俺と神奈子が考え、大和の神々が調整した案は予想以上に上手くいった。以前よりも格段に信仰心が増え、それにより二人の力も増大していった。
神の力が増えるということは、影響力が増すということ。そして神の影響力が増すと、その神のいる国が繁栄するのは当然だ。
この国はあの日以降、少しの厄介事はあったものの安定している。今のこの状態ならば俺が抜けても問題ないだろう。事実、最近の俺は妖怪退治の仕事とかもほとんど受けていない。俺より強い諏訪子や神奈子のほうが適任だからだ。
そういうわけで三人で朝食をとっているときに、近々旅を再開するつもりであることを話した。
「え~! ハク、出て行っちゃうの!?」
「ああ。少し前から考えてはいたんだ」
「ずっとここにいてもいいのに。それとも、何かやりたいことでもあるの?」
「まぁな。明日明後日には出るつもりだ」
「ずいぶんと急だねぇ」
確かに急な話だとは自分でも思う。特に百年以上滞在した場所だということを考えるとなおさらだ。だが俺も、何も考えずに急に話したわけじゃない。
「仕方ないだろ。早めに話したりすると―――」
「ずぅっとここにいればいいじゃん! ここが好きな場所だって言ってのにぃ~……ハクの大嘘つき!」
「……こういう駄々をこねるやつがいるからな」
「ふふ、なるほどね」
諏訪子には悪いかもしれないが、ここを出ていくというのは決定事項だ。余程のことがない限り変えるつもりはなかったので、四六時中こう言われると考えるとちょっとね。
引き止めてくれるのはうれしいし、駄々をこねる諏訪子もかわいいんだけどね。
「まぁ落ち着け、俺は嘘は言っていないぞ。ここは俺の好きなところで、お前はその好きな理由だ。何も変わってない、変わるわけがない」
「う……」
「どこに行ったとしてもその考えは変わらないんだ。だから、必ずまたここに来るさ」
「……本当に? 絶対に? 神に誓って?」
「ああ。諏訪子は待っててくれるか?」
「……もちろん、いつまでも待ってるよ」
「うん、ありがとう」
必ずまたここに来る。これも決定事項だ。またここに来ることを誓おう。
礼を言いながら諏訪子の頬をなでる。頭には帽子が乗っているので最近はこうすることが多い。諏訪子によると、神奈子にからかわれることが多くなったとのことだが、やめる気はない。
「お二人とも、お茶が甘くなるからその辺で……」
「何それ、まずそう」
今度試してみようか。
「それじゃ、長い間世話になったな」
「うん! この国のことは任せて。道中気を付けてね」
「帰ってくるのを楽しみにしてるよ」
「ああ、またな」
簡単な挨拶を済ませて、神社をあとにする。またここに来るのだから、長々と別れ話をする必要はないだろう。
飛んで行ってもよかったのだが、この国を出るまでは歩いて行こう。次に来たときにどう変わっているか、少し楽しみだしな。
国を歩いていると、周りを歩いていた人たちが集まってきた。いつも通りの光景なだけあって感慨深い。
「あれ? 仙人様、お出掛けですか?」
「ああ、旅を再開しようと思ってな」
「え~! どこかに行っちゃうってこと?」
「そうだな。でも心配することないぞ。この国には優秀な神様がいるからな」
「確かに、仙人様は旅の途中でこの国に寄ったと聞いたことがありますな」
「もう百年以上前のことだ。ずいぶんと懐かしいなぁ」
「では、お別れということですか……。今まで本当にありがとうございました」
「いや、俺のほうこそこの国には世話になった。ありがとう」
「寂しくなりますね」
「俺もだ」
老若男女問わず慕われているというのは嬉しいものだ。だからこそ、離れるのは寂しいのだが。
出会う人々に挨拶をしながら、国の門の前にやってきた。いつの間にか俺の周りには、ここに来るまでに会った人たちがたくさんついてきていた。
「おや、仙人様……今日はずいぶんとお連れさんが多いようで」
「やあ、門番お疲れさん。そうだな、いつの間にかここの人口密度がすごいな」
「一体何事でしょう?」
門の前にいる門番に挨拶をする。門番は俺とその周りの人を見て苦笑を浮かべた。門番という立場からして、こんな人数が門の近くに来るというのは喜ばしいことではないだろうからな。
「今日から旅を再開しようと思ってな」
「…ということは、この国を出ていくのですか。それは残念です……」
「心配するな。ここの神がいる限り、この国は安泰だ」
「はい、そうですね」
「うん。みんな、見送りはここまででいいよ、ありがとう。またどこかで会ったらよろしくな」
「今までありがとうございました、仙人様!」
ついてきてくれた人たちに礼を言い、門をくぐって国の外に出る。後ろで手を振っているみんなに手を振り返しながら、まだ見ぬ人里に向かって歩き出した。
次にここに来るのはいつだろうか。十年後か、百年後か、それ以上か。それほどの時間が経てば今とはずいぶんと変わってしまうだろう。
だが、変わらないものもある。何百年経ってもここにはあの二人の神がいる。いつまでも変わらずに、いてくれる。
それがたまらなく嬉しいのだ。
----------------------------------------
今までは森の中を歩いて進んでいたが、今回は適当に飛んで行くことにした。前までは飛んでいるだけで妖怪扱いされたが、今は妖怪退治の専門家の中には空を飛べるものがいるという認識が広まってきたから大丈夫、のはずだ。
小さい村などに飛んだまま行ったりもしたが、そこまで騒ぎにもならなかった。俺のことがそれなりに広まっていることも理由の一つのようだ。
まぁ、容姿は若いのに白髪の人間なんて今まで見たことないしな。
旅を再開してしばらく経ったころ、俺は大きな都を見つけた。森の中を進むよりは空を飛んでいたほうが人里を見つけやすいのは当たり前だな。適当に飛んでいても見つけられた。
「とりあえず門番に挨拶しておくか…………?」
都の門番の場所に下りようとしたとき、都の中から変わった力を感じた。妖力ではないから妖怪ではないと思うが人間にしては大きい力で、少し神力と似ている気がする。
念のため力の発生源を調べたほうがいいと考え、門番への挨拶は後回しにして飛んだまま都の中に入った。
力の発生源はすぐに見つかった。ずいぶんと大きく豪華な屋敷がある場所で、おまけに人がたくさん集まっている。
見ると一人の少女のもとに集まっているようだ。薄い茶色で二つに尖っているという面白い髪型をしている少女だ。温和な雰囲気と圧倒的なカリスマを感じる。
集まっている人たちはその少女に向かって様々な悩みや願望を叫んでいるのだが、驚くことに一度に叫ばれ聞き取ることが困難なそれを理解し、的確な答えを返している。
それだけでも普通の人間とは違うというのに、俺の感じた力は彼女が発生源のようだ。そこらにいる退治人の力を軽く凌駕している。
とはいえ彼女は人間だ。近くに来ても妖力は感じないし、悪いことを考えているようにも見えない。
問題はないと思い安心して少女を見ると、話すのを止めて空に手のひらを向けていた。
というか、俺に向かって手を突き出していた。
その瞬間、俺の周りに強力な力場が発生した。
「これは……結界か?」
「ずいぶんと変わった気配がすると思ったが、妖怪の類か?」
先程までの温和な雰囲気を大きく変え、圧倒的な威圧感を放ちながら少女が疑問を口にする。できるだけ力は抑えていたつもりだが、ばれていたようだ。ますます人間離れしているみたいだな。
しかしどうしようか。この結界はかなりの強度があるようだが、俺なら力任せに破壊もできるし干渉して解除することもできるが……。
いや、この結界は破壊しないでおこう。俺はそう思って両手を上げ、少女に聞こえるように声を上げた。
「妖怪じゃない。俺も気になる気配がしたからここまで来たんだ。白髪の仙人と呼ばれている」
「白髪の仙人? 確か遠くの国に定住していると聞いたが」
「まぁ百年以上住んでいたが最近旅を再開してな、適当に飛んだらここに着いたんだ」
「ふむ……少なくとも妖力は感じない。狐狸とも違うな」
「おお、狐狸じゃないと言われたのは初めてだ」
これまでに出会った人には狐の妖怪が化けてると勘違いされたが、違うと断言されたのは初めてだ。かなり鋭い感覚を持っているようだ。
「そういうことを言うのは本人だけですね。大変失礼しました」
「いや、俺のほうもこっそり見ていて悪かったな」
少女はそう言うと、結界を解いてくれた。話の通じる人で良かった。俺は上げていた両手を下ろして地面に下りた。
少女の周りにいた人たちは突然のことが連続で起こったせいか、呆けている者が多い。そういえば悩み相談みたいなことをしている最中だったな。邪魔してしまったようだ。
「悪いなみんな、驚かせてしまって。俺のことは気にせず続けてくれ」
「えと……仙人様、それはさすがに無理です……」
そらそうだわな。すまんかった。
「では皆の者、今日はここで解散としよう。気にするな、また私がここにいるときに来るといい」
「は、はい。ありがとうございました」
少女が集まっていた人たちを解散させる。えーと、よく考えなくても俺のせいだよな?
集まっていた人たちは少女に礼を言って、帰っていく。その様子を見ていたが、みんな本当に少女に感謝しているようだ。
周りの人たちは全員帰ってしまい、今ここにいるのは俺と少女だけ。
「悪かったな、邪魔してしまって」
「いえ、大丈夫です。今日はもう大分悩みを聞きましたから」
「そう言ってくれると助かる。それにしてもあの人数の声を同時に聞いて理解できるとかすごいな」
「ありがとうございます。ですが、大したことではありませんよ」
……謙遜しているわけではなく、本当にそう思っているようだ。なんだこの子、人外すぎる。
「自己紹介が遅れたな。ハクという、白いって書いてハクだ。さっきも言ったが白髪の仙人と呼ばれている」
「初めまして、
「もしかしてそっちの名前のほうが有名なの?」
「どっちもどっちです。ただ、こっちの名前のほうが性格がわかりますね」
「なるほどな」
確かに『白髪の仙人』と『仕事を選ぶ退治人』では後者のほうが内面を表している。とはいえ、これだけだと何だか面倒くさいやつだと思われてもおかしくないと思うんだが。
「他にも、直刀と短刀の二刀使い、白髪二刀の不老者、妖怪退治の大師範、親しみやすい仙人様、街のお医者さん、戦わない専門家―――」
「わかった、わかったからもういい……」
いつの間にそんなにたくさんの名前がついたんだ……名前を求めて旅していたころが懐かしい。
何が面白いのか、げんなりしている俺を見て少女が小さく笑っている。
「ここには来たばかりなのですか?」
「うん。そういえば門番にも挨拶しないで真っすぐここに来てしまったからな、見つかったら捕まるかもしれん」
「さっきここにいた人たちの反応を見たでしょう? 誰もあなたを敵視しなかったじゃないですか」
「一人していたような……」
「何のことやら私にはさっぱりですね」
「…………はは」
「…………くすっ」
二人同時に笑ってしまった。最初の印象はカリスマ溢れる指導者といった感じだったが、こうしていると普通の少女のようにも見える。あくまで『見える』ではあるが。
「立ち話もなんですから屋敷の中でお茶でもどうでしょう?」
「いいのか?」
「はい。いろいろとお話も聞きたいですし」
「わかった、邪魔させてもらうよ。ありがとう」
少女、豊聡耳神子に案内されて屋敷に入る。というか予想はしていたけど、この目の前の大きな屋敷はこの子のかよ。
屋敷の廊下を神子と一緒に歩いている。屋敷が大きいためかたくさんの使用人とすれ違ったのだが、みんな俺を見ると驚いたかのような顔をした。
神子がその内の一人に茶と茶菓子を出すように言うと、使用人はかなり慌てた様子で下がってしまった。何なんだろうか。
「客人を招くのは久しぶりですし、その相手が有名な仙人となると慌ててしまうのも無理はありません」
「どう有名なのかは聞かないことにするよ」
さっきの二つ名の多さからして統一性がなさそうだな。それでいて間違いと言い切れないからタチが悪い。
そうこう話している間にとある一室に通された。この屋敷の外見とは違い、内装は思ったほど豪華というようには見えない。それでも一般の家からすれば十分すぎるほどに整っている。
部屋にある座卓を挟んで座る。神子のほうを見ると、何やら手を顎に当てながら俺のほうを見てきていた。
「なんだ?」
「いえ、不思議だなと思いまして」
「不思議?」
「そこまで真っ白な髪というのは珍しいですね。それなのに外見は若いから余計にミスマッチというか」
「外見はって、中身は相応ってことか?」
「違うんですか?」
「普通の人間で例えると、死んでるどころか骨が残ってるか怪しいぐらいだな」
「ふふふ、それはかなりのおじいさんですね」
小さく笑う神子につられて俺も少し笑ってしまう。そこそこ有名だからというのがあるからか、こういう風に普通に接してくれる人は少ない。何気ない会話というのが一番楽しいものだと俺は思う。こういうところが年寄りっぽいのかもしれないな。
「仙人に年寄りとかってあるのかな」
「外見が老人に見えるというのはあります。ですが不老のようなものですし、人間でいう老人や年寄りとは違いますね」
「よく知ってるな」
「私も一人仙人に知り合いがいますので」
「へぇ、どんな人?」
俺は仙人というのを見たことがない。俺も仙人と呼ばれているが、修行したわけでもないし違うのだ。仙人とも会ってみたいと思っていたから、かなり興味がある。
「正確には仙人ではなく邪仙です。邪仙とは悪事などを行ったせいで天から仙人と認められなかった者です」
「そういうのもいるのか~」
「どういう人かというと……そうですね、一言で言うと無邪気といったところでしょうか? 良くも悪くも自分に素直な人です」
「目をつけられたら面倒そうな人だな」
「……失礼を承知で聞きますが、ハクさんは仙人なのですか?」
神子が申し訳なさそうな顔をしながら尋ねてくる。ただ、怪しんでいるというわけではないようだ。
「あなたの雰囲気や力はその知り合いとは違っているように感じます。まぁ仙人と邪仙の違いだと言われたら反論できないのですが」
「俺は仙人じゃないよ、そう呼ばれているだけ。まぁ白髪の仙人って名前はそこそこ有名らしいから、誰かと聞かれたらそう名乗ってるけど」
「ああ、やっぱりそうでしたか」
隠していることでもないので本当のことを話す。神子は予想通りだというように頷きながら納得している。
「てか、そんな質問していいのか?」
「というと?」
「もし俺が人を騙すために仙人だと嘘を言っていたらどうすんだ? 察しのいいお前は消してやる、みたいな展開になったらまずいだろ」
「それはないと確信していたので」
「何というか、すごいな……」
俺にそのつもりはないが、これからそういうやつが出てくる可能性もある。なので忠告をしたのだが、この子には必要なかったようだ。人間には間違いないのだが、観察眼や洞察力がすごい。
しばらく話していると、さっきの使用人が茶と茶菓子を持ってきてくれた。
「ど、どうぞ」
「ありがとう。……うん、落ち着くねぇ」
「あ、ありがとうございます……」
「……俺、何かしたか?」
何だかさっきから使用人が変に緊張しすぎているような気がする。何かした記憶などない、というかここに来てからまだそんなに時間も経ってないのだから当たり前だ。
俺が首を傾げていると神子が少し笑いながら説明を始めた。
「ふふふ、貴方は先程から自分を『そこそこ有名』と言っていましたが、実際は『かなり有名』の間違いです」
「かなり? しばらく旅をしていなかったのにか?」
「むしろあちこち旅をしていたほうが噂になりにくいでしょう。なったとしても不確かで一時的なもののはずです」
「む、言われてみれば」
「同じ場所に留まり、そこで様々な偉業を成していたからこそ真実味のある噂が流れたのです。まぁ多少誇張されていたりもあると思いますが」
なるほど。諏訪の国に滞在していろいろとやっていたことが原因で、かなり名を知られているということか。確かにそこら辺をうろついているようなやつは噂にはなりにくいかな?
だが、それとこの使用人の態度にどんな関係があるのだろうか。
「要するに、すごい有名人に会っちゃってパニクっているということです」
「……はぁ、なるほど」
何故か急に説明が投げやりになったような気もするが納得できた。怯えられているとか避けられているとかではなくてよかった。一安心しながら、持ってきてもらったお茶を飲む。
座卓に茶を置いた使用人は部屋から出ようとしたが、神子が呼び止めた。どうしたんだろうか。
「ところで、ハクさんはしばらくこの都にいるつもりですか?」
「ん? ああ、ここまで大きい都は久しぶりだからそうするつもりだけど」
「でしたら、宿はこの屋敷を使ってもらって構いません」
「いいのか? それなら結構助かるんだけど」
こういう大きな国や都は人が多いからか、総じて宿が取りにくい。それにかなり有名だと言われた今、その辺を適当に歩くと騒ぎになる可能性もある。
なのでこの屋敷を宿として使っていいというのは実にありがたい。
「ええ、歓迎します。そのかわりにお願いしたいことがあるのですが―――」
「当ててやろう。話を聞きたい、だろ?」
「……驚きました。どうしてわかったのです?」
俺が神子の考えていることを予想して言った答えは正しかったようで、目を丸くして驚いている。どうしてわかったか、この問いに対する答えは簡単だ。
「俺も同じだからだ。よろしく、神子」
「……ふふ、なるほど。よろしくお願いします、ハクさん」
二人で笑いながら握手する。やはり旅を再開したのは間違いじゃなかったな。こういう面白い出会いがあるから楽しいのだ。
「というわけだから、ハクさんの泊まる部屋を用意しておいて」
「はい、わかりました」
「使用人を呼び止めた理由はこれか」
俺が了承することを予想していたということか。何だか負けた気分だな。
初対面の人に警戒されるのが得意な主人公です。