俺の今までの旅はほとんどが一人旅であり、一緒に旅をしたのは紫とシロだけだ。つまり最大でも二人旅までしかしたことはなかったのだが、先日の一件でなんと五人旅にまで人数が増えた。
そしてその五人は『元月人』『刀の付喪神』『蓬莱人』『ワーハクタク』『狼女』と、見事にバラバラだ。ここまで共通点がないと逆に面白い。
さて、ここで今回一緒に旅をしている方々の説明を軽くしておこう。
まずは慧音について。彼女は半分人間半分妖怪の半獣人だ。その妖怪の部分は白沢と呼ばれる中国の聖獣らしい。なかなかの大物だった。
ワーハクタクには先天的と後天的のものがあるらしいが、彼女の場合は後者であり、元は普通の人間だったようだ。満月を見ると白沢の部分が強くなり、髪の色が緑がかったものに変化して角や尻尾が生える。本人は妖怪化した容姿があまり好きではないようだが、俺としてはどちらの慧音も普通にかわいいので問題なかった。まぁそれを伝えると顔を真っ赤にして怒られるが。
ちなみに能力は歴史を操るというもの。これもまた大物らしい能力だな。
次は影狼について。彼女も獣人だが慧音とは違い純粋な妖怪だ。だが人間に敵対心を持っていなかったり、満月の日に毛深くなるのを気にしていたりと妙に人間らしい。まぁ俺としては満月の日の影狼も普通にかわいいから問題なかった。それを伝えると顔を赤くして黙りこくってしまうが。
妖怪としての力はそれほど強くないが、まだ生まれて数年しか経っていないことを考えれば伸びしろは十分だろう。その上大人しく素直なので教えたことをどんどん吸収する。百年もすればかなり強い妖怪となるだろう。
最後に妹紅について。蓬莱の薬を飲んだ地上人、つまり不老不死の少女である。退治人のようなことをしているとは言っていたが、力量も技術もまだまだ未熟だ。それは本人も自覚しているらしく、影狼との訓練のときは必ず妹紅も参加してくる。影狼同様かなり筋はいいので、教えているこちらとしても楽しい。
彼女は自身の髪や目の色、または不老不死のことを指して化物のようだと自虐することがあるが、俺やシロも似たようなものだと言うとすぐに訂正してくる。優しい子だ。ついでにかわいい。
妹紅の過去については聞いていないし詮索するつもりもない。
帝へ届けられたはずの蓬莱の薬を何故妹紅が服用しているのか。その経緯は。理由は。あるいは何か目的があるのか。そもそもどこで蓬莱の薬のことを知ったのか、などなど。
わからないことはあるが、どれも円満に終わる話ではなさそうだからだ。俺が蓬莱の薬を知っていることを彼女に言わないのもそれが理由だ。
だが少なくとも今の妹紅からは悪い感じはしない。それに帝に届けられた日時や彼女の容姿からして、今の妹紅はまだ二十歳前後だろう。いくら蓬莱の薬で不老不死になろうとも、心は変わっていくものだ。彼女自身が彼女自身の心に整理をつけ、誰かに過去を話したくなったら聞いてやればいい。
それまでは少し変わった、しかし穏やかな日常を過ごすことにしよう。
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そんな三人を加えた俺たちが妖怪の山を目指して旅を始めてから数十年が経った。まだ到着していないのかというツッコミは少し待ってくれ。
確かに妖怪の山を目的地にしていたが、ただひたすらに向かって行くのでは面白くない。ということで通りがかった町や都を観光して回りながらの気ままな旅をしていたのだ。それにすぐ到着したのでは、妹紅や影狼に力の使い方を教える時間が無くなってしまうからな。
だが今となってはほとんど到着したも同然だ。今俺たちがいるのは妖怪の山から一番近い人里だからな。
「おー、懐かしい。俺が妖怪の山にいたとき、萃香や勇儀と一緒に来てた人里だ。規模はあのころとあんまり変わってないな」
「てことは、目的地はもう近いのか。いかん、少し緊張してきたな」
「強い妖怪ばかりなのよね。ハクさんから話を聞いているとはいえ……き、緊張するぅ……」
「鬼が頻繁に勝負しに来る人里……にしては移住したりしないんだね。結構人がいる」
「ハク様の提案で無茶な勝負がなくなったからですかね」
俺、慧音、影狼、妹紅、シロの順にこの人里や妖怪の山についての心境を語る。鬼や天狗は話のわかる連中だという話はしているが、慧音と影狼はまだ不安が残っているようだ。二人とも出会ったころよりもかなり強くなっているが、鬼はそれに輪をかけて強力な妖怪だから仕方ないかもしれない。
妹紅のほうはまだこの人里に人が残っていることが不思議なようだ。その疑問を聞いたシロが推測を話しているが、どうしてそれを知っているのだろう。もしかして俺が妖怪の山にいたころから意識があったのだろうか。シロって何歳なんだ……?
ちなみにだが、この五人の中で変化が顕著なのは影狼だけだ。出会ったときはシロと同じ十程度の少女の姿だったが、今は少女と女性の中間くらいまで成長している。
俺とシロ以外はあちこちをきょろきょろとしながら人里を歩いているが、そんなに見てもこの人里自体はおかしなことはないはずだ。というかむしろ、俺たちのほうがここの人たちに不思議がられていると思う。
「……あー、お前たち。ここに何の用だ? というか、一体何の集まりだ?」
適当に通りを歩いていたところで、警備をしているらしい人たちに止められた。まぁ俺たちの容姿を見れば当然だろう。
まず俺は網代笠をしていないため、白髪丸出しである。同様にシロも妹紅も慧音も髪を隠すようなものは何も被っていないため、この時点でかなり目立つ。
そう思いながら目の前で警戒している人たちへの説明を始める。と言っても嘘だが。
「何ってただの兄妹だよ」
「兄妹だと? だがその髪色は何だ?」
「これは親の遺伝だ。父も母も生まれつき白髪でな、それで俺たちもこんな髪色だ」
「……なるほど。なら何故そこのお嬢さんだけ黒髪なんだ?」
目の前の警備の人が俺の後ろを指さしながら質問する。示された先を見てみると、網代笠を被った影狼のことを言っているようだ。
この五人の中で網代笠をしているのは影狼だけだ。白髪についての言い訳は何とでもなるが、さすがにケモミミはフォローしようがない。なので人のいる場所に行くときは俺の網代笠を貸しているというわけだ。
だが影狼はその長い黒髪を笠の中に隠しているわけではないので、そこを指摘された。
「ああ、あいつは祖父か祖母の先祖返りらしい。本人はみんなと同じじゃないって気にしていつも笠を被っている。気にしなくていいって言ってるんだがな……」
「……むう」
「まぁ最近は大分落ち着いてきて、髪を伸ばしたりしているから良かったよ。人見知りは相変わらずだが」
「お前が一番上か?」
「ああ。……俺も妹たちも何もしないと誓うよ。だから買い物だけでもさせてくれないか?」
「……わかった。好きなだけ滞在していい」
「ありがとよ」
「家族を大切にしているんだな」
「当たり前だろ」
警備の人に軽く手を上げて挨拶すると、彼らは一つ頷いてその場を立ち去っていった。それを見送った俺はふーっと大きく一息吐いた。
どやぁ……俺の演技力も大したもんだろ。上手くいったことに少し得意げになっていると、それを見た妹紅が少し呆れ気味に笑った。
「……いつも思うけど、よくもあんなにすらすらと作り話を話せるもんだね」
「正直に言ったら追い出されること間違いなしだからな。一応父親と母親の馴れ初めとか慧音の微妙な髪色の違いの理由とかも考えてるぞ、聞くか?」
「いやいいよ、そんな架空の家族の話なんて聞かなくても」
「今回私は先祖返りの黒髪の人見知りか……」
「まぁ前みたいな墨で黒く染めてるっていう設定よりはいいんじゃないか?」
「あはは……」
「さて、予想以上に早く着いたな。太陽が真上を通り過ぎるまでまだ時間がある。これなら今日中に妖怪の山に行ってもいいだろう」
空を見上げると雲一つない晴天だ。おかげで太陽の光が雲に邪魔されず真っすぐ目に入るので少し眩しい。懐かしい友人たちと会うにはいい日だろう。
「じゃあ各自さっき言ったものを買って、一時間後にここに集合だ。オーケー?」
「「「「了解」」」」
「よし、散開!」
合図とともに全員がバラバラの方向に向かう。さっき言ったものというのは要するに土産なのだが、鬼連中にはあれで十分すぎるだろ。というかそれ以外のものは論外と言われるかもしれない。
そんなことを考えながら俺も例のものを探して歩き出した。
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「妖力の場所からしてこっちだな。うわー懐かしいな」
「ハク、さっきからそればかり言っているぞ」
「仕方ないだろ、本当に久しぶりなんだから。ここにいたのはもう何百年も前なんだぞ?」
「むしろそんなに長い間、よく戻らなかったわね」
無意識に『懐かしい』を連呼していたことを慧音に笑われてしまったりしながら妖力探知を行う。景色は当然変わってしまっているが、彼女たちの強力な妖力のおかげで道に迷うことはなさそうだ。
「…………ん?」
「? どうしました、ハク様?」
しばらく歩いてきたところでふいに違和感を感じ、声が漏れる。振り返り違和感を感じた場所を調べてみると、何か妙なものを感じた。
「何だこれ……結界か?」
「へ? …………あ、言われてみれば何かありますね」
シロが遅れて反応するが、他の三人には何も感じないらしく、一様に頭に疑問符が浮かんでいる。
シロでも感じるのが難しいほど弱い結界のようなものが張ってある。だがこれは……。
「……何の効力もないな、これ。目印か何かかな?」
「ここから先は自分たちの領域だって警告するための線引き、みたいなもの?」
「それなら普通の人間にもわかるようにしなきゃ意味がない。これじゃ人妖問わずほとんどの者は気付けないだろう」
「んー、どうしましょう?」
「そうだな、害もなさそうだからとりあえずこのままに…………ん? 誰か来るな」
急速に近づいてくる妖力を探知して、意図不明の結界のことは後回しにする。この結界には警報的な役割も感じなかったんだがな。
数秒後、とてつもない勢いで何かが飛んできた。そのあまりの勢いに周りの木々が揺らめくほどの突風が吹き荒れ、思わず腕で目を覆う。
「おや、侵入者は五人ですか。三人だと思ったのですが……」
木々のざわめきが小さくなると、かわりに女性の声が聞こえてきた。腕を下ろし、声のした上空を見上げると真っ黒い翼を広げた黒髪の少女が宙に浮いていた。その翼からして恐らく鴉天狗だろう。
「ふむ、珍しい組み合わせですね。妖怪が二人に人間が三人ですか」
「まったくびっくりしたな。あぁ、着物が土やら砂やらで大変だ」
「あややや、これはすみません。急いで来たもので」
少女が起こした突風のおかげで土煙が上がり、俺たちの着物や髪を砂まみれにしてくれた。ずいぶんな歓迎である。
「あーあーみんなひどい恰好だぞ。シロ、妹紅、こっちにこい。砂落としてやる。慧音は影狼を頼む」
「わ、わかった」
「あやー……全然驚いていませんねぇ」
とりあえず払い落とせるだけ落としておこう。そう思って近くにいる二人を呼びシロのほうから砂落としを始めた。
そんな俺たちを黒髪の少女が拍子抜けという感じの表情で見ている。暇なら手伝ってほしいんだが。
「そこの天狗さん、話ならあとで聞くから手伝ってくれ。この子を頼むわ、俺は妹紅のほうをやるから」
「え、えぇ~? いや、まぁ確かに私が原因なわけですが……もう、わかりましたよぅ。お嬢ちゃんこっちおいで。…………あれ、私天狗って言ったっけ?」
意外と素直に手伝ってくれるらしい少女にシロを預ける。俺が少女の正体を知っていることに疑問を感じながらも、シロに付いた汚れを丁寧に落としてくれている。あれなら任せて大丈夫だな。
「よし、きれいになったぞ影狼。笠を被っていたから髪はさほど汚れずに済んだな」
「ありがとう。次私がやるから、慧音さん少し屈んで」
「妹紅も大分ひどいな。シロと違って髪が長いからな……」
「そういうハクも砂まみれだよ。一番前でまともに突風を受けたからだね」
「マジか……終わったら次頼むわ」
「任せて」
「いたたたたっ! 影狼、もう少し丁寧に頼む!」
「ご、ごめん。木の枝が絡まっちゃってて……」
わーわーと騒ぎながらお互いの汚れを落としあう。動物妖怪が多めということもあって毛づくろいでもしているようだ。
「……とは言えさすがにな。あとでみんなで風呂だなこりゃ」
天狗少女を除いた全員が自分たちの格好を見て空笑いをする。ある程度汚れは落としたものの、手で払うだけでは限界がある。着物も洗わんとな。
「お姉さん、ありがとうございます」
「あ、いえいえ」
「まぁ元凶もお姉さんですけどね」
「うぅ……すみません……」
シロが天狗少女に礼を言うと同時に軽く責めている。だがシロの言う通りなので仕方ない。むしろよくぞ言ってくれたと称賛を送りたいくらいだ。
だが寄ってたかって文句を言うほどではないし、それに少女も反省しているようなのでこの話はここまでとしよう。
「それで? 一体何の用だ?」
「ああ……いや、それはこっちのセリフですよ。この山は我々天狗と鬼が支配している地です。ただの人間が足を踏み入れていい場所ではありません」
「ただの人間じゃなきゃいいのか?」
「へ? あー、まぁそれなら……」
「だそうだ。行くぞーみんなー」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
歩き出そうとした俺の前にやってきて、両腕を広げて通せんぼする少女。何だよ、ただの人間じゃないならいいって言ったじゃん。
「私の話聞いてました!? ただの人間は通っちゃダメですって! ここは私たちが住んでいる場所なんですから、貴方だって妖怪に会いたくはないでしょう!?」
「ここにいる五人中三人が妖怪だし、別にそうは思わないな。残り二人も普通の人間とは違うから通っていいかなって」
「えぇ~、そう言われましても…………ん? 人間は三人じゃないんですか? 貴方と貴方とお嬢ちゃんの」
少女が『貴方』で俺を、次の『貴方』で妹紅を、次の『お嬢ちゃん』でシロを指さした。お互いまだ名前を知らないからなのだがややこしいな。
そういえばこの少女は最初に「妖怪が二人に人間が三人」と言っていたな。俺の言ったことと食い違いがあることが気になっているようだ。
「俺と妹紅はそこそこ人間だけどシロは妖怪だぞ」
「だって妖力を感じませんよ?」
「別に生命力も霊力も感じないだろ」
「え? ……あ、ほんとだ。っていうか他の力を何にも感じない。これって……」
「ああ、天魔みたいだろ?」
「な、何でその名前を知って……!?」
天魔の名前を出した途端、天狗少女がオーバーなほど驚いた。こうリアクションが大きいとこちらは楽しい。人を驚かせたがる妖怪の気持ちもわかるというものだ。
よし、ここらでもう一つ驚かせてやろう。
「こんなことも知ってるぞ。この山には昔『ハク』って名前の人間がいただろう?」
「え? いや、そんな人間知りませんね」
「………………あれ?」
驚かせようとしたらこちらが驚かされた件について。騙してやろうと待ち構えているやつほど騙しやすいものだということは聞いたことがあるが、少女の顔を見る限り、嘘を言っているわけではなさそうだ。
知らないのか……。もしかして、ここの連中はもう俺のことを忘れているのではないだろうか。考えてみれば数百年前の話だ。覚えているほうが不自然なのかもしれない。
あり得ないことではないと頭では理解した。だけど、それはやっぱり寂しいな……。
「そっか……もう忘れられてるのか……そっか……」
「げ、元気出してくださいハク様。たぶんこの方はまだ若いのでお話を聞いていないだけですよ」
「若いって……こう見えても百年は生きてるんですからね」
「ほらハク様、まだ全然子供みたいなものじゃないですか。天魔さんならきっと覚えていてくれてますって」
「こ、子供みたいなもの……」
「……疑問なんだけど、ハクもシロも何歳なんだろう」
少し気分が落ち込んできた俺の背中をなでながら、シロが励まそうとしてくれている。ああ、この子はなんていい子なんだ。あとで存分になでてあげよう。
あと何故か天狗少女も少し落ち込む、というか困惑しているようだ。百年生きていることを驚いてほしかったのだろうか。
「……そうだな、シロ。実際に天魔とか萃香に聞いてみないとわからないよな。よし、行くか」
「……はっ! いやいやダメですってば!」
「む、なかなか強情な。仕方ない、この手は使いたくなかったが……」
「な、何をするつもりですか……?」
フリーズしていた天狗少女が先程と同じように立ちふさがる。今までの話で俺がこの山と無関係じゃないって察してくれてもいいと思うんだが。
だがそちらがその気ならこちらにも考えがある。とっておきの手段を使うとしよう。
「天魔のほうから来てもらおう」
「…………へ?」
「仕方ないだろ。お前は通してくれないみたいだし、だからって無理矢理通るわけにもいかないし。もし天魔が俺のことを覚えているなら、こうすれば来てくれるかもしれん」
「こ、こうすれば……?」
「今から少し多めに力を放出するぞ。みんなちょっと離れてろ」
今から自分のすることを簡潔に伝えて、みんなを少し遠ざける。十分離れたのを確認してから、俺の中の生命力をコントロールする。
そう、今からやることは実に単純。俺の力を天魔に感じさせるということだ。
ここから天魔の場所までは少し距離があるだろうし、妖怪の山は妖力に満ちている場所だ。生半可な量では天魔まで届きはしない。
いろいろ考えた結果、この天狗少女と同程度の力を放出することにした。これだけあれば多分届くだろう。そう思いながら生命力を妖力の集まっている場所に向けて放出した。
あとは天魔が俺の生命力を覚えていてくれれば万事解決なんだが……。
そう考えた数瞬後、とてつもない勢いで何かが飛んできた。だが黒髪の少女のときとは違い、衝撃波も突風も吹き荒れることはなく、まるで瞬間移動でもしたかのような静けさで彼女は俺たちの目の前に現れた。
少し派手な着物を身に纏い、天狗少女と同じような黒髪と黒い翼は森のわずかな光を反射して神々しい雰囲気を醸し出している。そして先程の少女より速く移動してきたはずなのに妖力も霊力も生命力も感じないという異常さ。
ああ、間違いない。
「……まさかと思って来てみましたが、そのまさかでしたね」
「久しぶりだな。よく俺の力だってわかったな」
「それはもちろん、貴方の力は特殊ですから。それでなくても友人の力を忘れるわけがないでしょう、ハクさん」
「……そうだな、天魔」
その女性―――天魔は辺りを見渡し、俺を見つけるとゆっくりと近づきその顔をほころばせた。思わず抱きしめてしまいたくなったが、今は大分汚れていることを思い出し辛うじて踏みとどまった。
先程からいた天狗少女は口をパクパクと開いたり閉じたりしている。金魚かおのれは。
「今すぐ再会の喜びやら何やらを語らいたいところではありますが……まずどうしたんですかその恰好は? 後ろの方々も酷いものですね」
「ああ、これな。突風に吹かれてこの有様だ。あとで風呂とか貸してくれないか?」
「それはもちろん構いませんが、突風というと…………
「ひ、ひゃいっ!?」
どうやら突風という情報だけで犯人が割れてしまったようだ。隠しているつもりはなかったがこんなにあっさりばれるとは。もしかするとこれが最初じゃないのかもしれない。
文と呼ばれた天狗少女は天魔の言葉にビクッとして裏返った声を出した。俺からはただジト目で見つめているだけに見えるが、少女には般若のそれに見えるらしい。
「貴方には便利な能力があるのですから、風を起こさないように移動するなど簡単なはずでしょう。幸い相手がハクさんだったからよかったものの……」
「え、俺なら砂まみれになってもよかったってこと?」
「自分よりも圧倒的に格下の相手に無礼を働かれても理性的でいられる人でよかった、という意味ですよ」
「別に格下だなんて思ってないよ。力がすべてじゃないだろ?」
「ええ。ハクさんならそう言うと思っていました」
ニッコリと笑みながら話す天魔。そんなに真っすぐに満面の笑みを向けられるとさすがに少し気恥ずかしい。
「あ、あの、お二人はお知り合いなんでしょうか……?」
「そうですよ。貴方も聞いたことあるでしょう? 昔この山に住んでいたハクさんのことを」
「はく……はく…………あ、確かに聞いたことがあります。ありとあらゆる妖術を扱い、並みの妖怪では手も足も出ないほどの戦闘センスを持つっていう……」
「それが彼です」
「え゛」
すごい声出たぞ。
「……い、いや、それってもう何百年も前の話でしょう? この人は人間ですし、そんな昔にこの山にいたなんていうのは寿命的にあり得ないのでは……」
「彼、自分を普通の人間だと言っていましたか?」
「言っ……ていませんでした。むしろ、普通の人間とは……違う……と…………え、ほ、ホントに……?」
天魔の誘導によって徐々に俺が話で聞いていた人物だということに気付き始めたようで、天狗少女の顔が少しずつ青ざめていく。
というか俺の名前聞いたことあったのかよ。さっきの俺の落ち込んだ気持ちはどうなるんだ。
恐らく『ハクって名前の人間』と聞いたからわからなかったんだろうな。『人間』という部分を言わなかったら気付いてくれたかもしれない。
「文のことは放っておいて、とりあえず屋敷のほうへ行ってお風呂に入りましょう。後ろの皆さんも、本来人間はこの山に入れないのですが、どうやら普通の人間はいないようですし、何よりハクさんの友人ということなので例外としましょう」
「サンキュー」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとう」
「助かるよ」
「お、お邪魔しまーす」
天魔は一つ肩をすくめたあと、俺たちを案内するような仕草をして歩き始めた。各々礼を言って先頭を歩く天魔についていく。
俺は天魔の横に並んで歩きながら、今までいた場所を見ようと振り向いた。フリーズしたまま動かない天狗少女はそのまま置き去り状態だ。
「あいつはどうするんだ?」
「文ですか? 再起動したら勝手に戻ってくるでしょう。噂で聞いていた伝説級の相手を砂まみれにしたことを思い出して顔を真っ青にしながら」
「いや、俺怒ってないから。多分みんなも許してくれるだろ、な?」
「まぁ風呂を借りられる都合のいい理由ができたと考えることにするさ」
「さっすが慧音」
ではみんなで風呂に向かうとしよう。
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全員で入れるほど大きな風呂を堪能し、汚れもきれいさっぱり落とした俺たちは、天狗たちが用意してくれた彼らと同じ山伏の服装を着て屋敷の中で寛いでいた。普段は普通の和服なのでこういう服は珍しい。たまには服装をガラッと変えてみるのも悪くないな。
ちなみに風呂には天魔もついてきた。いろいろ聞きたいことがあるし、ちょうど風呂に入りたかったから、とのことだ。
「貴方は妖獣、それで貴方が半獣人、それで貴方は人間だけど不老不死、と。なかなか個性的なメンバーですね。それにまさか白孔雀が妖怪化していたとは」
「会うのは初めてではありませんが、会話するのは初めてですね、天魔さん。白孔雀だと長いので気軽にシロって呼んでください」
「これはどうも、シロさん。それと影狼さん、慧音さん、妹紅さんでしたね。どうぞゆっくりしていってください」
「ど、どうもありがとう」
「すまないな、いきなり来て風呂まで貸してもらって」
「いえ、こちらの不手際な部分もありますので」
俺を除いたみんなと天魔が互いに自己紹介をして歓談している。俺がその様子を眺めていると隣に座っていた妹紅が袖を引っ張ってきた。
「……ねぇハク、ホントにこの人が天狗の長なの? 物腰が柔らかいし威圧感もないし、全然強そうに見えないんだけど」
「確かに一見すると強そうには見えないな。でも彼女が本気を出したらこんな屋敷なんて紙切れみたいに吹き飛ぶぞ。俺の知る限り、鬼という強力な妖怪の中でも特に強力な萃香や勇儀を相手に真正面からぶつかれる唯一の天狗だ」
「そ、そんなに強いんだ……!」
小声で聞いてきた妹紅にならって天魔への評価を小声で伝えると、それを聞いた妹紅は小声で驚くという器用なことをしていた。
そういえば萃香と勇儀は今はいないそうだ。二人そろって出かけているらしく、帰ってくるのはもう少し後とのことだ。
「…………うん? どうやら文が復活したようですね。すごい勢いでこちらに向かって来ています」
「ああ、さっきの。
この屋敷まで歩いて風呂に入って着替えて談笑してと、文と別れてからかなり時間が経ったはずなのだが、今の今まで固まっていたとすると相当な衝撃を受けていたようだ。
そんなことを考えている間にあっという間に文と思われる力がこの屋敷に到着したと思ったら、間髪入れずに扉が開かれて先程の天狗少女が入ってきた。
「て、天魔様! こちらに先程の方はいらっしゃいますか!?」
「いますよ、そこに」
いきなり入ってきた文の問いに、天魔がこちらを手で示しながら冷静に答える。それを聞いた文はこちらに首をグルンと向けて、数メートルあった距離を土下座をしながら高速で滑ってきた。
こわっ!
「すっすすすすみっすみませんでしたぁ!」
「いや、いいよ。怒ってないよ。むしろみんな怖がってるよ、今のお前の奇行に」
「罰を! どうか罰をお与えください!」
「俺の話聞いてた? 別に怒ってないって、風呂にも入れてさっぱりしたし」
「お風呂に入りながら手首をスッパリ切ればよろしいんですか!? わかりました行ってきます!」
「言ってねーよ」
今すぐダッシュで風呂に向かいそうな文を結界で囲いつつ大きくため息を吐く。
上司と親しくしている人にそうとは知らず失礼な態度を取ってしまい慌てているのはわかるが、こちらの話を聞いてほしい。風呂場で手首を切れって外道過ぎるだろ。
「今までどんな話を聞いてきたのかは知らないが、あんなことでは怒らないし、そんな鬼畜な命令もしない。オーケー?」
「お、オーケーです……」
「よかったですね、ハクさんが温和な人で。萃香さんや勇儀さんが相手だったら今ごろ焼き鳥になってましたよ」
「お、おおお温和な人でよかったですぅ……!」
ガクガクブルブルと体を震わせながら、安堵のため息を吐いている文。さすがにあの二人でも焼き鳥にしたりはしないと思うが。多分。
とりあえず俺が怒っていないということはわかったようなので結界を解く。それと同時に俺は立ち上がって自由になった文のもとに向かい、右手を差し出した。
「初めまして、俺はハクという。白いって書いてハクだ。よろしく」
「あ、はい……い、いえいえ! 私のようなものがハク様と握手など!」
「俺は昔ここに住んでたってだけで、この山の上下関係には組み込まれていない。よって俺とお前の関係は上司と部下ではなく、知り合いから始まることになる。この右手の意味は『これからは友人としてよろしく』っていう意味だ。納得して了承してくれるなら右手を取ってくれないか?」
「…………」
俺が文にそう言うと、彼女は俺の顔を見てポカーンとした表情のまま固まってしまった。おかしなことを言ったつもりはないんだが。というかまたさっきと同じくらい長く固まってるんじゃないだろうな。
そんな心配をしながら待っていると、思いのほか早く復活した文が小さく吹き出し、そのままくすくすと笑いだした。
「……ぷっ、ふふ。変わり者だっていう噂は本当みたいですね。射命丸文です、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。……あとでどんな風に噂されていたか聞かせてくれ、気になるから」
文が差し出した右手をしっかりと取ってそう返事した。
よしよし、彼女にはさっきまでの事務的なものより、こうフレンドリーな感じのほうが似合っているな。恐らくこちらのほうが素なのだろうと、ニッコリ笑顔の文を見てそう思った。
「みなさんも、先程は失礼しました」
「うん。とりあえず妹紅たちも自己紹介を―――」
「あ、自己紹介は少し待ってください。今やると二度手間になってしまいます」
「え?」
「お二人とも、帰って来たみたいですよ」
天魔の言葉に屋敷の扉のほうを向くと、懐かしい気配とともに勢いよく扉が開かれた。
そこにいたのは大きな壺を二つずつ持った二人の鬼。同種族だというのにその姿は対照的で、一人は幼い容姿に二本の角を、もう一人は女性らしい容姿に赤い一本の角を持っている。
「よー、天魔! 今帰ったぞー……お?」
「ただいまー……あれ? お客さんかな? でも天魔がこの屋敷に客を入れるなんて珍し……い…………って、え?」
入ってきたその二人は客が来ていることが珍しいのか、キョロキョロと妹紅たちを見ていたが、その視線が俺と重なると二人ともカチンと動かなくなってしまった。
「はは、お前らは本当に変わらないな」
「……これは驚いた。ずいぶんと懐かしい……」
「え? え? ほ、ホントに? ホントのホントに……ハク?」
勇儀が呆けた顔をしながら彼女の声とは思えないほど小さく呟き、萃香が信じられないものでも見たかのような心底驚いた反応をする。
「久しぶりだな。如何にも俺はハク、白いって書いて―――」
「ハっクぅーーー!」
「ぐええぇぇ!?」
萃香の疑問に回答してやろうと普段の自己紹介を始めると、いつものフレーズを言い終わる前に萃香が持っていた壺を放り投げ、とてつもない速度で突っ込んできた。
小さい女の子が抱き着いてきたというだけなら微笑ましいことこの上ないが、その女の子が文字通り鬼のごとき勢いで激突したというのなら話は別だ。
「萃香ぁぁぁ! おまっ、俺の右腕が可動域を超えて明後日の方向を向いてるじゃねーか!」
「あははは、本当にハクだ! 今までどこで何してたんだよー! みんな寂しがってたんだからなー! あ、腕ごめん、大丈夫?」
「いや……もう治ったけどさ」
折れ曲がった腕をゴキゴキと音をさせながら適当にもとに戻して修復する。心配するなら最初にしてくれ。てか妹紅たちが引いてるんだが。
ちなみに萃香が放り投げた壺は勇儀が受け取っていた。両手両足を使って器用にキャッチしている。それどうやってんだ、などと疑問に思っていると勇儀が持っていた計四つの壺を床に置き、クラウチングスタートでもしそうな姿勢になった。
え、ちょっと待て。
「ハっクぅーーー!」
「ぐっはあぁぁぁ!? 勇儀ぃぃぃ! お前絶対わざとだろ! わかっててやっただろ! 吐血したぞおい!」
「散々みんなに寂しい思いをさせた罰だよ、甘んじて受け入れな」
「ぐっ……それを言われると弱いが」
未だに俺の腹に頬をこすりつけている萃香と違って、勇儀はそれだけ言うとさっさと離れた。マジで突撃することだけが目的だったんだな。
戻ってくるのが大分遅れたということは自覚しているため勇儀の言うことには納得できる。だが遅くなった代償が右腕と内臓というのはいささか大きすぎるのではないのだろうか。俺に再生能力がなければ普通に重傷だぞ。
「よーし! ハクが帰ってきたことだし、今日はド派手に宴会だ!」
「宴会ならいつものことではありませんか?」
「今日は違うぞ、天魔。なんてったって『ド派手に』だからな。ちょうど美味い酒もたんまり持ってきたわけだしな」
「あれ酒だったのか。そうだ、酒なら俺たちも持ってきたぞ。ほら」
萃香と一緒に持ってきていた壺を指さしながらそう言う勇儀に、俺たちが手分けして人里で買った酒の一つを見せる。まぁ鬼への土産なんざこれ以外思いつかんわな。
「さすがわかってるねハク。じゃあ早速準備しよう。おらぁ! 鬼ども天狗ども集まれー!」
「あいつは相変わらず宴会バカだな。……萃香、もういいか?」
「んーん、もうちょいこのままー」
「はいはい」
さっさと人を集めに行ってしまった勇儀に呆れ笑いが漏れる。これからあいつの相手をさせられる鬼と天狗には少し同情するよ。文なんかもうすでに少し顔が青くなってきているしな。
ふと先程からくっついたままの萃香にもうはなしていいか尋ねると、抱き着く力が少し増すという返答をもらった。見た目も相まって、こういう仕草をされると本当に子供にしか見えないな。子供にしか見えないので頭をなでてやろう。
「てか勇儀のやつ、妹紅たちのこと聞かないで行っちまったな」
「宴会のときに紹介することにしましょう。ここの妖怪全員に彼女たちのことを周知するにもいい機会ですしね」
「そうだな。でも今ここにいる萃香には言っておこう。ほら萃香、俺の友人たちだ」
「え? ああ。私はこの山を統べる鬼の一人、伊吹萃香だ。ちなみにさっきのやつは星熊勇儀。よろしくね」
「念のため私ももう一度。射命丸文です、よろしくお願いします」
「う、うん、よろしく。私は藤原妹紅」
「私は上白沢慧音だ、よろしく」
「今泉影狼です、よろしく……」
「シロです。またお世話になります」
「どうでもいいけど、俺を挟んで自己紹介するなよ。いたたた、角が痛い」
文は問題ないが、萃香が俺から離れないものだから、萃香と妹紅たちの会話は俺を挟んでのものとなってしまっている。懐いてくれているのは嬉しいが、自己紹介くらいしっかりしなさい。
俺の腹を頭でグリグリしている萃香に苦笑しながら、妹紅たちに悪いやつじゃないんだがと説明すると、俺の苦笑がうつったのか彼女たちも同じような笑いを浮かべた。
「あの、天魔様。本当に彼があの噂のハク様なのですか?」
「まだ疑っているのですか? 萃香さんや勇儀さんと対等に話していたというだけで十分すぎる証拠だと思いますが」
「それはそうですが……。でも物腰が柔らかいですし威圧感もないですし、失礼ながら全然強そうに見えないのですが……」
「確かに一見すると全然強そうには見えませんね。ですがその実力は折り紙つきです。私や萃香さん、勇儀さんを相手にしても互角に戦えるどころか、ともすればこちらが劣勢を強いられてしまうほどに強力な人間です」
「ぅえ゛!?」
……なんかすごい声聞こえたぞ。