魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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第十七話 脈動

 虚ろげながら、黒髪の青年がゆっくりと目を覚ます。そこは深い深い、闇の中だった。

 

「……なんだ、ここ?」

 

 周りを見る。闇が何処まで続いており、それ以外は存在しない。足でコンコンすると、感触が返ってくる。どうやら、地面はあるらしい。

 ――あれ?

 其所でマサトは気付いた。身体に痛みが無い。右腕は折れておらず、左腕にも傷や痛みが無い。服も身体も無傷だ。そして、黒銃も無い。

 あと何故かは不明だが、この闇の中は心地よかった。暗いのに、温かいのだ。

 

『――くくくっ』

 

「……誰だ?」

 

 突如、何処からか声が聞こえた。しかも、まったく知らない声色。険しい表情で周囲を睨むと。

 

「……俺?」

 

 一ヶ所に、腰掛けた体勢で見下ろし、笑みを浮かべる自分がいた。

 

『やっと、話せたな』

 

 ――やっと? それに……。

 その台詞にマサトは疑問符を浮かべるが、もう一つ気になる点もあった。

 ――碧色の、瞳?

 さっきまで目を瞑ったまま笑っていたために見えなかったが、その自分が目を開くと自分の黒とは違う、綺麗な碧色の瞳があったのだ。

 

「……お前は、誰だ?」

 

『――誰だと思う?』

 

 質問を質問で返した上に、また笑い出す。少しイラッとするも、目の前の者が何者なのかを知る方が先。ふーと軽く一呼吸し、気分を落ち着かせる。

 

「もう一度聞く。お前は、何者だ?」

 

『「者」、か。そう言われると、我(わ)は返せない。何しろ、我は「者」ではないのでな』

 

「……は?」

 

『変な声を出すなと言いたいが、このような奇妙な返答をされれば当然か。だが、済まんな。我は者という概念では説明できぬ存在なのでな』

 

「……じゃあ、お前は何なんだ?」

 

 者ではない、謎の存在。一体どういう存在なのだろうか。

 

『――我は汝等が住まう世界。しかし、真の世界に比べれば、余りにも小さい、闇に漂う粒の一つ』

 

「住まう世界、闇に漂う粒……?」

 

 マサトは頭を働かせ、色々な考えを巡らしていく。すると、その中のある答えに至った。

 

「お前、もしかして――『星』か?」

 

 こっちはどうかは不明だが、自分が元々いて脚を着けていた世界は星によるもの。そして、真の世界や闇と言うのは、おそらく宇宙のことだ。

 そうなると、目の前の存在は自分が脚を着けていた星、その意志ということになる。

 黒銃や竜具という物にも意志があるのだ。星に自我があっても、おかしくは無い。

 

『――ほう。まさか、それに辿り着くとはな』

 

 ――流石は、『異なる者』か。

 心の中で、星の意志はそう呟く。実は、ある方法で青年のことを把握しているのだ。

 

「それよりさ、お前は何で俺の姿をしてるんだ? まさか、それがお前本来の、って訳じゃないだろう?」

 

『然り。そもそも、我に特定の姿はない。この姿をしているのは、汝と話しやすくするため以外の理由はない。故に――』

 

 星の意志の身体がいきなり、調子の悪いテレビのようにぶれる。次の瞬間、ぶれは消え、青年の両眼が開く。彼の視線の先にあったのは。

 

『――こんな姿や声にも、我は慣れる。どうだい? ふふふっ』

 

 黒の髪は変わらないが、顔や体格が違う。その姿は――煌炎の朧姫、サーシャの物だった。声も口調も、一人称以外はまったく同じだ。

 

『おやおや、呆気に取られたようだね。まぁ、無理もないけどさ。後、他にも――』

 

 また、身体がぶれ、違う姿になっていく。紅の長髪と左右で異なる瞳の女性、雷渦の閃姫、エリザヴェータ=フォミナ。

 その次は、桃色の短髪と黒の目の少女、羅轟の月姫、オルガ=タム。

 他にも、金髪で緑柱石の瞳のソフィーヤ=オベルタス。ザウルやマトヴェイにも、星の意志は姿を変えた。

 

『――他にも、こんな姿にもな』

 

 人の姿がぶれる。が、今回のは今までと違う。ブレが小さくなっていくのだ。そして、消えると。

 

「竜……」

 

 それも、緑青の身体と翼を持つ小さな躯――ひょんなことから自分と出会い、仲良くなった幼竜、ルーニエだ。

 

『くくっ、面白かろう?』

 

 一通り姿を変えていった星の意志はその後、マサトの姿に戻った。

 

「……どうして、お前はそんな姿に変えれる?」

 

 まったくの赤の他人なら、分かる。しかし、今変わった全て、自分が出会った者達のもの。初対面の星の意志に、知れる筈がない。

 

『目覚めるまでの間に汝の記憶を多少読み取った。それだけよ』

 

 この方法で、星の意志は向陽雅人を異界人と把握していた。他にも、色々と興味深いこともだ。

 

「……人様の記憶を、勝手に見てるんじゃねぇよ」

 

 今、星の意志が変えた者達の中に、ある人物のが無かったのは幸いだった。それが出ていれば自分は確実に――逆上したに違いないのだから。

 

『くくっ、怖いものだ。だが、汝を不快にさせたしまったのは事実。詫びとして、ある程度の質問にも答えるとしよう。何が聞きたい?』

 

「……お前はさっき、『やっと、会えたな』って言ってたよな? あれ、どういう意味だ?」

 

『む? 我は汝に一度会ったことがある筈だが……?』

 

 ――こいつと?

 記憶を振り返るマサトだが、覚えがまったく無かった。

 

『あぁ、そう言えば、当時は接続が不完全だったな。そのせいで、憶えていないのであろう』

 

 納得したのか、青年の姿をした星の意思がポンと手を叩く。

 

『今から、百日前後ぐらい前か? 汝、「弩」を手にしただろう?』

 

「『弩』……」

 

 ――その呼び名って、確か……。

 ゼロと出会った時、自身をそう読んでいたのをマサトは思い出す。

 ――そうなると……。

 目の前の星の意思は、ゼロを『銃』ではなく、『弩』と読んだ。つまり、それまでのゼロを知っている可能性が非常に高い。これは機会だ。

 

「お前、ゼロの事をどれだけ知っている?」

 

『ゼロ……?』

 

「無、って言う意味のあいつの名だ」

 

『無、か。――何の偶然やら』

 

 ――何だ、今なんて言った?

 星の意思が何かを呟いた。しかし、聞き取れない程の小声のため、内容が分からない。

 

「お前、さっき何を言った?』

 

『――さぁ?』

 

 くくっと笑い、星の意思は惚ける。しかし、その目は聞く必要は無いと言いたげに冷たい。

 

「そう。ところで、弩について聞きたいんだけど。あれは何だ?」

 

『あれは――嘗て、世界を守ろうとした者が振るいし武器よ』

 

「世界を……」

 

 予想を遥かに超えた答えに、マサトは目を見開く。ゼロがそれだけ由緒正しい武器とは思わなかった。

 

「……でも、それならゼロはどうして封印されていたんだ?」

 

 しかも、普通ではとても。特殊な方法でも、一筋縄では行かない場所に。

 

『さぁ、な』

 

 惚ける星の意思だが、その青い瞳には怒りが混ざっているのをマサトは見抜いた。

 そして、向こうがそう返した以上、詳細を開かすつもりは無いのだろう。追求は無理の様だ。

 

「なら、さっきの会ったとかの話なんだけど」

 

『ん、さっき言ったように、汝は弩を手にした日に我と会っている。まぁ、憶えていない様だが』

 

 どうやら、あの後、自分と星の意志は繋がっていたらしい。よく憶えていないが。

 

「あっそう。――次、どうして、お前は俺と繋がっている? そして、どうして、俺に話し掛ける? お前の目的は――何だ?」

 

『一度に聞くでない。まぁ、答えはするが』

 

 星の意思は若干、呆れた様子を見せる。とはいえ、言った通りに答えはする。全てではないが。

 

『汝、身体の許容ぎりぎりにまで生命を大量に取り込んだろう?』

 

「……あぁ」

 

 エリザヴェータとの戦いで、限界寸前まで生命を取り込んだことをマサトは思い出す。ついさっきのこともあり、直ぐに頭に過った。

 

『そのおかげで我は、汝と繋がれたのよ』

 

 これは本当ではあるが、理由の全てではない。

 

『次に汝に話し掛ける理由だが――力を与えに来た。我という、巨大な星の生命の力を』

 

「代償は?」

 

『無い』

 

 ――胡散臭すぎる……。

 力を得るには、それなりの対価や代償が必要不可欠。にもかかわらず、星の意志はそれが無い力を与えれてくれる。ぶっちゃけ詐欺と疑うほどだ。

 

「お前がそうする理由、そもそもの目的次第では、考えてやる」

 

『理由か、丁度良い。我も話したい所だ。我の目的は――多くの命を守ることよ』

 

「命を守る……」

 

『然り』

 

 マサトは自分と同じ理由を持つ、星の意志の青き瞳を見る。そこには、強い意志の光が込もっているのが分かった。

 ――星、の力。

 自分が今生きる世界にある生命の中でも、間違いなく最大最強の力。

 単純な力が不足している自分にとっては魅力的な力。それがあれば、戦姫とも渡り合えるかもしれない。

 ――……けどな。

 正直な感想としては、やはり疑わしすぎる。本当の事を言っている保証も無い。

 

「――星の意志、もう一度だけ聞かせろ。それと確認させてくれ」

 

『何だ?』

 

「さっきのお前の理由、多くの命を守る。この言葉に嘘は無いな?」

 

『――無論だ。あの言葉に嘘など無い』

 

「……分かった。もう一つ、その力は何時でも手に入れて、捨てれるのか?」

 

 もし、危険な力だった場合、即座に捨てるべき。その為、この確認は重要だった。

 

『捨てるは汝の自由。だが、入手は我が送る以外は不可能だ』

 

「……そうか」

 

 暫しの時間、マサトは目を瞑って思案に浸る。数十秒後、目を開くと、彼はこう告げた。

 

「分かった。有り難く貰うよ、星の力を」

 

『そうか、ならば――』

 

「但し――危険な物だと分かれば、直ぐに捨てるからな」

 

『好きにするが良い。――では、受け取れ』

 

 フッと、星の意志は微笑むと手をマサトに向ける。すると、力が青年の身体に流れてくる。それは少しで止まった。

 ――……何ともない?

 身体を動かすが、変化がまったく無い。何かの力を得たのかが怪しいぐらいに。

 

『渡したぞ。ただ代償は無いが、使っても負担にはならない訳ではない。よく覚えて置くことだ』

 

 つまり、一長一短。使い方次第では、大きな助けになるだろう。

 

「ありがとう。ところでさ」

 

『ん? まだ、用があるのか?』

 

「お前、名前は無いのか?」

 

 これから何度か会うかもしれないのだ。名前があれば、知って置きたい。

 

『無い』

 

「なら――アース、ってのはどうだ?」

 

 自分が住んでいた世界である惑星――地球。その英語読みが、アース。目の前の意志も、自分や多くの生命が生きるこの世界の星。マサトはこれが一番、星の意志の名に合うと思っている。

 

『――いや、止めて置こう。我に名は、不要よ』

 

 ――何だ?

 今、一瞬だけだが、星の意志の目付きが鋭くなった気がする。気のせいかもしれないが。

 

『話はこれで終わりかな?』

 

「そうだな。今回は、もうない」

 

『では、ゆっくりと眠り、目覚めると良い』

 

「う、ん……?」

 

 まるで闇に誘われるような、強烈な眠気が身体を襲う。それから十秒も過ぎない内にマサトの意識は閉じた。

 その身体は闇に包まれると、そのまま溶け込むように消えていった。

 

『――ふん』

 

 星の意志の身体が、またぶれる。一秒足らずで消えると、其所には今までの者とはまったく違う、姿があった。特に目立った特徴のない者の姿だ。

 

『まさか、また機会が訪れるとはな』

 

 もう叶わないと思っていた。しかし、それは覆された。

 

『しかし、面白いこともあるものだ』

 

 まさか、違う場所の者があの銃を手にすることになるとは。

 

『何にせよ、「弩」は出された。後は――もう一つ』

 

 罪と負。その結晶足る、もう一つの武器を回収するのみ。そうすれば、自分の悲願は一気に近付く。

 それに、青年の知識から星の意志はあることを一つ考えていた。

 ――まぁ、それはゆっくりこなすとして……。

 先ずは、あの武器の回収だ。それを第一にこなさねばならない。

 

『今度こそ、機会を得て見せる。今度こそ、成し遂げて見せる。さぁ、向陽雅人よ。もっともっと、成長するが良い。世界を守るための――』

 

 星の意志がマサトに語った言葉に、嘘は無い。星の意志は、命を守る為に彼に力を貸す。

 

『――滅びの器に、な』

 

 但し、星の意志とマサト。両者には、決定的な違いがあった。それを知るのは、星の意志のみだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

 さっきとは違う闇の場所に、二つの存在がいた。見かけは黒いローブで身を包んだ小さな老人と、普通の人並みの身体の若者だ。

 しかし、彼等は人ではない。『魔物』だ。名は老人がドレカヴァク、若者はヴォジャノーイと言い、マサトがこの世界に来た要因の内の二体だ。

 二体は今、ブリューヌの大貴族、テナルディエの屋敷の一室にいた。正確には、形式上はテナルディエに仕えているドレカヴァクがヴォジャノーイを呼んだのだ。

 

「――で? 僕はそれをやれば良いのかい?」

 

「そうだ」

 

「やれやれ、三ヶ月振りに再開したと思ったら、何で飛竜の死体なんかを運ばないとならないのやら」

 

 ヴォジャノーイは詰まらなさそうに溜め息を吐く。ドレカヴァクから頼まれたのは、エリザヴェータがレグニーツァに攻める切欠となったアルサスの戦いで、モルザイムと呼ばれる平原の沼に落ちた飛竜の死体を運ぶことだ。

 

「少し確認したい事があってな。――もしかすると、面白いことになるかもしれん」

 

「へえ? まぁ、良いけどね」

 

 することも最近はまったく無いので、暇だった。気分転換も兼ねて、ヴォジャノーイは受けることにした。

 

「――あぁ、そうだ。確か、そこの沼にはここの坊っちゃんの死体もあるんじゃ? それはどうするんだい?」

 

 ヴォジャノーイが今告げた坊っちゃんとは、テナルディエ当主の息子、ザイアン=テナルディエのことだ。アルサスの戦いで戦死、その亡骸はドレカヴァクが探している飛の死体と共に、竜沼の中にあった。

 

「放っておけ。そんなもの、なんの価値もない」

 

 仮にも、主君であるテナルディエの息子をドレカヴァクはそんなものと扱う。彼にはテナルディエへの忠誠が無いのだと分かる一言だ。

 

「そっ。――あと、この国に戦姫がいるけど……どうする?」

 

 瞬間、ヴォジャノーイの瞳が獲物を前にした狩人のような目付きになる。

 魔物にとって戦姫とは、武器の付属品程度の認識しか無いので、彼女達を呼ぶときは持ってる武器の名で呼んでいる。

 なので、その戦姫がエレオノーラ=ヴィルターリアという名であること、エリザヴェータが狙うターゲットだとは当然ながら知らない。

 更に言えば、今ヴォジャノーイが彼女を狙う必要性はまったく無い。

 それなのにヴォジャノーイが目を険しくしたのは、先程説明した通り、彼は暇だった。運ぶ間のついでに暇潰しでもしようかと考えてもいたのだ。

 

「残念だが、ある人物が対応する。お前が出る幕はあらぬよ」

 

「僕らや戦姫以外で、戦えるのっていたっけ?」

 

「『黒騎士』。そして、『不敗の剣』。これで分かるかの?」

 

 ヴォジャノーイは後者はともかく、前者は差ほど知らない。数秒間悩むと思い出せた。

 

「ブリューヌ、最強の騎士だったっけ? それと『デュランダル』。かなりの大盤振る舞いだねぇ」

「人が竜具に対抗するには、あれでなければならぬじゃろうな。対竜具用に作られた数多の武具の中で、ただ一つと言っていい完成品だからの。――このブリューヌの神話では、天上の神が遣わせた精霊が始祖に授けた神聖な宝剣と言われておるが……くくっ」

 

 実際はまったく違う。それを知っているドレカヴァクは彼等の無知さを笑っていた。その態度に、肩をすくめるヴォジャノーイ。そんな時、ある代物を思い出した。

 

「――そういや、『鎚』はどうするんだい? あれも竜具に対抗できる武器だと思うけど」

 

 その台詞を聞き、ドレカヴァクは困ったような表情をする。

 

「『鎚』は無理じゃ。今も厳重に封印されておる。大体、『失敗した成功作』など使えぬ」

 

 変わった言い方だが、その武器を知っているのなら、誰もがそう口ずさむのが普通だ。

 

「力も本物で、強度も充分なんだけどねー。制御も問題なかった筈なのに――」

 

「何故か暴走した」

 

 それこそが、その『鎚』が失敗した成功作と呼ばれる所以である。

 鎚にはある力があり、その力は無限に力が増していく。順調に行けば、竜具を凌駕するこちらの頼もしい武器になっていた、筈だった。

 しかし、その鎚はある日暴走し始め、制御不能どころか、持つことすら不可能になってしまったのだ。

 その日の出来事が原因で、鎚は封印されることが決定。ある場所に厳重に納められることとなり、今も尚、そこに封印され、永いときが今でも解けていない。

 その場所に足を踏み入れようにも、封印はマサトが銃と呼ぶ『弩』同様、魔物や力を使おうが破壊することは叶わないほど頑丈。

 空間を移動して直接侵入するのも不可能で、持ち出すことができないのである。

 

「にしても、何が原因で暴走したんだろね?」

 

「分からぬ。汚染は考えられたが……あの程度では問題にすらならぬ筈だ」

 

 にもかかわらず、暴走。その力の性質や特性を考えれば、自分達なら簡単に収めれるかと思ったが、効果はまったく無い。

 原因も分からぬ以上、暴走を止める方法も見付からず、どうすることも出来なかった。なので、今では諦めているのが現状だ。

 

「『鎚』と言い、あれと言い、思った様には行かないもんだねえ」

 

 

 あれとは、黒銃のことだ。ゼロは自身を『弩』という呼称で呼ぶが、魔物達はある理由からゼロをそう呼ぶことをしない。

 

「対極の力を宿せし武器。どちらか一つでも有れば、大いに役立つが……どちらも出せぬ、使えぬ以上はな……」

 

「どっちも以前は役立ってくれたのにねー」

 

 『弩』も『鎚』も、遠い昔は自分達に大いに貢献した武器。弩はあらゆる敵を貫き、鎚はあらゆる敵を砕いた。

 しかし、今はどちらも使用不可能であり、本当に残念と言わざるを得ない。

 

「ちなみにさ、あれは『どっちの状態』で仕舞われてるんだろ?」

 

「さあの。長き時の影響を考えると、『本来の姿』ではないと思うが……。まぁ良い。雑談はここまでじゃ。ヴォジャノーイ、やってくれるかの?」

 

「良い暇潰しになりそうだけど……只働きはやだなぁ」

 

「そこにある」

 

 ドレカヴァクが部屋の隅の一ヶ所を指す。そこには、彼の一応の主からある理由から受け取った袋が大雑把に置かれていた。

 ヴォジャノーイが袋を開けると、中には大量の金貨が詰まっている。その光景が目に入り、にんまりと口を歪めた。

 

「いただきます」

 

 ヴォジャノーイは口を開いて、袋の穴を下に向ける。金の雨が擦れる音と共に零れ、それを全て飲み込んでいく。

 

「ごちそうさま。――行ってくるよ」

 

 そう言ったあと、ヴォジャノーイは音も立てることも、姿を見せることも無く、この部屋から消えた。

 

「――さて、どうなるかのう?」

 

 一人になった部屋で、ドレカヴァクは何処か楽しげにそう呟いた。

 

 

 ――――――――――

 

 

 とある国のとある場所。霧が少し漂う荒野の空間が何の前触れもなく突然揺れ、黒い渦状へと変化。そこから一つの影が現れた。

 

「おー、ここがかあ」

 

 その正体は人。性別は男。銀色の左右に広がる髪型をし、右には碧色の瞳。もう片目には眼帯を付けている。

 男は黒色の外套を纏い、腕や足には黒色の籠手や脛当てを付け、腰には両刃の剣を構えている。

 青年は服の中から、掌大の何かを取り出し、目に平行に構えて周囲を見渡す。

 

「ん、情報通りに霧は出てっけど、人影は無し。来ていいぞー」

 

 彼が告げると、歪みの中から次々と人が現れる。格好こそは似ているが、大量の荷物を背負っている者が多い。数は青年を含め、全部で百。

 

「ここが、ですか」

 

「さほど大差はないように思えますね」

 

「んー、でも空気は良いな。すっげぇ澄んでる」

 

「確かに……」

 

『てめーらさぁ。んなこと言ってねーで、さっさと報告してくんない? 一応、そーしてから閉じなきゃなんねーし』

 

 彼等が話していると、銀髪の青年に荒っぽい口調の声が響く。

 

「悪い悪い。もう良いぞ」

 

『さっさと言えっつのー』

 

 声が終わると、彼等が来た歪みはゆっくりと閉じていった。

 

「んじゃ、行くか。さて、先ずはどう――ん?」

 

「どうしましたか?」

 

「僅かに人影が見える。俺っち達が話している間に範囲に入ったらしいな。――行ってくるわ」

 

 バチィと何かの音が鳴った直後、銀髪の青年の姿は其処から離れる。その跡には微弱な光るジグザグの線があった。

 

「おーい、来てくれ~」

 

 気楽な声がし、九十九人の者達は彼に近付く。何かが弾ける音が鳴り、その周りには十数人の荒れた服装をした男がいた。

 彼等は全員野盗でボロボロ、一人残らず銀髪の青年に恐怖の表情を向けている。銀髪の青年を獲物と判断し、襲い掛かったが返り討ちにあったのだ。ただ、恐怖しているのはそれが理由ではない。

 

「いるんですね。人」

 

「まぁ、建物の情報もあったしな」

 

 彼等は独特の言語でやり取りをする。

 

「さて――さっき言ったことをもう一度言え」

 

「は、はい! ここはアスヴァールのバルベルデに近い場所です! バルベルデは北にあります!」

 

「んっ、どうも。色々と知れたな」

 

 ここの文明レベル、状態も多少ながら把握した。基盤にはなる。

 

「じゃあ、お前らはもう良いよ」

 

「えっ、じゃ、じゃあ――」

 

「あぁ。――ここで死ね」

 

 助かる、野盗達は全員そう思ったが、銀髪の青年は碧色の瞳に冷酷さを浮かべ、剣を振るう。

 一撃で数人の血渋きが上がる。青年が振るった瞬間、剣のワイヤーで繋がる刃と刃が離れ、数人の野盗を斬り裂いたのだ。蛇腹剣、と呼ばれる武器である。

 

「残念だけど、俺の『これ』を見たてめえらを生かす理由が無いんだわ。化け物って騒がれたら困るしな。こっちの文明レベルを考えると、消しても問題なさそうだし」

 

 残りの野盗が悲鳴を上げながら、必死に逃げる。しかし、彼等は全員逃げ延びることは叶わなかった。

 

「始末完了。採取したら埋めとけ」

 

 銀髪の青年は蛇腹剣に付着した血を拭き取り、百人の者達は指示通りに野盗の死体から色々と採取、その後は土葬する。

 

「――様、さっきは仕方ありませんが、次からは出来れば控えて動いてください。万一、騒がれては困ります」

 

「悪い悪い、どうも、昔の癖が消えなくてさあ。今度は出来るだけ控えるわ。んじゃ、バルベルデとやらに向かうぞ」

 

 彼等百人は、目的地に向けて歩き出した。

 そして、他の場所でも歪みが発生。そこでも体格以外は全て同じの人数の者達が現れる。

 そこでは威厳に満ち、斧を背負う白髪の壮年の男が指示を出していた。

 

「ポイントに移動した。閉じてくれ」

 

 最初の場所と同じ様に、歪みは消えていった。

 

「これから、一組二十人で移動し、周りを探索。水や食料をある場所を探す。決して、定期的な報告、警戒は怠るな」

 

 隊の者達は、力強く返す。見知らぬ場所ではあるが、白髪の男性の言葉や態度には、不安を飛ばすだけの余裕を感じるためだ。

 百人の隊は一組二十人の五つに分かれ、周りを確かめる。白髪の男性も一人の部隊に参加し、調査をしていく。

 

「……ん? 熱反応?」

 

 道具でその反応を確かめると、数が徐々に増えていく。それに小さい。

 

「全員警戒。何らかの野生動物の群れだ。他の部隊も集めろ」

 

 彼の指示を聞き、隊員達は的確に動く。十数秒後、彼等の目に野犬の群れが見えた。数は約五十。

 

「攻撃は確実に避けろ。一撃も受けるな。病に掛かるぞ。だが、無駄撃ちはするな」

 

 白髪の男性は斧を構え、隊員達はある道具を構える。充分な距離になると、隊員達は道具から弾を撃ち、野犬を顔、背から貫く。

 そして、隊長の彼は凄まじい速度で距離を詰める、斧で薙ぎ払う。一度で三頭が即死し、次の一撃でまた数匹が仕留められる。

 一頭が彼に素早く迫る。その野犬には速度のある突き出しで当たる前に刺し殺す。

 

「獣ごときが、私達の邪魔をするな」

 

 野犬が怯む。男の気迫に圧されたのだ。しかし、その間が野犬達の死を決定付けた。荒れ狂う斧の連撃により、残った二十足らずの野犬は一頭残らず始末される。

 その頃には、他の隊の者達も集結していた。

 

「終わっていましたか」

 

「済まん。だが、この数が全てとは限らなかったのでな」

 

 仮にこの倍がいた場合、一人は攻撃を受け、病に感染していた恐れがあった。

 定期的な援助や補充があるとは言え、無闇に仲間を失なうのは避けねばならない。

 自分達には方針が自由に決められているが、安全策が一番なのだ。男は隊員達に事態を説明する。

 

「物騒なところですな」

 

「そういう場所なのか、或いは全体的に蔓延しているのか。このどちらかと考えるべきだろう」

 

 だが、これだけで全てを決めるのは浅はかだ。情報はしっかりと集めねばならない。

 

「さて、他の場所はどうだ?」

 

 銀髪の青年、白髪の壮年の男。それ以外にも、三ヶ所、それぞれ違う国に歪みは発生していた。

 

「何やら、騒々しいでござるなあ」

 

 迫る季節に対し、控えめな涼しさのとある国。灰色の奇妙な髪型と口調の男性が率いる一団が、とある村で向こうの様子を眺めていた。

 鉄色の視線の先では、大量の人の波と角がある金の兜と剣を描かれた緋色の旗が幾つもあった。

 

「しかし、中々に壮観」

 

 遠くで小さくはあるが、それでも見える波はかなりの迫力がある。

 

「今から、何か起きるのでござるか?」

 

「……本当に変な口調だな。アンタ。まぁ、それよりも――聞いた話じゃあ、今からある国へと侵略をしに行くんだとさ」

 

「ほう、戦」

 

 何時の時代も、世界も、戦いは無くならないということかと、灰色の青年は感じていた。

 ――しかし、本当に興味深い。

 向こうの今から戦場に赴こうとする一団を見て、灰色の青年は口を歪ませた。何処か楽しげに。

 ――早速話さねば。

 灰色の青年はあることを考えていたが、一人で勝手に動くのは駄目だ。直ぐに話し合わねばならない。

 彼は隊員達のいる場所に向かって、歩き出した。その瞳には、爛々とした輝きが宿っている。

 また違う国の、内乱が起きているその国の何処かの山。

 巨大な体躯の大熊と、小さな身体の栗髪の少年が対峙していた。普通に考えれば、勝つのはどう見ても熊だ。

 何せ、二倍の大きさに、重さは優に二十倍はある。その爪が擦りでもすれば、簡単に勝てるだろう。

 しかし、大熊は動く様子を見せない。怯んでいたのだ。自分よりも遥かに小柄な少年が放つ、尋常じゃない雰囲気に。

 

「喰らわれるのは――お前だ」

 

 少年が消えた。彼がいなくなった風景が大熊が最後に見た光景だった。直後、大熊は頭から股まで真っ二つに裂かれ、血と臓腑が溢れる。

 両断されたのだ。少年が持つ、体躯以上の大きさの大剣とそれを平然と振るう、小さな身体に似合わない桁外れの膂力で。

 

「……弱い」

 

 淡々とそう言った少年は大剣を勢いよく振ってこびりついた大熊の血脂を払い、大剣を横に背負う。

 かなりちぐはぐな光景だが、少年の目や平気で動く様子を見れば、ほとんどの者は笑えないだろう。

 

「あ、ありがとう! 助かったよ!」

 

 大熊を両断した少年に、数人の大人が近付く。実は少年は、さっきの大熊と遭遇していた彼等を助けていたのだ。

 

「もぐもぐ。大したことじゃない」

 

 少年は腰の巾着から物を取り出すと、口に含んで食べる。

 

「ははっ、謙虚なんだな」

 

「もぐもぐ。それよりも、この熊の素材を貰っていい?」

 

 生き抜くためには、仕留めた獲物の素材は一切無駄に出来ない。それは、生まれ育った故郷で少年が学んできたことだ。ほとんど知らないここでは、尚更重要だ。

 

「まぁ、君が仕留めた訳だしな……。持って行くと良い。ただ、要らない物が有れば、交換しないか? 言い値で買い取るよ」

 

 もうすぐ冬になるため、食料や物々交換出来そうな素材は欲しいのだ。

 

「もぐもぐ。高めでも良いなら譲る」

 

「うっ、しっかりしてるな……。分かった、君の要望に応えるよ」

 

「もぐもぐ。出て来て」

 

「えっ?」

 

 少年が言うと、彼の後ろの木々から人がぞろぞろと出てきた。少年を合わせると全部で百人いる。

 

「ひ、一人じゃなかったの?」

 

「もぐもぐ。そんなこと、一言も言ってない」

 

 そういえば、と村人達はハッとする。確かに少年は自分を一人とは一度も口に出してない。

 

「もぐもぐ。安心して。危害は加えない。――そっちが変なことをしない限り」

 

 村人達はゾクッと背筋が冷える。彼の同行者達も、冷淡な瞳で自分達を見ていた。

 

「し、しないよ。絶対に」

 

 リーダーと思われる一人が、しっかりと答える。少年は新しい物を取り出すと、また食べていく。

 

「もぐもぐ。それなら良い。あと、色々聞きたいから、村に案内してくれると嬉しい」

 

「……ちなみに、断った場合は?」

 

 村人達からすれば、少年達が野盗の恐れもあったため、緊張していた。

 

「もぐもぐ。その場合は――仕方ないから、他の人達に話を聞くことにする」

 

 危害を加える気はないと知り、村人達はポカンとした。

 

「そ、そうか。なら、俺達が話をするよ」

 

「もぐもぐ。お願いします」

 

 ペコリと頭を下げ、少年達は村人達から情報を聞き、多少の物々交換をする。

 

「これで良いか?」

 

「もぐもぐ。充分です」

 

「そうか。なら良かったよ。にしても強いなあ坊主は。今のご時世、坊主みたい猛者がいて欲しいもんだぜ……」

 

「もぐもぐ。どういう意味?」

 

「ん? あんたらはまだ知らないか? だったら、出来るだけ早めに出た方が良いぞ。今この国はな、内乱が起きてるんだ。おかげで、色々と辛くてな……」

 

「……もぐもぐ。それは大変」

 

 かといって、熊肉や素材をただで渡す気はない。自分達も大変だし、情けは人の為にならず、である。

 

「もぐもぐ。頑張って。それしか言えない」

 

「あぁ、そうするよ」

 

 村人達は少年に礼を告げると、自分達の村にへと向かっていった。

 

「もぐもぐ。成る程、この国は内乱状態」

 

「どうしますか?」

 

「もぐもぐ。変わらない。この国での調査は続行する。ただ、周りにはかなり気を配って行なって欲しい」

 

 内乱中である以上、注意も警戒も非常に気を配っているはず。迂闊な行動は禁物だ。

 

「もぐもぐ。次を目指して行く」

 

 少年の方針に従い、彼等は森の中を進んでいった。

 最後の一ヶ所。他の四ヶ所よりも寒く、場所が冷気の集まる所であることもあって、もう既に冬ではないのかと思えるほどの場所でも、歪みが発生。

 今までの様に、隊長と百人の隊員が出てくるが、今度はそれだけではない。もう一人の隊長と彼が率いる隊員達まで出てきた。

 

「寒いな……」

 

「……寒冷地。しかも、あちら同様にもうすぐ冬。寒くて当然だろう」

 

 後から出てきた隊長の髪が金色のスタンダードで、瞳が黒色の青年と、明るい茶色の鬣と、赤色の瞳が特徴の、静かさと重さを感じる雰囲気の男が呟く。

 

「しかし、本当に成功させるとは……」

 

「……流石、天才か」

 

『けけけっ、「見本」があったんだぜ? 時間もたっぷりあった。出来て当たり前だろーが。んじゃ、死なねーよになー』

 

 その報告が終わると、二百の者達が出てきた歪みが消えた。

 

「……あとは、口の粗暴さと研究第一な所さえ無ければ、完璧だ」

 

「……対価さえあれば、妥協もする。普通の狂人よりは数倍良いと思うが」

 

「……それもそうか。リーダー。これからどうする?」

 

 茶髪の隊長は自分より年下で、色々な事情から立場上ではあるが、一応自分達の長である金髪の青年に話し掛ける。

 

「北と南の二手に分かれ、無理をしない範囲で調査を始める」

 

「……なら、自分達は――」

 

「俺達が北を。お前達には南を任せたい」

 

「……ほう。リーダーだから、自分から危険を背負いたいと? 心掛けは少しだけ評価するが、若いな」

 

「……何故そう言う?」

 

 自分が未熟であると理解しており、立場も似合わないと自覚している。だからこそ、金髪の青年は尋ねた。

 

「……お前は、自分の隊の連中に危険を背負わせる覚悟があるか?」

 

「……言われずとも理解していると思うが?」

 

「……未熟。やはり、甘い」

 

 やれやれと言わんばかりに、茶髪の男性はため息を付く。

 

「……確かに彼等は覚悟を持ってここにいる」

 

 と言うか、それが無くてはここに来ようともしないだろう。

 

「……しかし、それでも恐怖を消し去ることは出来ない」

 

 何しろ、未知の場所だ。恐怖を抱かずに生き抜けという方が無理がある。

 

「……我等はそれを理解し、その恐怖を背負い、制御せねばならない」

 

 恐怖は決して、悪いことではない。危険を感知する利点もある。必要なのは、コントロールだ。

 

「……隊長として、さっきお前が言うべきは、彼等の分の恐怖を背負う、だ」

 

「……よく覚えて置く」

 

 自分が未熟者だ。だからこそ、しっかりと聞いて置かねばならない。

 

「……清々、しっかりと学ぶと良い。あと、さっきの提案は受けよう。長のお前が積極的にならねばならないからな」

 

 長足る者の役目はその時に応じて変わるが、今の彼等に求められるのは、調査だ。

 故に、彼が引っ張って行かなくては、隊員達に臆病と受け取られてしまう。

 

「……ただ――」

 

「分かっている。無闇矢鱈に動きはしない」

 

「……宜しい。頑張ることだな」

 

 これからの日々で、彼の資質が問われる。長に相応しいか、そうでないかを。

 これは望まぬとは言え、その立場にいることを受け入れた以上、彼自身が乗り越えなくてはならない試練だ。

 

「では、自分達は北を」

 

「……我等は南に。生きて会おう」

 

 自分達の『役目』を果たすため、二つの部隊はそれぞれの方角へと歩き出した。先ずは『こちら』を知るために。

 

「……『こっち』にいるのか? ――雅人」

 

 金髪の青年の、何処か悲しさが混じる小さな声は他の者達には届かず、冷たい空気に消えていった。

 様々なもの達が、自分達の思惑、信念に従い、脈動を始めていた。それぞれが想う世界の為に。

 


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