艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~ 作:海軍試験課所属カピバラ課長
不知火という少女と引き合わされた後、榛名が勇に部屋を案内するように不知火に言いつけた。そしてすぐに執務室から出されていた。サインをすると言って残ろうと試みたが、榛名が必要になったら呼ぶという合理的な理由を前に、勇は食い下がることを諦めた。
さて困った。見張りをつけられたからには、あまり自由に行動することはできないだろう。今の所は自由を許してくれているようだが、榛名に不利益だと判断されればすぐにそのわずかな自由すら封じられる。
「どうされましたか?」
「あ、いや。考え事をしていただけだ」
「そうですか。お荷物はこれですね。不知火が持ちます」
「こんぐらいは俺が持つから……」
「それは不知火の仕事ですので」
勇の制止を振り切って、不知火が勇のカバンを奪い取る。そしてそのままスタスタと先を歩いて行ってしまった。時折、足を止めて後ろを振り返るのは付いてきていることを確認するためだろうか。
「不知火って言ったよな?」
「はい」
「不知火は俺のお目付役なんだよな?」
「いえ、不知火は司令の護衛です」
「そうじゃなくて……もうちょっと肩の力を抜いてもいいんだぜ?」
「それは命令でしょうか?」
「そういうわけじゃないけどよ……」
勇は内心で頭を抱えた。命令なんてしたいわけじゃない。だが今は特に任務などがあるわけでもない以上は、そんなに堅苦しい言葉遣いをする必要はないはずだ。
「着きました。司令の部屋はここです」
「おう」
案内された部屋に不知火が先に入り、荷物をベットの脇に置いた。続いて勇も部屋に入ってからぐるりと見渡す。
想像していた部屋よりも綺麗な部屋だ。榛名の対応からもっと荒れた部屋を当てられるかと思っていたが、そこまでのことはしないようだ。想像していた部屋はベットのシーツは破れていて、いたるところにホコリが積もっていて、家具も壁紙も床も痛みだらけというようなものだった。だが家具は質素ではあるがきちんとしたものだし、壁紙も床も普通だ。シーツも高級品ではないものの、破れなどは見当たらない。
「鎮守府内の散策は基地内無線で不知火を呼んでください。また、他にご用がある場合も同様です」
「なあ、不知火。他の艦娘は?」
「います。今は哨戒で数名ほど外していますが。もし艦娘と会うことをお望みなら榛名さんに依頼して明朝に朝会をセッティングします」
「……いや、まだいい」
まだ全体の前に顔を出すのは早急すぎる。本当ならば着任の挨拶くらいはしたいところだが、榛名は必要なしと言い切りそうだ。それに先代がどれほどのことをしたのかわからない状態で同じ人間である自分が出て行くのは上策とは言えない。
……先代がひどいことをしたのは確実なため、同じ人間というのは少々、癪だが。
「そうですか。では……」
「不知火、一つ聞いてもいいか?」
「はい、何なりと」
「不知火は先代の提督をどう見ていた?」
「わかりません」
「わからない?」
「不知火は最近、作られたばかりの新造艦で先代の元にいた時間は短いので」
「ならその間の印象だけでいい」
少しでも先代の情報が欲しかった。鎮守府を変えて戦果を出せと言われても、何が問題なのかわかっていない状況下では改革もへったくれもない。
「……不知火の個人的な見解になりますが」
「それでいい」
「常に追い詰められているような人でした」
「追い詰められている……っていうと戦果にか?」
「不知火にはわかりかねます」
だが出世のため戦果を出すことに執着していたなら、追い詰められているという感じ方は間違っていないだろう。そして戦果を優先するあまり、鎮守府の環境を悪化させていった。それが今の状況なのだろう。
「もうよろしいですか?」
「あ、ああ。また何かあったら呼べばいいんだな?」
「はい。では不知火はここで失礼します」
一礼をこれほどのお手本はないだろうというくらいきっちりと済ますと、すたすたと不知火が部屋を出て行く。残された勇はベットの端にすとん、と腰を下ろした。
「なんていうべきか……目つきの鋭い艦娘だな」
誤魔化さずに言うなら、だいぶ気圧されていた。それにしても彼女はかなりきっちりとした性格の持ち主らしい。融通がきかないところは良くも悪くも、そういった性格が反映されての事かもしれない。
「さて、どうするべきかなあ」
仙谷少将が勇に下した命令はこの鎮守府の立て直し。だが立て直しをしようにも、執務に関わらせてもらえないのならば、やれることがかなり制限されてしまう。何より榛名から疑念の意を持たれている状況では、どうにもやりづらい。
そうやって頭を悩ませていると不意にグゥ、と勇の腹が鳴った。
「そういえばそろそろ昼時か」
ふと壁掛け時計に目を見やる。空腹を訴えても当然の時刻だった。思っていたより榛名との会話に時間を使っていたのだろう。
なんにせよ、まずは腹ごしらえを先決とすることにしよう。となればいくべき場所は食堂になるわけだが、そのためには不知火を呼ばなくてはいけない。正直さっきのさっきですぐ呼ぶのは申し訳ないところだが、無視して逆らうのも得策とは思えない。
『不知火、来てくれないか?』
『わかりました。しばしお待ちください』
しばし、と言うからには5分くらいはかかるのだろうと勇は予測していた。だからまさか30秒も経たないうちに部屋のドアがノックされるとはまったく思っていなかった。
「お待たせしました」
「早いな」
「不知火の任務ですので」
そっけなく言い捨てて、不知火がドアの前から横に避けて道を開ける。
「どちらへ?」
「食堂。案内を頼めるか?」
「はい」
ひとつ頷きを返して不知火が歩き出す。鎮守府の立地はまだ完全に把握しきったわけではない。だから不知火が護衛として勇に付いてくれるのはありがたかった。ぐねぐねと曲がりくねった道を不知火の先導を追いかけるようにして歩いていけば、両開きのドアが建てつけられた部屋に行き当たる。
「ここが食堂です」
「おう、さんきゅ。さて、昼はどうしようか」
空腹は最大のスパイスと言う。そして今、勇は非常に空腹だ。ならばこそ、昼食は最高にうまいものへ変わる。
ーーーーはずだった。
「不知火、これはどういうことだ」
「どういうこと、とは?」
「これはなんだ!」
堪えることができずに勇の声のボリュームが上がる。食堂にいた艦娘が勇の方をばっと振り向いたが、それすらも気にならない。
「軍用のレーションです」
「そんなことはわかってる! なんでレーション以外が置いていないんだ!」
水を注ぐと化学反応が起きて発熱し、その熱で温めるタイプの軍用レーション。それがダンボール箱に詰められて何箱もぞんざいに置かれていた。
そしてそれを艦娘は無機質に食べているだけだった。それ以外の真っ当と言えるような食材は何ひとつ見当たらない。厨房を覗いてみても、シンクに水気はないし、ガスコンロもオーブンも埃が積もっていて、かなり使わなくなって長いことをうかがわせる様子だ。
「知っていたな、不知火」
「はい」
「なぜ言わなかった」
「ご命令になかったので」
確かに言わなかった。だがまさか食事すらこの有様だとは思わなかったのだ。どうしたら想像できるだろうか。食事がレーションしかないという惨状を。
「これで士気が上がるわけないだろうが!」
「お言葉ですが士気など関係ありません。ただ戦うのが艦娘です」
「戦うにしても、だ!」
まともな食事すらもないようでは戦意などあってないようなものだ。それなのにレーションというのだ。しかも勇の見立てが正しければ、あのレーションは一番安くて味のクオリティが一番低いものだ。
「なら逆に聞きますがあなたは食事をなんだと思っているんですか?」
「っ……榛名ァ!!」
勇の横をすり抜けるように榛名が食堂の中へと進んだ。何のためらいも見せることなく、榛名はダンボール箱が積まれた一角へと向かっていく。
「艦娘は戦うための兵器です。その
「効率だと? そういう問題じゃない。お前たちは兵器じゃなくて人間だろう? 味覚も感情もちゃんとあるんだろう? それなのに効率だと? それが本当に正しいことだと思っているのか!」
「正しいことかどうかなんてどうだっていいでしょう? そんなものは状況と社会環境によっていくらでも変質してきました。それを問うことは無意味です」
榛名が薄く嗤いながら、ダンボール箱からレーションを取り出して水道からコップに水を注ぐ。それらをトレーに載せると榛名は勇を背中越しに覗いた。
「これがご不満とあるのなら、あなたは好きなものを食べてくれて構いません。ある程度なら食費はもともと割り振られている経費の内から出しましょう。ですが、
それを最後に榛名はもう振り返ることなくトレーを持って空いている席を探しに行ってしまった。
「どうしますか。鎮守府の外まで食事をとりますか?」
「……すこし黙っててくれ」
「了解しました」
なにも言い返せなかった。あんなの間違っている。それなのに反論の糸口が見出せなかった。
ここで反論なんてできない。他の艦娘たちがいる中で、論争をする姿を見せるわけにはいかないのだから。
そんな理性的な判断しか下せなかった自分が勇はどうしようもなく腹立たしいのだった。
そんなわけで2話目です。だいたい1話あたりの文字数は3500くらいを最低値にしていますのでこれくらいが平均値になるでしょう。次の更新は2日後、つまり19日にする予定です。時間帯はわかりませんが。
ブラ鎮ものって初めて主体にして書くからものすごく不安ですがそれでも読んで楽しいと思っていただければ幸いです。