幻想白徒録   作:カンゲン

19 / 36
途中から聖視点です。


第十九話 妖怪寺の大騒動

 

 神子たちのいた都を離れた俺は、他の都や町を巡っていた。前と同じで適当に力を探って人がいるところを見つけ、その場所に向かうといった感じだ。

 その間はいつも通り妖怪退治や医者をしているのだが、神子の都で歩いていただけで騒ぎになったのを思い出し、普段は網代笠(あじろがさ)を被るようにしている。

 

 他の変わったことといえば、不老不死の研究の過程で仙術を学んだことによるものだろう。仙術でできることはいろいろあるが、その中でも『仙郷』という別世界を作ることができるのが便利だ。

 この仙郷への入り口はどこにでも作ることができ、また出口もどこにでも設定できるため、移動に関しては紫のスキマ並みに便利になった。もちろん制約はあるが。

 だが、これを使っての移動はあまりしていない。自分で移動することも旅の醍醐味の一つだと思うからだ。

 

 もう一つ特徴として、この仙郷に置かれた荷物は劣化しないというものがある。例えば、食材を置いて長時間放置してもカビが生えたり腐ったりしないどころか新鮮なまま保存できるのだ。

 仙郷では時間が止まっているというわけでもなく、仙郷で一時間過ごせば現実でも一時間経っているし、逆もまた然り。

 

 非常に便利なのだがどうしてなのかはわからない。もしかしたら他の仙人の仙郷も同じなのかもしれないが、確かめる術がない。これは青娥と別れてから気付いたことだしな。

 仙人にはこの仙郷を住処にする者もいるようだが、俺は専ら荷物置き場として使っている。なので今の俺は手ぶらに近い。刀は腰に差しているが。

 

 

 

 身軽になった体で適当にふらついていたのだが、とある都に行ったときに少し面白い噂を聞いた。

 曰く、「魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する、通称『妖怪寺』という場所がある」というものだ。これだけでも十分面白そうなのだが、もう一つ「その場所に妖怪との共存を望む人間がいる」という噂も聞いた俺は、ワクワクしながら早速その場所を探しに山に入ったのだった。

 

 結論から言うと、その場所はすぐに見つけることができた。要するに妖力の集まっている場所を探せばいいだけなので小一時間ほどで目的の場所にたどり着けたのだ。

 その場所にあった建物は『妖怪寺』というだけあって、ちゃんと寺院の形をしていた。

 正面には一人の女性がいて、竹箒で参道を掃いている。見た感じ人間っぽいんだが……。

 

「でも少し違和感を感じる……」

「あら? 珍しいですね、参拝でしょうか?」

「ああ、いや。少しここの噂を聞いてな、興味本位で来ただけだ」

 

 その女性は俺が来たことに気付いていなかったようで、ぽつりと呟いた俺の声に少し驚いたようだった。

 金髪に紫のグラデーションが入った髪と金色に輝く瞳。日本人離れしたその姿は、しかし俺にはとっては懐かしさを感じさせるものだった。

 

「噂というと……もしかして、貴方は妖怪の方ですか?」

「ん? いや、俺は人間だけど」

「人間……? では、もしかして退治人?」

「確かに妖怪退治もしているが…………あ」

 

 しまった。少し違うことを考えていたせいで、少女の問いに正直に答えてしまった。

 妖怪寺と呼ばれるほどの場所に来たのが退治人というと、普通考えることは一つだ。俺のその考えを裏付けるように少女の顔が険しくなっていく。

 

「……なるほど。都の方々からの依頼でここの妖怪を退治しに来た、というわけですか」

「いや、違うんだ。何も依頼は受けていない。ただ興味があったから来ただけなんだ」

「何を言っているんですか。妖怪寺と呼ばれているこの場所にそんな理由で来るような人を、私はほとんど知りません」

 

 少女はそう言いながら竹箒を捨て、何かの術式を展開して全身に力を巡らせた。先程まで全く感じなかった圧力が少女から放たれ、否応無しに警戒させられる。

 

「人間を傷付けるのは本意ではありませんが、そうしなければ妖怪が傷付くというのならば致し方ありません。いざ!」

 

 瞬間、少女の小さな体から発せられたとは思えないほどの轟音を立て、地面を蹴り飛ばして接近してきた。

 突然のことに対応できない俺は、少女のとてつもない速度を乗せた重い掌底を腹に受け、吹き飛ばされた。

 

「がふっ!?」

 

 くの字に折れ曲がって後ろに吹き飛ぶほどの勢いは地面に接触してもなお止まらず、三メートルほどの一直線の溝を作ることになった。

 ようやく止まった俺は口からは血の混じった唾を吐き出しつつ、生命力を患部に集中させた。回復は数秒で終わり、肺から押し出された空気を再び取り入れるために一つ深呼吸する。

 

 片膝で立ちながら数メートル先にいる少女を見る。油断なくこちらを見据えて構えている少女の表情は相変わらず険しいが、そこには様々な感情が混じっているように感じた。

 その複雑な表情と今の攻撃を思い出し、先程感じた感覚についてもう一度考える。

 

 結論。俺は彼女を―――。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

「ん? いや、俺は人間だけど」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私はこの網代笠の男を警戒した。

 彼が妖怪ならば妖怪寺の噂を聞き、救いを求めてやってきたと理解できる。だが人間だとすると……。

 

「……では、もしかして退治人?」

「確かに妖怪退治もしているが……」

 

 予想通り、どうやらここの妖怪を退治しに来た専門家ということらしい。当たってほしくなかった予想だけど……。

 一つため息を吐きながら自分の予想を男に話す。どうやら自分が退治人だということは秘密だったようで、男は少し狼狽えながら言い訳をしてきた。

 

「何も依頼は受けていない。ただ興味があったから来ただけなんだ」

「何を言っているんですか。妖怪寺と呼ばれているこの場所にそんな理由で来るような人を、私はほとんど知りません」

 

 そう。普通の人間は妖怪を悪と見なしている。妖怪と会った人間の対応は泣き叫ぶか、命乞いをするか、問答無用で排除しようとしてくるか。

 彼らのことなど一切考えず、一方的な思い込みで敵対する人間が妖怪寺に来るわけがない。

 

 唯一、私と似た考えを持っていたあの人を除いて。

 

「人間を傷付けるのは本意ではありませんが、そうしなければ妖怪が傷付くというのならば致し方ありません」

 

 私は人間の敵というわけではなく、むしろ味方でありたいと思っている。だが人間たちからすれば、妖怪の味方をしている時点で私も敵のようだ。

 だからこういうことになることは予想していたし覚悟もしていた。

 

 双方の被害を極力抑える方法は、今の私にはこれしか思いつかない。そう考えて退治人を名乗る男を真正面に見て構える。

 

「いざ!」

 

 私はそう叫ぶと強化した足で地面を蹴り、無防備な男に急接近して威力の抑えた掌底を叩き込む。まともな反応ができなかった男は数メートル吹き飛び、土煙を上げながら地面を転がった。

 気絶する程度の威力の攻撃がしっかり入った手応えを感じ、必要最低限の戦闘で終了したことに安堵する。

 

 ふぅ……と一息吐いたあと、気絶したであろう男を治療して都に送り届けようと考えて地面に倒れている男を見る。だがそこには気絶どころか倒れもせず、片膝で立ちながらしっかりとこちらを見据える男がいた。

 

「……!」

 

 反射的に構え直したが頭の中では多くの疑問が渦巻いていた。

 私が放った掌底は決して弱くはない。気絶しないとしても戦闘続行は不可能になるほどの威力はあるはずなのだ。それなのに目の前の男は何事もなかったかのように立ち上がり、ゆっくりと構えた。

 口元に血が付いていることから吐血するほどのダメージはあるはずなのに、それを感じさせない自然な構えはこんな状況であるにもかかわらず一瞬見惚れてしまうほど美しかった。

 

 お互い構えたまま、時間が止まったかのように動かない。その探り合いを先に打ち破ったのは男のほうだった。

 その場で身を屈めると全身をバネのようにして地面を蹴り突進してきた。数メートルの距離が一瞬でなくなり、男が構えていた右腕を私の顔を目掛けて突き出した。

 警戒していた私はその拳を見切り左手で弾くが、男はそれを予想していたようで弾かれた勢いを利用して空中で回転し裏拳を打ってきた。

 

「くぅっ……!」

 

 辛うじて右腕を盾にして防御できたが、振り抜かれた腕の力によってそのまま地面を滑る。

 ズザザッ…という音をさせながら足を踏ん張りなんとか停止した。

 

 体格に対して力が強すぎる。私と同じ身体能力を上げる術を使っているのだろうか。だが今の速さや力からして、自分よりも強くなっているわけではない。

 そう考えて今度はこちらから攻めるべく、構えている男に接近する。身体能力の強化によって並の人間の目では捉えきれないほどの速度を誇る攻撃は、しかし男の驚異的な反応速度によってすべていなされてしまった。

 次々と繰り出した右腕を止められ、左腕を弾かれ、右足を逸らされ、左足をかわされた。

 

「それ」

「わっ!?」

 

 上体を後ろに反らして横蹴りを避けた男は、私の足に下から掌底を当てた。バランスを崩した私はバク転で男から距離を取る。

 

 手を抜いているとはいえ、ここまで完璧に対応されるとは思っていなかった。最初の私の掌底に反応できなかった人間とは思えない。

 これ以上力を出すと、下手をすると後遺症が残るような怪我を負わせてしまうかもしれない。

 ふと男を見ると、網代笠のせいで顔の上半分が隠れているので正確な表情はわからないが、その口元は微かに笑っていた。

 

「……何がおかしいんですか?」

「別におかしくはない、ただ楽しいだけだ。こういう肉弾戦は久しぶりなんでな」

「……楽しませるつもりはありません。次で終わりにします」

「へぇ……それは楽しみだ」

 

 何の緊張もなくカラカラと笑う男は、本当にこの戦いを楽しんでいるようだ。戦闘狂か何かだろうか。

 こんな人間の楽しみのためだけに、ここにいる妖怪を退治されてなるものか。

 

 私は男に手のひらを向けて結界を張った。これは昔、師に教わった『特殊な性質の結界を張る術』で、中にいる人間は金縛りにあったように身動き一つとれなくなる結界だ。

 ニヤニヤとしていた男の口がポカンと開かれたことを確認して、逆の手に魔法で弾丸を作り出し、男に向かって撃ち出した。

 この弾丸は当たると電気ショックのような衝撃に襲われ、多少身体能力が上がっている相手でも気絶させることのできる魔法だ。あの結界の中にいる以上、男にこの魔法を避けることはできない。

 私はようやく戦闘が終わったと安堵した。男が再びニヤリと笑うその時までは。

 

「? ……えっ!?」

 

 こんな状況にも関わらず笑っている男に疑問を持っていると、男が結界の中で右腕を振るった。一度囚われれば指一本動かすことのできないあの結界の中でだ。

 それだけでも驚愕するには十分すぎるというのに、次の瞬間には私の結界が解除された。

 結界から抜け出した男は左手に魔法で弾丸を作り出し、私の放った魔法にぶつけた。弾丸同士がぶつかった衝撃で地面が揺れ、広範囲に土煙が舞い上がった。

 

 こんなことありえない。

 あの結界は力の強い妖怪なら力尽くで破壊することはできるかもしれない。だが解除となるとその結界の性質や波長を読み取り、構成を理解し干渉しなければならない。私もできないことはないが、どうしても時間がかかる。少なくともこんな一瞬では無理だ。

 おまけに、今男の撃ち出した魔法は私の放った魔法とまったく同じものだった。あの一瞬で相手の魔法を特定して同じ魔法を作り出すなど、あらゆる術を知り尽くしていないと不可能だ。

 

 こんな芸当ができる人物を、私は一人しか知らない。

 

「…………まさか……っ!?」

 

 そのたった一人の人物を思いついた瞬間、土煙を突破して一発の弾丸が飛んできた。

 思考と動揺、土煙による視界不良で気付くのが遅れた私は、為す術なくその弾丸に直撃した。それによって吹き飛ばされた私は何とか空中で体勢を立て直し、片膝を地面につけて着地した。

 

 吹き飛ばされるほどの衝撃を受けたはずなのに、不自然なほどダメージが少ないことに違和感を感じつつ先程の思考を再開する。

 顔を上げ、真正面からゆっくりと歩いてくる男を見る。笠のせいで相変わらず顔がわからないが、男の後ろで小さくなびく真っ白い髪の毛が目についた。

 

「……やっぱり、貴方は…………うわっ!?」

 

 男に話しかけようとしたとき、私の真横を目が眩むほどの光を放つ光線が通り過ぎた。その光線は辺りを焼き尽くさんばかりの熱をまき散らしながら男に向かって直進し、凄まじい爆発を起こした。発生した衝撃で突風が吹き荒れ、思わず腕で目を覆う。

 何が起こったかを確認するため光線の飛んできた方向である後ろを見ると、ここの寺にいる妖怪たちが私を囲むように立っていた。

 

(ひじり)! 大丈夫ですか!?」

(しょう)!? それに貴方たちもどうして!?」

「すみません。人間に手は出すなと言われていましたが、だからといって聖を見捨てることはできません!」

「ご主人に同じく」

「聖は大切な恩人なので当然です!」

「私と雲山(うんざん)にも頼ってくださいね」

 

 どうやら先程の光線は星の宝塔による攻撃だったようだ。私を慕ってくれている彼女たちの言葉は、こんな状況でなければ泣いてしまいそうになるほどうれしいものだった。

 だが、先程の私の考えが正しいとすると今の状況は少しマズい。

 そう考えて内心で冷や汗をかいていると、いきなり私以外のみんなに結界が張られた。

 

「な、何これ……動けない!?」

「ご主人! くっ……私も……!」

「この結界って……まさか……」

「聖様が使っているのと同じ……!」

 

 私が男に使ったものと同じ結界が作られ、身動きが取れないようだ。みんな妖力を使って破壊しようとしているが、かなりの強度があるようでヒビ一つ入らない。

 当然ながら私は何もしていない。となるとこの結界を作った人物は―――。

 

「……! 聖、前!」

 

 急に叫んだ星に反応して正面を見ると、爆発によって起こった煙を吹き飛ばしながらとてつもない速度で一直線に向かってくる男が目に映った。

 

「聖!」

「聖様!」

 

 手に直刀を持ち、今までとは比較にならない速度でこちらに向かいながらその切っ先を突き出している男を見て、ムラサと一輪(いちりん)が悲痛な叫び声を上げる。

 その声を聞きながらも、私はその場から動かなかった。

 

 音を置き去りにし、空間すら歪ませてしまうのではないかと錯覚してしまうほどの衝撃波を纏った神速の刺突は、しかしそれまでの何もかもが幻だったかのように、私の喉元でピタリと静止した。

 先程までの喧騒が嘘であったかのように、物音一つしない。結界に囚われている彼女たちも固唾を飲んでいる。

 

 私は目の前に立っている男を見る。未だにこちらに刀を突き付けてはいるが、それを動かす気配はなく、真一文字に閉じられている口は何かを待っているかのようにも見えた。

 ふと、男の持っている刀に目を向ける。柄も刀身も神々しいまでに真っ白な直刀。それなりに長生きしているが、こんな刀を見たことは一度しかない。

 私の知っているその刀の名前は―――。

 

「白孔雀……」

「……………………ふふっ」

 

 ぽつりとこぼしたその単語を聞いて、目の前の男が笑いだした。最初は小さくだが少しずつ声が大きくなり、すぐに大笑いになった。

 男は笑いながら刀を腰の鞘におさめ、空いた右手をこちらに差し出してきた。

 

「ほれ、とりあえず立て。ダメージもほとんどないだろ」

「……やっぱり……師匠……」

「「「「え?」」」」

 

 結界の中にいる彼女たちが打ち合わせでもしたかのように同じ表情で同じ声を出す。おそらく今なら結界がなくとも動けないだろうと思えるほど呆然としていた。

 それを聞いた彼はまた少し笑いながら、戦闘でボロボロになった網代笠をゆっくりと取った。

 

「ようやく思い出したか。この笠を被っていたとはいえ、もう少し早く気付いてほしかったな」

 

 そこにいたのは先程の刀と同じく真っ白い髪の毛と、それとは対照的な真っ黒い瞳が特徴の男性。戦っていたときは少し気に障っていた笑みからは、今は安心感しか感じられない。

 差し出された右手を取ると、優しく引っ張り立ち上がらせてくれた。

 

「あ……ありがとうございます、ハクさん……」

「久しぶりだな、聖白蓮(ひじりびゃくれん)。元気そうで何よりだ」

「…………え? し、知り合いだったんですか……?」

 

 最初に意識が戻ってきた星の恐る恐るといった問いかけに、私は苦笑を返すことしかできなかった。

 

 

 




一話持たなかった網代笠。心底同情します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。