幻想白徒録   作:カンゲン

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妖怪寺編終了です。


第二十二話 聖白蓮の目指す世界

 

 その後、俺は妖怪寺にいるときは聖の訓練に付き合うようになった。彼女はもともと要領がいいため、少しコツを教えただけでぐんぐんと上達していった。移動制限の結界の中でも自由に動けるようになるのは時間の問題だろう。

 妖怪寺に住む他の妖怪たちも途中から訓練に参加するようになったため、小さな道場のような雰囲気になっている。

 

 俺が教えているのは基本的に力の使い方についてだ。たとえ同じ術でも力の使い方によってその効力は大きく変わる。単に発動速度が速くなるだけでなく、影響力や規模なども雲泥の差だ。

 まぁ何をするにしても無駄にならない技術だと思って彼女たちに教えている、というわけだ。

 

 ちなみにだが、体術に関しては何も教えていない。というのも俺の体術や剣術は我流のものだから教えようがないのだ。

 俺はもともと様々な術式の知識を持っている。その量と深さは相当なものらしく、これまで俺以上にその類の知識を持っている人や妖怪に会ったことがない。

 にもかかわらず体術の知識は何故かほとんど持っていなかった。戦闘でしか使えないような術式はたくさん知っているのに、だ。

 なので今の俺の体術は目が覚めたあとに妖怪と戦う過程で習得したものなのだ。組み手などの相手になることはできるが、教えることはできない。

 

 訓練の時間以外は寺の前の掃除を手伝ったり雑談したりとのんびり過ごしている。ああ、星がなくした宝塔をナズーリンと一緒に探すのもほとんど日課になりつつあるな。

 都のほうにもよく行っているが、やっていることはいつもと同じだ。これまで一つ所に留まっているときは妖怪退治と医者の真似事をして暮らしていたので、癖のようなものになっているのかもしれない。

 

 

 

 それにしても、記憶を失う前の俺がどういう人間だったかさっぱりわからないな。

 

 

 

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 妖怪寺で暮らして五年が経った。聖たちの修行は順調に進んでおり、もう俺が一つひとつ教えなくても自分たちで続けることができるだろう。

 できることはしたのでそろそろ旅を再開しようと思っている。これは聖たちにももう話しており、あと数日で旅に出る予定だ。

 

 だがその前に少し気になることがあった。それは都での妖怪寺の評判だ。

 都の人間たちに良く思われていないと思っていたのだが、その割には退治の依頼などが来ないのだ。

 相変わらず網代笠で白髪を隠しているため、無名の退治人だと思われているという可能性もあると言えばあるのだが。

 

 少し気になった俺は都の人たちに妖怪の被害を聞くついでに妖怪寺についてどう思っているのかを聞くことにした。

 とりあえずと思って近くにあった屋台に入る。そこそこ人気のある甘味処で俺もよく立ち寄っている場所だ。

 

「よう、邪魔するよ」

「お、網代笠の兄ちゃんか、いらっしゃい」

「いつもの団子二つほど貰えるか? あと土産用に同じのを十二ほど作ってくれ」

「はいよ、少々お待ちよ」

 

 ……言っておくが団子を食べに来たわけじゃないぞ。会話を円滑に進めるためには潤滑油が必要なのであって、この場合の潤滑油が団子というだけだ。

 

「ところで最近、何か妖怪絡みの面倒事はあったか?」

「ん~……特には聞かないな。平和なのはいいこった」

「全くだ」

「というか、まだそんなことを聞いて回ってるのか? 悪いこたぁ言わねぇからそういうのは専門家に任せな」

「俺がその専門家なんだがな」

「よく言うよ、まだまだ若い癖して。ほらよ、いつもの二つ」

「サンキュー、おやっさん」

 

 一本に三個刺さった串団子を二つ受け取り、一個頬張る。うん、相変わらず美味い。

 それにしても年下に若いと言われたり、年上をおやっさんと呼んだりと何だが変な感じだ。俺を二十前後の青年と勘違いしているこのおやっさんにそれを言っても流されるだけだろうが。

 

 妖怪に対抗できるようになるにはそれなりの時間を修行に費やさなければならないため、退治人には年を取っている者が多い。俺のことを退治人を名乗っているだけの若造と思ってしまうのも無理はないのだ。

 

「……ん。ところで、おやっさんは妖怪寺のことを知っているか?」

「ああ、この都に住んでいる人なら誰でもな」

「そんなに有名なのに退治の依頼は聞かないんだが」

「……ま、いろいろあってな」

 

 団子を飲み込んで本題に入ろうと聞いてみると、気になる反応が返ってきた。おやっさんは団子を作る手を緩めて、少し遠くを見るような目をしている。

 

「いろいろってのは?」

「……あんまり大きな声じゃ言えないが、あの寺にいる人に世話になった人がこの都には多いのさ」

「妖怪寺の人にか?」

 

 二個目の団子を口に入れながらおやっさんの話に集中する。妖怪寺の人というと聖のことだろうか。

 

「ああ。名前は聖白蓮……と言っても今じゃ本名だったかどうかはわからんけどな。この都にいたのはほんの数年だったが、与えた影響は大きい」

「何をしていたんだ?」

「いろいろさ。一言で言うなら人助けだな」

 

 人助けか。何とも聖らしいというか。

 

「いろんな人の悩みを聞いて、それを解決する手助けをしてくれた。この店の手伝いをしてくれたときもあったな、まだ親父が生きてたときの話だ。客としてもよく来てくれたよ」

「聖姉さんの話かい? ずいぶんと懐かしいね」

「聖姉さん……? 知ってるのか?」

「ああ、もちろん知っているよ。命の恩人だからね」

 

 おやっさんの話を聞いていると二つ隣に座っていた五、六十歳くらいの女性が会話に入ってきた。女性は団子の乗った皿を持って隣に座り、しみじみと話し始めた。

 少し周りを見ると、他の客もこの話に興味を持っているようだった。

 

「何があったんだ?」

「昔、私が何人かの友達と森で遊んでいたときの話なんだけど、遊びに夢中になっていつの間にか森の深くで迷子になったときがあったんだ。そして辺りも暗くなってきたころ、帰り道もわからずに歩き回っていたときに大きな獣に遭遇してしまった。もしかしたら妖怪の類だったのかもしれないね」

「大きな獣、か」

「ああ。その時、聖姉さんが助けに来て何か不思議な力でその獣を追い払ってくれたんだ。あとで聞いた話だと、都で私たちがいないっていう騒ぎを聞いて真っ先に探してくれたみたいだよ」

「懐かしいな、あの時の話か。もう何十年前のことだろうな」

「騒がしいから何事かと思ったっけなぁ。あとでその話を聞いてびっくりしたよ」

 

 女性の話を聞いていた周りの客も思い当たることがあったようだ。みんな口々にその時のことを思い返している。

 

「あの人は本当に頼りになる人だったよ。しっかりとしていて優しくて、それなのに時々子供っぽい一面も見せるものだから飽きない人だった」

「そうそう。まだ子供の俺たちに修行中の話をよく話していたな」

「同じ話を何度もするもんだから覚えちまったよ。ほとんどが白髪の仙人の話だったな」

「白髪の仙人?」

 

 唐突に自分の名前が出てきて少々驚く。そんな俺の反応を見たおやっさんが軽いため息を吐いている。

 

「なんだ、退治人を目指しているのに知らないのか?」

「あ、ああ、いや……まぁ、そうかな?」

「有名な退治人だよ。真っ白い髪に真っ黒い瞳、それで髪と同じ白い刀とボロボロの短刀を腰に差してるんだと」

「……何とも物騒な仙人だな」

 

 自分がどう噂されているのかを改めて確認してみると、常に刃物を持ち歩く物騒な人間のように聞こえる。

 ちなみにだが、刀を二つ持っているというのも噂になっているので、今は刀は仙郷にしまってある。

 

「まぁ見た目だけだと確かに物騒かもな。だけど刀はほとんど使わないらしいぞ」

「聞いた話だとただ立っているだけで勝っちまうらしい」

「なんだそりゃ」

 

 聖が広めたであろう話に呆れて肩を落とす。

 

 この人たちが聞いている話は間違いではない。俺は妖怪と対するときは刀よりも術を使って戦うことが多いので身体を動かす必要がほとんどないのだ。もちろん、相手が強い場合は前の聖との戦闘のときのように動き回るが。

 ただ立っているだけのように見えるかもしれないが、実際は術を使うのに忙しいというのが本当だ。

 

「……見てみな。こんな小さい店にたまたまいた連中ですら、あの人のことを知ってるんだ。あの人が与えた影響がどれだけ大きいかわかるだろ?」

「私たちにとっては大切な恩人。だから退治の依頼を出すはずもないわ」

「……なるほどな」

 

 気付けば店にいた客のほとんどが近くまでやってきて聖の話をしている。そしてその内容に憎しみや恐怖は一切なく、みんな楽しそうだ。

 彼らが妖怪寺に退治人を送らない理由はわかった。だがそれは……。

 

「…………ただ―――」

「直接聖と関わった人たち、つまりおやっさんたちが死んだあとは退治の依頼を出されてもおかしくはない、か」

「……そういうことだ。頭が回るな、兄ちゃん」

 

 それは聖と接点を持った彼らがいる間だけだ。もう百年もすれば聖がこの都でしたことを知っている人はいなくなるだろう。そうなれば、ただ妖怪というだけで排除の対象となってしまう。

 自分の予想が当たったことや褒められたことに少しも喜ぶ気にはなれず、思わず小さなため息を吐く。

 

「……なあ、兄ちゃん。少し頼みがあるんだ」

「なんだ?」

「もし兄ちゃんが将来強い退治人になったとしても、あの寺には手を出さないでくれないか?」

 

 少し俯いていた顔を上げておやっさんのほうを向く。いつもは少し軽薄っぽいおやっさんにしては珍しくまじめな顔をしている。

 その様子を感じてか周りで話していた他の客も静かになりこちらに注目している。

 

「……心配すんな、俺が退治するのは悪い妖怪だけだ。いい妖怪なら退治はしない」

 

 残っている団子を食べながら、いつも通りのセリフを言う。あの寺にいるのはいい妖怪だ、依頼があっても退治することはないだろう。

 俺がそう言うとおやっさんは少しぽかんとした顔をしたと思ったら、大声で笑い出した。

 

「……はっはっは! なんだ兄ちゃん、白髪の仙人と同じこと言ってるじゃねぇか。さては知ってたな?」

「あー、まぁな」

 

 本人だからな。

 

「さて、そろそろ俺は出るよ。話を聞かせてくれてありがとな」

「いんや、懐かしい話をできてよかったよ。ほら兄ちゃん、土産用の団子だ」

「サンキュー。お金ここに置いておくからな」

「はいよ。……ああ、兄ちゃん」

「ん?」

 

 土産用の団子を受け取り、空になった皿の横に代金を置いて立ち上がるとおやっさんに呼び止められた。見ると人差し指で自分の頭をちょいちょいと指さしている。

 

「次来るときはその鬱陶しい笠を脱いで来てくれよ。もう何回も言ってるんだからよ」

「気が向いたらな」

「またそれかよ」

「悪いな。じゃ、またな」

「はぁ、まいど」

 

 笠を被ったままでもちゃんと対応してくれるおやっさんには感謝している。本当は脱いだほうがいいんだろうが、これがなくなると余計に迷惑をかけるかもしれないので仕方ない。

 少し呆れているように見えるおやっさんに右手を上げて別れの挨拶をする。さて、土産も買ったし寺に帰るとしよう。

 

 

 

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 日が沈みかけてきたころに寺に帰り、土産の団子を星たちに渡した俺は、聖だけ廊下に呼び出して都で聞いたこと話をした。

 

「……なるほど、今まで退治人がここに来なかったのはそういう理由ですか。それにしても、あの都にまだ私のことを友人と思ってくれている人がいるとは」

「ずいぶんと好かれていたようだな。話を聞きながら何回聖らしいと思ったことやら」

「私のやりたいことは変わりませんので」

「そうらしいな」

 

 妖怪の味方をしていると知っても変わらず聖を恩人と思い続けている彼らが、どれだけ聖を慕っているのかは説明する必要もない。

 そう思って笑んでしまったが、これからする本題には笑う暇はないかもしれない。

 

「だが、もう百年もすればあの都は変わるだろう。ここに退治人を送る未来はそう遠くない」

「…………」

「……何か考えはあるのか?」

 

 ここにいる妖怪たちが退治されるのは俺としても避けたいことだ。手伝えることがあるなら力になりたい。

 そう思って聖に問いかけたのだが、彼女はいつもの通り落ち着いたままだ。悲壮な雰囲気は微塵も感じられない。

 

「……ハクさんはあとどれくらいここにいる予定でしたっけ?」

「あと五日くらいって考えてるけど」

「もし、私たちが助けてほしいと言ったら?」

「百年でも二百年でもここ残って、解決策を考えるよ」

「優しいですね、本当に」

 

 くすくすと笑っている聖に少し困惑する。今何か笑う要素があっただろうか。

 

「ですが今回は大丈夫ですよ」

「む、そうか?」

「……これは私が乗り越えるべき課題です。人も妖怪も平等に救うという目標への」

 

 聖はそこで一度話を区切ると穏やかな表情のままゆっくりと目を閉じた。

 

「もしかしたら、ハクさんならこの諸々もあっという間に解決してしまうかもしれません。少なくとも私が何かをするよりも確実でしょう。それでも、私の自分勝手な想いのために……いえ、自分勝手な想いだからこそハクさんに手伝ってもらうわけにはいかないと思うんです」

 

 ……これを女性に対して感じるのはどうかと思うが、はっきりと告げる聖は今まで見たことがないくらいにカッコいいと思った。

 

「ハクさんはここのことは心配せず、予定通り旅を再開してください。あとのことは私たちに任せて」

「…………ああ、わかった。あとはお前たちを信じて任せよう」

「ええ、ありがとうございます」

 

 正直少し心配は残るが、彼女がここまで言うのなら任せるべきだろう。聖の目指す目標なんだ、関係のない俺が余計なおせっかいを焼くわけにはいかない。

 

「とは言え、やっぱり何もできないってのはもどかしいな」

「もう十分力になってくれましたよ」

「あー、訓練とかか?」

「もちろんそれもありますが……」

 

 ニコニコしている聖の言葉に首を傾げる。他に手伝ったことなんかあっただろうか。

 

「私と同じような考えを持っていた貴方と会えただけで嬉しかったんです。それまで妖怪と敵対していない人は見たことがありませんでしたから」

「俺だって妖怪を退治したことはあるぞ」

「いいえ、貴方が退治しているのは妖怪ではなく悪です。妖怪だから退治しているわけではない。そうでしょ?」

「まぁ……そうかもしれんが」

 

 俺は妖怪を退治したことはたくさんあるが、それらは例外なく悪事を働いた者に限る。それに、たとえ相手が人間でもそういう場面を見つけたら懲らしめるくらいはする。

 だがそれは特別なことではない。善をいいことだと思い、悪を悪いことだと思うのは普通なら当然のことなのだ。

 そう思って頭をぽりぽりとかきながら、一つ息を吐く。

 

「そんなヒーローみたいなものじゃないからな、俺は」

「私にとってはヒーローみたいなものですけどね、貴方は」

 

 ……何だか今日の聖はぐいぐい来るな。今もその辺の男なら簡単に惚れてしまいそうな笑顔で話している。

 まぁ褒められて悪い気はしない。俺は礼を言いながら聖の頭にぽんと手を乗せた。

 

「ありがとう。でも、みんなを救いたいって言っているお前のほうがヒーローっぽいと思うけど?」

「……言われてみれば、確かに」

「だろ?」

「……では、ハクさんも何か困り事がありましたら私に相談してくださいね」

 

 胸を張って若干ドヤ顔をしている聖に少し吹き出してしまった。いきなりノリノリすぎるだろ。

 俺の反応を見た聖は案の定不機嫌そうだ。リスのように膨らんでいる両頬をつつきたくなる衝動を何とか抑え、手を縦にして顔の前に持っていきながら謝る。

 

「悪い悪い」

「もう! ハクさんはいつも私をからかってばかりです!」

「それも悪い、ついな」

 

 つーんとそっぽを向いている聖にもう一度謝る。かわいいやつにはついそういうことをしてしまうのだ。好きな子に悪戯してしまう男子のようなものなのかもしれない。

 笑ったことで少し乱れた息を整えて、まだ少し不機嫌そうな聖の頭にもう一度手を乗せる。

 

「俺のことは心配するな。自分のことは極力自分でやるようにしているしな」

「……ハクさん?」

「だが、もし俺一人じゃどうにもできないような何かが起こったら、そのときは頼むな」

「……はい!」

 

 しっかりと返事をしてくれた聖に微笑みかけて頭をなでる。本当に好かれているようで嬉しくなってしまうな。

 ひとしきり頭をなでると聖とはそこで別れ、普段使わせてもらっている部屋に向かった。

 都を歩き回って少し疲れたから今日は早めに休んでしまおう。そう思いながら両腕を上げて伸びをした。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「聖? 何か複雑そうな顔をしてどうしたんですか?」

「いえ、大したことではありません。ただ、あまりハクさんに頼られたことがないな、と」

「ハクは何でもできますもんね。いつかハクから頼られるくらいの強さと信頼を得たいですね」

「そうですね。ところで、星」

「はい? なんです聖?」

「口元に団子のたれが付いています」

「え!?」

 

 

 

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 五日後、予定通り旅を再開することにした俺は妖怪寺の面々に挨拶をして山を下り、聖の話を聞いたあの都へと向かった。

 道中食べ歩くための団子を買っておこうと思い、いつも通っている甘味処ののれんを網代笠を被ったままくぐる。

 

「よう、邪魔するよ」

「お、網代笠の兄ちゃんか、いらっしゃい」

「……あれ、今日は客が少ないな?」

 

 いつもは十人程度いるはずの店の中が今日は俺一人しかいない。これは珍しい、というか初めて見る。

 

「ああ、そうだな。ま、そういう日もあるさ。今日が初めてじゃないし最後でもない」

 

 いつも通りの軽そうな感じで肩をすくめるおやっさん。どうしてこう言い回しがカッコいいんだ、今度真似しよう。

 

「……にしても兄ちゃん、今日は物騒だな。刀を二つもぶら下げてよ」

「ん、気にするな。友人にもらったものだから身につけてるだけだ」

 

 旅を再開するにあたって刀二つを腰に下げているのを見て、おやっさんが少し目を細める。

 だがそれほど警戒している様子もなく、しばらくすると一息吐いて茶を出してくれた。

 

「……まぁいいや。注文は?」

「いつもの団子を持ち帰り用に三十ほど頼む」

「三十? いつもより多いな」

「旅をしながら食べようと思ってな」

「旅……って、ここを出ていくのか兄ちゃん?」

「ああ。悪いけど、もうここには来ないかもな」

「なんだよ、そりゃ寂しくなるな。兄ちゃんは結構金を落としていったのにな」

「それ本当に寂しがってるのか?」

 

 それほど寂しくなさそうなおやっさんの軽口に少し笑ってしまう。別れのときでも暗い雰囲気よりこういう感じのほうがいいな。

 

「客が来ると思って作っておいたやつならあるんだが、それでいいか?」

「ああ、頼む」

「……兄ちゃん一人で食べるのか?」

「そうだけど」

「食いきれるのかよ。言うまでもないと思うけど早めに食べてくれよ」

「そこは心配するな、美味いうちに食べるよ」

 

 普通に考えたら団子三十個なんて一人で食べるには時間がかかる量だな。団子屋の店主としては作った団子は早めに食べてもらいたいのだろう。

 だが心配ない。すぐに食べるのは無理だが仙郷に置いておけば劣化はしないため、いつでもやわらかい団子を食べることができるのだ。仙郷マジ便利。

 

「旅に出ても退治人ごっこするのか? 危ねぇから専門家に任せなって」

「俺がその専門家なんだがな」

「まったく……」

 

 いつもと同じで全然信じる気配のないおやっさんに一周回って安心感を覚えながら茶を飲む。

 そうだ、おやっさんには話しておいたほうがいいかな。最初に話を聞いたのはおやっさんだからな。

 

「おやっさん」

「何だ?」

「聖なら大丈夫だ」

 

 ごくごく自然に放った俺の一言におやっさんの手が止まる。おやっさんはいつもより大きく見開いた目をゆっくりとこっちに向け、小さく口を開いた。

 

「……どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だ。あいつらなら大丈夫、見た目よりずっと強い」

「……兄ちゃん、聖姉さんを知ってたのか?」

「古い知り合いだ、おやっさんたちが生まれる前からのな。俺もあいつには世話になった」

 

 俺は言いながら席を立つ。それを見たおやっさんがはっとして、最後の団子を包んで渡してくれた。だがその表情からは何が何だがわからないといった様が見て取れる。

 代金を置いて受け取った団子を仙郷にしまう。いきなり空間に亀裂が入り、その中に団子を入れている俺を見ておやっさんが口をあんぐりと開けている。

 

「ありがとよ、おやっさん。それじゃ……」

「……ま、待ってくれ兄ちゃん」

「ん?」

 

 店を出ようとしたらおやっさんに呼び止められた。もう来ないだろうと思っていろいろやりすぎたか?

 

「最後だっていうならその鬱陶しい笠を脱いでくれないか。もう何回も言ってるんだ」

「……ああ、そうだな。今まで悪かったな」

 

 一つ謝りながら頭に乗っている網代笠を取る。隠していた白髪を見たおやっさんの顔が見る見るうちに驚愕へと変わっていった。

 

「真っ白い髪……って、まさか兄ちゃん……白髪の……」

「ふふ……じゃあな、おやっさん。店頑張れよ」

 

 おやっさんの面白い反応を見れて満足した俺は今度こそ店を出た。網代笠を取ったままこの都を歩いたことはなかったので、視界が開けて何だか新鮮な気分だ。とは言え騒ぎになったら困るので再び網代笠を被り、都の外を目指す。

 ふらりふらりと足を進めながら、ふと先程買った団子を一つ仙郷から取り出し頬張った。

 

 

 

「……うん、美味い」

 

 

 




ちなみにこの時点で聖と一輪以外はハクを呼び捨てです。
聖はさん付け、一輪は様付けですね。聖のは修行時代の名残です。

次回、月人編……とでも言えばいいのかな?

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