幻想白徒録   作:カンゲン

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東方キャラは次回出ます。もうちょいお待ちを~。


第二話 人里での暮らし

 人里を求めて旅に出てからかなりの時がたった。

 さすがに百年も探せば見つけられるものだな。というか何故百年も見つからなかったのだ…。

 最初に人里を見つけたときはうれしすぎて、全速力で飛んで人里の真ん中に着地してしまった。あの時の周りの目は忘れられない。

 

 そりゃ、妖怪退治の専門家も出てきますよね。

 

 自分が人間だと説得するのは骨が折れた。最終的には俺から妖力が感じられないということで納得してくれて助かったが。…ホントにごめんね。

 この人里には数年滞在させてもらっているが、当初は物々交換に出せるようなものを何も持っていなかったので医者の真似事をしながら暮らしていた。

 俺に普通よりも高い治癒能力があるのは前から知っていたが、自分以外であっても俺の血液を傷に塗ることで再生を促すことができることに気付いたのは割と最近だ。病気であっても血を飲ませることである程度回復するようだ。この体質のおかげでそこそこ豊かな暮らしができている。

 また、この人里には飛んできたためか、力のある者と認識されたようで妖怪退治なんかの依頼もよく来る。

 周りの人々には仙人だと呼ばれたが、あいにく俺は修業などはあまりしていない。

 一度に使える力の量は多くない。そしてこれは昔から変わらない。色々試しては見たのだが増えも減りもしなかった。

 それでもせめて力の扱いが上達するようにという訓練はしているけれど、それだけだ。

 

 

 

「仙人様、いらっしゃいますか?」

「はいはい、いますよ。どうぞ入って」

 

 住まわせてもらっている家で力の扱いの練習をしていたら依頼人が来たようだ。俺は仙人ではないのだが、じゃあ名前は何だと言われたら困るのだ。

 俺はいまだに名無しのままだ。少し不便にも思うが自分で自分に名前を付けようとも思えない。こういうのは誰かに付けてもらいたいのだ。

 

「失礼します。仙人様、依頼をしたいのですがよろしいですか?」

「もちろん。まぁとりあえず上がって。いま、お茶を出すから」

 

 扉を開けたのは十二、三くらいの歳の少女だ。この子のことは知っている。いつも元気で優しい少女だ。確か名前は…

 

「千代…だったかな」

「あっ、名前知っていてくれたんですね。ありがとうございます!」

 

 名前を知っているだけで喜ばれた。やはり名前は重要だよな。その人を表すときに一番最初に出てくるものだ。

 

「仙人様の名前は何なんですか? 私も仙人様を名前で呼びたいです」

「あー、えーっと…」

 

 もしかしてこれはチャンスではないのか? この子に名前を付けてもらうというのも悪くない。

 茶を湯呑に注ぎながらそんなことを考えた。

 

「その、実は俺に名前は…」

「あっ! 申し訳ありません! 私のようなものが仙人様を名前で呼びたいなんて無礼な真似を!」

「いや、違くてな?」

「どうかお許しください!」

「怒ってない怒ってない。大丈夫大丈夫」

 

 勢い良く頭を下げる千代をなだめる。全然怒ってないのにここまで必死に謝られると困ってしまう。なんだか悪いことをした気分だ。

 多分もう名前を付けてもらうのは無理だろうな。それにこの少女の反応からして、この里の人たちには頼めないかもしれない。

 嫌われるよりはいいけれど、ここまで持ち上げられてもなぁ。

 

「大丈夫だから。まぁとりあえずお茶でも飲んで」

「あっ! わざわざありがとうございます! お手伝いせずにすみません」

「お客さんなんだから気を使わなくていいんだよ?」

 

 この歳でここまで気が使えるのはすごいなと素直に感心する。だが、四六時中これだと大変そうだ。とりあえず今はリラックスしてもらおう。

 

「俺は自分で自分のことを普通の人間だと思ってるよ。この里の人たちと同じでね。だから特別扱いなんてしなくていい。普通が一番だ」

「はい…。ありがとうございます」

「まぁそれは少しずつ慣れてもらうとして、依頼があってきたんだよね? どんな依頼かな?」

 

 今のところの依頼内容は大きく分けて二つ。一つは怪我人、病人の治療。もう一つは妖怪退治。後者の依頼は大抵、他の妖怪退治の専門家の人たちからが多いので今回の依頼は前者と予想できる。

 

「はい。ええと、七日後が私の母の誕生日なのですけれども、その贈り物として珍しいお花を見つけたいんです。淡い水色に輝くお花らしいんです」

「ふむふむ」

「それでそのお花なんですけれども、なんでもここから少し離れた山の麓にあるらしくて」

「ふむ…」

「仙人様にそこまでの道の護衛をお願いしたいんです」

「……」

 

 予想は外れたが別に問題はない。ないが…。これはどうしようか。

 正直そこまで遠くない上にここら辺の妖怪は俺でも十分対処できるレベルのものだ。おそらく余裕で依頼は達成できる。

 だがそれでも危険なことに変わりはない。その花を入手できたとしてもそれを贈るとき危険を冒して手に入れたものだと知られたら、間違いなく母親は心配するだろう。家族とはそういうものだ。俺だけで探しに行くという方法もあるが、多分結果は同じだろう。

 危険な場所に人を送った。この時点でいい顔はされないだろうな。

 

「…悪いがその依頼は引き受けられないな」

「え!? ど、どうしてですか?」

「千代を危険な場所に行かせるわけにはいかないからだ」

「で、でも! 仙人様がいれば大丈夫ですよね?」

「これはそういう問題じゃないんだ。無事かどうかは関係なく、危険な場所に行ったことが問題なんだ。わかってくれ。お母さんもその花の贈り物より君と一緒にいたいんじゃないかな」

「ですが…。いえ、わかりました。ありがとうございます」

 

 千代はそう言うと立ち上がり、礼をして帰って行った。俺の伝えたいことが伝わったのならいいんだが。そんな贈り物よりも大切なものがあると。

 

 

 

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 六日後の昼頃。

 俺はその日来た依頼をこなしていた。今回は怪我人の治療だ。どうやらこの男性、屋根の修理中に足を滑らせて落下してしまったようだ。大事には至らなかったようだが、手足に大きな傷ができている。

 すぐさま俺は腰の短刀を取り出して自分の手のひらを切る。俺は慣れたものだが他の人たちはあまり見たくないらしく、目を背けている人も多い。まぁそりゃそうだよな。

 出てきた血液をすぐに男性の傷に垂らす。すると見る見るうちに傷が治っていく。この光景も見慣れたものだ。周りにいた人たちから「おおっ」という歓声が上がる。何でこれは見てるんだよ。

 ついでに男性の力の流れを調整して体調を整える。こと力の扱いに関してはそこそこ上手いという自信がある。

 

「いやぁ、助かったよ仙人様。ありがとう」

「力の流れが少し悪いな。仕事続きなんじゃないか?」

「いやまいったな。頼られるとうれしくて、ついな」

「お人好しな性格は結構だが自分の身は大切にしろよ?」

「仙人様には言われたくないですな!」

 

 なんでだ。ガハハハと豪快に笑う男性を見ながらため息を吐く。周りの人たちもウンウンと頷いている。

 …まぁ確かに。「お人好しな性格は結構だが自分の身は大切にしろよ?」はすごいブーメランだったかもしれない。

 だが、助けたのは依頼があったからだし、あの行動も傷が治ると知っての行動だ、などと頭の中で言い訳を並べてみるが途中でその思考は途切れた。

 

「仙人様! 仙人様!」

「あなたは確か、千代の…」

「ああ! 仙人様! 千代を…千代を見ませんでしたか!?」

「いや。行方不明なのか?」

「はっ、はい! 朝からあの子の姿が見えなくて、遊びに行ってるだけかとも思ったのですが、あの子の友達も知らないと! それで探し回っているんですが見つからなくて! ああ、どこに行ったの千代!」

「とりあえず落ち着いて。一応心当たりがある。探してくるからあなたはここで待っていて」

「お願いします! お願いします仙人様!」

「みんな! 俺は少し里の外に出る。この人のことを頼んだ。それと念のため妖怪退治の専門家たちに里の周囲を警戒するように伝えておいてくれ」

「わかりました! お気をつけて!」

「すぐ戻る」

 

 俺はその場で力を操作し、上空に飛び上がった。同時に集中してあの子の力を探る。子供は力が少ないから探知するのは難しいが、今回はある程度の方向はわかっている。

 よし、見つけた。今のところ力に乱れは感じない。獣や妖怪には遭遇していないようだ。不幸中の幸いだな。すぐに向かうとしよう。

 

 心当たりとは六日前のあの依頼だ。十中八九あの子は一人で贈り物のために花を取りに行ったのだろう。

 俺の言いたいことは伝わっていなかったようだ。まぁ俺も百年近く誰とも話していなかったから、伝え方が悪かったというのもあるんだろうが。

 もしさっきの母親が取り乱している場面に千代がいたなら、俺の言ったことも理解してくれたかもしれないな。そんなことを考えながら全速力で目的地に向かうのであった。

 

 

 

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 山の麓を目指して歩き始めてから大分時間がたった。

 みんながまだ起きてこないうちに家を出て向かえばお昼ごろには戻れると思ったのだが、森の中を歩くしかないという条件が思った以上に大変だった。土はぬかるんでいる上、枝やらなにやらのせいで歩きづらい。

 おまけに視界が悪くて目指している場所を見失いそうになってしまう。もう十回以上転んだだろう。帰ったら着物洗わなきゃ。いや、もう捨てるしかないかな。

 

 目指す場所は山の麓。淡い水色の光を放つお花を持って帰るのだ。お母さんにとって特別な日なんだもの。私もお母さんを喜ばせたい。

 

「はぁ、はぁ…。もう少し…」

 

 足が痛む。肺も痛い。立ち止まって休みたい。でももう少し。

 どうして仙人様は私の依頼を断ったのだろう。仙人様がついていれば絶対大丈夫なのに。こんな辛い思いもすることなかったのに。

 ああ、いけないけない。仙人様を悪く言ってはいけない。きっと何か考えがあったのだ。

 疲れているときって変なことを考えてしまうなぁ。でももう少し。もう少し。

 

「はぁ、はぁ…。着いた…やった…」

 

 やっと着いた。日はもう傾き始めている。森の中というのもあってもう大分暗くなってきている。そのおかげで淡く光る花は簡単に見つけることができた。

 

「わあぁ…。すごくきれい…。これを持って帰ればお母さん絶対喜ぶよね。仙人様も認めてくれるかな?」

 

 光る花を手に取り、傷つけないように周りの土と一緒にそっと持ち上げる。だが不思議なことにその花には根っこがなかった。代わりに一本の管が繋がっている。

 その繋がった先を見ようとして―――

 

「その花から離れろ! それは妖怪の疑似餌だ!」

「え……?」

 

 突然仙人様の声が聞こえた。

 思わず声のしたほうを向こうとしたその時、手に持っていた花が体に巻き付き、ものすごい勢いで引っ張られた。混乱していた私はそのまま管の先にいた妖怪の口に引っ張られていった。

 

 

 

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「その花から離れろ! それは妖怪の疑似餌だ!」

 

 千代を見つけたと思ったら妖力を発している花を手に持っていた。少なくともあれは植物ではない。その花の形をした何かには管がついていて、その先をたどっていくと案の定、妖怪がいた。

 白い毛を持つ大きな狼のような妖怪で、体高は二メートルはある。管は妖怪の頭に繋がっている。この妖怪も上手いことを考えたものだ。

 

「え……?」

 

 千代がこの場にふさわしくない、なんとも気の抜けた声を出す。どうやら予想外のことが立て続けに起こったせいで放心しているようだ。

 その時、妖怪が管を千代に巻き付け思いっきり引き寄せた。突然のことに反応できなかった千代はされるがまま妖怪のもとへ引きずられている。

 全速力で千代と妖怪のもとへ向かいつつ、力を込めた短刀を妖怪の管めがけて投げつけた。

 

「ガアアアアアァァァァァァ!?」

 

 見事命中。管は両断され引き寄せられていた千代は少し転がった後、停止した。俺は妖怪と千代の間に降り立ち先程の短刀を回収し左手に持つ。

 目の前の妖怪は恨みのこもった目でこちらを真っすぐに睨んでいる。

 

「白い髪のよしみで選ばせてやる。今すぐここを立ち去るか。今すぐここで死ぬか」

 

 選ばせてやる、とは言ったが正直この後のことは予想がついている。

 

「ギャアアアアオオオオオォォォォォォォ!」

 

 まぁ、妖怪には人間から逃げるなんていう選択はないみたいだな。

 つんざくような咆哮を上げ、一直線に突進してくる。俺はその場から動かず、生命力を纏わせた右腕を前に突き出す。妖怪は一瞬警戒したようだが、突き出した右腕に咬みついた。

 

「仙人様!」

 

 後ろの千代が叫ぶ。

 大丈夫だ。右腕は力を纏わせたおかげで千切られることはない。かなり痛いがそれだけだ。この程度の傷は数時間でふさがるし、たとえ毒があったとしてもそれも俺には効かない。

 今重要なのはこの妖怪が一時的とはいえ動きを止めたことだ。獣型の妖怪の動きは総じて素早い。おまけにこの妖怪は賢い。こいつと戦う時に俺が攻撃を避けるような真似をすれば、標的が千代に変わる可能性があった。それはいけない。標的は俺に固定しなければならない。

 かなり無茶な方法だったが、狙い通りだ。

 

「妖怪が。あんまり人間なめるなよ」

 

 左手に持った短刀に全生命力を集中する。妖怪が気付いたようだがもう遅い。短刀を左下から右上に振り抜く。

 

「ガ…?」

 

 この場にふさわしくない、なんとも気の抜けた声を出す妖怪。ついさっきの誰かみたいだな。

 妖怪は数秒停止した後ゆっくりと倒れた。だがさすがは大きな妖怪だ。ゆっくり倒れた割に大きな音が響く。衝撃もなかなかで周りの木々がざわめきだした。

 

「ふぅ…」

 

 短刀を腰の鞘にしまいながら後ろを振り返り、座り込んでいる千代と目線を合わせるために俺もしゃがむ。

 

「怪我はないか?」

「は、はい、私は。でも仙人様が!」

「問題ない。数時間でふさがる。今はここにいるほうが危ない。ということで帰るぞ、おんぶしてやるよ」

 

 しゃがんだ体制はそのままで千代に背を向ける。しばらく無反応だったがおずおずと背に乗ってきた。よしよし。

 …そこそこのスピードを出して里に帰るとしよう。

 

「しっかりつかまってろよ。行くぞー!」

「わわ、怖い! 怖いです仙人様!」

 

 みんなを心配させた罰だ。里に着くまでスピードは緩めんぞ。

 

 

 

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「帰ってきた! 帰ってきたぞ!」

 

 どうやら里のみんなも心配して待っていたようだな。もうすっかり真夜中だというのにずいぶんな人数が外にいる。

 この様子からして俺がいない間に妖怪が攻めてきたりはしなかったようだな。

 

「ただいま」

「仙人様!? 腕が!」

「問題ない。が、さすがに疲れた。傷を治すのに集中してるよ。ほれ、千代。お母さんと話してこい」

「う、うん」

 

 背中から千代を下ろし、俺は生命力を傷口に集中し再生を早める。

 

「お母さん……」

「…………」

「えっと、ごめんな―――」

「よかった! 本当によかった! 心配で心配でたまらなかったんだから!」

「え? え? お母さん?」

「珍しい花なんかよりも! 素敵な贈り物なんかよりも! あなたがいてくれればそれでいいんだから!」

「! …グスッ、ありがとう…お母さん…。ごめんなさい…ヒック…ごめ…なさああぁぁぁぃ…」

 

 

 

 それから十数分、二人は抱き合ったままだった。周りにはこの二人に感動して涙を流す人がたくさんだ。何やら酒を持ってきて集まっている者までいる。このままだと今夜は宴会だな。

 俺も傷の再生が終わった。ほっとけば数時間はかかっていただろうが、力を集中すればある程度早めることができる。力の扱いの練習をしていてよかった。

 体の調子を確かめていると、千代とその母親がやってきた。

 

「この度は本当にご迷惑をおかけしました」

「仙人様、助けてくれてありがとうございます」

「あんまり気にするな。俺も千代には上手く言いたいことが伝えられなかったようだしな」

「いえ! 仙人様は悪くありません! 私がもっと周りを見て考えることができていたら…」

「そう思い詰めるな。今回は無事だったんだから。ただ、次からはちゃんと周りを見ろよ。お前の周りはいいやつばかりだからな」

「本当にありがとうございました。何かお礼をしたいのですが…」

「うーん、ならこういうのはどうだ? おーいみんなー!」

「?」

 

 周りで飲めや歌えやと大騒ぎしているやつらに向けて声を上げる。

 

「今日は千代の母親の誕生日だ! 今酒を飲んでいるやつは何か一発芸をしろ! 下品なのはNGな!」

「いきなりそんな! 横暴だー!」

「わはは! ついでに俺も楽しませろ!」

 

 ぎゃーぎゃーとうるさいやつらは無視して横でぽかんとしている母親に話しかける。

 

「俺も宴会を楽しませてもらう。礼はこれでいいよ」

「……。ふふふ、わかりました。仙人様のお気遣い、ありがたく頂戴いたします」

「よせやい、堅苦しいのはなしだ。ほれ千代も。酒はダメだが料理もたくさんあるようだから楽しんで来い」

「はい! ありがとうございます! 仙人様!」

 

 仙人じゃないんだけどなぁ。まぁ今はそんなこと気にならなくなるほど楽しませてもらうとしよう。

 目の前のステージでなかなか面白い芸が思いつかず、おどおどしている酒飲みを見ながらそう思うのだった。

 

 

 


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