もきゅもきゅと、翡翠さんが腕の咀嚼を進めるたびにそのHPとMPが回復して行く。最初の爆裂による消費なんてなかったかのように。同時に点灯する複数のバフ。見える限りで知力上昇、MP自動回復、精神上昇、被ダメージ軽減(爆裂)、爆裂魔法強化……なんというか、実にらしいラインナップである。
『おおっと、ここで一本腕を取られた! スプラッタな光景に会場から悲鳴が上がってるぜ!』
『年齢制限モードは効いているから、私達みたいに血は見えてないのよ。その点は運営に感謝しなさい』
実際、そこは運営の言う通りだった。18歳以下のプレイヤーも多数いるこのスタジアムにおいては、所謂視界のセーフティモードが作動している。18歳以上のプレイヤーのみの場合発生するチミドロフィーバーやお酒の効果、その他諸々年齢制限を発生させるセーフティ。それがなければどうなっていたかは、発生している赤いダメージエフェクトの量から明らかである。
「おかわりです。ひーこー」
『『『『ぴよ』』』』
ひよこが鳴いた。
翡翠さんの髪からびよびよと、12匹のゲーミングひよこが出撃する。見るだけで、そこにいるだけで、何もかもを致命的に破綻させ続けるひよこの形をした光る何か。翡翠さんのペット第一号が、左腕を失った先輩に牙を剥いた。
「翡翠と戦うとわかっていた以上、その能力に対策はしているんですよ!」
『『『『ぴよ』』』』
ひよこが鳴いた。
それならばこれはどうだと、空から12個の隕石が堕ちてくる。1時間に1度しか使えないひーこーの誇る必殺技。それが無防備なにゃしい目掛けて降り注ぐ。
「舐めるなと言いましたよね!
それに対し先輩が取った対応は、迎撃。銃の様に構えた杖を空に向けて、杖の先端から大爆裂が解き放たれた。杖から燃え上がる魔導書が排出された辺り、装備耐久値を犠牲にした攻撃と見た。
その威力は、圧巻の一言に尽きる。
「隙だらけです」
「誘ったんです!
ただ当然、そんなことをすれば隙が生まれる。隙が生まれるということは、捕食者に狙ってくださいと言っている様なもの。狙って作られた隙に翡翠さんが突撃し、砲口を真下に向けて先輩が第2射を解放した。
「食べていいですよ、エクレア」
「ぐっ……ッ!」
果たして、又もや軍配が上がったのは翡翠さんの方。爆炎の晴れた後、立っていたのは翡翠さんだった。先輩の放った捨て身の爆裂は翡翠さんのHPを5割程までに削るも、同時に攻撃を受けていたのだろう。左脇腹辺りから、先輩は大量のダメージエフェクトを発生させていた。
そうして折角削ったHPも、掴み取られた部分を美味しくいただかれることでギリギリ7割程度にまで回復してしまう。最初に予想した通りの展開が、そこでは繰り広げられていた。
「……なるほど、見えました。ペットですか」
「ッ、やはり気付かれますか……ええそうです。私のこの耐久力は、私のペット達によるものです」
何の話だろうとHPバーを見れば、未だにゃしい先輩のHPは7割を切った程度。極振り同士だからと納得していたけれど、1度考えてみるとおかしな減少幅である。防御系の翡翠さんやデュアル先輩はともかくとして、基本的に極振りの防御性能はティッシュ紙レベルだ。始まりの街のウサギにワンパン……とまではレベル80の今なら言わずとも、それでも大ダメージを食らうくらいには。
お互い手の内を隠している現状推測するしかないけれど、被ダメージを軽減する系の能力でもなければ説明がつかない。それも、相当な高性能なものが。
「そう簡単には倒されませんよ!
「なら削り倒……ふむ。鰹節出汁、ひーこーで合わせ出汁にしましょうか。コーラならお肉も漬けられます」
『ぴよ?』
先輩渾身の爆裂を障壁でさらりと防ぎつつ、反動で距離を取られることも気にせずに翡翠さんは言う。その姿からは、ある種の余裕すら感じることができた。
髪の毛の間から『どうぞお使い下さい』とばかりに顔を出していたり、頭上で『鶏肉の自信』と胸を張っていたり、足元で『俺たちチキンチーム』とばかりにポーズをきめるゲーミングひよこ'sは……こう、もう触れたら負けな気がする。
「そんなもの、所詮飛ぶ鳥の献立だと教えてあげましょう!
「それにはもう慣れました。あまり美味しくもなかったので、壊しますね」
「──
その瞬間、発生したのは一際大きな爆裂の火焔。同時ににゃしいさんの手から、半分程の場所から砕け散り短くなった杖が弾け飛ぶ。それ自体は別段構わないのだけど、今のは──
「ねえ、ユキくん。今のって」
「ユキさんの、射撃封じ、です、よね?」
「多分。ついに真似されたかぁ……」
2人の言う通り、間違いなく俺がよくやっている遠距離武器殺しのそれだった。間違いなく爆裂の発射直前に砲身の先端に展開され、爆裂を暴発させていた。精度はまだ俺の方が上だとは思うけれど、遂に再現されてしまったらしい。
「悔しい?」
「いや全く。遂にその時が来たかぁってくらいかな」
実際、やっていることは単純なのだ。銃の場合は相手が引き金を引く瞬間に、暴発するように銃口に障壁で蓋をする。言ってしまえばそれだけのことでしかない。
「極論、射撃武器持ってれば誰でも出来ることでしかないから」
「私には出来ないんだけど???」
「まあ、うん……やらなくてもセナなら勝てるじゃん?」
「それはそうだけど……」
そもそもこんな邪道の技を真似する暇があれば、単純な駆け引きとか身体の動かし方を練習したほうがよっぽど良いに決まっている。だが、そんなことよりもだ。
「何か、動く、みたいです」
藜さんの指差す先。スタジアムの端に追い詰められたにゃしい先輩が、何か覚悟を決めた表情をしていた。
「ふっ、あまり使いたくはありませんでしたが、切り札を切る時が来たようですね」
そうして、にゃしい先輩の纏う気配が一変する。炎のように猛々しく爆裂に満ちていたそれから、冷たく凍てついた、しかしノリは良さそうなまるで別人の気配に。
「私はAB型、つまり2面性を持つ人間。これが何を示すか、もうお分かりですね!」
最後の言葉に金髪のギャングが頭をちらつくが、取り敢えず出来る限りそれは無視。杖がない以上魔法は使えず、天候も既に8割を終末に喰われてしまっている以上、にゃしい先輩の『覚悟』はきっと逆転に繋がるものだと確信した。
「私は爆裂を愛すると同時に、それ故に他者から遑れ迫害されし者。そう、迫害です。イジメです。であるならば、今の我が身は紅魔にあらず!」
そう宣誓した瞬間、にゃしい先輩はトレードマークである大きな三角帽子を天高く投げ放つ。帽子なしの素顔が解放されると同時に、その黒髪は銀に染まり長く伸び始めた。
「来て下さいみゅいみゅい、そして起きなさいウォールパック。すごーく頑張るお仕事の時間です」
『にゃあ!』
『はいはーい』
呼び掛けに応じて、2匹の猫のような何かが現れる。片方は獣の眼光を滾らせ、蝙蝠のような翼を持ち、首から十字を下げた黒猫っぽい何か。もう片方は、灰色の毛並みに包まれ肩掛けカバンを下げた、しゃべる猫っぽい何か。
『『『『びよ』』』』
出現と同時に黒猫は、一身にひよこの視線を集めたせいで全てが
『再び会場絶叫! やっぱあのペットは公共の電波に乗せちゃいけねぇ類のやつだな!』
『わかっていたことでしょう。あのひよこ……ひよこなのかしら? アレの効果が発揮されていなかったのは、にゃしいが徹底的にメタっていたから。そうでもなければ、一瞬でああなるに決まってるわ』
しかしそれでも、みゅいみゅいと呼ばれた先輩のペットは最後の役割を果たした。即ち、最高速で突撃することで、物理的に翡翠さんとチキンチームを引き離すというそれを。
「……あまり美味しくないんですよね。ひーこー、エクレア」
当然それは翡翠さん側からすれば、予期していた通りのこと。呆気なく突撃は障壁で防がれ、巨大な口に齧られるかの様に即座にHPをゼロに落とされる。ただし、距離だけはしっかりと稼ぎ切って。
「ごめんなさいみゅいみゅい、後でご褒美をあげますから」
『スキル【精神同調】完了だよ。カウント60開始。さあ、やっちゃいな〜にゃしい』
「言われずとも!」
瞬間、爆裂という炎の極点とは正逆に存在する事象が溢れ出した。それは即ち、白き大地の如き大凍結。爆裂と比べ全く同じ規模で、白銀の世界が爆誕した。
「我が名はにゃしい
『油断してると勝てないよ? というか、あの子僕のこと食材としてしか見てない気がするんだけど?』
「合点承知の助! ですが当然でしょう、何せ翡翠ですからね!」
上空に投げ飛ばしていた三角帽子をキャッチ。変異した姿でそれを被り、白銀の波濤が翡翠さんに向けて発射された。そう、そこには2つのRPが悪魔合体した姿があった。
服装はどこからどう見ても、爆裂がキマってるやべーやつ。けれどそれを着こなしている本人は、全く別のキャラクター。公式もやっていたことだけど……簡潔に言うのであれば、同じ声優ネタの別キャラロールだった。
「モード《エネミー・リーサル・アイスエイジ》、かっ飛ばします!」
「カキ氷とは気が利いてますね。季節外れですが」
対する翡翠さんはHP全開MPは7割程で、なんの調子を変えることもなくそう言い放った。手元の氷を食べながら。マイペース過ぎてなんとも言えない。
「私の誇る
《大・氷・界・衝》
《氷・結・海・嘯》
《絶・対・零・度》!!」
矢継ぎ早に先輩が放った魔法は、側から見ていて分かるほどに強大。空から落ちる巨大な氷塊に、大地を白銀に染めて行く氷の荒波、そして翡翠さんを中心に吹き荒れる銀の嵐。回復した先輩のMP全てをつぎ込んで放たれたそれは──
「ひーこーを乗せて食べると、カキ氷シロップが不要ですね」
『びよ!』
「もうおかわりはないんですか……」
『びよ……』
「いいえ、まだです!!!」
だが、先輩がそこで終わるはずもない。まだだと吼えた通り、上空には深い青で形成された、爆裂とよく似た魔法陣が浮かび上がっていた。
「何処ぞの白い魔王ではないですが、見せてあげましょう収束砲撃。爆裂魔法の奥義を!」
『RPの仮面はすぐに剥がれたね〜。カウントは残り30だよ』
「やらいでか!」
キラキラと光る、赤と青の2色の粒子。地面から湧き上がるそれは天へと昇り、2重3重に魔法陣を形成し彩ってゆく。
「なるほど、ここにきて単体魔法ですか。避けたいですが……ふむ、動けませんね」
「全力全壊なんです、オマージュは当たり前でしょう!」
すっかり爆裂に戻った先輩の言う通り、翡翠さんの両手両足は分厚い氷に包まれていた。無論ひよこも一緒である。冷やしひよこ始めましたとばかりに、氷の奥で翡翠さんの持つスプーンの上に鎮座している。
「自身のHPが3割以下かつ、その戦闘中に消費したMPが自身の総MP量を超えている場合に使用可能な、防御値を無視する爆裂魔法の奥義!」
回転を始める魔法陣。そしてその奥に顕現する、真紅と青の2色で形作られた巨大な球体。ドクン、ドクンと脈打つそれは、刻一刻と解放されるその瞬間を待ち続けていた。
「この爆裂はDNAに素早く届き、いつかはきっとガンにも効く!」
「これは……少し、まずいですかね」
流石にそんなものをぶつけられては、耐えられるはずもないのだろう。翡翠さんが、数百枚の障壁を最終爆裂に向けて展開する。最初の全力の一撃と比べても、明らかに過剰すぎる防御体制。
「
そうして、人1人を包み込む程度の太さにまで圧縮された光線が、障壁に向けて叩きつけられる。
結果は、一瞬で訪れた。
まるでそこに障壁など存在しないように、一切の抵抗を許さず砕かれてゆく障壁。始まりの爆裂とは違い、終焉の爆裂は一切減衰を起こすことなく障壁を砕き、超え、そして──
翡翠さんを飲み込み、大地に直撃した。同時に着弾点を起点に発生する、過去最大規模の爆裂。爆裂と氷獄の
その高過ぎる破壊力と派手すぎるエフェクトで、既にスタジアムの中の視界はない。けれど表示されているHPバーは、翡翠さんのHPをゆっくりとだが削り続けていることを示していた。
「翡翠、討ち取ったり!」
その圧倒的な威力に、翡翠さんをして耐えることの出来た時間は僅か5秒。
「ええ、そうですね。これで残機1つ。第2ラウンドといきましょう」
「……………は、へ?」
吹き荒れていた爆裂の向こう、当たり前のようにそれは佇んでいた。防具に傷はなく万全で、まるでこれで余興は終わりだと言わんばかりに。負けたはずの翡翠さんが言う。0になった筈のHPバーは20%程まで回復して、消耗しながらも確実に復活していた。
簡単な話だ。基本的に、今最前線にいるプレイヤーの大半はペットを複数持ち、同時に残機を数個は持っている。それは極振りにも当然当てはまり、翡翠もそうであったと言うそれだけの話。
ただ、有り体に言ってこの状況は、絶望の2文字がふさわしかった。
「大体わかりました。ひーこー、エクレア、1つずつください」
『ぴよ!』
『ッ!』
翡翠さんがそう告げた瞬間、髪の毛の中からひよこと、虚空から手元にエクレアが出現した。そしてひよこは口の中に直行し、もっきゅもっきゅと咀嚼される。呆然とするにゃしい先輩の前で、次はゆっくり味わう様にエクレアも食べ終わる。それだけでHPは60%まで回復し、様々なバフが点灯した。
「ちょ、ちょっと待ちましょう翡翠?」
「なぜですか?」
「私を食べる気でしょう!?」
「そうですね」
「だったらほら、その、できれば終末とかで目隠しとか、そもそも私今埃っぽいのでそういうのがですね!!」
「そうですか」
必死の弁明も虚しく、ゆっくりと詰め寄る翡翠さんからジリジリと逃げていた先輩は、壁際に追い詰められ捕まってしまう。先輩はもう、終わりですね……
「いただきます」
「イイッ↑タイ↓ウデガァァァ↑!!?」
そんな断末魔を最後に、頭上に輝いた【WINNER 翡翠 】の文字。こうして極振りエキシビジョン第2回戦は、アタッカー優勢のUPOにおいて珍しい、
※にゃしいのペットについては、結構前にステータスごとあげたので本編中に能力説明は割愛です。
ですが説明すると、HPを最大レベル×10に固定して、被ダメージが自分のMPの最大値(50619)以下の場合、最大ダメージをHPの1割までに固定する能力があります。あと炎・光・爆発ダメージ無効。
それを合体することでにゃしいも使ってるわけですね。
翡翠のペット2枠目
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Name : エクレア
Race :
Master : 翡翠
Lv 55/55
HP 2500/2500
MP 3500/3500
Str : 500 Dex : 35
Vit : 200 Agl : 35
Int : 100 Luk : 100
Min : 200
《ペットスキル》
【喰らい貪る手】
ペットとして顕現後、召喚者の口と一体化する。“口”で受け止めた攻撃を捕食し、HP・MPとして捕食できる。
主人を除き、自身を見たプレイヤー・ペット・モンスターにSANチェックを発生させる(1d3/1d10)
【お菓子の体】
自身の体を食べさせることで、ランダムなバフ・デバフを発生させる。
主人を除くプレイヤーが口にした場合、SANチェックを発生させる(1d3/1d10)
【変幻自在(味)】
味を変幻自在に変更する
【変幻自在(サイズ)】
それは、エクレアの化け物だった
【びっくりマウス】
大きく口を開くことができる
【符号 : 壱伍陸漆玖 +弐】
第2第3の口を生成し、口での攻撃に低確率の即死判定を発生させる。自身のレベル以下の場合高確率で即死、即死に失敗した場合は状態異常をランダムに付与する。
自身の半径20m以内に存在するプレイヤー・ペット・モンスターは一定時間毎にSANチェックを行う。(1d5/1d10)
【吸収+1】
【吸収+2】
《スキル》
【防護ノ理】【味覚共有】
【触覚共有】【嗅覚共有】
【状態異常付与確率上昇】
【状態異常攻撃 : 部位欠損】
《装備枠》
なし
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翡翠のペット3枠目
《不明》ただ、残機になれるスキル持ちではある。
にゃしいのペット7枠目
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Name : ウォールパック
Race : 最上位氷精霊
Master : にゃしい
Lv 55/55
HP 2000/2000
MP 4000/4000(6400)
Str : 20 Dex : 100
Vit : 150 Agl : 100
Int : 600 Luk : 50
Min : 150
《ペットスキル》
【最上位氷精霊】
物理ダメージを半減、自律行動を行い水・氷系統の魔法を使用可能
【浮遊】
浮遊して移動する。
【精神同調】
60秒間だけ主人にステータスを加算、スキルを共有する。同調までは2秒間の時間が必要。
【性質同調】
同調中、主人の武器・魔法スキルの性質を自身のものへと同調させる
【巨大化】
一定時間巨大化することができる。その際のステータスは上昇する。
【雪化粧】
同調中、主人の見た目に雪を降らせる。同調中MP消費半減
【同調時間+1】
【同調時間+2】
《スキル》
【防護ノ理】【信仰の力】【氷属性耐性】
【魔力核】【魔力核Ⅱ】【魔力核Ⅲ】
《装備枠》
なし
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パックです