艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~ 作:海軍試験課所属カピバラ課長
わいわいと食堂で艦娘たちが賑やかに食事をして盛り上がっている中で、勇はこっそりと食堂を抜け出した。たった一人、勇と間宮が用意した食事にいっさい手をつけずに食堂を後にした艦娘を追いかけるためだ。
「お前は食ってかないのか、榛名」
「……わざわざ追いかけてきたのですね。そのままあの中にいればいいじゃないですか。みなさんが喜ぶ姿を作ったのはまぎれもなくあなたなのですから、その賞賛も歓声もあなたが受けるべきでしょう」
「気に食わないならはっきり言ったらどうだ?」
「別に気に食わないことはありません。シフト表を見させていただきましたが、ちゃんと私たちにとって大きすぎる負担にならないよう組まれたものでしたし、出撃などの艦隊行動に支障を来すようなものには思えませんでした。仕入れのルートもしっかりとしたものでしたし、金額についても今までの経費内で十分に収まりきるものだと判断できます。ならば私が文句をつける理由はありません」
「えらくあっさりしてるな」
正直に言うと、勇は驚いていた。もっと榛名は何か言ってくるのではと思っていたからだ。現行の体制から方向転換することに関して、最小限に抑えたがまったく弊害がないわけではない。
それでも榛名は何も言わなかった。勇の提示したものをあっさりと受け入れたのだ。
「話はもう終わりですか?」
「あ、ああ」
「ならば結構です。後日、今回の仕入れルートの契約を正式なものに変更するので契約書の作成をお願いします。あと食堂のシフト表を提出してください。今後はそのシフト表との兼ね合いで出撃、遠征、哨戒などの任務シフトを決めていかなくてはいけませんので」
「お前はそれでいいんだな?」
「問題がないのなら榛名に文句を言う理由があるでしょうか。みなさんが笑顔で、鎮守府運営にも支障を来たしていない。それなのになにがいけないというんです? それともあなたは榛名に否定してほしかったんですか?」
「そんなつもりじゃなかったんだがな」
「ならもう用事はないでしょう。榛名は執務室に戻らせてもらいます」
もう勇に一瞥もくれることなく榛名が廊下の角を曲がって消えていった。たった一人で残された勇はどうすることもできずに立ち尽くした。
「俺はお前にも食ってほしかったんだよ、榛名」
不知火だけじゃない。榛名にも食べてもらいたかった。あわよくば笑ってほしいとも思っていた。だがそう簡単にはいかないらしい。これでうまくいけば、榛名から鎮守府の運営権を取り戻せるのではと思っていたのもある。
だがなにより、榛名も先代の提督のせいで傷ついた艦娘であることに違いはないはずなのだ。ならば榛名だってあんな辛気臭い顔ではない、ちゃんとした笑顔ができるはず。
けれど勇のつぶやきは榛名に届かない。それぐらいまでに両者の距離は遠かった。
「司令、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。不知火、食堂はどうだ?」
「好評ですよ。ですが人手が足りないですね。なにせ残っている鎮守府の艦娘が殺到しているので」
「お、ならちょっと間宮のヘルプに入るとするか」
作ることはそこまで得意でなくとも、皿によそうことくらいなら簡単だ。さんざん間宮にも協力してもらっているわけだし、これからもこの鎮守府の台所をお願いするのだ。このイベントを企画した者として、せめて今回だけでも協力したい。
「なあ、不知火」
「なにかご用でしょうか、司令」
「……いや、なんでもない」
「そうですか」
「ああ。じゃあ食堂に戻るか」
「了解です」
不知火が数歩ほど前を歩く。その後ろを追いかけるように歩いて食堂に向かう勇がふと足を止めた。
「ありがとな」
「どうしましたか、司令? お礼なんて」
「いろいろだよ」
「……?」
「ほら、行こうぜ」
「は、はい」
なかなか表情筋が動かない不知火が一瞬、わけがわからないといった様子で首を傾げていた。不知火の止まっている間に勇が追い越して、ようやく起動して歩き始めたくらいだ。
不知火は何にお礼を言われたのかわからなかっただろう。けれど勇にはお礼を言うだけの十分すぎる理由があった。
もし、あの時に不知火がいちばん最初にコロッケを食べに来てくれなかったら勇の計画は失敗していただろう。事実、勇はこの計画で一番の難所は艦娘が出てきてくれるかどうかだと考えていた。
それだけではない。迷っていた勇が偽善の押し付けと罵られようとも、食堂を変えたいと考えるきっかけを与えてくれたのも不知火だったのだから。
おそらく不知火は勇の背中を押したり、助けたりしていたことなんて気づいていなかったし、自覚すらしていないだろう。
それでも勇は不知火に感謝せずにはいられなかった。
お礼といってもこのくらいのことしかできない。だからせめて言葉くらいは、と思って言った。ただそれだけのことだ。
「さて、いっちょ働くか!」
勇が食堂のドアを大きく開け放った。いっせいに勇へと集まった視線は、少しばかり和らいだようだった。
「間宮、なにをやればいい? 指示を出してくれ」
「え? で、でも……」
「俺がやりたいんだ。ほら」
「じゃあ、ご飯をカレー皿によそってもらえますか? この人数だとひとりじゃ大変で……」
「おうよ。悪いな、駆り出しちまって」
「いえ! おいしいって喜んで食べてくれる人がいるならこんなにやりがいのある仕事場はありませんよ!」
忙しく間宮がカレーのルーを盛り付けながら笑った。若干の申し訳なさと頼もしさを感じながら、勇も腕まくりをして炊飯器の隣に置いてあるしゃもじを握りしめた。
「食堂は大盛況ですね」
たった一人、榛名が執務室でペンを走らせながらぽつりとつぶやく。
「別にいいんですよ、私は。みなさんが笑っていられるのはとってもいいことですし、反対するようなこともなかったですから」
勇が提案してしたシフト表に問題があったりすれば、榛名はすぐに異議を唱えるつもりだった。だが鎮守府運営に影響しないようにして、そして艦娘以外の人間をこれ以上は入れないという前提をきっちりと守り、上層部に経費を上げてもらう申し立てをしなくても済むように現状の経費内で抑えきれる金額にしてから勇は食堂の改造計画を実行した。
それだけではない。既に組まれている出撃などのシフトに被らないように、つまり榛名にすら負担がふえないように組まれたシフト表を勇は提出してきている。
このどこに榛名が異論を挟む余地があるというのだろうか。
だから榛名は口をつぐむことで、新しい形で食堂が動くことを榛名は認めたのだ。
けれど食堂を利用するかしないかは自由だ。そして榛名は今後も食堂で間宮が作る料理を食べるつもりはまったくなかった。
「使えないですよ。食堂を利用することなんて榛名にはできません」
脳裏に浮かんだのは最初にコロッケを食べた不知火。そしてその後に続いてカレーやコロッケ、サラダなどを食べながら笑顔をこぼした艦娘たち。
みんながみんな、とてもおいしそうに頬張っていた。満面の笑みを浮かべるものもあれば、眉尻を下げて微笑むものもいた。
全員が幸せそうにご飯を食べていた。
「榛名にあの輪へ入る資格なんてありませんから」
ひたすら資料に目を通してはペンを走らせる。勇にサインさせるだけの状態になるまで書類を作り上げては隣に置いてを繰り返していくと、すぐに山のような書類の束ができあがった。
資材は必ず一定量の貯蓄を。補給と修理は忘れずに。これらを絶やさないようにするため、遠征などで資材を供給させ続ければいい。
あとは鎮守府を守るために出撃をして戦果を稼ぎ、この鎮守府があることの有用性を大本営に認めさせておくこと。その過程で艦娘を沈ませるようなことは絶対に起こさないこと。
「誰も沈ませません。もう、絶対に……」
動かしていたペンを榛名は止めた。執務室の引き出しに入っている残り少ないファンデーションの表面を撫でた。
「榛名は……大丈夫、です」
それがみんなとの約束なんだから。
前回に文字数ではっちゃけすぎたので今回はすこし抑え気味です。
ぶっちゃけキリのいいところまで書いたら思ったより行かなかったというのがあるんですけども。
そして話がいったん落ち着くところまで行ったので更新ペースを落とさせていただきます。やっぱり隔日更新は辛かったよ……
とりあえずですが最低でも週一ペースは維持したいと考えています。更新時間は正午固定で。
細々とかもしれませんがやっていきます。どれくらいまで続くかはわかりませんが、よろしくお願いします!