幻想白徒録   作:カンゲン

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ほとんどが説明・解説です。


第二十五話 終わり良ければ

 

「…………月人」

 

 しばしの沈黙のあと、彼女から言われたことをまだ理解しきれなかった俺は、呆然としながら彼女の言葉の一部を呟くように繰り返した。

 

「そう。月人、月の民。かつては地上に住んでいたけど、穢れによる寿命の発生から逃れるために月に移住した人々、そしてその子孫たちの総称。私や輝夜の同胞。そして貴方自身」

 

 俺の呟きを聞いた永琳はゆっくりと頷きながら説明した。前に輝夜に聞いたものと同じ内容ではあったが、最後の一言が付け加えられただけでその意味が大きく違って聞こえた。

 

「……ハク、どうして隠してたの……?」

「…………俺は―――」

「いえ、輝夜、それは違うわ。多分彼自身、知らなかったのよ」

 

 輝夜の質問にまともに答えられずにいると、永琳が助け舟を出してくれた。頭が上手く回らない今の俺からすればかわりに説明してくれるのはありがたいが、どうしてわかったのだろう。

 

「彼が月人であることを隠すことにメリットがないわ。こうして私たち二人を他の使者から逃がしている今ならなおさらね」

「…………」

「それに隠そうとしていたのなら、行動があまりにずさんだわ。月人にしか発音できない私の名前を呼んだんだもの」

「……それもそうね」

 

 永琳の説明に輝夜が納得したように頷く。それにしても、彼女の名前を口にしただけで月人と断定されるとは、な。

 

 ……少し落ち着いてきた。千年以上探してきて手掛かりすらつかめなかった答えを唐突に知らさせても、すぐに冷静になれる自分の性格に少し感謝する。そういえば、記憶喪失だと気付いたときもすぐに冷静になれたな。これが月人の精神構造、ということなのだろうか。

 

「……悪いな、少し取り乱した。永琳の言う通り、自分が月人だとは知らなかったんだ」

「そう……」

「何年もそれを探してきたんだが、こういう形で見つかるとは思わなかったな」

「……何があったの?」

 

 何があったの、か。それは俺が聞きたいんだけどな。

 

「……輝夜は、俺が最初に聞かせた話を覚えているか?」

「え、ええ。ハクが初めて訪れた人里の話でしょ?」

「そうだ。そして俺が目を覚ましたのは、その百年前のことだ」

「百年前……目を覚ました? 一体どういうこと?」

「…………記憶喪失、ね」

「そういうことだ。俺が知っているのはそれだけ、何があったのかは俺も知らないんだ」

 

 いち早く俺の事情を察した永琳は納得したように小さくため息を吐いている。だが輝夜はまだ納得がいかないようで、前に乗り出すようにして質問を続けた。

 

「私、そんな話聞いてない」

「言ってないからな」

「どうして話さなかったの?」

「さして面白い話でもないからな」

「……最後まで、話さないつもりだったの?」

「そうだな」

 

 俺が記憶喪失であることを知っている人は少ない。直接俺が話したのは紫と諏訪子の二人だけで、ほとんどの人には隠している。理由は言った通り、面白い話ではないからというのと、余計な心配はさせたくないからだ.

 諏訪子に話したのは彼女が同い年だったからだが、紫に話したのは正直失敗だったとも思っている。当時は話のできる妖怪と初めて出会ったことで舞い上がっていたんだろうな。

 

「……どうして―――」

「そこまでにしてあげなさい、輝夜。彼にも何か考えがあったはずよ。多分、貴方を思ってのね」

「…………」

「すまんな。こういうことになるんなら話しておいたほうがよかったな」

「……いえ、私のほうこそごめんなさい。一番辛いのはハクなのにね」

「それは気にするな、別に辛くもない」

 

 永琳の言葉で追及を止めた輝夜は頭を下げながら謝ってきた。隠していた俺に非があるというのに優しい子だ。輝夜のほうが年上らしいが。

 とりあえず輝夜に頭を上げてもらい小さく息をついていると、今度は近くまで来ていた永琳がこちらに頭を下げてきた。

 

「まだお礼を言っていなかったわ。私たちを逃がしてくれて本当にありがとう」

「どういたしまして……と言っても永琳ほどの力があるなら、俺なしでも逃げられたと思うけど」

「その場合、あの四人を殺して逃げてたわね」

「……仙郷が使えてよかったよ」

 

 当然、と言うように話す永琳。ずいぶん物騒なことを言っているが、こういう逃げ場を持っていないならそれが一番安全な方法であるため、強く否定することはできない。

 

「それにしても、すぐここに来るなら結界なんて必要なかったんじゃないかしら?」

「俺たちがあの場から消えたとしてもすぐ諦めて帰るとは思えない。手当たり次第に破壊しながら探すとは思えないが一応な」

「じゃあいつまで閉じ込めておくつもりなの?」

「輝夜から月と地上を行き来することのできる時間は聞いているから、その道がなくなる直前までだ。結界は時間になれば勝手に消滅するようになってる」

「放っておいても大丈夫、ということね」

 

 仙郷を少し見回しながら質問する永琳に回答する。輝夜の話では月と地上を結ぶ道ができるのは今日だけで、その時間も短いらしい。短時間ならあの四人を閉じ込めている結界を維持できる。

 ちなみにだが、あの結界にはもう一つ意味がある。それは外にいる軍の攻撃が使者たちに届かないようにするというものだ。誰も血を流さないならそのほうがいい。

 

「永琳が向こう側じゃなくてよかったよ。もし敵側だったらあの結界も簡単に破壊されるだろうしな」

「ふむ。ちなみに、私が敵だったらどうするつもりだったの?」

「逆に使者たちを仙郷に閉じ込めていたかな。その場合、俺が仙郷を開かない限り使者たちが戻ってくることはできなくなる。そしてもちろん仙郷を開くつもりはない」

「ふふ、私がこちら側でよかったわ」

 

 くすくすと小さく笑う永琳を見て首を傾げる。今のどこに笑う要素があったのだろうか、結構残酷なことを言っていたと思うのだが。

 

「何で笑ってるんだ?」

「いえ、貴方が輝夜を大切に思っていることがよくわかると思ってね」

「……輝夜一人のために四人を殺そうとしていた永琳には言われたくないな。どんだけ輝夜が好きなんだよ」

「あら、それを言うなら貴方は五人を実質殺そうとも考えていたんでしょう? どれだけ輝夜が好きなのよ」

「ちょ、ちょっとちょっと……本人が横にいるのにそういうこと言い合うのやめて……」

 

 永琳と言い合い、というか呆れ合いのようなものをしていると輝夜が顔を赤くして俯いてしまった。本人としては恥ずかしくなる会話だったので当然だな。

 赤面した輝夜を見た永琳がこちらを見て笑んだ。ただし『ニコニコ』ではなく『二ヤリ』である。それを見た俺はなんとなく永琳の考えがわかり、同様の笑みを浮かべた。

 

「貴方がどれだけ輝夜が好きかは知らないけど、私のほうが好きに決まってるわ」

「え、永琳……?」

「あー? 何言ってんだ、俺のほうが絶対好きだね、愛してるね」

「は、ハクまで何言ってるの!?」

「たった一年しか輝夜と一緒にいなかった貴方と比べて、私はその何千倍も何万倍も輝夜といるのよ。私のほうが愛してるわ」

「大切なのは一緒にいた時間よりも密度だろ。俺はこの一年ほとんど外出もしないで輝夜のそばにいたんだからな」

「ちょっと……ふ、二人とも……?」

 

 …………いい感じである。

 

「密度でも私のほうが上よ。輝夜が小っちゃいときなんかはよく絵本を読んであげたりしたんだから。何かあったらすぐ私のところにちょこちょこってやってきてかわいかったわ」

「永琳!? な、なに言ってるのよ! そんな昔のこと……!」

「俺なんかこの一年、毎晩一緒に寝てたからね。三ヶ月くらい前からは一緒の布団で腕枕とかしてやってな、輝夜も抱き着いてきてかわいかったぞ」

「ハクもやめてぇ! 対抗なんてしなくていいからぁ!」

 

 真っ赤に染まった顔を両手で隠しながらぶんぶんと頭を振る輝夜を見て、俺と永琳はこらえきれずに笑い出してしまった。期待通りの反応をしてくれて面白いというのと、微笑ましさからくる笑いだ。

 少し間を置いて落ち着いてきた輝夜は顔を隠していた手を下にずらし、ジトっとした目で俺たちを見てきた。それでも相変わらずかわいいのだが。

 

「……やっぱり、二人ともよく似てるわ」

「悪かったな。でもかわいかったぞ」

「ごめんね輝夜。でもかわいかったわ」

「反省してないでしょ!」

 

 頬を膨らませて再び怒る輝夜を見てこみ上げてくる笑いを何とか押し殺す。それは永琳も同じようで手で口を押さえながらそっぽを向いて震えていた。

 からかったのは悪かったが言ったことは本当のことだ。反省したとしても輝夜がかわいいことは変わらないので、これからも自然と口から『かわいい』が出てきてしまうだろう。輝夜がかわいいのが悪い。

 

 まぁそれはともかく、先程まで俺たちを包んでいた少し重い空気は吹き飛んだ。これが重要である。

 

「さて、雰囲気が和んだところで話し合いを始めましょうか」

「そうだな。一番重い雰囲気だった輝夜が元気になったことだし」

「……ほんと、よく似てるわ」

 

 輝夜はさっきまでの怒った様子から一転、一気に疲れたかのようにがっくりと肩を落とし呆れているようだ。

 俺と永琳が輝夜をからかっていたのは、気持ちの沈んでいる様子の輝夜をもとに戻すためという理由もあったのだ。永琳との一瞬のアイコンタクトだけでここまで察せたのは奇跡かもしれない。

 

「それで? 話し合いって何を話すの?」

「いろいろな疑問点を、よ。それで最初に確認したいのだけれど、この場所にいればあの月の使者たちには絶対に見つからないのかしら?」

「あいつらの能力を知らないから絶対とは言えないが、あの結界も突破できないようなら大丈夫だろ」

「この場所にいられる時間制限、もしくは長時間いることで出てくる不都合は?」

「特にない」

「貴方以外でこの場所に来れる人物は?」

「知っているやつは何人かいるが侵入は無理だな」

「貴方が裏切る可能性は?」

「今のところ、裏切るメリットがない。デメリットならたくさんあるが」

 

 永琳からの問いに冷静に考えながら返答する。俺の答えを聞いた永琳は胸の下で腕を組みながら何やら考えているようだ。ここが本当に安全な場所かを確認している最中なのだろう。

 しばらくすると組んでいた腕をほどき、一つ頷いて礼を言ってきた。

 

「わかった、貴方を信じるわ。ありがとう」

「どういたしまして」

「さて、次の話は貴方のことよ、ハク」

「……俺か?」

「そうよ」

 

 永琳が俺の目を真っすぐに見てそう言った。俺の話というと、やはり俺が月人であることに関するものだろう。

 

「貴方は謎が多すぎるわ。一先ず私が思いつく疑問は貴方が何故地上にいるのか、何故記憶を失っているのか、そして何故まだ生きているのか―――こんなところね」

「最後の何かひどくない?」

「ひどくないわ。これが一番の疑問点よ」

 

 最後の疑問は聞きようによってはいじめか何かだと思われるのではないだろうか。そう思って永琳に聞くと、そういう意味で言ったのではないとのことだ。

 

「まず何故地上にいるのかだけど、普通に考えれば輝夜同様、何らかの罪を犯したために罰として地上に落とされた、てところだけど……」

「じゃあハクも蓬莱の薬を飲んだってこと?」

「いえ、それはないわ。私が今まで作った蓬莱の薬がどういう使われ方をしたのかは私が一番よく知ってる。だから彼が蓬莱の薬を飲んでいないことは確実よ。それに記憶を消されて地上に落とされるなんて罰は聞いたことがないわ」

 

 薬を作った本人である永琳曰く、俺は輝夜と同じ理由で地上に落とされたというわけではないらしい。確かに俺は子供に戻されて竹に入れられていたわけではないので輝夜とは罰の種類が違う。だがかわりに俺に施されていた『記憶を消される』という罰はそもそも存在しないそうだ。

 

「そしてもう一つの疑問点……すなわち、何故穢れによる寿命が存在するこの地上で生き続けていられるのか」

「俺が今まであったやつらの中には不老不死の性質を持っているのもいたけど……」

「けどそれにはそれ相応のリスクや制限、代償がある。違うかしら?」

「……確かにその通りだ」

 

 永琳の言葉に、俺は少し今まで会った人たちのことを思い出して一つ頷いた。

 

 妖怪たちは人間に恐れられなければ存在を保てない。神もそれと似ていて、人間に忘れられ信仰が途絶えると消えてしまう。仙人は不老ではあるがそれには修行が必須であり、また百年周期の死神のお迎えを退けなければ死んでしまうため不死でもない。

 どの種族にも相応の制限があるのだ。だが俺自身の不老体質にはそれらが見当たらない。不死かどうかはまだわからないが、不老であるだけで十分異常である。

 

「蓬莱の薬が違うとすると…………他に何か理由はあるのか?」

「……残念だけど、蓬莱の薬の服用以外で、何のリスクもなしに地上で生き続ける方法を私は知らないわ。もしそんな方法が存在するなら、私たちは月には行かなかった」

 

 目を伏せながら説明する永琳。彼女たちが月に移住したのは寿命を捨てるためだ。彼女の言う通り、地上でも寿命関係なく生きていられるのなら月に行く必要はなかったはずだ。

 彼女の説明は辻褄が合う。合うのだが……何だろう、この感覚は。少し胸がざわざわする。

 

「ハクは地上で過ごしてどれくらい経ったのかしら?」

「えーと……千年以上は経ったな」

「その間に何か変化はなかった? 容姿の変化とか力の衰えとか」

「せいぜい髪が伸びたりする程度だ。顔立ちとかは変わってないし、力に関しても衰えてはないと思う」

「……となると、何が原因かはわからないけど、蓬莱の薬とは違う方法で老化を止めているのは確実なようね」

「ハクはその方法のせいで記憶を消されて地上に落とされたってこと?」

「わからないわ。ここまで不可解なことだらけだと、そもそも罰で地上にいるのかもわからない。案外、自分から地上にやってきたのかもね」

 

 お手上げ、というように肩をすくめながら首を振る永琳とは逆に、俺は少し肩を落としてため息を吐いた。動作は違うが俺も永琳と同じでお手上げという気分である。

 自分のことではあるが情報が少なすぎる。ここから答えを導けというのは、虫食いだらけの計算式を解けと言っているようなものだ。

 

「……ちなみに、他に貴方が気になっていることはないかしら?」

「そうだな……。この髪の色とかは?」

「地上では珍しいかもしれないけど、月の都ではそれほどでもないわ。金や紫、それに青……もちろん白髪もいるわ、私みたいにね」

「なるほど。じゃあ俺の力についてはどうだ? 普通の人間とは違うとよく言われるが……って」

「お察しの通り、月人特有の力だから地上人のそれとは違うわ。よく似てはいるでしょうけどね」

「言われてみれば、普通の人間じゃなかったわけだから違うのは当然か。じゃあ力の封印についてはどうだ?」

「……それはわからないわね。どういうこと?」

 

 言われた通り、気になることを一つずつ並べていくと、その内の一つがどうやら引っ掛かったようだ。

 俺に施されている力の封印。紫や幽香といった俺の知る限りで最強レベルの妖怪二人でもほとんど解除することのできなかった堅牢堅固の鉄壁。

 これまでは誰が張ったかわからないものだったが、今は一つ候補がある。

 

「最初に目を覚ましたときから、俺に何かの封印がされてるんだ。どうやら俺の力を制限しているもののようなんだが、かなり強力なものらしくて今までほとんど解除できていない」

「ふむ……少しいいかしら?」

「? ああ」

 

 永琳が少し近づきながらそう聞いてきたのでとりあえず了承すると、右手のひらを俺の胸の中心に置いてゆっくりと目を閉じた。恐らく今言った封印について調べているのだろう。

 じっとして待っているとどうやら調べ終わったようで、永琳が俺の胸をぽんぽんと叩いて頷いた。

 

「なるほど……かなり強力かつ複雑な封印ね」

「これも月人特有のものか?」

「そうね。封印の構成自体は月の都で使われているものと同じよ。ただ……複雑すぎるわね」

「解除できるか?」

「難しいわ」

「え、永琳でも難しいの……?」

 

 予想通り、封印は月人によるものだということはわかった。だが、その月人である永琳であっても解除することは容易ではないらしい。月の頭脳と呼ばれるほど聡明な彼女でも難しいとなると、この封印は強力どころの話ではないのか。

 

「解除できないことはないわ。ただ、ひたすら封印の解除に全神経を使ったとしても、完全に解くには数百年、もしくはそれ以上かかるわ」

「そ、そんなに……」

「ほんの一部なら今すぐ解除できるけど、それはあとでね。他には何かないかしら?」

「気になることか? そうだな……」

 

 とにかく、わからなかったことが少しでもわかったのだから大きな収穫だろう。そう思って頭を切り替え、他の気になることを考え始めた。

 少しの間考えて、ふと一つ思いつくことがあった。

 

「……そういえば、俺は怪我をしてもすぐに治ってしまうんだが、それについてはどうだ?」

「傷を治す能力や技術は珍しくないけど、聞いただけではわからないわね」

「あ、それもそうか。ちょっと見ててくれ」

 

 これについては説明するより実際に見てもらったほうがわかりやすいと思い、腰の短刀を取り出して左腕を少し深めに切った。線のような切り傷からそこそこの量の血液が流れ出て、仙郷の白い地面を赤く染めた。だがそれは少しの間だけで、切った傷は瞬く間に塞がり、腕や地面に付いた血は少しの煙を上げて消えてしまった。

 腕を切った際、輝夜も永琳も少し眉をひそめていたが、二人とも目をそらしはせずに再生する様子を眺めていた。

 

「……こんな感じだ。今話してた封印の一部を知り合いに解いてもらってからは、治る速度も増した」

「んー、そうねぇ……。考えられる要因は、さっき言った老化を止めている蓬莱の薬以外の方法による影響か、それとも貴方自身の能力か」

「蓬莱の薬も服用するとこれぐらい早く傷が治るのか?」

「普通の人よりは早くなるけど、そこまでじゃないわね。それに体外に出た血液が煙を上げて消えることもないわ」

 

 永琳の話を聞きながら俺は輝夜とすごした一年を思い出していた。輝夜は一日中屋敷の中におり、活発に動いていたわけではないので怪我をするようなことはほとんどなかったが、それでもまったくではない。些細なことで怪我をすることはあったのだが、そのときに出た血が煙を上げて消えたところなどは見たことがない。

 

「じゃあ、俺の固有の能力だってことか?」

「可能性はあるけど……蒸発するように消える理由がわからないわ。ただ単に『傷を治す能力』だとしたらそんな現象は起きないだろうし」

「力の操作である程度再生速度をコントロールできるから、俺の力を利用して治しているとは思うんだが」

「いずれにせよ、はっきりとした答えは出せないわね」

 

 ごめんなさい、と謝る永琳に十分だと返す。確かに答えは出なかったがいくつかの可能性は消え、新しい可能性が出た。ややこしくなりはしたが少しは答えに近づけたはずだ。

 そう伝えると永琳は下げていた頭を上げた。彼女が謝る必要はないのだが、律義な人だ。

 

「……そうだ、貴方の血液を調べさせてもらってもいいかしら? と言っても今すぐは無理だけど」

「それはいいけど、さっき見た通り、体外に出ると消えちゃうぞ?」

「輝夜の能力を借りれば液体の状態で固定できるはずよ。輝夜、手伝ってくれる?」

「……へ? ああ、うん。もちろん」

「ああ、なるほどな」

 

 いきなり話を振られた輝夜がはっとして返事をする。まぁ俺と永琳が話してばかりだったからぼーっとしていても仕方ない。

 それにしても、輝夜の持つ永遠の魔法をそういう風に使うのは思いつかなかった。大仰な能力だと思っていたが、意外と細かいところで便利な能力だな。

 

「何か入れ物は持ってるか? ないならそこらにあるやつを適当に使うけど」

「いえ、大丈夫よ。今は中身が入ってるものだけど、入れ物なら持ってるわ」

 

 永琳はそう言って懐から小さいビンを取り出した。ビンは不透明なため何が入っているのかわからなかったのだが、永琳はその栓を開けると中身を口に入れて空にした。

 

「……うん、全然美味しくないわね」

 

 中身を飲み込み、空になったビンをきれいに拭きながら永琳がそう言った。その表情からもビンの中身が美味でないのはわかるのだが、何故か同時に憑き物が落ちたかのような印象も受けた。

 その表情に少し疑問を感じていると、永琳がきれいに拭き終わったビンを手渡してきた。これに血を入れろということだろう。

 

「はい、これを使ってちょうだい」

「ああ。…………これ何が入ってたんだ?」

 

 受け取ったビンに血を入れるため、もう一度短刀を腕に当てながら先程永琳が飲んだものについて聞いた。ああも目の前で飲まれると気になるというものだ。

 

「あれは蓬莱の薬よ」

「ああ、あれが蓬莱の薬なのか……」

「永琳、持ってきてたのね……」

 

 どうやらこのビンに入っていたのは蓬莱の薬だったようだ。その効能は実に単純で不老不死となるものである。後戻りすることはできない効果だ、少なくともあんな気軽に服用するようなものでは…………あれ?

 

「…………え? ほ、蓬莱の薬!? 何自然に飲んでるのよ永琳!?」

 

 数瞬の沈黙のあと、輝夜が驚きの声を上げた。蓬莱の薬を飲んだ者として、その薬の効能の重みというものを理解しているからだろう。

 ちなみに輝夜が声を上げていなかったら俺が上げていたと思う。

 

「あら、そんなに驚くことかしら? 私もこれを飲まないと寿命ができてしまうのよ」

「うっ……それはそうだけど……。でも、ということは……」

「いいえ、それは違うわ、言い方が少し悪かったわね。これは私がしたいからしたことよ。輝夜のせいではないわ」

 

 永琳の突飛な行動に思わず大声を上げた輝夜だったが、彼女の次の言葉でその勢いを削がれてしまった。永琳が蓬莱の薬を飲んだのは自分のせいだと感じたからだろう。

 もちろん永琳はそういう意味で言ったわけではない。永琳が輝夜の頭をゆっくりとなでながらそう伝えると、輝夜は少し俯いていた顔を上げにっこりと笑った。

 

「……ありがとう、永琳。えへへ……」

「? どうしたの?」

「ハクと同じようなこと言うなーって思ってね」

「同じようなこと?」

「ええ、自分のやりたいことをやれって言われたの。だから私は地上に残ることにしたのよ」

「そう……輝夜は地上に来たがっていたものね。それでいいのよ、貴方の人生だもの。楽しまないと損だわ」

「うん!」

 

 永琳に抱き着きながら満面の笑みを浮かべる輝夜を見て、俺も釣られるように顔が緩むのを感じた。

 この短時間で様々なことが起こり、様々なことを知り、様々な感情を持ったが、最終的にこうやって輝夜が笑顔になって本当に良かった。『終わり良ければ全て良し』とはこういうときに言うのだろう。

 

 ただ、月の使者の問題はこれで終わりだが、俺個人の問題や輝夜と永琳の今後についてはまだ終わったわけではない。少なくとも、すぐに解決するようなものでもないだろう。

 いろいろ不安もあるが、こちらも何とか解決できるように頑張るとするか。とりあえず今は、大きな問題の一つが解決したことを喜ぼう。

 

 

 

 

 

 

「……ところで、ハク」

「ん、何だ永琳?」

「そのビンにはそんなにいっぱい入らないわ」

「へ? …………あ゛」

「出血量が半端ない!?」

 

 ……どうやら先程驚いたときに無意識に腕をザックリ切っていたらしい。痛い。

 

 

 




登場人物たちがその場でほとんど動かずに話すだけでしたw

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