艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第28話 強行のキャプチャー

 

 海をかき分けて連合艦隊が進む。目的は榛名の救援だ。

 

「陽炎、いいですか。連れて帰る、ですよ?」

 

「はいはい、わかってるって」

 

「本当にわかっていますか?」

 

 胡乱げな不知火の視線に陽炎が肩をすくめる。

 

「わかってるって。無断出撃したどっかの自殺願望艦娘をお望みどおり沈めてあげるんじゃなくて鎮守府に連れて帰る。これでいいんでしょ?」

 

「機動力のある私たちが回収するんです。私たちにかかっているんですよ?」

 

「あー、もう! 何度目よ、これ。わかってるって! 頼まれたからにはちゃんとやるわよ!」

 

 やけっぱちに陽炎が頭を掻き毟る。同時にどれだけ妹に信頼されていないのかと思うとげっそりとしなくもないが、一度は無断出撃の音頭を取った身としては反論のしようはない。

 

「でもどこにいるかどうやって特定するつもりよ。あてもなくふらふらされたんじゃ、見つけようがないわよ」

 

「それはご心配なく。司令が大まかな場所を特定しています」

 

「へえ? やるぅ」

 

 ただのボンクラでないようでなによりだ。どう特定したのかはわからないが、おそらく鎮守府のセキュリティカメラの映像から榛名がどの方向を目指して行ったかおおまかに当たりをつけたのだろう。

 

 もちろんそれだけでは説明がつかない。他にもいくつかの要素を含めた上で榛名がいるであろう海域の判断を下したのだろう。陽炎にはその要素が何かはわからない。

 

 しかし、ここだと海域特定をしたというのだから絶対の自信があるはずだ。

 

 大胆でありながら慎重さを兼ね備えるようになった司令が山勘だけで動いているとは思えない。

 

 特に不知火の救出で己の失策を悔いているあの司令なら。

 

 あまりに無謀に出撃しすぎた。それがあの司令の後悔。

 

 不知火を助けたことに後悔はしていない。それは司令自身が言ったことだ。

 

 問題は無策すぎたこと。考えなしすぎたこと。

 

 だから司令は霧島の出撃を認めようとしなかった。陽炎型は認めてしまった姉妹艦の救援艦隊への編成という失敗の二の舞を踏まないように。

 

 あの時は何も起きなかった。しかし、二度目以降もうまくいくとは限らない。だからこそ、榛名に対して特別な感情を持ってしまう姉妹艦は排した。

 

 艦娘の状況を把握して編成をし、作戦を立案することが司令の仕事。そしてあの司令は仕事をして見せた。

 

 ならば、艦娘の仕事はその作戦が求めている結果を実力と連携でもぎとってくることだ。

 

「さて、と。秘書艦サマから今回の作戦を発表してもらいましょうか?」

 

 不敵に陽炎が嗤う。不知火がまたか、と言わんばかりに額へ手を添えた。

 

 

 

 

 

 榛名は沈んでいなかった。

 

 いや、()()浮いているという方が正しいか。ともかく意識は保っていたし、体は海上にあった。

 

「は、はは、ははは。あはははは!」

 

 榛名が高らかに哄笑する。ずらりと周囲を取り囲む深海棲艦の数は一向に減らない。だが、それでいい。

 

 叫ぶように嗤うたび、榛名の全身に刻まれた裂傷から血が噴き出る。端や裾の焦げた巫女服がさらに紅く染まった。

 

「ああ、ああ! 素晴らしいです! 懐かしきこの戦いの感覚! 気分がいいですね。最高です!」

 

 硝煙の香り。敵の身を裂けと囁くこの衝動。常に死が背後から追いかけてくると錯覚させられる身の竦むような殺意。

 

「ああ、なんて充実した最後なんでしょう!」

 

 蕩けるような表情を浮かべながら、榛名が小指で自分のかどうかもわからない血がべっとりとこべりつく唇をなぞる。ぺろりと舌が指先を艶めかしく舐めた。

 

 鉄臭さが口内の粘膜に張り付く。全身が痛い。だがこれらの痛覚すら愛すべきものだ。

 

「まだ榛名を殺せないのですか? 早く殺してみてくださいよ。さあ、さあ!」

 

 急かしながら榛名が砲撃を深海棲艦の一角へと叩き込む。爆炎が立ち上り、周囲にいた深海棲艦が手傷を負う。

 

 しかし、だいぶ痛んだ艤装では集中砲撃でもしない限り、ろくな有効打をあたえることなど叶わない。大したダメージを受けていない深海棲艦は、かまわず榛名へ攻撃を開始する。

 

 肉が裂けて血がこぼれる。全身を巡るようにほとばしる痛みが走る。

 

「上手ですよ。もっと榛名を楽しませてください!」

 

 死ぬにしてもただ死ぬより、せっかくなら最後に戦いたいと願うのは艦娘の性だろうか。

 

 ああ、そんなことはどうだっていい。

 

「もっと榛名を躍らせてくださいよ。せっかく冥府へ身を落とすんです。最後は戦いの愉悦に浸っていたいじゃないですか」

 

 軋みをあげ、火花を散らす艤装を無理に動かす。群れに向かって撃てば、細かな狙いなんてわざわざつける必要はない。当たろうが外れようが構いはしないのだから。

 

 砲撃、砲撃、砲撃。

 

 左右にステップ。海面に血痕を残しながら榛名が動き回る。

 

 避けきれないと踏んだものは芯をずらしてダメージを抑え込む。そして弾薬を使い切る勢いで、ひたすら深海棲艦がいちばん密集している場所へ砲弾を降らせる。

 

「踊り明かしましょう! ほら、ちゃんと榛名をリードしてくださいね?」

 

 ここで沈むのならば本望。けれど、せめて。せめてラストワルツくらいは舞うことを許して欲しい。適当にさっさと諦めて殺されるだけなんておもしろくもなんともない。最後の最後まで戦い抜いて、その上で殺されたい。

 

 死にたいなんて狂っている。そうは思っていても、願わずにいられない。いつ狂った? わからない。わからないけれど……

 

「終わらせましょう。すべて」

 

 最後だから思い残すことがないように暴れよう。ただそれだけの思いで榛名が主砲の狙いをつける。群れには戦艦級などもいる。空母だって大物だ。姫級はいないが、それでもたった一人で、しかもボロボロの体たらくで大型艦を落とせれば御の字だ。

 

 砲撃を避けて飛び回る。鬱陶しくたかってくる駆逐艦を副砲で吹き飛ばすと、どれを地獄への道行きへつき合わせてやろうかと物色する。

 

「決めました。そこのあなたにしましょう」

 

 榛名は右腕を持ち上げて戦艦級を指差す。一番、近くにいて攻撃しやすい。だから榛名はその戦艦級を選択した。

 

 榛名の艤装に残っている、ダズル迷彩の施された主砲がすべて戦艦級に向きを変える。砲撃の障害になりそうな駆逐艦級や軽巡級を副砲が薙ぎ払って道を開けると、一斉に主砲が火を噴いた。

 

 連続して砲弾が戦艦級に突き刺さる。肉が弾け、ぬめりのある液体が海面に飛び散った。爆炎が戦艦級を包み込むと、うっすらと炎の向こう側に見える影が海中へと消えていった。

 

「ここまで、ですか」

 

 榛名が海面を見つめながら独りごちる。そこには榛名を目掛けて迫り来る無数の魚雷。どう考えても受けきれる数ではない。視線を海面から空へ。榛名に向けて、爆撃隊が迫ってきていた。

 

 避ける場所なんてない。そして砲撃の直後で姿勢が完全に崩れてしまっている。元はといえば、体調不良を抱えた体。受身を取る余裕もなかった。

 

「ああ、ようやく終われます……」

 

「勝手に自分の中だけで完結させてんじゃないわよ」

 

 割り込むような声と共に砲弾が魚雷に直撃する。一発が爆ぜると、その衝撃で信管が作動したのか連鎖的に爆発していく。ついには榛名に到達する魚雷は一本たりと残らなかった。

 

 そして空を我が物顔で飛んでいた深海棲艦の爆撃隊にはいつの間に発艦したのか、艦戦隊が襲いかかり、羽虫か何かのように叩き落としていく。

 

「さて、と。この状況どうしたもんかしら」

 

「やることは変わりませんよ、陽炎。榛名さんを回収して撤退します」

 

「勝手なことを」

 

「はっ、勝手なのはどっちかしらね」

 

 陽炎が鼻で笑う。だが、もう沈む気でいた榛名としては迷惑なこと極まりなかった。むしろ放っておけばいいものをなぜ陽炎や不知火たちがこんなところまで来たのかわからない。

 

「帰ってくれませんか」

 

「それはできませんね。司令の命令なので」

 

「なら何だって言うんですか。どのみち榛名はもう……」

 

「うっさい」

 

 陽炎が進み出て、榛名の腹部を殴りつけた。ごふ、と榛名が空気を吐き出して崩れていく。その体を陽炎が担ぐように受け止める。

 

「か、陽炎!」

 

「何も問題はないでしょ。司令のオーダーは榛名を生きて連れ帰ること。殴っちゃいけないなんて言ってないんだし」

 

「そうではなく……はあ、もういいです」

 

「これが最良の手段だし仕方ないでしょ。ほっといたらこのまま死ぬまで戦おうとするし。不知火だってこうするんじゃない?」

 

「確かにそうですが……」

 

 うまく動かない体で陽炎に抱えられている榛名にはまだ意識がぎりぎりで残っていた。口すらもうまく動かせないため、抵抗らしきこともできないが。

 

「さて、活路を拓いたらさっさと離れるわよ」

 

「すでに巡洋艦と空母のみなさんに連絡済みです。撤退経路は確保していますよ」

 

「優秀な妹を持てて、お姉ちゃんは幸せ者よ。じゃ、さっさと離れますか。あんまり長居すると巻き込まれるし」

 

 陽炎たちが動き始めたようだ。榛名の頬を風が撫でる。死ぬつもりできたというのになぜ邪魔をするのだろう。

 

 もう、放っておいてほしい。その一言すらもうまく口にできないが、さっさと見捨ててほしかった。用済みの自分なんている価値すら見出せないのだから。

 

 だが陽炎たちは構うことなく進み、深海棲艦との距離を少しずつ離していく。射程範囲からは逃れられていないが、ゆっくりとその距離は開いていた。

 

「さて。これくらい離れればいいか。ずっと追いかけられ続けるのも面倒だし……」

 

 陽炎が不知火に合図する。不知火がこくん、とうなづいた。

 

「支援艦隊へ。こちら救援連合艦隊の不知火です。砲撃を開始してください」

 

《了解。こちら支援艦隊、支援行動を開始します。距離、速度、よし。よくも、よくもここまでやってくれましたね。悔いて沈みなさい。全門斉射ぁ!》

 

 深海棲艦の群れに大量の砲弾が降り注ぐ。だが、榛名にはそんなことよりも見逃せないことがあった。

 

 不知火の通信から聞こえた声。そう、あれは……

 

 たしかに自分を提督代理から引きずりおろすように勇へ進言した霧島の声だった。

 





戦闘描写がめんどくさい……いや、本当に面倒なんですよ。戦略とかキャラクターの動き、戦術ドクトリンも考えなきゃいけない。そしてそれだけやらなくちゃいけないのに、そもそもこのストーリーは戦闘を主体にしたいわけじゃないという。

しかし書きたい展開のためにはやるしかない! 必要なシナリオなのです! ならば私は書くぞ!




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