あとはお任せします、姉上   作:ぬえぬえ

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 本編の信勝くんがあまりにも『アレ』過ぎたので、勢いのまま書いちゃいました。


あとはお任せします、姉上

往く(・・)のか、信勝」

 

 その言葉を受けて、僕は顔に笑みを浮かべた。僕からすれば、誰が見ても『笑顔』と断言するであろう、完璧な笑顔のつもりだ。

 

 

 でも、それが目の前の人―――――第六天魔王 織田信長の目にどう映ったのか、どう見えたのか、そればかりは分からない。

 

 

 ぎこちなかっただろうか? 頬が引きつっていただろうか?

 

 無理矢理引き上げた表情筋が、口角がヒクヒクと痙攣していただろうか?

 

 紅潮した鼻から「ズズッ」と間抜けな音を鳴らしていただろうか?

 

 噛み締めていた下唇から血が出ていただろうか?

 

 閉じられた両目の目頭に、何か温かい(・・)モノが溜まっていただろうか?

 

 

 もしも、もしもそんな表情をしていたのなら、姉上は『あの時と同じだ』と思ったに違いない。何せ、僕の最期(あの時)も、同じような顔をしていたのだから。

 

 

 姉上は――――後の世で『第六天魔王』と呼ばれる織田信長は、とても不思議な人だった。

 

 『吉法師』と名付けられ、武家の女子としての養育を受けた姉上。なのに、姉上は「武家の女子」と言う言葉から一番遠いと言える存在になってしまった。

 

 乳母達の手をすり抜けては城下へと繰り出し、村の子供たちと戯れる、露店を冷かす、山に潜む獣を追い掛け回す、逆に追い掛け回される等々、武家の男子でもやらないようなことを平然とやってのける、『わんぱく娘』となったのだ。聞いた話によると、まだ赤子だった僕を背負って城下に繰り出し、僕がかどわかされたと城中で大騒ぎになったこともあるとか。

 

 特に酷かったのは、「水練じゃ!!」と言って着物姿のまま川に飛び込み、後に高熱を出して七日程生死の境を彷徨ったことだろうか。そう、照り返す己の額をペチペチと叩きながら平手の爺が語ってくれた時は思わず笑い転げそうになった。

 

 僕の横に「今更そんなことを引っ張り出すな」と渋い顔をする姉上が居た手前、自分の腿をつねることでどうにか笑いを噛み殺すのに苦労したのはいい思い出だ。

 

 

 ともかく、そんな『不思議な人』だった。傍から見たら、気が狂った(・・・・・)かように映るぐらい、とにかく『不思議な人』だ。

 

 そんな、何の前触れもなく、誰もが度肝を抜くことを平然とやってのけるその姿に、多くの者は変なモノを見るような目を向け、不愉快そうに眉を潜め、『尾張の大うつけ』などと口々に囁き、好き勝手に嘲り罵った。

 

 一番酷かったのは母上だ。腹を痛め、命を懸けて産み落とした子である姉上を、散々に貶し、嘲り、罵った。しかも、姉上が目の前に居ようが居まいが関係なく、時には姉上の存在を確認した上で、呪詛染みた言葉を吐き出すこともあった。

 

 その行為に姉上は『わんぱく』を助長させ、それに母上は更に大量の呪詛を吐き出す。当時の、そして今の僕から見ても堂々巡りだと思う。まぁ、どちらとも『意地っ張り』だったから、仕方がないことだ。

 

 

 そんな『尾張の大うつけ』の背中を、その姿を僕はずっと見てきた。物心ついた時から、ずっと。周りからは「あのようにはなるな」と言われながら、「悪い例」として見せつけられてきた。

 

 でも、僕はその姿が「悪い例」と見えなかった。むしろ、非常に魅力的なモノに見えたのだ。

 

 

 『武家のしきたり』と言う枠組みを撥ね退け、好きなものを、好きなことを、好きな時に、好きな場所で、好きな人と、好きなだけやれる、その『自由』が非常に魅力的だった。いや、『自由』ではない。

 

 その『自由』を謳歌している時に姉上の顔が、光り輝くような笑顔が、誰よりも、何よりも、どんなことよりも魅力的だと映ったからだ。そして、決まってその周りには同じような笑顔を浮かべている者たちで溢れかえっていたからだ。

 

 僕もあそこに行きたい。あそこに行って、一緒に顔中泥だらけになりたい。顔を見合って、一緒にゲラゲラと笑いたい。肩を組んで、一緒に歩きたい。刻一刻と進んでいく時間を、一緒に過ごしたい。

 

 

 でも、それは『武家の嫡男』と言う立場が、姉上の素行に嫌気をさしていた家臣と母上によって阻むことになった。僕は『自由』から切り離された世界で、『次期当主』としての養育をされた。喉から手が出るほど欲しかった、『姉上の傍(自由)』から最も遠い場所へと。

 

 

 それからだろうか、姉上を疎ましく思うようになったのは。無論、姉上の所業で母上や家臣など、周りの期待と圧力を余計に背負い込まされたことや、姉上が欲しいままにしている『自由』に嫉妬したことも、その原因であろう。

 

 

 でも、一番は、『姉上の傍に居たい』と言う、どうすることも出来ない渇望だった。

 

 

 その渇望が、当主としてふさわしくないように見えてしまったのだろう。ある日、父上が僕ではなく、姉上を次期当主に据えようとしていることを耳にしてしまった。

 

 それを聞いた母上は報告した者をこれでもかと怒鳴り付け、父上を問い詰めに部屋を飛び出し、家臣たちはそれぞれ顔を青くし「織田家も終わりか……」と落胆し、僕はその報告の意味を理解しようと必死に咀嚼していた。やがて、何人かの家臣たちが僕に向き直り、平服しながらこう言い出した。

 

 

「このままでは、若様の全て(・・)を奪われてしまいますぞ」

 

 

 一人がそう言うと、咳を切ったように他の家臣たちが次々と進言を吐き出し始めた。

 

 

 このままでは、僕がやってきたことが、費やした時間が、背負い込んだ苦行の全てが無駄になってしまう、遊びほうけていた姉上(うつけ)にその全てを奪われてしまう、姉上が当主になったら織田家が滅んでしまう、姉上よりも僕の方が当主にふさわしい人物である、と。口々に、僕にとって『耳当たりの良い』言葉を吐き続ける。

 

 

 でも、それらは僕の耳に入らなかった。それよりも、僕の頭の中を一杯にするモノがあったからだ。

 

 

 それは『希望』。次期当主と言う柵から解放されることを、今まで渇望していた、『自由』を手に入れることを意味する、最後の『希望』のように見えたのだ。

 

 

「何より、『女子』なんぞに武家の当主が務まるわけがありません」

 

 

 ふと、家臣の言葉が聞こえた。あれだけ他の言葉は入らなかったのに、その言葉だけは異様に大きく、そして嫌と言うほど僕の鼓膜を揺らした。

 

 

 

「姉上を悪く言うな!!」

 

 

 

 いつの間にか、僕は立ち上がってそう声を張り上げていた。あまりの大声に、家臣一同が目を丸くして僕を見てくる。その呆けた顔の一つ一つを睨み付け、僕は荒い息を整えなが再び腰を下ろした。しばし、沈黙が流れる。

 

 

「さ、さすが若様。あのう……吉法師様をお庇いになるとは……我ら、その度量の大きさに感服しますぞ」

 

 

 沈黙を破ったのは、先ほど姉上を罵った者だった。それを皮切りに、再び家臣たちが耳当たりの良い言葉を吐き出し始めた。しかし、その時の僕には先ほどとは違うモノで再び一杯になっていた。

 

 

 

 それは、僕に成り代わる当主が、『女子(姉上)』であること。

 

 

 たった今、あの家臣が言った通り、武家の当主に女子がなるなど聞いたことが無い。例え、(ぼく)以上に『武家の男らしい』姉上であっても、いくら才気に溢れていても、『女子である』と言うだけで渋い顔をされるのだ。そう思うのが先ほどの家臣だけとは限らない、何より母上がそれを良しとしないだろう。

 

 

 もし、このまま父上が姉上を次期当主としたら、どうなる? 母上を筆頭に、多くの家臣が姉上に反発するのは明白。やがて、姉上を当主の座から引きずり下ろすだろう。その後、当主になるのは確実に僕だ。せっかく手に入りそうな『自由』を、また取りこぼしてしまうではないか。

 

 

 

 ……いや、そんなことは――――僕のこと(・・・・)はどうでもいいのだ。

 

 

 当主の座から引きずり降ろされた姉上はどうなる? 普通なら『姫』として手元に置いておくだろう。しかし、母上や家臣たちを見ると、それで済むとは限らない。

 

 それに、姉上は『周りの人を笑顔にさせる才』がある。現に、織田家家中の中でもその才を見抜いてつき従っている者も居り、城下に出れば少なくはない人々が集まるほどだ。その才を、父上も分かっていらっしゃるのだろう。だから、当主に指名した。つまり、少なからず姉上を支持する存在もあることになる。

 

 当然、母上や姉上を支持しない連中もいつかはそれに気づく。そして、それを踏まえて姉上を引きずり下ろした後、どうする? 良くて(・・・)尼寺行き、それ以外は存在そのものを消し去る(・・・・)ことになろう。

 

 勿論、姉上を引きずり下ろすことなく、膠着状態に陥ったとしよう。そんな折に、他国に攻められてしまえば、それこそ織田そのものの滅亡だ。当然、そうなれば姉上も無事では済まない。

 

 

 つまり、このまま姉上が当主になってしまったら、ほぼ確実と言っていいほど姉上がこの世から、僕の目の前から消え去ってしまう。それは、僕が今の今まで渇望していた『自由』の喪失を意味する。そして、同時に永遠に手に入れることの出来ない幻となってしまうのだ。

 

 

 それだけは阻止しなければ。『自由(あねうえ)』を守らなければ。

 

 

 

「父上にお会いしてくる」

 

 

 そう言って、僕は立ち上がって廊下へと続く襖へと近付き、手を伸ばした。しかし、僕の手が触れる前に、襖が勝手に開け放たれる。

 

 

 開け放たれた襖の向こうに立っていたのは、先程とは打って変わって顔面蒼白の母上。その姿に僕や家臣が驚いている中、蚊の鳴くようなか細い声を上げてその場に崩れた。

 

 

 

 『父上が殺された』と言う事実と共に。

 

 

 

 織田家当主の暗殺――――それは、織田家家中の命運を揺るがす大事であった。しかし、僕にとってそれよりももっと、肉親の死よりももっともっと重要な事実が降りかかった。

 

 

 

 父上が残した遺言に、『姉上を当主に』と書かれていたことだ。

 

 

 それを見た瞬間、僕はその遺言状を破り捨てそうになった。そして、今まで抱いたことのないほどの憎悪を、嫌悪感を、悲壮感を抱え、それに苛まれた。

 

 

 なったのだ。姉上が正式な当主になった、なってしまった(・・・・・・・)のだ。このままでは織田家家中が割れてしまう、織田家が弱体化してしまう、織田家が滅んでしまう。

 

 

 そして何より姉上が、あの光り輝くような笑顔が、僕の目の前から消えてしまう。永遠に手の届かない所に行ってしまう。

 

 

 そんなどうしようもない不安を、僕と同じように姉上も抱えていたのかもしれない。いや、姉上は更にその先を、それを解決する策を打った。

 

 

 

 それが、父上の葬式に姉上が行った蛮行だ。

 

 

 皆が粛々と父上の死を悼む中、その辺の農民と大差ない姿でやってきた姉上は、経を読んでいた坊主を押し退けて父上の位牌の前に立った。そのまま沈黙した姉上は、部屋に居た全ての人間の視線が姉上に集中するのを見計らって、有ろうことか手元にあった抹香を掴んで父上の位牌に思いっきり投げつけたのだ。

 

 

 その行為に母上も、参列していた家臣も、平手の爺も、僕ですら息を呑んだ。唯一、蛮行を起こした姉上だけが大きく息を吐き、すぐさま踵を返して出て行ってしまった。その後ろ姿を、僕以外はポカンと口を開けて見つめ続ける。

 

 しかし僕だけは、踵を返すほんの一瞬、姉上が僕に向けて微笑みかけたのを見た僕だけは、その真意を理解できた。

 

 

 

 姉上は自身を陥れたのだ。自らが当主にならぬよう、父上の遺言を白紙に戻させるよう、僕を当主にさせるよう、自らを陥れたのだ。

 

 

 その蛮行を、それが姉上が仕組んだ策だとも知らず、母上や家臣たちは手を叩いて喜んだ。これで僕を当主に出来る、と。これで織田家は安泰だ、と。

 

 その姿を見て、そして彼らに担がれた僕は、姉上を卑下されている事実に複雑な心境を抱きながらも、安堵の息を漏らした。

 

 これで、少なくとも姉上の身の安全は確保できた。余計な権力争いからも逃れ、姉上も今まで通り『自由』を謳歌できる。あの光り輝く笑顔を、見せてくれるだろう。

 

 

 しかし、ことはそう上手く運ぶものではないのを、僕は思い知らされた。

 

 

 姉上の後見人を担っていた平手の爺が、突然死んでしまったのだ。

 

 表向きは、父上の葬式の際に姉上が犯した蛮行を恥じて、自らの死を持って姉上を諫めたとされた。そう、表向き(・・・)は、だ。

 

 

 

 

『平手のお蔭で、あの大うつけを殺し損ねたわ』

 

 

 

 平手の爺が死んだ翌日、僕は偶然それを聞いてしまった。平手の爺は自ら死んだのではなく家中の者に、それも姉上を殺そうとした者の手にかかって死んでしまったのだと、知ってしまった。

 

 その言葉を吐いたのが僕を当主と担ぎ上げた重臣の一人であったことも、そしてよりにもよってそれを実行せよと命令したのが、母上であったことも。

 

 

 僕はすぐさまそのことを母上に問い詰めた。何故姉上を狙った、僕が当主になった以上、姉上の命を狙う理由は無い筈、なのに何故狙ったのだ、と。息を荒げて、煮えくり返る腸をこれでもかと見せつけ、鬼も裸足で逃げ出すだろう凄まじい形相で、母上に迫った。

 

 

 そのおかげで、母上は簡単にその理由を吐いた。

 

 

 

 『(信勝)が当主となったから』だと。

 

 

 その理由に、僕は面を喰らった。その意味が、道理が、根拠の一切を理解できなかったためだ。

 

 

 

 僕が当主になれば、姉上は無駄な権力闘争に巻き込まれることは無くなるのではないのか?

 

 僕が当主になれば、姉上は今まで通りの生活を送れるのではなかったのか?

 

 僕が当主になれば、『自由(姉上)』を守れるのではなかったのか?

 

 

 そんな疑問が、ぐるぐると頭の中を回り続けた。そこに、僕の身体に縋り付き散々に泣き喚く母上の戯言が入り込んでくる。

 

 

 未だに姉上を慕う者も多く、更に遺言には姉上を指名されている。そのため、いつ何時他の奴らが姉上を担ぎ出すのかも分からない。ならば、争いの芽は早期に摘んでしまうのが最良である、と。

 

 それにあの性格では、到底嫁の貰い手はないだろう。そうなれば、姉上は周りから『行き遅れ』と蔑まれ、同時にそんな人間をいつまでも置いている織田家の名に傷を付けてしまう、と。

 

 そして何より、母上()はあの『姉上(出来損ない)』が織田家当主になるのが我慢ならない、と。

 

 

 

 そんな母上の戯言を、僕は聞く耳を持たなかった。そんなことで姉上を殺す理由になるとでも、そんな身勝手な、我が儘な、理不尽な理由で、屁理屈で納得するとでも思っているのか。

 

 しかし、現実に姉上を殺そうとされ、それを平手の爺が己の命を擲って阻止した。そんな馬鹿らしい理由で、人が死んでしまったのだ。しかも、これによって姉上は後見人を失った。姉上を守る存在が、今の今まで山の如く佇んでいた大黒柱が、支えていた屋台骨が折れてしまったのだ。

 

 そうなれば、誰が姉上を守る? 同じように第二、第三の刺客に襲われた時、誰が姉上を守ると言うのだ。襲われる理由が『僕』である以上、それが止むことは無いだろう。

 

 

 なんて、なんて理不尽な世の中だろう。一個人の勝手な都合で他人を巻き込み、正当性を捻じ曲げ、多くの命を奪いさる。そんな蛮行が通例化し、横行し、当たり前になっている。それを阻止することも、無くすことも、消し去ることも出来ない、そんな理不尽な世の中だ。

 

 僕はそんな世の中に、『時代』に居たくない。ただ、『姉上の横に居て、顔を見合って笑う』だけで、それだけで僕は満足なのだ。姉上を守れるなら、それで十分なのだ。

 

 例え、織田家当主の座を、今目の前で縋り付く母上を、僕を担ぎ上げる卑しい家臣共を、そして()が消えてしまったとしても。

 

 

 

 

 ―――そうだ、その『手』があるではないか。僕を―――姉上を消し去る『理由』を消せばいいではないか。

 

 

 理由()だけではない。『姉上を害そうとする存在』もまとめて先に(・・)消し去ってしまえばいいではないか。そうすれば、残るのは姉上を慕う者たちばかり。あの光り輝く笑顔の姉上、その周りで同じように笑顔を浮かべる者たちばかりだ。

 

 彼らなら姉上を、『自由』を、あの光り輝く笑顔を、いつまでも守ってくれるだろう。それなら安心だ。安心して、僕は消えることが出来る。それで、織田家も姉上の元に結束を強めることが出来、『万事解決』ではないか。何故、何故こんな簡単なことが思いつかなかったのだろうか。

 

 

 やはり、僕は姉上よりも遥かに『うつけ者』のようだ。

 

 

 もし姉上なら、あの蛮行を演じた姉上なら、すぐに思いついただろう。そんな姉上を、母上は『出来損ない』と言った。なら、そんな『出来損ない』よりも馬鹿で愚かな(うつけ者)は何だろうか。

 

 

 そう、『無能』だ。僕は『無能』なのだ。

 

 『能が無い』のだ。そんなヤツが当主になるのは、その家の滅亡を意味する。ならば、『無能』よりも幾分か取り柄のある『出来損ない』が当主になるのがふさわしい。

 

 ハハッ、これは痛快だ。痛快の極みだ。この『時代』に、ここまで筋が通った話があるだろうか? いやないだろう。ならば、僕はその先駆者となる、第一号となる、『無能』の代名詞となるのだ。

 

 

 これが笑わずにいられるか? 笑うしかないだろうさ。何せ、僕は『無能』なのだから。

 

 

 

 それ以降、僕は姉上に、そして家中の者たちに横暴な態度を向けるよう努めた。

 

 それは、少しでも姉上につき従う者たちを増やし、そしてそれでも僕にすり寄ってくる家臣たち―――――早い話『道連れ』をかき集めるためだ。母上が言っていた通り、『争いの芽を摘む』ことは大事であるからな。

 

 

 次に、僕は正式な当主である姉上を差し置いて、代々の当主が継承してきた官位『弾正忠』を名乗った。

 

 これを名乗るのは僕が当主であると内外に発表することに直結する。端的に言えば、正式な当主である姉上に盾突いたのだ。これでまた、多くの家臣が姉上の元に集まった。同時に、『道連れ』の殆どが集まった。

 

 

 更に、僕は叔父の家臣が誤って弟を殺してしまったことを受け、『当主の一族殺し』の罪でこれを滅ぼした。

 

 当事者である家臣、そして叔父や他の家臣、その城下ごと領民の一人も残さず、徹底的に攻め滅ぼした。兄は「迂闊に動いた弟が悪い」と言って特に動かなかったが、これによって姉上に靡いていた『道連れ』がこぞって僕の元に鞍替えした。

 

 

 そして、それは姉上の元に『本当の忠臣』が集まったことを示していた。

 

 

 これで、準備は整った。僕の元には『争いの芽』が、そして姉上の元には忠臣が集った。あとは、どうにかして『争いの芽』を摘むか。どうにかして、『(理由)』を消し去るか。その時を待つだけだ。

 

 

 

 そして遂に、その時が来た。

 

 

 織田と接し、長きにわたり争いを続けてきた斎藤家で内乱が勃発。姉上を正式な織田家当主と主張していた斎藤道三が、息子によって討たれてしまったのだ。『美濃の(マムシ)』の異名通り、主君への裏切りによって成り上がった斎藤道三は、その生涯を息子の裏切りによって幕を閉じた。

 

 彼もまた、この『時代』の波に飲み込まれてしまったのだろう。まぁ、自業自得と言えばそうなのだが。それに、僕はその最期に何処か親近感を覚えたのは彼と同じ道を、姉上(主君)に反旗を翻すからだろうか。そんな疑問など、今となっては詮無き事だろう。

 

 

 ともかく、斎藤道三の死を契機に、僕は姉上に反旗を翻した。

 

 

 織田家筆頭家老(道連れ)を中心に倍以上の兵を率い、姉上の居城へと攻め寄せた。そして、倍の兵を率いながら敗北した。沢山の道連れを、先に逝かせることに成功したのだ。

 

 

 だが、僕自ら打ち負けるよう仕組んだわけではない。戦ばかりは僕の采配でどうにかできるモノではなかった。だからこそ、そこで姉上の凄さを知った。姉上は『己』だけで、自らに降りかかる火の粉を払ったのだ。

 

 

 母上や家臣などの力を借りなければ動けない無能()と、己の力で周りを纏め劣勢を覆した出来損ない(姉上)。どちらが当主にふさわしいだろうか。そんなモノ、赤子でも分かるわ。

 

 

 そして、僕は姉上に降伏してその身柄を明け渡した。あとは、姉上が謀反の罪で僕を殺せばいいだけだ。それで、僕の計画は完遂する。

 

 

 

 しかし、姉上は僕を許した。『一族であるから』と、言う理由で僕を許したのだ。

 

 

 

 その事実に、僕は初めて姉上に対して怒鳴った。『一族など関係ない』、『情けは無用、早く殺せ』と、ありったけの罵詈雑言をまき散らしながら、盛大に姉上を罵った。

 

 

 だって、僕は一族であった叔父を滅ぼしたのだから。自分は一族を殺しておいて、『一族だから』と言う理由で助命を乞うなんて、そんな真似が出来なかったから。

 

 

 だが、僕は許されてしまった。もっと言えば、僕につき従った道連れ共も許されてしまった。ここで、僕は姉上の『出来損ない』な点を垣間見た。それは、『一族に対して甘すぎること』、『一族を贔屓してしまうこと』だ。

 

 

 

 これではだめだ。これでは、また姉上が正式な当主と認めない者が出てくる。そして、姉上の命を狙われてしまう。それだけは、それだけは何とか阻止しなければならない。

 

 

 しかし、一度降伏してしまった手前、兵を集めて戦を起こすことは難しい。僕に従った者たちも、姉上の寛大な措置で忠誠を誓ってしまっている。勿論、それが本来の目的ではあるのだが、それは理由()を片付けた後だ。今はまだ、姉上に反旗を翻さなければならない。姉上に抗って、殺されなければならない。

 

 

 だから、『戦』ではなく『暗殺』を企てた。それも、意図的に姉上に漏れるように仕向けて。

 

 

 蟄居中の僕が密かに外部の者と通じ、姉上の暗殺を謀ろうとしている――――そんな噂を意図的に流させた。今まで付き従っていた者を使って。勿論、全員に馬鹿正直に話すことは無く、その殆どには僕が密かにその計画を進めている姿をワザと見せて、それを姉上の近臣に伝聞させることで噂を流した。

 

 

 恐らく、そ奴らはこの報告で反旗を翻した罪を払拭しようとするだろう。元々平気で主君を鞍替えす奴らだ、その卑しい利己心を利用するに限る。しかし、それだけでは姉上も、そしてその近臣たちも大きくは動かないだろう。

 

 

 だからこそ、僕はそのことを面と向かって話した。その噂を決定づけさせるために、僕に付き従った者の中で最も信頼できる男――――『柴田勝家』に。

 

 

 

 

 それを聞いた勝家は、即座に僕の願いを断った。そんなことをすれば、自分は末代まで『裏切り者』の汚名を被ることになる。そんな屈辱を味わうなら、『僕の忠臣』として一緒に処刑された方がマシだ、と。そう言ってくれた。

 

 

 その言葉に僕は苦笑いを浮かべた。彼なら、そう言うだろうと思っていたから。彼なら、自分のことと同じぐらい僕のことを思ってくれるから。彼なら、僕の願いを聞き届けてくれるから。

 

 

 『だからこそ、僕はお前に頼みたい』――――そう言ったら、勝家は年甲斐もなくその場で泣き崩れた。

 

 

 大の男が子供のように泣き喚くのは見苦しいと思った反面、その涙が僕のためであるのかと思うと、胸の奥がジンワリと温かくなった。

 

 

 やがて、落ち着いた勝家は涙や鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま頭を下げ、僕の願いを聞き届けてくれた。腹の底から絞り出した声は所々震えていたが、それでも力強い言葉だった。それを受け、僕は未だに震えているその肩に手を置く。

 

 

 『姉上を頼む』――――――そう言いながら。

 

 

 

 その言葉に勝家は再び肩を震わせるも、それを押し留めるように深々と頭を下げた。その姿に、僕は再び苦笑いを浮かべる。

 

 

 しかし、その苦笑いは頭を上げた勝家が吐き出した言葉によって、瞬く間に瓦解した。

 

 

 

「この勝家は、土田御前様でも、筆頭家老様でも、況してや御館様でもない。『弾正忠』様、貴方様のお姿に惚れて織田家に仕官し、貴方様を『御館様』として盛り立てて行こうとしていたのです。どうかそれだけは、それだけはお忘れ無きように」

 

 

 涙でぐしゃぐしゃの顔を精一杯に綻ばせながら、勝家はそう言ってくれた。それは、母上でも周りの有力家老でもない、僕だけの力でその忠義を勝ち取った、『当主』としての僕に向けた、耳当たりの良い(・・・・・・)、最期の『忠言』だ。

 

 

 僕は、それに対してふさわしい言葉を返すことが出来なかった。何故なら、彼に微笑むだけしか出来ない―――――彼の『当主』としての威厳を示すのに精一杯だったから。

 

 

 

 そんな勝家との密談から数日後、姉上が病に臥せり、僕の顔を一目見たい、と言う文が来た。それをもたらしたのは勝家、そしてそれこそが僕を殺す計画であることを教えてくれた。

 

 

 それを伝える勝家の顔は暗い。当たり前か、自分が心の底から惚れ込んだ男が今まさに殺されようとしているのだから。だからこそ、僕は彼の肩に手を置き、そして『姉上を、織田を頼むぞ』と告げた。すると、またもや勝家は年甲斐もなく泣き崩れ、その場で平伏した。

 

 

 その姿を見て僕は笑いながら姉上が寄こした馬に跨り、従者に引き連れられて姉上の元に向かう。その間も勝家は平伏を続け、その姿が見えなくなるまで微動だにすることは無かった。

 

 

 

 それが、僕が見た彼の最期の姿だ。

 

 

 そのまま、従者に引かれて姉上の居城にたどり着く。予想では、道中で刺客に襲われるのではないか、と思っていたが、期待外れであった。

 

 

 そして、従者から小姓に案内役が変わり、そのまま何事も無く僕は姉上の元へと歩を進める。その間、僕は何度か己の懐に手を当てた。

 

 

 

 道中、周りに潜む気配は無かった。勝家はこれが罠だと言っていたが、本当にそうなのか、と疑問に思うも、それは姉上が居るとされる部屋の前に来たところで吹き飛んだ。

 

 

 一枚の襖を隔てた先から、紛れもない殺気を感じたからだ。それも、一つや二つではない、優に五、六人はいるだろう。だが、それと同時にコホコホ、と言う咳が聞こえた。

 

 

 やがて、小姓によって襖が開かれる。その瞬間、僕の身体は動き出していた。

 

 

 

 

 

「姉上!!」

 

 

「おぉ……信勝か……」

 

 

 襖の先には当然姉上が居たのだ。それも、普段なら人前に出ない夜着の姿を晒し、その顔を青くさせ、布団の上で苦しそうに咳をする姉上が。

 

 

 

 

「本当に……ご病気になられていたのですか……」

 

 

「『本当』も何も、儂は病気だからお主を呼んだのじゃが……」

 

 

 

 思わずポロリと漏れた言葉に姉上は眉を潜めるも、すぐにそれは込み上げてきた咳によって消え去った。

 

 

 

「姉上、ご自愛ください。今、小姓に薬湯を用意させましょう」

 

 

「いや、良い。それよりも、儂はお主と話がしたかったんじゃ」

 

 

 そう言って、上体を起こす姉上。その背中に手を回し、その手助けをする。すると、姉上は「すまんのぉ」溢して苦笑いを向けてきた。

 

 

「それで、話とは?」

 

 

 姉上が起き上がるのを待って、僕は切り出した。すると、姉上の顔に影が掛かり、一瞬躊躇する表情になる。しかし、それもすぐに笑顔に戻った。それは、あの光り輝くものではなく、何処かぎこちないモノだ。

 

 

 

 

 

 

「信勝、これより儂の家臣として仕えぬか?」

 

 

 そんな仮初の笑みを僕に向け、姉上はそう言い放つ。その言葉に、僕はすぐに反応することが出来なかった。何せ、僕を殺そうとしている姉上()が、僕を傘下に引き入れようとしているのだから。

 

 

 

「お主が儂に反旗を翻したのは、どうせ母上や家老に炊き付けられただけであろう? 儂はお主とこれ以上争いたくはない、共に(・・)この織田家を盛り立てて欲しいのじゃ。初めは周りから煙たがれようが、それも時間が解決してくれる。儂は過去のことをとやかく言うつもりもないし、他の者もそれ相応の働きをすれば認めてくれよう。どうじゃ? 儂に仕えてくれぬか?」

 

 

 姉上は時折顔をしかめながら、それでも笑顔を崩さずにそう言ってきた。その語気、そして必死に取り繕っている笑顔から、その言葉が本心からであることが分かる。姉上は、今までのことを水に流そうとしている。そして、姉弟揃って織田家を盛り立てて行こうと、そう手を差し伸べているのだ。

 

 

 

 そして、その手を僕が掴むことを、心の底から望んでいるのだ。

 

 

 

 

 

 

「それは無理です、姉上」

 

 

 だからこそ、僕はその手を払い退けた。そう言った瞬間、あれだけ取り繕っていた姉上の笑顔が消え去り、悲痛の面持ちに変わり、その顔もすぐに下を向いてしまう。

 

 

 

「……何故じゃ、何故無理なのじゃ」

 

 

 顔を下に向けた姉上から、絞り出すような声が漏れた。その声は怒気を孕んでおり、その声、肩、そして姉上の身体が小刻みに震えていた。

 

 

 

 

「姉上も分かっているでしょう。僕は母上や家老どもに祭り上げられたのではなく、自分の『意思』で貴女に反旗を翻したんです。これは、いくら一族と言えども許されることはまずありません。もし、ここで僕を消さなければ、それはやがて姉上に盾突く芽となりましょう。そしてそれは、織田家存亡の危機となりましょう。そんな確実(・・)な芽を御当主自ら捨て置かれるのは、些か配慮にかけまするぞ」

 

 

 僕は、なるべく自然な口調でそう述べた。その言葉を吐きだす度に、姉上の顔は苦痛に歪んだ。そして、同時に周りから尋常ではない殺気を感じたのだ。

 

 

 

「姉上、貴女は女子ですが、この織田家の当主です。武家の当主とは、常に合理的に物事を判断しなければいけません。ましてや、血族の情に流されて謀反人を許すなど、言語道断です。これでは、その謀反で散っていった者たち、そしてこれから貴女様を支えていく家臣一同に、顔向け出来ません。だから、『血族の情(そんなもの)』すぐに捨て去ってくだされ。それも、貴女の恵まれた境遇に嫉妬し、身の丈に余ることをしでかした、哀れな『無能』なら、尚更切り捨てるべきです」

 

 

「お主が『無能』なわけがあるか!!」

 

 

 僕の言葉に、今まで黙っていた姉上がいきなり吠えた。そのことに面を喰らう僕を尻目に、姉上は自らの手に視線を落としながら、淡々と言葉を吐いた。

 

 

 

「お主が反旗を翻した『本当』の理由は知っておる。儂とお主で、家中が真っ二つに割れるのを防ぐためであろう? そんなこと、『最初』から分かっておったわ。だからこそ、儂は父上の葬儀の時に蛮行をしたのだから。だからこそ、叔父上討伐の折にどっちつかずなことを言ったのだから。儂だって、お主と同じように分裂の危機を防ごうとしたのじゃ。お主を当主にさせようと躍起になっていたのじゃ。そして、お主が儂の暗殺を企てていること、そしてそれが儂に自身を殺させる計画であることを、お主の『忠臣』から聞いたからこそ、今こうしてみっともない姿を晒しているのじゃ」

 

 

 ポツリポツリと、一つ一つ噛み締めるように言葉を吐く姉上を前に、僕は何も言えなくなってしまった。姉上も僕と同じようなことを、同じようにしようとしていたことが、それが直接的ではないにしろ、『姉上の傍』に居られたことが、何よりもうれしかったからだ。

 

 

「お主が挙兵した際、儂はお主を当主にすることを諦めた。この一戦でお主を下し、儂が正式な織田家当主になることを決めたのじゃ。だから、あの時は元味方であり、そして戦後に登用することも可能であった沢山の家中の者を容赦なく殺した。お主の言う通り、争いの種を残さぬように。だがお主だけは……幼き頃、乳母に叱られる儂の背で無邪気に笑っていたお主だけは、どうしても殺すことが出来なかった。またお主の笑顔を、姉弟揃って笑い合える日を望んでいたからこそ、どうしても切り捨てることが出来なかったのじゃ。どれほどお主に罵詈雑言を浴びせられようとも、な」

 

 

「姉上……」

 

 

 いつの間にか、そう言葉を漏らしていた。同時に、僕の目頭が熱くなり、温かいモノが頬を伝っていくのを感じた。

 

 

「だからこそ、儂はもう一度言う。またここで罵詈雑言を浴びせ掛けられようが、諦めの悪い儂は、『合理的に考えられない』儂は何度でも言おう。信勝――――いや、『勘十郎』よ。儂の――――――この『吉法師』の元に、いや『吉法師』の隣に居てはくれんか?」

 

 

 そう言って、姉上はその頭を下げた。織田家当主が、謀反人に頭を下げたのだ。いや、それは違う。今の姉上は、ただ一人の姉として、ひねくれ者の弟に、『仲直りしよう』と言ったのだ。

 

 

 そしてそれは、僕がずっと欲しかったモノ―――――姉上の隣に行ける、最期の『希望』だった。

 

 

 

 

 その言葉を受けて、僕は顔をしかめ、頬を伝うモノに構わず、下に垂れていた両手を伸ばした。それは、あるモノを掴み、ゆっくりと引き上げられる。

 

 

 引き上げたモノを見て、次に今なお頭を下げていた姉上に向けて、笑みを溢した。

 

 

 

 

 

 

「すみません、姉上」

 

 

 

 そう言った。その瞬間、勢いよく姉上の頭が持ち上がり、その下から泣きそうな顔が現れた。しかし、その表情は、すぐさま別のモノに変わる。

 

 

 それは、限界まで目を見開きながらも、時が止まってしまったような何処か呆けた、姉上らしくない顔だ。それを見た僕は無意識の内に笑みを浮かべ、同時に喉の奥から込み上げる熱いモノ(・・)を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

「何をしておる馬鹿者が!!」

 

 

 姉上の悲鳴が部屋に響き渡る。それが響いたのか、僕は再び熱いモノを―――――『血』を吐き出した。そして、己の両手で掴んでいるモノ――――――己の腹部にその半分以上を埋めた脇差を、更に付き立てる。

 

 

 

「早う、止めい!! 止めんかうつけ者め!!」

 

 

「ハハッ、姉上に『うつけ者』なんて呼ばれるとは、世も末ですなぁ」

 

 

 僕の両手を掴み、今なお自身の腹部に深々と付きたてていく脇差を奪おうと躍起になる姉上。そんな、いつもの姉上らしからぬ姿に、僕は更に笑みを溢した。同時に、喉から込み上げた血を吐き出し、それが真っ白だった姉上の夜着を赤く染めた。

 

 

 

「姉上ぇ……夜着が汚れてしまいますぞぉ……」

 

 

「夜着などどうでもよいわ!! それよりも信勝が……信勝がぁ!!」

 

 

 僕の言葉と姉上の悲鳴が木霊する。腹にくる激痛に視界が霞む中、僕は脇差を掴んでいた片手を、姉上の肩に回した。

 

 

 

「姉上ぇ……僕の最期の我が儘、聞いてくれませんかぁ?」

 

 

「不吉なことを申す出ないはこのうつけ者が!!」

 

 

 僕の言葉に、姉上は僕の顔を見ることなく怒鳴る。また「うつけ者」って呼ばれちゃったなぁ。でも、姉上なら、別に良いか。

 

 

 

「『自由』であって下さい」

 

 

 そう、声を漏らした。今までよりもはっきりと、且つ力強く。それは、今まで僕の言葉を聞かずに取り乱していた姉上を黙らせるほどだった。

 

 

 

「姉上ぇ……どうかいつまでも、いつまでも『自由』であって下さい。いつまでも『自由』で、その輝く笑顔でいて下さい。その輝く笑顔で織田家を、日ノ本を照らし、この理不尽な『時代』を終わらせてください……」

 

 

 そう、僕の我が儘は『織田家存続』でも、『当主になること』でも、そして『姉上の隣にいる』ことでもない。

 

 

 それは、『姉上がいつまでもその笑顔を浮かべている』こと。『姉上がいつまでも、その光り輝く笑顔で過ごす』こと。そしてそれは、この理不尽な『時代(戦国の世)』を終わらせることだ。

 

 それは父上でも、母上でも、僕を担ぎ上げた家臣たちでも、そして僕でさえも成し遂げられない、まさに偉業だ。でも、姉上なら、『周りの人々を笑顔にする才』を持つ姉上なら、その偉業を成し遂げることが出来るだろう。

 

 

 だからこそ、僕はそれを望んだ。『自由』を、『最期の我が儘』とした。

 

 

 

「ですから……」

 

 

 

 そこで言葉を切り、僕は顔を上げた。

 

 

 

 そこに居たのは、真っ赤に染まる夜着のまま、涙でぐしゃぐしゃの顔を晒す、みっともない姿の姉上ではない(・・・・)

 

 

 黒を基調とした南蛮風の軍服に真っ赤なマントを翻し、巨大な織田家家紋を付けたど派手な帽子を被った。今までの姉上とは似ても似つかない、派手な格好をしている。まぁ、今の僕自身も同じような格好ではあるが。とにかく、姉上は相変わらず『不思議な人』だ。

 

 

 それに、()の姉上も『出来損ない』の部分を改めている様子はなかった。姉上の『出来損ない』を直そうと自らの腹を切ったというのに、これでは切り損もいいところではないか。まぁ、それはあくまで『織田家当主』としてであり、本音を言えばそんな姉上の『出来損ない』も心底好きだったのだが。

 

 

 

「何じゃ、信勝」

 

 

 僕の言葉に、今の姉上―――――第六天魔王 織田信長が答える。その声は力強く、そして何処か自信に溢れていた。そしてその顔には、あの笑顔が浮かんでいた。

 

 流石は姉上。僕の最期の我が儘をちゃんと守ってくれた。そのことが分かり、同時に胸の奥がジンワリと温かくなる。そして僕の顔にも、僕の最期(あの時)と同じような笑顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

「あとはお任せします、姉上」




 『勘十郎』は信勝君の通称です。本当は幼名で呼ばせたかったのですが、探しても見つからず断念しました。

 蛇足で、本編をクリアーした時、「ここまで荒れたことがない」と言える程、Twitterが荒れました。信勝くんに土方さん、そしてアンドラスくんも尊いよぉ……。

 更に蛇足で、作者は6章で止まってます。円卓ェ……。

追記
 勝家の『当主様』を『御館様』に修正。

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