幻想白徒録   作:カンゲン

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少しシリアス。でも本当に少しだけ。
後半諏訪子視点になります。


第十一話 闘争の決着

 

 大和の国で用事を終えた俺は、国の門番に挨拶して諏訪子の国に向かっている。

 それにしても、ずいぶん親しみやすい神様だったな。諏訪子に対しても思ったが、神様だからってあまりかしこまらないほうがいいのだろうか。まぁ俺は最初から敬語とか使っていなかったけど。

 

 諏訪子の国に戻ってきた。太陽はもう真上を通り過ぎている。よく考えたら俺も諏訪子も徹夜だな。というかこれからしばらく徹夜が続きそうだ。国の一大事、諏訪子の一大事だからな。

 眼下に見える人たちに手を振りながら神社に向かう。諏訪子のやつ、ちゃんと落ち着いて待っているだろうか。

 

「諏訪子、戻ったぞ」

「ハク! だ、大丈夫だった?」

「ああ、戦いに行ったわけじゃないから」

「よかった~」

 

 嘘は言っていない。結局戦いはしたけど、戦うつもりで行ったわけではない。それにあれは戦いと呼ぶにはあまりにお粗末だ。

 …少し萃香と勇儀に考え方が似てきているかもしれないな。

 

「さて、聞いてきたことを説明するよ」

「うん、お願い」

「まず相手だ。大和の国の一柱、八坂神奈子という神だ。知ってるか?」

「うん? え…っと」

「…まぁ相手も諏訪子のことはよく知らないみたいだったからな。次にどこでやるかだが、場所はこっちで決めていいそうだ」

「それは助かるよ。この地を離れたらあまり力が出なくなっちゃうからね」

「で、いつやるかだが、三ヶ月後ってことになった」

「三ヶ月……あまり時間はないね…」

「そうだな」

 

 一通り聞いてきたことを説明する。諏訪子のことと国のことを考えると、その命運を決める戦いが三ヶ月後というのは早すぎる。

 避けられるものではない。諏訪子もそれはわかっているのだろう。だが絶望したような表情はしていなかった。

 

「それでもやるしかない。訓練するよ! ハク、手伝って!」

「おう」

 

 諏訪子は諦めていない。むしろ、やる気十分のようだ。さすがはこの国の神様だな。なら俺も、その神の友人としてできるだけのことをしよう。

 

 

 

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 正直に言おう。諏訪子は負ける。あの神奈子という神の神力は諏訪子よりも圧倒的に強い。三ヶ月程度の訓練でそれが覆るわけがない。

 俺に負けることで神奈子がコンディションを悪くすることも期待したが、あの神様は戦うこと自体が楽しくて仕方ないという様子だった。ほとんど意味はなかっただろうな。

 だがわざわざ言う必要もないだろう。諏訪子の意欲を下げることに意味はない。神奈子も真正面からの勝負をしたがっていたしな。

 

 じゃあこのまま信仰を奪われても仕方がないのか。 答えは『否』だ。

 信仰を奪われる、失うということは神の消滅を意味する。この国の信仰を神奈子に奪われたその時、諏訪子は消滅するかもしれない。

 それは絶対あってはならない。それだけは絶対に許さない。万が一にでも、億が一にでもだ。

 

 

 

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 三ヶ月はあっという間に経った。今日が諏訪子と神奈子の決戦の日だ。俺は睨み合っている二人を遠くから見ている。神奈子は会った時とは違い、大きな注連縄と御柱を背負っている。

 この三ヶ月、俺と諏訪子は一度たりとも休まずにこの日に向け備えていた。俺も諏訪子も全力で対策をしていたのだ。

 やれるだけのことはやった。あとはできるだけのことをしよう。

 

「お初にお目にかかる。我は大和の国の神、八坂神奈子。我々の大望のため、この国を支配下に置くべく参上した」

「どうも。この国の神の洩矢諏訪子だ」

「ふむ…。なかなか面白い戦になりそうだ。待っていた甲斐があったな」

「私は戦いたわけじゃないんだけどね。でも、侵略者が来たら排除しなきゃ、この国の神失格だ」

 

 二人が戦闘態勢に入る。ピリピリと空気が張り詰め、威圧感が周りに充満する。

 

「じゃあ行くよ! 大和の国の神の一柱、八坂神奈子!」

「かかってきな! 諏訪の国の神、洩矢諏訪子!」

 

 二人が放出した神力が激突する。衝撃で二人の間の地面が抉れ、小さなクレーターが出来上がった。

 数秒の拮抗。だが予想通り、神力は神奈子のほうが強いらしく、諏訪子は押し負けて後方へ吹き飛ばされた。

 

「くぁっ!」

「どうした! 諏訪の国の神の力はこんなものか!?」

「なんの!」

 

 諏訪子は空中で体勢を立て直して着地してすぐに、地面に手のひらをつける。その瞬間地震が起こり、神奈子の真下に大きな地割れができた。

 

「ほう、面白いことをする」

「まだだよ!」

「!」

 

 神奈子が地割れから回避するために空を飛んだところを、盛り上がり変形した地面が無数の突起となり神奈子に襲い掛かった。だが神奈子は冷静にそれを躱し、不敵な笑みを浮かべた。

 

「なるほど。大地を操り創造する力か。だがその力、雨風のなかでもまともに使えるかな?」

「なっ!?」

 

 神奈子が天に手を突き出す。すると先程まで快晴だった空をみるみるうちに雲が覆い、強烈な雨風を伴う嵐となった。立っているのも難しいほどの暴風雨を受けて、諏訪子が作った地面の突起は無残に崩れ落ちた。

 諏訪子が『地』を操る能力なのに対して、神奈子は『天』を操る能力のようだ。

 

「能力による相性が悪い……。だったら純粋な力で勝負するまで!」

 

 諏訪子が大地を操ることをやめ、空中の神奈子に向かって突撃する。神奈子も天にかざしていた手を下ろし、構えをとった。

 

「愚かだな。最初の攻撃でどちらの力が上かはわかっただろう」

「確かに力は私のほうが弱いみたいだけど、技術なら負けはしないよ!」

 

 諏訪子がそう叫びながら神奈子に周囲に大量の弾幕を展開する。戦闘中でなければ見惚れてしまうほど美しい。

 それは神奈子も同じだったようで、一瞬呆けた顔をしていた。だが、さすが神様というか戦闘バカというか、すぐに迎撃態勢に入る。あれも花より団子というのだろうか。

 

「素晴らしいな! これほど美しい戦闘は初めてだ!」

「余裕そうだね!」

「無論、余裕だからな!」

 

 神奈子は言った通り、余裕そうな表情で迫りくる弾幕の隙間をかいくぐっている。諏訪子と違い、戦闘経験が豊富であるためだろう、弾幕の軌道を上手く予測して回避しているようだ。

 だが、あの弾幕を簡単に回避された諏訪子も予想通りだという顔をしている。これで決着するとは思っていなかったようだ。

 

「だったらこれでどうだ!」

 

 諏訪子がもう一度神奈子の周りに弾幕を展開する。先程の三倍以上の弾幕だ。だが神奈子は余裕の表情を崩さない。

 諏訪子が合図をすると、空一面を埋め尽くしていた弾幕が一斉に神奈子に向かう。

 

「ふん。少し弾幕が増えた程度では私にはかすりもしないぞ」

「知ってる。だったらこれならどう?」

「…なっ! これは結界か!?」

 

 諏訪子が神奈子の周りに結界が張った。この結界は前に俺が妖怪相手に使ったものと同じ、自分の力以外通さない結界だ。

 神奈子は何とか結界を破壊しようとしているが、諏訪子が上手く力を操り破壊されないようにしている。

 

「同居人に教わった技さ! いっけえぇぇぇぇぇ!」

「くぅっ!?」

 

 すべての弾幕が結界の中の神奈子に向かい、直撃した。瞬間、遠くにいた俺にも届くほどの凄まじい衝撃が起こった。先程の暴風雨よりも激しい風が吹き荒れている。

 爆炎と衝撃によって舞い上がった土煙で視界が悪い。諏訪子は結界の維持に力を使い果たしたのか、息を荒げているようだ。

 

「はぁ……はぁ……、ど、どうなった……?」

「…………見事だ!」

「!?」

 

 しばらくして、ようやく視界がよくなってきたところに神奈子の声が聞こえた。先程結界を張った場所から移動していない。多少服が汚れているが神奈子自身は傷一つ負っていない。あれだけの攻撃を受けても大したダメージがないということか。

 

「な、なんで……?」

「あの結界は私の力を通さないもののようだったが、結界の中だけなら力を使えたのでな」

 

 …なるほど。あの結界は力を使えなくするものではない。あくまで力を通さないというだけだ。つまり、弾幕が結界に入ってきてから対処したということだろう。

 だが、あの速度と量の弾幕をあの狭い結界内で対処するというのは難しい。まさに神業、といったところか。

 

「ふむ、さすがに近かったからな。爆発に巻き込まれたりでダメージをもらってしまった。だが、まだ戦えるぞ。どうする、洩矢諏訪子?」

「……もちろん、受けて立とう……と言いたいところだけど、今の攻撃でもう結界の一つ、弾幕の一つも作れやしないよ」

 

 諏訪子はそう言って、ゆっくりと地面に下りた。相当疲れているようで、そのまま地面に倒れてしまった。

 

「…………まいった。降参だ……」

 

 決着だ。二人の神の勝負は神奈子の勝利で幕を閉じた。

 俺は二人がいる場所に飛んで向かった。遠目からだが、諏訪子の肩が震えているのがよくわかる。

 悔しい。悲しい。情けない。そして激しい後悔。そんな感情が今諏訪子の中を渦巻いているのが手に取るようにわかる。

 俺が到着すると同時に、空中に浮かんでいた神奈子も下りてきて、諏訪子のそばに立った。

 

「…………なにさ?」

「くっくっく。いやなに、いい勝負だったな」

「……そうかな……?」

「うむ。これだけのダメージをもらったのは久しぶりだ。それに、神力の差をわかっても立ち向かってくるものは少ない。お前は良い神のようだな」

「……それはどうも……」

「さて、勝負は私の勝ちだ。この国の信仰は近いうちに私が頂く。その時にまた会おう」

 

 神奈子はそう言って飛んで行ってしまった。おそらく大和の国に帰ったのだろう。残ったのは俺と地面に倒れたままの諏訪子。先程までの激しい戦闘があったとは思えないほど静かなものだ。聞こえるのは風の音と、諏訪子の嗚咽だけ。

 俺は諏訪子の隣に座り、腕で顔を隠している諏訪子の頭をなでた。お互い何も言わず、しばらくそのままの状態が続いた。

 

 

 

「…ごめんね、ハク。負けちゃった……」

「ああ」

「あんなに訓練手伝ってくれたのに……ごめん……」

「気にするな」

「…ああ、悔しいなぁ、悲しいなぁ、情けないなぁ……」

「あまり後悔するな」

「……これで、最後なのかぁ……。もう少し……」

 

 諏訪子がぽつりぽつりと語ったことは謝罪と後悔。顔を隠していた腕も今は力なく下ろされており、その瞳はただただ空を見つめている。

 いや、正確には空がある方向に目が向いているだけだろう。多分諏訪子は今、全然違うところを見ている。もしくは、何も見ていないのか。

 

「……ねぇ、ハク」

「なんだ?」

「今までありがとね」

 

 何を言っているんだ、こいつは。まるでこれが最後のような…。

 

「これが最後だ。わかってるんでしょ?」

「……」

「信仰がなくなれば神は消滅する。あの神が私への信仰を奪えば私は消える」

「……」

「だから、あの頼み事も今日で最後でいいよ」

「頼み事?」

「この国で仕事すること。ハクの話を聞きたいってこと。一緒に暮らしたいってこと。全部全部ここでお終い」

「お終い……」

「この国のことを任せたりしないよ。もともと旅人でしょ? 好きなところに行ったらいいよ。そのほうが楽しいさ、きっと」

 

 何を言っているんだ、こいつは……。

 諏訪子の頭をなでていた手を止め、諏訪子と同じように空を見上げる。先程の嵐が嘘のように晴れ渡っている。

 

「好きなところへ行けというのなら、俺は諏訪子の近くにいるさ。今はここが『好きなところ』だから」

「……でも、私はもうすぐ消えるよ?」

「消えさせやしないさ。諏訪子は十分頑張った。だから次は俺の番だ。まぁ任せろ」

「任せろって……でも……」

「なんだよ、俺を信じられないのか。ひどい同居人だな」

 

 虚空を見つめていた諏訪子がこちらを向く。ようやくこっちを見てくれたな。

 諏訪子の頭をなでることを再開する。さっきよりもゆっくり、優しく。大切なものを大事にするのは当たり前だからな。

 

「ここは俺の好きなところで、お前はその好きな理由だ。その大切なものを簡単に壊されてたまるか。失ってたまるか」

「……」

「あとは俺に任せて、今はゆっくり眠ってろ」

「……うん、わかった。任せたよ……」

 

 諏訪子はそう言うと、瞼を閉じて寝息を立て始めた。さっきの戦闘で疲労がたまっていたんだろう。おまけに神力がほとんど空だ。

 俺は諏訪子を抱き上げ、力を回復させながら神社に向かうことにした。

 

「……ありがとう、ハク……」

「……くく、寝言で礼を言われるのは初めてだ」

 

 

 

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「……ん……う~…ん……」

 

 少しずつ意識が覚醒する。ふわふわとした感覚がなんだかとても心地よい。ゆっくりと瞼を開けると、目に入ったのは見慣れた天井。私の神社の天井だ。

 どうやら昼頃のようで、さんさんと照らす太陽のおかげで屋内だというのにまぶしいくらいだ。

 

「お? やっと起きたか、諏訪子」

「ん~? あ、本当だ。ここの神はずいぶんと寝ぼすけだね」

「元凶が何言ってんだ」

 

 聞き慣れた声。聞き慣れないけど忘れられない声。その二つが私の鼓膜を刺激し、急激に頭が冴えわたる。思わず飛び起きて声の主を見ると、見慣れた姿と忘れられない姿が目に入った。

 

「は、ハク!? それにあんたは!」

「やあ、あの勝負以来だね。お邪魔しているよ、諏訪子」

「大和の国の!」

「八坂神奈子よ」

 

 大和の国の神の一柱、八坂神奈子。あの勝負で私が負けた相手。でもどうしてこの神社に?

 

「あ、あんた……何でここに……」

「やだなぁ。『また会おう』って言ったじゃない」

「た、確かに言ってたかもしれないけど……それに私、なんでまだ……」

 

 あの勝負で私は敗れ、私の信仰は八坂神奈子に奪われたはずだ。そうなれば私は消滅しているはずなのだが、神力の量も前と変わらない。まだ奪っていないだけなのだろうか。それにハクも、どうして神奈子がいることに疑問を持っていないんだろう。

 

「それも含めていろいろ説明しなきゃね。もうあの勝負から七日も経ってるから」

「七日……そんなに……」

「連日の徹夜で余計に疲れていたんだろう。今は起きたばかりでまだ辛いかもしれないから、話をするのはあとでな。少し落ち着いてからのほうが頭に入るだろ」

「いや! 出来れば今すぐ……」

 

 あれからいったい何があったのか。今すぐ知りたい。知らなければならない。

 そんな焦燥感に駆られていると、そばにハクが座り、私の頭をなでた。相変わらずハクのなでなでは気持ちがいい。次の言葉が出てこなくなってしまった。

 先程までの焦燥感はどこへやら、たったこれだけで大分落ち着いてきてしまっている。我ながら単純だなぁ。

 

「まぁ落ち着けって。あとは任せろって言っただろ? 大丈夫だから安心しろ」

「…そうだったね」

「腹減ったろ? 今なんか作ってきてやる」

「うん。楽しみにしてる」

 

 ハクは私の頭をなでるのを止めて、部屋を出て行った。少し寂しい気もするが、ハクの料理を楽しみに待っているのもいい。

 ハクが部屋を出て行ったので、ここには私と神奈子だけ。少々気まずく思い、チラッと神奈子のほうを見てみると、何やらニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 

「…………なにさ?」

「ふふふ。いやなに、いい夫婦だと思ってね」

「…………夫婦じゃない」

「顔真っ赤だよ?」

「うるさ~い!」

 

 倒すべき敵だったはずの神奈子がなんだか妙に馴れ馴れしい。私は神奈子に対して少々複雑な気持ちを持っているんだが、神奈子のほうはそんなものないようだ。

 さっきとは違う意味でハクが帰ってくるのが待ち遠しい。できれば神奈子との関係についてぐらい話しておいてほしかったと、うざったい笑みを浮かべている神奈子を見ながらそう思った。

 

 

 




ハクの外見は十代後半から二十代前半くらいのイメージなので、諏訪子と夫婦となると通報されるレベルですw

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