凪を継ぐ者   作:蔵島ミト

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超絶不定期更新

気が向いたら綴る



始まり

 

それは、雪の降る夜だった。

誰もがその日の仕事を終え、また明日を迎えると信じて疑わなかった。

 

明日も変わらず平和だろうと、無意識に誰もが思っていた。別れを告げると、また明日と交わされる声。

其処に在るのは笑顔、幸福――――。

 

――――そう、皆幸せだったのだ。

 

 

事の始まりはたったひとつの爆音から。

そこから連鎖する悲鳴と怒号。その地に住んでいた人々の幸せの形は、跡形もなく消え去った。

 

爆音に巻き込まれ、その命を落とす者が数名。結果として、何も知らないままその人生を終える事になったその数名は、言うなれば、最後の幸福だったのかもしれない。

 

――――ならば生き残った者達はどうなるか?

 

その命を取り止めた者達は皆空を見上げた。

日は既に落ち、辺りは暗くなっているのにもかかわらず、夕暮れ時に戻ったかのように明るい。

 

そう、村が、家が燃えているのだ。

 

その事に気が付き、消火しようと奮闘する者もいれば、爆音の犠牲になって、今正に死に絶えようとする者を助ける為に奮闘する者もいる。他には、とにかくその場から逃げる事を選んだ者、ショックで声すらでない者。親しい人、愛する人を失って嘆く者もいる。他にも他にも他にも――――挙げていけばキリがない。

 

そして違和感に気が付くものが数名。

その目線は今だ空に固定されている。

何か何かとその正体を知るべく、ジッと遥か彼方を見通している。

 

そうした緊張の中、誰かがポツリと呟いた。

 

「......あれは...なに?」

 

呟いたであろう者が、疑問をもった空に向けて指を指す。

 

其処に広がるは暗闇。村が燃えて明るくなったとしても、天に広がる空の色は黒である。それでも若干見える何かが居るだけのこと。

 

あれは何か?あれは何か?それは誰も知らないし、知るはずもない。よしんば知っている者が居るとするならば、それはその事に知識が有るものだけ。

 

――――そう、魔法に。

 

そこで漸く空に居る何かの正体を看破した者が一人、二人と出てくる。いずれも魔法に手を付けている者だ。

 

一番最初に看破した者、その者はさながら、村の長老といったあたりか。

 

その長老の目付きが鋭くなる。知った者であるがゆえに、その危険性も重々に承知している。

 

 

――――何故、あれが(・・・)ここに居る?

 

何故、何故、何故と思考はただただ疑問ばかりが浮かんでは消える。

 

そうした自問自答の果てに行き着こうとしていた思考は、再び見上げた空の暗闇にかき消された。

 

それは至極当然の事。ただ見えなかっただけの事。気が付かなかっただけの事。それは一体の魔族。

 

違う、夜空に浮かぶは幾体もの魔族だ。

 

闇夜に紛れてその体を隠していた魔族は、遂にその正体を自ら露にした。

 

「――――――――――」

 

その言葉は人にはわからない。

その音は人にとっての害である。

その眼差しはとどのつまり――――

 

 

 

 

 

 

 

――――人にとっての死刑宣告である。

 

 

そこから人々にとっての、短くて長い悪夢が始まった。

 

ただの人が魔族に勝てるはずもなく、対抗すら出来ない。

圧倒的に個体としての力が、能力が足りていないゆえの敗北。その命は秒を追う毎に食い散らかされ、踏み潰され、破壊されていく。

 

暴虐の限りを尽くす魔族達は嘲笑しているかのように、人々を蹂躙する。

 

それでも何とか生き残る為に、同胞を守る為に、助ける為に動く者たちが居る。

 

そう、その村に住む魔法使い達だ。

 

若い者から老いた者、男、女。色々な魔法使いが其処にはいた。

 

だが、目の前の脅威には恐怖を感じていないわけがない。当たり前だ。そうならないものは、ただの馬鹿か、はたまたただの命知らずのみ。

此処に集う者達は皆、自分達の日常だったものを少しでも取り返すために、その震える足で立っているのだ。

 

「――――――――――――」

 

魔族との意思疏通は叶わない。ならば其処に交わす言葉など一切不要である。

 

多対小。優勢なのが魔族なのは既に解りきっているがゆえに――――。

 

 

 

「いくぞおおおおぉぉぉぉぉ――――――!!!」

 

 

何よりも誰よりも村の存続を願う老いた男の啖呵を皮切りに、激戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

――――先手必勝。魔族共に遅れを取る必要は欠片もない。繰り出される攻撃魔法は正に多種多様。

 

あるものは火を使い、あるものは水を使う。

あるものは土を使い、あるものは風を使う。

 

それらが織り成す千差万別の魔法は正に万華鏡。

 

幾重も重なり威力を増す魔法に魔族達は若干の遅れを取るが、たかが人間の攻撃。種別も個体も何もかも違う魔族がそんな簡単に沈む筈もなく――――

 

「――――――――――!」

 

その動作とその攻撃に何かを感じた魔法使い達は回避の動作を取ろうとするが、不意を突かれたとこもあってなのか、完全に回避をすることができずに、数名が一閃をくらう。

 

ただの一閃。しかしその一閃は決して多くはないが、確実に数名を戦闘不能に追い込んだ。

 

それは石化である。

 

その攻撃を受けたものは、人によって石化する速度は異なるが、最終的には完全に石と化してしまう危険な呪い。

 

それを受けた者が数名。

己が石になっていく感覚に絶望して一瞬で何もかもを諦める者。石になるのならせめて、一矢報いる為に最後の魔法を射つ者などがいるが、魔族達には届かない。

 

思いのままに蹂躙するのみ。破壊するのみ。

それらの想いは全て天に広がる暗闇の様に無に帰した。

 

そして人数が少なくなった分、掛かる負担も増えるというもの。単純に手数の問題でもある。

今まで5の魔力で対処していたのが、いきなり7ないし8に増えるのだ。己の魔力が続く限り奮闘はするが、それも時間の問題である。

 

この圧倒的劣勢を打開するためにはどうしたら良いか。

 

選択肢は複数に。

 

まずは誰かが助けに来てくれるのを待つか。無理だ。さっきの通り時間がないから選べない。

 

続いて同胞の誰かが覚醒して魔族達を全消滅させるか。これも無理だ。ここに(・・・)はそれほどの潜在能力を秘めた者は誰一人としていない。

 

ならば最後は居るかどうかも解らない神に頼む他ないだろうが、世の中そんなに甘くはないのが世の理。

 

結局自分達で何とかしなくてはいけないわけだ。何も変わりはしない。

 

ならば7ないし8を、10ないし15にして文字道理死闘を繰り広げるのみ。

 

そのようにして駆け抜ければ、何かが起きるはずと信じる他ない。

 

だから信じる。己を信じる。仲間を信じる。あぁそれは尊く、素晴らしいものだ。信じるものは救われる。誰かがそう言ったのならば、その様に世界は、宇宙は動く。

 

そもそも我らは何の罪も無い。何の前触れも無く降って湧いた厄災に蹂躙されているだけ。そんなことは間違っている。ただ幸せな時間があった。かけがえのない毎日があった。それがいきなり消えるなど――――

 

 

「――――ふざけるのも、大概にせんかァァあああ!!!」

 

その怒りは正当である。

だが、魔族にはそんな言葉は届かないし通らない。しかし、言葉は通らずとも――――

 

 

「――――!?!?」

 

その想いは通る。その魔法は届く。結果として数体の魔族は消え去った。

 

しかしそれは怒りの力。最初は5。次に7、8。終わりに10、15。

 

今しがた繰り出した気合いの怒号は実に30。

 

この光景を見た同胞はその顔に少しだけ光が指す。

逆の立場の魔族はと言うと、特に何も感じてはいない。

当然だ。彼らは低級魔族。低級が故に、その瞳に確固たる意思は宿らない。ただ己の欲の思うままに行動するだけである。

 

魔法使い達はこの一手を無駄にしない為に、一人一人が一手毎に限界に近い魔力を使って場面を引っくり返そうと試みるが...。

 

魔族複数消滅させた男の魔力は底に尽きかけていた。

それは至極当然のこと。いくら己が一番長く生きているとしても、勝てない物が必ずある。

 

老いだ。己はもう激しい動きは出来ないが、普通に暮らす分なら何も問題無かったのだ。しかし現状は違う。激しい動きを要求され、殺傷力の高い攻撃をしなければ行けない。

 

とどのつまり、体力切れである。

 

長老はもうその場を動けずにいた。

誰もがその事に気が付いた時にはもう手遅れであった。

 

だからこそここで別の手が入る。

 

それは先程逃げて行った人々。武器を背負い、銃を持ち出し、杖を掲げる。

 

ここから対魔族戦は佳境に向かう。

 

信じていれば必ずや何かが起こる。

諦めなければ夢は必ず叶う。

 

そう、これは一切疑わずに己を信じた長老の意地の勝利だった。

 

援軍が来た。それだけで、掛かる負担は激減される。

 

皆の表情に次々と光が射していく。

 

だが忘れてはならない。自分達が何と戦っているのかを。誰を相手にしているのかを。

 

それは魔族。そう、魔族だ。

 

それも低級の。

 

ならば中級の魔族が居ない訳がない。

 

ならばそれは何処に居るか――――

 

 

 

 

 

 

――――それは今もなお炎上し、燃え続ける家の中にそいつはいた。

 

辺りには何かの塊が散らばっている。

色は赤黒く、不規則に動いているものもあれば、完全に止まっている物もある。

 

赤黒い塊の中央に立つ、角の映えた黒いナニカ。それこそが、中級魔族であった。

 

食事が終わった中級魔族が、食後の運動とでも言わんばかりな感じで低級魔族達と合流を果す。

 

食後の運動とは名ばかりの全力ダッシュ。

その威力は車が孟スピードで走ってくるのと同じで、それに轢かれたらどうなるか。

 

答えは簡単。人は死ぬ。

 

援軍が来るやいなや、瞬きの間に状況は再び劣勢になっていた。

 

 

 

 

――――悪夢はまだ終わらない

 

 


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