何だかんだあったとはいえ、今更そうそうセナとの距離感が変わるなんていうことはなく。いたって普通に爆薬を補充し街へ帰還し、ギルドのみんなで確保した席で第2回戦を観戦することと相成ったのであった。
対戦カードは、同好の士に近い【爆裂娘】にゃしい先輩と、1回俺を捕食してくれた【頂点捕食者】翡翠さん。見方を少し変えれば、UPO内で最大魔法攻撃力のホルダー vs UPO内最大の魔法防御力を持つブロッカーという組み合わせだ。最大物理防御のデュアルさんが、バトルロイヤル形式である以上、これが今後のタンク系列の趨勢を決める一戦になる可能性も否定できない。
「ユキくんはどっちが勝つと思う?」
「最初に押し切れればにゃしい先輩の勝ちだと思うけど、それ以外じゃ多分翡翠さんが勝つと思う」
にゃしい先輩は確か、極振り特有のスキルが求道ⅢだからIntの値が30,000。対して翡翠さんは求道ⅡだからMinの値が20,000。だからステータスだけで考えた場合、明らかに翡翠さんの方が不利ではあるんだけど……
「にゃしいさんって、1発特化型、です、もんね」
「ですね。対して翡翠さんは、近くにいるだけでリソースごと削れる上に遠近中距離全対応のオールラウンダータイプなので……」
「成る程な。近付ければ勝ちということか」
「多分そうなると見てます」
頭上から聞こえてきたランさんの言葉に頷く。どう考えてもそう簡単に終わりはしないだろうけど、知っている情報だけで推測するとそうなる。正直、もし戦うことになったとしても決勝戦になるから、そこまで真面目に考えることが出来なかった。多分、2回戦には勝てずに敗退することになるだろうから。
故にこそ、それよりも問題なのは周りからの目線だった。ギルドで確保している観客席は2段。上段にランさん、れーちゃん、つららさん、下段に藜さん、俺、セナといった順番で座っている。れーちゃんとの関係を疑うような輩は最近漸く消えたけれど、藜さんもセナも美少女である。明らかに席を詰めて、正確にはハラスメントコードが出る程度には近距離で座られていれば、それは目立つというものだった。被捕食者側の自信しかないというのに……!
『さぁさぁ、やってまいりましたエキシビジョンマッチ第2戦!』
そんな微妙に肩身の狭い感覚を味わいながら待つこと数分。選手ゲートの中で聞いたものと同じ、大音声が響き渡った。
『昼飯は食ったか? 配信の順次は? イベントを楽しむ心の準備はOK? ここからがイベントの本番d』
『うるさいわ。黙りなさい。少しは隣にいる私に配慮しなさい』
しかし俺の時とは違い、打撃音とともにその声は中断された。その下手人は銀髪のペタンロリ。午前中、実況で荒ぶっていた運営の人だった。一旦大音声が途切れても、彼女の再登場に観客席は沸き立っていた。それだけ、それだけだから、他意はないから。ですからその、太ももを思いっきり抓るのは、どうかやめてくれませんでしょうか?
『エキシビジョンマッチ第2戦よ。対戦カードは
『【爆裂娘】のにゃしいは1発がどでかい爆裂特化! 【頂点捕食者】の翡翠は特殊天候の《終末》を展開しながら戦うプレデタータイプだ!
ぶっちゃけ運営としては、もし極振りをするならInt極の固定砲台型が続けられるだろうからオススメだぜ!』
『意見に同意はするけど、うるさいわ。静かにしなさい』
再び大音量で叫んだ運営に横から鞭が入る。運営としての許容できる極振りは、にゃしい先輩のInt極らしい。……まあ、少なくともDex とかLuk極振りより、相当戦いやすいだろうことは間違いないけど。
「ふっふっふ……ハーッハッハッハッ!!
ユッキーにザイルがあんな派手派手な登場をしたんです。私が! そう! この私が! 中途半端な登場が出来る筈があり得ません!!!!!」
そんなタイミングだった。聞き慣れた高笑いがスタジアムに響き渡り、同時に極太の火柱が無数に出現した。景気よく地面を爆裂させながら燃え広がる炎の中、カツコツと靴を鳴らし満を持して先輩はスタジアムに姿を現した。
大きな三角帽子に黒いローブ、指ぬきグローブに赤を基調とした服……詳しく説明しないでも理解させられるほど、某ライトノベルの爆裂娘の格好。背負うは爆炎、握るのは先端に香炉の様なものが埋め込まれた身の丈を超える杖。天候……最近は環境の間違いなんじゃないかと思う欄にも、【星火燎原】なる見慣れない文字が出現した。
『気になるでしょうから、テンション馬鹿に変わって先に説明するわ。にゃしいが展開している特殊天候【星火燎原】は、MPをコストにダメージフィールド兼バフを展開するフィールドね。内訳は時間経過による炎・水系の魔法強化、風属性の被ダメ減少、土属性の被ダメ上昇あたりだったかしら。確か、一応新大陸には存在する天候よ?』
『ああ、しかも使い切りのアイテムとしても実装されてるぜ! 使用者のHPが0になるか、使用後1回目の戦闘が終わらない限り展開され続ける! プレイヤーが自由に開拓できる新大陸は、こんな面白くて強力なアイテムが盛りだくさんだ! 尤も、要求レベルは最低80だけどな!』
天候の解説とともに、観客席が沸き立った。明らかに伏せられている情報もあるけれど、属性が一致してる魔法使いプレイヤーにとっては垂涎の品だろう。
そんな物が手に入る可能性もある新大陸をさり気なく宣伝してきた。まだまだ無名なコンテンツで人口が少ない新大陸は、宣伝できるうちにしておきたいということか。このイベントが終わったら、確かレベルキャップの解放もあるらしいし。
「ユキくんは、プレイヤーホームのところの天候は使えるの?」
「使えないし、使えたところで使わないかなぁ……」
あの【悉燼の燎丘】と【尽焼の燎森】という2種類の天候は、そんな類の天候である。俺がしたいのは爆破であって自爆ではないし、そもそも自分と周りを全て巻き込んでQuiet pleaseとかやってられないだろう。バランス崩壊も甚だしい。
「我が名はにゃしい! UPO随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りしもの。名実ともにこの名乗りを使える様になった今こそ、決着をつけましょう翡翠!」
そんな話をしている間に、淡く燃え続けるスタジアムの中心に堂々と進み出たにゃしい先輩。轟ッ!と燃え上がる火柱を背に、対面するゲートに杖を向けて言い放つ姿は、動画の端に映っていたかっこいい爆裂のポーズに違いない。
「そうですね。良い機会です」
それに対する返答は、テレビの砂嵐の様な白黒のノイズが走る領域だった。ジリジリと星火燎原を塗り潰しながら展開される、結果的に灰色に見えるフィールド。そんな異質さを引き連れて、堂々と翡翠さんは姿を現した。
白いポンポンでゆるく纏めたクリーム色のフワッとした髪、限りなく白に近い菫色の目、低い背に、腰の装甲がついた長いスカート以外は普段着の様なドレスアーマー。その上から、以前はなかったエプロンを纏っている。更に右手には妖しい光を放つ包丁を持っての入場だった。
『翡翠の展開してる天候【終末】については、別に説明はいらないわよね? ……説明しろ? はぁ、仕方ないわね。始まりの街で見てる初心者に向けて、説明してあげなさい』
『にゃしいの展開している【星火燎原】とは違って、完全プレイヤーメイドの天候だ。先駆者だけあって効果はトンデモだぜ? 属性耐性が大幅に下がり、武器防具の耐久値が2秒毎に100削れる風化と道具耐久値を同様に削る損耗、HPMPはそれぞれ2秒毎にその時点の2%が消滅、挙句2秒毎に空間に状態異常をランダムに付与する。天候制圧が付いているせいで上から塗り替えられる。序でに影響は残留……さすが極振りって感じだな!!』
改めて聞く限り、死界と比べても終末の方が厄介さでは軍配が上がるだろう性能をしている。それをMP消費だけで展開してくるのだから、本当にもう意味がわからない。
『どうせなら、天候の優先順位についても話してあげましょう。私たち運営が設定した天候を0とすれば、市販・制作アイテムで書き換える天候は優先度1。
魔法、魔導書、ボスが使う書き換えが優先度2、これが一番多いわね。優先度2には内部優先度が設定されていて、レアドロップ品>スキル・ボス>魔法・魔導書になっているわ。《死界》《百鬼夜行》そして《星火燎原》がコレよ。
そして最後、天候制圧、或いは天候蹂躙の能力が付与されている書き換え能力が優先度3になるわ。そんな天候がぶつかり合えばどうなるかは……まあ、見ての通りよ」
そうして運営(ロリ)が指し示した先では、燃え上がっていたステージの1/3が既に灰色に侵されていた。星火燎原側の抵抗を一切気にせず、ゆっくりと、しかし着実にスタジアムを終末に汚染し尽くしていた。
「まったく、相変わらず出鱈目ですねそれは」
「ええ。コーラの準備は出来てます?」
「ふははは! もう勝った気ですか、そういうのは取らぬ狸の皮算用と言うんですよ!」
「美味しそうでしたので。たぬき汁とは合いませんが」
些か圧縮された会話を交わした直後、2人の中間地点にカウントダウンの文字が出現した。しかし2人の間にある距離は、俺とザイル先輩の時よりも明らかに広い。基本的に同条件だった俺の場合とは違い、にゃしい先輩は完全後衛。1発も魔法を使えずに退場は興醒めも良いところだからの処理か。
「【
「お断りします」
カウント9。堂々と杖を突きつけたにゃしい先輩を中心に、スタジアム全てを覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が展開される。複雑怪奇なその幾何学模様は、あの
「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう
無窮の項、原初の竜王、無謬の
偉大なる劫火、滅びの光輝はここにあり」
カウントダウンが減少する中、ノリノリで詠唱を始めるにゃしい先輩。初手から全MPを
「龍の魂秘めし杖よ、その武威を我の前に示せ
契約の下、にゃしいが命じる
原初の崩壊、永劫の鉄槌をこの手の内に!」
対して翡翠さんは……何故か、クラウチングスタートの姿勢を取っていた。にゃしい先輩を見据えるその目は、見紛うことなき捕食者としてのそれ。
『さて、運営としての老婆心として言うわね。ここから数秒、瞬きは厳禁よ』
カウント3
「展開、【終焉の杖】」
ここでこれから30秒間、ダメージフィールド発生兼スキルの効果が200%上昇するスキルを翡翠さんが切った。同時ににゃしい先輩の最大火力である、虹色に光る火球が天に形成される。
カウント2
「いちについて」
翡翠さんが走る最後の準備を整え、にゃしい先輩は翡翠さんに砲塔というべき杖を向ける。
カウント1
「よーい、」
「テラ・エクス、」
カウント0
「どん」
「プロォォォォジョンッ!!!!」
上空に浮かぶ虹色の火球が収束し、魔法陣を通して変形、敵を滅却せんとダウンバーストのようにスタジアム全体に照準を合わせる。完璧なフォームでにゃしい先輩に向かう翡翠さんが詰められた距離は、未だ当初の半分程度。
「【精神結界】」
当然のように叩き落される虹焔の波濤。掠っただけでも蒸発必至のそれが到達する直前、六角形の集合体からなる半透明の壁が都合40枚、焔の波濤を阻むように出現した。
そして当然、その防壁は俺の使う障壁とは違って簡単には砕けない。5枚目から焔の勢いが落ち、10枚目で目に見えて明らかに減少、15、20と5枚刻みで次々と焔の勢いを殺し尽くし……或いは、食べ尽くしていた。
しかしそれでも、当然
ただ、翡翠さんのスキル【精神防壁】で展開される障壁の強度はVit+Minの合計値。にゃしいのInt値30,000を超える40,000もの障壁だ。全てを焼き尽くさんと焔がスタジアムに直撃、爆裂を発生させるが……その勢いはあまりにも弱々しい。
当然だ。あそこまで何段階にも渡って減衰された以上、本来の威力など発揮できるはずもない。たとえそれが、一般プレイヤーなら十数回は鏖殺できるような火力であったとしても、その程度であれば翡翠さん自身に耐えられないはずがない。
「いい速度です」
それどころか、足元に展開した障壁で爆裂を受け凄まじい速度でにゃしい先輩に突撃していた。ただこの程度のことを……1番極振りとして若い俺ですら予測できたようなことを、俺以外の極振りが予測できない筈もなく。
「知ってましたよ、その程度。
「ひーこー」
『ぴよ』
まるで銃を構えるかのように、にゃしい先輩が飛翔する翡翠さんに向けて杖を構える。そして何か攻撃を行おうとした瞬間、翡翠さんの髪の毛から分け出て来た
ひよこによる致命的な変異こそ起こらなかったものの、対抗判定を行うために必須である一瞬の硬直は、このタイミングにおいては致命的な隙と化していた。
「いただきます」
おててのしわとしわを合わせて、いただきます(南無)。先輩と翡翠さんか交錯した僅か一瞬の間に、先輩の左腕は綺麗に千切り取られていた。
「
当然、左腕の行く先は翡翠さんの口。満足そうにもっきゅもっきゅと咀嚼しながら、明らかなバフを確保していた。
戦闘はまだ始まったばかり。
天候【星火燎原58% : 終末42%】