魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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 前半が同じで、中半から違います。あと、ちょっと嫌だと感じるかもしれません。


第五話 流れ月

「お~、大にぎわいだな~」

 

『うむ、我もそう思う』

 

 日が高い時間帯。ゼロの賛同を小声で返しながらマサトが軽く周りを見渡すと、多くの建物と人が行き交う姿が目に写る。二人が今いるここはレグニーツァの公都。その城下町だ。

 マサトはこの日ここにいるのは、アレクサンドラと一緒に何時もの検査を済ませたあと、そろそろ必要な道具が揃うと告げられ、忙しい日々になる前に休日を味わうと良いと言われ、外に出ることとなった。

 また、アレクサンドラはマサトが気になる物がある際の購入に備え、ある程度の通貨を渡している。勿論、使えばその分借金は増えるが。

 ちなみに、アレクサンドラの身に何かあった場合は、前の担当医師が対応することになっている。

 

「さて、行くか。かといって、適当に歩くつもりは無いけど」

 

 最初は初めての休日に困惑したものの、それならそれで城下町の構造を直に見ることが出来る。

 自分で物を買うときに備え、地図や話からではなく、直接この目で見て覚えて措きたかったため、今日は城下町の見て回ることにしたのだ。

 

「いざ、視察へ」

 

『休む気あるのか、そなたは』

 

「これが俺の休み方なの。時間は有限、ただ休むなんて、無駄なだけ」

 

『はぁ、そなたは……』

 

 呆れ口調だが、尤もだとも思った。第一、今からはマサトの休日。急が無い限りは、どうするかを決める権限は彼だけにある。

 

「レッツゴー、ってな」

 

 マサトは人の波を潜り抜けながら、前にザウルから受け取った公都の地図の情報を元に決めた進路を歩く。その途中で気になるのは、かなりの数がある露店だった。

 ――パッと見、祭りみたいだ。

 こちらとあちらの違いを楽しみつつ色々見渡すと、一つの店に目が止まる。その店は本屋らしい。

 ――入ってみるか。

 入店し、中を伺う。情緒のある、良い雰囲気の店だ。店長は老人だが、店員には自分より年下と思われる若者もいた。

 マサトは棚にある本一冊一冊のタイトルに目を通す。どうやら、この店は昔の本、お伽噺の類のがメインらしい。

 もう少し目を通していくとその途中、あるタイトルの本が目についた。その本の名は。

 

「――魔弾の王」

 

 青年はその本を手に取り、タイトルを見つめる。昔の本そうなのに、弾と言う単語が気になったのだ。

 ――……魔弾の、王?

 その単語にゼロはざわっとした、奇妙な感覚を覚える。何処かで聞いたことがあるような、そんな感じがしたのだ。

 ゼロが話さないため、その状態になったことも気づけず、マサトはもしかしたら、銃と関係している可能性もあると考え、店長に渡し、代金を支払う。

 その際、店長にこの本は何処のかと尋ねたが、最近入荷した本だが、出本は知らないようだ。

 外の休める広場に移動し、腰を下ろすと読む。昔のを、今の時代の言語に書き直した本らしい。

 内容は自分が期待していたのとまったく別物で、黒銃やゼロのことに関しては何一つ判明しなかったが、気になる点もあった。

 ここに記されているのは女神から渡された弓を受け取った男が、あらゆる敵を打ち倒し、王になるというもの。

 引っ掛かるのは、何故弓なのに『矢』でなく、『弾』であるのかと、女神という――自分個人は不快と思う存在だが――神聖な存在が与えたのに、『魔』の単語が付いているのかだ。

 普通、光や聖などの、明るいイメージの単語が付くはずだ。何故、『魔』なのか。正直、不吉な予感がする。

 ――もしかして、何らかのリスクのある力か?

 だとしたら、魔という単語が付いても不思議ではないが、そんなものを与える女神。ろくでもない神だろうと、マサトは心の中で罵倒する。

 ゼロに自分のその意見の感想を求めるも、その時にマサトはゼロが妙な状態にあることに気付く。

 周りに疑われぬよう、また適当な建物の物影に隠れ、ゼロに問い掛ける。

 

「ゼロ、大丈夫か? おい?」

 

『……う、あ? ま、マサ、ト……?』

 

 途切れ途切れだが、銃は使い手の声に何とか返事をする。それから数分後、意識がある程度楽になる。

「大丈夫か?」

 

『……あぁ、すまん。楽になった……』

 

「良かった。でも、どうしたんだ?」

 

『……魔弾の王。あれを聞いてから何故か妙な感覚が感じた。理由は分からぬが、な……』

 

 ――何か、関係があるのか?

 魔弾の弓、女神、そのどちらかがゼロか黒銃には。

 ――だけどなあ。

 現状、情報が圧倒的に足らない。幾ら考えても推測にしかならず、完全な答えまでにはなりはしないだろう。

 この思考を切り上げ、ゼロが完全が楽になるまで待つ。十分程で大丈夫になったらしく、マサトは外套の中に作ったポケットに本を仕舞い、歩きを再開。

 

「喉少し乾いた。果実水を売ってる店を探してから、違う所に行くか」

 

『その途中でそなたの御目に適う店があれば、一石二鳥だな』

 

「あると良いな」

 

 喉を潤すため、果実水を売っている店を探し、その途中で一つ興味が惹かれた店でじゃがいもにバターがのり、数ヶ所を板状に抜いて代わりに仕込んだ板状のチーズを購入。歩きながらかじっていく。

 

「んっ、中々」

 

 値段以上の価値がある味にマサトは舌を満たす。良いものが買えて、上機嫌だ。

 その機嫌のまま、果実水を売ってる露店を発見し、林檎のジュースで喉を潤す。

 

「飲んだ飲んだ」

 

 気分も喉も十分に潤い、満たされた気持ちで歩いていく。

 

「――あっ」

 

「――おっと」

 

 ――ん? これは……。

 ゼロがそれを感じたのと同時に、マサトが角を曲がろうとすると、誰かの影が見えた。身体を止め、ぶつかるのを避ける。

 

「大丈夫? 当たってない?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 マサトがぶつかりそうになった相手は、自分より背が低く若い子供だった。但し、フード付きのコートで顔を深く隠しているため、顔は見えない。

 ――……何で、こんな怪しい格好してんの?

 子供だから怪しさは薄れているが、大人ならば不審者以外の何者でもなかった。それに、背負っている布に覆われた何かも目立つ。

 

「……何でしょうか?」

 

「ん?」

 

「さっきから人をじろじろ見ているので、何か用があるのかと聞いています」

 

 どうやら、物珍しさらついつい見ていたらしい。

 

「あぁ、不快にさせたのならごめん。謝る。でも、ちょっと怪しくて……」

 

「……そうでしょうか?」

 

「俺から見るとちょっと……」

 

 公都の道で子供と大人が互いに悩む。端から見ると、奇妙としか言い様が無い光景だ。

 

 其処で二人が留まっていると、何やら騒がしい声がしてきた。

 

「何の騒ぎ?」

 

「……面倒です」

 

 警戒していると、子供が言葉通りの表情でそう呟くのを、マサトの耳に届いた。

 

「どういう意味――」

 

「見つけたぞ! こんなとこにいやがったか!」

 

 大声にマサトが振り向くと、如何にも不良と言えそうな外見の男、二人組が物凄い剣幕で少年に近付いて来ていた。マサトは子供の前に立ち、二人組を目で牽制しつつ、話を聞いてみる。

 

「何のよう?」

 

「どけ! 用があるのはそいつだ! 関係の無い奴は退いてろ!」

 

「この子は俺の連れなんだけど」

 

 咄嗟に嘘を付きながら警戒心を高め、同時に子供に話を聞く。

 

「大体は読めるけど、こいつら何?」

 

「町を知らないわたしに案内すると言って来たのですが、少し怪しいと思い、断ったらしつこく迫ってくるんです」

 

 ――『わたし』?

 子供のその一人称に、マサトは疑問符を浮かべるも、今は二人組の方を優先する。

 

「そんなことだろうとは思ってたけど」

 

 説明を聞いて、マサトはハァとため息を吐く。一方で二人組は舌打ちをすると、二人同時にマサトへ襲いかかってきた。

 

「――ふう」

 

 マサトはドンと大地を蹴って加速。攻撃を軽々回避しつつ、一人の脹ら脛目掛けて蹴りを当てる。痛みで苦悶している隙に、相手の横に移動。

 もう一人の攻撃を遮りながら、脇腹へと二人同時に飛ばそうと追加の蹴りを叩き込んだ。もう一人は運良くその攻撃を回避するが、その隙を子供に狙われ、拳が鳩尾に叩き込まれ悶絶した。

 ――へぇ。

 子供は一瞬の隙を見逃さず、急所へ的確に当てた。顔色も一切変化が無いところから、子供にしてはかなりの余裕と実力があることが窺える。

 見たところ、自分の半分ぐらいの年頃でこの実力にマサトは感嘆、パチパチと拍手する。

 

「お見事」

 

「大したことではありません」

 

「そっか。――で? お前らはどうする?」

 

 マサトは威圧しながら二人組に問いかける。二人組は負け惜しみの台詞を溢し、この場を去った。

 

「留めてごめんな。余計な騒動に巻き込ませてしまった」

 

「いえ、直ぐに立ち去らなかったこちらにも非があります。寧ろ、こちらが謝る立場かと。貴方を巻き込んだのですから」

 

「そうか? まぁ、何にせよ……」

 

 二人が周囲を見渡すと、城下町の人々が自分達を見ていた。

 

「……ここから離れた方が良さそうだ」

 

「みたいです。そうしましょう」

 

 二人は急いでその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

「ここまで来れば問題ないか」

 

 全速力でかなり走った二人は、適当な建物の影から周りを確かめる。

 

「少なくとも、さっきの騒ぎからは離れてたと思います。ですが、ここは何処なのか……」

 

 ある理由から元々、場所の把握をしてしない子供は困ったように呟いた。

 

「それなら、人に聞けば良い。幸い、道は覚えて――」

 

「どうしました?」

 

「君、女の子か」

 

「あっ……」

 

 ふとマサトが子供を見ると、走った勢いでフードが外れており、その中から少年ではなく少女の素顔がはっきりと見えていた。

 特徴はピンク色と言うよりは薄い紅色の髪に、幼さこそは残っているが、美少女と言って過言ではない顔付き。何処か冷たさを感じる表情ではあるも、不思議な愛らしさを感じる。

 一人口調がわたしで、大の男二人が少年を狙うのは変とは思っていたが。

 ――しかし、こんないたいけな子を狙うか、普通?

 年に似合わない強さこそはあるが、それ以外は魅力はあるとは言え、まだ子供だ。

 ――とんだロリコンだなあいつら。

 マサトがそう思うと、少女はフードを被って顔をまた隠した。

 

「……すみません」

 

「別に良いよ。君はこの後どうする? 目的地があるなら、知ってたら道ぐらいは教えるぞ?」

 

「良いのですか?」

 

「さっきの詫びみたいなもんだ。気にしない」

 

「わたしの方が迷惑をかけました。そうしてもらう必要がありません」

 

「それでも道ぐらいは知っとく。更に迷うぞ」

 

「……そうします」

 

 たたでさえ、少女は既に迷っていた。せめて、現在地ぐらいは知ろうとマサトと一緒に町人達に話を聞いたり、露店で多少買い物してから一度集まって情報を共有する。

 

「――と言ったぐらいです」

 

「なるほど、現在地も分かった。どこに行きたい?」

 

「公都の西側に行きたいです」

 

「目的地は?」

 

「助けてくれたお礼はありますが、そこまで貴方に言う必要はありません」

 

 それもそうかとマサトは納得し、方角を指すと少女はそこに向かって歩き、マサトも少女と同じように歩く。

 

「付いて来るのですか?」

 

「単に行く場所は同じなだけ。それ以外の理由はない」

 

 少女はその理由に一応納得すると、また二人は一緒に歩いていく。と言っても、マサトから距離は取っているが。

 ――……本当に方向が同じなだけか。

 少女は万が一に備え、マサトがさっきの連中同様、何か企んでいる可能性を考えていたが、彼の動作を見て杞憂だったと悟る。彼は完全に善意で自分を案内しているだけだと。

 ――ただ、まだ読み違いの可能性もある。警戒は怠らない方が良い。

 仮に襲ってきたら、多少目立ちはするが自分の『武器』で凪ぎ払うだけ。そう決めると、『確かめながら』町を見ていく。

 ――これがアレクサンドラ殿の公都か。

 少女は病の身でありながら、このレグニーツァを治める戦姫を、未熟な自分なりに評価していく。

 町は活気に溢れ、民は笑顔に満ちている。これだけでも、十二分に立派であることが証明されている。

 単純ではあるが、それが一番難しいのだから。況してや、彼女は病人。より難しいはずだ。

 さっきの不良についてはああいう類いは何処にでもいるので彼女は放っている。

 少女がその評価をしていると、マサトは彼女に違和感を抱く。

 ――何か妙だ。

 何と言うか、色々と変な感じがするのだ。子供が一人で歩いているのは勿論、まるで身を隠すかのようなマントとフード。二つ共かなり汚れているところから、着ているのは少なくとも、一日や二日はあり得ない。

 旅人にしては、こんな子供がする理由が読めない。背負っている物も見えはしないが、形状が引っ掛かる。

 ――武器?

 ただ、ハンマーや大剣の類いではない。まるで斧の様に見えるが、こんな子供が気軽に振るえる斧があるだろうか。それに態度も引っ掛かっていた。

 町を眺める様子にしても、見ているというよりは、品定めしている風に見えるのだ。

 しかも、目付きからはまるで、戦う者の雰囲気を感じ取れた。

 一体、何者なのか――と、マサトはそこで打ち切った。偶々会った少女にそこまで警戒する理由が無い。

 万一、敵になる可能性を考え、顔と特徴を頭に叩き込むと露店探しを再開するが、その時にゼロに話し掛けられる。

 

『マサト、その者だが……』

 

「この子? どうした?」

 

『……背中にくるまれた物から力を感じる。アルシャーヴィン様のバルグレンと同じ物を』

 

 その台詞に、マサトは思わず少女を見そうになったが、寸前で止める。ゼロの言葉が正しいとすれば、可能性はたった一つ。

 ――戦姫……!

 自然の力を宿す竜具に選ばれた所有者であり、統治者。それ以外に、同じ物などあり得ない。

 ――けど……。

 戦姫が何故、こんな場所にいるのか。戦争や外交など、余程が無い限り自分の公国で政務に励むのが普通のはず。

 何より、若すぎる。見たところ、十二歳程としか思えない。最年少と言っても過言では無いだろう。

 ――……最年少?

 そう言えばと、あることをマサトは思い出す。この数日間で戦姫や公国について一通り知ったが、その中で一番若く、しかも、今は自分の公国から離れて行方知らずになっている人物がいた。その人物の名は。

 

「――オルガ=タム」

 

 本当に小さな呟き。しかし、少女は確かに聞いた。自分の名を。そして、思わず反応して目を開き、青ざめた表情でマサトの方を向いてしまった。

 

「あ、貴方……。私を……!?」

 

「本人……」

 

 ――し、しまった……!

 少女――オルガは、慌てて口を抑えるが手遅れだった。マサトの方を向いただけでなく、さっきの台詞で自分がオルガ=タムなのだと、証明してしまったのだから。現に、マサトは完全に確信を得ていた。

 

「――くっ!」

 

「あっ、ち、ちょっと!?」

 

 戦姫である少女は、恐れの感情から、マサトと離れるべく、全力で走る。

 一方、マサトは呆気を取られてその場に止まったため、二人の距離はみるみる広まる。十数秒も経った頃には、オルガは見えなくなっていた。

 

「オルガ=タム……。こんなところにいたなんて……」

 

 オルガが走り去った方向を、マサトは驚愕がまだ残る眼差しで見つめる。

 

『……どうする気だ?』

 

「……どうしようかね」

 

 オルガは、レグニーツァの戦姫ではない。本来なら深く関わる理由もない。

 しかしだ。あんな恐れを抱いたままの少女を放置するというのは、後味がかなり悪い。

 離れた理由についても、さっきのやり取りである程度推測出来た。

 ――……それに。

 自分の過去と、己の掲げる信念。そして、さっきのオルガを見ると、どうにも放って置けなかった。

 

「彼女を見つける。ゼロ、感知出来る?」

 

 さっきの様子から、ゼロはどうやら竜具の力を感じれるらしい。ならば、ゼロに見付けてもらうのが手っ取り早い。

 

『離れてる上に、布にくるまれている。かなりの近距離でなければ、無理だ』

 

 期待してマサトだが、残念ながら簡単には行かないようだ。

 

「なら、方法は一つ、だ」

 

 青年はその足を進めた。

 

 

 ――――――――――

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 どれだけ走ったろうか。最初はとにかく、彼から離れたい一心で無我夢中に走ったが、何度も人にぶつかったため、表道から裏道に切り替えてまた全力で走った。

 

「……疲れた」

 

 精神的に焦っていたせいか、何時もの何倍も疲労した気がする。壁にもたれ掛かり、呼吸を繰り返す。

 

「……まさか、こんなところで」

 

 自分を知っている人物に遭遇してしまうとは、完全に想定外だった。

 ――でも、何故……。

 あの人物は、自分を正確にオルガ=タムだと見抜いたのだろう。こちらの失敗はあったが、髪や目はフードで、一番目立つ竜具も布で隠していたのに。

 ここは公国の中心都ではあるが、自分が治めるべき公国からかなり離れている。自分に少なからずの特徴があるとは言え、簡単に分かるはずがない。

 過去に自分と遭遇したことがあるのか。それとも、別の要因で気付かれてしまったのか。

 ――……今日中に出よう。

 彼が何者か分からない以上、この公都に止まるのは危険過ぎる。

 呼吸も安定してきたので、外に向かって歩く。

 

「……情けないな、私は」

 

 つい、オルガはぽつりと溢す。答えも出せず、知っているだけの相手から逃げる。情けないことこの上ない。とぼとぼと、惨めさすら感じる様子で歩くと。

 

「あぁ、ここにいましたか」

 

 オルガの目前の角から、マサトが姿を表す。

 

「な……。何故、ここ、が……」

 

「人に話を聞けば、情報なんて直ぐに集まりますよ?」

 

 特に、オルガは子供で少し格好が目立つし、全力で走っていた。なので、道行く人や露店をやっている人達に話を聞けば、簡単に情報が集まったのだ。

 

「まぁ、ともかく――」

 

「……ふっ!」

 

 話をしようと一歩先を歩いた瞬間、オルガが背の布に覆われた武器を振るう。

 その行動にマサトは目を開くが咄嗟に黒銃を抜き取り、その一撃を何とか流す。しかし、腕に強い衝撃と痺れが残った。

 ――子供の力じゃねぇぞ、おい!?

 受け流したにもかかわらず、この痺れ。明らかに並みの大人の力を優に越えている。しかも、一撃もかなり鋭く、防げたのは奇跡に近い。

 

「……悪いが少しの間、寝てもらう!」

 

「お断りします!」

 

 寝てもらうと言う台詞から、自分を殺す気は皆無であり気絶に留めるつもりだと理解したが、無闇な怪我や失神は勘弁である。黒銃を構え、応戦の意を示す。

 

「――角貫の弐(ドウヴァローク)!」

 

 オルガは地面を蹴って加速。その勢いのまま、武器を振るう。と見せかけて、一気に後退。マサトと十分離れた瞬間に武器を地面に叩き付ける。

 すると、オルガとマサトの間の地面から二人を分断するように、分厚く大きい土色の柱が勢い良く出現した。

 その光景に、マサトは驚愕する。武器を叩き付けた瞬間に、地面から土の柱が突き出た。原理不明のそれは正しく、ファンタジーだ。

 ――って! 驚いてる間は無いな!

 オルガがこれを使って、逃走しようと明白だ。直ぐに対処しないと逃げられてしまう。

 

「――エンチャント」

 

 マサトは弾を両足に撃ち込む。力が付与されたのを実感すると、地面を蹴った。

 同時刻、オルガは今度は簡単に見付からぬようにフードを下ろした状態で裏道を走っていく。

 この後は、表通りに移動し、人混みに紛れながら歩く。そうすれば発見は困難だ。表通りへの道が呼吸を安定させてから行こうとした。

 

「――見付けました」

 

 どういう訳か、さっきの青年の声が背後ではなく空から聞こえる。次の瞬間、前の道にマサトが下り立った。

 

「ど、どうやって……!?」

 

「秘密です」

 

 あの柱をどんな方法で超えたのかを恐る恐るオルガは訪ねるも、マサトにそう返されてしまった。

 

「……私を、どうする気だ? 私に……何を望む?」

 

 もう一度力ずくでこの場を切り抜ける、という方法も無くはない。しかし、ここは表通りに近い裏道。今度は確実に騒ぎになってしまう。今の立場を考えると、不利になるのは自分だった。

 かといって、逃げても彼の方がここを把握しているらしいので、何れはまた見つかるだけだろう。大人しくするしかできなかった。

 

「そうですね、とりあえず――何処かの店で話でもしませんか?」

 

 どうやら、今すぐに報告されることは無いらしい。

 

「……分かった。ただ、一つ条件がある」

 

「何でしょう?」

 

「……会話中は、その敬語を止めて欲しい」

 

 戦姫だと知られるまでのやり取りからの違和感や、今の自分の立場から、敬語はどうしても嫌だった。

 

「……分かった」

 

 向こうにも思うところがあるのだろう。マサトは敬語を止め、オルガと共に歩く。

 

 

 ――――――――――

 

 

「よっと、こんな場所は初めてだな」

 

「貴方は、こう言った所に来た事は無いのか?」

 

「まあ」

 

 二人が今いる場所は、酒場。文字通り、酒を飲む場所。そして、こちらの今では人が集まり、情報を提供し、交流を深める場でもある。

 その分、荒れやすくもなる場所だが、ここは公都の酒場のためか、そんな雰囲気は感じない。こっそりと重大な話をするには、一番良いだろう。

 念のため、隅辺りの席を選び、飲み物と軽いつまみを注文する。但し、酒は断っている。

 数分後、分厚く切り、焼いて塩をかけたじゃがいものつまみと果実水が届く。軽くつまみ、飲むとマサトから話を切り出す。

 

「さて、話し合いを始めようか。先ずは自己紹介から。俺はマサト。ジスタード人じゃなく、他国から来た。今は色々な事情から、レグニーツァの公宮に身を預けてる」

 

「つまり、アレクサンドラ殿の臣下か」

 

「外れ。俺は公宮に身を預けてるだけであって、あの人に仕えてる訳じゃない」

 

 そもそも、自分の国や立場から主従とは無縁だった。なので、誰かの臣下になるのは今一ピンと来ない。

 ――……臣下ではない?

 ならば、何故公宮にいるのだろうか。第一、臣下であっても余程の実力や人柄でなければ、戦姫の住む公宮に勤めるのは難しい。ジスタード人ではないなら、尚更。

 ――気にするべきではないか。

 今は自分に関する話をするかどうかが重要。彼の立場や事情などは後回しである。

 

「改めて名乗る。ジスタードの東にある公国、ブレストを治める、『羅轟の月姫(バルディシュ)』、オルガ=タム。所持する竜具は、『崩呪の弦武』、『羅轟』と呼ばれる、ムマ」

 

 布の一部が外され、中にある竜具ムマが姿を表す。大きさは小柄なオルガに合わせてか、刃も柄も短い。

 但し、装飾はバルグレン同様、見事な物だ。刃には細かな紋様が刻まれ、柄と刃の接合部にある拳大の黄玉が埋め込まれている。

 オルガはマサトに数秒間見せると、目立つのを避けるべく、また布でくるんだ。

 

「……とはいえ、今は国から離れて放浪している身だが」

 

 はぁと、羅轟の月姫は自分の不甲斐なさから、ため息をつく。

 その様子を見る限りは、マサトにはどうにもオルガが戦姫には見えなかった。

 見た目は省くとしても、威厳や雰囲気がまるで足りず、年相応の少女としか思えない。

 

「悩みが深そうだし、本来はゆっくり聞きたいところ、なんだけど、こっちはそんなに自由な立場じゃないからな。率直に聞く。ただ、言いたくないことは言わなくて良い」

 

 了承したと、オルガは首を縦に振る。

 

「じゃあ、早速質問。――耐えられなかったのか?」

 

 青年の一言が、月姫の心を深く突き刺さる。正しく、その通りなのだ。

 

「……どこまで知っている?」

 

「言っておくけど、俺はお前をほとんど知らない。さっき正体を知ったのは、確信できる要素があったからだけど、今のは単なる推測だ」

 

「……その推測というのは?」

 

「若くして戦姫になったは良いが、次第に戦姫の立場や家族の期待の重さに耐えきれず、国から出ててしまった。どう?」

 

「……あっている。情けないことに」

 

 足りない部分もあるが、マサトが自分を知らない事を考えると、無くて当然だった。

 

「……見事な洞察力だ」

 

「見事かねえ? こんなの、ちょっと考えれば誰でも思い至るだろ?」

 

「何故そう思う?」

 

「十代の少女がいきなり、公国とはいえ、一国を背負う羽目になるんだぞ? 今までの立場、今の能力と関係なくだ。そうなっても不思議じゃないだろ」

 

 例え、それなりの地位に生まれ、その地位に相応しい努力していた者だとしても、一国を預かるのだ。その重みは計り知れない。

 

「……私を臆病者だとは言わないのか?」

 

「お前が臆病者なら、周りの臣下や竜具は――無能だな」

 

 とんでもないにも程がある一言に、オルガはまた目を見開き、ポカンと口を開く。マサトは臣下だけでなく、竜具までも無能と言ったのだから。

 そして、彼女の背中ではムマが怒りを抱いたのか、マサトに向けて力の波動を放っていた。本人は欠片も動揺しないが。

 ――……とんでもないな。

 黒銃のゼロも、目の前に戦姫と竜具がいるにもかかわらず、今の発言をしたマサトにはある種の戦慄を抱いていた。

 

「……怒ったようだ」

 

「あっそ。けど、事実だろ。現に、お前がここにいることがその証明だ」

 

「……私が?」

 

「十少しの少女を、一国を預ける立場に選んで置きながら、補助しきれずに出てしまう結果を生んだ。そして、そうなるまで気付けなかった臣下達。これが、無能以外の何だって言うんだ?」

 

 自分に波動をぶつけてきたムマに、マサトは冷たい眼差しにして睨む。

 

「……私が弱いからの理由が、大半だと思うが」

 

「主を支えるのが、臣下の役目だろ。肉体的にも精神的にもな」

 

 歴史書によると、竜具は四百年近く前からあるらしい。実際は不明だが、それでも最低百年以上は様々な戦姫に触れ合って来たはずだ。

 なのに、その経験を活かせてない。マサトからすれば、無能と呼ばれて当然。そして、臣下達も歳上なのにオルガの心境を察せなかった。やはり、無能だ。

 

「更に言えば、試練の一つぐらいは用意してやるべきとも思ってる」

 

 そうすれば、オルガは試練の経験を活かし、重圧にも耐えれる心を養えたかもしれない。

 

「竜具の選択以外、無条件の継承。やっぱり、異常だな」

 

 制度の欠点を諸に受けたオルガを見ると、やはり滅茶苦茶としか思えなかった。

 

「……はっきり言う人だな、貴方は」

 

 今、その制度を導入している国におり、目の前に戦姫がいるのにその批判を平然と言う。凄い胆力である。

 

「どう評しようが、俺の勝手だろ。俺は俺の意思で自分の意見を述べてるだけだ。まぁ、流石に時と場所は選ぶけどな」

 

 その意見を言うと、マサトは軽く果実水を飲んで喉を潤した。

 

「……もし」

 

「ん?」

 

「もし、出る前の私もそう言えていたら。……旅をせずに済んだのだろうか」

 

「……過去に、でも、もしを持ち込んでも何の意味も無えよ。後悔は無くならない、死者は生き返らない、悲劇は消せない。無駄なだけだ」

 

 ぽつりと溢したオルガの『もし』に、マサトは苛立ちを含んだ声色でそう返す。

 残った果実水を一気飲みし、空になったコップをテーブルに強めに叩き付けた。

 

「……すまない、不快にさせたようだ」

 

 初めて見るマサトの荒れた態度に、オルガは頭を下げる。さっきの様子から、彼は過去に何かが有り、それが理由で後悔から過去に『でも』や『もし』を持ち込むのを嫌うのが分かった。

 

「……気にしなくていい。こっちがまだ子供なだけだ」

 

 憂さを晴らすようにマサトはつまみをかじり、追加の果実水を頼む。

 お代わりが届くと、内の感情ごと飲み干すようにまた一気飲みし、それで落ち着いたのか、軽くため息を吐く。

 

「話を戻す。俺達が今どう思おうが、過去は変わらない。何時だって変えられるのは未来だけ。それも、死に物狂いで足掻く者にしか、その権利は与えられない」

 

「……今の私には、無縁の権利だな」

 

「あぁ、そうだな。――で? どうする?」

 

「どうする……とは?」

 

「そのまま、何時までも進まないでいるつもりか。それとも、足掻くかってこと」

 

 前半の台詞に、オルガは少しムッとする。

 

「……失礼だが、私は私なりに進もうとしている」

 

「――さっき、知っているだけの俺から逃げて、挙げ句は気絶させようとしたのに?」

 

 痛いところを突かれ、オルガは言葉に詰まると、顔を俯かせた。

 

「他の場所を見て回って、自分、若しくは戦姫がどうあるべきなのかを探す。旅の理由は大方、こんなところか?」

 

 他には、家族や臣下の期待に応えれない恐怖や、逃げた自分への後悔から、逃げるように旅をしていたという推測もあったが、さっきの発言を聞いてこれは省いている。実際は少しあるかも知れないが。

 

「……その通りだ」

 

「で? それは成果あったの?」

 

「……あと一ヶ月ほどで一年になるが、正直あまり」

 

「アルシャーヴィン様や他の戦姫達には会わなかったのか?」

 

 戦姫ならば、答えが出ずとも良い経験になったはずだ。

 

「……私は最年少の上に、成り立てだ。友好な関係の相手はいなかった。他の戦姫に戦姫として会えば、彼女達に借りを作るか、弱味を見せることになる。それは避けたかった」

 

 その台詞に、マサトは呆れたように深いため息を付く。

 

「……何故、ため息を付く」

 

 月姫は少し怒りを込めた眼差しでマサトを睨むも、本人は微動だにしない。

 

「お前さ、さっき戦姫として会ったら借りができたり、弱味を見せるとか言ってたけど――逃げた奴に、そんなことを気にする権利や資格があるとでも思ってんのか?」

 

「そ、それ、は……」

 

 青年の冷たく、厳しい指摘に、少女の怒りと言葉は抑えられる。彼の言う通りだった。公国から、戦姫から自分は逃げた。それは紛れもない事実だ。

 

「だ、だが、さっき言ったように、戦姫としての借りや弱味を作ればブレストに迷惑が掛かるかもしれない。だからこそ、迂闊には――」

 

「統治者不在のブレストに掛けてるのに?」

 

「じ、ジスタードの公国には官僚制がある。現に、ブレストはわたしがいなくても、何とかはなっていた」

 

「統治者がいた方が、良いに決まっているだろうなあ。政治も、軍事も」

 

 鋭い指摘に、オルガは反論を止めてしまう。

 

「そうだな。この際、はっきり言ってやるか。今のお前は、自分の過ちと向き合えてない子供以下だ」

 

「こ、子供以下……?」

 

「同情はするよ。十ちょっとで、いきなり今までの場所から離れ、国を背負うことになる。俺には分からないけど、辛かったろうし、苦しかったんだろうな。――だけどな。だったら、どうして無理だと臣下や家族に一言だけでも言わなかった? どうして、逃げてしまった? どうして、一生悔いが残る行動を選んでしまった?」

 

 オルガは、何も答えれなかった。彼の言う通り、一言でも掛けていれば。現状は変わっていたはずだ。

 

「貴族や戦姫の誰とも会わず、ブレストや家族に向き合おうとしないのに、自分なりに進もうとしている? 説得力が微塵も無えよ。逃げたままの今のお前は、当然ながら戦姫でも、重荷に押し潰された被害者でも、子供ですら無い。ただの愚か者だ。そんな奴が、ぬけぬけと弱味や借りを気に出来たもんだ」

 

 どこまでも厳しい言葉に、少女は無言で俯くことしか出来なかった。

 重く、苦しい空気が二人の間を漂う。数十の時が経つと――オルガが絞り出すように呟く。

 

「……貴方の、言う通りだ。今の私は……愚か者だ」

 

 借りや弱味など、考えることすら馬鹿らしかった。そもそも、その資格や権利が無いのだから。

 本気で進もうとするなら、例え家族、臣下や他の戦姫、貴族達に卑下され、罵倒されようとも、頭を下げて会いに行くべきだったのだ。

 

「……まぁ、所詮は十ちょっとだし、そうなっても仕方はないんだけどな」

 

 さっきはついつい、厳しく批判はしたが、オルガはまだ十三だ。経験が圧倒的に足りない彼女に、こう言うのは酷だろう。

 

「悪かった。ごめん」

 

「……いや、それは甘えだ」

 

 さっき言われたことを何一つしておらず、逃げたも当然に旅を続ける自分には、慰められる資格すら無いだろう。

 

「……そっか。じゃあ、改めて聞く。オルガ、お前はどうしたい?」

 

 自分が出した問い掛けに、オルガは数十の間を置いた後、顔を上げ、しっかりとした瞳でこちらを見つめ、己の意思を告げる。

 

「……家族や臣下の期待を裏切ってしまった私が言えることではないかもしれないし、とっくに見放されているかもしれないが……それでも進みたい。このままは……嫌だ」

 

 少女の言葉を聞き、マサトは優しげな表情を浮かべた。

 

「なら、協力してやる」

 

 年下の少女が自分と向き合ったのだ。手助けするのが年上の役目だろう。

 

「協力……? もしかして、アレクサンドラ殿と話が出来るように頼んでくれるのか?」

 

 だとすれば、今の自分にとっては非常に有難かった。

 

「それもある。けど、それだけじゃない。公宮で働くように全力で掛け合ってみる」

 

「……は? い、今なんと?」

 

「あれ? 聞こえなかった? だから、お前がレグニーツァの公宮で働けるようにする、って言ったんだけど」

 

「い、いやいや、意味がまったく分からない。何故、私がレグニーツァの公宮で働くことになる?」

 

 第一、他の公国の公宮で働く戦姫など、前代未聞だ。自分が知らないだけかもしれないが。

 

「今のお前じゃ、戦姫としてやり直そうとしても、また重圧に潰されると俺は思ってる」

 

 逃げはしないだろう。しかし、そうなれば今度は余計に増した苦しみや辛さをより強く受け止めてしまいかねず、少女が潰れてしまう恐れがあった。

 反論したかったオルガだが、自分の未熟さを考えると、出来なかった。

 

「それよりはただのオルガとして一から頑張ってから、改めて向き合う方が良い。そう思った」

 

「一から……」

 

 オルガが逃げた要因には、彼女の経験不足とそれ故の精神的な未熟さが大きい。故に、一人の人間として改めて経験し、成長していくべきだとマサトは考えたのだ。

 

「それに、公宮で働けば、戻った時の参考にしやすい。利は多いと思うぞ」

 

「……贅沢な気もするし、迷惑ではないだろうか? それに、貴方はアレクサンドラ殿の臣下ではない。簡単には行かないだろうし、そんなことをすれば、周囲からの目は厳しくなる」

 

「まあな。その上、借金持ちだし」

 

「……借金持ち?」

 

 大丈夫なのだろうかと、オルガは冷や汗を掻く。

 

「だけど、そんなの関係無い。納得するまで話して、何度も頭を下げれば良いだけだ。あと、俺は周りの目なんてどうでも良い。俺は、俺だ」

 

「……本当にはっきり言う人だな、貴方は」

 

 傍若無人にも見えなくは無いが、実際は己の意志を貫こうとする。ただそれだけなのだ。

 

「一つ聞かせて欲しい。どうして、そうしてくれる?」

 

 今日会ったばかりの自分に対し、己の立場を悪化させかねない提案をする。そこまでする理由が分からなかった。

 

「一つは、俺の掲げる信念、一つでも多くの命を守るために。それに従ってだ」

 

 ――そういうことか。

 自分が成長し、良き統治者や人物になれば、それは多くの命を守る結果になるかもしれない。だから、協力してくれるのだ。

 

「しかし、私が貴方が思うように成長せず、積極的に奪う人物になった場合は?」

 

「その時は――容赦なく倒すだけだ」

 

 冷たさを混ぜた眼差しで、青年は少女を睨む。

 

「よく理解できた。頭にしっかり叩き込んで置こう。他には?」

 

「過去の経験から力になってやりたいっていうお節介や――真似事をしたいから、と言うべきかな」

 

「真似事……?」

 

「そっ。悪いけど、これはそれ以上言えない」

 

 一瞬、悲しい表情を浮かべたマサトを見て、オルガは聞かないことにした。

 

「理由に関しては、そんなところ。あと、逃げる選択をしてしまった以上、お前は他の人よりも厳しい道を歩まないと行けない。そして、俺は道の一つを示すだけ。それを選ぶかはお前次第だし、道を選んでも俺がお前の味方になって、優しくするつもりは無い」

 

 逃げた以上、他人よりも何倍も努力せねばならない。それは避けられない壁だ。

 そして、そう頑張ったとしても、マサトは歳上としては助言や手伝いぐらいはするが、積極的に味方する気は無い。後は、オルガが自身で進むべきなのだ。

 オルガの道は、彼女自身の意思で決まる選択であり、歩む道なのだから。

 

「……厳しいな」

 

「残念だけど、俺は仕方ない要素はあっても逃げた選択をした者にただ優しくしてやる気は無くてな」

 

 それは甘えだとマサトは思っている。

 

「最後。自分が未熟な子供であることを素直に受け入れろ」

 

 ――未熟な子供であることを受け入れろ、か。

 思わず、子供呼ばわりするなと言い返したくなった。しかし、事実だ。

 

「で、そこから一歩一歩進め。地に足をしっかりと付け、周りをよく見てからな。それが、今のお前には必要だ」

 

「しっかりと、覚えておく」

 

 今の言葉と忠告を、少女はしっかりと頭に刻み込んだ。

 

「素直で良し。――さぁ、どうする?」

 

 忠告は終わり。後は、オルガにさっきの選択の問いを聞くだけだ。

 

「先ずは、話だけでもさせて欲しい。もう片方はその後に決めたい」

 

「分かった。明日ここで会おう」

 

「今すぐでは無いのか?」

 

 直ぐ様行くのかと思いきや、マサトは一日待って欲しいと告げる。

 

「アルシャーヴィン様は病の身だ。何時可能なのかを事前に話しておく必要や、万が一に備えて、変装はした方が良い」

 

 確かにその通りだ。どちらにしても準備は必要不可欠である。

 

「あと、罠だと思うなら、来なくて良いぞ?」

 

「構わない。罠なら、罠で潔く受け止め、ブレストに戻るだけだ」

 

「じゃあ、今日はお別れだ。出ようか」

 

 話も終わり、つまみや果実水を腹に収めると、二人は酒場を出る。

 

「じゃあ、また明日」

 

「こちらこそ、また明日」

 

 別れの挨拶を告げると、男女はそれぞれの方角、陽と月に向けて歩いていった。

 


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