幻想白徒録   作:カンゲン

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ほのぼのとちょっぴりしんみりなお話です。会話文多め。
読まなくてもいいお話ですが、読むのならブラックコーヒー推奨です。


第十三話 閑話 二柱の神と仙人モドキ

 

 ―諏訪子とハクの日常―

 

 諏訪子と暮らしてから大分時間が経った。

 俺は日中は村に行っていろいろしているのだが、それ以外のときは神社で諏訪子と共にダラダラとしている。約束通りお互いの今までのことを話したりしているのだが、会話なんていつでもどこでもできる。それに急ぐ必要もないので、気が向いたら話すという感じだ。

 というわけで二人でいるときは特にこれといったことをしているわけではない。強いて言うなら日常をしているというのだろうか。

 

「ただいま~」

「おかえり、ハク。今日は何かあった?」

「いや、特には。いつも通り退治人たちの修行に付き合ったり、相談に付き合ったり」

「平和なのは何よりだよ」

「まったくだ」

 

 挨拶をして神社の中に入る。最初は神社に入るのに抵抗があったが、今はそんなものなくなってしまった。良いのか悪いのか。

 

「ハクぅ~、私もうおなかペコペコだよ~」

「自分で作ればいいだろう、料理できるんだし」

「面倒~」

「俺だって面倒だ~」

 

 二人そろってゴロゴロしている。まさに日常って感じだな。

 

「ていうか、諏訪子は飯を食べなきゃいけないのか?」

「当たり前でしょ。美味しいものは体を動かす動力源だからね!」

「そうじゃなくて、食べないと死ぬのか?」

「んん? そんなことないけど…」

「俺もだ。ということで、どっちも食べなくても生きていけるんだな」

「え? ハクも何も食べなくても平気なの?」

「まぁな。諏訪子と同じで、美味しいものは食べたいけど」

 

 食べなきゃ死ぬってわけではないけど、美味しいものは食べたいからな。体を動かすには十分な理由か。

 

「仕方がない。ご飯作るか」

「やったー! ハクの料理は美味しいから好きだよ!」

「それはどうも。今度は諏訪子が作ってくれよ」

「え~」

「俺も諏訪子の作る料理が食べたいんだよ」

「そ、そう?」

「ああ、諏訪子の料理好きだな~。美味しいってのもあるけど、なんていうか、ほっとするんだよな~」

「え、えへへ~、ありがと」

「それに、かわいい女の子が作る料理ってのは憧れるからな~」

「んふふ~、そこまで言うなら作ってあげようかな!」

 

 ちょろい。この神様、ちょろい。

 

 

 

「ほれ、出来たぞ」

「わーい! いっただっきまーす!」

「いただきます」

 

 料理をちゃぶ台に並べ、早速食べ始める。諏訪子は勢いよく食べているが、そこまで夢中になってくれているのは作った俺からしてもうれしい。

 

「うんうん! 相変わらず美味しいね!」

「そらよかった。ほれ、口にご飯粒がついてる」

「んん…」

 

 諏訪子の口についたご飯粒を取る。……あれ? このご飯粒どうしようか。

 

「あ、ありがと」

「……」

「ど、どうしたの? 取ったご飯粒を見つめて…」

「…これって俺が食べていいのか? それとも諏訪子が食べる?」

「え!? それって聞くことなの!?」

 

 諏訪子が顔を赤くして叫んでいる。俺が食べてもいいけど、もともと諏訪子が食べるはずだったものだ。なら諏訪子に食べさせるのが筋だな。

 

「はい、諏訪子。あ~ん…」

「ええ!? 食べさせる方向になったの!? しかも指についたままのを!?」

「あれ? ダメだったか?」

「だ、ダメじゃないけど……」

「じゃあほれ、あ~ん…」

「あ、あ~……やっぱりダメー!」

 

 騒がしいやつだな。すごい勢いで俺から距離を取る諏訪子を見ながらそう思った。あと、少し悲しくなった。

 結局ご飯粒は俺が食べることになった。

 

 

 

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 ―冬のある日―

 

「ああ~、寒いな今日は」

「そうだね~。外は一面銀色だ」

「きれいなもんだな」

 

 季節は冬。ついこの前まで紅葉がきれいだったいうのに、季節が変わるのは早いもんだな。朝から降り始めていた雪はあっという間に地面を白く染め上げた。夜になった今でもまだ降り続けている。

 

「今日は村の子供たちがはしゃいでいたな」

「子供は雪が好きだからね」

「俺も結構好きだけどな」

「ふふ、私もだよ」

 

 縁側に腰掛け、諏訪子と二人でしんしんと降る雪を眺める。

 

「ハクは白が好きそうなイメージだな~」

「嫌いじゃないけど…どうしてだ?」

「髪が白いから!」

「好きで白くしてるんじゃないんだけどなぁ」

「あれ、そうなの? 白髪なんて珍しいから自分でしているかと思ってた」

 

 この髪のおかげで村を歩いていてもかなり目立つ。まぁいいけれど。

 

「嫌なら黒くしたらいいのに」

「別に嫌じゃないさ。それに、気付いたときからこの髪色だったからな、もう慣れたよ」

「気付いたとき? 生まれたときじゃなくて?」

「ああ、気付いたときからだ」

「…どういうこと?」

「じゃ、昔話でもするか。約束だしな」

 

 まぁこんな感じで、気が向いたら話をする。適当な感じだが、結構気に入っている。

 

 

 

「……ハクは記憶喪失だったんだ…」

「まぁな。千年以上前の話だけど」

「寂しかったでしょ」

「最初はな。でもそれも慣れたよ」

「それは慣れちゃいけないものだよ。慣れちゃいけないものだったよ」

「……そうだったかもな」

 

 慣れちゃいけないものだった。確かにそうかもしれない。最初の百年で俺の性格が決まったといっても過言ではないかもしれない。

 

「それで? ハクは記憶を取り戻したいの?」

「最初は取り戻そうとしたけど、今はそうでもない。一応目標にしてはいるんだけどな」

「ふーん。まぁ取り戻せないまま千年経っちゃったもんね」

「そうだな~」

 

 最近は記憶を取り戻すということを忘れていることも珍しくない。こういう話をすると思い出すんだけどね。

 

「…そろそろ寝るか。すっかり深夜だ」

「そうだね。布団はもう出してるから」

「お、ありがとう……って、また一つしか出してないのか」

「一緒に寝るとあったかいからね! 早く早く!」

「はいはい」

 

 寒くなってきてから、一緒に寝ることが多くなってきている。最初は別々で寝ていたんだけど、いつの間にやら二人で寝るときの暖かさに心奪われてしまっていたようだ。

 

「あったかいね~」

「そうだな。子供は体温が高いからな~」

「む~! 私はハクと同い年だよ!」

「さっきも言ったろ。記憶がない分も含めれば俺のほうが年上だ、多分」

「私はハクのことを言ってるの!」

「……そうだったな」

 

 諏訪子が言っているのは今の俺のことで、記憶がなくなる前の俺のことじゃなかったな。ちゃんと自分を見てくれているようでうれしい。

 なんだか諏訪子といると心も温かくなっていくような気がする。こういうのも悪くない。

 

「諏訪子~……よしよし~…」

「お~…気持ちいい~…。よく眠れそうだ……」

 

 おやすみ、諏訪子。また明日。

 

 

 

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 ―大和の国の神々と白髪二刀の誰かさん―

 

 諏訪の国の神、洩矢諏訪子との勝負に勝ったものの信仰を奪えないと悟った私は、ハクにどうすればいいか相談をしていた。というよりもハクのほうから私にコンタクトを取ってきた。

 自分の国の敵だというのに、互いに信仰心を得るにはどうすればいいのかを真剣に考えている。物好きな人間ね。

 

 だがしばらくすると大和の国の神々に、私が信仰をすべて奪えなかったことを知られてしまった。こうなると、他の神がもう一度諏訪の国に攻めてくる可能性がある。

 そのことをハクに伝えると、すぐに大和の国に向かって高速で飛んで行ってしまった。あまりの行動の早さに少しの間呆けてしまったが、私もすぐにハクのあとを追って大和の国に向かった。

 

 

 

 私がハクに追い付いたときには、すでに大和の神々の話し合いの場に乱入していた。

 

「おい、さっきの話はどういうことだ。諏訪子を消すだと? そうまでして大望とやらを叶えたいのか?」

「我らの屋敷にいきなりやってきて無礼な人間だな。ああ、そうだ。『単一の神話を持って全ての国々を統一する』。これには例の祟り神を統括しているあの神は邪魔だ。とはいえまだいい案は出ていないがな」

「だったら俺の案を聞いてくれ。そちらの不利益にはならないはず―――」

「黙れ。たかが人間ごときの案など、我らが聞く必要もない。それに戦争に負けたものが消えるのは当然だろう?」

「……」

 

 大和の神の一柱の断固とした態度にハクが閉口する。それを見たハクと言い合っていた男神は、ハクが悔しくても何も言い返せない状態にでも見えたのだろう。薄気味悪い笑みを浮かべながらハクを見下ろしている。

 だが、少しの間とはいえハクの近くにいた私は、今のハクが男神が思っているような状態ではないことがわかった。

 あれは、マズイ。

 

「……お前は勘違いしているようだが、諏訪の国の神は一人じゃない」

「何? あの国に神が複数いるなど聞いていないぞ」

「諏訪子ですら知らないからな、お前が知らないのも当然だ」

「一体誰だ? そのもう一人の神というのは」

「俺だ」

 

 ハクがそう言うと同時に、今まで全く感じなかった神力がハクから噴き出してきた。私たち神々にも感じ取れないほど完璧に隠していたというのか。

 

「なっ!? 貴様、人間ではないのか!?」

「人間だ。ただ、あの国で百年以上妖怪退治やら何やらをやっていたら、いつの間にか俺も信仰の対象と見られていたようでな。諏訪子と比べると力は少ないが、それでも神の一人にはなってる」

「…………くっくっく。なるほど、あの国を支配するには貴様も消さなければならないということか」

「そういうことだ。どうする?」

「決まっている。今すぐここで消してやろう。私は貴様に宣戦布告する」

「いいよ。受けて立つ」

「お、おい! 何を勝手に…!」

 

 すぐにでも戦闘を始めようとする二人を前に、さすがに他の神々が止めに入る。ここにいる全員がこの男神と同意見というわけではないんだろう。

 

「黙っていろ。あの国を支配するにはどちらにしても邪魔になる存在だ。それに、神になりたてということは影響力も少ないはず、今すぐここで消しても問題ないだろう」

「だからといって、むやみに神を消すことは―――」

「俺は構わないよ。ほれ、かかってこい」

「ふん、愚かな人間が。成り損ないの神が。一瞬で終わらせてやる!」

 

 男神がそう叫んだと同時に二人の力が激突する―――と思い身構えていた私と他の神々だが、いつまでたってもその瞬間が訪れない。

 怪訝に思い状況をよく確認すると、二人とも先程の場所から一歩たりとも動いていなかった。唯一違っているのは、男神がその場で倒れていたことだ。

 

「き、貴様…! 何をした……!?」

「あんたの力のほとんどを引き抜いた。今はその姿を保っているので精一杯だろ。勝負は俺の勝ちだな」

「そ、そんなこと……できるはずが……」

「できるできないは問題じゃない。今そうなっているんだからガタガタ抜かすな」

 

 先程まで温和な雰囲気だったハクが、今は凄まじい殺気を放ちながら男神を見下ろしている。自分に向けられたものではないとわかっていても、わずかに体が震えるのを止められない。周りにいる神々の同じようで、一様に青い顔をしていた。

 

「さて、戦争に勝ったということはあんたの信仰は俺がもらっていいんだよな?」

「くっ……ふざけるな…!」

「黙れ。……でもそうなると、あんたは邪魔だな。確か、戦争で負けたものが消えるのは当然なんだよな? だったら…」

 

 

 

 消されても仕方ないよね?

 

 

 

 ハクが淡々と男神に告げる。今この場で動いている者は誰もいない。ハクも、男神も、私も、他の神々も、まるで時が止まったかのように誰一人動かない。動けない。

 これは冗談ではない。脅しではない。ハクは本気だ。その闇のように真っ黒い瞳の中には、一切の光が見えない。それはまるで、男神の未来を映し出しているようにも感じた。

 

「……っは……っは……」

「…………」

 

 先程までの威勢がなくなり、過呼吸のような状態になっている男神を、ハクはただただ見つめている。このままではハクがあの神を消すのも時間の問題だ。何とかしなくてはならないのに、相変わらず体が動いてくれない。

 

「そういえば…」

「!?」

 

 そんな緊迫した状況を打ち破ったのは意外にもハクだった。いつの間にか元の温和な雰囲気に戻っている。それと同時に私も他の神々も体が動くようになった。

 

「神奈子が宣戦布告したときはこっちの条件を一つ飲んでくれたな。だったら俺も一つチャンスをやる」

「な……何を……」

「とりあえず、俺と神奈子の案を聞け。さっきも言った通り、そちらの不利益にはならないはずだ。たとえこの案を却下したとしても、諏訪子が今後も存在し続けられるような案を考えろ。そうすれば力を戻してやってもいい」

「わ、わかった……約束する……」

「周りの神々もそれでいいか?」

「あ、ああ。もともと神を消すことには反対だったからな」

 

 他の神々の許可を得たハクは、奪った力を男神に戻した。男神は急いで起き上がるとハクと距離を取った。もう少しで消されるところだったのだ、仕方がないだろう。

 

「じゃあ早速説明するぞ。神奈子、手伝ってくれ」

「わ、わかった」

 

 まだ動揺から回復しきっていないのに上手く説明できるだろうか。少しばかり不安になりながらも、ハクと共に考えた案を神々に説明した。

 

 

 

「…………なるほど。その方法なら諏訪の国の神を消さずに信仰を得ることができるな」

「それに対外的には我らの神の一柱が国を支配しているように見せられる」

「大和の神話の名目を保たせることができるというのは重要だ…」

 

 神々が私とハクの案の内容を考え、吟味している。今のところ悪い方向には考えられていない。

 

「どうだ? 大丈夫そうか?」

「うむ。まだ少し細かい調整が必要だが、基本的にはこの方法で問題ないだろう」

「じゃあその案で頼む。細かい調整は俺には難しいだろうから任せるよ」

「……任せてよいのか? 急に我らの気が変わり、諏訪の国の神を消すやもしれんぞ?」

「そんなことしないだろ?」

「もちろん。意味がないからな」

 

 ハクと神々が笑い合う。ハクは誰に対しても物怖じしないというか、常に自然体というか。先程まで剣呑な雰囲気だったというのが信じられないくらいだ。

 

「じゃあ俺は国に戻るよ。あの国を長時間ほっとくのはまずいし、なにより諏訪子が心配だ」

「うむ、あとは任せろ。それにしても、お主はよほど諏訪の国の神が大切なのだな」

「まぁな。もし諏訪子を消していたら、大和の神話もそこで終わらせるつもりだったくらいには」

「くくく、お主にならそれができそうだから恐ろしいものだ」

 

 お互い笑っているが、話の内容は全く笑えないものだ。もしもの話だとはわかっているんだけれどもね…。

 

「しばらくしたらまた来るよ」

「わかった。八坂神奈子も、今後は諏訪の国にいるのだから一緒に行くといい」

「了解した」

 

 細かい調整の結果はあとで話すことにして、とりあえず解散だ。私とハクは諏訪の国に戻ることになった。

 

 

 

 ハクと並んで飛びながら、何とか穏便に済んだことに対して二人でため息を吐いていた。

 

「一時はどうなるものかと思ったが、何とかなってよかった」

「それはこっちのセリフよ。いきなり大和の国に行ったと思ったら、いきなり神に喧嘩を売るんだもの。心臓が止まるかと思ったわ」

「神に心臓ってあるのか…」

「いや、気にするのはそこじゃないわよ…」

 

 本当にのんきな人間だ。あんなことがあってもいつも通りのハクに、さっきとは違う意味でため息を吐く。

 

「そういえば、いつの間に神になっていたんだい? それに、そのことを私に言わなかったのはなんで?」

「あれ? 神奈子は気付くと思っていたんだが」

「?」

 

 気付く? 一体何のことだろう。疑問に思っていると、ハクが少量の神力を放出した。

 

「ほれ、よく見てみろ。お前なら気付くだろ」

「…………! この神力は諏訪子のものじゃないか!」

「そうだ、これは俺の神力じゃない。そもそも俺は神力なんぞ持っていない」

「はったり……だったの……?」

 

 あの状況で、あの神々を相手に平然と、ハクははったりをきかせ、そしてそれを成功させた…。

 そんなこと、出来るものが何人いるのか。考えることが出来るものも少ないだろう。

 

「神奈子も諏訪子のことをよく知らなかったんだ、あの神々は余計に知らないと思ってな。上手くいってよかった」

「い、いつの間に諏訪子の力を取ってきたの?」

「この国を出る直前だ。こんなこともあろうかと抜き取らせてもらった。代わりに俺の力を置いてきたから問題ないと思うけど」

「こんなこともあろうかって……」

 

 最初からこうなることがわかっていたんだろう。でなければ、諏訪子の力を持っていくことなど考えない。

 一体どこまで考えているんだ、この人間は。

 

「まぁなんにせよ、神奈子と考えた案は通ったから一安心だ」

「そうね。あとは諏訪子が起きるのを待って説明するだけ。でも、協力してくれるかしら?」

「そこは大丈夫だ。『今まで通り過ごせるのなら喜んで協力する』とか言うだろう」

「よく知っているのね」

「友人だからな」

 

 違いない。

 

 

 




あまりブラックコーヒーは必要なかったかもw

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