艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~   作:海軍試験課所属カピバラ課長

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第18話 禁忌のディシジョン

 落ち着け、落ち着けと何度も口の中で反復する。血流を頭に上らせたままでどうする。とにかく冷静にならなくてはいけない。

「五十鈴からだいたいの海域は聞いた。あとは足だが……港に使われなくなったタグボートがあったな。あれを使えばいいか」

 わざわざ口に出すことで努めて冷静になろうと勇はしていた。どれだけ効力があるかは疑問を呈するところだが、気休め程度でもよかった。

「提督」

「どうした、明石。悪いが時間がないんだ。用事なら後に……」

「厨房から大まかなことは聞いてました。不知火さんを助けに行くんですよね?」

「……この鎮守府に俺の指示を聞いてくれる艦娘はいねえ。そこまでの信頼を俺は獲得できていない」

 勇が急ぎ足に港へ向かうすぐ後ろを明石が追随する。

「だから1人だけでいくつもりですか?」

「仕方ないだろう。まあ、指示を聞いてくれる艦娘がいなくともなんとかなる。さっと行って不知火だけ引っ掴んだら、深海棲艦どもから尻尾を巻いて逃げてくるさ。これでも操船技術は海大でトップクラスだったんだ。タグボートくらい手足のように操ってみせる」

 若くて愚か。個人の私情による軍規違反。結構なことじゃないか。

 裁かれる覚悟は決めた。ここで果てる覚悟も。

 受けた恩も返せずして見殺しにするような、人の道を外れるような事だけはごめんだった。

 勇の後釜くらいすぐに海軍は捻出できる。暴漢に襲われた時、またこのような事があって、自らの命が散った場合も考えている。だから引き継ぎがスムーズになるように書類作成にも抜かりはない。

「提督。ひとつ勘違いをしてますよ」

「勘違い?」

 勇が足を止めて、明石と正面から向き合う。不思議と明石は微笑んでいた。

「指示を聞いてくれる艦娘はいないかもしれません。でも手を貸したいと思っている艦娘ならいます。ここに」

 とん、と明石が自らの胸を叩く。思わず勇はまじまじと明石を見つめた。

 勇の知るところではなかったが、明石も不知火に救われた者のひとりだ。不知火自身はそんなつもりがなくとも、明石はそう感じていた。

「提督、タグボートが停泊していたのは工廠の近くでしたよね?」

「明石、ありがたい限りなんだが時間が………」

「提督が執務室に行ってる間に私は工廠へ行ってきました。妖精さんたちの話を聞くと、先日に開発失敗した過程で強化型本式缶と改良型本式タービンが出来てましたよね」

「あ、ああ……まさか」

「10分だけください。10分でタグボートを改装します」

 明石がポケットから取り出した白いハチマキをきつく頭に巻いた。袖をまくり上げて、歩みを速める。

「私は工作艦です。だから今は工作艦としてやれることをやるんです」

 明石が気丈に笑う。明石の持つ戦闘能力は皆無に等しい。けれど別の形で何かできることはないか。そう考えた結果、真っ先に浮かんだのがこれだったのだ。

 ぐい、と明石が勇の手に通信機を押し付ける。通信機で何をすればいいか、などという言葉は不要だった。

「恩に着る、明石」

「不知火さんを頼みます」

 足早に明石は工廠へ消えていく。宣言通りにタグボートを改装するのだろう。勇は押し付けられた通信機の周波数をいじり始めた。

「こちら佐世保第三鎮守府。繰り返す、こちら佐世保第三鎮守府。駆逐艦不知火応答せよ」

 五十鈴から聞き出した周波数に通信機を合わせると、ヘッドセットを装着した。そして勇は祈るような気持ちで不知火に向かって呼びかける。

 頼む。出てくれ。出ろったら!

 どれだけ呼びかけても聞こえてくるのは雑音ばかり。次第に勇の中に焦燥感が生まれ始めた。

「くそっ、生きてるなら返事をしろよ不知火! おい、不知火!」

《……声を落としてください。耳が変になりそうです、司令》

 雑音を混じらせながら、通信機が不知火の声を吐き出す。聞き違いではない。確かに不知火だった。

「不知火! 無事なんだな?!」

《煙幕を展張して乗り切っているだけです。時間の問題ですね》

 不知火の口調がいつもと変わらないせいで、大層なピンチのようには思えない。だが、実際のところかなりギリギリの状況であるのは容易に推察された。

「不知火、絶対に助けに行く。だから何があろうと沈むな。意地で浮いていろ」

《……どのみち限界まで沈むつもりはありませんよ》

「限界こえても沈まないでくれ。頼む」

《命令と解釈させていただきます。ですが司令、『頼む』では命令にはなりませんよ?》

「命令なんて出来るような立場じゃないんでな」

 これからやることは軍規に喧嘩を売るような行為だ。『命令』なんて形式ばったものが使えるわけがなかった。

「また後で会おう、不知火」

《……わかりました》

 不知火と勇を繋いでいた無線が切れた。だが無事が確認できた。これだけでも十分だ。

 そしてここまでの会話でちょうど10分だ。

《提督、聞こえますか?》

「どうだ、明石?」

《滞りなく完了しましたよ。燃料もきっちりと入れました。すでに缶を回し始めていますし、いつでも出せます》

「わかった。すぐに行く」

 通信機を抱えたまま、勇が工廠へ体の向きを変えた。本当に10分で改装を終わらせるとは相当だ。明石の腕が並大抵ではないことは薄々わかっていた話だが、相当のようだ。

 はやる気持ちを抑えて工廠のそばに停泊しているタグボートへ向かう。今は一刻も惜しい。

 だから声をかけてきた者がいた時も焦りを感じた。今は時間がないのに引き止めるな、と。

「待ちなさいよ」

 勇は自分の背中に向かって制止の言葉を投げかけた者を肩越しに見た。オレンジのような茶髪をリボンで両サイドに括った陽炎が勇をじっと睨んでいた。

「悪いが時間がないんだ」

「なら単刀直入にしてあげるわ。何をするつもり?」

「不知火を助けに行く」

「現実が見えてないんじゃない? どう足掻いたって不知火は沈むわよ」

「逆に聞くがな。陽炎、お前はそれでいいのか?」

 勇が足を止めて振り返ると、陽炎の目を真っ直ぐに覗き込んだ。僅かに陽炎がたじろぐ。だがすぐに反抗的な焔が瞳に灯った。

「だとしても、よ。あのボロ船だけで不知火を助けに行く? 無理ね。笑わせないで。いくら操船に自信があっても15分もしないうちに深海棲艦にやられるわよ」

「だが見捨てることはできない。違うか?」

「何を……」

「陽炎。もしお前が本当に不知火が沈むことを許容しているのならば、お前がここに来る必要はないし、俺に声をかける必要性もなかった。ただ普段通りに生活してればいい。なのにお前はわざわざここに来た」

 それは陽炎自身が割り切れていない確たる証拠じゃないのか、と勇は突きつける。

「ま、お前がどう思ってるのか当てることはできねえよ。それに俺の言ったことがすべて当たってるなんて保証はない」

 勇が一呼吸を置いた。陽炎は黙りこくったまま、勇をじっと射貫くような視線で睨み続けていた。

「時間だ。あまり明石を待たせられねえし、不知火もいつ限界を迎えるかわからん。俺はもう行く」

 想像以上に陽炎との会話で時間を使ってしまった。立ち尽くす陽炎をその場に残して勇は走り出す。

 工廠の方向へ走るとタグボートが横付けされて、停泊している姿が目に入る。全速力で駆けながら、頭の中へ叩き込んだ操船マニュアルを意識の表層へ引きずり出した。

「ありがとよ、明石!」

 タグボートの隣で立っていた明石に礼の言葉を投げかけると、勇はタグボートへ飛び乗った。操舵席に滑り込むと、アクセルを踏み込む。すぐに白波をかき分けながらタグボートが進み始めた。

「これタグボートの加速かよ……?」

《提督、提督。聞こえますか?》

「ああ。ばっちりだ」

《タービンと缶を開発したよりよいものに交換しておきました。速力も馬力もかなり上がっているはずです》

「確かにその通りだな……っと!」

 あまりの速力に振り回されそうになるが、勇は必死に舵を切り続けてタグボートを制御下に置く。ここまで速度が出るとは思っていなかった。だが直に慣れていくだろう。

《あとは25mm連装機銃があったので1基だけですけど載せておきました。掃射するためのコントロールは操舵席からできるようにしておきましたから、1人でも撃てる仕様になってます。ですが、どれだけ効果があるかはわかりません。気休め程度に考えておいてください》

「あるとないとじゃ大違いだ。本当に助かるぜ、明石」

《……私はこれしかできません。だから》

 あとはよろしくお願いします。

 ああ、任せろ。

 それが通信終わりの合図だった。ぷつりと途切れた通信機を勇がじっと見つめた。

「これしか? 違うだろ、明石。こんなにも、だ」

 タグボートは波を掻き分けて、五十鈴が教えてくれた海域に向かって進み続ける。明石は宣言通りに10分でタグボートの改装を仕上げきってみせた。

 ならばあとは勇が気張るだけだ。

「待ってろ、不知火……」

 絶対に沈ませるものか。

 




明石の魔改造は世界一ィィィィィィィィィィ!

とまあ、冗談は置いておいて。ついに勇が出撃してしまいましたよ。司令長官がなーにやってんだかですね。

さあ、白馬の王子様はお姫様を救えるのでしょうか。辞職を覚悟してまで駆けつけるのですからがんばっていただかなくてはいけませんね!

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