幻想白徒録   作:カンゲン

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信仰の仕組みはよくわからないまま書いたので、その辺は深く考えてはいけない。
前半諏訪子視点になります。


第十二話 二柱で手を取り合って

 

 私が目を覚ました日の晩。私とハクと神奈子は、神社にある部屋でちゃぶ台を囲むようにして座っている。

 私も最初起きた時よりもずいぶん落ち着いてきている。これなら問題なく話を理解できそうだ。ただ、先程まで神奈子にからかわれていたので、なんだかハクを見るのが恥ずかしい。

 

「よし。じゃあ諏訪子が寝ている間に何があったかを説明するぞ」

「……え? あ、うん。お願い」

 

 いけないいけない。今は話に集中しなければ。

 

「単刀直入に言うと、神奈子が信仰を奪うのは失敗した」

「え…!?」

「私が諏訪子と戦ったあと、この国の人間に神が変わることを伝えたんだけど、受け入れてもらえなかったのよ」

「受け入れてもらえなかったって……なんで?」

「違う神を信仰することで今の神の逆鱗に触れるかもと考えたんでしょう。あなたが統括していたミシャグジ様は祟り神らしいからね。その恐怖が忘れられなかったということらしいわ」

「なるほど…」

「それに最近、この国では妙なことが頻発していたようだし、余計に信仰せざるを得なくなっていたみたいよ」

「妙なこと?」

 

 信仰を奪うのに失敗したということは驚いたが納得はできた。だが妙なことが頻発していたことと信仰にどういう関係があるかわからない。思わず首をかしげて考えていると、神奈子が私を見てニヤニヤしながら説明を再開した。

 

「三ヶ月くらい前から、すでにこの国には『神が変わるかもしれない』っていう噂が流れていたらしいのよ」

「え!? そんなこと知らなかったよ!?」

「諏訪子は訓練に集中していたからな。神社に戻ることも少なかったし、知らなかったとしても無理はない」

「それで、そんな噂が流れてからこの国では妙なことが起き始めた。大通りの地面が急に陥没したり、小さいけど竜巻がいくつも発生したり、同時に何人もの人が金縛りになったりとかね」

「そんなことが……」

「私とあなたの勝負の三日前には、空を覆うほどの大きな蛇がこの神社のある方向から出てきて、国を見下ろしたとか。特に何をするってわけでもなく消えたらしいけど」

「総じて大した被害はなかったけど、噂が流れた直後からこんなことがよく起こったものだから、みんなミシャグジ様の祟りだと思ったんだろう。結果、信仰せざるを得なくなったというわけだ」

「で、でも私そんなことしてないよ?」

 

 どの出来事にも心当たりがない。ミシャグジ様を統括している私は何もしていないし、ミシャグジ様が勝手にやったということもない。そんなことをすれば私が気付かないはずがない。となると、その現象は一体誰の仕業なんだろう。

 

「あなたがやっていないというのはその反応でわかったわ。となると、一体誰がそんなことをしたんでしょうね~?」

「さぁ、皆目見当もつかないっすね」

「噂もわざと流されたもののようだしね~」

「三ヶ月前にもうそのことを知っている人がいたとは、情報が速いっすね」

 

 神奈子とハクがなんだかわざとらしい会話をしている。三ヶ月前というと宣戦布告をされた直後だ。そのことを知っているのはこの国では私とハクだけ。となると……。

 

「……もしかして、ハク?」

「何のことやら。さて、次に神奈子がここにいる理由だが、諏訪子にも大分関わってくるからよく聞いてくれ」

「え? う、うん……」

 

 なんだか上手くはぐらかされたような感じだなぁ…。

 

「諸々のせいで信仰を奪うのは失敗したけど、手土産なしで帰るわけにもいかないのよ。だからどうにかならないかハクに相談したの」

「ハクに?」

「ああ。勝手にやっていてすまないが、神奈子が勝負に勝ったのは事実だからな。それに放っておいたら別の大和の神が侵略しに来る可能性もあった」

「あ、そうか…」

「話し合った結果、神奈子が作った名前だけの新しい神を諏訪子と融合させたことにして、その神を信仰させることにした。その神を国の中と外で別の名前で呼び分ければ、この国を支配しているように見えるだろう」

「でも実際は引き続き諏訪子が信仰されてるってわけね。そして私が作った神も同時に信仰されてるから、私にも信仰心が得られるということ」

 

 なるほど、それなら二人とも信仰心を得ることができる。むしろ今までより信仰が増えるかもしれない。神奈子がここにいる理由もわかった。これからはここに住むということだろう。

 

「あとは諏訪子の同意待ちだったんだが、どうだ?」

「もちろん賛成するよ。大体勝負に負けた時点で消えることも覚悟してたんだ。今まで通り過ごせるのなら喜んで協力するよ」

「ふふふ……。じゃあこれからよろしくね、諏訪子」

「こちらこそ、神奈子」

 

 私と神奈子は互いに手を握り合う。これから共にこの国を治める神となるのだ。長く濃い付き合いになりそうだなぁ。

 

「よし、じゃあご飯にするか。もうすっかり夜だからな」

「お、いいね。私も大和の国から酒を持ってきてたんだ。諏訪子が起きたら飲もうと思ってね」

「ちょっと待ってろ。準備はしてたからすぐに作り終わる」

 

 そういうとハクは部屋を出て行った。そういえば私が寝ている間、神奈子はずっとハクの料理を食べていたんだろうか。羨ましい。

 そう思いながら神奈子を見ると、さっき言っていた酒を持ちながらニヤニヤしていた。この顔はさっきまで私をからかっていた時のと同じものだ。

 

「今度はなにさ?」

「諏訪子は愛されてるね~、と思ってね」

「む~?」

「さっきの話、ほんとはもう少し複雑でね。この国の信仰をすべて奪えないことが、大和の国の神々に知られてしまったの」

「え!?」

 

 ということは、大和の国の神々が再び攻めてくるかもしれないってことではないのか?

 

「神々が話し合って、一時は諏訪子を消滅させてミシャグジ様を統括する力を奪い取るっていう話まででてきたくらいだったのよ」

「……」

「でもその時に白髪で腰に二刀を差した誰かさんがやってきてね」

「誰かさん…」

「『極めて紳士的な話し合い』の結果、こういう方法ならば文句はないだろうって神々を納得させたのよ」

「……」

「その誰かさんがね、『もし諏訪子を消せば、大和の神話もそこで終わらせる』なんて言っていてね。私もびっくりしたわ」

 

 ハクだ。間違いない。私が寝ている間にいろいろなことをしてくれていたようだ。私はもう諦めていたのに、ハクは最後まで諦めず行動していた。私のために。

 そう考えると嬉しくて、でも同時に申し訳なくて。そんな気持ちが私の中でいっぱいになり、それがあふれたかのように、私の眼から涙がこぼれた。

 

「……グスッ……」

「……いい友人を持ったね」

「……うん」

 

 私の自慢の友人だ。何よりも大切な友人だ。本当に大好きな友人だ。

 

「二人とも、ご飯できたから運ぶの手伝って……!? ど、どうした諏訪子! 神奈子に何かされたか!?」

「何で真っ先に私を疑うのさ…」

「ここにいたのはお前だけだろ! それとも何もしてないのに諏訪子が急に泣き出したってのか? 怖いわ!」

「それは怖いねぇ」

 

 神奈子と言い合っている私の友人。そのバカバカしいやり取りに、さっきまで考えていた後悔が消えていくのを感じる。私とハクにはこんなもの必要ないということだろうか。

 気付けば涙は止まっていた。はっきりしてきた視界にやけに慌てているハクが映って、思わず笑ってしまった。そんな私を見て、余計に困惑しているハクがとても面白い。

 

「えへへ~。ハク、ありがとね!」

「え? あ、ああ…。なんだよ、泣いたり笑ったり礼を言ったり、忙しいやつだな」

「じゃ、ご飯食べよう! 私持ってくるよ!」

「私も手伝うよ。酒のほうは準備できたからね」

「あ、ありがとう。……何だったんだ?」

 

 

 

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 出来上がった料理を運び終え、今はもう三人で夕飯を楽しんでいる。諏訪子と一緒に食事するのは久しぶりだ。もっとも、今は神奈子もいるから前と同じというわけではないけれど。

 さっきまで様子のおかしかった諏訪子だが、今はすっかりいつも通りに戻っている。

 

「いや~、ハクの料理はやっぱり美味しいね。これだけでここに来たかいがあったというものだ」

「あ! やっぱり私が寝ていた間にハクの料理を食べてたんだな!」

「まぁね。でも今日のは一段と美味しいな。多分諏訪子が起きたからハクが嬉しくて張り切ったんでしょうね~」

「え? そ、そう? んふふ~、全くハクは私がいないとダメだね!」

「……この神様、ちょろいね」

「知ってた」

 

 すぐに元気になるのはいいことだとは思うが、神様がこうも簡単だとなんか心配だ。誰かに騙されたりしないだろうな。

 

「神奈子の持ってきたこのお酒も美味しー!」

「大和の神々から貰ったお酒よ。勝利の美酒ってやつだね」

「いや、私は負けたんだけど…」

「それを美味しく感じてるってことは勝ったも同然ってことよ」

「なるほど。今回は敗者がいないってことだな」

 

 酒を美味しく感じるくらい、今回の騒動には勝者しかいないということか。何とも素敵なことじゃないか。

 

「だけど諏訪子。あの勝負で私が勝ったのは事実」

「え、急に何? 今『いい話だなぁ』で終わったんじゃないの?」

「そこはちゃんとしないと、これからのこともあるからね。では、罰ゲームといこうではないか!」

「罰ゲームぅ!?」

 

 先程までのいい雰囲気をぶち壊し、神奈子が提案したことに諏訪子は大層驚いている。

 かく言う俺は、実は罰ゲームの内容を知っている。諏訪子が寝ている間に準備を手伝ったくらいだ。

 

「い、一体何をするつもり…?」

「ふっふ~ん。これからは諏訪子には……これを被って生活してもらいます!」

「え? 何それ……帽子?」

 

 神奈子が取り出したのは何とも奇妙な帽子。市女笠に目玉が二つ付いているような、どことなくカエルを彷彿させる帽子だ。

 

「蛇の神である諏訪子に勝ったんだから、これからは私が蛇を象徴するとするわ。だから諏訪子は蛇が天敵のカエルにでもなりなさいな」

「…ってことは、この帽子ってカエルを模してるの?」

「そうよ、かわいいでしょ? ハクが作ったのよ」

「ええ!? ハクも神奈子の味方なの!? この裏切り者~!」

 

 憤慨している諏訪子をなだめる。大した被害があるわけでもないからいいと思うんだけどなぁ。それにしても裏切り者とは失礼な。少しいじってやろう。

 

「まぁまぁ。結構かわいくできたから似合うと思うんだけどな」

「い、いや~……ハクが作ったものでも、さすがにこれは……」

「ああ、そう…? じゃあもったいないけど、捨てちゃおうか…」

「え? べ、別に捨てなくてもいいんじゃない? 国の誰かにあげるとかさ」

「いや、これは諏訪子のことだけ考えて作ったものだから、それを他の誰かにあげるのは違うと思うんだ。でも、いらないのならあっても仕方ないしな…」

「う、う~ん…」

「残念だねぇ、ハク。それ作るのに徹夜までしていたのにね。諏訪子の笑顔が見たいとか言いながら……」

「え!?」

「うん…。でも、これのせいで諏訪子を困らせているんなら、いっそ今燃やしちゃおう」

「ま、待って待って! よく考えたらやっぱり欲しいや! 結構かわいいからね、私気に入っちゃったよ!」

 

 ……自分でやっておいてなんだが、諏訪子ちょろすぎませんかね? 神奈子も協力してくれたからかもしれないけどさ。

 神奈子から帽子を受け取り、わざとらしく喜んでいる諏訪子を見ながら先程感じた心配が大きくなっているのを感じていた。

 

 諏訪子は帽子を受け取ったはいいものの、被るのには勇気が必要なのか深呼吸をしている。

 しばらく待っていると決意したのか、勢いよく帽子を被った。

 

「……ど、どう?」

「…………」

「な、何か反応してよ!」

 

 先程のカエルを模した奇妙な帽子を諏訪子が被ると、あら不思議。ものすごく似合う。

 何というか、最初からこうであったかのように、本来こうあるべきであったように、ものすごくしっくりくるのだ。その『圧倒的コレだ感』に、俺と神奈子は言葉がすぐに出てこなくなってしまった。

 

「……その、なんていうか、ごめん」

「そうだな。似合うとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった……」

「そんなに似合うの!? それはそれで複雑!」

「私たちはやっと本当の諏訪子に出会えたのかもしれないね……」

「百年以上一緒にいたのに、気付いてやれなくてごめんな……」

「どういう事なの!?」

 

 ……まぁ、似合うのならよかった。すでに帽子がない時の諏訪子を思い出せないほど似合っているのはどうかと思うが。

 ぎゃーぎゃーと賑やかな夕飯だな。これからはこれが日常になるかと思うと……そうだな、なんとも楽しそうな毎日となりそうだ。

 

 

 

「だ~からぁ~、ハクは私を子ども扱いしすぎなんだってばぁ~」

「見た目がそれじゃあねぇ~」

「む~! ハクとおんなじこと言う~!」

「私みたいなナイスなスタイルにならなきゃ、世の男は振り向きゃしないよ」

「ふん! 神奈子より私のほうが外見的には若いもん!」

「それはどういうことよ! まさか、おばさんに見えるって言ってるのかぁ!」

 

 夕飯はすでに食べ終わり、今は神奈子の持ってきた酒を三人で飲んでいるわけだが、諏訪子と神奈子が面白い感じに酔っているな。俺は相変わらず酔わないので、二人のやり取りを冷静に見ていられる。

 最初は病み上がりで酒を飲んでいる諏訪子が心配だったが、問題はないようだ。むしろ元気になりすぎているような気もする。

 

「よぉし、見てなさいよ神奈子! ハク、子供を作るわよ!」

「ごめん、話聞いてなかった。何がどうしてそうなった?」

 

 二人のやり取りは聞いていたつもりだったが、どうしてそんな話になったかわからん。

 元気になったのはいいが、酒のせいか頭が残念なことになりつつあるのかもしれない。そろそろ止めさせるか。

 

「いいじゃん別に! ハクも子供いないでしょ?」

「いや、いるよ。二人ほど」

「え」

 

 まぁ、子供と言っても紫と幽香のことだけど。

 

「え? え? ハクって好きな人いたの?」

「いや、いないが」

「いないのに子供はいるの!? どういう事!?」

「ちなみに二人とも、妖怪の血が入ってるよ」

「しかも妖怪との子供!?」

 

 嘘は言っていない。いや、紫と幽香が子供というのは嘘かもしれないけど、自分の子供のように大切にしているのは事実。ギリギリセーフだろ。

 

「は、ハクが子持ちだったなんて……知らなかった……」

「しかも妖怪との子とは……恐るべし……」

「まぁまぁ、今度話すよ。それよりももうお開きにしたほうがいいだろ。二人とも飲みすぎだ、顔も真っ赤だぞ」

「……顔が赤いのは酒のせいだけじゃないし、今ので酔いも醒めたけど、確かにもう遅い時間だね」

「えぇ? もやもやすることが残ったんだけど……」

「ほら、布団を敷け。明日からやることはたくさんあるぞ。さっさと寝ろ」

「む~」

 

 神奈子と考えた案はなるべく早く実行したほうがいいだろう。そのことを伝えると、二人とも渋々とだが寝る準備を始めた。

 布団に入った二人は、酔いが回っていたのもあってすぐ眠ってしまった。二人で穏やかな顔で寝ているところを見ると、つい先日まで敵対していた二人とは思えないな。

 

 

 

 二人を寝かせたあと、俺は神社の縁側に座って星を眺めることにした。

 俺は酔いもしないし、寝る必要もない。宴会などのあとは酒を飲んだ人は大体寝てしまうので、こうして一人になることが多い。宴会後ということも相まって、静かな夜が余計に静かに感じる。

 

 今回の騒動は何とか収まった。まぁこれからやることが山積みなわけだけれども、神奈子も言った通り、敗者がいないという結果になった。最善かどうかはわからないが、悪くない結果だと思う。

 さて、山積みになったやることだが、俺も一緒に考えた案だから最後までやり切ろうとは思っている。今考えているのは、やり切ったあとのことだ。

 

「そろそろ、旅を再開するか……」

 

 この場所には今までで一番長く滞在していたな。だが、そろそろ潮時だろう。これからはあの二人がこの国を見守っていくのだ。

 俺も俺でやるべきことがある。記憶を取り戻すという、やるべきことが。

 

「……そうだな。これは、やるべきことなんだ」

 

 ならば、取り戻さなければ。立ち上がり、奔走して、何年かかったとしても、これは絶対に取り戻すべきものなのだから。静かな闇の中、俺は一人そう考えた。

 

 だが今はとりあえず、目の前に山積みになっているものを片付けるのが優先だろう。ならば明日に備えて休むとするか。

 必要はないとはいえ、眠ることはできるのだ。ならばここは二柱の神にならって寝るべきだろう。

 あんなに気持ちよさそうに寝ているのを見ると、何だが羨ましいしな。

 

 

 




諏訪子、ついに本体を手に入れる!

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