魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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第三話 レグニーツァの公宮

 そこは惨状の現場。鮮血に染められた少年の目の前に、人と物が倒れている。物はそれほど破損していないが、人はまったく違った。

 呼吸は非常に荒く、身体には至るところに傷があり、大量の血で染まっている。手足はあらぬ方向に曲がってしまっている。

 致命傷なのは、誰の目から見ても明らか。もう数分生きられるかどうかすら怪しい。

 それでも、目だけはまだ強い光があった。死に瀕しても尚――いや、死が迫っているからこそ、その人物には最後にすべきことがあった。

 

「――」

 

 激痛や今にも遠ざかりそうな喪失感に抗いながら、その人物は少年に声を掛けていき――其処で意識が覚醒した。

 

「……また、あの夢」

 

 陽の名を持つ者とは思えない程の、暗く深い闇に満ちた表情を浮かべる。

 ――本当……消えない。

 今の夢は、十年以上前から何度も何度も見ている。内容だけを見ると悪夢と言っていいが、マサトは一度もそう断じたことは無い。彼にとって、あの夢は『戒め』なのだ。

 自分は一人でも多くの命を守る。その為だけに存在する。それを忘れぬための。

 ただ、それが全てかと言えば否。申し訳なさや後ろめたさも混ざった複雑な思いも、あの夢を見る度に感じる。

 ――終了。

 何時までも思いに浸るほど、自分には自由は無い。異界人は二度目の天井をしっかりと目にすると、身を起こして体の具合を確かめる。特に問題はない。

 

『今日から、この世界での本格的な生活の始まりだな。異界人の我が使い手よ』

 

 呑気そうに、ここに来た原因である黒銃がそう告げる。

 

「初っぱなから、借金背負う羽目になってるけどな」

 

 しかも、かなり高額な。

 

『ね、根に持つな、そなた』

 

「事実だろ。今日から頑張るんだから、しっかりと力を貸せ」

 

『了解だ。で……今日は何をするのだ? アルシャーヴィン殿の治療を早速始めるのか?』

 

「今日は自己紹介及び、建物の構造の把握が先。それが終わったら、ここで暮らすための勉強もしないと。治療は必要な道具が足りないから、アルシャーヴィン様に頼んで、用意や製作して貰うように話す。それが出来るまでは、あの人の病状に関する情報を集めつつ、力を治療に使えるのかの試行錯誤をする」

 

『すべきことは多いということか』

 

「違う世界だからな」

 

 ここは何故か同じ文字や言葉を使っているが、流石に文化や風習まで同じとは限らないし、同じでも慣れる必要があるのだ。

 

『いるでしょうか?』

 

「ザウル殿? いますが」

 

『入っても?』

 

 自分が構わないと告げると、ザウルが部屋に入ってきた。

 

「朝食が済み次第、自己紹介をしますが問題は?」

 

「特には」

 

 眉すら動かずに、青年は淡々と告げる。

 

「肝が据わっています」

 

「所詮は自己紹介。それだけです」

 

 容易くそう言えるのを、人は肝が据わっていると言うのだが。

 

「ちなみに、何故敬語なのですか?」

 

 マサトからすれば、借金で返す理由でここで働く以上、医師であることを配慮しても自分の立場は高くないはず。なので、ザウルがまだ敬語を使うのが引っかかった。

 

「こちらの事情ですよ。気になさらず。あと、立場についてですが、貴殿は遠い先祖が昔大きな成果を立てて、姓や用途不明の特殊な道具を授かった者の末裔となっています。今では家は廃れているので、ほとんど平民と代わりなく、貴殿は昔や道具を知らず、見聞を広めるために数年前から旅をしていた者。と言った設定です」

 

「随分と都合が良い設定ですね」

 

 そういった設定の方が、自分としても助かるが。

 

『ちなみにザウル殿よ。我は黙っていた方が良かろうか?』

 

「確か、マサト殿だけに聴こえるようには出来るのでしたな?」

 

『うむ』

 

 話す武器に、やはり何とも言えない心境のザウルだが、それはそれと飲み込んで冷静に話す。

 

「その状態でならば問題ありませんが、マサト殿に変な噂が付いてはなりませぬので、可能な限り控えて貰えると」

 

『……了解だ』

 

 しょんぼりのゼロ。しかし、ザウルの言う通り、マサトに妙な噂が付くのは避けたい。なので、そうすることにした。

 

「あと、今日から私が貴殿の教育係をすることになっております」

 

「兼、監視や見定め、ですか」

 

「……本当に肝が据わっていますな。貴殿は」

 

 こっちの思惑を、目の前で言い当てるのだから。

 

「不満は抱かぬのですか?」

 

「貴方達がそうするのは当然のことでしょう。自分は得体の知れない異界人なのですから」

 

 寧ろ、そうしない方が信用できない。ちなみに、ゼロは自分は得体の知れない武器かと思っていたりする。

 

「必要な物が有れば、私に申してください。可能な代物なら用意します。金は掛かりますが」

 

「それは助かります」

 

 借金は増えるが、最低限必要な物は揃えれる。これは有難い。

 

「では早速、これに書いてある物をお願いします」

 

 小さな新品同様の手帳を取り出し、その一ページを破ってザウルに渡す。その紙には、大量の要求品が書いてある。

 

「……借金が増えますが?」

 

「先ずは、必要最低限のを揃えてからです。でないと満足に出来ませんから。それと、別に頼みたいこともあるのですが」

 

「何でしょう?」

 

「アルシャーヴィン様の病をよく知りたいので、診断、治療に関する情報を全て見せて欲しいのです」

 

「分かりました。今日中に用意します。――ただ、余計なことはしないで貰いますぞ?」

 

「……例えば?」

 

 本気で分からなそうな様子で、マサトは首を傾げる。

 

「あっ、いや……。下手なことをして、失敗をしないようという意味です」

 

「なるほど。自分は素人ですからね。よく覚えておきます」

 

 普通の医師よりも、慎重に慎重を重ねたぐらいで行なうのが丁度良いだろう。

 

「ち、朝食を用意します。部屋でお待ちください」

 

 はいと言ったマサトに背を向け、ザウルは部屋を後にするが、その表情は何とも言えないものだ。

 

 

「……警戒するべき、なのだろうか? 彼は?」

 

 ザウルはさっき、暗殺などを危惧して釘を刺したが、マサトはその事を微塵も考えていない様子だった。

 どうすれば治療を上手く進めれるか、それだけしか考えてなかったのかもしれない。もしだとすると、警戒するのが馬鹿らしくなる。

 

「いや、演技の可能性も無いとは言い切れん。しっかりとせねばな」

 

 そうは言いつつも、やはり何とも言えない表情でザウルは廊下を歩いて行った。

 

 

 ――――――――――

 

 

 朝食後、マサトはザウルと一緒に公宮内を回り、適当な一室で文官達に簡単な自己紹介を済ませたあと、広場に移動。

 そこでは多くの兵や騎士達が汗を流しながら武器を振るい、己の技を磨いていた。

 

「全員、済まないが少し中止してくれ。紹介するべき人物がいる」

 

 ザウルがそう言うと、兵や騎士達の視線がザウルからマサトに向けられる。但し、疑惑、警戒に満ちた視線だけ。常人なら、少なからず怯む光景だが。

 ――まぁ、こうなるよな。

 とまあ、まったく動じない。昔、こういった負の感情の視線には慣れているや、自身の在り方もあり、怯む要素が無いのだ。

 

『大したものだな、貴様は』

 

「どういたしまして」

 

 そんなマサトに黒銃、ゼロが相棒を気遣って彼にしか届かないようにして褒め、マサトもとりあえず返した。勿論、ゼロだけに届くように。

 ――さて、言いますか。

 何時までもこうしているのは時間の無駄だ。特に意を決することもなく、然も当たり前のようにマサトは告げた。

 

「初めまして、マサトと言います。今日からあなた方と共にここで働かせていただきます。未熟者ではありますが、何卒宜しくお願いします」

 

 マサトは本心も混ぜた丁寧な挨拶をするが、歓迎の拍手などは当然ながらない。マサトはそれを不満に思うことなく下がる。

 

「では、質問が無ければこれにて彼の紹介を終えるが――」

 

「一つ良いですか?」

 

 その問いをしたのは、聞かれる側であるマサトだった。

 

「……何だろうか?」

 

「いえ、自分の強さを計りたいので、もし宜しければ、誰か自分と試合してもらえませんか?」

 

 これは不味いとザウルは頭を抑える。周りを見ると、兵や騎士達の目付きが変わっていた。

 この公宮に勤める者は、誰であろうと非常に厳しい課題や基準をクリアし、実力も性格も認められた者達ばかり。

 特別な事情があるからこそ、滞在が例外的に許されているだけの今のマサトの発言は、彼等の怒りに刺激するには充分だった。

 

「では、私が貴殿の相手をしましょう」

 

 そう言ったのは、ザウルだった。彼は他の物達よりは冷静で、一兵としても将としても充分な力量を持っている。信頼も厚く、周りの兵や騎士達は彼が戦うことに否定はしなかった。

 二人が広場の中央に移動し、鍛錬用の刃が潰れている、鈍い鉄色の両刃の剣をザウルが、同じ色だが、刃が短い短剣をマサトが構える。

 

「そちらは?」

 

 ザウルは黒銃について尋ねる。てっきり、あちらを使うのかと思っていたのだが、ナイフだったのは予想外だ。

 

「これはまだ慣れてないので」

 

 なので今回は短剣にした。重さは丁度よく、刃も潰れているので心配は無い。

 二人が互いに向き合う中、周囲ではマサトがどれだけの時間で負けるだろうかと、話や賭けをしていた。

 そんな周りなど一切無視し、マサトは強い眼差しで対戦相手を見据える。一方のザウルは油断出来ない相手だと悟り、剣をしっかりと構える。

 始めと誰かの声がし、二人は一気に加速。武器の長さから、先手としてザウルの素早い突きが放たれる。

 マサトはそれを横に動いてかわすが、剣が突きから払いへと変化する。その動作に無駄は一切なく、並の相手ならこれで敗けだろう。

 その払いを、マサトは短剣で反らし、その動きを活かして空いた方の手で拳を放つがザウルは手を動かし、柄でガード。

 拳をマサトは途中で止めると、その力を足に回した蹴りを放つ。

 防御は危険だと察したザウルは、一歩下がって蹴りをかわし、素早く前進。剣を振るうも、短剣で防がれる。

 火花が飛び散り、二人は一旦後退。武器をそれぞれの構えで持ち、互いに睨み合う。

 

「――中々で」

 

 予想外のマサトの実力に、周りが呆気を取られる中、ザウルはフッと微笑む。

 兵士とは聞いていたが、自分とそれなりに渡り合える実力があるのは完全に想定外だった。

 ――強いな。

 一方のマサトは、ザウルの強さを冷静に分析していた。今の自分よりも、一回り近くは上。長期はこちらが負けるだろう。

 ならば、自分が取るべき戦法はただ一つのみ。足に力を込め、全速力で走る。ザウルもそれに応えて加速。

 そのまままた激突、かと思いきや、ここでマサトが予想だにしない行動を取る。

 彼はぶつかる少し手前で、己の武器である短剣を、ザウル目掛けて放り投げたのだ。

 驚愕しながらも、一瞬で冷静に戻り剣で弾いたザウルだが、剣に使ったその腕が懐まで入り込んだマサトの両腕に掴まれる。

 

「――失礼」

 

 マサトはそのまま伸ばした腕を円のように回し、ザウルの体勢を大きく崩させ、胸元から地面に叩き付ける。

 次に掴みを両腕から片腕に変更。剣を離させ、掴んだままの腕を片腕で捻らせながら伸ばし、もう片腕で肩を押さえ付けた。

 

「う、動けない……!?」

 

 多少は動かせるのだが、大きな動作がまったく出来ない。

 

「完全に極めてますから無理に動くと関節、外れますよ? 激痛が走る上に、身体には悪影響を与えますし。ちなみにそうしても、直ぐもう片方を極めるだけなので、意味ないです」

 

 勝つための方法は只一つ。彼がおそらく、見たことのない戦い方で一気に決める。故に、この戦法を取ったのだ。自衛隊の格闘術で倒すという方法を。

 

「た、大したもので……! 私の敗けです」

 

 何とか力強くで脱出することも考えたが、おそらく無駄だろう。第一、仕合で大怪我しても利がなく、ザウルは潔く敗けを認めた。

 ザウルが敗北を宣言し、周りは唖然とする。やはり、周囲を無視してマサトはパッと腕を離し、彼を自由にさせる。

 怪我や痛めてないかをチェックするのも忘れない。それが終わると、ナイフを拾う。

 

「すみません。荒っぽい方法で」

 

「いや、これも勝負。貴殿が一枚上だっただけのこと」

 

 これが実戦なら、背後を取られた時点でほぼ敗北確定。それを避けても、戦闘力の要である腕を奪われ、呆気なく仕留められただろう。仕合であることにザウルは安心する。

 平和な世界で生きていようが、彼もまた立派な兵士なのだ。それを再認識させられたザウルだった。

 

「しかし、充分に強いですな、貴殿は。それに変わった動きをします」

 

 ――まぁ、俺のは捕縛を重視したのだしな。

 殺すではなく、生かすのを目的として戦法。変わっていると言われても不思議ではない。

 

「万一、武器無くした時に備えてです」

 

「なるほど。ふむ、中々に身のためになりそうで。機会があれば、教えてもらっても?」

 

「基本的には、武器の方が良いです。さっきも言ったように、これはあくまで万一のための技ですから」

 

 元々、武器というのは、人間が獣からの間合いの外から、一方的に攻めるために作られたもの。

 対して、武術は用途は様々だが、己の身体だけで人間と戦うのを想定したもの。

 どちらが優れ、役立つかは場所や状況によって異なるも、基本的には間合いが広い武器の方がやはり有利なのである。

 

「だからこそです。我等は日々、武器による必死に鍛錬を行なっているが、それ故さっきの貴殿のような行動には、不意を突かれやすい。いざというときの対処や、窮地に陥った時でも戦えるよう、教えてもらいたい」

 

 武器を熟知するということは、悪く言えば武器に依存していると言える。だからこそ、生身の攻撃には僅かながら反応が鈍ってしまう。

 その対策をするべく、武術を知りたいのは自然とも言える。それに万一の対処にもなる。少なくとも、損にはならないはずだ。

 

「自分が出来る範囲であれば」

 

「充分です。――さて、彼の実力の高さも分かった事だ。これにて、自己紹介を終える。誰か異論は?」

 

 無い、と言えば嘘になるも、この場で必要なことは知れたので、誰も何も言わない。

 

「解散」

 

 その一言で、マサトの自己紹介が終わる。マサトはザウルと一緒に公宮に向かい、兵士達はそんな彼を一度複雑な気持ちで見た後、試合や鍛錬を再開した。

 

「――ザウル」

 

 途中、ザウルが誰かに呼び掛けられ、足を止めてそちらに向く。マサトも釣られて見ると、一人の男性が近付いていた。

 その人物は、マサトにとって初見だった。年は三十半ばほどで、遠目だが自分やザウルよりも一回りは逞しい体つきをしているのが分かる。

 髪は短く、常に日に焼けた場所にいるのか、赤銅色の肌をしている。あとは、かなり厳つい顔つき――要するに強面が特徴の男性だ。

 

「マドウェイか。一ヶ月少し振りだが、元気のようだな。相変わらず、その服を着ているのか」

 

「私の好みなのでな、ははっ。――ところで、彼は?」

 

 マドウェイと呼ばれた人物は、若干呆れ気味のザウルと軽くながら楽しく話すと、マサトに視線を向ける。

 

「あぁ、彼は色々な事情で最近ここにいることになった者だ。――丁寧に接して欲しい」

 

 自分だけに届くようにボソリと呟いたザウルに、マドウェイはマサトが特別な人物だと瞬時に悟る。

 

「初めまして、マドウェイ殿。自分はマサトです。まだまだ未熟な新人ですが、今後ともよろしくお願いします」

 

「ご丁寧に。私はマドウェイと申します。白イルカ(ベルーガ)のマドウェイとも呼ばれていますよ」

 

 自己紹介を終えると、マドウェイは背を見せる。真紅色の生地に、跳ねている白イルカの可愛らしい絵柄が刻まれていた。

 ――こ、これは……。

 

「――まったく似合っていないでしょう?」

 

 心境を見抜かれているように、くくっと笑っているザウルに話しかけられ、ついギクリとするマサトだった。

 

「……いや、そんなことは無いと思いますよ? 個人の自由ですし、それにイルカは可愛いですから」

 

「貴殿も白イルカが好みなのですか?」

 

「自分は一番最初に見たのが灰色のイルカなので、残念ながら白イルカは二番目です。薔薇色は三番目ですかね」

 

「ば、薔薇色!? そんなイルカがこの世に!?」

 

 今まで聞いたことすらない色のイルカの話を聞き、マドウェイもザウルも驚愕に包まれる。想像もできないといった様子だ。

 

「じ、自分も直接は見てません。あくまで、そんなイルカもいると何処かの本で見たことがあるだけです」

 

 二人の態度を見て、自分の失言に気付いたマサトは慌てながらも上手く誤魔化す。

 薔薇色、日本ではピンクのイルカは、この世界では存在しないかもしれないのだ。

 自分を異界人だと知るザウルならともかく、まだ知らない可能性が高いマドウェイの前でそれがいると断言するのは非常に不味かった。

 

「そ、そうでしたか……。驚きましたぞ」

 

「紛らわしいことを言ってすみません」

 

「構いませぬ。しかし、中々に興味がそそる話。薔薇色のイルカ……もしいれば、是非とも一目見てみたいものですな」

 

 ザウルも気になるのか、マドウェイの台詞に頷いていた。

 

「ところで、マドウェイさんはどういう人なのですか?」

 

 タイミングを見計らって話を変えると同時に、マサトはマドウェイのことも尋ねる。

 

「私はリプナの港町で働いている船乗りで、誇り高き白イルカ号(ゴルディベルーガ)の船長をしています」

 

「公宮勤めではないのですか?」

 

「えぇ。今日は、ブリューヌについての報告を」

 

「……それは――」

 

「マサト殿。今はそれ以上は止めた方が良いです」

 

 何の報告なのか内容が気になり、聞こうとしたがザウルに小言でそう止められた。

 ――俺に話したくないのか、俺がそう聞くと不味いのか。このどちらか。

 ここは素直に従い、マサトは止めることにした。

 

「では、私は報告があるので失礼します。また」

 

 挨拶をすると、マドウェイは公宮に入っていった。

 

「さっきは申し訳ない。あの質問は、彼が貴殿に違和感を抱かせてしまうので」

 

「それなら仕方ありませんよ。ありがとうございます」

 

 寧ろ、感謝する側だ。なので礼を言う。

 

「まぁ、彼は戦姫様の信頼の厚い者とは言え、無闇な衝突や警戒は避けたいので迂闊に話す訳には行きません。――戦姫様が直接話した場合はですが」

 

 ――つまり、あの人は俺の事を話せるだけの信頼がある人物ってことか。

 公宮勤めでもない船乗りがそこまでの信頼を得るには、余程実績を出したか、人柄が良いのかのどちらかだろう。

 さっきのやりとりを考えれば、おそらくは後者か。かといって、自分が彼を信頼するかはまったく別の話だが。

 

「さて、話も終わりましたし、自己紹介の済みましたので、そろそろ戦姫様への治療をお願いします」

 

「分かりました」

 

 マドウェイとの話でちょっと時間を使ったので、少し早足気味に向かった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「今日から宜しく」

 

 一室で女性がペコリと、青年に頭を軽く下げた。

 

「こちらこそ。と言っても、こっちは素人ですが」

 

「まあね。ところで、どんなふうにするの?」

 

「それですが、今は必要な道具がありませんし、下準備――症状についての情報収集と、貴女の身体に力を慣らすのを行います」

 

「慣らす?」

 

「まだ得た情報は自分一人分だけなので、断言は出来ませんが、余程の量や強引な使い方をしない限り、別から集めた命の力を取り込んでもほとんど負担は出ないと思われます」

 

 現に、あの遺跡らしき場所で生命を取り込んだ事があるが、その結果、命を膜のようにすることで身体の防護が可能なのが分かっている。これを利用して病の負荷を減らせないかを試す。

 

「ただ、これは健康な人の場合で、貴女のように身体が弱まっている人だと、僅かでも大きな負担になる可能性があります。他所の命を取り込んでる訳ですから」

 

「なるほどね」

 

 確かに自分のとは違うのを身体に取り込んでいるのだ。少なからずの負担はあって当然。

 しかも、自分は一日の半分が寝たきりの病人。やるにしても、慎重にするのは当然だろう。

 

「でも、どうやって慣らすの?」

 

「貴女の分を吸収し、自分のを混ぜます。これなら負担を減らして、身体に慣らしつつ増加もしますから」

 

「そうやって、身体を力を受けても負担が少ないようにしていくんだね。けど、どうして君のなの?」

 

「その方が自分が生きている限りは安定しますし、一々別のに慣らす手間が省けます」

 

 黒銃に溜め込んだ生命は、多種多様であるため、それを全部慣らすよりはどれか一つの方が良い。

 他にも、黒銃の力は人相手にはその当人の許可が無い限りは集めれない。それを省く利点もある。

 

「では、少しお待ちを」

 

 マサトは目を閉じて集中。すると黒銃の中にある力が砲口に集まり、結晶の様な形になる。これは生命を圧縮して作った結晶。

 これを次々と作り、蓄積した命を無くして、空っぽにしていく。

 

「完了。貴女が良ければ早速始めますが」

 

「僕が許可を与えれば出来るんだよね?」

 

「そうです。勿論、疑わしいと思うのなら断っても構いませんが」

 

「いや、許可は与えるよ。治療が出来ないからね」

 

 とアレクサンドラは口ではそう言いつつも、手ではもしもに備えて自分の武器を掴む。

 

「――吸収」

 

 空になった黒銃に、アレクサンドラの生命を僅かに溜めようとしたが――流れてこない。

 

「これは……?」

 

『アルシャーヴィン殿の生命が一瞬動きはした。が、途中で邪魔されて戻っている』

 

 ――この子達か。

 許可自体は与えている。となると、邪魔する要素は自分の武器だけだ。

 

「何に邪魔されて……?」

 

『――「竜具(ヴィラルト)」。彼女達、「戦姫(ヴァナディース)」となる者の前に現れ、超常の力を宿す武具』

 

「ヴィラルトに、ヴァナディース……?」

 

 前者については、マサトは完全に初耳だが、後者については別だった。

 ――それって、確か……。

 確か、北欧神話に出てくる美と愛、豊饒と戦い、魔法と死を司る女神、フレイヤの別名のはずだ。小惑星にも使われている。

 ――まぁ、文字や言葉が同じ何だし、気にする必要も無いか。

 それよりは、ヴィラルトやこちらのヴァナディースについて聞きたい。アレクサンドラを見ると、自分、というよりはゼロを鋭い目付きで眺めていた。

 

「……ゼロ、だったかな? 君は何者だい? 自分を知らないと言ってる割には、僕達や竜具について少なからず把握してる。矛盾しているよね?」

 

『マサトから聞いたと思いますが、我は自身を知りませぬぞ? ……何故か、知っていましたがな』

 

「随分と都合が良い話だね。信用出来ると思う?」

 

『でしょうな。しかし、我は本当に自身を知らない。幾ら聞いても無駄ですぞ?』

 

 これは事実だ。自分は竜具、そして戦姫を何故か知っているが、その理由は一切不明。なので、聞いても無駄と告げる。

 

「――なら、他は知っていることがあるのかな?」

 

『……いや? 特には』

 

 しかし、アレクサンドラの次の言葉はゼロの予想の斜め上の物だった。そのため、返答に僅かな間が生まれ、アレクサンドラはゼロが隠していることがあると察する。

 

「――そう」

 

 ただ、隠し事があると見抜こうが、問い詰めてもゼロが素直に話す根拠は無い。

 人とも違うので、拷問も効果があるか不明だし、マサトが許可するかも分からない。なので、今はゼロの惚けを受け取ることにした。

 

「さてと……やっぱり、聞きたい? 戦姫について」

 

「まぁ、気にはなります」

 

 竜具については、さっきの説明からファンタジーに出てくるような、特殊な力を宿す武器なのだろうと推測している。

 

「じゃあ、特別に話してあげる。銃から何れ聞きそうだしね。先ずは竜具だけど、未知の金属で構築された武器で、竜の身体をも貫く」

 

「……竜? この世界、竜がいるのですか?」

 

「おや? 君の世界には存在しないのかい?」

 

「恐竜ならば、太古の時代に存在してましたが……今はいません」

 

 ――竜が滅んだ世界、か。

 ジスタード人としては、少し複雑な話だった。とはいえ、世界が違うので気にしても仕方ない。

 

「話を戻すね。竜具は喋りこそはしないけど、その銃同様、意思がある。数は全部で七つ存在し、それぞれ形状や宿す力が異なる。そして、僕のは――」

 

 アレクサンドラは布団の中から、普通のよりも少しだけ短めな二つの短剣を出す。一つは朱、一つは金の刃が特徴のまるで、炎のような剣だ。

 

「『討鬼の双刃』、『煌炎』とも呼ばれる、双剣の竜具、バルグレンだよ。炎の力を宿してる」

 

「炎の双剣、ですか。一人旅の時には凄く便利そうですね」

 

 サバイバルにはナイフは必須とも言える上に、燃料無しで火を発生させられる。竜具の中では一番便利そうだ。

 

『……凄い感想だな』

 

 その感想にゼロはポカンとし、アレクサンドラは少しプッと噴き出す。実は、手にして力を知った時は似たような感想を抱いていた。

 笑ったままは話が続かないので、気を引き締めると、説明を再開する。

 

「僕がこれを手にしたのは、六年前。旅をしていた時だよ」

 

「……旅? 貴女は、統治者の親戚ですよね?」

 

 しかも、生まれつきの病がある。そんな人物が、何の目的で旅をしていたのだろう。

 

「僕は先代とは血が全然繋がってないよ。何しろ、戦姫というのは、竜具に選ばれてなるものだからね」

 

「……はい? 竜具に選ばれてなる?」

 

 ぱちくりとマサトは瞼を動かす。意味が分からなかった。

 

「それまでの身分、立場は関係なく、竜具に選ばれた女性が戦姫として任命され、称号と公国を与えられる。それが、戦姫。ちなみに、僕の称号は『煌炎の朧姫(ファルプラム)』だよ」

 

「……無茶苦茶ですね。選ばれただけでですか?」

 

「そう」

 

 自分の国を基準にすれば、異常にも程がある。とはいえ、向こうにも神に選ばれたとかで、その者が生まれてから直ぐに高い身分に据える国があった。

 それを考えると、戦姫の制度は差ほど異常とは言えないかもしれない。

 あくまで、その国を考慮したらの話で、やはり試練の一つも無いのに竜具を受け取るというの異常と思わざるを得ないが。

 

「まぁ、僕も最初は戸惑っていたよ。けど、このジスタードじゃ、それが基本だからね。だから、戦姫が不在でも公国が維持出来るよう、官僚制がある」

 

 ――異常も、続ければ通常と変わらない。こんなところか。

 欠点に備え、対策も練り込み済みなことから、基本というのは本当なのだろう。

 

「そのおかげもあって、頑張れてるよ。最近は、病が悪化したから寝たきりだけど」

 

 ふう、自分の情けなさからか、アレクサンドラはため息を吐いた。

 

「交代とかは何時決まるのですか?」

 

「竜具が決めたら。だから、僕はまだ戦姫のままなんだよ」

 

 ――もう何とも言えないな。

 決まる時も、終わる時も不定。その上、人選まで女性限定以外は不定。やはり、おかしいという感想しか出ない。

 

「……ちなみに、国王も似たような方法で選ばれたりしますか?」

 

「国王は王からの継承だよ」

 

 流石に、そこは普通だったらしい。マサトは少しホッとした。

 

「ちなみに、戦姫の制度が決まった経緯については、ジスタードの建国神話を見ると良い。若しくは、銃に聞くかだね」

 

「分かりました」

 

 戦姫や竜具についての話も終わり、当初の話、生命の吸収に戻る。

 

「何とか妨害しないよう、言ってもらえませんか?」

 

「バルグレン」

 

 主の声を聞き、双剣の竜具はしばらく考え、渋々承諾した。マサトが主の命を狙っていた場合、主が即座に討つだろうと考えたのだ。

 

「はい、改めてどうぞ」

 

 ではと言い、マサトは片方の黒銃にアレクサンドラの命を僅かだけ吸収させる。

 

「何か、変な感覚……」

 

「直ぐに戻します。――ゼロ、許可する」

 

『何度も相棒にやるとは思わなかったがな』

 

 意識を集中させ、さっき使ったのとは逆の黒銃に自分の命を吸収。次にアレクサンドラに使った方の黒銃で玉の形の結晶を作り、その玉に自分の命で付与。これで完了だ。

 

「どうぞ、飲んでください。戻りますから」

 

「もらうね」

 

 数秒の逡巡のあと、アレクサンドラはその玉を飲み込む。さっきまであった軽度の妙な感覚が消え、本当に極僅かで、気の迷い程度かもしれないが、楽になった気がする。

 

「どうですか?」

 

「本当にちょっとだけ、楽になったかも」

 

「最初はそんなものです。何事も、小さな積み重ねが大切です。状況にもよるでしょうが」

 

「確かにね」

 

 無理しても結果が出るとは限らないが、無理をしないと結果が出ないこともある。とはいえ、基本的にはやはり一つずつやっていくことが大切だ。

 

「次ですが、血の病の症状について詳しく聞かせてください」

 

 ここから病の方に戻るので、ゼロは大人しくする。

 

「分かった。血の病は、前にも言ったように女性だけに発症する病で、症状は身体がだるく、手足は重くなる。時折、呼吸がしづらくなる、背骨に痛みが走る発作が起きる。そして、身体を動かすと症状が悪化する。こんなところだよ」

 

「なるほど……」

 

 ――かなり、解明が難しいな。これは。

 一つ一つの症状は病としては特別ではない。しかし、それらが複合しているため、素人の自分では知識だけでの把握が出来ない。道具は必須だった。

 ――あと気になるのは……。

 何故、男性には無く、女性だけに発症するのか。これが一番引っ掛かる。女性がかかりやすいと言うのなら分かるのだが、アレクサンドラの話から推測すると、男性には発症しないらしい。

 ――考えられるのは……。

 男女で決定的に違う器官。これが遺伝子の異常等で何らかの欠陥が出たために発症する。これが現在、最もあり得る可能性だ。根拠は無いので、推測でしかないが。

 

「何か分かった?」

 

「残念ながら、現段階では」

 

「そう。まぁ、徒労に終わらないようにね」

 

 大して期待してなかったのか、アレクサンドラは落胆する様子も無かった。

 

「今日は初日ですので、これで終わりにします。あと、何らかの変調があった場合は、しっかりと言ってください」

 

「分かってる。それと、あと一つ」

 

「何でしょうか?」

 

「君の世界の話、知識や話を聞きたい。政治としてでなく、個人のとして」

 

「個人の?」

 

 てっきり、早速自分が集めた知識を国の為に使うのかと思いきや、個人の話。これにはマサトは少し意表を突かれた。そして個人と聞き、ゼロはまた黙ることにする。

 

「君は治療で部屋にいるわけだからね。長時間はいれない。だから、政に関してはザウルに話して貰う」

 

「この時間帯に関しては、個人の話で気分転換をする。そんなところですか」

 

 特に、ここしばらくは寝たきりそうなアレクサンドラにとっては、こっちの話は良い気分転換になるだろう。

 

「正解。……嫌かな?」

 

「やりますが」

 

 治療をスムーズに行うには、精神が充実した方が良い。と言うわけでアレクサンドラの頼みを受ける。大体、命令されれば、どのみち話すしか無いのだが。

 

「どんな話が良いですか? ちなみに、物語以外は本があった方が詳細を話せます」

 

「そっか。なら、今日は物語について聞こうかな。君の国、日本だっけ? そこにある代表的な話をお願い」

 

「種類は? 童話、神話、小説、漫画などありますが」

 

「漫画? それって確か、連続した絵で物語を作る本だよね?」

 

 とはいえ、小説などに比べて手間が掛かるので大して出回ってはおらず、アレクサンドラもあまり見たことが無い。

 

「はい。自分の国ではかなりありますよ。その中で有名なのは、優れた技術を持ちながらも資格の無い医師の物語。七つ集めると願いを叶える玉を探す物語。未来から来た機械の物語。一人の少年が海賊王を目指す物語。他にも沢山あります」

 

「へえ、豊富。それにしても、海賊王かあ」

 

「何か?」

 

「いや、このレグニーツァは海に接してる公国。だから、海賊は常に抱えている悩ましい問題なんだ。それを考えるとね」

 

「なるほど……。自分の世界でも海賊はいますからね」

 

 但し、非常に質の悪い海賊だが。

 

「そうなんだ。それは意外」

 

 発達した彼の世界では、賊の類い等はいないと思っていたが。いや、逆に発達してるからこそ、まだいるのかもしれない。

 何にせよ、賊には手こずらされているのはこちらもあちらも変わらないということである。

 

「ちなみに、その漫画ってどれだけ売れてるの?」

 

 アレクサンドラからすれば、差ほど売れて無さそうだなと思っていた。直ぐに覆されるが。

 

「えーと、累計が確か――数億でしたっけ?」

 

 その単位を聞いて、アレクサンドラ、ついでにゼロの思考は数秒間固まる。

 

「……ご、ごめん、よく聞こえなかった。もう一度お願い」

 

「数億です」

 

 二度目も同じ返答に、姫も銃も聞き間違えではないことを数秒掛けて理解した。

 

「お、億? 億!? えっ、そ、そんなに売れてるの、その話……!? と言うより、そんなに本を発行出来るの……!?」

 

「はい。紙を大量生産する方法がありますので」

 

 ――……流石、発展した世界、か。

 こっちでは貴重な紙だが、あちらでは大量に簡単に用意できる。マサトがあれだけの本を持っていたことにも納得し、素直に羨望の意見をアレクサンドラは抱く。

 

「その紙を大量生産する方法って、この世界でも可能?」

 

「複雑な機械が必要不可欠なので、難しいですね。材料も木材が必要ですから」

 

 ――うーん、木材かぁ。

 複雑な機械もそうだが、木材を使う。これは見逃せない点だ。ジスタードは寒い地方のため、冬には身を暖める燃料として木材は必須。

 つまり、仮に紙を多く作れたとしても、代わりに燃料が減ってしまうのだ。

 ――そう簡単に行く訳が無い、か。

 そもそも、こちらよりも発展した世界の技術を取り込もうとしているのだ。簡単に進む方が異常である。

 

「ちなみに、さっきの数って、百年単位で?」

 

「いえ、最近の話で五十年も経ってませんよ」

 

「……どうしたら、そんなに売れるのさ」

 

 百年単位でも、かなりの数なのに、実際はその半分以下。余程の作品なのだろう。

 

「確かに売れてますが、自分の世界では、もっと売れてるのがありますよ。聖書という、宗教の教えを広めるための本で、六十億は売られたそうです。こちらは、数百年ほどのですが」

 

「いや、どちらにしても凄いからね? それ」

 

 億単位に到達している以上、どちらも非常に凄いとしか言い様が無い。

 

「あと、君はさっき、木から紙を作るって言ってたけど……。そうすると、冬は何を燃料にして過ごしているのかな?」

 

「ガス――燃える空気を燃料にして火や熱を起こして料理を作り、風呂を沸かします」

 

「便利。でも、空気が燃料かあ」

 

 完全な密閉が出来ない限り、こちらも採用不可。迂闊に使えば、火災を起こすだけである。やはり、導入は困難だ。

 

「ちなみに、話が徐々に政の方へと向かっているように思いますが……」

 

「あっ、本当だね」

 

 ついつい聞いてしまった。ただ、それでも楽しめたのは事実だ。

 

「時間も迎えたようですし、今日はここまでで」

 

「また明日もお願いするね」

 

 これで今日の診察は終わったが、マサトはまだ出ない。

 

「あと、貴女に頼みたいことが一つ」

 

「何?」

 

「ある道具を用意するための、準備をして欲しいのですが」

 

「それは、僕の病を改善するために必要な物?」

 

「勿論です」

 

「分かった。許可するよ。ザウルを通して、説明して欲しい」

 

「助かります。では、今日は失礼しました」

 

「明日もお願いね」

 

 はいと返し、アレクサンドラに一礼するとマサトは退室していった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「これでこの一日はお終いと」

 

『御疲れ様だ』

 

 深夜。自己紹介や多少の仕事で満ちた一日が終わり、少なからずの疲労を感じたマサトは椅子に腰掛け、身体を休める。

 

「これから、本格的にこの世界で生きていく訳か」

 

『そうなるのだな。……ところで、向こうは大丈夫なのか?』

 

「何が?」

 

『貴様がいなくなっても、問題は起きないのか、と言う意味だ。貴様、兵士だったのだろう? しかも、向こうは発達した世界。行方知らずになっても何も起きないと言うのは考えにくいような……』

 

「あぁ……」

 

 ゼロの言う通り、向こうでは情報処理が非常に発達している。しかも、自分は事情があるが、寮暮らししていた。遅くても数日、早ければ既に騒ぎになってても何らおかしくない。

 

「まぁ……。向こうは優秀だし、とっくに騒ぎになってるかもな」

 

『……大丈夫か?』

 

 マサトが行方不明になった事が切欠で、大問題に発展しそうな。そんな予感がしてならない。

 

「流石に、向こうでも世界に転移するなんて簡単に出来ねえっての」

 

 確かに向こうは発達した世界だが、だからと言って異世界に移動するなど、簡単に出来ることではない。

 専門家ではない素人の考えだが、膨大な資金、人材、時間があり、軽く数十年から数百年を有して漸く、何とか可能になりだす。そんなところだろう。

 利点は少なくはないが、それ以上に必要な物が多すぎる。他にも、万一を考えると、更に最低五十年から百年の時は掛けねばならない。

 自分なら、それに費やすよりは、テラフォーミングや更なる発展に回した方が遥かに手っ取り早いと考えるだろう。

 ――ただ……。

 問題なのは、もし、何らかの理由や予想以上の上達でこの世界に来れた場合だ。

 ――その場合……。

 不味いことになる可能性が非常に高い。何しろ、向こうの状態を考えると、杞憂で済ませれない。それに、こちらはあちらよりも遥かに発達している。

 ――と言ってもなぁ……。

 スマートフォンは何の反応も無く、戻る方法も検討が付かない。原因であるゼロも黙り。これでは打つ手が無い。話しても対策にすらならないのが余計に厄介だ。

 自分に出来ることと言えば、全力を尽くすこと。そして、それをより良くするのに頭を使う。これだけだろう。

 何にせよ、自分の敵となるなら、自分が生まれ育った世界だろうが、戦うまで。たったそれだけだ。

 

「寝るか」

 

『そうか? なら、ゆっくり寝るとよい』

 

「言われなくとも」

 

 身体をベッドに預け、心地好い感触に身心を委ねる。そうして、彼の異界に来てからの二日目が終わった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 初日から、ジスタードについての勉強や鍛錬、アレクサンドラの治療を行い、数日が過ぎていった。

 この日も彼女の治療や診察、ついでの話を済ませると、アレクサンドラに最近の様子を聞かれた。

 

「ここの生活には慣れた?」

 

「まだ数日ですが、多少は」

 

 機械が無く、勝手は悪いが、衛生面はしっかりとしているし、衣食住も問題は無い。

 

「ただ、一つ気になる事がありますが」

 

「何?」

 

「近い内に、ジスタードとブリューヌで戦いが始まるそうですね。噂で聞きました」

 

 侍女や兵士達が噂していたのを聞き、ザウルに確認は取った。戦場はこのレグニーツァに近いことも。マドウェイが来た理由もこれだ。

 理由は川の氾濫による揉め事らしく、戦いの無い時で過ごし、豊富な水がある国で生きてきたマサトには理解はしたが、今一納得は出来なかった。

 

「まあね。とはいえ、戦うのはレグニーツァじゃなくて、他の公国だけど」

 

 自分が病に伏せてるため、他公国が代わりに担当することになったのだ。

 

「幾つかの公国が連携して戦わないのですか?」

 

「大規模になる理由がある戦いじゃない。複数の公国を出して、事態や亀裂を大きくするのを避けたんだと思う」

 

「……なるほど」

 

 アレクサンドラの言う通り、大軍を用意すれば、本格的な戦争になりかねない。

 故に、一つの公国だけにして小競り合いの範疇で終わらせる。政治の観点からは最善と言えるだろう。

 マサトとしては、やはり納得しきれないが、他の公国が担当している以上、身分も立場も自由も無い自分には何も出来ない。

 第一、聞いたのは戦うという話だけでなので、場所も近い以外は不明。聞いても誤魔化すだろう。思わずはぁと溜め息が溢れる。

 

「おや、てっきりここを勝手に出て、戦場に行こうとするのかと思ったけど」

 

「……最低限を果たしてないのに、ここを勝手に出るわけにも行きませんし」

 

 発見され次第、即座に連れ戻されるのは目に見えている。出てもまだ全然知らない場所なので、野垂れ死にが確定だろう。無駄死には勘弁だ。

 

「意外と、守る所は守ると」

 

「最低限の規則や約束は守りますよ。……それに戦いは素人の自分が行ったところで、足手まといは確定でしょうしね」

 

 悔しいが、戦術には疎い今の自分では、そもそも力にすらならない。出る権利も無い。

 今の自分に出来るのは、アレクサンドラの治療をしっかりとこなす。これだけである。これも果たすべき努めと、無力な自分に言い聞かせた。

 そんなマサトの表情を見て、アレクサンドラは安心する。独断で動くかが少し不安だったが、杞憂で済みそうだ。

 

「この話はここでお終い。マサト、僕は数日後、大人数での話をする必要があるんだけど――」

 

「出来れば、長時間は止めて貰えると」

 

「話の腰を折らない。気持ちは有難いけど、僕が出る必要があるんだ」

 

 ――病気のアルシャーヴィン様が、か。

 つまり、それだけ重要な話ということ。マサトとしてはやはり控えて欲しいところだが、政務に関しては自分が力になる義理や立場は無く、能力も有るかは不明なので注意だけを促す。

 

「ちなみに、どんな御方と話すのですか?」

 

「このジスタードには、王都を囲むように七つの公国があるのは知っているよね?」

 

「はい、読みましたので」

 

 飛ばされたレグニーツァの他に、ライトメリッツ、ルヴーシュ、オルミュッツ、オステローデ、ポリーシャ、ブレスト。この七つがジスタードの公国。勿論、そこにいる戦姫の名も記憶している。顔は写真が無いので、不明だが。

 

「そして、レグニーツァの隣にはライトメリッツとルヴーシュがある。今回はルヴーシュとの話だ。そして、その場には――」

 

「貴女以外の、戦姫がいると」

 

「正解。そして、その戦姫の名は――『雷渦の閃姫(イースグリーフ)』、エリザヴェータ=フォミナだ」

 


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