月に代わっておしおきよ!』とか……?」

「なんでそのチョイス!?」

「いいアイデアだな妹紅!」

「流石妹紅さんです!」

 

 いけない。私もここの妙な雰囲気に飲まれてしまっている気がする。

 

 ……あれ? あの少し遠いところからこっちに向かって歩いてきているのは……。

 

「さぁ! 影狼頼む!」

「えぇ!? ほんとに言わなきゃダメなの!?」

「せっかくの妹紅のアイデアを試さないわけにはいかないだろう!」

「こ、こんなところ他の人に……は、ハクさんとかに見られたら、私……」

「大丈夫です! ハク様は今近くにいません。ええ、いませんとも!」

「さあ! 言ってやれ影狼!」

「うぅ~……もう! つ、『月に代わっておしおきよ!』」

 

 

 

「なに面白いことやってんだ、お前ら」

 

 

 

 ゆっくりと振り返る影狼。そして一瞬で赤くなる影狼。羞恥でぷるぷると震えだす影狼。

 そして笑いをこらえてぷるぷると震えだす慧音とシロ。

 

「影狼、お前……」

「……あっ……なっ……は、ハクさ……!」

「お前、かわいいな」

「うわ――――――ん!」

 

 ……今日も平和で騒がしい。

 

 

 




文「せ、戦闘狂って噂も本当かも……」


紫「ぎゃー! 無尽蔵な生命力を最大限活用した連続攻撃ー!?」


ハク「影狼にかわいいって言っただけで泣かれたんだが……」



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