艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第4話 独善のホイッスル

 

 やることができた。それだけのことで勇は一気に忙しくなった。

 

「不知火、入手できたか?」

 

「はい、こちらに」

 

「ありがとう。そこに置いといてくれ」

 

「わかりました」

 

 どさっと不知火の腕にあったファイルが勇に与えられている部屋の机に置かれた。勇はそれらを見ながら、メモ用紙にペンを走らせていく。

 

「榛名さんが本日分のサインをしてほしい書類はいつごろに終わるかと聞かれましたが」

 

「そこにある。全部に俺の印鑑とサインを記入済みだ」

 

「持っていきます」

 

「すまん、頼む」

 

 不知火に働きすぎてもらっている。この仕事を最後に休ませた方がいいかもしれないと思考の片隅で考えながら、艦娘の名前を次々と書き込んでいく。そしてメモを参考にPCのエクセルへ出力。

 

「おっとそろそろ時間だな」

 

 時計に目をやると約束の時刻になる数分前だ。部屋に備え付けの受話器をとって番号を打ち込むとコールをかける。事前にアポイントメントは取ってある。絶対に出てくれるはずだ。

 

《やあ、竹花中佐》

 

「本日はお時間を割いていただきありがとうございます、仙谷少将」

 

《君から電話ということは何か問題が起きたか?》

 

「少将どののお力を借りたいのです。鎮守府の再興に必要なことです」

 

《聞かせてもらおう》

 

 勇は仙谷少将に自らのお願いを告げていく。これが成功しなければ全てが無駄になってしまう。だが勇が説明を終えた時に仙谷少将がしばし無言になってしまった。

 

「難しい、でしょうか?」

 

《それは必要なことなのかね?》

 

「この鎮守府を見た上で自分はそう判断しています」

 

《……事情はわかった。その件はなんとかしてみよう》

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

《構わん。鎮守府の再興に必要であると君が判断したのだろう? 私の力が及ぶ範囲内なら尽力する》

 

「ご協力、感謝いたします」

 

《3日以内に手配しよう。それでいいかね?》

 

 3日とは。そこまで早く用意してくれるとは思わなかった。嬉しいことではあるが誤算ではある。それだけ勇は急いで今やっていることを完成させなければ行けなくなったのだから。

 

「十分すぎるくらいです」

 

《そうか。用件はこれだけかね?》

 

「以上です。貴重なお時間をいただきありがとうございました」

 

《構わないと言った。では健闘を祈る》

 

 受話器から通話が切れたツーツー、という音が鳴ってからようやく勇は詰めていた息を吐いた。上官と話すことはどうも肩肘を張ってしまって気疲れする。

 

「さて、あとは仕上げだ」

 

 仙谷少将に約束を取り付けることはできた。もうあと一歩、勇が作っているものさえ完成すればいい。せっかくここまで形にできたのだ。完璧な形で実現させたい。

 

「司令、次のご命令を」

 

「待機だ。十分すぎるくらい働いてくれたよ、不知火は。だから休め」

 

「待機命令、了解しました」

 

「いいか、休めよ? 寝るなりして体を休めるんだ」

 

「わかりました」

 

 不知火が部屋を出ようとする。だがふと勇は不知火を引き止めたくなった。

 

「不知火、一つ聞いていいか?」

 

「なんなりと」

 

「非番の日は何をやってるんだ? お前だけじゃなくて艦娘は」

 

「だいたいは部屋で寝ています」

 

「本を読んだり外に出たりしないのか?」

 

「しません。本は戦術書くらいしかありませんし、外出許可は取れません」

 

「じゃあどうやってこの長いシフト外の時間を潰してるんだ」

 

 不知火が持って来たファイルーーーー1週間のシフト表が書き込まれているーーーーには艦娘一人当たりに1週間で3日前後の休みが与えられていた。その時間をどうしているのか勇は気になったのだ。

 

「寝ています。それくらいしかやることがないので」

 

「それ以外は無しか」

 

「はい。もうよろしいでしょうか」

 

「ああ。引き止めて悪かったな」

 

 不知火が部屋から完全に出て言ってから、廊下を歩く足音が聞こえなくなるまで待ち続ける。こうでもしないと不知火は待機と言って廊下で待ち続けてしまう。

 

「俺は俺の仕事をするか」

 

 勇の仕事は佐世保第三鎮守府の再興。そのためにここに送り込まれているのだ。

 

 勝負をかけるのは3日後。仙谷少将に依頼していたことが完了するその日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその日は来た。

 

 基地内無線で不知火を呼び出すと勇は食堂に向かう。バクバクと勇の心臓が唸りをあげる。これからやることはこの鎮守府で勇が行う最初の改革だ。すでに榛名に言って全員に集合することになっている。もう鎮守府の艦娘が哨戒と遠征組をのぞいて揃っているはずだ。

 

「不知火、鎮守府の正面に荷物は来てるか?」

 

「はい。先ほど到着していました」

 

「よし。ならいい」

 

 すべては段取り通りに進んでいる。先ほど部屋に電話がかかってきていたが、これも手はず通りだ。

 

「吉と出るか凶と出るか……」

 

 やれることは全てやった。あとは勇がどれだけ粘れるかだ。

 大きく食堂の扉を開け放つ。突き刺さるような視線に混ざる感情は『不審感』に『苛立ち』、『敵意』と好意的なものは感じられない。怯みそうになるがぐっとこらえて正面を向いた。

 

 自分はここのトップなんだ。トップがうつむいていてどうする。もっと堂々としておけ。だから絶対に気圧されるな。

 

「ちょっと!」

 

「……なんだ」

 

 赤みのかかった茶髪をリボンで括った少女が勇の行く手を遮った。脇に避けて進もうとしても少女は手を伸ばして勇を押しとどめる。

 

「あなたが一応、司令官よね?」

 

「そうだが……名前は?」

 

「使う兵器の名前くらい把握しておいて欲しいものね。陽炎型駆逐艦一番艦の陽炎よ。そこの不知火の姉」

 

「陽炎か。いつも不知火には世話になっている」

 

「そりゃそうよ。もったいないわ、あなたになんか」

 

 憎々しげに陽炎が勇を睨む。前だったら後ずさりくらいはしていたかもしれないが、不知火の眼光よりは鋭くない。おかげでなんとかふんばることもできた。

 

「何か用か? 後にして欲しいんだが」

 

「無理。あのね、いきなりやって来て司令官ヅラするのやめてくれる?」

 

「司令官ヅラじゃなくて司令官だ。正式に着任している」

 

「あ、そ。じゃあはっきり言うわ。お飾りさんは引っ込んでて」

 

 陽炎の『お飾り』発言に艦娘たちの中から小さな忍び笑いが起きる。勇は榛名が回す書類にサインしているだけというのは周知の事実らしい。

 

 確かに勇はお飾りだ。鎮守府に来て何かをやれたかと言ったら何もできていない。完全に榛名の言う通りに動くだけの傀儡だった。

 

 そう、今までは。

 

「陽炎、俺はお飾りだった。だがもう違う。今からそれを証明する」

 

「だーかーら、話を聞いてた? 何もすんなって言ってんの。目障り。時間の無駄よ」

 

「どのみち使う予定のない時間を無駄、ねえ」

 

「……何が言いたいのよ」

 

「いや。ただここには娯楽がない。事実、非番の日にお前たちは部屋でやることがなくて暇を持て余しているそうじゃないか」

 

「まるで怠け者みたいに言ってくれるじゃない」

 

「寝ているだけなら同じようなものだろ。違うか?」

 

 ぐっと陽炎が言葉に詰まる。図星を突かれたのだ。陽炎だけに限らず、シフト外で時間を持て余している艦娘は多い。

 

「俺もまだ形だけとはいえここの司令長官なんでな。艦娘のシフト表くらいは閲覧する権限がある」

 

「私たちをこき使おうっての? そっちの都合で」

「そうだな。確かに俺の都合だ。だが空いてる時間を少しばかりもらうだけだ」

 

「それがいいって私たちが言うと本気で思ってるの?」

 

「言わせてみせるさ」

 

「話にならないわね」

 

 陽炎が鼻で笑った。言うことを聞くつもりはない、という姿勢をはっきりと態度で示してくる。

 けれどそれだっていい。勇は陽炎を完全に納得させる必要なんてないのだ。

 

「陽炎、見てろよ。俺はやるぜ」

 

 きっぱりと宣言して勇が陽炎に背を向け、設置された台の上へ。近いようで遠いそれに登ってしまえばもう引き返すことはできない。

 

 だが。

 

 そんなのは知ったことじゃない。俺は何のために食堂で艦娘に集まるよう依頼したんだ。

 

 進め。臆するな。正しいことなんてわからない。だから己の信じるものを貫け。

 

 心臓がとんでもないスピードで脈のビートを刻む。軍服の下で背中に汗が幾条もつつー、と伝った。

 いやに周りの音が鮮明に聞こえてくる。艦娘がひそひそと話す声、風が食堂の窓をガタガタと揺らす音。

 

 そして背後で思いっきり踏み込んだ足音。

 

「バカにして……ふっざけるなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 それは陽炎の発した音だった。床がビリビリと振動するくらい、力強い踏み込み。同時に陽炎の右拳が勇へと繰り出された。

 勇は今、陽炎に背を向けてしまっている。避けられるはずがない。

 

 だが、陽炎の拳が勇に当たることはなかった。

 

「……っ! 不知火! なんで止めるのよ!」

 

「不知火の任務は司令の護衛ですから」

 

 陽炎の振り抜いた拳を、勇の間に割って入った不知火が止めていたからだ。

 

「陽炎さん、引いてください」

 

 整列している艦娘の先頭にいる榛名がまったく視線を勇たちのいるところへやることなく、制止をかける。

 

「榛名さん……でもっ!」

 

「引いてください」

 

「…………わかり、ました」

 

 明らかに陽炎は不承不承だ。それでも榛名が静かに言葉を繰り返しただけで引いた。

 ワンテンポ遅れて陽炎の方に振り返ると、その両目はきつくつり上がって勇を睨みつけているのだった。

 

「調子に乗るなよ、()()

 

「保証はしかねるな」

 

 もう1度、陽炎に背を向けて台の上へ。思わぬハプニングはあった。だがこれは前座にすぎない。ここでつまづいて、止まるわけにはいかない。

 

 調子に乗ったとしても、成し遂げたいことがあるのだから。 

 





少しずつお気に入りやUAが増えてくれて嬉しいです。少しでも多くの人が楽しいと思っていただければ作者冥利に尽きるので。
次回も2日後の正午に更新予定です。しばらく、というよりこの食堂改革編が終わるまではこのペースで行きたいと思っています。

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