凪を継ぐ者   作:蔵島ミト

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始まり2

 

物陰で、事の流れを見ている者がいる。

誰にも見つからないように息を潜めて。見つかったら何かが終わる。そんな言い様のない何かを感じながら。

 

その物の外見的な特徴をあげるならば、まだ若干幼いのと、髪の毛の色が赤いという事だ。爆風に巻き込まれたのか、その頬は煤で黒くなり、身体中くまなく怪我をしているが、辛うじて生き長らえているようだ。

 

頭からは血を流し、腕は折れ、足は痣だえらけ。恐らく他の骨も折れているだろうし、怪我をした所から絶え間なく血が流れている。痛みと苦しみで呼吸すら儘ならないものの、息絶える予兆は欠片も見受けられない。

 

 

痛みと苦しみに耐えながら周りを見渡すと、そこは辺り一面、見渡す限りに火、火、火。

家は崩れて原形を留めていない。そもそもなぜ、自分は生きているのか。運が良かったのか、それとも、生き残ってしまったことは運が悪かったのだろうか。考えても答えは出ることはないだろう。

 

まだ幼い故に、そこまでの思考力がないとも言い切れる。だからこそ、この情況をどのようにするかすら解らない。

 

そもそもこんな事は初めてである。

 

それが普通だし、そうでなくてはいけない。

幸せのまま過ごし、笑いながら人生を見据え、迷いながら生きていく。それこそが、人に与えられた、この世に産まれた者の性だろう。

 

だのに何故、このような事が起こるのか。

それはきっと、誰かが望んだのだろう。

 

でなければこのような事は起こるはずもないのだから。しかし、そんな事はどうでもいい。

 

誰か助けて。誰か助けて。

 

誰にも頼れないこの場面において、そう思うのは仕方のないこと。誰だってこの悪夢から救って欲しいと切に願っているに違いないし、実際そうである。幼いその身に出来ることなど、たかがしれているのだ。

 

それでも、今は誰かにすがる事しか出来ない歯痒いこの想いが消えることはないだろう。だからこそ、精一杯にその小さな手を握り締め、天に祈りを捧げる。痛いのはもう嫌だ。苦しいのももう嫌だ。ならば願う事はただひとつ。

 

――――助かりたい。ただそれのみ。

 

 

「おねがいします...!だれか、だれか...!たすけてください――――」

 

何処かの誰か、どうかお願い。この悪夢を終わらせてほしい。他には何も望まない。

 

誰にも聴こえない、おそらく自分にすら聴こえないであろう小さな小さなその声で、赤毛の少年はそっと祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

――――おう、必ずこの悪夢から助けてやるから待ってな。

 

 

絶えず感じる救いの念。その種類は老若男女訪わずに、留まる事なく、ひっきりなしにやって来る。

誰も彼もが血を流し、涙を流し慟哭するその姿が、脳裏に映し出される。死んだ者もいる。生き残った者もいる。戦っている人達がいる。逃げて行った人もいる。

 

その事に顔を歪ませ、最高速で目的地を目指すその者は、赤毛の男性で、ローブを身に纏っている。

 

己が故郷を壊滅させられて怒らない者はいないだろう。焦らない者はいないだろう。更には己の家族もいる。気が気ではないのは当然だ。

 

しかし、それとはまた別に時間がない。

速くしないと色々と終わってしまうのだから。何が足りないかと言うと、まず己の時間がない。猶予はあるが、悠長な事はしていられない。己に出来ることが限りなく制限された状態で、この身は現在進行形で不安定なのだ。だがそれでもやはり出来ることはあるのだ。

 

制限された中で、許された行動を全力で駆け抜ける。

それこそが、今の己に課せられた使命に他ならない。

誰の意思も意見も介入していない。

 

真実、己自身がそう決めたのだ。

しかし、そう言った輩を、行く手を阻む者は必ずいるのだ。

 

低級の魔族の軍勢。

 

 

しかし、魔族が相手をするのは最強と謳われた赤毛の英雄である。その戦闘力の差は一目瞭然だ。

 

雑魚が群れを成して挑んできても、最強には到底叶わない。羽虫が暴風雨に敵う道理は欠片もないのだから。

 

赤毛の男の快進撃は止まらない。魔族の群れに爆速で突っ込んで、辺りを蹴散らしながら進んでいく。

 

だからこそ、目的の地まで一直線で、後ろを振り向かず、止まらず、突き進むのだ。最速で、最短に。だから――――

 

「――――もう少しだけ、持ちこたえてくれ!」

 

 

 

 

 

英雄の到達はいまだ遠く、そして近い。

 

 

 

 

 

 

そして同時刻、場面を引っくり返されて再び劣勢に追いやられた魔法使い達は、ほぼ死を悟った。

 

あぁ、これで終わりか。ここで終わりか。もう無理だ。言葉にしなくても雰囲気で伝わる。解ってしまう。

 

低級の魔族にすら苦戦を強いられたのだ。それが今度は中級の魔族が相手になるなんて夢にも思わなかったのだから。しかしこれは悪夢である。最悪の状況なんてものは更新されていくもの。希望何て何処にも無い。ただ無慈悲に、ただ残酷に。それこそが悪夢。

 

しかし、何故か戦闘が再開されずに、どちらとも睨み合ったまま静かに時が流れていく。だが、違う

 

ただ休んでいるだけなのだ。そう、食事をした後ゆえに。

 

人を喰らい、腹が膨れただけなのだ。

 

その事に気が付いた魔法使い達一同は、その事実に驚愕し、悲嘆し、怒り狂う。

 

 

――――貴様ァアアアアアアア!!!!

 

咆哮と共に一斉に駆ける魔法使い一同は、狙いを中級魔族に定める。その刹那――――。

 

他の奴らなど知ったことか。我らが仲間を、村の人々を、よりにもよって食しただと?

 

石化を受けて砕かれたのならまだわかる。許せぬが筋は通っている。他にも普通に刺され、穿たれ、切り伏せられ死した仲間もいる。それも解る。

 

食されたのならば、後は残らない。それでもその者を弔う事は出来るが、それでもやはり、遺体はあった方が良いのだ。遺体があれば、最後の別れを告げる事が出来るのだから。

 

その最後の別れすら奪われた。故に絶対に許さぬ、認めぬ。生かして帰すわけには行かない。

 

これはもはや仲間の弔い合戦である。

 

怒りに身を任せた攻撃は間違ってはいない。魔法とは感情によってその威力が左右される。

 

怒りとは即ち、殺意である。ならばその魔法には殺す力があるのだ。

 

だから中級魔族に攻撃が当たらなくても、流れ弾で低級魔族が消滅していくのだ。

 

ならば後はその手数で攻めるのみ。怒りの激情で現状を打開する他ない。

 

例え、その命の灯火すら魔法に代えても。

 

「――――――――――――!」

だがそれでも手の届かない存在がいるのだ。太刀打ち出来ない存在が居るのだ。

 

怒りとは、攻撃である。

怒りとは、殺意である。

怒りとは、混乱である。

 

怒りで状況が把握出来なくなる人は多々ある。だからこそ怒りとは――――。

 

 

 

 

――――怒りとは、破滅である。

 

 

その光景を見たものは間違いなく戦慄しただろう出来事。中級魔族から放たれるこの場の誰よりも速い先制攻撃、石化の極光が魔法使い一同を呑み込んだ。

刹那の内に場は静まりかえる。今だ変わらず辺り一面は火の海。焦げた臭いがそこかしらで漂う。

 

そこに存在するのは数多くの魔族達。

 

そして――――。

 

 

 

――――石にされた、魔法使い達の姿がそこにはあった。

だからこそ、事の顛末を最後まで見ていた者は戦慄し、絶望した。

 

――何故、何故何故何故!!こんな事になった!

どうしてこの様な結末になった!

 

祈りは天に届かず、報われなかった。想像以上の虚無感が身体中を支配する。涙はもう流し尽くした。あるのは痛みと苦しみで、他にはもう何も残っていない。もう誰も助からない。もう誰も、もう誰も――――!!

「おじさーん!ネカネお姉ちゃーん!」

 

その声が聞こえると同時に、身体中の痛みを忘れ、一心不乱に発声元を目指して駆け出す。

 

もう何も、誰も居ないのだと思い込んでいた。だけれど、まだ生き残っていた。誰よりも可愛い可愛い弟分が、まだ生きていた。

 

駆け出すと同時に中級魔族が弟の方に意識を向ける。

 

「――――ッ!!」

 

殺らせる訳にはいかない。最後に残った一筋の光なのだから。それを易々と摘まれる訳にはいかないのだ。

 

他の人は助けられなかった。痛くて怖くて苦しくて、足が震えて動けなかった。見ている事しか出来なかった。何より、たいして力の無い自分が行っても、足を引っ張るのは明白だった。

 

でも今は違う。己よりも遥かに幼く、力の無い弟がたった今、命を狙われている。

 

それを守らなくては何が兄か。

 

例え従兄弟だとしても、あいつは己の弟で、己はあいつの兄なのだから――――!

「そいつに、手を出すなああああああああ――――!」

 

 

 

 

 

――――助けない通りなど、ないのだ。

 


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