ですが、今回出てくる妖怪は皆さんわかるでしょう。
あれから数年の時がたった。この人里にはずいぶんな時間滞在したが、そろそろ次の場所に向かおうと思う。ここにいるやつらには世話になったし俺も離れがたいのだが、人に会う以外にも目標がある。それは記憶を取り戻すことだ。
どこに向かえばいいかはわからないが、ここに居続けることが正解ではないだろう。俺の出身地はここではないようだしな。
里の連中には近いうちに旅に出ることを伝えてある。一緒に遊んだりした子供たちや、前に依頼に来てくれた人たち、妖怪退治の同業者たちが毎日のようにここに残ってくれと説得しに来ている。
信頼されているようでとてもうれしいのだが、俺にもやりたいことがあるのだ。相変わらず名前もないしね。
「仙人様、本当に旅立ってしまうのですか?」
「悪いな。俺にも色々とやりたいことがあってな。大丈夫だ、これが最後ってわけじゃないさ。気が向いたら立ち寄ったりするよ」
今日は里を出る日だ。人里の半分以上の人たちが見送りに来てくれた。
一人一人に挨拶をしていると妖怪退治の専門家たちがこちらに向かってきた。
「仙人様、これを」
「なんだ、これ?」
「私たちが作った刀『
「おお…!」
受け取った刀を抜いてみる。純白の刃に光が反射し、儚げな印象を受ける。鍔はなく、刃渡り六十センチほどの直刀だ。今まで使っていた短刀はせいぜい二十センチほどだったので戦闘ではいささか使いづらかったのだ。もともと自傷用にだけ使う予定だったものだから仕方ないのだが。
これは大変ありがたい。力の操作は慣れているとはいえ、力の量自体は多くない。いざという時の護身用の武器はあったほうがいい。
「これは助かるな。ありがとう」
「その刀はある程度の量の力を蓄えられる性質を持っています。仙人様は一度に大きな力は使えないようなので、それに少しずつでも蓄えておけば、いざという時あなたを守る刃となるでしょう」
さすが専門家。よくわかっていらっしゃる。俺の性質を知り、それにぴったりの武器を作るとはさすがとしか言いようがない。
直刀を鞘にしまい、腰に差す。
「俺からもみんなに渡すものがある。ほれ」
「これは…赤い玉?」
持ってきておいた袋を取り出し中身を見せる。入っているのは鮮やかな赤色をした直径三、四センチの球体だ。
「俺の血液を圧縮して固形にしたものだ。液体のままだと何故か蒸発してしまうからな。これを多めの水の中に入れてしばらくすれば、少し劣るかもしれないが俺の血液のような効果が得られる。見た目は小さいがかなり大量の血液を固めてあるからそこそこ効くはずだ。少し気持ち悪いかもしれないが勘弁してくれ」
「最後の最後まで…。本当にありがとうございます」
「俺もみんなに大分世話になったからな。これくらいはさせてくれ。じゃ、そろそろ行くよ。みんな元気でな」
俺は生命力を操作し、上空に飛び上がる。下から聞こえる声に手を振ってこたえ、次の人里を目指しゆったりと飛ぶことにした。
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それから約五百年が経過した。どうやら俺は人里を探すのが苦手らしい。
確かにあれから前の人里のことを思い出して、飛んでいくのはまずいと思い歩きが多くはなったが、ここまで見つからないとなると一種の才能のようにも感じる。全くもっていらない才能だ。
他に人里がある場所を聞いておけばよかったなと反省。だが、今から戻るのもなんだが恥ずかしい。
そんなことを考えながら歩いていたら、森の中だというのに鮮やかな金色に光るものを見た気がした。
「こんな森の中で…なんだろう」
若干だが妖力を感じる。というと妖怪だろうか。一応警戒しながらその場所に向かっているが、この分だとかなり弱っているようだな。
見ると金色の髪をした十歳前後くらいの少女が傷だらけの姿で倒れていた。その鮮やかな金の髪は土で汚れ、整っているであろう顔は今は苦悶の表情を浮かべている。
「人間? いや、やっぱり妖力を感じる。てことはこの子妖怪か?」
人型の妖怪など見たことがない。やはり他の妖怪同様、人間には問答無用で襲ってくるのだろうか。
もしも会話できるのならば、してみたい。五百年間話す相手がいなかったというのもあるが、それよりも単純に興味があった。妖怪と心を通わせることはできるのだろうか、と。
そのためにも、今この子に死んでもらっては困る。腰の短刀を取り出し、手首を切る。流れ出た血を力を使ってこぼさずに空中に集め、妖怪の傷口にかける。これで外傷は問題ない。次に血液を妖怪の口元に運び、飲んでもらう。内部にも損傷があるかもしれないから一応な。
妖力の量も少ないな。俺は妖怪の頭に手を置き、自分の生命力を少量譲渡する。妖力と生命力は別物だが力であることに変わりはない。与えれば妖怪の中で勝手に妖力に変換される。
よし、これで死にはしないだろう。あとは自然に目を覚ますのを待とう。力を与えすぎて起きた直後に殺されるのは勘弁だからな。
翌日。妖怪はまだ目覚めない。だが妖力は順調に回復している。この調子ならいつ目覚めてもおかしくないな。
一つ所に留まりすぎるのも危険なので、俺とこの妖怪の力が漏れないような結界を張り、周りに見つからないようにしている。念のため、かなり広い範囲に妖怪避けの結界も張っているから生命力がかなりの勢いで減っていく。
普通なら危険なのだが、相変わらず俺の生命力は減った先からどんどん回復している。
「……んぅ……っ!」
目が覚めたようだ。目をゆっくり開いたかと思えば急に顔がこわばり、飛び起きて俺から距離を取った。警戒するのは当然なのだが少し悲しい。
「くっ…妖怪!?」
違います。今回は座っていただけなのに妖怪と断定された。髪が白いからかなぁ?
「俺は人間だ。妖力がないだろう。とりあえず落ち着け…」
妖怪に話しかけているとその妖怪が手のひらをこちらに向けてきた。その瞬間、視界が赤に染まった。正確には右半分が。直後に襲い来る激痛。見てみると右の肩から先が無くなっていた。
「……ッ!?」
言葉にできないほどの痛みが脳を支配し、思わずその場でうずくまる。断面から流れ出た血が地面を赤く染めていく。
まずい。これはまずい。急いで修復しないと。
生命力を傷に集めようとするが、痛みのせいで力の操作に集中しきれない。おまけに結界を張るために力を使っているせいで、修復に使える力が少ない。今まで多少の怪我なら治してきたが、欠損となると元通りになるかわからない。
落ち着け。傷の修復も重要だが目の前の妖怪も警戒しないと。俺は腰の直刀『白孔雀』を取り出し地面に突き刺した。百年以上溜め込んだ生命力をすべて解放して傷の修復を行い、自身の周りに強力な結界を張る。
これでひとまず大丈夫だと思うが、血液を失いすぎたのか意識が薄れてきた。
「……~~~? …~~~~!」
目の前の妖怪が何か言っているようだがうまく聞き取れない。視界も暗くなってきた。今気絶しても直刀の力のおかげで傷の修復と結界の維持は可能だが…。
それにしても油断したな。まさかあの少ない妖力で腕を消し飛ばすほどの攻撃ができるとは。それに今までの妖怪のような直接的な物理攻撃ではなく、おそらく何かの能力を使っての攻撃だ。
やっぱり、妖怪と会話なんてできないのだろうか。俺は内心落ち込みながらゆっくりと意識を失っていった。
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私は生まれた時から自分が普通の妖怪とは異なることを知っていた。
『境界を操る程度の能力』。私が最初から持っていた能力だ。その名の通り、境界であればそのすべてを支配下に置くことのできる強力な力だ。
だが私はこの能力が好きではない。今は能力を持っている妖怪自体が珍しい上、使い方によっては神にも匹敵するほどの強力な能力なのだ。そんな能力を生まれて十数年しか経っていない木っ端妖怪に使いこなせるはずもなく、私はこの能力を持て余していた。
おまけにこの力を我が物にしようとでも考えているのか、他の妖怪に襲われることなど日常茶飯事だった。まだ使い慣れない能力を駆使して何とか生き延びてはいるが、一時も気が休まる時間がない。
常に緊張の糸を張りつめ、訪れるかもしれない終末に恐怖する毎日に私の精神はすり減っていた。いっそ、他の妖怪に殺されたほうが楽なのではないかなどと考えてしまうほどに。
そんな自分と比べると、人里で暮らしている人間たちがなんだかとても遠い存在に思える。ほんの少し覗いただけだが、人間たちの暮らしは今の私の目にはとても魅力的なものに映った。
たくさんの仲間がいて、争いなどほとんどない。妖怪に襲われても力を合わせて撃退する。死ぬも生きるも一蓮托生。絆、とでもいうのだろうか。
羨ましいな。
でも自分は妖怪だ。あの輪には入れないのだろう。私は人間たちからすれば排除するべき対象なのだ。
また今日も妖怪が襲ってきた。空間の境界を操り、離れた場所に移動する。いつもならばこれで撒けるはずなのだが、この妖怪は今までの妖怪とは違い、すぐに私の場所を突き止めた。
どうやら私から発せられる妖力を感じ取れるらしく、どんなに移動しても追い付いてくる。まだ能力を使いこなせない私は、境界を操り移動できる距離も回数も多くない。
このままでは追い詰められるのも時間の問題だ。一か八か、すべての妖力を使い一番遠くの場所に空間を繋げる。だが案の定、無茶な力の使い方をしたせいで移動した先で意識を失ってしまった。
「……んぅ…」
ようやくある程度の妖力が回復したらしく、私の身体が覚醒を始める。どれくらい眠っていたんだろう。どうやら寝込みを襲われるようなことはなかったようだ。まだ生きていることに安堵しつつ、ゆっくりと瞼を開く。
太陽の位置からして眠っていたのは二時間程度か。丸一日以上たっている可能性もあるけど、それだけの時間がたてばあの妖怪はとっくに私を見つけているだろう。
体を起こす前にどこに移動したのか確認しようと、焦点の合い始めた目で周りを見る。そして、すぐ近くにいる何かに気付いた。
「……っ!」
一瞬にして眠気が吹き飛び、急いでその何かから距離を取る。いつでも能力を使えるよう、警戒しながら相手を見る。
見た感じは人間のようだが、保有している生命力が少しおかしい。普通の人間のそれとは少し異なるように感じる。これは変化の得意な狐や狸の妖怪が人間に化けた時に起こる、妖力を無理矢理生命力に変化させたような不自然な力に似ている気がする。
「くっ…妖怪!?」
警戒レベルを最大にまで上げる。この人間モドキはどうしてバレたとでも言いたそうな怪訝な顔をしている。ずいぶんと余裕だ。妖力が少ないと思って油断しているのだろう。
「俺は人間だ。妖力がないだろう」
苦しい言い訳を並べてくるが、その不自然な生命力が何よりの証拠だ。人間と妖怪の両方を知っている私でも一瞬騙されかけたが、今すぐその化けの皮を剥がしてやる。
ここまで精巧に化けるには力の操作が上手くないとできない。つまりその力を乱してしまえばすぐにでも変化は解けるだろう。
「とりあえず落ち着け…………ッ!?」
相手の言葉を無視して境界を操り、奴の右腕を切り離す。一瞬放心していたようだが、声にならない悲鳴を上げその場にうずくまった。
何やら力を操作している。反撃でもする気か。だが集中しきれないようで力の流れがでたらめだ。この状態なら変化が解けるのも時間の問題だ。
「…………?」
変化が解けない? 相変わらず奴は力の操作を続けているが、変化を解く様子が全くない。その操作している力にしても傷口に集めているだけで反撃するためのものではないようだ。
普通はこんな重傷を負えば一瞬で術が切れるはずだが。そう思ってから一つの仮定が頭をよぎった。
「……まさか、本当にただの人間…?」
だとしたら、私はなんということをしてしまったのだ。この人間はもしかしたら倒れていた私を介抱していたのではないか?
そもそも、殺したければ眠っているときに殺していただろう。何故そんなことも思いつかなかったのだ。周りを見ると、この男の荷物らしきものと焚火の跡がある。長時間ここにとどまっていたようだ。
決定だ。この男が人間にしろ妖怪にしろ、私を襲うつもりはなかったのだ。なのに私は早とちりをして右腕を…。
自責の念に駆られていると、男が腰に差した刀を抜き、地面に突き刺した。瞬間、とてつもない量の力があふれ出る。
何事かと思いその場で動けずにいると、男はその力を上手く操作し、自身の傷に集中した。それと同時に彼の周囲に強力な力場が発生した。
これは結界? それを自分の周囲に展開しているということは、私の追撃を考慮しての対策だろうか。
境界を操れば右腕を治せるかもしれない。そう思ったが結界が思った以上に強力で、少なくとも今の私ではこの結界の境界は操れない。
狼狽していると男は意識がなくなってきたのか、その場で倒れてしまった。
このままでは死んでしまう。だが今の自分には見ていることしかできない。
「しっかり! しっかりして! お願い、この結界を解いて…!」
精一杯声を張り上げるが、男は反応しない。
死んでしまったのだろうか。だが結界は維持され続けている。手出しができない。
私が殺してしまった。おそらく私を助けようとしてくれていた人間を私が…。
体の力が抜け座り込んでしまう。
しばらくそのまま俯いていたが、ふと男の行動に疑問を持ち顔を上げた。結界を張るために力を使ったのはわかったが、何故傷口にも力を集中していたのだろうか。
もしかしたら。そう思い、いまだ結界の中で倒れている男を見る。
右腕が再生していた。
力を集中していたのは傷を再生させるためだったのだろう。私は今までにないくらい歓喜した。今考えてみると実におかしな光景だっただろう。
男がしっかりと呼吸している様子を見て、安堵のため息を吐く。謝らなければならない。そのためにこの男が起きるまではここにいることにしよう。
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意識が覚醒する。
どうやらまだ生きているようだ。結界はしっかり維持されていたようだ。続いて右腕を見るとこちらも再生が終わっていた。
直刀に溜めていた力を使ったおかげで予想以上に再生速度が上がっていたらしい。自分が使える力だけだったら危なかったな。
結界が維持されているということはあの妖怪もこの結界は破壊できなかったようだ。ならばもう、どこかへ行ってしまっただろうか。
「あ、起きたのね! 良かったわ。本当に良かった…」
心地よいほどに綺麗な声が鼓膜を震わせる。だがそれを聞いた俺は警戒するべきと判断し、体制を整えもう一つの武器である短刀を取り出し構える。
すると、結界の外にいた妖怪が目に入った。俺が介抱していた妖怪だ。ずっとここにいたのか。
「ご、ごめんなさい! ちょっと待ってください!」
妖怪は両手を顔の前でブンブンと振り、慌てているようだ。今は結界があるから安心できるが警戒はしておこう。
「何の用だ」
「わ、私…あなたに謝りたくて…。それとお礼を」
謝罪と感謝? この妖怪の考えていることが読めない。油断させて結界を解かせるつもりだろうか。
意図はつかめないが会話したいというのなら応じよう。いざとなったら結界を張ったまま逃げればいい。
「一体何の話だ?」
「何のって…。あなたの右腕を切断してしまったことです。本当にごめんなさい…」
「…感謝っていうのは?」
「あなた、私を介抱してくれていたんですよね。ありがとうございます。おかげですっかり元通りになりました」
「…どうやらそうみたいだな。寝起きに人の右腕を消し飛ばせるくらいには」
「本当に、本当にすみませんでした!」
なるほど。どうやら人間と同じように会話できるほど知能があるようだな。下手すると人間よりも頭がいいのかもしれない。
この妖怪からは悪意を感じない。謝罪と感謝がしたかったというのも本当のことだろう。殺したければ右腕を切断した直後に追撃していたはずだ。
俺は地面に刺さっている白孔雀を引き抜き、結界を解く。目の前の妖怪がビクッと反応したが、構わずに刃に付いた土を落とし腰の鞘におさめる。
「け、結界を解いて大丈夫なんですか?」
「それはお前次第だろう」
「そ、そうですね……ごめんなさい…」
ちょっと意地悪しすぎたか? だがこっちは生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い込まれたんだ。これくらいは勘弁してほしい。
「で、お前はどうしてこんなところで倒れていたんだ」
「…あっ! わ、私はここでどれくらい寝ていました!?」
「? 少なくとも一日以上だな」
「一日以上…!?」
「どうしたんだ?」
「私、妖怪に襲われてここまで逃げてきたんです。どうやら私の妖力を追ってきているみたいで振り切れなくて」
「それで何とかここまで逃げてきたが、妖力が切れて倒れた、と」
「そうです…。すみませんがもうここを離れないと」
「いや、その必要はないと思う」
「え?」
俺はここに自分とこの妖怪の力が漏れないような結界と、妖怪避けの結界を張っている。自分の位置が特定されないように張っていたのだが、どうやらこの妖怪にとっても役に立っているようだ。
「ここらには俺たちの力が漏れないようにする結界を張っている。その妖怪がお前の妖力を感じて位置を特定しているのなら、この結界がある限りはお前の場所はつかめないだろう」
「……!」
「さて、これでお前の問題は解消された。ということで次は俺の要求を聞いてほしいのだが」
「……わかりました。私にできることなら」
妖怪の顔が暗くなる。俺が妖怪の力を要求するとでも思っているのだろう。だがそんなものに興味はない。
俺は笑顔を浮かべながら最初からこの妖怪としたかったことを話した。
「会話をしたい。妖怪と話したことなんかなかったからな。すごく興味があるんだ。どういう存在なのかとか、どうして人を襲うのかとか、どうやって生きてきたのかとか」
「!」
「聞きたいことはたくさんあるが、とりあえず手始めにお前の話を聞かせてくれ。今までよくたった一人で生き延びたな。生き延びて俺と出会ってくれてありがとう」
「………グスッ…ありがとう…ございます…!」
妖怪が涙を流す。おそらく今までたった一人で生きてきたんだろう。俺とは違い、傷も治せず力も少ないのに。よく頑張ったな。
話をするだけでも楽になったりするものだ。
「ゆっくりでいい。落ち着いたら俺と会話してくれ。いくらでも待ってるよ。」
「はい…!」
涙を流しながらも満面の笑みを浮かべる妖怪を見て、人間も妖怪も大して変わらないのかもしれないなと思った。
何気に危なかった主人公。百年に一度の荒業でしたw
で、何で百年以上も普通に生きてるんですかねw
次回、主人公に名前がつけばいいなぁ。