〈残プレイヤー数3%〉
〈生存領域を縮小しました〉
〈次のフィールド縮小は5分後です〉
状況を整理しよう。
ユキが核自爆で嫁心中を決めた時点での生存者は、初めから数えて僅か3%のみ。
その内生存している通常プレイヤーは、極振りとユニーク称号持ちにビーコンが付いていることに関して『仕留めるターゲットの位置を示す』為の物ではなく『逃げろ』という意味の物であることを理解していて、且つ極振りに近づかずその攻撃に巻き込まれていない者。或いは、ユキやザイルの装備していたビット装備を求めて、PvPそっちのけでダンジョンアタックをしている僅かな者達だけだ。
そして生存している極振りはセンタ、翡翠、ザイルの3人。ユニーク持ちは
翡翠と
最後に地上へ残ったセンタは、ラストワンを狙う通常プレイヤー達と100人組手を交わしている。ただ生存領域の中心点に辿り着く前に戦闘が始まり、『極振りをラストワンにして強化してたまるか』というプレイヤー達の決死の足止めにより、もう間も無く生存領域縮小に飲み込まれ敗退する。
故にこれ以降はもう、PvPイベントとしての趣旨を満たすことは出来ない。共闘して楽しんでいる翡翠としぐれは最後の2人になるまで戦うことはなく、ザイルやカオルのようなダンジョンアタック組はPvPで戦うくらいならば共闘して周回する。そして最後にはダンジョンの底まで辿り着いた生存領域縮小に飲み込まれるだろう。
〈残りプレイヤー数2名〉
〈生存領域を縮小しました〉
〈次のフィールド縮小はありません〉
「おや、時間切れですか」
「そうみたいですねぇ……残念です」
故に、こうなるのは必然だった。
生存領域という明確な生存制限がある地上と違い、本来こんな短時間で到達することが不可能な筈であったため、特に何も縛りがない特別マップ【天界】。ここにも縮小範囲は迫っているものの、2人を飲み込むにはまた遠い。
そして本来ならば荘厳なる世界の筈のそこは、ノイズの走る灰色の砂嵐……つまり翡翠の【終末】に汚染され切っていた。びよぴよとひよこがあるき、蝗害が無限湧きする天使に対して無限の食欲で応戦し、女子2人が全ての中心で女子会をする。変わり果てても、ある意味【天界】なのは間違いない空間。
「ユキとアキに【死界】を壊された時はどうなるかと思ったけど、翡翠ちゃんは満足出来た?」
「新装開店店舗、満喫しました」
そこで、そんな常識とは程遠い会話がなされていた。無論語るまでもなく、死界も天界も本来はそんな近所のラーメン屋みたいな場所ではない。難易度を考えても、ボーナスを考えても、辿り着く手段を考えても。死界であればアンラッキーなペナルティステージとして、天界であればラッキーなボーナスステージとして設定されている。
因みに彼女達がこうも短時間で地上、死界、天界を行き来できている理由は1つ。しぐれが普段からテレポート代わりに使っている、骸骨と触手、モヤのようなものが組み合わさって出来た竜*1。その力に寄るものだった。
「どちらが勝ったことにしますか、しぐれ」
「じゃんけんで決めよっかー」
「名案ですね」
のほほんとした空気で話す翡翠としぐれだが、その背後に積み上げられているのはこのマップに無限湧きする天使の群勢。自律したレイドボスにより管理されていた死界とそのモンスターとは違い、運営がボーナスステージとして設定しているここはアップデートがなされている。敵の強さも、得られる経験値も。
だが無意味だった。天使は翡翠の展開する【終末】に入ってすぐ、虹色に光るひよこや無数の蟲に群がられて死に続ける。そして、その地鶏のような身体を無限に供給し続け、ついでにペットやテイムモンスターに経験値を注ぎ続ける存在と化していた。
☆開店御礼☆
時間無制限わんこ天使(人型)食べ放題!
閉店!!
死界での時間無制限干し肉&骨煎餅(人型)食べ放題を、アキとユキによりぶち壊されたため襲来した2人は、天界も制覇したのだ。
出禁である。
「カフッ、コフッ、シャケェ......」
一方その頃、シャケは炭火の遠赤外線で焼かれていた。
「さいしょはぐー」
「じゃんけん」
「「ポン」」「シャケ」
繰り出した手は翡翠がぐー、しぐれもぐーのあいこ。
シャケはヒレなのでパーだが、即座に翡翠としぐれに毟られ美味しく頂かれた。もう少し塩を振っておけばよかったかも知れない。
「「あいこでしょ」」「シャケ!」
今度の手は翡翠がちょき、しぐれがぱー。
シャケが尻尾でパー。ちょうど良い感じに焼き上がっており敗北者と化した以上、もうシャケに人権はない。元々そんなものは存在しないが。
「勝ちました。I'm champion」
「おめでとー。ちゃんぽんとトンカツとカツ丼、どれ食べに行こっかー?」
「まずはシャケです」「タチウオッ!」「ぴよ」
ぱちんとハイタッチをするのに合わせて、しぐれの連れてきていた太刀魚のペットがシャケを三枚におろした。そのまま皿の上に綺麗に並べられ、虹色に輝くひよこがお皿を運んで来る。パーフェクトコンビネーションだった。
「それでは」
「「いただきます」」
斯くして、最終日のお祭り騒ぎの
イベント開始早々に火力に特化した人外同士が潰しあった結果残った、生存能力に長けたトッププレイヤー。その中でも趣味に走った2人がジャンケンで勝負を決めるという、PvPイベントとしてはなんとも締まらない形の決着だった。
「雑味が多いですね」
「焼き加減は完璧なのにねー」
「シャケ!?」
今日のシャケは不味かった。
◇
ノリと勢いでやったものの、戦略的にはあまり間違ってるとは言えない自爆で終わったバトルロイヤル。あの特別マップから退場し、戻ってきた転送地点。【すてら☆あーく】のギルドホーム。
「はしゃぎ過ぎました、ごめんなさい。はい!」
「はしゃぎ過ぎました……ごめんなさい……」
そこで今俺は、硬い床の上で石を抱いて正座していた。藜さんはそうでもないのだが、セナはカンカンだ。理由は言わずもがな、擬人化朧とイチャついてた(当社比)件である。
そのことについての答弁が、今始まろうとしていた。
「じゃあ今から、ユキくんにビンタするからユキくんも私をビンタして」
トンネルを抜けたらそこは、無法地帯だった。
「なんで!?」
「えい!」
こっちの疑問に答える前にビンタが飛んできたので、吹き飛ばないように自分の下半身を固定。瞬間、顎に自転車でもぶつかったんじゃないかと思う程の衝撃が来た。なのに脳が揺れてる感覚はないし、痛みもタンスの角に小指をストライクした程度のもの。フルダイブVR系の
「いった!? せい!」
「いったぁ!?」
自分のアバターがダメージを受けた時に「痛い」と口にしてしまうのは、人間の変えられない性なのか。古のゲームから続く伝統のように、思わずそんな言葉が口から出た。そして頼まれた以上、こっちもビンタをお返しする。
セナが俺をビンタした時とは違い、非力故に鳴ったスパーンという小気味良い音。それはいいのだが、そんな嬉しそうな顔をしないでほしい。セナさんや、叩かれたんですよ。あなた今。そんな趣味があったなんて初めて知ったんですけど。
「でもヨシッ!」
「一体何を思ってヨシッ!って言ったんですか……?」
「気分!」
気分かぁ……そっかぁ……
「ユキさん」
「はい、なんでしょうか藜さん」
そんな諦めにも似た感覚を味わっていると、セナがいた場所に変わって出てきた藜さんが、真剣な声音でしっかりとこちらを見据えて言った。つい数十分前はカッコつけて呼び捨てしたけれど、駄目だ……この圧には勝てない。
「むぅ、さっき、みたいに、藜って、呼んでくれなきゃ、ヤ、です」
けれどそんなこっちの態度は、藜さんにとっては不満だったらしい。頬を膨らまして、断固として譲らない様子だった。折れるのはこちらである。
「わかりました、藜。えっと、その、それで何用でございましょうか?」
「1つ、だけ、ちゃんと、言っておきたい、ことが、あります」
「……はい」
普段あまり怒った様子を見たことない藜さんだからこそ、一目で怒っていることが分かった。ドブに浸かって反省します……あと普段よりもさらに傾聴、心して聞く。
「女の子2人、の、告白の、返事を、待たせてる、のに、他の、女の子と、イチャイチャ、するのは、酷い、です」
「はい……不本意美少女擬人化されましたが、普段と同じようにしていたのですが不味かったのでしょうか?」
「今だけは、ダメ、です」
「はい……」
駄目だった。ギルドをメンバー以外出入りできないように閉鎖していて、本当に良かったと思う。こんな奥さんの尻に敷かれた旦那ムーブと浮気がバレた旦那ムーブが一緒になった姿、激写なんてされようものなら明日から生きていく自信がない。
だからその、あの、セナさん。セナさんや。どうかそのスクショを撮る手を止めては貰えませんでしょうか? えっ、嫌だ? そうですか……あっ、いえ、何でもないです。
「では、あの、にゃしい先輩と爆裂していたのはどのような判定になりますのでしょうか?」
「私は別に構わないかな? 爆裂だし。藜ちゃんはどう?」
「ちょっと、羨ましい、です。でも、爆裂、ですし……」
片手をおずおずと挙げて聞いてみたが、どうやら爆裂はセーフ判定が出るらしい。一体どこがセーフでどこがアウトのラインなのか、その区切りが全く分からない。
「恥の多い生涯を送って来ました。ふふっ……」
人間失格とまで言うつもりはないが、男性失格な気はする。これから告白をしようとする男の姿か? これが……? ふふっ。生き恥。笑うしかない。時代や環境のせいじゃなくて……俺が悪いんだ……
「それで。ユキくんは結局、私と藜ちゃんのどっちに告白しようとしてたの?」
「私も、気に、なります!」
なんて、強くなれる理由を失っていた時だった。さっきの核自爆の意趣返しか、それこそ核爆弾級の話題をセナがぶち込んできた。藜さんも追従している。完全に逃げ道がない。逃げちゃダメだが。
「流石に、それはもうちょっと、ちゃんと雰囲気のある時に言おうと思ってたんだけど……」
「諦めた方がいいと思うよ、ユキくん」
「もう、そんな、ムード。しばらく無理、です」
恨むならば、あの時自爆した自分を恨むしかない。戦略的/感情的には正しくても、今から思えば間違いだったかもしれない。あのまま進行して袋叩きになってない今の方が、まだ良いのかもしれないけれど。
「後日、もしくはクリスマス辺りだとまだ可能性は……」
「ユキくん」
「流石、に、1週間以上、も、待たされる、のは、悲しい、です」
セナは黙って首を横に振り、藜さんからはごもっともな言葉が。もう少し何かが違くてイベントが後ろ倒しになったり、告白のタイミングが遅かったら、クリスマスなんて一大イベントが控えていたけれど。俺にとっての正念場はここらしい。
客観的に見れば立ち位置が裁判官と被告人、正座の上に石抱きまでしてる状態で、微塵も格好がつかないけれど! けれど!
「不本意だけどゲームの中だから、
ユニーク称号持ちのエキシビション最終戦で、ヒートアップしたセナと藜さんすら守っていた最後のラインは、幾らこのタイミングでも超えちゃいけない。幾らゲーム的に閉鎖した空間であるとはいえ何があるか分からないし、ゲームとして運営されている以上運営にはログが残るのだから。
言い切ってから、一旦深呼吸。膝の上に乗っていた石をアイテム欄に収納して仕舞う。こうして、改めて言うのはやはり緊張する。それに、凄まじく格好が付かないのも恥ずかしさに拍車をかけている。けど覚悟は決めていた筈だと、口を開いた。
「藜さん」
「ッ、はい」
「ごめんなさい」
ハッキリと、断りの言葉を口にして頭を下げる。
「っ……やっぱり、そう、ですよ、ね」
顔を上げた先では、笑顔と悲しみと、それ以外にも無数の感情を湛えた
「初恋は、実らないっ、そう、しって、まし、た。でもっ、ユキさん、なら、そう言うって、分かって、ました」
噴火するような感情の奔流が込められた、悲しい涙と言葉が押し寄せてくる。
「だって、私は、ポッと出で。ユキさんのっ、ことも、そんなに、知らな、くて。それでも、好きにっ! なっちゃって……」
「分かって、ました。でもっ、改めて、言われる、と、痛い、ですね。やっぱり、悲しい、ですっ、ね」
それ以上の、言葉は無かった。溢れる涙を拭いながら、すすり泣く声だけがギルドホームに響く。
「だから、ちゃんと、セナさんに、告白、して、下さい。わたし、だけ、じゃ、あんまり、ですから」
それでも最後に、無理してでも作った笑顔で背を押してくれた。それはあまりにも、優しくて。あまりにも良い人然としていて。俺なんかには勿体なさ過ぎる程、いや、好きだなんて言ってくれたことが有難過ぎる
「セナ」
そして、そんな風に背を押されたのだ。もう絶対に止まってはいけない。セナの方に向き直って、しっかりとその目を見つめて言う。
「改めて、こうして口にするのは恥ずかしいけど……ずっと昔から、それこそ小学校の頃から好きでした」
「んうぇっ!? そ、そんな前から?」
「そんな前からだよ。そうじゃなきゃ、わざわざ別のクラスだったのにイジメの助けに入りなんてしない」
それくらいには、俺だって利己的だ。これまでずっと、
「じゃ、じゃあ! これまで何回かお風呂に突撃した時、何もしてこなかったのは!?」
「気合いで耐えてた」
「抱っこして貰ったり、抱きついてた時は!?」
「頑張って意識しないようにしてた」
「わざと布団に潜り込んでた時は!?」
「ずっと気合いで何も起きないように我慢してる」
何をするにも健全にというのが、
「じゃあ、なんでこれまで、1回も『好き』って言ってくれなかったの?」
「今はもう、思ってないって最初に断っておく」
何せこれからいうことは、まず間違いなく
「ただ、俺みたいなのが側にいると、またイジメられるかもしれないから。だったら、最初から不安の芽は取り除いておいた方がいい。折角進学して、環境も変わったんだから。そう思ってた」
最近は先輩と親しくさせて貰ってるのと、
「でも、」
「もう大丈夫なんだよね? 知ってる」
こちらの言葉に、
「だってユキくん、前と違って笑ってくれてるもん。それも無理した笑顔じゃなくて、自然で楽しそうな感じで」
「……そっか。やっぱりセナにはお見通しか」
多分、そのお陰なのだろう。この前のテスト時にいた変な奴はまだいるものの、最近クラス内の空気が少しずつ、ほんの少しずつだが変わって来ているような感じはしている。
「それじゃあ、改めて。これからも隣に……いや、一緒に居て欲しい。格好つかないけど、いいかな?」
「もちろん!」
差し出した手にセナの手が重なる。空間認識能力を切っていたのと、そこで『よかった』と安心したからだろう。藜さんの声と姿が消えていることに、一瞬だけ気付くのが遅れた。そしてそれが、運の尽きだった。
「うん?」ここら辺からUCのテーマ
流れが変わった感覚がした。
ガチャンと、首元から聞こえた金属音。何事かと空間認識能力を再起動させると、そこには金属製の首輪が鎮座していた。そして、何故かセナと繋いだ手にも手錠が掛かっている。うん????
「でもね、今回のことで思ったんだ。私の手だけじゃ足りないなーって」
「それに、ユキさんは、放っておくと、私とか、セナさん、みたいな、面倒くさい、女の子、無自覚に、引っ掛け、るって」
耳の後ろから囁くような声。完全に藜さんに後ろを取られている。分からなかった。気配も声の雰囲気も、まるで違う。
「で、でも現実の方じゃこれまで1回もそんなこと──」
「だって私が近づけないようにしてたもん。そういうタイプの子」
なんですって。
「ユキくんって真剣に頼られると、まず相手のことを受け入れて認めてあげて、そこから近過ぎない距離で接しながら、頼られたら全力で助けるでしょ? それに自分からは絶対に距離を詰めてこないで、相手に任せてる」
「いや、まあ、それはそうだけど……」
何も悪いことはないように思えるのだけれど、何か問題でもあるのだろうか。これまでそれで、特に困ったこともない筈。波風たてない一番平穏な対応ではないのか。
「ほら」
首を傾げていると、やっぱりとでも言いたげな雰囲気でセナが呟いた。しかも背後で藜さんがしきりに頷いている。えぇ……?
「それに、私、も、前から、思ってた、です。別に、ユキさんを、諦める、必要、ないんじゃ、って」
「えっと?」
「セナさん、から、寝取れば、勝ち。私の、魅力で、ユキさん、を、メロメロに、すればいい、だけ、です!」
????? 待って、思考が追いつかない。あの、ハラスメントコード出てるんですが。後ろから抱きつくスタイルはちょっとその、あの。
「その、為にも、他の、女の子は、邪魔、なんです、よね」
「ということで、元から手を組むことにしてたんだ! 敵は増えないに越したことないし。だからユキくんが私と藜ちゃん、どっちのことを好きって言っても、それはそれとして〜みたいな感じで」
「フラれた、のは、本当に、悲しかった、です、けど」
つまりこれはその、手のひらの上だったと。
「来年から、よろしく、お願い、します、ね? セ ン パ イ」
「ひぁっ!?」
耳元で囁かれて変な声が出てしまった。
よし、一旦おちけつ、落ち着け。落ち着こう(3段活用)
深呼吸深呼吸。ひっひっふー、ひっひっふーとペースをとって……いやこれ違う呼吸法! 全集中、全集中……出来るかぁッ!!
「うっ」
そうして、勢いよく立ち上がった瞬間だった。
パリンと砕け散るアバター、一瞬にして0へと落ちるHPゲージ。ここは本来、HPゲージが減る筈のない街の中。安全コードの圏内。何かバグでも発生したのかと見てみれば、状態異常欄に鎮座するのは『エコノミー』なる見慣れぬ文字。
「エコノミークラス、症候群……」
最後にそう言い残して、俺の身体は砕け散った。後日調べたところ、街の安全コード圏内で長時間膝を折り畳む姿勢なり何なりの、現実での発生確率が高い体勢でいると発生する即死系状態異常とのことだった。
兎も角、こうして昨日までとあまり変わらない、けれどはっきりと全てが変わった日常が始まったのだった。