「……」
目を覚ました龍燕は、自分が椅子に座っていることに気づいた。
龍燕は咄嗟に胸に手をやり触れた。自分にある記憶の最後は、心臓を貫かれながらも敵を倒し、その後自分も倒れて意識を失った。しかし貫かれたはずの胸には、傷の一つもなく、着ているものも埃の一つもなかった。
そして龍燕は思った。最後の記憶から、ここは死後の世界ではないか、と。
そこまで考え結論を出した時、隣にもう一人椅子に座る少年がいた。
「お前は誰だ?」
「……お前こそ誰だよ。てかここどこだよ」
少年は辺りを見渡す。すると声が聞こえた。
「佐藤和真さん、灼煉院龍燕さん、ようこそ死後の世界へ。あなた方はつい先程、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなた方の
真っ白な部屋の中で、突然に現れた青い髪の少女が二人に、唐突に告げる。龍燕はやはりそうかと、思わず頷いてしまった。佐藤和真と呼ばれた少年も覚えがあるようで俯いた。それから和真は口を開く。
「……一つだけ聞いても?」
「どうぞ?」
「……あの女の子は。……俺が突き飛ばした女の子は、生きてますか?」
「突き飛ばした?」
龍燕は和真の言葉に振り返り、復唱してしまった。すると青い髪の少女は笑いを堪えながら、笑顔で答える。
「生きてますよ?もっとも、足を骨折する大怪我は負いましたが」
その言葉に和真はホッとしていた。しかし龍燕は女の子の様子を見て妙に思った。なんか笑いを堪えている様だったからだ。
「お前の答える時の様子が妙だが、何かあったのか?そうだな……たとえば突き飛ばさなかったら怪我をしなかった、とか」
「えっ……?」
龍燕の例えに和真が驚いた顔で振り返る。少女は龍燕の例えに吹き出し、当たりよ当たり!と腹を抱えて思いっきり笑い始めた。
「……和真と言ったな?どういう状況で、その女の子を突き飛ばしたんだ?」
「えと……女の子がトラックに跳ねられそうになってて……それを突き飛ばして庇ったんだけど……」
「それは間違え。本当はトラクターよ」
「…………は?」
「トラクターとは?」
「畑を耕す機械よ。それが走っていたの。本当ならその女の子の前で止まったんだけどね」
さらに少女は笑う。
「え、じゃ何?俺はトラクターに耕されて死んだってこと?」
「……想像したくないな」
和真の言葉に龍燕は額に手を置く。
「いいえ、ショック死ですけど?トラックに轢かれたと勘違いをして、あなたショックで死んじゃったんですよ。私、長くこの仕事をしてるけれど、こんな死に方したのはあなたが初めてですよ?」
嘘だろと言葉を漏らしながら椅子から崩れ落ち、膝をつく和真。そして顔を上げた和真はビシッと龍燕を指差しながら言う。
「こいつは?こいつはどんな死に方をしたんだ?」
「そうですね。国を守って死にました、でいいのかな?戦いの最中に心臓を貫かれながらも、敵を倒した。でも龍燕も心臓を無くし、出血多量でだったから死んじゃったの。貴方よりも遥か、もう別次元の凄い死に方よ。多分ほかの人では真似できないわね。貴方のもある意味では……低次元過ぎて真似できないけど」
少女はさらに腹を抱えて笑った。
「あーえと、お前は誰なのかを聞きたいのだがいいかな?先程、長くこの仕事をしてる、と言っていたが名乗っていないぞ?」
龍燕の質問に、少女は言い忘れていたわねと笑いを落ち着かせた。
「私の名前はアクア。日本において、若くして死んだ人間を導く女神よ」
「日本において?初めて聞くがそれは国名か?」
龍燕は首をかしげながら聞くと、アクアははいと頷いた。
「あなたの国を担当していた女神は熱で寝込んでしまっているの。それで私が復帰するまで代行してるのよ」
「そうだったのか。それで閻魔でなく女神が俺たちの前に現れたのは、何か理由があるのか?」
「さすが読みが良いですね。そうです!あなた方、異世界で人生をやり直したくない?今なら能力でも武器でも、なんでも一つまでを選んで持って行けるわよ」
「身体や持ち物は生前のままか?」
「はい。死ぬ直前までの持ち物を持っていて、身に着けている姿で現れるわ。身体はもちろん健康体でね」
「
「ええと…うん、大丈夫。あなたのその神能は魂にしっかり刻まれているから」
そしてアクアは好きなのを選んで!と色々と書かれた紙束を二人の前にばらまいた。和真は凄いあると紙束を集
め、見比べ始める。
「もう一つ気になるんだが、言語などは大丈夫なのか?」
「それも大丈夫。あなた達の頭に強制的に習得させるから」
そうかと龍燕は頷いた。
「なら俺は特にいいかな。そのままでいい。武器は自分のがあるし、作れる。
「あなたみたいな人は初めてだわ、欲がない人ね。でも楽で凄く助かるわ」
紙束を見比べて今だ悩む和真にアクアはニヤリと笑う。
「……さっきから俺のことばかり笑いやがって」
「どれも同じよ、ちゃっちゃっと選びなさいよ。この後も後がつっかえていて忙しいのよ、だから早く決めちゃってね」
お菓子を食べながらアクアは言った。和真はそうかよと手に持っていた紙束を床に置き捨て、ゆっくりと立ち上
がる。
「あら、決まった?」
「……じゃあ、あんた」
ゆっくりと和真はアクアを指差して言う。龍燕は腕を組み、ほうと声を漏らしながら視線を和真からアクアへと移す。
「そう、じゃあ魔方陣から出ないように…………ん、今何て言ったの?」
「アクアを指名していたな」
アクアの問いに龍燕がサラッと答えると、魔方陣が三人のそれぞれの足元に大きく展開された。さらに翼の生えた人が宙に現れる。
「えっ……えっ……嘘でしょ?!女神を選ぶなんて……反則だから!無効でしょ?!こんなの無効よね?!」
涙目で翼の生えた人に訴えるアクア。しかし、翼の生えた人はにこりと笑い返しながら手を振る。
「行ってらっしゃいませ、アクア様。後の事はお任せを。無事魔王を倒された暁には、こちらに帰還するための迎えの者を送ります。それでは、あなた様のお仕事の引き継ぎはこのわたくしにお任せを」
「待って!私の話を聞いて!私は癒す力はあっても戦う力なんて無いんですけど!魔王討伐とか無理なんですけど!」
「きっと大丈夫ですよ。『強い方に』つけば。では皆さん、御武運をお祈りしています。魔王討伐の勇者候補者として、達成した暁には神々から贈り物を授けましょう。……さぁ旅立ちなさい勇者たち!」
先程からアクアが何か一人で怒鳴っているが、気にせず話は進み、アクアを含む三人は光に包まれた。