この都に来てから数ヶ月が経った。その間俺は神子が研究をしている横で、部屋にある本を読み漁っていた。というのも、俺は不老不死に繋がるような学問なんて知らなかったので、まずは基礎的な知識が必要だったからだ。
話によると、彼女たちは道教と呼ばれる宗教を用いて不老不死になろうと考えているようだ。道教とは要するに超人的な力を手に入れることのできる宗教、らしい。
他にも錬丹術などの研究もしているようで、基礎を理解するだけでもかなり大変だった。結果、数ヶ月かかってしまったというわけだ。
まあ、その甲斐あって今では神子と一緒に研究できるくらいにはなったが。
だが、俺も神子も四六時中研究をしているというわけではない。
現に今は神子、布都、屠自古と座卓を挟んで雑談中だ。話すことは様々で、神子の豆知識や布都のドジ話、それに関連するような屠自古の苦労話など。
「そういえば、太子様の持っている刀とハク殿の持っている刀はなんとなく似ておるな」
そして今回は布都の呟きにより、俺と神子の刀の話になりそうだ。
「ん~、似てるかな? 見た目は全然違う気がするけど」
「私も似ているようには見えないね。 飾りの有無も色も違う」
屠自古の言うように、俺の刀と神子の刀は似ているようには見えない。
俺の刀、『白孔雀』は刀身はもちろん、柄も鞘も真っ白で飾りはない。逆に神子の刀、『七星剣』は刀身は普通だが柄や鞘は黒く、所々に金の装飾がなされており、特に柄の頭の部分には太陽を模した飾りがついている。
「ふむ……確かに見た目は似ていませんが、刀の長さと直刀であるというところは同じですね」
「あ~、言われてみれば」
確かに白孔雀も七星剣も直刀で、長さもほとんど同じだ。見た目ばかりに気を取られて気付かなかった。
「ハク殿のそれはどこで買ったのだ?」
「これは買ったんじゃなくて貰ったんだ。前に世話になった村を出るときにな」
「ほぉ~。少し見せてもらってもよいか?」
「いいよ、はい。気をつけろよ?」
横に置いてある白孔雀を左側に座る布都に手渡す。大丈夫だとは思うのだが、子供に包丁を渡したような不安感があるな。
「ハク。その刀はいつから持っているんですか?」
「もう千年は経ったな」
「せ、千年……?」
「……その割にはすごくきれいですね」
布都が刀をいろいろな角度から見ている横で、少し声量を下げて話す。千年と聞いてまた布都が気絶したら面倒だと思ってのことだ。
千年も前の刀ということを聞いて神子も屠自古も驚いている。白孔雀はきれいな刀だから信じられない気持ちもわかる。
「ハク殿、この刀抜いてみてもよいか?」
「ん? ちょっと待って」
刀を抜こうとしている布都を少し止めて、この部屋に結界を張る。急に力を使った俺を見て三人が首を傾げている。
「ハク、今のは結界ですか? 何故このタイミングで?」
「ま、すぐにわかるよ。布都、いいぞ」
「う、うむ?」
頭上にはてなマークを浮かべながら、布都が白孔雀を抜く。その瞬間、刀から大量の力が噴出した。
「ぬお!? 何事だ!?」
「突然何だ!?」
「これは……!」
布都が持っている刀を遠ざけるように両手を伸ばし、屠自古は立ち上がって構え、神子は目を見開いて唖然としている。
驚き方は三者三様だが、三人とも動揺していることに変わりはない。まあ、普通だと思っていた刀から正体不明の力が噴き出して来たら驚くのは当然だ。
「びっくりしただろ? その刀には力を溜めておける性質があるんだ」
「……確かに、これはハクと同じ力ですね」
「よ、よくわかりますね、太子様」
「は、ハク殿ぉ! これ持っていて大丈夫なのか!?」
「大丈夫だから落ち着け。神子の言った通り、これは俺の力だから害があるわけじゃない。だけど、ほとんど妖刀みたいなものだから劣化もしていない、ということだ」
慌てる布都を落ち着けさせながら持っている白孔雀を受け取る。害がないのは本当だが、慌てて振り回したりしたら危ないからな。
白孔雀を鞘におさめると力の放出がピタリと止まる。ただ、一度放出された力は勝手に刀に戻るわけではないので、部屋中に充満している力をすべて集めて再び刀に戻した。
「結界を張った理由がわかりました。あれだけの力が漏れれば、外で騒ぎがあっても不思議ではありませんからね」
「騒ぎというと?」
「退治人が押し寄せてきたり、都の外の妖怪を刺激したり。まぁ、いろいろです」
布都に理由を説明している神子の言葉に頷きながら結界を解き、刀を置く。
この刀に入っている力の量はかなり多い。鞘には力を抑える機能があるが、抜いた状態では俺自身で抑えていないと先程のように漏れ出てしまうくらいだ。
普段からいざというときのために力を溜めているせいなのだが、少しばかりやり過ぎたかとも思っている。
「力の量も驚きましたが、それを封じ込めている白孔雀の性質もすごいですね」
「そうだな。さっき言った村の退治人が作ってくれたんだが、今思うとあいつらはかなり優秀だったな」
「ところで、そのもう一つの短刀も何か仕掛けがあるのかい?」
屠自古が白孔雀の隣に置いてある短刀を指さす。
「いや、これはただの刀だ。ほら、見てもいいよ」
短刀を屠自古に渡しながら少し説明する。と言っても本当に何の仕掛けもないため、昔の刀ということしか言えないが。
「……確かに、刀身は錆だらけだし、ところどころ刃が欠けてる」
「ですが、白孔雀と同じくらい古い刀にしては良い状態ですね」
「まぁ、普段から消耗しないように力を纏わせているからな。とはいえ、さすがにな……」
刀を抜いて観察している三人を見ながら、俺はそろそろこの刀も替えどきかと思っていた。
刀身はすでにボロボロ。最低限の手入れはしていても、千年以上も経てばこうなるのは仕方がない。にもかかわらず今まで捨てなかったのは、変な愛着が湧いてしまっているからだ。
「本来なら捨てるべきなんだが、長年使ってきたものだからな。捨てるに捨てられず、てことで困ってる」
「ふむ……っと、もうこんな時間ですか」
「少し話し込んでしまいましたな、もう太陽がてっぺんを通り過ぎてます」
確かに大分時間が経っている。今日は特に急ぐ用事もないので俺と神子は研究の続き、布都と屠自古はその研究に必要な材料をそろえる役割だ。
「そうですね。では、私と布都はこの前言われた材料を取ってきます。ほら、行くぞ布都」
「うむ、了解だ」
立ち上がって屋敷を出ていく二人を見送る。手を振ると布都が大きく振り返して、それを見た屠自古が微笑しながら肩をすくめる。いつも思うが、いいコンビだよな。
先程の部屋に戻ると、神子が軽く伸びをしていた。
「神子はこれから研究を続けるのか?」
「あー、いえ。他にやりたいことがあるので」
「? そういえば、この前もそんなこと言っていたな。何してるんだ?」
「世話になった部下への贈り物を作っているんです」
「へえ、何作ってるんだ?」
「面ですよ」
神子が何かを顔に被せるような仕種をしながら説明する。
「ま、私がやるのは設計とデザインを決めることだけですが。作るのは職人に任せます」
「よかったらどういうのを作ってるのか見せてくれよ」
「いいですよ、ついてきてください」
神子の考えたデザインというのが気になった俺は、見せてくれないか聞いてみると、快く承諾してくれた。
彼女の後ろについてしばらく行くと、俺があまり近づかない場所にある部屋に案内された。中に入ってみるとそこら中に何かが書かれた紙が散乱している。
下に落ちている紙を一つ手に取り見てみると、やたらと文章が書いてある。内容的には記録のようなものだ。
「ここは?」
「私が普段書き物をするときに使っている部屋です。そういえば、ハクはあまりこっちには来ないですね」
「最近まで本を読むのに忙しかったからな」
「そういえばそうでしたね。えー……と、これです。どうぞ」
俺が部屋を見ている間に、神子が机を漁って持ってきた五、六枚の紙を手渡してきた。
見てみると狐や般若の面のデザインが書かれている。
「他にも考えてはいるんですが、どれがいいかが決まらなくて」
「ん? これ全部作るんじゃないのか?」
「え? まぁそれもいいかもしれませんが、あまり多いと職人も大変でしょう」
「それもそうか…………いや、自分で作ればいいんじゃないか?」
自分で作るのならば、他人の迷惑にはならない。そう思っての提案だったのだが、神子は何とも微妙な表情をしていた。
「自分で、ですか? 作れるでしょうか」
「俺も手伝うから大丈夫だろ。こう見えて何かを作るのは得意なんだ。この前もカエルみたいな帽子を作ったりしたな」
「大丈夫かどうかよくわかりませんね。あと、その帽子を被っている方には同情します」
「何でだよ」
神子の言葉に少しばかり落ち込む。でも、神子もあれを見ればどれだけ諏訪子にあの帽子が似合っているかがわかるはずだ。
「神子はなんだかんだで大抵のことはすぐできるんだし、面作りなんて簡単だろ?」
「まぁ簡単でしょうが」
「……さすがだ」
あっけらかんと簡単だと言い放つ神子に少し笑ってしまった。そしてこれは虚勢でも何でもないのだから余計面白い。
「じゃあ早速始めよう。まずは材料集めからだな」
「そうですね、行きましょう」
こうして俺たちの面作りが始まった。とはいえ、これはそれほど重要な要件ではない。
それなのに俺が面作りを勧めた一番の理由は、神子の息抜きにいいのではないかと思ったからだ
彼女は優秀だが人間だ。都の政治だけでも大変だというのに、不死の研究もしているとなると疲れないわけがない。
それに、彼女は政治に向いているという理由で仏教を広めているが、不死の研究で使っているのは道教だ。
違う宗教を信仰しているということを絶対に隠さなければならないのは言わずもがな。精神的疲労もたまっているだろう。
ということで適当に、だが楽しく作ろうと思っている。
世話になった部下とやらには悪いかな? いや、太子様直々に作ったほうが嬉しいだろ。もしかすると恐れ多いとかで土下座するかもしれないが。
まあ五、六個作れればいいかな。そう考えながら、神子と共に面の材料を買いに行くのであった。
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五、六個作ると言ったな。
あれは嘘だ。
「太子様……。これらは何か儀式に使うのですか……?」
「いえ、そういうわけではないですが……」
「……私たちが出掛けている間に何があったんだい?」
「ちょっと、面を作ろうとしただけだ……」
「「ちょっと?」」
現在、五日後に帰ってきた布都と屠自古も含めて、作業部屋の中心で山になっている面を見ている。
あれから材料を持って帰り制作を始めた俺と神子だが、思いのほか面作りが楽しくなり、気付けば二人で夢中になっていた。
結果、神子の考えた十数個の面に加えて、新しく五十個ほどデザインを考え、最終的に六十を超える数の面が誕生していた。
「太子様もハク殿もすごいのは重々承知してますが……」
「これはやり過ぎですよ」
俺もそう思います。
「ま、まぁせっかく作ったんだし、その部下の人にあげれば喜ぶだろ」
「喜ばれるというか、迷惑がられるのではないでしょうか」
「いや、そんなことないだろ。………………多分」
ああ、目を閉じていても布都と屠自古がジト目で睨んでいるのがよくわかる。正直、すまんかった。
夢中になりすぎて徹夜していた日もあるから、息抜きになったかと言えば果てしなく微妙だろうなぁ。
「取りあえず、ここに置いていてもしょうがないですからね。彼のところに持っていきましょう」
「太子様。その言い方だと贈り物を渡すというより、邪魔な荷物を押し付けるというように聞こえます」
「なるほど、一石二鳥というやつですね」
「太子様。それ肯定してます」
神子と屠自古が漫才みたいなことをしているのを見ながら、山になっている面をまとめる。
神子はあんな風に言っているが、この面一つひとつを丁寧に作ったのは知っている。それがどういう意味なのか、説明する必要はないだろう。
まとめ終えた面を布都と屠自古に持って行ってもらったのを見届けると、俺と神子は居間で倒れるように横になった。
「何だかとても疲れました。でも、あんなに夢中になって何かをしたのは久しぶりです」
「そうだな。もう今日はこのまま眠れそうだ」
「……ハク、いろいろありがとうございました」
「面作りを提案したのは俺だからな。手伝うのは当たり前だ」
「いえ、それもですが……」
「?」
それ以外のことで何か感謝されるようなことをしただろうか?
疑問に思い、左隣で寝転がっている神子のほうに頭を傾けると目が合った。何を考えているのか、にっこりと微笑んでいる。
「最近の私の様子を案じて、面作りを提案したんでしょう?」
「……お前は本当にすごいな」
実は心でも読めるのではないだろうかと、そんなことを本気で思ってしまうほど彼女は聡い。
「だけど、あまり疲れはとれなかっただろう。悪かったな」
「とんでもない。いい気分転換になりました」
「それならいいんだが……」
上を向いて目を閉じ、一つため息を吐く。
「神子には敵わないな」
「貴方が私をどう思っているのかはだいたいわかりますが、私からすれば貴方のほうが余程すごい」
「え?」
閉じていた目を開き、先程と同じように彼女を見ると笑みが深くなっているような気がした。
「面の話をしたときから考えていたんですか? お人好しですね」
「たまたまだよ。いつもそんなことを考えているわけじゃない」
「不老不死の研究のことを話したら、すぐに協力してくれたのはどうして?」
「もしかしたら自分に関係することかもと思ったからだ」
「最初に会ったとき、私の張った結界を解除しなかったのは何故ですか?」
「結界が強かったからだ」
「ふふっ」
神子から投げかけられる質問を答えていくと、急に笑われてしまった。
「あんな結界、貴方の力なら無理矢理破壊することも、布都のときと同じように干渉して解除することも簡単だったはずです」
「それだと戦闘になっていたかもしれないだろ」
「なら、布都の結界をあっさりと解除したのはどうしてですか? あのときの布都は貴方を敵視さえしていたのに」
「……わかった、白状するよ。あのときは周りにお前を慕っている人たちがいたから何もしなかった」
神子を慕っている人たちの前で神子の作った結界を破壊すれば、彼女の力に不安を覚える人も出るだろう。
別に話すことでもないと思い今まで黙っていたが、こうも詰め寄られると話さざるを得ない。
「まだ言葉も交わしていないどころか、敵意さえ発している相手のことを考えるなんて、お人好しにもほどがあります」
「むぅ……」
「もしも私が聞かなかったら、ハクはずっと黙っていたでしょう?」
「話すことでもないからな」
「ハクは隠し事をするのが上手いですね。だからこそ……」
そこで言葉を区切ると、神子が左手を伸ばし俺の頬に触れ、目の下を親指でなぞるようになでてきた。
どうしたのかと思い彼女を見ると、先程まで笑っていた表情を変えていた。憂い顔、とでもいうのだろうか。
「だからこそ、私は貴方が心配です」
「……急にどうした?」
雰囲気を一変させた神子に戸惑い、思わず疑問が口から出る。
神子は俺の問いには答えず、ゆっくりと瞼を閉じる。そのまましばらく静寂が続いたが、神子が立ち上がることで元の雰囲気に戻った。
「いーえ、何でもありません。さて、部屋を片付けましょう。手伝ってくれますか?」
「……もちろん。手早く済ませよう」
「ありがとうございます」
先程の神子の様子が気になったが、何でもないというのならそういう事にしておこう。
そう考えて神子に続いて立ち上がる。
「そうだ。ハク、刀を貸してください」
「? いいけど……」
「あ、白孔雀ではなく短刀のほうです」
「こっちを? 何に使うんだ?」
「今回のお礼です。その刀を直しましょう」
疑問に思いながら短刀を取り出すと、神子が嬉しい提案をしてくれた。
「捨てたくないのなら、また使えるようにしましょう」
「本当か? それは助かるよ」
「任せておいてください」
自信満々の神子に短刀を渡す。
正直、礼が欲しかったわけではないが、この提案は助かる。
もうあまり使えないが、捨てるに捨てられず、かといって使っていればすぐ壊れる刀だ。直してくれるのなら任せようと思った。
「それじゃ、さっさと片付けてご飯でも作るか」
「それは楽しみですね。ハクの料理は美味しいですから」
「みんなと協力して作ってるからな。任せておけ」
神子は面作りで、布都と屠自古は外出続きで疲れているだろうからな。腕によりをかけて作るとしよう。
そう考えた俺は神子と一緒に、この五日間で出来上がった散らかり放題の部屋の片付けを始めた。
五日間で六十以上の面を作る二人であった…