艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~ 作:海軍試験課所属カピバラ課長
目を覚ますとそこは雪国だった。
というなんとも文学的な始まりがあるわけでもなく、目を覚まして真っ先に見えたのは天井だった。
「えっと、陽炎にぶん殴られて気を失ったんだっけか」
体から滑り落ちた毛布を拾い上げて軽く畳む。ぼんやりと思考のギアが入らない頭をガシガシと乱暴に掻き毟ると勇は立ち上がった。見事に陽炎の拳は勇に
ベットサイドに設置されたサイドテーブルに視線をふとやると、小さなメモ用紙を見つけた。おそらく勇が目を覚ました時のための言伝だろう。
「なになに……『執務室に連絡を』か。榛名だな」
ハンガーにかけられていた上着を羽織って、サイドテーブルにあった通信機で内線を執務室へ。ずいぶんときっちりした文字の書かれていたメモを元に戻すと榛名が出るのを待つ。
《目が覚めましたか?》
「ああ。報告を」
《陽炎さんですが、ひとまず1日の謹慎処分にしました。後はあなたの方で処分を決めてください》
「ならそれでいい。俺から処分の追加はしない」
《甘いのですね》
「こっちにも落ち度はあった。陽炎にもな。だから1日の謹慎だ」
何も処分を下さなければ陽炎が鎮守府で浮いてしまう。だから軽めでもいいので何かしらの処分を陽炎に下す必要があった。
そういったことも鑑みて勇は榛名が陽炎に対して出した謹慎処分に乗っかってしまうことにしたのだ。甘いと言われようとも、そこまで重い処罰を陽炎に課すつもりはなかった。
「で、だ。不知火は今、出撃のシフトだよな」
《そうですね》
「俺が鎮守府内をうろつく時はどうすりゃいいんだ?」
《どこに行くか宣言していただければ。寄り道をしないと確約してもらう必要はありますが》
「ちなみに破った場合は?」
《身の安全は保障しかねます》
勇が肩をすくめる。なかなかどうして物騒だ。この間の会食で少しはいい関係を築けたのではと思っていたが、思ったとおりにはいかないということだろう。
「じゃあ、行く先を言っておくぞ」
《どうぞ》
「工廠だ」
《……そうですか。まあ、ご勝手に》
言ってから動けといいながらずいぶんな扱いだ。榛名としては勇の動きを常に掴んでおきたいので、場所さえ知ってしまえばあとは何を勇がしようがどうでもいいのだろう。
またしても通信回線を一方的に切られ、勇がじっと通信機を見つめた。榛名は一番の壁かもしれない。榛名は勇の行動を否定していない。むしろ肯定的に捉えている節がある。だが榛名自身が勇の行動を受け入れようとしないのだ。
「まだまだやらなきゃなんねえことだらけだ」
そうぼやきながら勇は廊下に出ると工廠への道を突き進む。少しばかり焦りすぎているかもしれない。今日に風呂掃除を片付けてすぐに行動だ。いくらなんでも迅速すぎる。
それでも勇は少しでも早くこの状態をよい方向に持って行きたかった。
道ですれ違う艦娘に笑顔はない。いつも疲れた表情でどんよりとした空気を身に纏っている。食堂に弾んだ会話はない。浴室で黄色い声が聞こえてくることもない。ひそひそと噂をするような話がところどころで聞こえるだけだ。
これは軍隊だ。笑顔なんて溢れる場所じゃないし、正常に任務が果たされている状況さえ作れてしまえばそれで勇のすべきことは完了だろう。
だがあまりにそれでは寂しすぎるじゃないか。
艦娘は兵器だ。それでも見た目は女の子で、心もちゃんとある。そんな娘たちが辛気臭い顔でルーチンワークのようにレーションを食べ、出撃して寝る。そんなことは見ていられなかったのだ。
「ああ、そうだ。すべて俺の独善だよ。独りよがりな発想でやってることだ」
なにもかもがただの感情論だ。こんな現状が嫌だからという感情で動いている勇は軍人失格だろう。
それでも軍人だからを免罪符にしたくはない。それを免罪符に掲げて無茶を強いるような真似だけはしたくなかった。
それで鎮守府の建て直しなどできるのかと言われるかもしれない。だが、建て直しさえできればいいのであって手段は強制されていない。大本営の上層部としては戦果さえきっちりと出してくれればそれでいいのだから。
「さて、到着したわけだが……」
ずっしりとした工廠の扉を重々しく開く。すぐに目に飛び込んできたのは、最後に見た時と同じ古くなったり壊れたりした装備の山だった。
やっぱりこれを片付けることからか、と内心で勇がぼやいた。よくもまあ、散らかしに散らかしたりといった感じだ。
手を切ったりしないように気をつけながら積もっている装備の山をどかして工廠の奥へ。安全管理はこんなでもちゃんとしているのか装備には弾や燃料が入っていない。使われていない装備という意味では当然かもしれないが。
「これの整理も一苦労だな」
辛うじて建造ドッグと開発用の施設が使えるだけで、それ以外はガラクタのような装備で大量に埋もれてしまっていた。廃棄するものは思い切りよく捨ててしまった方がいいだろう。
「ん? なんだあれ?」
ゴタゴタとした山の向こう側に工廠の出入口とは違うドアがあるのだ。しかもよく見ると装備の山の間に人が1人分、ギリギリで通れるか通れないかくらいの狭さで道がある。
あのドアの先にはなにがあるのか、確認せずにはいられない。入り組んだ細い、道とも言えないような道を進んでいく。
「狭いな……野郎にはきつい道だ」
気をつけないと肩を引っかけてしまいそうだ。引っかけて山が崩れ、生き埋めにされましたでは洒落にならない。
ゆっくりと周囲に気を配りながら装備の山にある隙間をなんとかくぐり抜けてようやく謎のドアの前に出た。押し戸なのでドアの周りすらゴチャゴチャと散らかっている。だがそれでも足の踏み場がない、というほどではない。ここまで来れば、人ひとりが息をつく程度のスペースはあった。
ノックするべきか迷った。だが耳を澄ますと部屋の中から声のようなものが聞こえてくる。
「誰かいる……?」
もう一度、ドアに耳を貼り付けるとやはり声がする。聞き違いではなさそうだ。意を決して右手を上げるとノックした。
「ふわーい」
どこかとろん、とした声で返答があった。入ってもいいという許可が下りたと判断して勇はドアをぐっと押し開けた。
「ありぇー? どちらしゃまでしゅかぁー?」
「……よっぱらい?」
「よっぱらいじゃないでしゅー。
ピンク色の髪を振り乱し、着衣もいろいろ乱れている。そしてその手にはグラスと一升瓶が握られていた。部屋もかなり酒臭い。立ち上がって勇を迎えようとしたのだろうが、千鳥足で見ているこっちがハラハラさせられる。
「で、あなたはどちらしゃまでしゅかぁ?」
「竹花勇。ここの司令につい先日、着任した」
「ああー。しょういえば新しい人が来たって聞いたようなー、そうじゃないようなー。ようこしょ、明石の工廠へー」
「立つな、立つな。危なっかしい。いいから座っとけ。というかここは……」
「ここは工廠の仮眠室でしゅー。でもぉー、基本的に私が占拠しちゃってるんでぇ、私の部屋、みたいな? あははははー」
ぐるっと見渡してみると仮眠室と言いながらも小さな家のようだ。勇の部屋と同じような作りで、トイレやシャワールームがあり、食べ物さえあれば生活することくらいはできそうだ。
という現実逃避じみた思考に勇はシフトさせた。そうでもしないと部屋の床を埋め尽くすように散らかる脱ぎ散らかした服やら下着やらが目の毒だった。
「なるほど。工廠の開発が滞っていたのはこういうわけか……」
「開発でしゅかぁ? あ、じゃあやりましゅ!」
「いや、いい。とにかく酔いを醒ましてくれ」
頭を抱えながら明石を介抱。とりあえず手に持っている一升瓶を取り上げて、グラスに水を注ぐ。冷水を飲んで明石も少しは頭がすっきりとしたのか、とろんとした目つきは幾分かマシになった。
「すぐとは言わねえけど、酔いが醒めたらこっから出てきてくれ。それで開発計画をーーーー」
「イヤです」
「えっ? だ、だが開発するのが工作艦だろ?」
「ここでも開発はできますもん。だからここからは出ません」
「けれど仕事があるだろ?」
「私の仕事は工廠でするものだから、ここから出る必要性を感じないんですもん」
プイっと明石がそっぽを向いた。まだ酔いは残っているのだろうが、言っていることに一貫性はある。
「どうしても嫌なのか?」
「はい。出たくないです」
頑として明石は出ようとしない。これでは完全な引きこもりだ。明石はベットの支柱に腕を回すと絶対に出てなるものかという意思を表明していた。
「どうして出たくないんだよ」
「……私は外が怖いんです。だからここ、に…………」
「お、おい。明石?」
急に語尾が途切れた。訝しんでいると明石はばったりと倒れ込み、そしてすぐにすやすやと寝息を立て始めた。
「寝ちまったよ……」
やれやれと勇は思いながらベットの上でクシャクシャになっていた毛布を広げて明石にふわりとかけた。艦娘とはいえ風邪をひいたら大変だ。この様子だとまた出直した方がいいだろう。
「どんな顔でみなさんに会えば…………」
「明石?」
むにゃむにゃと明石が寝返りを打つ。ぐっすりと眠っていることは確認しなくてもわかっていた。つまりこれは寝言だ。
だから明石の目を濡らしていたものは見なかったことにした。
酔っ払い明石さん、登場!
書いててひどいなーこれ、って思いましたね、ええ。でも酔ってる艦娘ってよくないと思いません? こう、いつもきちっとしてる子がベロンベロンになって甘えてくるとか破壊力があると思うし、それだけじゃなくて(以下略
次回も新キャラが登場する予定です。それでは!