艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第34話 されど災厄は来訪す

「お姉ちゃんと呼びなさい」

 

「いきなり来たと思ったら何を言い出すんだ、陽炎」

 

 唐突に執務室に乗り込んできた陽炎が開口一番にそんなことを言った。何が目的なのかまったくわからない。というかそもそもノックくらいしろという当然のツッコミすら挟む余地も与えられないくらい間髪いれずに陽炎は言い放ったのだ。

 

「真面目に状況が読めねえ。えっと、マジでなにするために来たのお前?」

 

「だから言ったでしょ! 私をお姉ちゃんと呼びなさい!」

 

「その結論に至る過程がわからないから聞いているんだけどな? なんとかしてくれ、不知火」

 

「無駄ですよ。こうなったら陽炎は止まりませんから」

 

 書類から目も上げずに不知火が応答する。さすがは姉妹と言うべきか、性格の把握はばっちりらしい。まあ、把握したところでどうにかできるようなものではないのだが。

 

「なあ、そういわずになんとかできないか」

 

「無理なものは無理です。陽炎は頑固ですから」

 

「ねえ、私を置いてきぼりにして勝手に私の評価を下げるのやめてくれない?」

 

 陽炎を完全に放置して話を進め始めた勇と不知火に忘れるなと陽炎が暗に釘を刺す。仕方なく勇と不知火がようやく書類から視線を上げた。

 

「休憩時間を割いてやるよ。で、陽炎。どういうつもりだ?」

 

「どうもこうもさ、不知火と司令は結婚したんでしょ。それで不知火は私の妹。つまり司令は私の弟です」

 

 なので、と前置き。そしてくわっ! と陽炎が目を見開く。

 

「司令は陽炎型の姉妹へ仲間入りを果たしました。つまり姉である私をお姉ちゃんと呼びなさい!」

 

「不知火」

 

「不知火に投げないでください……」

 

 だが仕方ないというものだ。仕事中にいきなり執務室に陽炎が飛び込んできたかと思えば内容はこんなもの。困惑するなという方が無理な注文だ。

 

「というかそもそもカッコカリだからな?」

 

「それでも結婚でしょうが! 人の妹に手を出して! 私に挨拶のひとつもなしってどういうことよ!」

 

「陽炎、別に本人の承諾があれば問題ないのでは?」

 

「ある! 具体的には私を蚊帳の外に置いたこととか!」

 

「ただいじけてるだけじゃねえか……」

 

 本格的にめんどくさくなってきた。初めの頃に受けた反骨精神の塊だった陽炎はいったいどこへいってしまったのだろうか。もはや跡形もなく雲散霧消してしまっている。

 

「そもそもいつの間に結婚したのよ。私は全然、知らされてなかったんだけど!」

 

「別に宣伝するようなものでもないしなあ」

 

「せめて身内には言いなさいよ! 結婚よ、結婚!」

 

「だからカッコカリだ」

「だからカッコカリですよ」

 

「あー、もう!」

 

 息のあった勇と不知火の返答に、がしがしがしーっと陽炎が頭を掻き毟る。その姿を見て不知火が首を傾げ、勇が胡乱げに目を細める。ついに陽炎が肩をがっくりと落とした。

 

「話が通じないっていうかなんていうか……本当に似たもの同士だわ、司令も不知火も」

 

「どこがだよ……お前の方がはるかに話が通じてねえぞ」

 

 そうため息をつかざるを得ない。いきなり執務室にやってきてお姉ちゃんと呼びなさいはとんでもなくぶっ飛んでいると言う以外にないだろう。

 

「なーにが『カッコカリだ』よ。この前、不知火は朝帰りしたくせに……」

 

「あっ、あれは仕事が長引いたからです!」

 

「あー、はいはい。そういうことにしといてあげるわ」

 

 不知火の言葉が激しくなる。陽炎はそんな不知火に取り合わず、適当に流した。

 

 旗色が悪い。そろそろうまく話題転換を図ったほうがいいだろう。そう判断した勇は咳払いをひとつした。

 

「陽炎、お前のことを姉呼びする件はいつかな。いつかだ。前向きに検討しておく」

 

「それ絶対に言わないヤツよね?」

 

 陽炎が疑わしげに勇を睨む。たいていの場合、前向きに検討しておくという言葉は遠回りの拒絶だ。

 

「司令、そろそろ……」

 

「休憩おわり、だな。そら、陽炎。帰った帰った」

 

「……絶対にいつか言わせてやる」

 

「怖ええな、おい」

 

 なんとなく脅迫じみているというか、一周回ってストーカーじみている。いや、さすがに陽炎がそこまでするとは思えないが。

 

「ほら、そろそろ戻れ……っ!」

 

「っ!」

 

「警報ッ……?」

 

 陽炎がおちゃらけた雰囲気を剥ぎ取りながら警戒の色を露わにする。不知火が秘書艦席から立ち上がりつつ、叫んだ。

 

「まだ待てよ。すぐに情報が来るはずだ」

 

 警報が鳴ったということはまさに深海棲艦が接近中。すぐに迎撃用の艦隊を編成して出撃させ、空母が鎮守府を爆撃できる範囲に近づかせないようにしなくてはいけない。

 

 だが少しだけ待った方がいいこともある。

 

「司令、敵艦隊の情報が来ました」

 

 不知火が勇に報告する。勇はこれを待っていた。

 

 こちらに襲撃してくる場合は敵の編成が事前にある程度ならわかるのだ。確実性があるものではないが、それでも一部わかるだけでもありがたい。どの艦娘をどれくらいの編成規模で送り込むべきかの基準にもなるからだ。

 

 さっと勇が情報を総覧する。どれくらいを出すべきか。そんなことを考えて。

 

 そしてその考えが甘いことを痛感させられた。

 

「冗談だろ!?」

 

「どうしたのよ?」

 

「陽炎、不知火。出撃準備だ。あとは霧島も呼ぶ」

 

「……うちが現状で出せる練度がトップクラスの艦娘ね。そこまで?」

 

 無言で勇が陽炎に紙を差し出す。受け取った紙面に目を通していく陽炎が目を剥いた。

 

「戦艦棲姫? 姫級って冗談でしょ?」

 

「だから出せる最大の戦力をぶち込む」

 

「そうじゃなくて、どうしてこんなヤツがここに攻めてくるかって言ってんのよ!」

 

 陽炎が語尾を荒げる。それも敵の強さを知っているからこそだ。

 

 勇も直接、戦闘することになるのは初めてだ。だが、噂だけならば聞いたことがある。

 

 いわく、戦艦クラスの艦娘の装甲すら易々と貫いてみせる高火力。そしていくら砲撃されても倒れない耐久力。その2つを兼ね備えた化け物だと言う。

 

「放送で霧島さんに出撃準備をするため格納庫へ向かうよう伝えます」

 

「そうしてくれ、不知火」

 

 戦力の温存など考えている余裕はない。下手を打てば艦隊が全滅することだってないとは言い切れない。沈めるなり、それが難しいならお帰り願うなりしなくてはならないだろう。

 

 不知火が放送を入れて数分も経たないうちに執務室のドアがノックされる。入れ、という旨のことを言って入室を促した。このタイミングで来る人物は霧島くらいしか想像がつかない。

 

 だが、入ってきたのは霧島ではなかった。

 

「お久しぶりですね」

 

「榛名……? どうしてここに?」

 

「かなり強敵が来ているんじゃないですか? さっき霧島を呼ぶ放送で不知火さんの声が切羽詰まっていたのでそんな気がしたのですけれど」

 

 当たりも当たり、大当たりだった。確かに普段から声に感情が出にくい不知火から焦りの様子が窺われれば、事態の深刻さは察せるだろう。

 

「榛名を出すように意見具申します」

 

「は……?」

 

「榛名を出してください、と言いました」

 

 言いたいことはわかっている。意見具申の意味がわからないわけでもなし、その内容ももちろん把握できていた。

 

「だが……」

 

「勘違いしないでください。別に自殺するつもりで出撃したい、と言っているわけではありませんから」

 

「ならどういう意図だ?」

 

「謹慎のおかげでわかったことがあるんです。どうして榛名は身を削ってまでこの鎮守府を支えようとしたのか」

 

 榛名は勇によって謹慎処分を下されていた。それが吉と出たのか凶と出たのか。それがわからないままに勇は榛名の答えを促す。

 

「榛名は、この佐世保第三鎮守府が好きなんです」

 

 柔らかく榛名が微笑む。それはすべてを抱擁するような笑み。

 

「確かに大変だった時もありました。苦しかったこともありました。でも、榛名はここで楽しかった時があることを知っています。ここがあったからこそ榛名は感情をもらいました。ここがあったからこそ、榛名は榛名に足りえたんです」

 

 だから。

 

「榛名はここを守りたい。なので榛名を出してください」

 

 榛名が頭を下げる。勇が半ば呆然としながらその濡れ羽色の髪を見つめる。

 

 榛名の練度は知っている。もともと先代の頃からいた艦娘というだけあって練度の高さは相当という言葉では言い表せない。加えて戦闘経験も豊富で、戦艦という艦種である榛名が出撃してくれるのは戦力的にもありがたい。

 

「いいんだな?」

 

「はい」

 

 迷いなく榛名がはっきりと言った。一瞬ばかり瞑目した勇がゆっくりと目を開く。

 

「わかった。戦艦榛名を第一艦隊の旗艦にする」

 

「ありがとうございます」

 

 再び榛名が頭を垂れる。少なくとも榛名が倒れてから結構な時間は経過している。謹慎処分としている間に十分な休息は取れているだろう。

 

 以前は体がボロボロだった。それでも榛名は深海棲艦の群れを相手にして戦艦級などを落としている。それが万全の状態であるのならその戦力にかける期待も大きくなると言うものだ。

 

「司令、榛名さんを加えた編成で残りの艦娘に召集をかけました」

 

「ありがとう」

 

 さすが仕事が早い。これで迎撃艦隊に編成した艦娘はここにいる榛名と陽炎と不知火を除いて全員が格納庫へ向かっているだろう。

 

「じゃあ私も行って来るわ。不知火のことは任せなさい」

 

「ああ、頼んだぞ。お姉ちゃん」

 

「ふえっ?」

 

 執務室から出て行きかけていた陽炎が素っ頓狂な声をあげて振り返る。だが陽炎の視界に飛び込んできたのは帽子を目深にかぶって、表情の隠れた勇の姿だった。

 

「も、もう一回!」

 

「言うか! 一回だけだ!」

 

「えー、もう一回! もう一回だけでいいから!」

 

 陽炎がしつこく言い縋る。鬱陶しそうに勇がしっしっ、と追い払う。しかし陽炎もそう簡単に諦めるつもりはないのか引き下がらない。根負けした勇が僅かに嘆息した。

 

「しょうがねえな……帰ってきたらまた呼んでやるよ」

 

「約束よ? 嘘でもつこうものなら酸素魚雷500発は打ち込むわよ!」

 

「それは資材が死ぬなあ……」

 

「ならお姉ちゃんって呼べばいいのよ。じゃっ!」

 

「え、えっと……司令、行ってきます」

 

 陽炎が意気揚々と執務室から出て行く後を事態にちょっと置いていかれ気味の不知火が追いかける。2人が出て行ってから榛名もドアノブに手をかけた。けれどすぐに出て行かず、ノブに手をかけたまま静止する。

 

「榛名はたくさん間違えました。間違えて、間違えて。その結果があのザマです。ですから……」

 

 流れるような動作で榛名が振り向く。そして悲哀の混じった微笑みを勇に向かって浮かべた。

 

「ですから、あなたは間違えないでくださいね、提督」

 

 そんな言葉を残して、勇が何かを言う前に榛名は執務室を出て行った。

 




どうも、カピバラです。
これが榛名の答えという形になりました。本人の中で片を付けれたのでしょうか。そうであることを祈るのみです。

いやあ、それにしても気づけばお気に入りが800近くまでになり、UAも6万を突破しました。これもひとえにここまで読んでいただいた読者のみなさまのおかげです。あと数話で片を付けます。たった数話。それまでどうか途中で閉じることなくお付き合いいただければこれに勝る至福はありません!

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