幻想白徒録   作:カンゲン

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月人編、始まりです。


第二十三話 羞花閉月のお姫様

 

 とある都に絶世の美女が現れた。

 

 妖怪寺を離れ、また都や町を適当にぶらつく旅を再開してしばらく経ったころ、そんな噂が耳に入った。

 俺も男である以上こういう話には興味があるし、それでなくても今まで面白そうな噂を聞いたら首を突っ込んできた。

 だがこの噂を聞いたとき、俺は興味以上のものを感じた。上手くは言えないが、なんとなく行かなければならない気がしたのだ。

 勘というものはなかなか侮れない。そう思った俺は早速噂の場所へ向かうことにした。

 

 

 

「……あれか。話で聞いた場所に聞いた通りの屋敷、おまけに門の前に人だかりができている」

 

 噂の場所を聞いて回り見つけたその場所には少し大きめの屋敷があった。少し上から屋敷を確認した俺は誰にも見つからないよう、人のいない場所に降り立ち歩いて人だかりに近づいた。

 

「すまない。噂で聞いた絶世の美女とやらがいるのはここか?」

「ん? 確かにそうだが、あんたもかぐや姫を見に来たのか?」

「かぐや姫っていうのか……ああ、そうだ。ところで、どうして門の外で集まってるんだ? 中に入らないのか?」

「知らないのか。屋敷の中にはお偉いさんしか入れない上、かぐや姫は滅多に姿を現さないんだ。だからこうして覗き見ようとしているってことさ」

「何堂々と覗き見発言してんだ」

 

 集まっていた人の一人に話を聞いてみるが、ここが美女のいる屋敷で間違いないようだ。その美女の名は『かぐや』というらしい。屋敷の場所ばかり聞いていたので本人の情報はあまり聞いていなかったな。

 話を聞いた人の発言に少々呆れつつ、とりあえずと思って人をかき分け門の前まで行ってみると、門番が二人ほど立っていた。

 

「すまない。噂の美女を一目見たいんだが通してくれないか?」

「誰だ貴様。貴様のような怪しいやつを通すわけがないだろう」

「まぁ、そうだろうな」

 

 ダメもとで頼んでみたのだがやっぱりダメだった。険しい顔をする門番二人を見て思わず頬をかく。

 さて、どうしようか。屋敷の中に入るのは簡単だが、面倒は避けたい。門の上を飛んで入ったりすれば間違いなく騒ぎになるだろうな。

 

「失礼ですが、貴方もしや白髪の仙人ではないですか?」

「……どうしてそう思った?」

 

 いっそ仙郷を屋敷の中に繋げてしまおうかと考えていると後ろにいた人に話しかけられた。俺は今網代笠を被っているため白髪は見えないはずだが、どこか確信を持って聞いてきたように感じた。

 

「白と黒の二刀なんて珍しいものを持っていると思って下から覗いてみたら白髪が見えたもんで」

「何堂々と覗き見発言してんだ」

 

 ここの連中は覗きが趣味のやつらばかりなのか?

 正体がばれたおかげで少しざわめきが大きくなった気がする。もう意味はないかと思い、ため息を吐いてから網代笠を外して仙郷にしまった。

 

「ははは、これは失礼。それにしても仙人様もこういうことに興味があるんですな」

「確かに興味があってここに来たんだが、噂の美女に会えないとなるとどうしたものか。入っちゃダメかな、門番の人?」

「ぐ……せ、仙人様だったとしても容易にここを通すわけにはいかないのです。申し訳ありませんが……」

「んー、そうか。どうしようかな…………お?」

 

 顎に手を当ててこれからのことを考えていると、屋敷の門がゆっくりと開き始めた。俺は何もしてないし、門番を含めた他の人たちもその場から動いていない。

 何かと思って注視していると、ほんの少し開いた門の隙間から白くきれいな手がゆっくりと出てきた。

 

「……白髪の仙人と呼ばれる方。少しこちらに来てくださいな」

 

 門の内側から少し幼げながらも凛とした声が響いてきた。門の隙間から出ていた手はゆっくりと手招きをしている。おそらくかぐや姫本人だ。

 声の主はそれだけ言うと手を引っ込め、再び門を閉じた。ふと周りの様子を見ると、先程までのざわめきが嘘のように静かになっている。

 

「ここ通っていいか、門番の人?」

「…………ど、どうぞ……」

 

 なんとなくもう一度門番に許可を求めてみると、あっさりと承諾された。まぁ本人がいいと言っているのに通さないはずないわな。

 門番にひょいと手を上げて感謝の意を示してから浮き上がって門を超える。屋敷の中の庭に降り立つと同時に静かだった門の外側が騒がしくなった。ようやくみんな驚きによる金縛りが解けたようだ。

 その時間差を少し面白く感じながら意識を屋敷のほうに戻すと、一人の少女が立っているのが目に入った。

 

「初めまして。そしてようこそ、仙人さん」

 

 先程聞いた声が再び響く。鈴を転がすような声とはこういうもののことか、などということを考えながら挨拶をする彼女に合わせて俺も挨拶をする。

 

「初めまして。お招きどうも、かぐや姫」

 

 腰まで伸ばしたきれいな黒髪に、神に作られたかのような整った顔立ち。詳しい容姿は聞いていなくとも、その美しさは彼女が噂のかぐや姫であると確信するのには十分すぎるものだった。

 ただ、なんていうか……。

 

「ふふふ……。期待外れ、みたいな顔をしてるわね」

「あ、いや、そういうわけじゃないんだが……」

 

 確かに美しい。絶世の美女だという噂に間違いはなく、今なお門の外で男どもが騒いでいる原因が彼女を見るためだということにも納得ができる。

 納得できるのだが……若すぎる。最初に聞いた声と、門の隙間から出てきた手の大きさでなんとなく予想していたが、これは若いというより幼いの類なのではないだろうか。

 

「思っていたより、その……小っちゃいな」

「…………ぷっ、あははは! 正直にものを言う人なのね。今までそんなことを言う人はいなかったわ」

「む、すまない……」

 

 正直に感じたことを言うとかぐや姫は少しポカンとしたあと、吹き出すように笑い始めた。それを見て何だか少し気恥ずかしく感じ、ぽりぽりと頭をかく。

 噂ではかぐや姫はこれまでにたくさんの人から求婚されたという。相手を口説くときに「思ったより小さい」などと言う人は確かにいないだろうな。

 

「いえ、別に怒ってなんかないわ。むしろ遠慮なく話してくれて嬉しいくらい」

「そうか? ならいいんだが。申し遅れた、俺はハクという。白いって書いてハクだ」

「私は蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)よ。よろしく、ハク」

 

 お互い知っているのはせいぜい噂で聞いたことだけだろうと思い、簡単な自己紹介をして握手をする。想像していたお姫様より親しみやすい感じがするな。

 かぐや姫、改め輝夜のほうから手を出してきたのには少し驚いた。偏見かもしれないが、お姫様は自分からそういうことをするイメージがなかったからだ。

 少し経って手を離したあと、輝夜が俺を呼んだ理由を聞くことにした。

 

「それで、俺に何か用なのか?」

「あら、用があるのは貴方のほうじゃないの? 噂を聞いてわざわざここまで来たんでしょ?」

「あー、まぁそうなんだけど」

「貴方も求婚しに来たのかしら?」

「それは違う」

「…………そう即座に否定されると、それはそれで悲しいわね」

 

 輝夜が袖を目元に当てて泣いているふりをしているが、声色はむしろ嬉しそうな感じだ。多分求婚されてばかりで少し疲れていたのだろう。こう普通に話す人はあまりいなかったのかもしれない。

 

「ここに来たのは噂の美女を見ようとしたから、ていうのと……」

「いうのと?」

「それとは別に、なんとなく来たほうがいい気がしたから、だな」

「へぇー、面白いわね。それでどうしてそんな風に感じたかはわかった?」

「いや、わからん。というかまだその感覚が消えてないんだ。何とも変な気分だよ」

 

 かぐや姫のいる場所に行ったほうがいいという勘に従って来てみたが、到着した今もその感覚が消えない。例えるなら痒い所に手が届いたものの、いざかいてみると微妙に位置が違っていたような感じだろうか。

 それにしても、こんな勘の話をしても呆れられるだけかと思ったら普通に受け止められてしまった。素直な子だな。

 

「ともかく俺がここに来た理由はそんなとこだ。それで輝夜が俺を呼んだ理由は?」

「あ、そうそう。貴方にこの地上のことを教えてもらいたいなと思って」

「この地上のこと?」

「うん。見ての通り、私はあまり外に出られないからね。だから他の都や国でどういうことがあったのか、どういう人たちがいたのかってすごく興味があるの。噂で聞いたけどハクって長生きしているんでしょ? そういうことたくさん知ってると思って呼んだのよ」

 

 なるほど、箱入り娘らしい要求だな。確かに外のことを知りたいのなら、俺のような長年あちこち歩きまわった人間に聞くのは正しい判断だ。少し警戒心がなさすぎる気もするが。

 

「いいぞ。せっかくここまで来たんだから願い事の一つや二つ聞いてやる」

「ほんと? じゃあ早速、立ち話もなんだから入って入って! あ、おじいさんとおばあさんに話してこなきゃ! ちょっと待ってて。おじいさーん! おばあさーん!」

「……元気なやつだな」

 

 特に用事もなかったので輝夜の頼みを了承すると、途端にテンションが上がったようでバタバタしながら屋敷の中に入ってしまった。

 自分の中にあったお淑やかなお姫様のイメージが粉々になっていくのを感じながら小さく笑い、日が傾き赤く染まった空を見上げた。

 

 

 

「おお、輝夜の言う通りだ。まさか本物の仙人様に会える日が来ようとは……。ささ、どうぞお上がりください」

 

 しばらくすると、輝夜に呼ばれて二人の老人がやって来た。輝夜が言っていたおじいさんとおばあさんだろう。二人とも優しそうな雰囲気を纏っている。

 ただその優しさ故なのか、それともここにはいない輝夜が何か言ったのか、あっさりと俺を本人だと信じてしまった。話がややこしくなるのも勘弁ではあるが、こうも純粋だとそれはそれで心配してしまう。

 

「……輝夜にも思ったが、少し警戒心がないんじゃないのか? 初めて会ったばかりの旅人、それも男を噂の美女の住む屋敷に案内するってのはどうかと思うが」

「ははは、確かにその辺の男なら問題があるでしょうが、仙人様ならば大丈夫でしょう。それにもし本人ではなかったとしても、輝夜が連れてきた人なら何の心配もありますまい」

「輝夜を信頼してるんだな」

「子を疑う親はいませんよ、たとえ血が繋がっていなくともね。さあ、いつまでも仙人様を立たせておくわけにはいきません、どうぞ」

「ありがとう、邪魔するよ」

 

 この二人と輝夜が血縁関係にないということが少し気になったが、二人の穏やかな表情と言葉からは輝夜を心の底から大事にしていることがわかる。何があったかはわからないが、輝夜はいい人に出会ったようだ。そう思いながら、二人の言葉に甘えて屋敷に入った。

 二人と話しながら廊下を歩いていると、一つの部屋から輝夜がひょっこりと顔を出してきた。

 

「あ、やっと来たのね。じゃあこっちに来て!」

「おわっ、わかったから落ち着け」

 

 輝夜がニコニコしたまま近づいてきたと思ったら、着物の袖を引っ張って部屋に入るよう急かしてきた。輝夜に引っ張られながらおじいさんとおばあさんを見ると、輝夜以上にニコニコ笑顔で手を振っていた。

 されるがまま輝夜とともに部屋に入り、用意されていた座布団に座らせられる。内装は思っていたより質素なもので、落ち着くことのできる部屋だ。そう思っていると落ち着きのない輝夜が俺と向かい合うように座った。

 

「それではお願いしまーす」

「……何から話せばいいんだ?」

「もちろん何でもいいわよ。どういう場所でどういうことがあったのか、そこで貴方は何をして、どう思ったのか。貴方の主観で構わないわ、聞かせてちょうだい」

「何でもかぁ。そうだな…………なら、まずは俺が初めて訪れた人里の話をしようか。もう千年以上前のことだ、最初にその人里に着いたときは飛んでいたせいで妖怪と間違われてな……」

 

 目を閉じて、昔のことを思い出しながらゆっくりと話し始める。正面に座っている輝夜は相槌を打ちながら聞き入っているようだった。ここまで真剣に聞いてくれると話している俺としても嬉しいものだ。

 

 

 

「…………今日はここらにしておくか」

「え~! まだまだ聞き足りないわ!」

 

 話し始めてから四時間ほど経った。もう日は完全に沈み、かわりに青白く輝く満月が辺りを照らしている。もう遅い時間なのでそろそろお開きにしようと輝夜に提案したのだが、彼女はまだ満足していないらしい。

 ちなみに四時間ぶっ通しで話していたわけではなく、途中で休憩をはさんだりしている。

 

「もう子供は寝る時間だ。楽しんでくれたのなら、その楽しみを明日のためにとっておけ」

「む~、私は子供じゃないわよ。でもそうね、まだ時間はあるものね」

「そうだ。さて、よっこら……」

「? どこ行くの?」

「どこって……帰ろうかと」

「どこに? ていうか何で?」

「え?」

 

 輝夜が納得したところで一度屋敷から出ようと立ち上がると輝夜に引き留められた。ここは俺の家ではないので、用事が済んだら出ていくのは普通だと思うのだが。

 

「ハクってこの近くに宿でも借りてるの?」

「いや、借りてないが」

「じゃあどこに帰るの?」

「えーと、正確に言うと帰るというより明日になるまで出ていくだけだ」

「じゃあどうして出ていくの?」

「ここ、俺の家じゃないから。ずっとここにいるのはおじいさんとおばあさんにも悪いだろ」

「そうかしら? むしろ二人なら―――」

 

 輝夜が何かを言いかけていたときに襖がすーっと開かれた。何かと思って見ると、布団やら枕やらを持ったおじいさんとおばあさんが部屋に入ってきた。

 

「お二人とも、話はそれくらいにしておいてそろそろ休んだほうが…………どうしました?」

「……二人ならハクを泊める気満々だと思うけど?」

「……そうみたいだな」

 

 俺と輝夜のやり取りに不思議そうな顔をしている二人と、ドヤ顔している輝夜を見て呆れ笑いがこぼれる。

 少し驚いたが泊めてくれるというのならありがたく泊めさせてもらおう。

 

「泊めてくれるのは助かるけど、ここって輝夜の部屋じゃないのか? どうしてここに寝具を?」

「おや? さっき輝夜が仙人様と一緒に寝たいと言っていましたが……聞いてませんか?」

「聞いてません」

 

 さっき、というとおそらく最初に輝夜がこの二人を呼びに行ったときか。この子、最初から俺をここに泊めるつもりだったのか。恐ろしい子……!

 この二人が泊めるつもりだったというより、輝夜のわがままを聞いてくれただけではないのか。そう思い輝夜のほうを見ると、目を逸らしながら唇を尖らせてヒューヒューと鳴りもしない口笛を吹いていた。

 

「ま、まあいいじゃない。おじいさんもおばあさんも貴方にいてほしいっていうのは嘘じゃないと思うわ。ね?」

「それはもちろん。それに仙人様でなくても宿無しの旅人をこんな時間に外に追い出すというのはいささか抵抗がありますよ」

「……ありがとう。世話になるよ」

「ええ、ゆっくり休んでいってください」

 

 心優しい二人に感謝と尊敬の念をもって礼を言う。何故この二人に育てられた輝夜があんなお転婆になったのだ。疑問である。

 持ってきてくれた寝具を受け取ると二人は輝夜にお休みと言って部屋を出て行った。

 

「……寝るか」

「はーい」

 

 元気よく返事をしながら自分の布団を取り出す輝夜。いろいろ振り回された気がするが、ああも楽しそうにしていると小言を言う気にもなれなくなる。

 俺も貸してもらった布団を敷いていると、輝夜が自分の布団を俺の布団にぴったりとくっつけてきた。顔を上げて横にいる輝夜を見ると同じくこちらを見ていた輝夜と目が合った。そのまま見つめ合っていたが、しばらくするとどちらからともなく笑い出した。

 

 敷き終わった布団に寝そべる。柔らかな感触と清潔な布団特有の落ち着く匂いが心地よい。しばらくすると別の部屋で寝巻きに着替えてきた輝夜が隣までやってきて同じように寝転がった。

 

「昼は暖かくなってきたが夜は冷えるからちゃんと布団被れよー」

「また子供扱いしてない?」

「これくらい、相手が誰でも言うよ」

「ふふ……そうね。貴方は何だか私の知り合いに似てる気がするわ……。こう、雰囲気……というか…………」

「そうか、じゃあ安心して寝ろ」

「ええ……、お休みなさい…………」

「ああ、お休み」

 

 うとうとし始めた輝夜に布団をかけてロウソクの火を消し、自分も布団を被る。

 一つ息を吐いてから横ですでに寝息を立てている輝夜を見る。それにしても不思議な少女だ。見た目や行動は無邪気な少女のそれだが、なんとなく年不相応な雰囲気も感じとれる。

 いつか彼女自身の話も聞きたいと思いながら目を閉じた。最近動きっぱなしだったからぐっすり眠れそうだ。

 

 

 




輝夜は初対面でハクを警戒しなかった珍しい人物でしたね。
うん……ハクいつもかわいそうだなw

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