テクテクと、圧倒的な遅さで歩くこと数分。俺はようやく、初心者向けのエリアである街の東側に到達した。
「結構、人多いなぁ……」
サービス開始からそこそこの時間が経っているとはいえ、まだまだこのエリアに留まる人は多いのだろう。街を囲む高い壁に作られた門、そこから広がる草原には結構な数のプレイヤーが確認できた。
「少し奥に行った方が良さげかな」
流石に極振りしてる事を知られたくはないし。メニューから装備欄を弄って【初心者の長杖】を実体化させる。収納と違って、念じればすぐにできる訳じゃないのがもどかしい。
けれど何か、気分的はとてもワクワクしてくるのもまた事実。ちょっとした旅行気分で、俺は近くに見える森へ歩いていった。
◇
「よし、ここなら丁度いいだろ」
見上げる先には黒く巨大な木によって作られた森。ここら辺にはまだプレイヤーもおらず、たとえ即死したとしても変に思われることはないだろう。
「来やがれツラ見せろ……チェーンガンが待ってるぜ……」
勿論大嘘である。けれどその声に反応してか、森の中から一匹のモンスターが姿を現した。白い毛皮、赤い目、長い耳、額には短いツノが存在し、俺の膝くらいまでの大きさであるそのモンスターは…
「最初の相手は、
長杖を両手で槍のように構え、相手の出方を窺う。HPのゲージは見えるし、きっとなんとかなる。
どうせ攻撃しにいっても当たらない、ダメージも出ない。だったら近接でやれることは、相手の動く先を予測すること! 大丈夫、隙を作って襲わせるのは剣道の授業で習った。去年。
「はぁっ!」
大きなウサギが恐ろしい速さで迫ってくる直前、思いっきり長杖を突き出す。そして、同時に全身に衝撃が響いた。
その衝突の結果を見て思った。これは酷い。
今の一撃で、減った相手のHPは1割以下。対して、俺のHPも1割強減少している。なんの補正も無しだと、何をどう考えても勝ち目がない。もう笑うしかないね。
だけどそれを補うためにここで出てくるのが【スキル】だ。【スキル】はいわゆる才能みたいなもので、装備していると魔法やアーツと呼ばれる技を使うことができるようになる。それらはMPを消費することによって発動され、自分に有利な結果を齎してくれること請け合いだ。
因みに魔法や技の増やし方は熟練度をあげることらしい。プレイヤーには見えないらしく、通知で知るしかないとのことだったけど。
「あっ」
長々と考え事をし過ぎていたようだった。腹部に衝撃を感じ視線を下げると、俺の腹部に大きなウサギが思いっきり衝突していた。そして、視界の端にあった自分のHPゲージが一瞬にして0になった。
暗転。
「なるほどね……ここがリスポーン地点か」
体感時間では数秒後、俺は初めてログインしたときに降り立った噴水前に戻ってきていた。まあ、一先ずは無事死亡ということで。俺の防御力は、金箔レベルみたいだ。
先ほどと違い観光の必要はないので、走ってあの森まで移動することにする。それでも非常に遅いのだが、そのあいだに再確認することがある。それはデスペナルティ、死んだ際の制限みたいなものだ。色々なネトゲにあるものでこの『Utopia Online』にも存在する。が、それはかなり軽いもので、死亡後30分間取得経験値半減というものだった。ついでにLv 10まではデスペナは存在しない。つまりは挑み放題ということだ。
「というわけでリベンジだ!」
戻ってきた森の入り口、そこで声をあげウサギが現れるのを待つ。今度試すのは【付与魔法】によるバフ・デバフ、そして【長杖術】の最初から使えるアーツ《吸撃》だ。アーツの方は、MP吸収+強めの攻撃らしいから期待している。
待つこと数秒、ガサリという音とともにレッサーラビットが再び現れた。HPは勿論満タン、やり甲斐があるね。
「《フルカース》!」
先手必勝。先ほどと同じように杖を構えつつ、魔法を発動させる。
文字の通り効果は弱化、対象は相手の基礎ステータス全て。1つに集中してない分効果は低いけど、どっちにしても直撃=死なのだから気にしない。残りのMPが一気に5まで減り、ウサギの動きが僅かに遅くなった。
「《吸撃》!」
多分この遅さなら当てられないことはない。そう判断して、アーツを放つ。残りのMPが4となり、動きの鈍ったウサギに突き出した杖が直撃した。
「お、結構いけそうじゃん」
キュッ、と小さな鳴き声をあげながらウサギが後退した。そのHPのゲージは今度は1割ほど削れており、俺のHPは削れていなかった。ついでにMPも9まで回復している。単純計算で後9回…アーツのクールタイムはあるけど、なんの問題もないね!
「《ディフェンスカース》!」
更に駄目押し。増えたMPを使い、ウサギの防御力を更に低下させる。同じステータスへの重ねがけは2回が限界だが、その分ダメージが上がるのは嬉しいことだ。本当に。
せいっ! と気合いを込め、追い討ちで2撃。杖を叩きつける攻撃で、ウサギのHPがもう1割ほど削れる。ここでアーツのクールタイムが終了した、意外に短いのは初期の初期アーツだからかな。
「《アタックエンハンス》《ラックエンハンス》そしてもう一丁《吸撃》!」
怯んで動きを止めているウサギに、もう一撃アーツを叩き込む。雀の涙以下の効果しかない攻撃強化と、きっと凄い効果のあるはずの幸運強化が相俟って、今度こそ2割方HPを削り飛ばす。
「残り6割…いけるいけrぬわっ!?」
相手の速度の弱体化が解除されたのか、今までの怒りを込めてかウサギがこちらに突進してきた。慌てて横っ跳びに回避するけれど、後一瞬でも遅れればまた死んでいた。
「《スピードカース》《ディフェンスカース》! そい! そい! 《吸撃》!」
今できる最高の弱体化を掛け直し、長杖で叩き更にアーツを叩き込む。ウサギのHPは残り1割、ここまで削っておいて死ぬなんてできない。
ウサギの突進を回避し、もう一度弱体化を掛け直す。その際に距離が開いてしまったけど、半分くらいは思惑通り! 足元に転がっていた石を数個拾い、ウサギに向き直る。
「そいや!」
考えてたことは、つまるところ石投げである。
1発、2発、3発……投擲スキルのお陰か、その全てがウサギに綺麗に命中した。そこ、相手が殆ど動いてないからとか言っちゃいけません。
そして手持ちの石を投げ切り、相手のHPがまだ残っているのを見て思わず舌打ちをしてしまう。
本当は投擲だけで倒しきりたかったのだが、投げることのできた石の少なさと威力の低さが合わさって、ほんの僅かに残ってしまった。
「これで、トドメ!」
仕方なく、唯一の武器である長杖を全力で投げつける。
若干回転しながら、けれど一直線に杖はウサギに向かって飛んでいき……見事僅かに残っていたHPを削りきった。
カシャンという儚い音を残して、ウサギは光の欠片となって消えていった。
「よし、勝った!」
投げつけた杖を拾った辺りでピロンという通知音が聞こえ、戦闘に勝利したことを改めて確認することができた。ウサギ……
でもまあ、極振りだって戦えないことはないじゃないか。運に全振りした俺ですらこうなのだから、きっと他の人だって――
そこまで考えたとき、ドンッと背中に衝撃が走った。
急激に減っていくHP。初戦闘に勝ったお陰で失念していたけれど、今俺の背後に存在するのは森。つまり……
「きゅっ」
「仇討ち……だと」
倒れてしまった状態で聞こえた声に、どうにか振り向く。俺を踏みつけこちらを見下しているのは案の定、第二の
戦闘中、モンスターの頭上には名前とHPのバーが表示されます。しかし詳しい数値は、専用のスキルやアイテムがない限り見れません。
レッサーラビット
初級モンスター。
少し攻撃的な、ただのデカイ兎。
一般的なプレイヤーなら、大体3発程度攻撃すれば倒すことができる。