幻想白徒録   作:カンゲン

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豪族編が結構長引きますねー。次回で終了予定です。


第十七話 三人の信頼関係

 

 あれから三年が経った。神子による都の統治は上手くいっているらしく、大きな事件などは起きていない。

 ただ、妖怪の襲撃はどうしようもないため俺に仕事が来ることはあるが、十分対処できるレベルの妖怪ばかりなので大きな問題ではない。

 

 そういえば、都の外に妖怪退治に出たときに霍青娥(かくせいが)と名乗る少女と出会った。髪や目、服までも青一色で、∞の形に結われた髪とかんざし代わりに挿された(のみ)が特徴の少女だ。

 自身を仙人と名乗っていたが、仙人に会ったことのない俺でも違うと思わせるほどの邪気を感じる女性だった。

 

 実は彼女のことは神子から聞いて知っている。

 特徴的な外見ですぐわかったのだが、しばらくの間付きまとわれるという彼女の行動でさらに確信させられた。しかもその間、弟子にしてくれという要求を延々とされるというおまけ付き。

 全部断ったが。

 

 ちなみにだが、やはり俺は仙人ではないようである。

 仙人というのは修業や秘術によって寿命を延ばした人間のことなのだが、不老不死ではないらしい。

 百年に一度くらいの頻度で生き過ぎた人間、つまり仙人のもとに死神がお迎えに来るらしく、その死神に負けると即死んでしまうようだ。

 

 俺は今まで死神が迎えに来たことがない。つまり仙人ではないということなのだが、ならば何なのかということは青娥にもわからないようだ。

 

 

 

 こういうことがあったりしたが、大きな変化はなかった。

 そう、なかったのだ。

 それはつまり、不老不死の研究も成果がないということを意味する。

 

 研究は続けているがどうにも上手く進まない。

 錬丹術はもともと中国の道士が使う術だ。書物の内容を翻訳・理解するだけでも時間がかかるというのに、記されている内容自体が間違っていることも珍しくない。

 それに、俺も神子もあまり時間が取れなくなってきたというのも大きい。俺は妖怪退治、神子は政治と、手を抜けない仕事があるのだ。

 

 そして、いくら神子のような聖人君子でも、いつまでも研究に進歩がないとなると焦るのも仕方がないことだ。

 

 

 

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 俺は今、都のお偉いさんからの依頼を終わらせて神子の屋敷に帰る途中だ。

 依頼は都に侵入した妖怪の退治だったのだが、今回の妖怪は積極的に人を襲うような妖怪ではなかったため、話し合いで解決できた。

 とりあえず適当な量の食料と俺の力を分けると満足したようで礼を言って帰って行った。

 

 神子の屋敷に到着し、扉を開ける。昼頃に出発して今はもう夕暮れ時だから、そこそこ時間がかかったな。

 

「ただいまー」

「あ、ハク様。おかえりなさいませ」

 

 屋敷に入ると使用人の一人が出迎えてくれた。さすがに最近ではびくびくとする使用人はいなくなり、俺としてもありがたい。

 

「もう夕飯は作ってるんだよな?」

「はい。もうすぐ出来上がりますよ」

「手伝えなくてすまんな」

「いえ、とんでもない。むしろいつも助けられてばかりですから」

 

 いつもは食事の用意を手伝っているのだが、今日のように他の用事があると手伝えないことも当然ある。

 まぁ、ここの使用人は優秀だから俺がいなくても問題ないんだけどね。

 

「神子はどこにいるかわかる?」

「えぇっと、そういえば昼食以降、見かけていませんね……」

「む、そうか……。わかった、俺が探しておく」

「ありがとうございます」

 

 使用人との会話を切り上げ、その場で神子の力を捜索するが反応がない。

 少し嫌な予感を感じながら神子の研究室に足早に向かう。研究室に到着するとすぐに扉を開いた。

 

「神子、いるか?」

 

 少し大きめの声で呼びかけるも返事がない。だが俺はそのまま部屋に入り、普段神子が使っている机のもとへ向かった。

 俺の早歩きによって積み上げられている資料や道具が崩れるのも気にせず、むしろ速度を上げて歩いた。

 そして目的地に着き―――うつ伏せで倒れている神子を見つけた。

 

「っ、神子!」

 

 急いで近づき神子の上体を抱き起こす。顔色が悪く、荒い呼吸を繰り返していて汗がひどい。

 

「はっ……はっ……、くっ……!」 

 

 ……どうやら意識はあるようだな。

 俺は自分の左人差し指に生命力を纏わせ爪を鋭利な刃に変え、そのまま左親指を切り裂いた。

 流れ出る血液を親指ごと神子の唇に押し当てることで飲ませる。その間傷が修復しないように指に生命力が行き渡らないようにする。

 

 神子の喉が動き血液を飲んだことを確認した。とりあえず一安心だな。

 

「……はぁ……やっぱり……ハク、でしたか……」

「今は喋るな。しばらく安静にしてろ」

 

 息も絶え絶えに口を開く神子を制止する。神子はゆっくりと頷くと目を閉じた。

 俺も神子もそのまま動かず、血液の効果が現れるのを待った。その間、持っていた布で神子の汗を拭くことにした。

 

 

 

 数分後、血液の効果はちゃんと出たようで顔色が大分よくなった。もう話しても大丈夫だろう。

 

「ふぅ……、肝を冷やしたぞ、神子」

「ふふ、すみません…………、っと?」

 

 神子が起き上がろうとしたが、神子の額を押さえて頭を俺の脚にのせた。いわゆる膝枕だ。

 

「おお……これはなかなか……」

「まったく……今回も意識があったから自力で血を飲めただろうが、もし意識がなかったら口移しだからな」

「わぉ。それは楽しみですね」

「冗談を言えるくらいには回復したようだな」

 

 調子の戻ってきた神子を見て安心する。

 だが、少しすると俺も神子も真面目な雰囲気になる。理由はもちろん、神子の不調についてだ。

 

「それにしても、またか……」

「……」

「研究に進展がなくて焦るのはわかるが、安全確認もせずにいろいろなことを試すのはいただけないな」

「……」

「俺がいつもいるわけじゃないんだ。頼むから自分の体は大切にしてくれ」

「すみません……」

 

 右手で神子の頭をゆっくりとなでながら諭すように注意する。

 すみません、か。

 

 そう、こういうことは今回が初めてではない。もう何回も神子は不調で倒れているのだ。

 原因は先程言った通り、薬品や術を安全確認なしで試しているからだ。その度に注意しているのだが、止める気配はない。

 

「……ハク。一つ、提案があります」

「何だ?」

 

 しばらく黙っていた神子が顔を上げて目を合わせた。その目には何かを決心したような輝きが見えた。

 

 

 

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「というわけで、諸君には仙人になってもらいます」

「いえーい」

「いや『いえーい』じゃないですよ太子様」

 

 現在、俺と神子と布都と屠自古は部屋に集まり、座卓を囲むように座っている。

 

「急に何の話だ、ハク?」

「言った通りだ。不老不死の方法っていうのは仙人になるということなんだが、やっと仙人になる方法がわかった。だから近々実行しようと思う」

「なに!? ということはついに不老不死となれるのか、ハク殿!」

「ああ、そういうわけだ」

 

 実際には少し違うが簡単に言えばそういうことだ。

 

 もともと俺たちが研究していたのは不老不死となる霊薬だ。だが、正直このまま研究を続けていても開発できる気がしない。もしかしたら不可能なのでは、とも思えてきたところだ。

 反面、仙人となる方法の一つは俺も神子も独自に研究をしていて、実は結構前からわかっていた。青娥がうろちょろし始めたときからだったかな。

 

 それなのに俺も神子も今まで実行しなかった。

 理由は『一度死ぬ必要がある』からだ。

 

 つまり、失敗は許されない。

 チャンスは一度、たった一度きり。

 

 だから二人とも他の手段を探した。少しでも危険を減らせる方法が見つかるのならば、そのほうがいいに決まっているからだ。

 

 だが、そうも言っていられなくなった。

 これまでの神子の不調は俺の血を飲ませれば回復する程度のものだったが、死んだらもうどうしようもない。いくら俺でも蘇生は不可能なのだ。

 それは神子もわかっているだろう。だから仙人になる決意をしたんだ。

 

 まぁ、神子が無茶な人体実験をしなければいいだけの話なんだけどな……。

 俺はそう思いながら布都と屠自古に神子がした無茶のことは隠しつつ、仙人になるための説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

「なるほど! 手順を踏んで一度死んだら、あとはしばらく眠っていればよいのだな!」

 

 説明を終えて最初の布都の言葉はそれであった。いや、確かに簡単に言えばその通りなのだが……。

 

「……不安じゃないのですか?」

「何を言っております。太子様とハク殿が見つけた方法なのでしょう? ならば『絶対に大丈夫』です!」

「そうだな。この二人が研究して発見した。それだけで疑う理由はありません」

 

 思わず、といった感じで疑問を口にした神子に二人が答える。そのほんのわずかの迷いもない言葉に思わず呆けてしまった。

 それは神子も同じようでしばらく静寂が続く。その静寂を打ち破ったのは二人の言葉だった。

 

「太子様。私は太子様を信じているんです。どんな命令をされようと、隠し事をされようと、それには必ず理由がある。私たちを思っての理由が。だから、死ねと言われれば死ぬのは当然です。信じていますので」

 

 屠自古は言う。自分の神子への信頼はそんな程度では揺るがないと。

 

「我にとって太子様は道であり、光であり、唯一絶対のお方であります! 太子様のお力になれるのならば一度死ぬ程度、何の苦でもありません!」

 

 布都は言う。神にも等しい神子のためならば、死など恐れるに足りないと。

 

 二人の言葉にまたも静寂が訪れる。だが先程とは違い、布都と屠自古がにっこりと微笑んでいる。

 しばらく呆けていた俺たちだが、自分たちの考えの深刻さが急に馬鹿馬鹿しくなり、ふと顔を見合わせると声を出して笑った。

 

 二人とも神子を信頼しきっている。ならばそれを裏切らないためにも絶対に成功させてやろう。

 ひとしきり笑ったあと、俺たちは立ち上がり拳を突き合わせた。

 

「よし! 俺たちがお前らをお前らの望む場所に連れてってやる! 覚悟はいいな!」

「「ああ!」」

「私とハクがいるんです! 万に一つの失敗もありえません! 私についてきなさい!」

「「はい!」」

 

 突き合わせていた拳を掛け声とともに天に掲げる。

 この日から本格的な仙人となる準備を始めたのであった。

 

 ちなみに、このあともさんざん騒いだ俺たちは、使用人に「もう少し静かにしていただけませんか……」と言われるのであった。

 

 

 

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 その日の夜。俺は仙人となるための方法に間違いがないかの最終確認をしていた。時刻はすでに零時を過ぎており、神子たちはかなり前にもう眠っている。

 今夜は月がきれいで明るくはあるが、それでも書物を読むには少し暗いので自分の周りに小さな炎を作って明かりを確保している。

 

「…………うん、問題なさそうだ。な、青娥」

「……あら、いつから気付いていたんでしょう?」

 

 自分以外誰もいないはずの部屋で問いかけると返事が返ってきた。声の聞こえたほうを見ると床に開いた穴から顔を出している青娥がいた。

 

「最初から。気付かれたくなかったら、まずは力が漏れるのを完全に抑えないとな」

「むぅ……。私的にはちゃんと抑えたつもりですが」

 

 青娥が床から這いあがって書物を読んでいる俺の隣に立つ。

 彼女は壁をすり抜けられる能力を持っているためこういうことが可能なのだが、その方法は物理的に壁を切り抜いて穴を開けるというものなので、最初に見たときは屋敷を壊したのかと思い焦った。今は開けた穴はいつの間にか消えてなくなるものだと知っているから安心しているが。

 

「確かに、初めて会ったときよりも力の制御が上手くなってるな」

「わぁ! ありがとうございます、師匠!」

「弟子にした記憶はないぞ」

「ちぇ~」

 

 口を尖らせてあからさまに不満げな顔をする青娥。隙あらば弟子になろうとしてくる彼女に呆れを通り越して笑みが出てくる。

 

 ちなみにだが、俺は最近は力を完全に抑えるようにしている。というのも、紫や諏訪子、神子に俺の力を感じ取られたときに警戒されているからだ。

 前まではわざと少しばかり力を放出していたのだが、これはそのほうが普通っぽいからという理由だ。だがそのせいで相手を刺激してしまうのならやめたほうがいいと考え今に至る。

 

「で、今日は何の用なんだ?」

「えーと、用というほどではないんですが少し聞きたいことが。仙人になるというのは本当ですか?」

「……それ、誰に聞いた?」

「いえ、誰にも。この屋敷の周りをぶらついていたらそんな話が聞こえたので」

 

 ぶらついていたって何だ。絶対覗いていただろう。

 とりあえず、早速この話が都の人間に漏れていたわけではないということを確認して安心する。注意はしているが、絶対ではないからな。

 

「ハク様もついに仙人になるんですか?」

「いや、なるのはあの三人だけ。俺がなってもメリットがなさそうだ」

「あ~、確かに」

 

 理由はわからないが、俺はもともと寿命が長く死神の迎えも来たことがないため、仙人になる必要がない。仙術なども研究した時点ですでに使えるようになっているしな。

 

「ま、強いやつに興味があるならあいつらが仙人になるのを待つといい。そのときには今よりもずっと強くなってるだろうからな」

「ふむ、それもそうですね」

 

 とりあえず青娥の前に新しい餌を用意して俺から注意を逸らすことができた。あの三人には悪いが。

 

「よし、そのためにも少し手伝ってくれ」

「ふぅ……わかりましたよ」

「とは言ってもあとは確認だけなんだけどな」

 

 俺と神子で組み上げた術式を隣にいる青娥に見せる。

 仙人となるための手順の確認を青娥に手伝ってもらいながら、俺は今日のことを思い出していた。

 

「……あんなに信頼されるっていうのもスゲーもんだよなぁ」

「何か言いました?」

 

 ついボソリと口から出た感想は青娥には聞こえなかったようで首を傾げている。

 

「ああ、いや何でもない」

「そうですか? あ、とりあえずこの術式は問題ないですね」

「そうか。じゃあこっちは……」

 

 今日改めて実感した、神子に対する布都と屠自古の圧倒的な信頼と献身。そこに死が絡んでも揺らぐことのない決意。

 あそこまで信頼されるにはそれに応える能力がないとならない。神子はそれほどの能力を持っている。まだ十数年しか生きていない少女が持つには大きすぎるカリスマ。なるほど人間の枠には収まらないわけだ。

 俺もそれだけ信頼されるに足る器を持ちたいものだと、あの三人の関係を見て思うのであった。

 

 

 

 

 

 

「貴方もあのお三方から命を預けられるほど信頼されているでしょうに」

「……聞こえてるじゃねーか」

 

 

 




本当は次回と合わせて一話だったんですが、文字数が多くなり分割しました。
ですが分割すると今度は文字数が少なくなるため急遽青娥さんとの会話を追加。
つまり、本来はセリフがなかった青娥さん。
哀れ。

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