艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第22話 凱歌のリターン

 

 陽炎の報告を受けてから勇も操縦席から辺り一帯の海を見渡してみたが、深海棲艦は見られなかった。つまり勝負がついたのだ。

 

 タグボートの船首を鎮守府の方角へ向けた。すると陽炎たちがタグボートの両脇を挟むようにして航行する。

 

 会話はない。だが決して気まずい沈黙ではなかった。ひしひしと感じる達成感を噛み締めている沈黙だった。

 

 どれくらい経ったか、操縦席に作られた即席のベットに横たわっていた不知火が口を開いた。

 

「司令、どうして助けに来たのですか?」

 

「わかんねえ」

 

「わからない……?」

 

「体が勝手に動いた、とでも思ってくれ。でもな」

 

 勇が片手でタグボートの両脇を順番に指差した。もちろん、両脇には不知火の姉妹が整然と並んでいる。

 

「たぶん、お前の姉妹も同じなんじゃないのか」

 

 榛名の治めている体制に対して反旗を翻すことになるとわかっていたはずだ。それでも姉妹全員が不知火のために名乗りをあげて集ったのだ。

 

 それは理論や理屈ではなくて条件反射のようなものだったのだろう。

 

「結局のところお前に死んでほしくなかったんだよ、お前の姉妹たちは」

 

 そして俺も、と小さな声で勇が付け加える。

 

 またしても場を沈黙が支配する。ごそごそと布の擦れ合う音は不知火が寝ている即席ベットからのものだろうか。

 

「ほら、着いたぞ。……これはまたなんとも」

 

 埠頭にはたくさんの艦娘たちが待機していた。そしてタグボートと陽炎たちが帰還してくる姿を確認し、陽炎がサムズアップしたのを見るとわあっと歓声が上がる。

 

 不知火が帰ってくるか不安で埠頭に詰めかけていたのだろう。鎮守府にいる艦娘たちがほぼ全員、だ。

 

 ゆっくりと慎重にタグボートを埠頭に横付けしていく。周囲に付いていた陽炎たちは艤装を片付けに行くため、ばらけると格納庫を目指して行った。

 

「豪勢なお出迎えじゃねえか。ほら、行くぞ不知火」

 

「なっ……し、司令?! これは何ですか?」

 

 ひょい、と勇が不知火の首と膝裏に両手を差し込むと持ち上げる。ちょうどお姫様抱っこのような姿勢だ。珍しく慌てたように不知火がばたつく。

 

「あ、あの……お、下ろしていただけませ…………っ!」

 

「暴れるなって。お前が思ってるより怪我は酷いんだ。大人しく運ばれとけ。命令って付けた方がいいか?」

 

「なんでも命令にすれば言うことを聞くと思ったら大きな間違いです!」

 

「悪い、悪い。ま、今回ばかりは素直に運ばれてくれ。頼むよ」

 

「…………卑怯ですね」

 

 不知火が顔を背けた。だがじたばたと暴れなくなったおかげで運びやすくなっている。

 

 タグボートから埠頭へ不知火を抱えたまま、乗り移る。すると艦娘たちの集まりの中から明石が飛び出した。ストレッチャーをガラガラと走らせながら勇の元まで駆けつける。

 

「提督、不知火さんを預かります」

 

「よろしくな。……問題なさそうか?」

 

「ええ。艦娘は丈夫ですし、これなら少し時間はかかりますけどきちんと治りますよ」

 

「そっか。じゃあ頼む」

 

「任せてください」

 

 勇が不知火をストレッチャーの上に安置させると明石が運搬して行った。いろいろと経緯はあったが明石は人体の構造に詳しい。その明石が大丈夫だと太鼓判を押したのだから安心して胸をなで下ろした。

 

 またしてもさっきの音量を遥かに上回るボリュームで歓声が上がった。よく耳を傾けてみれば口々に不知火の無事を喜ぶ内容が聞こえてくる。

 

「はは……」

 

 今更になって勇をどっと疲労感が襲った。極度の緊張状態でアドレナリンが大量に放出されていたのだろう。

 

 艦娘たちの歓声とその疲労感がようやく不知火を助けられたという実感を勇に与えてくれた。

 

「提督」

 

 喜びに満ちた艦娘たちの中から少女が勇の前に進み出る。その少女に勇は見覚えがあった。

 

「五十鈴、もう怪我はいいのか?」

 

「大したことはないわ。それより……ありがと」

 

 滑らかな動きで五十鈴が頭を下げた。頭を上げてくれ、と勇が何度も言ってようやく垂れていた頭を持ち上げる。

 

「散々あなたを敵視してきた私の頼みを聞いてくれて感謝してる。不知火を、私の僚艦を助けるために命までかけてくれて本当に言葉にできないくらい」

 

 だからね、と五十鈴が続ける。五十鈴の右手が持ち上がっていくと勇に向かって両脇を締めた敬礼をした。

 

「改めて、長良型軽巡洋艦2番艦の五十鈴よ。この力、提督の指揮下で存分に振るわせてもらいます」

 

「佐世保第三鎮守府司令長官の竹花勇海軍中佐だ。今後の奮戦を期待すると共に、貴艦の生還を約束しよう」

 

 勇もきっちりと所属と階級を名乗り、返礼をした。少し堅苦しかったかもしれないが、五十鈴がきっちりと型に嵌った挨拶をするのなら、それに合わせるのが勇の流儀だ。

 

 五十鈴とのやりとりは、不知火の帰還を喜ぶ声に押しつぶされてほとんどの艦娘たちには聞こえていないだろう。だが五十鈴と勇の間で聞こえていればそれでよかった。

 

 さて、そろそろ戻ろうかと勇が湧き上がる艦娘たちの声に割って入ろうとした瞬間、急に水を打ったように静かになった。艦娘の群れが2つに分かれて中央に1本の道ができる。

 

 その道の先には艤装を外してすぐに埠頭へ向かったらしい陽炎がいた。

 

 まっすぐに勇のことを見据えながら陽炎が歩き出す。勇も目線を逸らさずに陽炎の方向へ歩き出した。

 

 固唾を飲んで艦娘たちがその行方を見守る。徐々に狭くなっていく両者の間に視線が集中した。

 

 互いの踵がコンクリートにぶつかって立てる音が嫌に明瞭に鳴っている。しかし両者共に視線は交錯させたまま、外そうとはしなかった。

 

 距離が詰められていく。あと5m。もう互いが1歩を踏み出すだけで届く距離だ。

 

 おもむろに陽炎が右手を挙げた。まったく同じ動きで勇も右手を頭上に。

 

 そして勇と陽炎が同時に持ち上げた右手を振り抜き。

 

 勢いよく互いの手のひらを打ちつけあった。

 

 パァン! というハイタッチの小気味よい音が埠頭に響く。2人とも終始無言だった。けれど十分すぎるくらいに言いたいことは互いに伝わっていた。

 

 

 

 騒がしかった埠頭から艦娘たちは解散していく。ひとまず勇は自室を目指して歩みを進める。疲労感がいまさらになってどっと身体を襲っていた。

 

 深海棲艦の群がる中を機銃のみというほとんど非武装のタグボートで突っ込み、そして一撃でも食らえば沈むというプレッシャーを受けつつ操船を続けたのだ。疲れないわけがなかった。

 

「くあ……」

 

 勇が欠伸をかみ殺す。疲労が眠気という形で出力されているのだろうか。すぐに布団へ飛び込んでしまいたいところだが、そうもいかない。いくつかの事後処理がまだ残っている。

 

 しかし寝ることが許されなくとも、着替えることくらいはいいだろう。潮風に当たり、ベタついているので軽くシャワーを浴びたいものだ。

 

 改めて考えてみるとよくぞ成功したものだ。もしも陽炎たちが駆けつけてくれなければ不知火と勇は2人揃って海の底だっただろう。

 

 だが成功した今、別の問題が立ちはだかる。

 

「次はどこに飛ばされることになるのかねぇ……」

 

 愚かではあったと思う。だが後悔はしていない。このことが本部へ露見すれば軍法会議にかけられるだろう。よくて左遷、最悪の場合は首といったところか。

 

 覚悟は決めていた。だがいざ去ることになるとやり残したことが思い返される。まだ完全に鎮守府の建て直しも完了していないのだ。やるべきこと数多くあったはずなのに。

 

 ずいぶんと未練がましいことだ。そうやって自虐するが過ぎたことだ。けれど、そう簡単に割り切れるようなものでもなかった。

 

「司令、少しお時間よろしいですか?」

 

 ようやく部屋まであと少しというところまで来て背後から声をかけられた。疲労のせいか苛立ちを感じてしまうが押さえ込む。

 

 黒髪の長髪が揺れる少女が勇を呼び止めたらしい。服装は巫女服のようで、きらりと光を反射する眼鏡が特徴的だ。

 

 そう、まるで榛名が身に纏っていた着衣とそっくりだ。

 

 誰なのか頭に叩き込んだ艦娘のリストを捲るまでもない。

 

「何の用だ、霧島」

 

「お疲れのところ申し訳ありません」

 

「手短に頼んでいいか」

 

「では完結に済ませましょう。と言いたいところですが話が話です。そこの部屋でよろしいですか?」

 

 手近なドアを霧島が指差す。付き合わせる以外の選択肢はないようだ。霧島はすでにドアを開けかけている。

 

 少しばかりほこりっぽい部屋に霧島と共に入った。足元の綿埃に勇は眉を顰めた。

 

「誰も使っていない部屋か」

 

「誰かが入ってくることはありませんのでご心配なさらず」

 

「密談にはもってこいってわけか」

 

「そういうことです」

 

 霧島が完全にドアが閉じきったことを確認してから、窓も密閉されていることも確かめる。

 

「ずいぶんと念入りなことだな」

 

「事情が事情なので」

 

「なるほど。じゃあ用件に入ってもらおうか」

 

「なぜ不知火さんを助けたので?」

 

 はあ、とため息を勇がついた。何度も言わせるな、と口を突いて出かけたがよくよく考えれば理由を言ったのは不知火の前だけだ。霧島が知らないというのも無理はなかった。

 

「不知火にはさんざん世話になっている。だから恩を返したかった。いや、こんなのは言い訳か」

 

「言い訳?」

 

「俺が不知火に死んでほしくないんだ」

 

 子供っぽい理屈だ。理論理屈の介在しない感情の暴走が招いた気の迷いめいたもの。それだけで命を懸けたというのだからずいぶんと無謀なことをしたものだと改めて思わされた。

 

「……愚かですね。そして向こう見ずです」

 

「まあ、そう言われるだろうよ」

 

「ですが朗報です。あなたの行為は崇高なものと認められたようです」

 

「わかり辛い言い回しだ」

 

「本部への報告をしようという艦娘はいない、ということですよ。軍法会議行きは免れました。おめでとうございます」

 

 心にもない謝辞だとはすぐにわかった。いや、これが本筋ではないからこそ流したのだろう。

 

 軍法会議のことまで察してくるのはせいぜい黒潮くらいのものだろうと思っていた。だが霧島も頭が黒潮並みに回るようだ。

 

 話せば話すほど、触れれば触れるほど艦娘たちは深慮でありながら本当に十人十色なのだと思い知らされる。

 

「はは……」

 

「何がおかしいので?」

 

「いや、なんでもない。で、本件は? まさかそれを伝えるためだけにこんな空き部屋に俺を連れ込んだわけじゃないだろう」

 

「本当に鋭いようで」

 

 わざわざ本部に報告されることがなくなったおかげで軍法会議はないと報せるためだけならば、廊下でそう言えばいいだけのことだ。しかし呼び止めるだけで済むにも関わらず、霧島は勇を部屋にまで連れ込んだ。

 

 しかも念入りに戸締りを確認している。よほど外部に漏らしたくない話としか思えない。

 

「単刀直入にいきましょう。司令、榛名姉さまを提督代理から引き摺り下ろしてください」

 

 勇が驚愕に目を見張る。霧島の視線はどこまでもまっすぐだった。





ぬいぬいお姫様だっこキタァァァァァァ!!!
五十鈴がいい娘すぎィィィィィ!!!
陽炎ハイタッチィィィィィ!!!

と叫びながら執筆した結果、周囲から奇異な目線で見られました。いやはや初期と比べてぬいぬいも丸くなってくれたものです。ああ、かわいいよぬいぬい。乙女ぬいぬいはよ。

え、後半? そんなの知りません。ぬいぬいがかわいければ世界は平和なのです。ぬいぬいを崇めよ。

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