艦隊これくしょん~コクチョウは消えた~ 作:海軍試験課所属カピバラ課長
鎮守府の外へ行っても、ただ目的もなくふらふらしているだけでは意味がない。それではなんのために明石を連れ出したのかわからない。
「すみません、どこに行くんですか?」
「商店街。そこから食堂で使う食材を仕入れてるんだが、仮契約を本契約に更新しなくちゃいけなくてな。悪いけど付き合ってくれ」
「まあ、いいですけど……というか食堂のメニューがレーションじゃなくなったのってあなたのやったことなんですね……」
「知らなかったのか? でも部屋に食堂のプレートがあったろ?」
「誰かがご飯を運んでくれてたみたいです。最近はレーションじゃなくなったみたいなので不思議には思ってたんですけど食堂にちゃんとした食材が来るようになってたんですね」
「レーションだと味気ないだろ?」
「それは……そうですね。確かに新しいご飯はおいしかったですし」
「それは間宮の腕で、仕入れを請け負ってくれた人が目利きだったからだな。俺はあくまでも点と点を線で繋げただけだ」
作るのはすべて間宮に任せてしまっているし、食材についても仕入れてもらうものを勇が確認したわけではない。勇がやったのは、準備と実行できる段階まで持っていっただけだ。そこから後にシステムがしっかりと動いているのはひとえに間宮や仕入れを請け負ってくれた商店街の人々、そしてシフト表に従ってちゃんと働いてくれている艦娘たちのおかげだ。
市街地に出たら真っ直ぐ商店街の方向へ。ほとんど街にでたことのない明石は警戒しながらも目が様々なところへ向いていた。さりげなく勇は自分の体でブラック鎮守府反対のビラを明石が見えないように隠した。まだ明石には刺激が強すぎるかもしれない。
もう不知火はついてきていないだろう。不知火に頼んだのは鎮守府から無事に勇と明石が艦娘に出会わずに出られるルートを案内するまで。あとは帰ってきたときに同じようなやり方で勇と明石を案内をするだけだが、それまでは時間がある。だから今頃、不知火は次に呼ばれるまではゆっくりとしているのではないか。
きょろきょろとあたりを見わましながら明石が勇の後に付いて行く。勇の目的地は初めて行ったあの八百屋だ。どうやらこの商店街の会長もやっているらしく、本契約をするなら商店街の八百屋に来てくれと言われていたからだ。だから勇はきっちりとした軍服を着込んでいた。
八百屋に着くと店先で八百屋の大将がホースで水をまいて掃除をしていた。勇が近づいてくるのを見つけるとホースの水流を止めて、ニカッとした笑顔を浮かべた。
「おっ、旦那ですかい!」
「どうも、大将」
「いつもいつもお世話さまで……そにしても女の子連れとはやるねえ!」
「えっ、あ、その……」
明石が口ごもる。なんと返せばいいのかわからないのだろう。このままモゴモゴとしているだけでは変なので助け舟を出すことにする。
「この娘はそういうのじゃないんですよ。まあ、付き添いみたいなもんです」
「それは悪いこと言っちまったな……。気を取り直してと今日はどうしたんで?」
「契約の更新って伝えませんでしたっけ?」
「えっと……そんなことあったっけか?」
「あんたねえ! 昨日に連絡をいただいたでしょ! ああ、どうも。この人は大バカでねえ……」
「ははは……」
勇が苦笑いを浮かべる。夫婦仲がいいようでなによりだ。とにかく事前にアポイントを取っていたことはちゃんと先方もわかっていることらしい。
「ええっと、仮契約から本契約にするってぇことでいいんですかい?」
「はい、そうなりますね。こちらで書類は作ったので目を通してからサインをもらえれば更新は完了です」
「じゃあ、その書類ってぇのを見せてもらえるか?」
「どうぞ」
勇が事前に鎮守府で作成しておいた書類を八百屋に渡す。いい加減そうなところのありそうな八百屋の大将だったが、さすがは商売人。素早く勇の渡した書類に目を通していくが、その目は真剣そのものだった。こうまでくるとアポイントを忘れていたのもフリなのではないかと思えてくる。
「ん、これでいいかい?」
「はい、これで本契約は完了です。本当にありがとうございます」
「よせやい。こっちも商売になりそうだから組んだんだ」
「はは、さすがは商売人」
「まあなぁ。それによ、艦娘さんたちが俺の仕入れた食材を食べるんだろ?」
「そうですね」
「彼女たちがここらを守ってくれてるおかげで俺らは商売が続けられるからよ。せめてうまいメシくらいは食ってほしいじゃねえか」
照れくさそうに大将が頬を掻く。八百屋の奥では大将のおかみさんが呆れたような表情を浮かべながらも、口元に温かい笑みを溢していた。
「あんたは商売っ気が出したいのか人情家なのかどっちかにしなよ」
「うるせえやい! こういうのもいいだろうがよ! さんざん艦娘さんたちにゃ世話になってんだ。恩返くらいしたっていいだろう!」
「はいはい。ま、ウチが潰れない程度にしてくんなよ」
おかみさんが朗らかに笑った。本心で言っていないことは一目瞭然だ。ふざけて言っているだけであってむしろ歓迎しているふうさえある。
「……守る、か」
「どうした、明石?」
「い、いえ。なんでもないです……」
明石がうつむいて首を横に振る。勇は深く追求するようなことはしないことにした。
「艦娘さんたちによろしく言っておいてくれ。あんたたちにはいつも世話んなってる。これからも悪いとは思うが頼みますってよ」
「ええ、確かに伝えておきますよ」
勇が笑いながら必ず伝えると大将に約束した。まさか勇の隣にいるのが艦娘だとは夢にも思わないだろう。その意味では大将の言葉は謀らずしも艦娘に伝わっていた。
「せっかく来たんだ。商店街をぶらぶらしていってくれよ」
「ならお言葉に甘せさせてもらいましょうか」
「おうよ! ゆっくりしてってくれ!」
どのみち初めからそのつもりだ。これだけで帰ってしまってはなんのために明石を説得したのかわからない。せっかく不知火が協力してくれたおかげで掴むことができたチャンスが無駄になってしまう。
「じゃあこれで失礼します。これからもよろしくお願いしますね」
「あいよ。これからもご贔屓に!」
八百屋の大将と別れてからどこへ行くものかと勇は思案する。明石を連れて歩くのにふさわしいルートはどこだろうか。考えながらなんとなく左手首に巻かれている腕時計に目をやった。
「明石、もういい時間だし昼飯にしないか?」
「お昼ご飯、ですか?」
「そう。もう12時をとっくに回っちまってるからな。さすがに腹ペコだ」
勇が背を反らしながら明石に話しかける。だが明石は勇と対照的に困ったような表情を作った。
「でも私、お金なんて持ってきてないですし……」
「昼飯くらい奢るよ」
「そんな!」
「付き合わせちまってるからな。俺のメンツのために奢られてくれ。あ、ただ鎮守府では秘密にしてくれよ? 全員ぶん奢るって話になったらぞっとしないから」
軽い調子で言葉を続けていた勇の顔が強ばった。さすがに鎮守府にいるすべての艦娘に奢るとなると財布が持ってくれるかわからない。
そんな事態になったことを想像して勇がぶるっと震える。それを見た明石が一瞬だけ口元を隠した。
「なにかリクエストはあるか?」
「そう、ですね。よくわからないんですけど、天気もいいですしお弁当を買って外で食べるというのはどうでしょうか……?」
「お、明石グッドアイデア!」
「いつだったかだいぶ前に読んだ本にそう書いてあったので……」
「へえ、本か……いずれはそういう娯楽物も鎮守府に入れたいな」
非番の時はやはり艦娘たちが暇になる。その時間つぶしとして、そして艦娘同士に共通の話題ができることでコミュニケーションが取れるようになる。戦闘において連携もしやすくなるかもしれないというメリットを考えると是非とも導入したいものだ。
「ま、弁当なら心当たりがあるぞ。それでもいいか?」
「私はよくわからないのでお任せします」
「了解。それじゃついてきてくれ」
もちろん心当たりとは、以前に勇が訪れて、コロッケ弁当を買った弁当屋だ。あそこなら手頃な値段で満足のいくクオリティのものを提供してくれる。
八百屋から弁当屋は大して離れていない。空腹が足を早めさせたことも相まってすぐに弁当屋の看板が見えてくる。
「ここだ」
「これがお弁当屋さんなんですか……」
「いらっしゃい!」
明石が興味深そうに弁当屋をしげしげと見つめる。鎮守府の外に出たことがないのならば初見のはずだ。ならば目に映るものすべてが興味の対象になるのだろう。
だから弁当屋の店番をしている女将にただ「いらっしゃい!」と声をかけられただけでも明石は驚いたように数センチ飛び上がっていた。
「俺は……白身魚のフライ弁当で。明石、お前はどうする?」
「え? あ、えっとその……」
「オススメはコロッケ弁当だよっ!」
「ああ、そういえば前回、俺が頼んだのもコロッケ弁当だったな。確かにあれはうまかった」
「じ、じゃあそれで……」
「あいよ! ちょっと待っててね!」
慣れた手つきで女将が弁当を包装していく。まずは勇の白身魚のフライ弁当、そして明石のコロッケ弁当。そこまで袋に詰めてから紙袋を2つ用意して2個の揚げ物らしき塊をそれぞれに入れると弁当が既に詰められた袋の中に投入して勇に手渡した。
「オマケ付きだよ! またよろしくね!」
「この前もサービスしていただいたばかりですよ! さすがにこうも連続してサービスしていただくのは……」
「若いんだから遠慮なんてするんじゃないの! それに鎮守府の旦那にサービスしとけば商店街の利益になるからね。あとほら、その娘は艦娘さんじゃないのかい?」
「……ええ、まあ」
「さっき『明石』って呼んでたからねえ。そうだと思ったよ! 艦娘さんたちのおかげでアタシらは毎日を生きてられるからね。そのお礼さ」
「で、でも私は非戦闘艦で……」
怒涛のマシンガントークを展開する女将を遮って明石がおずおずと申し出る。すると女将が明石に向かってにっこりと笑いかけた。
「そんなのは関係ないよ。人には向き不向きがあるだろう? 明石ちゃんは戦ってる娘たちを後ろで支えてる。気づいてないかもしれないけど、たくさんの娘が感謝してるはずさ。だから胸を張りなさいな。これが私の戦いだ! ってね」
「私が…………」
はっと明石が目を見開いた。その後、ゆっくりと頭を下げていく。もしかして悪いことをしてしまったのではないかと心配し始める女将に勇が小さく制止した。
女将は悪いことをなにも言っていない。だから勇は謝罪しようとする女将を押しとどめた。むしろこれでいい。
「ありがとうございます」
「……よかったのかい?」
「いいんです。むしろ助かりました。これ、お代です。また機会があったら来ます」
「そうかい。またこれからもよろしくね」
「ええ、また」
明石を伴って弁当屋から離れると事前に調べておいた公園へ。さんさんと輝く太陽から陽光が降り注いで暖かい。風もそこまで強くないため外で食べるには絶好の気候条件だ。
「昼にしようか」
「……はい」
明石に割り箸とお手拭き、そしてコロッケ弁当を渡す。勇も自分の白身魚のフライ弁当を取り出すと、お手拭きで手を拭いて割り箸を横に割った。
「いただきますっと」
手を合わせてこれだけ言うと、勇は白身魚のフライにかぶりついた。サクサクの衣とほろほろとほどける白身魚、そして濃厚なタルタルソースの相性が抜群だ。
「……いただきます」
明石も勇に倣って手を合わせた。慎重に割り箸を割って、コロッケを摘み上げると小さく齧った。
「おいしいな……おいしいよ…………」
明石の声は震えていた。だがあえて勇は何も言わずに無言で弁当を食べ続けた。
まだまだ続く明石編。思ったより話数が伸びてて書いてる本人もびっくりです。そしてまたメシテロなんだよなあ……でも濃くないからセーフですよね? ね?
商店街の人たちがいい人だなあってつくづく思わされるこのごろです。つかの間の休息ですし楽しんでほしいですね。