平原の防衛戦線に動きがあったのと同時刻。レベルも士気も低く、ショゴスの侵入を押し留めることしか出来なかった街にも、動きがあった。
「テケリ・リ!」
「全員防御、もしくは支援に回ってください! でないと死にますよ!」
休みなく魔法を行使し、スキルを行使し、指示を出し士気を保つ。それを1人でこなすZFがいるからこそ、なんとか維持できていた戦線。それは今、刻一刻と崩壊に向けて時計の針が進んでいた。
最初帰還したり、発狂から蘇生したりした余剰プレイヤーの数は10。それが今は、4にまで数を減らしていた。生き残っている4人は必然的に防御を優先的に育てていたプレイヤーで、例えZFの称号やスキルによるバフがあろうと、HPが300万のボスに対して十分な火力があるとは言えない。
第一、ZF本人ですら火力は1〜2万程度が限界なのだ。だが投げ出さないのは、ここが制圧されてしまえばクエストが失敗してしまうから。他の戦域に出現したボスよりは遥かに弱いのだから。そんな念あってこその戦いだったが、
「あっ」
「テケリ・リ! テケリ・リ!!」
そんな短い言葉と共に、盾役の1人が丸呑みにされたことにより崩壊した。なし崩しに盾となって押し留めていた3人が飲み込まれる。それにより折角削ったHPが回復され、傷を癒したショゴスが歓喜の声を上げる。
「ふむ、どうやら予想以上に苦戦されている模様」
瞬間、一陣の風が吹いた。同時にパシャリという、場違いなシャッター音。姿の見えぬその風は、ボソリと呟く。
「レイドボス【ショゴス】、HPは300万中290万ですか。耐性は即死無効、弱点は延焼と封印、装甲としてオーバーダメージ無効と物理ダメージ半減。HPリジェネを持ち、捕食による回復も持つ。まるで倒させる気がありませんな」
「あなたは?」
魔法をとめどなく放ちながら、ZFが問いかける。それも当然だ、防衛に徹していた味方が全滅したと思ったら、謎の風がよく分からないことを話し出したのだ。聞かない方が不自然というものだろう。
「1度止まると加速まで時間がかかるので失礼。ギルド【極天】所属、Agl準極振りザイード。助太刀に参上した」
「なるほど、貴方が。では、どうやってアレを倒すのですか?」
周囲を飛び回る黒い風の返答に、ZFはなるほどと頷いた。頼んでいた救援の到着、それは願ってもない好機だった。しかし、その返答は予想外と言えるものだった。
「アレを倒すのは、私では無理でしょうなぁ。せめてレンであれば、無理に倒すことも出来たでしょうが」
「では──!」
「ですが、封印なら出来ましょうぞ。恐らく、街から叩き出せば勝利となりましょう。元より、私の専門は状態異常と暗殺。その程度は造作もない」
「なるほど、了解致しました。ならば私は、足止め役ということですね」
被弾しながらも迫るボスを目の前に、淡々と会話は進む。そうして数秒で打ち合わせは終わり、作戦は実行される。
「では、儀式に邪魔な街は全て破壊してしまいましょう。生存プレイヤーは、今この広場にいる者のみですな?」
「は? いえ、はい。この場にいる者たちが全てです」
「宜しい。ユキ殿から託された力を、今ここに」
そんな呟きと共に、黒い風は消え去った。否、正確には遥か上空へと跳躍したのだ。そこにはセンタの様な無理はなく、しかしそれよりも高く飛翔する。
「ご照覧あれ!」
そうして誰よりも高い天空で、ザイードの手に握られたスイッチが押された。
戦火の光で照らされる街で、パンと、小さな爆発が起こった。
続いて、もう1つ。
さらに、もう1つ。
もう1つ。もう1つ。もう1つ。もう1つ。もう1つ。もう1つ。もう1つ。もう1つ。
爆破が爆破を呼び、呼ばれた爆破が爆破と統合され大爆発を起こし、大爆発が大爆発を呼び、何もかもが連鎖して爆発する。
宿屋が爆ぜた。武器屋が爆ぜた。民家が爆ぜた。教会が爆ぜた。水路が爆ぜた。詰所が爆ぜた。水飛沫が舞い、水自体が爆発した。
街の中央部にある、他の街への転移ゲートとその広場を除いた何もかもが連鎖して爆発していく。衝撃と灼熱と爆音が、1つの街を徹底的に完膚無きまで蹂躙していく。
「よもや、これ程とはっ!!」
そんな街の写真を、ザイードは上空から撮り続ける。無論それはただ写真や動画を撮っているだけではない。【写真術】のスキルによる、敵性mobのスタンも狙っている。
そうして爆発は、クライマックスに至る。
街を外敵から守る壁が、不壊属性を付与されているのにバラバラと砕けつつ内側に向けて倒壊していく。まるでドミノ倒しの様に倒壊する理由は、偏に街の地下に存在するダンジョンが原因だ。ユキが仕掛けた爆弾は、街の表層部や水路だけでなく、ダンジョン表層部にまで及んでいたのだ。それにより土台を崩された街壁は、不壊属性同士が衝突し圧力が加えられ、errorを吐き出して砕け散った。
一瞬の静寂が訪れ、しかし次の瞬間には外壁があった場所を火花が一周した。その火花は複雑な軌跡を描きながら街の中央部に向かって超高速で迫り、合流する。その結果、発生するのはやはり爆発。有終の美を飾るかの如く、地下にあるダンジョンの5点で巨大な花火が爆発した。
キラキラ煌めく火花が降り注ぎ、それが終わった後には最早“街”と呼ぶことの出来る建造物の集合体は、何処にも存在していなかった。残っているのは、陸の孤島と化した元街の中央部のみ。ここが、ユキが事前に運営に問い合わせて確認した、街と呼べるクエストが失敗しない最低限に少し余裕を持たせた量だった。
「ふっ、他愛なし」
一連の流れ全てを完璧に映像に収め、ザイードは驚愕に固まったプレイヤーの中に着地する。漸く視認することができたその姿は、異様の一言に尽きた。貌には髑髏の仮面が装着され素顔を隠し、全身黒タイツには鍛えられたしなやかな筋肉が浮き出ている。その上から羽織った裾が擦り切れた黒のマントは、全体のシルエットを妙に暈していた。そしてその印象に不釣り合いな、本格的な一眼レフカメラが首からベルトで下げられている。
そして着地して間髪入れず、黒く煙るその腕が閃いた。
「テケリ・リ!?」
「なるほど、どうやら毒は効く様子。であれば、儀式の前に少しやるとしましょう」
次の瞬間、ショゴスの身体に30本程の黒塗りの
「……ハッ、全員攻撃を!!」
ショゴスに向け飛来し続ける
「それでは、指揮は任せましたぞ。ZF殿」
「承知しました」
髑髏の仮面と機械の仮面が目線だけ交錯し、再びザイードの姿が搔き消える。そして次の瞬間には、街の元外壁と広場を繋ぐ空中に出現した。空中ではなく、足場として反射光のない糸が展開されている。
「この程度、他愛ない」
そうして、極めて真面目だが不思議な光景が展開されることとなる。
陸の孤島でコールタール状のボスに様々な攻撃の煌めきが集中し、その隣で、空中に自力設営したステージで単独ダンスをする変態。
重ねて言うが、極めて真面目にボスの打倒を目指している。だがどうあがいても、湖の最前線、平原の防衛戦線に負けず劣らずの混沌具合であるのは明らかだった。
戦闘で幸運生かすのって、やり過ぎご都合主義になりかねないからなぁ……と、指摘があったので考えるも苦悩中。